しょくしゅ注意報 其の伍

76話 しょくしゅ注意報 其の伍

触手の怪物と化したひでは、獲物を求め市街地を彷徨っていた。
その小柄の身体に全く似つかわしく無い、重苦しい足音を響かせながら。
体内に巣食う触手によって、身体の体積が増大しているせいであった。

「いっちねんセいになっタら……イっチねンせいニナったラ……トもだチひゃクニん……」

歪み切った声色で、童謡「一年生になったら」を歌うひで。
かつて、彼が小学生だった頃、当時仲の良かったクラスメイトの一人と一緒に、河原を駆け回りながら歌っていた物だ。
その遠い記憶をなぞって、ひでは歌っていた。

◆◆◆

民家の中に隠れる野獣先輩こと田所浩二、遠野、稲葉憲悦、柏木寛子。
重傷を負った野獣の容態も快方に向かっていた。

「どうですか? 先輩」
「大分マシになってきた……そろそろ動いても良さそうだな」
「傷口が開いたら大変ですから、無理はしないで下さいね」

野獣を気遣う遠野。
一方の憲悦と寛子はカーテンの隙間から外の様子を窺う。

「誰も居ないよね……?」
「少なくともここからは何も見えねぇな」

特に異常も無いと思って憲悦と寛子がカーテンを閉めようとした時。

「……?」

憲悦の耳が何かを聴き取り、彼は動きを止める。

「どうかした? 憲悦」
「シッ、静かにしろ。野獣、遠野、ちょっと静かにしろ」

寛子、そして野獣と遠野に静粛にするよう命じて、憲悦は耳を澄ませる。
聞こえてくるのは、歌。
どうやら童謡の「一年生になったら」のようだった。
最初は聴力の鋭い憲悦にしか聞こえていなかったが段々と他の三人にも聞こえるようになってくる。
殺し合いと言う状況下で、歌を歌っている時点で普通では無いのだが、何より四人が違和感を感じたのはその声色。
まるで専用の変声機械でも使ったかのように歪んでいたのだ。

「……ンでタべタいな……ふジさんのウエデ……オにぎリヲ……」

恐る恐る、憲悦と寛子が、再びカーテンの隙間から外を覗く。
そして絶句する。
二人が見た物は、全身から触手を生やした、小柄な男の姿。
それが歪んだ声色で歌いながらふらふらと道路を歩いていたのだ。

「……う、うあ!」
「ファッ!?」

いつの間にか憲悦と寛子の傍にやってきた遠野と野獣も、触手人間の姿を確認し、思わず声を上げてしまう。
直後に憲悦から叱責され、野獣と遠野は口を押さえた。
どう解釈しても、あの触手人間に見付かるのはまずいでは済まされない事態になる事は誰もが理解出来た。

「あれ……あの時の触手の奴じゃないの?」

小声で寛子が野獣に言う。
確かに、ひでと相対した時に現れひでを絡み取っていた触手の怪物、と野獣は最初思ったが。

「けど、あの時のは獣人、だったぜ? あれ、人間だよな」

外に居る触手の怪物は、素体とでも言えばいいのだろうか、が明らかに人間だ。

「……あれ、ひで君、じゃ……」

遠野が震えながら言った。
野獣、寛子、憲悦がもう一度触手人間を観察する。
確かにそれは、野獣と寛子にとっては数時間前に襲われ、触手の怪物に攫われた、
憲悦と遠野にとっては図書館にて襲われた、ひでその人だった。

「何でひでがあんな風に……俺らが逃げた後何が有ったんだ……!?」
「とにかくアイツに見付かると絶対良い事ねぇな、やり過ご……」

衝撃を受ける野獣、そして憲悦がひでをやり過ごそうと言おうとして、途中で言葉を切った。

ひでが自分の方を見ていた。

つまり、ひでがこちらの存在に気付いた。

「――――離れろぉ!!」

憲悦が叫ぶ。
四人全員が一斉にガラス戸から退避する。

ガシャアアアアアン!!!

凄まじい音が室内に響き、ガラス戸がフレームとカーテンごと薙ぎ払われ、破壊された。
ガラスの破片が部屋中に飛び散る、それぐらい強い勢いで破壊された。
ひしゃげたガラス戸のフレーム、カーテン、ガラスの破片達を踏み付けながら、触手をその身から生やしたひでが侵入する。

「アァアアアァァアアア……」

唸り声を発し、四人を見据えるひで。
その双眸に最早、元から無かったかもしれないが、知性の光は感じられない。
獲物を見付けた悦びからなのか、彼特有の大きく歯茎を露出させた不気味な笑顔を浮かべ、
それを見せられた四人は生理的嫌悪感を隠せなかった。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛モ゛ヴヤ゛ダア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

耳を劈くような咆哮を発するひで。
何が「もうやだ」なのか。否、何を指す物でも無い。
先程まで歌っていた「一年生になったら」と同じ、彼がかつて良く発していたデスボイスの記憶をなぞり、
咆哮として発せられただけである。

「ひで君、もう、君を撃つしか無いんだね……!」

遠野がKar98Kをひでに向けて構える。
図書館の時のような躊躇はもう遠野には無かった。
ひでは間違い無く自分達を殺すつもりだ、躊躇っていては、大切な先輩や、仲間達、自分が死ぬ。
先輩を、仲間を、自分を守れ――――心の中で自分に言い聞かせ、遠野は引き金を引いた。

ダァン!!

それに続き、寛子もまた、自分の持っている小型リボルバーを構え、ひでに向け発砲する。

タァン! タァン!

「ヴああああぁアあア!」

胴体から被弾の証である血飛沫が飛び散り、ひでが呻く。

「そのまま撃て!!」

憲悦が銃撃する二人に命じる。
言われずとも、と言わんばかりに遠野と寛子は、ひたすらにひでに銃弾を浴びせた。
このまま行けば倒せる、誰もがそう思っていた。
しかし。

「イィダぁいモォォウ!!!」

口から血と唾液の混ざった汚い液を吐き散らし、ひでが四人目掛けて勢い良く触手を伸ばした。

寛子の胸部を貫通した触手は、背後に居た憲悦をも一緒に刺し貫く。

「え、え」

寛子は何が起きたのか分からない様子だった。

「がっ……マジか」

憲悦は吐血しながら、辛うじて状況が理解出来たようだった。
触手が引き抜かれると、寛子は銃を落としてその場に倒れ込み、血溜りを作って動かなくなる。
憲悦は背後の壁にもたれ、ズルズルと滑るように崩れ落ちた。
壁にペンキを塗りたくったような真っ赤な跡が残る。
再び命を与えられた鬼畜人狼とその奴隷少女は、呆気無い様で二度目の命を潰えさせてしまった。

【柏木寛子@オリキャラ/自由奔放俺オリロワリピーター  死亡】

【稲葉憲悦@オリキャラ/自由奔放俺オリロワリピーター  死亡】

【残り  18人】


「稲葉さん、寛子ちゃん!?」
「そ、そんな」

二人の最期を見て野獣が叫ぶ。遠野が絶望したような表情を浮かべる。
その隙を突いたのかどうかは分からないが、ひでが今度は遠野に向けて触手を伸ばした。

「危ない遠野!!」
「うあ!!」

野獣が遠野を突き飛ばした。
それによって遠野では無く野獣がひでの触手に捕らえられ、ひで本体の元へ引き寄せられた。

「せ、先輩! 何してるんですか! まずいですよ!」

何故重傷を負った身で無茶をするのか。
遠野が悲痛な声を上げた。

「うおおおおお!! ひで、お前って奴は……! この野郎!!」

触手に絡み取られた状態で、野獣は先刻手に入れた大型自動拳銃を、至近距離でひでに向け発砲した。

ダァン!!

「があああアア!!」

.44AMP弾はひでの腹部を貫き、ひでが明らかな悲鳴を上げる。
直後に、ひでは右手を思い切り横へと払った。野獣を右手からの触手に捕らえたまま。
即ち、野獣を壁に思い切り叩き付けたのだ。

「ンアッー!!(≧Д≦)」

壁が大きく凹みヒビが入る程の勢いで叩き付けられた野獣は、そのまま床に落ちて倒れたままになる。

「先輩!!」

遠野が野獣の元へ駆け寄った。
ひでは唸り声を発しながら通りの方へ逃げ、そのままどこかへと去って行った。
この時点でひでを撃退する事には成功していたが、実質は敗北に近かった。

「先輩、しっかりして下さい……!」

必死に野獣に呼び掛ける遠野。
見れば、野獣の傷口に巻いた包帯が真っ赤に染まって血が滲み出し、野獣の口からも血が溢れている。
傷口が開いただけで無く、壁に叩き付けられ骨や内臓に深刻なダメージが及んでいるようだった。
最早手の施しようが無い、と、遠野は絶望する。

「遠野、大丈夫か……?」
「僕は大丈夫です……それより……」
「稲葉さんと寛子ちゃんは、死んじまったか……俺も、もう、駄目みたいだ……ゴフッ!」
「先輩!」

大量に吐血する野獣。
もう長くない事は本人にも遠野にも分かった。分かってしまった。

「と、遠野」

息も絶え絶えになりながら、野獣はもう霞んでその顔も良く見えなくなった遠野に向かって言葉を紡ぐ。
もうこれで最期になるのであれば、今まで心に秘めていた想いをしっかり伝えなければ。
自分の気持ちをしっかり伝えなければ。

「悲しむなよ……悲しむな」
「先輩」

「お前の事が、好きだったんだよ」

もう野獣には、目の前に居る筈の遠野の顔は分からなくなっていたが、
顔に掛かった雫から、どのような顔をしているのかは想像出来た。
返事を聞きたかったが、もう時間は残っていなかった。

告白で全ての力を使い果たしたかのように、急速に、野獣の意識は薄れていき、やがて彼は何も分からなくなった。

「先輩、先輩! 僕も、せ……」

遠野が返事をしようとした時には、もう、野獣は涅槃の顔で、二度と覚める事の無い眠りについていた。

「……酷いですよ、先輩……一方的に告白して、返事を聞かないなんて……ずるいじゃないですか……!
僕、まだ、返事をしてない……返事……聞いて下さいよ……うっ、あ……アッ、アッーーーーンッッ!!」

仲間が皆死に絶え、一人きりとなった中で、遠野は突っ伏し、物言わなくなった野獣に縋りながら泣いた。


【野獣先輩@ニコニコ動画/真夏の夜の淫夢シリーズ/動画「迫真中学校、修学旅行へ行く」  死亡】

【残り  17人】



【昼/D-4市街地佐藤家】
【遠野@ニコニコ動画/真夏の夜の淫夢シリーズ/動画「迫真中学校、修学旅行へ行く」】
[状態]深い悲しみ
[装備]モーゼルKar98k(0/5)@現実
[所持品]基本支給品一式、7.92mmモーゼル弾(10)
[思考・行動]基本:殺し合いはしない。
       1:先輩……。
[備考]※動画本編、バスで眠らされた直後からの参戦です。
    ※野原一家の容姿と名前を把握しています。
    ※ひでが触手の怪物になった事を知りました。
    ※フラウのクラスメイトの情報を当人より得ています。


◆◆◆


「ヴヴヴヴ……」

ポタポタと路面に血を垂らしながら、ひではふらふらと歩き続ける。
彼の負ったダメージは決して少なくない。
小銃弾、マグナム弾、拳銃弾をその身に受け、身体中穴だらけになっていた。

しかし、彼の動きは止まらない。
元々持っていた頑健さに加え、寄生虫の力により、彼の生命力は人間のそれを遥かに凌駕する物となっていた。
以前の宿主である小崎史哉、その前の宿主であるこの殺し合いには参加していない人物よりも、遥かに強力な生命力を。

まだまだひでは止まる事は無い。
次の獲物を探すべく、彼は歩き続ける。


【昼/D-4市街地】
【ひで@ニコニコ動画/真夏の夜の淫夢シリーズ/動画「迫真中学校、修学旅行へ行く」】
[状態]触手人間化、後頭部に打撲、背中に軽い打撲、額に傷(応急処置済、止血)、右肩に盲管銃創(応急処置済、止血)、
    胸部と腹部に貫通銃創(出血、行動に支障無し)
[装備]無し
[所持品]基本支給品一式、FN P90(0/50)@現実、FN P90の弾倉(4)、56式自動歩槍(25/30)@オリキャラ/俺のオリキャラでバトルロワイアル3rdリピーター、
     56式自動歩槍の弾倉(4)、 サーベル@パロロワ/自作キャラでバトルロワイアル
[思考・行動]基本:……殺……す……敵……。
[備考]※動画本編、バスの中で眠らされた直後からの参戦です。
    ※小崎史哉の寄生虫に身体を支配されました。人間としての理性、記憶は殆ど残っていません。



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最終更新:2015年03月04日 23:22