78話 その行方、徒に想う……
放送の時刻が差し迫っていた。
この殺し合いにおいて二回目となる定時放送。
不動産屋の応接スペース、そのソファーに座る野原ひろし。
北沢樹里は事務机の上を漁り、ラトは閉められたブラインドの隙間から外を監視していた。
ひろしは樹里から話を聞いて程無くみさえを探しに行くと言い出したが、放送が近いとラトに止められてしまった。
(もうすぐ二回目の放送……今、どれくらい生き残ってるんだろ)
殺し合いが始まって早12時間、つまり半日が経とうとしている。
第二放送では何人呼ばれるのか、今、生存者はどれだけ居るのか、樹里は気になった。
思えば前回の殺し合いでは第二放送は迎えられなかったな、と思い出したりもした。
「はぁ」
溜息をつき、ソファーの背もたれに背中を預けて天井を見上げるひろし。
放送を待つこの時間がとてももどかしく感じる。
もしかしたら殺し合いに乗ってしまっているかもしれない愛妻、みさえは今どこで何をしているのか。
そもそもまだ生きているのか。
樹里の話の通り、本当にやる気になっているのか。
憂慮する事が多過ぎて、辟易としてしまう。それが溜息として外に出た形であった。
◆◆◆
「ハァ、ハァ……」
傷の痛みに顔を歪め息を荒くしながら、みさえは通りを歩いていた。
ふと空を見上げれば、太陽が真上に近付いており、昼の12時、つまり第二回定時放送の時間が迫っている事を示している。
どこかで落ち着いて、放送を聞かなければならない。
「どこか……有るかしら」
身を潜められそうな場所を探し始めるみさえ。
周りには民家の他に、幾つかの商店や飲食店、会社事務所が見えた。
その中でみさえが目を付けたのは、とある不動産会社の事務所。
「あそこで良いかしらね……」
みさえは不動産会社に向かって歩いて行った。
事務所の窓は入口に至るまでブラインドが下りていて内部の様子は外からでは窺い知る事は出来ない。
内部に誰か居る可能性も有り、みさえは右手に持つ拳銃の引き金に人差し指を添える。
そして入口のドアのノブに手を掛けた。
「……」
駄目であった。
入口はしっかりと施錠されていて開かない。
なら仕方無い、この不動産屋に拘る必要も無い、別の場所を探そうと、
みさえは早々に見切りを付けて不動産屋から離れ、先へと進んだ。
しかし、十数メートル歩いた所で、背後から物音が聞こえた。
扉の鍵が外される音と、扉が開く音、何やら揉めるような声。
みさえは背後を振り向いた。
開け放たれた不動産屋の扉、その前で慌てた表情を浮かべている黒猫のような頭をした少年と、見た目普通の人間の少女、
そして、良く見知った、濃い髭に角ばった顔の男性。
「みさえ!!」
「……あなた」
紛れも無く、自分の夫、野原みさえその人であった。
とても嬉しそうな表情で、目を潤ませながら、ひろしはみさえの事を見据えていた。
その様子から、自分の事を心の底から心配していたのだろうとみさえは思う。
自分がひまわりを生き返らせる為に殺し合いに乗っている事など露程も知らずに。
「生きてたんだな! って、怪我してるじゃねえか!」
自分とは違い、この絶望的な殺し合いの中でも「野原ひろし」は「野原ひろし」で在り続けていたようだ。
みさえは自分でも知らぬ内に安堵していた。
だが、その安堵にいつまでも浸っている事は出来ない。
「野原さん! 待って!!」
ひろしの背後に居る少女が叫んだ。
そう言えば、あの少女は図書館で殺した二人の仲間ではなかったか。
自分の事をひろしに伝えようとしているのか、別に伝わっても構わないが、さっさと済ませてしまうに越した事は無い。
みさえは右手のスコアマスターをひろしの胸に向けた。
「みさえ?」
ひろしの表情が凍り付く、当然だろう。
何、心配無い。しばし別れるだけ。
優勝して、ひまわりも、貴方も、どこかに居るだろうけどいずれ死ぬであろうしんのすけとシロも、生き返らせて、
また皆で一緒に暮らそうね――――。
ダァン!!
銃声が響いた。
◆◆◆
目の前で、ひろしが自分の妻に撃たれ、俯せに崩れ落ちるのをラトと樹里は目の当たりにした。
直後にひろしの妻、みさえはもう一発を発砲した。
「ぐぁっ……」
「ラト!」
ラトが腹の辺りを押さえて蹲る。
押さえる手の指の間から赤い液体が滲む。
「野原……みさえさん!!」
樹里はみさえに向かって大声を張り上げた。
「どうして、こんな事を!?」
きっとみさえを見据えながら、樹里は彼女を問い質す。
図書館で彼女に襲われ、二人の同行者を亡き者にされた時点で分かってはいたが、
みさえはやはり殺し合いに乗っている。
今、自分の夫すらも躊躇する事無く撃った事からも明らか、だが、その理由を知りたい。
その理由については予想はしていたが、あくまで予想だ。だから本人の口から聞きたかった。
「ひまを生き返らせるのよ」
「……!」
果たして、その予想通りの答えがみさえの口から語られる。
「夫も、しんのすけも、シロも、同じように生き返らせて、また皆一緒に暮らすのよ」
「貴方は、一回目の放送を聞いていないんですか?
息子さんも、飼い犬も、死んでしまったんですよ! この殺し合いのせいで!」
息子と飼い犬が死んだ事を知らぬのではと思い、樹里は事実を伝えた。
みさえは一瞬だけ表情を変えはしたものの、すぐにまた狂気を湛えた笑みに戻って応答する。
「そうだったの、でも大丈夫よ! ちょっとだけのお別れだもの。
私が優勝して皆生き返らせるから、大丈夫なのよ……!」
「狂ってる」、喜々と語るみさえを見て、樹里が抱いた感想だ。
しんのすけが死の間際まで案じていた母親がこの有様、どうしようも無く怒りと悲しみが湧いてくる。
横っ面を引っぱたいてやりたかったがそれよりも前に撃たれるのが落ちだ。
「だから、貴方達も、ひま、いや、私達の為に! 死んッ……」
不意に、みさえが台詞を途中で切った。
「がっ、あ……?」
そして突然、口から血を吐き出し、その場に倒れた。
困惑するラトと樹里が見た物は、コンバットナイフを手にして立ったひろしの姿。
穴が空いた胸元と同じように、コンバットナイフの刃は赤く染まっている。
「みさえ……もう、やめろ」
そう言った直後、ひろしもまた、みさえに覆い被さるようにして崩れ落ちた。
◆◆◆
ラトから可能性を指摘され、樹里から図書館での出来事を話され、
ひろしはみさえが殺し合いに乗っている可能性を考慮するようになった。
しかし、心のどこかでは、希望を捨てきれずに居た。みさえが殺し合いに乗っているなんて何かの間違いだと。
だがその希望は、みさえに胸を撃たれた事によって脆くも崩れ去った。
胸が痛い、苦しい。心情的な物では無く物理的、肉体的な意味。
意識が揺らぎ、何とも形容し難い気持ち悪さと寒さが襲う。ああ、もう駄目だ、自分は死ぬ。
本能的にひろしはそう感じた。
あの時、不動産屋の中に三人で身を潜めていた時、ブラインドの隙間から外を見張っていたラトが、
「誰か来る、静かにして隠れろ」と自分と樹里に言い、三人共カウンターの陰に隠れた。
そして、外の誰かは、事務所入口扉を開けようとしたが、ラトが事前に鍵を内側から閉めていた為開かず、
その誰かは入口が開けられぬと見るや否や、去って行った。
ひろしはラトに小声でどんな姿だったか訊いた。
ラトは何故か答えづらそうにしていた。その時ひろしは直感的に何かを感じ、ブラインドに向かって小走りで近付き外の「誰か」を確認する。
ラトと樹里の制止の声が聞こえたが、そっちのけであった。
そしてひろしは、不動産屋から離れて行く、良く見覚えの有る後ろ姿を見付ける。
そこからのひろしの行動は最早、反射神経のようで、鍵を開けて外に飛び出し、愛妻の名前を呼ぶまで、ラトと樹里が止める間すら無かった。
ついに、愛妻のみさえと再会したひろし。
結果、彼女に致命傷を負わされた。
二人の制止も聞かず、感情に任せた結果がこれだ。
自分の愚かさをひろしは憎む。
霞む視界、定まらぬ意識の中、ひろしが見た物は腹を抑えて蹲るラトと、みさえと樹里が対峙する姿。
樹里はみさえを問い質す。何故こんな事をするのかと。
みさえは答える。ひまわりを生き返らせて、死んだ他の家族も生き返らせ、また家族全員で一緒に暮らす為だと。
ラトの危惧は当たっていた。樹里の話の通りだった。
おまけにみさえは、一回目の放送を聞いておらず、今の今までしんのすけとシロが死んだ事も知らなかったらしい。
(馬鹿だよ、お前は、馬鹿だよ、みさえ……!)
みさえの後ろ姿を睨み付けて心の中で彼女を叱り飛ばすひろし。
そんな事をして、ひまわりが、しんのすけが、シロが、自分が、喜ぶ訳が無い。
他人の、大勢の犠牲の上で蘇らせた幸せなんて偽物に決まっている。
そんな事も分からないのか。分からなくなってしまったのかお前は。
ひろしの心の中で怒りと悲しみが綯交ぜになった激情が渦巻き、その目から涙が零れ落ちる。
みさえは目の前で更なる凶行を犯そうとしている。
ラトが撃たれ、樹里もまた殺されようとしていた。
止めなければ、何としても。
樹里の話からして、みさえは既に何人も手に掛けているのだろう。
ならもうこれ以上、みさえに罪を重ねさせる訳には行かない。
もうすぐ自分は死ぬ。みさえは説得に耳を貸す気配は無い――――なら、方法は一つだけ。
最期の力を振り絞り、ひろしは立ち上がり、装備していたコンバットナイフを、みさえの背中に突き刺した。
みさえの凶行は止まった。
彼女の命の鼓動も、もうすぐ止まるであろう。
「みさえ……もう、やめろ」
倒れたみさえに向かって、ひろしは優しく語り掛け、彼もまた、みさえに覆い被さるように崩れ落ちた。
必死に、みさえの顔が見える位置まで、自分の顔を持っていくひろし。
「あな、た……」
口元を赤く染めている以外は、いつもと変わらぬ愛する妻の顔がはっきりと見えた。
「みさえ……」
そっと、ひろしはみさえの頬に血塗れの手を添えた。
「もう、頑張らなくて良い。もう、良いんだよ……一緒に、し、しんのすけ達の、と、所……に、い、行こ……う」
自分は、みさえを殺した。みさえも、自分や大勢殺した。自分達は子供達と同じ所には行けぬかもしれない。
それでも、ひろしは、みさえにそう言う事しか出来なかった。
理由はどうあれ、みさえは家族の事を思って己の手を汚したのだから。
許されぬ、分不相応な願いだとしても、ひろしはみさえと一緒に、子供達の所へ行きたいと思った。
みさえが、ふっと微笑んで、言った。
「また、みんな、で……一緒、に……――――――」
言葉は最後まで紡がれる事は無く、みさえの目から光が消えた。
だが、ひろしにはそれは見えなかった。声が途切れた事が何を意味するかは分かったけれど。
視界が霞んでいる上に、大粒の涙が両目を覆い尽くし、もう、何も見えなかった。
「ああ……ああ……! 一緒に、皆で、一緒に……暮らそう、な……!」
その言葉を最後に、ひろしの意識も遂に終わりを迎える。
日本の埼玉県、春日部市に住む、平和な一家であった野原家は、
突如巻き込まれた理不尽な殺し合いゲームによって、一家全滅と言う末路を辿った。
【野原みさえ@アニメ/クレヨンしんちゃん 死亡】
【野原ひろし@アニメ/クレヨンしんちゃん 死亡】
【残り 15人】
◆◆◆
寄り添うようにして永遠の眠りについた野原夫妻を呆然と見下ろす、樹里とラト。
「……野原さん……」
「うっ……ぐ……」
「! ラト!」
苦しみ出すラトを気遣う樹里。
腹部の傷は、それ程出血はしていないように見えるが、腹を銃撃されたのだから軽傷の筈は無い。
「大丈夫……急所は、外れているみたいだから……それより、銃声が響いた。
ここから離れよう……野原さん達を、このままにしておくのは気が引けるけど……」
「歩けるの……?」
「ああ、何とかね」
銃声が響いた故に、殺し合いに乗った者がやって来る可能性が有った為、
樹里とラトはひろしとみさえの武器を回収した上で、その場を後にした。
(ラト、本当に大丈夫かな……)
やはりラトの傷の具合が気になる樹里であったが当人が大丈夫だと言っている以上、
現時点ではラトの言う通りに野原夫妻が横たわる場所から離れるしか無かった。
太陽はほぼ会場の真上に来ている。
第二回目の放送はもうすぐだった。
【昼/D-4市街地】
【ラト@パロロワ/自作キャラでバトルロワイアル】
[状態]腹部に盲管銃創(出血有、現時点では命の危険が有るかどうかは不明、行動には今の所支障無し)
[装備]ワルサーPPK/S(6/7)@現実
[所持品]基本支給品一式、ワルサーPPK/Sの弾倉(3)、デトニクス スコアマスター(6/7)@現実、スコアマスターの弾倉(2)
[思考・行動]基本:殺し合いを潰す。
1:北沢さんと行動。野原さん達の所から離れる。
2:残りのクラスメイトが気になる。
[備考]※本編死亡後からの参戦です。
※銀鏖院水晶を危険人物と認定しました。
※能力の制限については今の所不明です。
※首輪からの盗聴の可能性に気付きました。
※北沢樹里の話を聞いてクラスメイトのシルヴィアの死を知っています。
【北沢樹里@パロロワ/自作キャラでバトルロワイアル】
[状態]健康、悲しみ
[装備]S&Wスコフィールド・リボルバー(4/6)@オリキャラ/エクストリーム俺オリロワ2ndリピーター
[所持品]基本支給品一式、出刃包丁@現実、.45スコフィールド弾(12)、自転車のチェーン@オリキャラ/自由奔放俺オリロワリピーター、
モンキーレンチ、コンバットナイフ@現実
[思考・行動]基本:殺し合いには乗らない。
1:ラト、大丈夫かな?
2:野原さんが……。
[備考]※本編死亡後からの参戦です。
※ひでが危険人物であると判断しました。
最終更新:2015年03月01日 16:18