「…ここは、…っ…おまえは?」
俺はRM257-22、本名だ。
苗字がない?日本人らしくない?
そりゃあそうだ。俺は…
とあるアンドロイドの補助メモリ
「おいR!さっきの授業わかったか?」
1時間目が終わり、10分休憩になった瞬間、クラスメイトで友人のムスカが話しかけてきた。
「え?あ…俺、さっきゲームしてたから…」
「またそれかよ!なんでそんなんでテストの点数いいんだよ。」
本当なら授業はきちんと、真面目に聞くべきなのだろうが、俺にはそのような常識は通用しない。
なぜなら、
「だって、ちゃんとメモリに記憶されてるから。わかんなかったら後で見直せばいいし。」
そう、耳…といっても高性能集音器だ…がキャッチした情報は脳内にある補助メモリに記憶される。
1度記憶されてしまえば、どのような状況にあっても、例えばテスト中であっても読み込み直せるのだ。
と言っても、授業内容だけじゃ国語などのような曖昧な問題はやはり難しかった。
「っっっだあああああ!!!なんだよお前ずりーぞ!!」
ムスカはそう叫ぶものの、テストの点は平均より上だったりするので人のことは言えないと思う。
「お前ら、僕のことを馬鹿にしていないかい・・・?」
ほらみろ、横のこちにが死亡寸前だぞ。
「あ、忘れてた。さっきの授業のデータ、読み直してやるよ。」
「オレも忘れてた。恩に着るぜ。」
そう言って、目を閉じてデータをまさぐる。
と、見慣れないデータがあることに気づいた。
横でニコニコしているムスカのことより自分自身の好奇心を取った俺は、そのデータを覗いてみることにした。
「お誕生日、おめでとう」
目の前の男が言った。はくいを着ている。はくい。白衣とは研究者が着るもの。
「あ、あ、あ、り、あり、ありがとう、ござ、ざいます。」
「うーん、まだ声帯とか舌に初期不良があるな。」
「問題ありません。」
「あれ?なんか調子良くなってる?」
どうやら、目の前の男は、おとうさんだ。おとうさん。お父さんとは生みの親。男の方。
「ここは?おまえはお父さんですか?」
「そうだよ、RM257-22。いや、R君。僕は君のお父さんだ。そして、人に向かってお前なんていったらダメだよ。」
自分はR。お前は禁止。
「分かりました。お父さん。僕はRです。」
「うんうん、それでいい。うーんでも、年頃の男の子なんだから、一人称は俺の方がいいかな?それとタメ口で話してごらん。」
自分は俺。ためぐち。ためぐちとは…検索…検索結果に該当するものは無し。
「俺はためぐちがわかりません。教えてください。」
「おっと、まだ基本的な情報しかデータベースに登録してないんだっけか。えーと…僕の真似をして話せばいいよ。」
ためぐち。タメ口とは、お父さんの真似をすること。登録完了。
「わかった。お父さん。これでだいじょ、ぶ?」
「うんうん、大丈夫だよ。あ、あと、君くらいの年頃の男の子はお父さんのことをオヤジ、って呼ぶんだよ。まあ、どっちでもいいけど。」
お父さんを書き換えます。おやじ。親父とは生みの親。男の方。書き換え完了。
「親父。俺はRM257-22。俺はR。」
「……やった、ついに完成したんだ…!!我が息子に万歳!!!」
「どうしたんだ?親父」
「R!学校に通いたくはないかい?」
がっこう。学校とは教育を行い、健全な青年を世に送り出す機関。そして、通うもの。
「……行きたい。」
「そうか!!…なんかタイムラグすごくない?ちょっとまってて」
検索スピード、最高速度に設定しました。警告。警告。バグが発生する恐れあり。検索スピードを通常に戻しますか?
検索スピード、最高速度に設定。完了。
「これでよし、かな?それで改めてR。学校に通いたいかい?」
「おう、通ってみたい。」
「あれ?なんかこっちのほうが健全な少年っぽいからいいね。よし、これが君の通う学校だよ。」
なんだこれ?これ、俺のデータなの?忘れてたんだけど…。
っていうか俺、こんなんだったの?やばくね?めっちゃロボじゃん。いや、ロボだけどさ。
と、横のムスカから笑顔が消えていた。
「おいR何やってんだ。あと3分しか10分休憩ないじゃん!」
「3分で授業内容の復習とかまじむりだよね。僕ならこの顔のコロコロを…」
「うるせえよ!美容オタク!パンツ見えてんだよ!」
ムスカは顔のコロコロを強引にこちにから奪うと、後ろ手に放り投げた。
「ああ!僕の顔のコロコロ…!!そしてパンツは僕のアイデンティテ、テティ、ティティさ!もちろんピンクね☆」
「言えてねぇし!もういいよR、昼休に頼むぜ。次の授業、ちゃんとチャイムの時席についてないと先生様が怒るからな」
ムスカとこちにの漫才に耳を傾けている間に、クラスメイトたちはめんどくさそうに席につき始めていた。
そして、俺の前の席のこちにとは逆に、遠くの窓際の席になってしまったムスカは、早めに席に帰っていった。
俺も、教科書を机から出し、頼まれていた授業の復習もほっぽりだして、ぼーっとしていた。
「…そういえばR、さっき何してたんだ?なんか泣きそうな顔でぼーっとしてたけど。お腹痛い?」
椅子の背もたれをお腹にくっつけて…つまり本来と反対の方向、俺の方を向いて座ったこちにが、思い出したように聞いてきた。
「うーん、なんかよくわかんねぇデータがあってさ。見てた。」
「えっそれって大丈夫なのかよ?はっきんぐ?」
おいおい、ハッキングが平仮名になってるぜ、こちに。
「いや、多分入れたのは親父だよ。俺が出来た頃のデータみたいだったし。」
「へぇ~、それ、探せばもっとでてくるんじゃね?お前、親父さんのデータバンクだなw」
「うへぇ、勘弁してくれよ…俺のテストのデータ消えちゃうじゃん…。消去しようかな。」
そうは言ったものの、俺はさっきのデータですら消去するのをためらっていた。
親父が、心底楽しそうで、嬉しそうだったからだろうか。
「ま、どーするかはお前次第っしょ。」
こちにが無責任にそう言い放った瞬間、チャイムがなり、先生が教室に入ってきた。
「××!!貴様!なんてことを!!!」
「え?なに?」
「その……×××のことだ…」
「ん?これ?ああ、とっっても××××よこれ!!どこで買えるの?」
授業中、俺は脳内にあるデータを片っ端から見ていっていた。もちろん授業データなどの俺自身のデータ以外をだ。
さきほど見ていたのは、親父が見知らぬ研究者みたいなカッコの兄ちゃんに怒鳴られていたものだ。
データがちょっと壊れてるらしく、読み込めない箇所も多かった。
それにしても、さっきからのデータに出てくる親父は、本当の親父なのか?
親父が楽しそうに人にむかって発言している姿を見るのはこれが初めてのように感じた。
もしかしたら、別人なのではないかと思うほどだ。
それほどまでに、今の親父は……。
「××…もう、お前とは××をつづ…られない。」
「え…?どうして?」
「…お前は人の気持ちがわからないのか。お前は最低だ。この××め。×んでしまえ」
64番目の不明データを見ていた俺は、とても心が苦しくなった。この感情は…だめだ、検索しても引っかからねぇ。
このデータは、親父が罵られているものだった。どうも、先ほどのデータの続きらしい。
みるみる親父の顔色が変わる。俺はこの顔を覚えていた。…今の、親父の顔だった。
くそ、胸糞悪い。不明データの検索はここまでにしよう…。どうせもうすぐ昼休みだ。ほら、チャイムも鳴った。
俺は胸糞悪い気持ちのまま給食を食べ、復習をしていなかった俺を怒鳴るムスカをよそ目に資料室にこもった。
「…っくそ!なんだよ…」
俺の中で、2人の俺がいて、戦争をしているような気持ちだ。
もうあんな親父の顔など見たくもないと思う俺。それに対して、親父のことを少しでも知りたいと思う俺。
それにしても、なんで親父はこんなデータを俺に残したんだ…?
なにかワケがあるのかもしれない。いやでも…これ以上見るのは…。
葛藤を続けながら不明データを検索していると、鍵付きのデータを発見した。
「ん?…うわっなんだよこれ。結構強力な暗号だな。」
しかし、高性能アンドロイドにとって、こんな暗号は子供が作ったものも同然だった。
少しの好奇心とかなりの罪悪感を覚えながら、俺はファイルを開いた。
「おかえり、R」
「あれ、どうしたんだよ親父。牛乳腐ってた?」
「あ、あはは、そ、そんなに変な顔してたかな?僕…」
「お、おう?とりあえず、夕飯つくるからな」
「いや、僕は…いいよ。今日は友達の家で…家で」
「家で…なんだよ?ハッ…!まさかまた昼からスイーツ食ってきたのか!?」
「えっ…」
「ず ぼ し だ な ?」
「……うん」
俺はあっけに取られた。いつもなら親父はこうなるとすぐにとんで逃げて研究室にこもってしまうからだ。
「どうしたんだよ、親父。変だぞ?何か問題があったのか?」
「いや、問題というか…。あはは…。」
「なぁ、R。親友って、なんだろうな?」
しんゆう。親友、心を許せる友。特別な存在。かけがえのないもの。
「しんゆうは…」
「いや!タンマ!やっぱいい!大丈夫!」
「……?」
質問したのに撤回するなんて、やっぱりいつものオヤジらしくない。
「質問を変えよう。R、親友はできたか?」
「親友か…今はいない。むしろクラスメイトと今日喧嘩をした。」
「そうか…。僕、さっき親友を失っちゃったよ。」
親父は、自分を攻撃するように微笑んだ。こんな親父は見たことがなかった。
「なんでも、大事な妹さんが初めて作ってくれたケーキを、僕が食べちゃったみたいで…。」
「それは…怒るわな。」
「だよねぇ…とほほ」
「それで?」
「それでって?」
「それで、親父は謝ったのか?」
「え?」
親父はすっとぼけた。ように見えた。俺にはわけがわからなかったが。
「僕、悪いことしてなくない?」
親父は今度こそ本当にすっとぼけた。俺は本気でそう思った。
「……は?」
「だって…わざとじゃないし…。あんなとこにあったら…食べちゃうでしょ?」
「いや、でも…。お、怒ってたんだろ?」
「うーん。まあ、そうだけど…」
俺は、バグった。
「わけわかんねぇよ、親父、ふざけてんのかよお前」
警告。お前は禁止。
「お前さぁ、親友にそんなことされたら腹立つだろ?普通。わかんねぇのかよ。」
再度警告。お前は禁止。
「絶交だって言われたんだろ!?なんでそんとき素直に謝んねぇんだよ!!お前、ほんとーにバカなんじゃねぇの?」
再々度警告。お前は禁止。次回この言葉を使用すると強制シャットダウンします。
「俺がその親友の立場なら、俺はお前を、×す。」
強制シャットダウンを実行します。
な、なんだよこれ。俺、こんなことした覚えないぞ?しかもこれいつのデータだよ…。
思えば、毎日つけている日記にこの日のものだけが欠如していたような気がする。
そして、この日を境に親父は…。
あれ?でも俺、クラスメイトと喧嘩したって言ってなかった?なんかそっちは覚えてるような気がするぞ。
俺は先ほどのデータのひとつ前のデータを検索し、再生してみた。
「ギャハハ!なんだよそれ!!」
またか。隣の隣の席の…ムスカだ。また休憩時間にうるさく騒いでいる。
「だーかーら!あったんだって!ピンクのパンツが!買うしかないでしょ!?」
そしてその横にいるのは、こちに。あの二人はいつも我がクラスのトラブルメーカーだ。
「そんで今日早速履いてきたのかよ!ハハハ!」
「おまっ!お前!さいっこーに馬鹿!ハッハハ!もうさいこーー!!」
「警告。お前という言葉は禁止だ。なんで使う。」
俺は訳も分からずムスカに近づき、警告していた。ああそうだ。誕生日に「お前」という言葉を禁止したんだった。
「あ?なんだよお前…ああ、オタク君のRきゅんかぁ」
「え?お前って言っちゃダメなの?お前はお前って言わないの?なんてなー!ハハハハ」
「お前、意味わかんねーし!!ギャハハ」
「再度警告。お前は禁止だ。わからないのか。」
「いや、だから、そういうの冷めるんだけど…。」
「おい、ムスカ。こいつめんどくさいぞ。無視無視。」
「えー、なんかこいつめっちゃめんどくさいし…。」
「しかもなんでお前って言っちゃいけないんだ?ムスカ知ってる?」
「え、オレに聞く?わかんねぇよ。」
「口答えを…するな。」
「あ?うるせーよ。どっかいけ。マジで。」
「そーそー。こちにのゆーこと聞いたほうがいいよー。後々めんどいよ~?」
「訂正しろ。お前は禁止だ。類義語なら許す。あなた、君、などが妥当だ。」
「あー…めんどいなこいつ。殴っていい?」
「えー、オレ、パスだぜ。怪我して帰ったら母さんにどんなことされるか…。やべ、考えただけで鳥肌が…。」
「…お前の母さん、すげぇ過保護だもんな…。」
「聞こえないのか。訂正しろと言っているんだ。」
バンッ!!と凄い音が教室に響き渡った。もちろんムスカが鳥肌が立ちすぎて気絶した音ではない。
こちにがRを殴った音だった。
「あーあ、オレ知らないぞ。こちに」
教室内の女子たちがどよめく。職員室に走り、先生を呼びに行くやつもいた。
「だってぇ、僕のこと怒らせちゃったんだもんなぁ、Rくんったら☆」
「……口で反論できないとすぐに武力行使か。」
もう一度、さっきの音が教室に響く。2発目だ。
俺はそこで気を失った。
「…うへぇ…俺の黒歴史ちゃん…できればもう思い出したくなかったぜ…」
そう、これが俺ら三人の馴れ初めってやつだ。
ムスカとこちにはクラスのトラブルメーカーで、俺はロボの片鱗を隠しきれず、オタク君扱いを受けていた。
「たしかこのあと、早退したんだよな…」
それで、先ほどの親父とのやり取りにつながるわけだ。この日の俺よ可哀想に。なんて厄日なんだ…。
そのあとは覚えてないが、今「お前」を口にしても何も起きないところを見ると、「お前禁止令」は解除されたらしい。
それで、こちにに改めて謝りに行ったのだった。あれはどう見ても俺のせいだったからな。
こちには驚く程すんなり許してくれた。なんでも、俺を殴った手が思いのほか痛かったらしい。
そりゃあ、機械だから、殴りゃ痛いだろうな…。こちににとっても厄日だったみたいだ。
そうこうしているうちに、昼休みの終了を知らせる鐘が響いた。
掃除に行かなくては、ペナルティが待っている。
「…行くか。」
「おい、R」
掃除時間、ムスカに会った瞬間、ムスカは俺を静かに呼んだ。
「ん?なんだ?」
「おい、すっとぼけんなよな。お前、オレの頼みを忘れちゃったわけ?」
「あ……。」
忘れていた。完全に。
「はぁ……もう、いいよ。福沢にノート借りたし。見損なったぜ、R。」
ムスカはそう言い残し、掃除に戻っていってしまった。
それから帰るまで、ムスカは口を聞いてくれなかった。
……間に挟まれたこちにがやけにおろおろしていた。
家に帰り、電気を付け、制服を着替えてエプロンを付けて冷蔵庫を開ける。
今日も夜ご飯の支度をしなければならない。
まったく、友人関係で落ち込んでる思春期の男子が、なんで主婦の真似事なんかしないといけないんだ。
「あれ、ベーコンがない…。」
どうやら、お昼に親父がつまんだみたいだった。
今日はベーコンとアスパラガスがあったから肉巻きアスパラガスにしようと思ったんだけど…。
「しょうがない、ベーコン買いに行くか…。おーい、親父!なんか要るもんあるかー!?」
そう叫ぶと、親父は研究室から顔を出した。いつもどおり、生気のない顔だった。
「ああ、Rくんか…いや、何も要らないよ、ありがとう。」
親父が、好きだったスイーツを食べなくなったのはいつからだっただろうか。
スーパーにて。俺は目的のベーコン(タイムセールで安かった!)を手に入れ、帰路についていた。
ムスカのことを考え、重い足取りで歩いていると、ふと気づいたら知らないところに立っていた。
「あれ?歩きすぎたか…?」
あたりを見回してみると、いつも家から見えるのと反対の方向に学校があることに気づいた。
どうやら反対方向に歩いてきてしまっていたらしい。
まぁ、俺にはカーナビみたいな機能も搭載されているから、迷子になることは…。
「あ、あれ?なんで起動しないんだ?」
この時の俺は忘れていた。マップをアップデートするからカーナビ機能は昨日の段階で一時使用不可になっていたのだ。
「くそっ…帰れねぇ…。」
俺は途方にくれて、しかし悪あがきをしようと思い、電柱を片っ端から見ていった。
電柱には住所が書いてあることを俺は知っていたからだ。
そうして、13番目の電柱まで歩いてきたところで
「え、あ、Rじゃん…」
少し気まずそうに誰かが話しかけてきた。この声は…ムスカだ。
「え?ムスカ?なんでここに」
「いや、俺の家、ここなんだけど…お前こそなんでこんなとこいんだよ。」
驚いて見上げると、なるほどここはよく通ったムスカの家の目の前だった。
迷子になりそうで動揺していたのだろうか。全く気付かなかった。
「え…っと、とりあえず寄るか?」
「え、いいのか?」
「?…別にいいけど、お前どうしたんだよ。」
先ほどの喧嘩も忘れてしまったのだろうか。ムスカはあっけらかんとしている。
「あっらぁ~Rくんじゃないの~久しぶり☆うちのムスカは学校でどうしてる~?かっこええやろ?」
「おい!母さんやめて!!Rびっくりしてるじゃん!」
「あら、なによ~ムスカったら照れちゃって(はぁと)学校は監視…じゃなくて見守ってられへんやない?」
「あ、あ、あは、あははは…そーっすね…」
「うわあああああああああああ!!!もう!おいR!俺の部屋行くぞ!とりあえず!」
そうして俺は、家の中でも割と普通な部屋、つまりはムスカの部屋に逃げ込んだ。
逆に言えばこの部屋以外の部屋は…いや、考えるのはよそう。…でもなんでムスカの等身大パネルなんてあるんだ?
あいつ、芸能界デビューとかしてたっけか?
「そんで、お前、なんであんなとこにいたんだ?お前んち反対方向だろ?」
「あ…いや、それは…」
「お前、中学2年になってまで迷子かよ!!ウケる!!」
ムスカはギャハハ、と笑った。まるで初めて喧嘩したあの日のようだった。
いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。現に今だってムスカと俺は喧嘩の真っ最中なはずなのだから。
とりあえず、謝らないと。あれはどう考えても俺の過失だったんだから。
「ムスカ、マジでごめん。」
「え?な、なんだよマジになって。迷子くらいだまっててやるって」
「いや、そうじゃなくて…」
「……?」
「おま、忘れてんのか?今日のことだよ!」
「オレ、なんか言ったっけ……?」
「見損なったって…その後口を聞こうともしなかっただろ!?」
ムスカは考え込んでしまった。あれは俺が見た白昼夢だったのか?
いや、そんなことはない、と思う。あんなリアルな夢あってたまるか。
「え?オレ、無視なんてしてないぜ?うん。」
「えっ?え、だって、帰りひっとことも喋んなかったろーが!」
「あー…、あんとき…福沢に借りたノートに書いてあった妙なイラスト見てて気付かなかった…。すまん」
なんてこった、と俺は思った。
俺の苦労と苦悩はなんだったんだよ。
「ってゆうか、オレそんなことで無視とかしねーし。オレら親友だしな!へへ」
「……へ?」
「ちょ、なんだよその反応。え?まさか親友とか思ってたのってオレだけなの?つら」
親友。しんゆう…。かけがえのない。俺が?
いつの間に親友を取得していたのだろう…。
「いつの間に」
思わず口に出していたようで、ムスカは怪訝そうな顔をした。
「え、オレらが話すようになった頃からだろ?ほら、思い出せよ。こちにあのあと手がいてぇいてぇって大変だったんだぞ。」
「いや、待て。それは覚えてるぞ。それは俺の…」
忘れもしない、俺の黒歴史ちゃんだ。
「…、いや、俺も覚えてる。うん。あの時のこちにったら」
「くく…こちにったら」
「「めっちゃダサかったよな!!!」」
そういって俺とムスカは笑いあった。
ああ、これがかけがえないってことなのか。
俺の辞書にまた新しいデータが増えた。
「親父。」
「ああ、Rくんか。どうしたんだい。お皿ならちゃんと朝に洗っておくよ。」
夕飯を食べ終わった俺は、親父の部屋を訪ねた。
この覇気のない親父を見ていると、俺の心まで荒むから、いつもはご飯を食べたあとはお互いに一人で過ごしているが、
今日は我慢だ。
「親父。俺、いつの間にか親友ができていたみたいだ。」
親父は一瞬だけ目を丸くし、そしてまたいつもの生気の抜けた顔に戻った。
「……そうか、それは…よかった。」
「おい、そんだけかよ。研究成果が新しい成果をあげたんだぞ!?」
途中から自分でも何を言っているのかわからなかったが、今はそんなことどうでもいいのだ。
「しんゆう、か。父さんはもう、そういうのどうでも…」
「いいって言うのか?こんなになってよぉ、ただ生きるだけのおっさんになっても、それでもいいのかよ!」
「うーん、だって、僕にはRくんがいるし…。」
「俺は、こんな親父、ごめんだね。」
「な、なんてこと言うんだよ…はぁ、父さん傷ついちゃったよ…。」
「知るかよ、んなもん。俺、みちまったんだよ。お前がどっかのにーちゃんに怒られて、恨まれて、俺がキレるデータ。」
「そうか。あれを……Rくんには申し訳ないことをしたね。」
「だーかーらー!俺は別にいいから!今でも遅くねんだろ?謝ってこいよ!!」
「残念だけど、それはできないよ。」
「なっ…!どうしっ」
「だって、彼はもう、遠い外国に行ってしまったからね。」
がいこく。たかが中学生の俺にはその単語はとてつもなく遠く思えるものだった。
「な、ならっ!なら電話すりゃいいだろ!?」
「それもできないよ。電話番号わかんないもん」
「あーーー!もう!どうすんだよそんなんで!!」
「あ、でも、彼の妹さんがたしかRくんのクラスにいたような…」
「誰だ!それ!言え!ほら言え!早く言え!」
「えーと、お嬢様で…たしか、カレンちゃんだったかな?」
俺は即効で歌恋の家に電話した。執事らしき人が出て丁寧な応答をするのすら、俺は待てなかった。
<なによ、こんな夜遅くに…。誰なの?めんどくさいから手短にね。>
ん?電話の相手は本当にあの歌恋なのか…?まるで別人じゃん?
「えっ、と。俺、Rだけど」
<あっ…や、やだ…Rさんだったの?こ、こほん。何ですか?Rさんっ♪>
一瞬でいつもの歌恋に切り替わったこととか、急に声色が変わったこととかはこの際どうでもいい、それより…
「歌恋さん!お前の兄さんの電話番号を教えてくれ!!今すぐだ!」
<え?おにいちゃ…お兄様のですか?困りました。お兄様は今外国で…実は私も番号を知らなくてですね…。>
「そんな!なんとかならないのか?」
<そう言われましても…。お兄様はもう社会人ですし…。いつこちらへ帰ってくるのかも分からないのです…。>
と、電話口のむこうが何やら騒がしいことに俺は気づいた。
「な、なぁ歌恋さん。なんだか後ろが騒がしいみたいだけど…。」
<ああ、お父様が帰ってこられた音ね。使用人が総出でお出迎えするから、大変なんですよ。>
「なんだ、親父さんのほうか…。」
俺は、てっきりお兄さんが帰ってきたものだと思っていた。いや、そう願っていた、の方が正しいか。
俺がうなだれていると、電話口から、何かが落ちる音がした。音の大きさ的に、歌恋が受話器を落としたのだろうか。
<………さまっ!?>
雑音に混じって、かすかに歌恋の声が聞こえた。とても動揺しているように聞こえた。
<ああああああRさんっ!?あなたはなんなのですか!?預言者なの!?>
「ま、待って、落ち着いて、歌恋さん。何があったんだよ。」
<おおおおおおお兄様が!お兄様がお父様と一緒に帰ってきたのよ!なんでわかんないのよ!!…あっ、ご、ごめんなさいっ>
「えっ!ほんとか!!すぐ代われるか?ちょっとでいいんだ!あ、電話の相手は言わないでくれ!お願いだ!」
俺は、またしても変わった歌恋の口調にはもはや気付かなかった。
<え?ええ…少し、待っていただけますか?>
「親父。電話だ。ちょっと待ってろ。もうすぐ変わるからな。」
「ま、まさか…彼なのか……?」
「そうだ。おっと、逃げるなよ。ほれ、出たぞ。あ、もしもし、どーも。今代わります。え?いやいや、お楽しみってことで!」
それからの俺は、とてつもなく時間が長く、それでもって一瞬に感じるような、不思議な感覚を味わっていた。
「や、やぁ…元気にしてた…?」
「その声…!お前…!!」
「あ、あ、あの!!!あの時は本当に、ほんっっっとうにごめんなさい!!!!もういまさらかもしれないけど…」
言った、ついに言えた!親父、やりゃできるじゃん!!
「……僕が、そんな言葉ごときでお前を許すなんて思ってるのか?」
しかし、歌恋の兄の方はいたって冷静だった。口調からして、まだ親父のことを憎んでいるのか…?
「…もう、許してもらえないよね…。うっすら気づいてはいたんだ。もう絶対に許してもらえないことくらい…。」
「お前、いつからそんな陰気になったんだ…?あと!あの頃のことは僕も…いや、俺も…悪かったよ。」
「えっ?」
「許してやるって言ったんだ!聞こえなかったのか?」
「き!聞こえました!」
「うん。分かったならいいんだ。あの時は俺も頭に血がのぼってたからな。言いすぎた。」
「え、え、え、こ、こっちこそ!!…知らなかったとは言え…ごめんね」
どうやら、こっちも仲直りできたみたいだ。よかったよかった。
それどころか、それから1時間以上、二人は通話をしていた。昔話に花が咲くってやつだろう。
「R!それじゃあ父さん行ってくるよ!えへへ、ありがとうね!」
あの一件から、親父は変わった。俺を作ったあの頃のように明るくなったのだ。
なんでも、今日は歌恋(の兄)の家に行ってご飯をご馳走になるらしい。
うまくやれよ、と俺は祈っておいた。
かく言う俺も、今日はいつもの3人で夜通しカラオケをする予定だ。
メモリの中に今日歌う曲リストをセットしながら、俺はいつになくウキウキしていた。
これから何度か、歌恋の作ったものをうっかり食べたりなんかして
親父はまた歌恋兄に叱られ、追いかけられる羽目になるのだが、それはまた、別の話だ。
まぁ、つまるところ、俺は親父が元気になったことを、純粋に喜んでいるのだと思う。
おわり
あとがきのようなもの
やあ、ナオですよ。
プロットもなにもなく漠然と書いてたら、また長くなってしまいました。
きれいにまとまってるかな?ないよね。知ってます。
またちょこちょこ修正するとは思いますが、Rくんのエピソードでした。
ついつい女の子を贔屓してしまうナオなのですが、今日はなぜかRくんの話。
というより、Rパパの話ですね。Rパパが歌恋兄に追われるようになった理由と仲直り、そして再発までの話。
それにRたちの友情を組み込んで1本のお話にしてみました。
紀紗子さんにツッコミ入れられたら修正します。うちあわせ?そんなのしてな…すみません。
流れ的に次はこちにかな?でもまだ肝心の荒ムス小説がないけどね。むしろそっちがメインだろ。
まぁ、なぜか昔の僕ははの時代からナオは外伝みたいなのばっかかいてたから、仕方ないね。
というわけでお楽しみいただけたなら幸いです。長くてすみません。
H26.5.12 あいおーえすよりあんどろいど派な ナオでした!
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最終更新:2014年05月12日 01:45