そんな兵士達から一歩離れた場所に立つのは、織田信長と明智光秀。
二人は酷く醒めた表情でそれを見つめている。
「…泣いているのですか、信長公」
沈黙を破って、光秀が問うた。その表情にいつものような笑みはない。
それは問いというより呟きに近かったが、信長は小さく鼻を鳴らしただけだった。
「たわけが…」
マントを翻しその場を後にしようとする信長だったが、ふと何を思ったのかその足を兵士達のほうへ向ける。
涙に暮れる兵士達を押し分けるように前に出ると、
眠ったように動かない濃姫を静かに見下ろす。
そしてそっとその場に膝を着くと、いつの間に摘んでいたのか青紫の花を濃姫の髪に挿した。
墨のような黒髪に凛と咲き誇る、紫苑の花。
「信長様…?」
「…愚かな女よ、哀れとは思わん」
涙に濡れた顔で見上げてくる蘭丸に目もくれず、信長はマントを翻すと今度こそその場を後にした。
「……帰蝶」
信長のいなくなり、沈黙の訪れたその場に光秀の声が静かに響く。
「貴女はきっと、幸せだったのでしょうね」
その声には、彼にしては珍しく哀悼の響きが込められていた。
風がさらさらと吹く。
光秀は信長の後に続くようにその場を立ち去った。
「濃姫様…微笑ってるんですか…?」
今まで光秀に向けていた視線を再び濃姫に戻し、蘭丸は小さく呟く。
柔らかな風が紫苑を揺らす中、濃姫の顔は何処か微笑っているように見えた。
二人は酷く醒めた表情でそれを見つめている。
「…泣いているのですか、信長公」
沈黙を破って、光秀が問うた。その表情にいつものような笑みはない。
それは問いというより呟きに近かったが、信長は小さく鼻を鳴らしただけだった。
「たわけが…」
マントを翻しその場を後にしようとする信長だったが、ふと何を思ったのかその足を兵士達のほうへ向ける。
涙に暮れる兵士達を押し分けるように前に出ると、
眠ったように動かない濃姫を静かに見下ろす。
そしてそっとその場に膝を着くと、いつの間に摘んでいたのか青紫の花を濃姫の髪に挿した。
墨のような黒髪に凛と咲き誇る、紫苑の花。
「信長様…?」
「…愚かな女よ、哀れとは思わん」
涙に濡れた顔で見上げてくる蘭丸に目もくれず、信長はマントを翻すと今度こそその場を後にした。
「……帰蝶」
信長のいなくなり、沈黙の訪れたその場に光秀の声が静かに響く。
「貴女はきっと、幸せだったのでしょうね」
その声には、彼にしては珍しく哀悼の響きが込められていた。
風がさらさらと吹く。
光秀は信長の後に続くようにその場を立ち去った。
「濃姫様…微笑ってるんですか…?」
今まで光秀に向けていた視線を再び濃姫に戻し、蘭丸は小さく呟く。
柔らかな風が紫苑を揺らす中、濃姫の顔は何処か微笑っているように見えた。
誰もいないその場所に、信長は一人立っていた。
様々な花が咲き誇る中、風が優しく吹き抜けていく。
信長は空を見上げて瞳を閉じる。暗闇が支配する視界の中で、想うのはただ一人。
様々な花が咲き誇る中、風が優しく吹き抜けていく。
信長は空を見上げて瞳を閉じる。暗闇が支配する視界の中で、想うのはただ一人。
―上総介様。
もうこの世にはないはずのあの声が、聞こえた気がする。
その声が耳の奥から消えぬ内に、信長は瞳を開いた。
「余についてこいと言ったはずよ…」
その声は何処か寂しげだったのにも関わらず、頬には涙一つ流れなかった。
それが無性に腹立たしく、信長は「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らした。
穏やかな風が吹き抜ける中、まるで寄り添うかのように桔梗と白妙菊が揺れていた。
その声が耳の奥から消えぬ内に、信長は瞳を開いた。
「余についてこいと言ったはずよ…」
その声は何処か寂しげだったのにも関わらず、頬には涙一つ流れなかった。
それが無性に腹立たしく、信長は「ふん」と不機嫌に鼻を鳴らした。
穏やかな風が吹き抜ける中、まるで寄り添うかのように桔梗と白妙菊が揺れていた。
あの日この指に止まったはずの胡蝶は、儚く空に散っていった。
完
※紫苑の花言葉:「遠方にある人を思う」「思い出」「君を忘れない」「追憶」




