今日は日曜日。サッカー部の試合があるはずだったが、天気はあいにくの雨。しかも土砂降りだ。
一応一通り準備は済ませていたが、やはり試合は中止との連絡が入った。
「ふぅーー……」
時刻は午前10時……薄暗い部屋でベッドに寝転びながら、オレは暇を持て余していた。
雨の日はイマイチやる気が起きない。ちょっと憂鬱になる。
今日はもう何の予定もないし、遊ぶ約束もしていない。
いや、本当はサッカーの試合に行くはずだったのだから他に予定がないのは当たり前だけど。
……おまけに家では父さんは朝から外出していて、姉も友人と遊びに行ってしまっていた。つまり、
今日この家にはオレと母さんの二人しかいないという事だ。
この状況にさらに気が重くなる。
……よし、今日は一日部屋で漫画を読み直したりして時間を過ごそう。
それにRから借りたゲームだってまだクリアしていないし、部屋の片付けもしたいと思っていたところだ。
なんだ、別にやることはあるじゃないか。今日は一人で有意義な時間をーー
「ムッスカ~~~~!! ちょっと来てくれなーい!?」
過ごせるといいなオレ!!!!
このテンションの高い声は、何を隠そうオレの母、荒地だ。
昼飯にはまだ早いし、一体何の用があってオレを呼んでいるのだろうか。
しかもこの嬉しそうな声は絶対ろくなことがない。
オレは反射的に布団を頭まで被って身を隠してしまった。
「ムスカ~?早くーー!」
……いや、でも母さんを無視すると後々面倒なことになる。それは間違いない。
被っていた布団をどけ、ため息をつきながらベッドをおりた。
階段を下りて母の部屋に入る。
相変わらず壁中にはオレのポスターが貼られ、手作りのオレぬいぐるみが大量に飾られている。
そんな非常にい心地の悪いその部屋で荒地は笑顔でオレを迎え入れた。
……しかもまた変な服を着て
「ねぇねぇムスカ!この服さっき完成したんや!ええやろ~」
母さんは自慢げにポーズをとっているが、オレの顔写真が全面に大きくプリントされたピンク色の悪趣味なパーカーを着ていた。
パーカーといえば普通は首元に紐が2本ついているものだが、このパーカーの場合何故か首元の他に横腹や脇の下などにまで紐がついていた。これも新しいファッションなのだろうか。
「おい…またそんな変な服を作りやがって…」
母さんは服を作るのも趣味の一つだ。それもオレの写真がついたような変な服ばっかりを作りやがる。
しかもそんな服を着たままスーパーに買い物に行ったりするから本当に勘弁して欲しい!
この人は目立つのが大好きだからそんな格好でもお構いなしなのだ!まさに大迷惑!!
この間の授業参観なんか、なぜかクマの顔出し着ぐるみを着てきたし……ウッ、嫌な記憶が……!!
「ムスカ?ねぇ見て!この服すごいのよ!この両脇の下にある紐を引っ張ると…」
母さんが何か言っているが無視しとこう。
しかしこの部屋のオレの写真の量はヤバイな…。目に付くものだけでも風呂上りに寝起き姿に登校中にこの間の運動会の写真に…こんなに隠し撮りされた覚えはないぞ。
部活中の写真もサッカー漫画の表紙みたいに爽やかに加工してポスターにしてあるし、あんまり見たくないけど女装させられた時の写真もでっかく壁に貼られている。よく思うんだけどこの人、母親として大丈夫なんだろうか。普通息子をストーキングしたり盗撮したりするか?
今母さんが着てる新作の服の写真だってこんな真顔なオレをどうやってカメラ目線に……
(くいっ)
服の中にいる真顔なムスカに目をやると、服にプリントされていたはずのムスカは一瞬でびっくりした顔に変わった。
「げぇっ!?」
「あらムスカ!ウチの服のムスカと同じ顔になったわ!ねぇすごいでしょこの服!なんと!ムスカの表情が変えられるのよー!」
「な、なんだよこの服!気持ち悪いギミックを付けやがって!!」
「目元と口元の回りに穴を開けてあるの!ここの紐を同時に引っ張ることによって、下に仕込んでおいた目元と口元の写真に変わって顔が変わるのよ!ほらほら!」(くいっくいっ)
「やめろ!紐を引っ張ったり緩めたりして真顔とびっくり顔を交互に高速で変えさせるなああ!」
「しかも、このフードの紐を引っ張ると……(くいっ)今度はスマイリングムスカに!」
「他のパターンもあるのかよ!!」
くそっ!予想はしてたけどこんなくだらない物を見せられるハメになるとは!
「おい!!用はもう終わっただろ!?オレはもう行くからな!」
「ほら!そのちょっと怒った顔のムスカもバッチリあるわよ!ここと…あら、どこの紐だったかしら」
ただでさえ憂鬱なのに変な服の発表会でイライラまで溜まってしまう。これ以上いても無駄な時間を過ごすだけだ。さっさとこんな部屋出よう。自分の部屋でゲームするんだ!
母さんに背を向けドアノブに手をかけようとした瞬間。
<ガッ!!>
「うわ!?」
急に肩に圧力がかかる。おそらく肩を掴まれたのかオレは後ろに引っ張れバランスを崩して倒れそうになる。
「なっ……!?」
体勢を立て直してすぐさま振り向くと、母さんはオレに笑顔を向けていた。とびっきり黒い笑顔を。
「ひぃ!?」
「ム・ス・カ~♪」
「な、なんだよ!?怖えぇな!?離せよ…!」
だが母さんはがっちりとオレの肩を掴んで離さない。
それどころかその手にはどんどん力が入ってイタダダダダダダダ!?!?
「ムスカ~、お母さんとあそびましょ~♪」
「う、うわあああ!!」
ずいずい近づいてくる母さんはこれでもキープスマイリングだ。そしてぎりぎりと食い込んでいくような手。なんだこれは!?ホラー過ぎるだろ!!
「ねぇムスカ~?」
「わ、わかった…オレ、今日ひ、暇だったし…何しようか…」
「よく言ったわムスカ!!そうねぇ~」
オレが母のホラーな圧力に折れた途端、母の手はあっさり離れたが、とても逃げ出す気力はなかった……。
「ねぇムスカ。それじゃあ今日はねぇ」
「ままごとならやらねぇぞ。」
どうせお約束のままごとだろうから、母さんに言われる前に断ってやった。ままごと大好き40代とはこの荒地の事だからな。思い知ったか。
「ムスカ…!」
母さんははっとしたようにオレを見る。おっ、流石にきいたかな?
「あなた、ウチの考えてること当てるなんて…!嬉しいわぁ!以心伝心ね!!キャー!」
「げ…、断ったのに喜んでやがる!」
まぁこの超ポジティブな母さんがこのくらいで凹むはずはないよな。
でも、ままごとといえば思い出してしまうんだよな……この間も無理やり付き合わされた時のを…。
なぜかオレが妹の役で、母さんはモテモテぷりちーガールの姉さん役。
女物の衣装やウィッグまで用意されて、それを着せられてやったんだっけ…
しかも妹の役になりきらないと母さんは怒り出すもんだからやっかい過ぎる…
確かストーリーは…
「でもこの間のおままごとは長くできて本当に楽しかったわねー!普通にご飯をたべて団欒して、招待されたダンスパーティに行ったらムスカとウチをめぐって国中の男たちが血と涙のバトルロイヤル!さらにムスカが魔物に誘拐され、ウチはムスカを助けに行ったり、それから」
「ああそんな話だったっけ!?でも疲れただけだしもう絶対やらない!ままごと不可!!」
やっぱり聞きたくないので急いで母さんの喋りを止めに入る。
なんで見計らったかのようにストーリーを語りだすんだよ!!これも以心伝心…?いや!嫌だ!認めないぞ!
うわあどんどん思い出が蘇ってくるけどシーンごとに衣装を着替えさせられたもんだから、めんどくさいったら!
うっ…そういえば、そのままごとで女物の下着を着ているのを急に家に来たこちにとRに見られたんだった…!
写メを撮られて爆笑された上、変態のレッテルまで貼られ…
思い出したくない記憶がまた…!!
「ムスカ~?じゃあままごとはほんとにダメなの?」
「駄目に決まってんだろ!オレがどんな酷い目にあったか…!くっ!」
母さんのせいでいつも散々だ!さっさと相手を終わらせて部屋にこもるんだ!
「よし!じ、じゃあこのトランプでもしようぜ!」
近くの棚にあったトランプを手に取ると、なんと絵柄が全部オレだった。
「ムスカって、ほんっと可愛いわよね~!」
「はいはい」
オレバージョンのトランプで何回か遊んだのだが、母さんはまだ気が済まないらしい。早く戻ってゆっくりしてぇ…
「どうしてこんなに可愛いのかしら~?」
「はいはい」
早く父さんも姉さんも帰ってこないかな。
「こんなに可愛いんだから、学校でも女の子にモテるはずよね…」
「はいは……はぁ?」
「そうに違いないわ!!こんなに可愛らしいムスカだもの…!ど、どうしましょう…!」
そういって母さんは頭を抱え始めた。
「いやそんな事ねぇし。つーか知らねぇし」
「あぁ…ムスカがこんなにも可愛いせいで…!」
めんどくさいから無視しとこう。
「…そうだわムスカ、今日はあなたの可愛さの限界に挑戦しましょう!」
「…ハァ?」
可愛さの限界?なんだそりゃ。
でも母さんのことだからまたろくでもなさそうな…
顔を上げるとやっぱり笑顔の母さんがいた。今度はいい考えが浮かんだような清々しい笑顔で。
「ムスカ…あなたはどこまでその可愛さを保っていられるのか、その限界を知りたいの!」
相変わらず意味不明な提案をしてきやがる。しかしこの笑顔も怖い。別の意味で。
オレが嫌な予感にモヤモヤしていると、母さんはヒョウ柄の座椅子から立ち上がり、クローゼットを物色し始めた。うわぁ。なんか来るぞ。
「じゃームスカ、これ着てね♪」
そう言って母さんがオレに手渡したのは、妙な色をした全身タイツだった。
「は……?」
え?なにこれ?なんか思ってたのと違うぞ?
いや、これ全身タイツだよな?広げる勇気がないからよくわかないけど、全身ピチピチで手足の先まである…
おかしいぞ。だって、いつもはこんなのじゃなくて…
「か、母さん…」
「どしたん?」
「いつもみたいな服じゃないのかよ!?いつものピンクでフリフリのワンピースは!?童話の姫みたいなドレスじゃなくて!?
ハートのいっぱいついたリボンの服じゃないの!?なんでそれじゃないの!?」
オレは感情のままについ大きな声を出してしまった
「えっ…ムスカ、あの服そんなに気に入ってたん…?」
「げ!!違う!!そうじゃなくて…!二度と着るかあんなもん!!」
そしてオレはハッとした。そうか…この全身タイツの意図は…
「母さん。」
「なあに?」
「…これは、まさかオレに妙な格好をさせて、可愛いと思えるかを図る遊び…」
「そうよ!!」
荒地は得意げにウインクをかました。うげげ。
なんで母さんはこんなに着せ替えが好きなんだよ…めんどくさいし着たくねぇ。
あれ、ちょっと待てよ。
可愛さの限界に挑戦だって?じゃあその限界を超えるとどうなる?
可愛さの限界を超えた時……そしたらオレは……可愛くなくなる?キモく……なる!?
そうか!可愛さの限界が見えたとしたら!そしてその姿をキープし続けたら!
母さんはそのうちオレから離れていくんじゃ!!
おやすみのキスもされない、等身大パネルも作らない、一般家庭レベルの親子関係になれるかも…!
こ、これは凄いチャンスかもしれない……!
「……よし!やってやるぜ!オレこの変な全身タイツを着るよ!」
「あっら~、ムスカったらやけにやる気じゃない!」
「そりゃ当然だろ?可愛さの限界ってもんを見せてやるよ!」
オレは希望の光(全身タイツ)をつかみ、着替えをするため意気揚々と隣の部屋に入った。
とは言ったものの。
「これは…やっぱ……ないな」
広げてみてわかったが、この全身タイツは想像以上にヤバイ。着てみたところさらに不審。
何がヤバイのかっていうとまずこの緑を基調としたいびつな水玉模様に、首元の赤いリボン。
胸のハートマークの中には「愛」と書かれており、さらに腹周りは白くなっていて動物的な物を感じる。
太ももの外側にはピンク色のひらひらとした飾り。
頭は昔絵本でみたチクリン族みたいにとんがっていて、尖った耳までついている。
唯一肌を見せている顔周りには、赤ちゃんの帽子みたいなフリルに覆われていた。
おまけに悪魔みたいなしっぽまでついてるんだけど何コレ。なんでこんなものまで持ってるんだよ!
オレは全身鏡を見つめながら立ち尽くす。
ヤバイ。いくら母さん相手でもこの格好で人前に出るのは嫌すぎる。オレのプライドがそう告げている。
「もうこれ……自分でもすげぇキモイんだけど…とっくに限界超えてんだろ……」
そしてそのままがっくりと膝をついてしまった。
……ん?限界を超えている!?
オレは急いで立ち上がると母の部屋に勢いよく戻った。
(ガチャン!)
「母さん!!どう!?このオレの姿!!」
ドアを勢いよく開けると、母さんは目を丸くしてこの姿のオレを見る。
「ム……ムスカ……」
自分でさせておきながら息子の格好に戸惑ったのか、その手はわなわなと震えているように見える。
流石にこれは想像以上にショックだろうな。オレは早くも勝利を確信して頷いた。あれ、でもそしたらオレは母さん避けにずっとこの格好でいなければならないのか!?
だが、荒地は驚いた表情のまま下から上までじっくりみた後、全開の笑みで告げた。
「ムスカ……妖精みたいですっごく可愛いわね!!」
まじかよ。
「こ、こんな妖精がいてたまるかぁーー!」
仮にこんな姿の妖精がいたとしてそれはなんの精なんだよ!?絶対に近寄りたくない!!あなたの願いを叶えましょうとか言われても胡散臭さで全力疾走だよ!いやそれよりも
「母さん……え、このオレめっちゃキモイと思うんだけど…」
「いやぁねぇ、ぶっちゃけ衣装渡したときは心配してたんだけど、こんなに可愛く着こなしてくれるなんで思わなかったわ!流石ムスカね!」
はい。一回戦はオレの負けです。
だがここで諦めるわけにはいかない。
「母さん。次の服を頼む」
オレは納得がいかなかった。
ハゲヅラオヤジスタイルで行けば「お茶目で可愛い」と言われ、着膨れデブスタイルで行けば「抱き心地良さそうで可愛い」と言われ……
「ど、どうだあああ!」
茶色い短毛着ぐるみに革製の鎧を纏った今にもゲームに出てきそうな渾身のオークコスプレだが
「あらー…子犬みたいで可愛いわね!」
母さんは全然限界にはたどり着いていない様だった。
「なんで犬なんだよ……せめて豚って言ってくれよ…」
オレは豚のつけ鼻を取って思わず床に投げつけた。
……もしかしなくてもこの遊び、母さんが無駄に喜ぶだけで俺にとっては全く意味のないものなんじゃ…
そう思うと今までの事が凄く無駄に思える。さらにオークスーツはこのジメジメした空気には相性最悪。じっとりと暑い。
オレは一体、何をしているんだろうか――
何が悲しくて休日に張り切ってこんな格好をしているんだ。
「母さん」
オレはポツリと呟く。
「なぁに、ムスカ!」
母さんはやはり笑顔で答える。この曇りのない表情は心からオレの姿を可愛いと思っているのだろう。
そんな母に、オレはため息をついて告げる。
「もう…わかったよ……オレの可愛さには限界はなかったんだ…オレは……何を着てもすげえ可愛いんだよ!!」
なんかこちにみたいな事を言っているのに気がついたが、もうこの際どうでもいい。
「もう降参だあああああ!!」
「ムスカ……」
「だってまだオレの可愛さの限界は見えないんだろ?これ以上やっても無駄だし暑いしめんどくさいし着たくないしもうイヤだ!もう終わろーぜ!」
「そうねムスカ!ママは気づいたのよ!ムスカはどんな格好でも大事な息子のムスカ…ウチの愛するムスカだから!」
「うっ……」
「ムスカの可愛さの限界なんてそもそも存在しなかったのよね!ごめんねムスカ!お詫びにチューしてあげるわ!!」
「やめろ!!くるな!!」
抱きついてこようとする母さんをうまくかわしたが、やっぱ動きににくい。
「じゃあ、オレもう着替えてくるわ…じゃあな」
ふう。これでようやくこの変な遊びも終了だ。
「待ってムスカ!!」
「なんだよ!」
部屋を出ようとしたところをまた母さんが引き止める。
「最後に……これを来て頂戴!!」
そういって、母さんはオレにダンボール箱を押し付けた。
「どうせ最後だから変なのがくるんだろ……」
このまま自分の部屋に戻ろうかとも思ったが、腹も減ってきたし母さんの機嫌をとってさっさと終了させることにした。もうなんでもこい。
隣の部屋に入ったオレは、両手に抱えたダンボールをおろし、開ける。
「こ、これは……」
そこに入っていたのは、緑に黒のしましま模様の入ったスイカみたいな模様の衣類だった。
「いや、スイカみたいってかスイカなのか……?」
オレはその衣類を手にとって広げてみる。四つ折りにされていたが、それは1mほどの円状の布製スイカだった。畳まれていてぺったんこだが、厚みのあるその素材はまるで薄手の着ぐるみみたいだ。
と、ダンボール箱に目をやると、また全身タイツが入っているのが見えた。今度は無地の緑色で頭に被るものまでははついてないようだった。その代わりに一本くるんとした紐のついた緑色のカチューシャが一緒に入っていた。
「……スイカの……着ぐるみ……」
手に掴んだそのスイカには、上部分に一つ、横に二つ、下部分にも二つ穴があいていて、裏返すとチャックがついているのがわかった。
おそらくこの緑の全身タイツを着て、このデカイスイカの穴から頭や手足を出せということなのだろう。そしてカチューシャは蔦か。
「って、なんでスイカなんだよ!!」
母さんのオレに着せたい服の基準がわからない!?でもこれで最後だろうしここまで来たからにはこのスイカの着ぐるみを着るしかないだろう。オレのプライドが何故かそう告げている。
着替えが終わり、仕上げにスイカの中に入っていたワイヤーを調節して立体的な円にする。
全身鏡に映ったオレは……まさに、スイカ。胴体にどどんと居座るそのスイカ。今のオレはまるでスイカの中から産まれようとしたけど上手く割れず頭と手足だけ出てしまったスイカ太郎みたいだった。
頭のてっぺんに小さな蔦がくるんと巻いているその姿を見つめていると、何故か不思議な気持ちになっていた。
よくわかんないけど、なんだか懐かしいような、達成感に満ちたような……。
「って、な、なんでだよ!なんでこんなスイカの格好でこんな……こんな気持ちになるんだよ!?母さんなんか仕込んでんの!?まさか洗脳システムとか…!?まずいそれじゃ……ハッ!!」
ふと頭に浮かんだのは昨日母さんが見ていたオレの幼稚園の時のお遊戯会のビデオ【お野菜大冒険】。
いろんな野菜が畑から脱走して冒険をしてみたいなと歌うお遊戯だったはずだ。大冒険と言いながら結局冒険しなかったのは覚えてる。
昨日ビデオを見たらまた野菜コスプレが見たくなって着せてみた訳か!?いやでもチラッとビデオを見たところ、オレはスイカじゃなくて玉ねぎだったみたいなんだけど、なんか凄くモヤモヤする。母さんがオレの配役を間違えるなんてないだろうしスイカの気分だったのか?
……あれ、まてよ、確かあのお遊戯会の時――
幼稚園 スイカ お遊戯会
「ぁ…………」
その瞬間つながってしまった。幼稚園の時にやったお遊戯会の思い出。
「そうか……それでスイカを……そういうことか……」
幼稚園の頃。
オレは何でかあのお遊戯会でどうしてもスイカの役がやりたかった。
でもじゃんけんに負けてしまい、オレは玉ねぎの役になってしまった。
――スイカじゃない。
悔しかった。悔しくて悔しくて夕飯のカレーに入っている玉ねぎは全部姉さんの皿にコッソリ入れていた。
練習の度に憂鬱で、スイカの役になったあの子が羨ましくて、何度もやめたくなったんだっけ。
でもオレは思った。たとえ玉ねぎだろうとスイカに負けないように頑張ってみようと。
そして本番。オレは玉ねぎの衣装で【お野菜大冒険】を一生懸命やりきったんだ!だが、同時に虚しさも残った。
スイカへの憧れは消えなかったんだ……
「だから幼稚園の文集に『将来の夢スイカになりたい』って書いてたのか……」
特別好きだった覚えはないが、何故スイカにあんなに執着していたのかはよくわからん。
だが、この思い出が蘇り、ふつふつとある感情が湧き上がっていった。そう、オレは今感動している!!
何年も謎に思っていた将来の夢の謎が解けたことではなく、こんな形でもスイカになれる日がやってきたことに!!
改めて鏡で自分の姿を確認する。
そこに映るのは清々しい表情のスイカのオレ。スイカになったオレ!!
幼稚園の時の気持ちを完全に思い出していた。そうだ、スイカだ……オレは遂に……
「や……やった……」
喜びで思わず声が漏れる。忘れていた筈の小さい時の夢が叶った時、こんなに嬉しいものだなんて思わなかった…!
早くこの気持ちを伝えたい!この喜びを!!
オレは勢いよく扉を開け、すぐ隣の母さんの待つ部屋の扉を引く。
「母さん!!やったよ!!スイカになれたよ!!ほら見て」
すると、部屋の小さいテーブルでクッキーを食べていたRとこちにとバッチリ目が合い、部屋の空気は一瞬にして凍った。
「ギャアアアアアアア!!??」
ちょっと待って!?何コレ!?なんでこいつらいるの!?遊ぶ約束とかしてたっけ…いや明らかにしてない!!
こちにとRはポカンとした顔でオレの姿を見ている!見ている!!
「あら、ムスカー!とっても似合ってるわよ!」
母さんは何事もなかったかのように拍手をしながら言う。
「か、母さん!ちょ……こちに!? R!?なんでうちにいるの!」
呆然としているこちにとRを正気み戻すように問いかける。
「…………ぶはっ」
先に吹き出したのはRだった。
「……ぶっ……え、ムスカ…?なにしてんのお前……くっく…」
続いてこちにも笑い出す。
「あっはっはっは!なんだよその格好!スイカ!?あはははは!」
「あははははは!しかもあんな嬉しそうに見て!って!見たよなR!?くはははは!」
「ち、違う!誤解だ!これは」
まずいまずい何か言わないと!?でもあんな風に入場したからには言い訳も思いつかないしどうすればいいんだ!
「荒地さんに似てこんな趣味まであったんだなムスカ!」
違うこれは夢であって趣味じゃないけどそんなこと言ったらまたややこしいことになりそう!こちにはポケットをごそごそし始めている!これはまさか!
「あー、僕スマホもってるんだ!写メ写メ!撮ろーっと!!」
「やめろ!撮るなぁ!!ってなんかデジャヴ!?」
カシャ
シャッターがいい音で鳴った。
「やっべ、これツイッちゃーかライーンに載せとこっかなー!」
「あらー、それいいわねー!」
「やめろおおおおおお!人の許可もなく写真を載せてはいけませんって先生言ってたでしょう!?」
「あっはっは!じゃあこちに、これ待ち受けにすればー?」
「うーん残念。待ち受けはいつでも超美しい僕の写真にしてるからムスカには変えれないなあー」
「あれもウケるけどこのムスカもウケるよ」
「ウケる!?」
こいつら勝手にオレの写真をとって盛り上がってるけどなにこれ!しかもいつの間にか家にあがってお茶してるし!
「ってか!なんでお前ら来てるの!?って聞いたんだけど!」
「えっ?なんでって言われても……」
こちにとRは顔を見合わせる。
「俺普通に暇だったから」
「まぁ今日はサッカー部の試合も中止になったし。昼から雨も止んだし、いきなり遊びに行っても大丈夫で暇そうなのはムスカくらいかなって思ったんだけど」
そう言われて窓の外を見ると、雨があがっていたのに今気がついた。
「いやいやでもいきなりこられたらオレだって困る時はあるんですけど!?」
「あぁ……確かに今日はお取り込み中だったみたいだね」
くっくとこちには笑いやがる。でも上手く言い返せないのが悔しい…!
「で、ムスカが着替えに行ってる時に遊びに来てくれたんだげど、すぐ戻ってくるだろうしウチの部屋に上がっててもらったのよ!」
「だああ!だからそこがおかしいんだよおお!なんでオレの友達を母さんの部屋に案内するの!?リビングとかで待っといて貰えたらこの姿も見られることはなかったのにぃ!」
オレはどでかいスイカを全身を使って揺らし悔しみを発散する。
「あはは、でもゆるキャラみたいで悪くないぞ!」
「うっせぇスイカ汁とばすぞR!」
くそう!なんでこいつらはいつもタイミングの悪い時に限ってやってくるんだ!恥ずかしい!!
オレがスイカをゆさゆさしていると、母さんが珍しく落ち着いた声で話しかけてきた。
「ムスカ、何も恥ずかしいことはないわ。」
その声に思わず母さんを見る。
「えっ……」
「スイカになったムスカ……とってもよく似合ってるわよ!!」
いつもなら聞き流しておく母さんの褒め言葉だが、今のオレにはやけに響いた。母さんは続ける。
「ムスカ……あなた、スイカになることが夢だったんでしょう……?ほら、あの時……」
「そ、そうみたいだけど……母さん、やっぱりあの時のことを覚えてて……?あっ、まさか!遊びを提案した時から、この衣装をオレに着せるつもりで……!?」
いきなりスイカになれと言われてもオレは何も考えずに断っていただろう。でもどんな衣装が来ても違和感のない流れでスイカの格好をさせられるのなら……この為にオレの可愛さの限界に挑戦するという変な遊びを提案をしたのだとしたら……!?
オレは感激していた。母さんはいつも自分勝手に騒いでばかりだと思っていたのに、実はオレのことも考えていてくれたのか……?この衣装も手作りしてくれたのだろう。すっかり忘れてしまっていた俺の、大切な夢を叶えるために。
「そりゃそうよ…だってあの時のムスカったら、お父さんが買ってきてくれたスイカを抱き枕にして寝るくらいスイカに憧れていたんじゃない……今あなたはスイカよ!自信を持ちなさい!」
「母さん……!」
「ムスカ……!」
「ちょっと……何この空気」
「しらね」
「でもムスカ、あのお遊戯会ね、玉ねぎだって頑張ったじゃない。特にあの玉ねぎの皮が剥けていく時の悲痛な表情は素晴らしかったわ!!」
「へへ……」
「おいこちに、今日のムスカなんか変じゃないか?」
「おまえもそう思う?やっぱりお取り込み中だったみたいだし今日は帰ったほうがいいかもな……」
こちにとRがこっそり部屋を出ようとしているのが見えた気がしたが、母さんはオレを見たままこう言った。
「そうだわ!ムスカ!こちにくんとRくんも!皆で【お野菜大冒険】やりましょう!」
『へっ?』
突然の事に3人の声がきれいにハモった。
「じゃーこちにくんはこれを着てね!」
「まぁ僕ならどんな衣装でも華麗に着こなしてみせ……えっ荒地さん?これは……にんじん…のきぐるみ?」
「ええやろー!」
「いや、申し訳ないですが僕にんじんだけはちょっと……別のはないんですかね?にんじんだと僕の美しさが十分に発揮できないというか」
「Rくんは何がいいかしら~迷っちゃうわねぇ~」
「俺うさぎがいい」
「荒地さん僕の事はもう無視!?Rくんはリクエストなんてずるいんじゃない!?しかも野菜ですらない!」
「そうねぇー、うさぎは出てなかったと思うけどまぁいいわ!ムスカ用に作ったバニーボーイの衣装ならあるわよ!ほら!」
「げっ!そんなのあったのかよ!オレ絶対着たくない!てかオレの友達に変なもの着せないでよ!」
「えー。俺そんなの着たくないからうさぎの耳だけでいいや」
「あらそう?残念ねー?」
「ねえちょっと僕のこと無視してない!?にんじんじゃないのがいいなー」
「いいじゃんいいじゃん。好き嫌いすると肌によくないぞ」
「なっ、Rはなんでもエネルギーに変えられるからそんなことが言えるんだ!β-カロテン他のでとってるもん!あぁこのにんじんの恐怖が!」
「ウチはそうねぇ~、山芋にしましょ!ねばねばよ!」
「あっ、じゃあ僕山芋のほうがいいなぁー。荒地さん交代しませんか?ハッ!でも山芋だと実際にねばねばにならないといけない可能性も……!髪が乱れてしまう!どうしよう!」
「じゃあこれで皆決定ね!!着替えたら【お野菜大冒険】始めるわよー!」
「へーい」
「結局僕はにんじんなんですね!」
母さんはやる気だが、オレだって珍しくやる気だ。念願だったスイカが遂にやれるのだから!それに4人で即興劇をするのも意外と楽しいかもしれない。いつも母さんのままごとは脱線しまくりで長くなるのだが今はそんなことも気にならない。
「あら~、こちにくん可愛いパンツ履いてるのねぇ」
「ああっ!そんなに見たら恥ずかしいですよお」
「そうねぇ、そんなピンクのパンツにムスカの写真がプリントされたものを作ってプレゼントしてあげようかしらっ」
『やめて!?!?』(ムスカとこちに)
こうして、山芋荒地、ムスイカ、こちにんじん、Rうさぴょんの4人で即興劇【お野菜大冒険】は行われたが、終了したのは姉の帰宅した午後6時頃だった――
翌日、学校にて
「昨日は流石に疲れたな…」
いつもより少し遅く登校したオレは席について一息つく。
やっぱり劇は脱線しまくりで長かったが、あんなに楽しく母と遊んだのはすごく久しぶりかもしれない。母さんのお陰で大切な物を取り戻すことが出来た気がするーー
オレがしみじみしていると、こちにがなにやら慌ただしく教室に入ってきた。荷物も置かずまっすぐオレの席に近づいてきたこちにはどうも落ち着きがない。昨日の疲れが出ているのか珍しく髪が跳ね、少しクマも目立っていた。
「こちに……大丈夫か?でも昨日はよく付いてこれたな。後半フラフラしてたけど…」
「それがムスカ……大丈夫じゃないみたいなんだよね……」
こちには散々自慢していた最新機種のスマホをポケットから取り出し、あるアプリを起動する。……まさか。
「これ……どうやったら消えると思う?」
「ウッ……!300RT…!?」
画面に写っていたのは、まさしく昨日の【お野菜大冒険】劇中の4人の写真。その発信源はオレの似顔絵をアイコンにした『荒地のマジョ@ムスカラブ』という名のアカウントだった……
その日、オレとこちにはクラスメイトの視線がいつもと違わないかヒヤヒヤしながら過ごした…一人だけ軽装だったRはそれほど気にしてないみたいみたいだが……。
帰宅後。
「このままだとオレのことが世界中に知れ渡って誘拐されちゃうかもしれないんだぞ!?」
という言い分で母さんに例の写真と他にもオレの写真などを削除させることになんとか成功した。アカウントも消して欲しいけど。しかし母さんはどうやってあの写真を撮ったんだろう……ちなみにあの写真は学校の奴らにはバレていない筈だ。多分。
そしてオレは思った。母さんと悪友どもがいる限り、オレに退屈な休日なんて訪れることはないのだろうと。
完。
新ぼくはは一作目だよ!相変わらずの筆の遅さ!!
ムスカのスイカになりたいという夢は実話らしいです。実際幼稚園の文集にあったそうで。
今回もムスカコスプレパーティ回ですね。
そして以前もやってしまったのですが執筆中に書いていた文が消えてしまうという惨事!今回ページの期限が切れてしまってね。
こちにとRにスイカを見られてしまったあたりから下が消えました。エッヘッヘ。皆も気を付けよう!
では8年の時を超え生まれ変わったぼくははで頑張っていくぞー!
紀紗
2014.5.25
最終更新:2014年05月26日 18:45