雨が、降っていた。
ボクは、歌恋の腕を掴んでいた。
「ねぇ、雨が降ってるわ」
「そうだね、歌恋」
「どうして、はなしてくれないの?」
「どうして、はなさないといけないのかな?」
腕を握る力が強まってしまう。
歌恋は悲しそうな困ったような顔をした。
…こんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「…痛いわ」
「嘘。そんなにキミは弱くないよ」
「本当よ。京は特別なんだから」
「ずるいなぁ、そんなこと言われたら」
はなすしか、ないじゃないか。
「ずるいかしら?」
「とっても。ボクの気持ちに気づいてるの?」
「どうかしら」
「ひどいな、弄ぶなんて。」
「もし肯定したらどうなるのかしら?」
「…内緒、かな?」
「ふーん、そう。なら…」
歌恋が僕から距離を取ろうとする。
不意を突かれて、とっさに、
「だめ、離れないで」
「えっ」
歌恋を抱きしめてしまった。
後悔なら、きっとしている。
この鼓動は薄い布越しでも伝わるのだろうか。
恐ろしくなって、そっと、彼女との距離をたもつ。
彼女はホッとしたように息をついた。
それはどういう感情なの?
「ひどいよ、歌恋…」
「……」
そう、歌恋はひどい。
言葉と裏腹な態度でいつもボクを惑わせる。
ボクの気持ちを肯定したら、だって?
「そんなこと言われたら、ボク…」
「…何?」
「抑えられなくなる、よ…?」
「なっ!何よいきなり!」
「…本当は、気づいてるんだろ?」
「気づいてないわ」
「どうしてそんな悲しそうな目をするの?」
「悲しくなんてないわ」
「歌恋、ボクのこと、嫌い?」
「き、嫌いなわけないじゃない!」
「じゃあ……」
「…………」
「……好き?」
言ってしまった。
後悔、後悔しかない。
こんなこと、言うべきじゃなかった。
彼女は今、きっともうボク以外の誰かを見てるのに。
その目に、ボクはもう映らないのに。
その点で言えば、ボクにはもう後悔しかなかったのだ。
歌恋が好きだ。
どうしようもないほどに。
その目にボクを映してほしい。
他の誰かなんて、入れてほしくないのに。
その肌に、ボクだけが触れたかった。
けれど、それはいうべきではないこと。
持ってはいけない感情だった。
「…ごめん、忘れて」
「…無理よ」
「…本当に、ごめん」
「…謝らないで、泣いているの?京」
知らず、涙が流れていた。
今まで泣いたことなんてなかったのに。
そこまでして彼女がほしいのか。
なんて、みっともない。
「京…っ!」
彼女は、僕を抱きしめた。
ずるい、ひどい。
こんなことされたら、どうなるかわからないよ?
「こうしてると、落ち着くでしょう?」
「…うん、ありがとう。歌恋」
嘘だ。
落ち着くどころか、
鼓動はどんどん激しくなっていく。
努めて平静を装っているが、
体は正直に熱くなっていく。
根本的に、ボクは男なんだ。
その対象が、歌恋ただ一人なだけで。
そっと、首筋に触れた。
「んっ…京?」
困惑した声で訪ねてくる歌恋。
今はその声すらボクを惑わす音でしかない。
そして、何度か首筋を往復して、優しく頬に触れる。
彼女は耳まで赤くなっていた。
「歌恋…かわいいね」
「京!ふ、ふざけないで…」
力なく出る歌恋の言葉に従う気はもうない。
忠犬だってたまには飼い主の手を噛むものだ。
それを表すように、
ボクは飼い主の耳たぶをそっと甘噛みした。
「ひゃ…ん…」
甘い声がもれる。
なんて可愛くて綺麗なのだろう。
歌恋の綺麗な肌を、ボクが舐めて汚していく。
背徳的で快感だった。
誰かに取られる前に、ボクが奪えばいいんだ。
抱きしめて、心臓の音を聞く。
歌恋の鼓動は、ボクと同じくらい高鳴っている。
それがひどく嬉しかった。
雨が降っている。
毛足の長い絨毯に二人で倒れ込む。
ボクが押し倒す形になった。
震える瞳がボクを見つめている。
ボクは、歌恋を奪った。
最終更新:2015年04月13日 23:35