ウィリアム・マーシャル

【元ネタ】史実
【CLASS】ランサー
【マスター】
【真名】ウィリアム・マーシャル
【性別】男性
【身長・体重】190cm・82kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷B 魔力E 幸運A 宝具B+
【クラス別スキル】
対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】
無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
 心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

服従:C
 主君に対する服従。
 令呪の範囲および効果が強化される。
 高ランクでは命令行動に伴なう判定に補正がかかる。

話術:C
 言論にて人を動かせる才。
 国政から詐略・口論まで幅広く有利な補正が与えられる。

【宝具】
『我が騎士道に敗北はなく(アン・シュヴァリエ・インヴィンシブル)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:0~30 最大捕捉:50人
 生涯で500戦以上戦って、1度の敗北もなかったという、
 ウィリアム・マーシャルの武勇の証である馬上槍。
 「騎士とはこうあるべき」という騎士達の信仰によって宝具へと昇格した人造兵器。
 戦闘行動に入ったウィリアムと対峙した、レンジ内にいる全ての存在の、
 魔術、加護、宝具などによる補助効果を全て封印する。
 これによって、自身の身体能力や技術、または直接攻撃系の魔術以外では、
 攻撃することができなくなる。
 この効果は、ウィリアム自身も対象となる。
 効果を逃れるには、より強い神秘を用いるか、レンジ外の遠距離から攻撃するしかない。

【解説】
1146年マーシャル家の次男として生まれる。1159年、騎士の修行のためフランスのノルマンディ地方の伯父の元に赴き、その地で修行する。
1170年、ヘンリー二世は息子のル・ジューン・ヘンリーの近衛隊長に任命している。そして1183年、主君ヘンリーが亡くなるまで、しばしばノルマンディに遠征し、馬上槍試合を行い「不敗の騎士」の名声を得ている。また、ヘンリー二世の広大な領地争いで、リチャード(後の獅子心王)と戦場で相まみえ、落馬させたと言い伝えられている。
この当時は、名声は得たもののまだ自分の所領はもっていなかった。
ヘンリー二世に乞い、亡君ヘンリーの意志を継いで十字軍遠征に参加し、かの地で二年間,戦闘の中で過ごしている。この時の経験が後日ペンブローク城の縄張りに活かされた。
1187年、リチャード二世は初めて彼にランカシャー州に領土を与れた。1188年、ヘンリー王が亡くなり、跡を継いだリチャード一世(獅子心王)は彼を騎士仲間として遇した。そして、クラレ家のイザベラと結婚させた。
彼女はクラレ家のリチャード・ストロングボーの一人娘で父のウェールズにあるペンブローク等の遺産を引き継いだ。その結果、ウィリアムはプランタジネット王朝きっての有力御家人となった。
ウィリアムはリチャード王に騎士、使者、裁判官、そして友人として忠実に仕えた。1199年、リチャード王の死後、弟ジョンと甥アーサーの間に相続争いが勃発したが、ジョンを支持してジョン王即位に功績があった。
ジョン王は即位の当日、ペンブローク伯爵の地位を新設し、ウィリアムを任命した。
その後、時がたつに連れてジョン王がイングランド諸侯達の忠誠心を勝ち取ることが出来なくなってきた。そして、ウィリアムを反逆罪で告発し、彼の領地と城を全部没収し、更に二人の息子を人質に差し出させた。これら仕打ちに対してマーシャルは従順に従った。
ローマ法王がジョン王を破門した時も王の側に立ち、王を支えた。又イングランド諸侯が反乱を企てたときにも加わらず、王を支持し続けた。
これらはウィリアム・マーシャルの価値観を表すもので、中世の騎士達の守るべき徳目の中で最も重要なのが主君に対する忠節で、彼は全人生を通じて騎士としての誓約と誇りに生きた。
1216年、ジョン王が亡くなり、幼いヘンリー三世が跡を継いだ。イングランドの貴族達はW.マーシャルを摂政に選んでいる。そして、彼は武人として優れているのみならず、政治家としても優れている事を立証した。
不満を持つイングランド諸侯を纏めるとともに、内紛に乗じて侵略を企てたフランス王フィリップを撃退している。この戦いでは、当年70才にもかかわらず、自ら先頭に駒を進めている。
1218年、亡くなり遺骸はロンドンのテンプル寺院に葬られている。
最終更新:2016年09月23日 20:19