仮面ラ○ダー○バのパロディです
~中曾根さん編~
紅渡は今日もバイオリンの修復をしていた。
自宅の工房の作業机にバイオリンを乗せ、丁寧に弦を張りなおしていく。
一応バイオリン職人として生計を立てている渡は、バイオリンの制作の他に修復も承っている。
このバイオリンもお客さんから修復の依頼を受けたものだった。
弦を張り終えた渡は、バイオリンを両手で持ち斜めに掲げてバランスを見る。
「……これで大丈夫かな」
作業が一段落し、机の上にバイオリンを置き直す。
「ねぇ渡。それってまたあの人の依頼でしょ?あの赤いトドみたいな人」
今までソファに座って新聞を読んでいた少女が渡に声をかける。野村静香。自称、渡のお母さんだ。
「トド……?」
静香の物言いに、渡は小首を傾げる。少しむぅっと考えたあと、きょとんとした表情で静香に返す。
「中曾根さんはトドじゃないよ?」
渡の反論に静香ははーっとため息をつき、新聞を畳む。
「それはたとえだって!」
中曾根さんは最近、よくバイオリンの修復を頼みに来るお客さんだ。超肥満体の彼はいつも赤いジャージを着込み、さらに夏だというのに赤いマフラーを巻くという信じられない格好でやってくる。
静香にはそれが赤いトドのように思えた。
なぜそんな奇妙奇天烈な服装なのか。
中曾根さんはダイエットをしているのだ。その姿で自転車に乗り、町中を疾走する。
ある意味、お化け太郎と並ぶ町の名物となっていた。
「それよりさぁ、あの人っておとといも来たでしょ?目立つ傷が入ったから直してほしいって。その前の日も音を調節して欲しいとか言って。その 2 日前だってまた弦が切れたって言ってその前も」
「静香ちゃん、中曾根さんの事よく見てるね」
中曾根さんの不自然な修理頻度を訴えようとしているだけなのに、まさかそんな風に思われるとは。
渡のズレたような指摘を受け静香は嫌そうな顔をした。冗談じゃない。と静香は思う。
静香は中曾根さんが苦手だった。特に渡を見るあの目が。別に中曾根さんとやり取りをするのもバイオリンを直すのも、直ったバイオリンを返すのも全部渡の役目だ。静香は直接関わったりすることはない。
だが渡が留守にしているとき、一回だけ中曾根さんが修理の依頼にやってきた事がある。渡が不在なので自分が引き受けておくと言ったところ、なんとあの男はバイオリンを持ったまま帰ってしまったのだ。
修理の頻度といい、この行動といい、この男普通の客ではないと静香は思う。静香の心の中には一つの答えが浮いていたが、それはあまり認めたくはないものだった。それもあの中曾根さんである。……気持ち悪い。
渡はかなりの美青年だ。女性のような端整な顔立ちで、どこか病的な美しさを感じさせる。静香は渡と初めて会った時からそう思った。
静香が目をやると渡は昨日大量に取ってきた蝉の抜け殻を籠に入れていた。幼さを感じさせる無垢な瞳に長めの綺麗な髪がはらりとかかる。細身でしなやかな身体は危ういほどの色っぽさを感じさせた。傍からみると行動は変だが、その姿は女性はもちろん男までも魅了してしまいそうだ。
実際、渡がマスクを外して外に出るようになってからは、へんなおじさんに後をつけられることだってあった。
やっぱりあの人も…………
静香がそんなことを考えていると、心地よいバイオリンの音色が響き渡った。渡が中曾根さんのバイオリンを試し弾きしているのである。
丁寧で優しく、時に力強くてどこか切なげな演奏。静香は渡のそんな演奏が好きだった。
ーあぁ、あんな人のバイオリンでも、渡が弾くとこんなにいい音がでるんだー
静香はソファにもたれ、目を閉じて演奏に聞き入っている。
すると屋敷のチャイムが鳴った。渡は演奏を中止すると窓から外を覗く。
「あっ……中曾根さんだ!」
その名前を聞いて、静香は急に家に帰りたくなった。
中曾根さんは最近、ずうずうしく家の中まで上がってくる。別にお客さんを工房まで連れてくるのは珍しいことではないが、こんな変な人を家に入れる渡も渡だ。工房に案内された中曾根さんに静香は苦笑いで軽く会釈をする。
汗臭い。
今日だってこんなに暑いのに中曾根さんは相変わらず赤いジャージと赤いマフラーをしている。見ているだけで暑苦しい。
さらには渡の今日のストールも赤だったので、中曾根さんとお揃いみたいになっててなんか嫌な感じだ。静香はそう思いながらも中曾根さんのジャージからデロンとはみ出た贅肉をみてしまう。ダイエットってほんとに進んでるのかなぁ。
部屋中には中曾根さんの汗の匂いが充満していた。今日も自転車で爆走してきたのであろう。汗をたっぷり染み込ませたジャージとマフラーも、鼻をつんざさくような匂いのハーモニーを一緒に奏でている。
静香は顔を背けて中曾根さんに見えないように鼻をつまんだ。もう今すぐにでもこの部屋を抜け出して帰ってしまいたいが、渡の保護者としてこの肥満男を見張って置かないといけない。何より中曾根さんと渡を二人きりにはしたくなかった。
渡は臭いのには慣れているせいか、平気な顔でケースに閉まったバイオリンを中曾根さんに手渡した。
「ぁあのっ…、さっき修復が終わった所で……ぇと、弦は張り直しましたし、音程もこれでバッチリ……だと……思います」
渡は少し緊張した素振りで手をもじもじさせながら、チラチラと上目使いで中曾根さんを見る。
人と会話するのが苦手な渡はすぐに緊張してしまう。家に来てくれるお客さんとは頑張って話しているが、それでも自然に振る舞うことは難しい。
渡はただ人見知りなだけなのだ。基本誰にでもこんな感じだ。決して恋する乙女でもなんでもない。
それが中曾根さんには分かっていない。綺麗な男の子にバイオリンを直してもらって、こんな恥らった態度をとられて完全に顔が緩んでいる。
そもそもあのバイオリンは本当に中曾根さんのものなのか。
言っちゃ悪いけどあんな何 100kg もありそうな体でバイオリンを演奏するなんてとても考えられない。というか渡に会うためにわざわざバイオリンを買ってきて、わざわざ状態を悪くしてきているような気がしてならない。
静香はいつの間にか中曾根さんを睨み見ながらあからさまに鼻をつまんでいるのに気が付いたが、肝心の中曾根さんは少し息を荒くし修理代金を手渡しながら渡のことをジロジロ見ていたので、静香の早く帰って欲しいという視線にも全く気付いていない様だった。
中曾根さんはいつものお礼だというと、持っていた紙袋からビンに入ったフルーツ牛乳を取り出した。
なんでフルーツ牛乳?と静香は思う。
フルーツ牛乳を受け取った渡は嬉しそうに表情がぱあっと明るくなる。
「中曾根さん……これ、僕にくれるんですか……?」
子犬のようなキラキラした瞳で中曾根さんを見つめる渡。
ーああ、もう渡ダメだって、そんな顔で見ないであげてよ。あの人、また変な勘違いするじゃんー
静香はため息をつきながら、さっき読んでいたのとは別の新聞を広げる。
でも、渡が喜ぶのも仕方のない事だと思った。
近所の人達には嫌われていて、友達もいない渡に優しくしてくれる人なんて殆どいなかった。そりゃあ仕事を頼んでくるお客さんは渡にいじわるなんてしないけど、こうやってプレゼントを持ってきてくれる人だっていない。だから余計に嬉しいのだろう。
渡がフルーツ牛乳を冷蔵庫に持っていこうとすると、中曾根さんは急いでそれを止め、今、飲んでくれと懇願した。
どうやら牛乳屋にビンを返さないといけないらしい。
今飲めだなんて、プレゼントにしても中途半端だなと静香は思ったが、渡は言われるままに蓋を開ける。
「……いただきます」
はにかんだ笑顔でそう言うと、ビンに口をつけぐいっとフルーツ牛乳を飲んでいく。中曾根さんの不気味でいやらしい視線を全身に浴びながら。
静香は渡に向けられた中曾根さんの視線が気味悪くてたまらなかったが、何もできないことに歯痒かった。これが渡に一方的な文句を言ってくる近所のおばさんとかなら、静香だって堂々と文句を言い返してやれるのだが、相手は客だ。
それに中曾根さんはただ気持ち悪いだけで渡に直接悪いことをしている訳でもないし、むしろ親切にしているのだ。
渡はフルーツ牛乳を三分の一程飲んだところでなにやら違和感を感じた。少し味が変だ。
こんな暑い日に持ってきてくれたからちょっと痛んじゃったのかな。でも保冷剤のおかげかちゃんと冷えてるけど……
渡はそう思いながらも口の中の粘つきを感じていた。違和感の正体を確かめようと怪訝そうな顔になるが中曾根さんは
さらにニヤニヤと渡の事を見ていた。
中曾根さんが渡にあげたのはただのフルーツ牛乳ではなかった。あらかじめある物を混入させておいたのである。
それは中曾根さんの 3 回分の精だった。
今朝絞りたての自身の体液をフルーツ牛乳に混ぜ、こっそりと渡に飲ませてあげようという分かりやすい魂胆だった。
渡の事を想いながら出したモノを渡に飲んでもらうという中曾根さんの夢のような計画はうまくいき、こうして渡は今この味の正体を知ろうと口内で舌を動かしながら、精の残りを味わっている。
中曾根さんはたまらなく興奮していた。息はますます荒くなり、汗と混ざって分かりにくいが口元からはよだれを垂らしていた。
だが渡にはフルーツ牛乳にはありえない、この変な味の正体が精液だと突き止めることはできなかった。
ーでも、中曾根さんがせっかく僕の為に持ってきてくれたんだ。ちゃんと飲まなきゃー
渡はビンを両手で持つとその少しドロッとした液体を飲み進める。自分でも気が付かないうちに、中曾根さんを味わっていく。
ーやっぱりちょっと苦い。それになんか生臭いようなー
ついに渡は中曾根さんの見ている前でビンの中身を全部飲み干した。
「……ごちそうさまでした……おいしかったです……」
渡は少し困ったような嬉しいような表情で中曾根さんに小声でお礼を言い、おずおずと両手で空の牛乳瓶を差し出す。
それがまた中曾根さんの欲情を煽った。
中曾根さんはビンを持った渡の手に、自分の手を重ね撫で回し始めた。湿った肉厚な手が渡の細い指を包み、中曾根さんの吐息が渡の長い前髪を揺らしていく。
いきなり触れられて驚いた表情を見せる渡に、中曾根さんはひどく興奮した様子で渡との距離を縮めている。
このおかしな状況に、新聞の影から様子を見ていた静香はついに我慢ならなくなった。静香は新聞を床に投げ捨てると
渡の手を握り続ける赤いトドに詰め寄る。
「あの、もういいですよね?バイオリンも直しましたし、牛乳も飲みました!こっちも忙しいんでお引き取りください!!」
静香は両手で中曾根さんの体を押し、渡から牛乳瓶を奪うと中曾根さんの持ってきた紙袋に入れ、バイオリンと一緒に押し付けた。
「それから、こういう差し入れもいらないですから!というかもう来ないでください!!」
中曾根さんを無事に追い返した静香は、窓を開けて部屋の空気を入れ替える。
やっかいな人が帰って安心した静香だったが、渡は少し不機嫌になっていた。
「静香ちゃん……どうして中曾根さんにあんなこと言ったの?ひどいよ……」
いやいや、と静香は思う。
「中曾根さん、せっかく僕にお土産まで持ってきてくれたのに……」
渡はかなりしょんぼりしている。その姿はまるで母親に友達を追い返された子供のようだった。
というか、あの人が渡の初めての友達になったりなんてしたらどうしよう。静香の脳裏にどんどん中曾根さんと渡の友情
物語が連想されていく。
一緒にうちでご飯を食べる渡と中曾根さん。一緒に散歩する渡と中曾根さん。今日は泊まるといって一緒にお風呂に入る渡と中曾根さん。
……それだけは絶対に嫌だ。
しかもあの人は渡に対して確実に友情じゃない別の感情を持っている。
「ねぇ渡……あの人、ちょっとおかしいよ」
「何?」
分かっていないような渡に対して、静香はちょっと言ってやろうと思った。
「あの人本当にバイオリン弾けるの?あんなに太ってちゃ腕がバイオリンにも届かないんじゃない?」
「…………それもそうかもしれないけど」
「けど?」
効いたのかと思ったが、渡はまたちょっと拗ねたように考える。まさか援護する気なのか。
「中曾根さんはいい人だよ。僕にも優しくしてくれるし、あのバイオリンだっていつも気遣って……きっと音楽を心から
愛してるんだ」
「えぇー……そうかなぁ」
予想はしていたが渡の解釈に静香は唖然とした。もしバイオリンを自分で痛めつけたりしているのなら音楽を愛している
どころの騒ぎではない。
「うん!そうだよ!それなのに静香ちゃんったら……中曾根さんの事何もわかってないんだ」
「分かってないのは渡の方なんだけど……」
あんなにも熱烈な視線を浴びせられて、あんなに近づかれて手だって握られたのに渡は全く何の危機感もないなんて信じ
られない。
静香の両手には、中曾根さんの贅肉の感触と汗臭さがすっかり染みついてしまっていた。
一瞬でもこうなのに、渡は素直というか鈍感というか……。
とにかく渡は人を疑うことを知らなさ過ぎる。それは渡のいいところでもあるけど確実に危険性のほうが高い。
渡の為にならない。
静香はどうやってあの男の危さを渡に教えたらいいのか考えたが上手く思いつかない。
下手な事をいうとまた反論されるだけだ。
「中曾根さん、もう来てくれなかったらどうしよう…」
あれからしばらく経っても渡はまだ落ち込んでいる。そんなに中曾根さんが好きなのだろうか。
「別にいいんじゃない?まぁこれでしばらくは来ないと思うけど」
静香は荷物をまとめながら適当に答える。勢いで言ってしまったとはいえ、中曾根さんにもう来ないで欲しいと言えたのは大きい。
「じゃあ私ももう帰るね。ちゃんと戸締りしておいてね?」
「……うん」
静香は渡の家を出ると、薄暗くなり始めた道を歩く。
角をまがり、いつもの公園の前を通りかかると、なにやら公園内のベンチに丸くて大きくて赤いものが見えた。
「あれってまさか……」
静香は足を止めもう一度ベンチを確認すると、やはりそれは中曾根さんの姿だった。
「あの人……まだ帰ってなかったんだ」
中曾根さんが渡の家を出てから数時間は立っている筈なのに、まだ熱心にダイエットの運動でもしていたのだろうか。
中曾根さんはゆっくり立ち上がると、頑丈そうな自転車のカゴに入っている紙袋から、空の牛乳瓶を取り出した。
「あれってもしかして、渡が飲んだやつじゃん……」
そしてそのままベンチに戻ったかと思うと、空の牛乳瓶をぺろぺろと舐めはじめた。
「うっわぁ…………」
そのトドの姿を見て静香はかなり引いた。
「最悪……。本当なんなのあの人」
静香はもうこの場からさっさと離れてしまおうとしたが、公園の中から独り言が聞こえた。
「ハァ…ハァ……渡きゅん……可愛い…可愛い……ジュル……また飲ませてあげるからね……」
静香の背筋に寒気が走った。男の荒い息遣いと低い声が離れていてもはっきり聞こえる。
ーあの人、本当やばいって!ー
静香はその場から逃げるように走り出した。もうあのトドには絶対に渡を合わせてなるものか。
息が切れるほど走ってきたが、静香は中曾根さんの独り言を思い出す。
「また飲ませるって……やっぱり来る気なんだ……」
中曾根さんが渡に本当に飲ませたかったのはフルーツ牛乳ではないのだが、そんな事は中学生の静香には想像もつかなかった。
それに渡も赤いトドの来客を楽しみにしているように思える。
「せめて一か月は来ませんように……」
静香はこの問題に頭を悩ませながら、また歩き出した。
終
2014.10.24
最終更新:2020年05月25日 15:41