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輝かしださなかったら
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匿名ユーザー
「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに輝かしださなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか」―。栃木市出身の作家、山本有三の代表作の一つ「路傍の石」の、有名な一節。鉄橋にぶら下がった吾一少年を次野先生がしかった言葉です。
有三碑
この有名な一節は、「輝かしださなかったら」が「生かさなかったら」と何故改めたのか?
▼栃木市の有三ファンたちが組織している山本有三記念会が開催している文学ゼミナール「学ぼう米百俵の精神・伝えたい有三の心」での説明によると、原作は「輝かしださなかったら」だったが、一九六三年、太平山の謙信平に文学碑を建立する際、有三の信頼厚いドイツ文学者の高橋健二氏が「生かさなかったら」とした方が普及すると有三を説得、そのように改めたといいます。
▼それ以後に出版された「路傍の石」も改めたものが多いが、中には一九七七年発行の筑摩書房「現代文学大系―山本有三集」のように「輝かしださなかったら」を踏襲している出版物もあります。
▼この文学碑建立に際しては、有三自身に揮ごうを頼んだが、「晴れがましいことは嫌だ」と碑の建立そのものを渋る有三が拒み続け、やむなく明朝体の活字を使用したという。その後、同じものが、栃木駅前と、母校の第一小学校にも建立されたました。
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