少年はいつものようにテレビゲームをしていた。
和室であぐらをかきながらコントローラーを握りしめ、画面の中で襲いかかってくる敵を撃ち倒す。
銃声としゃがれたうめき声が部屋に響く。部屋の外から新たな音が混ざる。
それはいつもと変わらない、母親の足音。
近くまで来ていた足音がぴたりと止まる。
ほら、やっぱり来た。
そう思った途端、部屋の襖ががらりと開けられ柔らかい女性の声が少年を呼んだ。
「シンちゃーん、お買い物にいきましょう?」
僕とお母さんの物語
「お母さん、ちょっと待って」
シンちゃんと呼ばれた少年は、谷川シン。艶やかな黒髪とくりっとした瞳が可愛らしい、中学2年生だ。
彼は最近始めたゾンビゲームにこの数日間すっかりのめりこんでいた。
「もー、シンちゃんたらまたそんなゲームばっかりして……あっ、やめて、お母さんそんなの見たくないの」
ゾンビを撃っていく画面が苦手らしい母親は、顔を背けながら嫌そうに両手を伸ばす。
「そんな事いったって、こういうゲームなんだから……もうすぐセーブポイントだから待って」
かといってこのまま切ってしまえば今日進めた成果も消えてしまうので、悪いが母には待ってもらう。
母に気を使ってアイテムのありそうな通路もスルーし、先へ進む。あと数体倒せばセーブもできそうだ。
すると急に少年の視界が塞がれた。
「あ!ちょ、ちょっとお母さん!?」
「シンちゃんもこんなのみちゃだめよ!やるなら見ないでやりなさい!」
後ろから母親に両手で目を覆われている。この状況ではセーブポイントに向かうのは困難だ。
「ちょ、ちょっと離してーーー!」
「だーめ!またお兄ちゃんが貸してきたんでしょう!あの子はいつも……」
母が文句を言っているうちにも、ゾンビからの襲撃をうけているだろう主人公のウワァとかいう声が聞こえてくる。
「そうだけど、はやく離してって!」
コントローラーを片手に母を振り払うと、視界が戻る。
案の定、画面にはGAME OVERの文字。
「あぁ……」
「まったく……こんなゲームをシンちゃんに貸すだなんて、お兄ちゃん叱っておかなくっちゃ……!」
せっかくここまできたのに、とがっくりしている息子を見て、母はふぅとため息をつき隣に腰を下ろす。
「もっとシンちゃんに似合うかわいいゲームならいいんだけどね〜。どうぶつと気ままに暮らすゲームとか、
服屋さんになって可愛いお洋服を着せ替えするゲームとか……」
「……それ、女の子向けでしょ」
前者はともかく後者は完全に女の子をターゲットにしたゲームなので、男子中学生である彼はおすすめされても嬉しくはない。
顔をむすっとさせていると、母親はそんな息子をぎゅっと抱き寄せる。
「なに言ってるの、シンちゃんはこんなにも可愛いんだから、ちっとも変じゃないわよ?」
そういって優しく頭を撫でる。
会話が微妙に噛み合っていない気もしながら、身動きがとれないまま手探りでリモコンをとってテレビの電源を落とす。
「買い物……行こうか。お母さん」
これが谷川家の日常風景。シン君とその母親の物語。
近所のスーパーで
「シンちゃん、夕飯なにがいい?」
「んー…麻婆豆腐」
「いいわよ~、丁度お豆腐安かったのよね」
特売の豆腐をカゴに入れる母の姿もちっとも変っていないと思う。
友達はもう親と買い物に行くことが少なくなってきたらしく、僕はいつも一緒に行くと話すと驚かれることも増えてきた。
でも驚くほど変な話でもないと思うんだけど。
「シンちゃん、何か買ってほしいものあったら言ってね」
だって一緒に行くとお菓子かってもらえるし!
「うん。じゃあ取ってきていい?」
「ええ。でも買いすぎはダメよ?」
「わかってる!」
物につられて買い物についていくなんて、自分でもなかなか単純だと思う。
でもお菓子を買って貰えるからって、それだけの理由じゃない。
お母さんは僕が一緒に行くというと、本当に嬉しそうな顔をする。
僕はお母さんが好きだし、できればいつも喜んでいて欲しいと思う。
それに、いつか僕が親になったときの事を考えてみると、子供と一緒に買い物にいく、
そんな些細なことだってきっとかけがえのないものになるんだろうなって。
なら、なるべく僕はお母さんのそばにいてあげたい。
僕の最近のお気に入りはしっとり系チョコチップクッキーだ。
ちょっと高いから自分のおこづかいだけじゃしょっちゅうは買えないけど、お母さんと買い物にくると一袋だけ買ってくれる。
レトルト食品や調味料の棚を抜けいつものお菓子売り場の列にいくと、僕はどきっとしてしまった。
そこにいた人とばっちり目があったからだ。
それも同じクラスのー
「ムスカくん」
「あぁ……よっ」
ムスカ君は片手を少しあげて返してくれた。でもすぐに目はそらしてしまったし、なんだかそわそわして挙動不審に見える。
僕とムスカくんはよく話すというわけでもないが、別に仲が悪かったり特別話しづらいというわけでもない。
でも今の彼はなんか僕に会いたくなかったといった感じに見えるし、そのまま何も買わずにさっさと背を向けてしまった。
なんだろう。もしかして避けられているのだろうか。
でも、お母さんが待ってるかもしれないから、早く目的の品を選らんでしまおう。
気を取り直して、棚の中に並んでいたしっとりクッキーを手に取ろうとした時、
「あら~!!ムスカ!!ここにいたのね!!!」
大きな甲高い声が響いた。
「え…」
あの声は僕も知っている。というかうちのクラスではそれはもう有名人だ
声のした方をみると、硬直しているムスカくんと、その少し遠くに買い物カートを押した派手な女性が。
「んも~!!ムスカってば、すぐどっか行っちゃうんだから!」
カートをガラガラと押しながら凄い勢いでこっちに向かってくる。
「いいだろ別に!!店にはいったんだから自由にさせてくれよ!」
「ムスカったら、照れ屋さんなんだから~☆」
「だから照れてねぇ~~!」
「嫌がる顔も可愛いわぁ~!」
「ほんとやめろ!っぎゃああ抱き着いてくるなあぁぁ!見られてるだろおお」
「…あらほんとね!あなたムスカのお友達?」
「えっ」
急に僕に注意が向けられドキっとした。目の前の2人をぽかんと眺めてしまっていたようだ。だってあまりにすごい迫力で。
腕が離れ、やっと自由になったムスカくんは、ごきごきと肩を回す。かなり強く抱きしめられていたんだろうな。
「…同じクラスのー、えーと、、シンくん。」
「……谷川シンです」
軽く会釈をする。一瞬ムスカ君に名前を忘れられているんじゃないかと思ったが、それ以上にこの人の視線がすごい。僕に対する視線が。
「ふーん?」
顔では笑っているけど、僕の心の中を見透かそうとするような視線。まるで自分の大切な宝物に危害を加える人間か定めようとしているようなーー
「……ねぇあなたはどう思ってるの?ムスカの事」
「えっ!?」
ずいぶん直球な質問をしてきた。どう思うと聞かれても。
「おい母さん……ホントそれやめろって!シンくん困ってるだろ!」
「えぇ~、だってぇー悪い子だったらどうするのよ~」
それを本人の前でいうか。正直僕よりもいつもつるんでる小西君とかの方がワルな感じはするけど…
「そんなことねーから!ほんとにそんな事目の前で聞かれる俺の身にもなってみろよ!」
「仕方ないわね~!(じゃあムスカの前だけではやめてあげるわ!)」
「よし、ついでにその変な恰好もやめろ!」
「ええ~!これがうちのファッションなのよ☆」
「だから一緒にいる俺の身にもなれよ!」
なんかこの2人見てると面白い。ムスカくんのお母さんが学校にのりこんでめっちゃ騒いでるときはムスカ君大変だなって思うけど、
実はこの2人結構仲がいいんじゃないかな。
「ところで、あなたもお買いもの?一人?」
「えっ、あのー、僕もお母さんと来てて…」
「まぁ、いい子ねー♪」
「そうか…シン君も無理矢理連れてこられたんだな」
「僕は自分でついてきたんだけど……」
「えっ」
「シンちゃーん、まだ決まらないのー?」
このタイミングでお母さんがお菓子売場に来た。もう買い物は終わったみたいで、カゴに食材がいろいろ入っている。
ムスカ君親子と僕が話してたのに気が付いたお母さんも、駆け寄って二人にあいさつをする。
並ぶと改めて思うけど、僕のお母さんとムスカ君のお母さんは真逆のタイプって感じだな。
「じゃあ谷川さんも、息子と一緒にお買いものってことね!」
「そうなんですよ!やっぱり一緒だと嬉しいですよねー」
「分かるわぁ~!うちのムスカは照れ屋さんだから、なかなかお買いものにもついてきてくれないんだけどね~!」
もう打ち解けている。そういえばこの二人授業参観とかで面識はあるんだっけ。
でもこの荒地さんとも結構うまくやっていけそうな感じで安心した。目をつけられたら怖そうな感じするし。
ほっとする僕の横でお母さんは明るい声で話す。
「シンちゃんはね、とっても素直だからいつもお買い物にも来てくれて……本当に可愛い子なんですよ~!」
荒地さんの動きがピタリと止まる。
「……素直に、…いつもいっしょに…?」
ん??
「ええ、今日だってそうですし、ほんといい子なんですよ〜。」
「アラァ……」
「私がシンちゃんが可愛くて、いつもなでなでしちゃうんですけど、ぜんぜん嫌がったりしないですし」
「……ナデナデしても、イヤがらない……?」
あれ
「可愛くて可愛くて、すぐにぎゅって抱きついちゃうんですよぉ、うふふお恥ずかしい」
「…………ソレ…モ……イヤガラナイン…?」
「ええ、ちっとも嫌がらないですよ♪」
荒地さんは倒れた!!!!!
「秋月さん!?どうしたんですか!?」
「お母さん何やってるの!?なんで荒地さんを倒してるの!?」
「シンちゃんそんなこと言ったってお母さんにもさっぱり……」
「おい母さん!こんな店の中で倒れるなよ!起きろよ恥ずかしい!」
ムスカくんがゆすっても荒地さんはナンデ…ナンデ…とうなされている。
「私…何か悪い事いっちゃったかしら…」
「びっくりした…」
結局あの後、荒地さんはスーパーの店長に手伝ってもらって店の奥に運ばれていった。
ムスカくんがその場しのぎで貧血ということを説明していたが、荒地さんは大丈夫なんだろうか。
お母さんは駐車場で、ふぅとため息をつきながら
「ほんとびっくりしちゃたわね……秋月さんあんなに元気そうなのに貧血持ちだったのねぇ」
やはり本気で気づいていないようだ。天然なところもあるのでそんな気はしたけど。
ムスカくんが心底帰りたそうな顔をしていたのが気にかかるが、あの二人の間では珍しく無いことなんだろうか。
なんだか普段の生活も気になってきた。
ムスカくんにあの後の事とか、明日学校で聞いてみようかな。
そんなことを考えながら僕はお母さんの車にのった。
【終】
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あとがき
書けそうだと思った、反省はしていない、などと供述しておりー
はい、まさかのシン君と母の物語でした!だぶるぼくははです。
なんて良い子なの……割とモデル人物の実話を盛り込んでいた(はず)のでこんな良い子がいるんですよ凄いですね息子にしたいね。ハグのくだりとか聞いた時「リアル僕母じゃん!これは荒ムスと対比できる…!ネタにしなければ!」と思ったものです。ごめんね…。(ただ緊張していたので記憶が曖昧)
本当は恥ずかしいのでお蔵入りにしようかとも思っていた話なんですけど、読み直してみたらいけんじゃね??と思ってアップしました。適度な更新大事!クラスメイトも増えて賑やかになっていく僕母をこれからもよろしく。
2019.11.6 紀紗
最終更新:2019年11月06日 16:52