摘要
明治2年元数寄屋町の大火とは1870年1月29日(明治2年12月28日)元数寄屋町(現:銀座五丁目) において発生し、現在でいう銀座四丁目付近から新橋・汐留まで延焼した火災である。
災害の特徴・キーワード
人的被害及び家屋被害の内訳
特記事項
子の下刻(午前1時ごろ)、京橋元数寄屋町にあった米屋のかまどの不始末から出火した。なお、起火不詳との記載も残る。火は翌日午前5時過ぎにようやく収まったが、31ヶ町(文献には33ヶ町の記載もあり) に渡って延焼した。
火災の概要は以上のとおりであるが、冬は乾燥しやすく、小さな失火からこのような大火災につながりやすいことに注意が必要である。
また、江戸以来の人口密集地であり、木造住宅が多かった東京都心は「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるほど火事が多く、こういった火災の多発が明治年代においてレンガ造りの街並みを整備する一つのきっかけとなった。しかし、地震に弱いレンガ造りの街並みの整備は後年、
関東大震災の被害を悪化させる一因となったともいえる。
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出典
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最終更新:2021年09月19日 23:04