「今回はお前の従姉妹の家の会社だから、少しくらい気楽にやってくれてもいい。たしか、同年代の娘もいたはずだ。よかったら仲良くさせてもらえ。」
「わかった。父さん。」
気を引き締めて有栖川家に向かう。その日は曇っていて、京子が有栖川家に着く頃には小雨が降り出していた。
「君が神崎さんの跡継ぎか、話は聞いているよ」
有栖川グループの会長、つまり歌恋の父親は、会長としては明らかに若すぎる風貌だった。
「はい、神崎京と申します。本日はお時間を割いていただき、ありがとうございます」
「はは、そんな丁寧でなくても大丈夫だよ、君のところとは仲良くさせてもらっているし」
「そ、そうですか?」
拍子抜けしたが、その後のやりとりはスムーズに行うことができた。この柔軟さも、会長を会長たらしめる所以なのかな、と京子は考えた。
「と、仕事の話はこの辺にして、昼食にしようか、良かったら君も食べていきなさい」
「は、ありがとうございます」
「それから、君と同じくらいの歌恋という娘がいるんだが…… 」
「うかがっております」
「探してきてもらえるかな?」
「はい、……え?」
取引先でいろいろと依頼されることはあったが、娘を探してこいというのは初めてだった。
「いや、昨日喧嘩してしまってね……使用人や家族に頼むのも気まずいから、君にお願いしたのだが」
気まずそうにそっぽを向いてそう語る会長を見て、なんだ、この人も普通のお父さんなのだな、と京子は思った。それに、少し羨ましく感じた。
「なるほど、わかりました」
「ありがとう、助かるよ。外は雨だから、きっと家の中だろうけど、あの子は庭が好きだからそっちかもしれないな」
「はい、では探してきます」
そうして、京子は歌恋を捜索することになった。
ある程度の時間探し回って、これは大変な依頼を引き受けた、と京子は後悔し始めていた。なにせこの屋敷は広すぎる。どの部屋を探しても目的の人物どころか、使用人以外の人すら見当たらないのだ。
このままでは埒が明かないと京子は考え、いったん庭を探してみることにした。
すると、先程までの苦労は何だったのかと思うほどあっけなく、女の子は見つかった。
茂みの向こうでしゃがみこんだ女の子……歌恋は、小雨に降られてなお、立ち上がろうとはしなかった。
「だれ?」
足音が聞こえたのだろう、歌恋は振り返らずに問うた。
「……はじめまして、ボクは神崎京です」
「おとうさまの、お仕事の人でしょう?」
こころなしか、彼女の声は震えているように聞こえた。
「そうだよ、君は歌恋ちゃんだね?」
「お仕事の人はキライよ、どこかへ行って頂戴」
「それは困るな、君のお父さんに頼まれて来たんだから」
「それなら尚更よ、どうせ私を見つけたら取引が成立したりするのでしょう?私をダシに使うなんて、おとうさまは最低ね」
ああ、まったく我侭な子だ、と京子は思った。それに、被害妄想がすぎる。こっちは生活するためにどれだけ苦労してると思ってるんだ。そう思うと、つい言葉はきつくなった。
「あのさ、ボクがどれだけ探したのかわかってる?話す時くらい人の顔みれないの?」
「なっ!そんな態度私にとっていいと思っているの!?おとうさまに言いつけるわよ!」
「そのおとうさまと喧嘩してこんなところで泣いてるのはだれかな?」
「泣いてなんてないわよ!!」
言って、歌恋が振り返る。濡れた金髪が舞い、赤い瞳が涙で更に赤く染まっていたがしかし、十分すぎるほど彼女は美しかった。
京子は思わず言葉を失った。天性のお姫様とはこの子のことを言うのではないかと本気で考えた。
歌恋もまた、驚きで言葉を失っていた。父親の仕事関係の人はいつも大人で、今回もそうだと思っていたからだ。
「……あなた、子供じゃない」
「うん、君と同い年だよ、よろしく」
「……うん」
歌恋はしぶしぶ返事をした。と、にやっと笑って京子がいう。
「やっぱり、泣いていたんだね」
「なによ、ハッタリだったの?」
「まあね」
「意地悪なのね、あなた」
不機嫌そうに歌恋は京子を見た。どうしてこんな意地悪な子がお父様と仕事しているのか、と思った。この年でもお兄様はよっぽど大人で、優しかったのに、と。
「京でいいよ、だって、ああでもしないとこっち向いてくれそうになかったからね」
「……京は頭がいいのね、おとうさまとお仕事できるわけだわ」
「お褒めに預かり光栄だよ、歌恋ちゃんは」
「歌恋でいいわ」
「歌恋は、どうしてお父さんと喧嘩したんだい?」
「お仕事のできる男の子にはわからないわよ」
そこで、はたと京子は思いついた。この子は女の子で、家は長男である兄が継ぐことになっていて、会長とこの子のつながりは家族であるのにも関わらずとてもとても脆いものなのだ、と。もちろん自分も女で、自分もまたその立場だったことがあるからわかることだが、身の回りの、それも大切な人を遠い世界の人と認定してしまうと、どうしようもない孤独が心を襲うことがある。
「そうか、君はさみしかったんだね?」
「……そんなわけ、あるはずないじゃな……」
強がりつつも、歌恋の綺麗な瞳からはまた大粒の涙がこぼれだしていた。京子は何故かその姿を、かわいそう、ではなく、美しい、と感じていた。その理由など知るよしもなかったが、ふと、この子を守りたいと強く感じたのだ。
「これから、ボクがそばにいるよ」
気づくと、言葉にしていた。
「……え、京が?」
「うん、ボクが歌恋のそばにいる、だから泣かないで」
京子は必死で言葉を紡いだ。このようなことを言ったのは初めてだったが、頭が回るよりも早く、感情が脳を走るのを感じた。事実それは、京子が自身の感情を優先させた初めての瞬間だった。
しばしの沈黙。その沈黙を破ったのは歌恋だった。
「ふふっ、京、王子様みたいね」
「えっ?」
歌恋は、柔らかく微笑んでいた。いつの間にか雲間からは光が差し込み、歌恋の濡れた金髪を陽の光がキラキラと照らしており、
「……歌恋は、まるで天使だ」
その姿は1人の 少年 を熱に浮かせるには十分すぎるものであった。
「あら、王子様の反対はお姫様でしょう?」
しかし、目の前の天使はそんな熱などには気づかず、京子の放ったおかしな比喩に笑うだけだった。まったく、自分は魔法にでもかかったのだろうか、と京子は苦笑いし、
「……それもそうだね、ほら、もう寂しくない?」
と歌恋を促した。
「本当ね、お父様に謝らなくっちゃ」
と歌恋はバツが悪そうに舌を出した。
そして、京子の手を優しく握り、
「でもね、私1人じゃ不安だから、京、あなたについてきて欲しいわ、だめかしら?」
とイタズラ好きの子供のように笑った。
京子はやれやれと肩をすくめ、歌恋と共に雨上がりの庭を歩き出すのだった。
あとがき
お久しぶりです、ナオです!毎回お久しぶりです言ってるきがしますがどうしたものでしょう?
今回は(も)京子と歌恋のお話です。この前かけなかった2人の出会いを、外伝という形で形にしてみました。すべて携帯からの投稿なので、長いのか短いのかすら検討がつきません。冒険ですね!!
あと、前半から後半にかけての地の文のテンションの差はどうにかならないものなんですかね?なりません。はい。(即答)
毎回きささんにお会いすると創作意欲が湧くような気がしてくるので、彼女は湖の精霊かなにかなんでしょうね。ほんと。
とまあ茶番は置いておいて、この2人は本当に2人で会話を進めていってくれるので、行き当たりばったりで書く私にとっては非常にありがたい存在です。他にも色々と考えているストーリー(……というのも京子と孝太郎の出会いや歌恋との幸せなひとときからの別れなど、再開までのエピソード)はたくさんあるので、どんどん形にしていければ、と思っています。もちろんきささんに怒られない範囲で、ですけど笑
それではつぎも遅くなるかもしれないですね。またお会いしましょう。
H28.3.31 ナオ
最終更新:2016年03月31日 02:04