- 光秀→濃姫→信長 という感じ。
- エロ無し
- 当方歴史に疎いので、実際の初陣云々はわかりませぬ
(多分光秀はもっと早くに済ませていたと思います)
こんな感じです
+++
初めて戦というものを経験したとき、私はまだ織田軍にいました。
信長公の下で、彼に忠義を尽くしていたのです。
戦の内容はよく覚えていません。どのように戦ったのかも、どこをどう走ったのかも。
ただ、人を切ったときの感触と血のにおいだけは、今でも簡単に思い出すことができます。
初陣の興奮もさめやらぬまま安土城へ戻ったときも、
凱歌をあげる周りの兵の声も聞こえないほど、感触とにおいを思い出しては浸っていました。
「上総介様」
戦から戻ってきた夫の姿を見つけた帰蝶が、信長公に声をかけました。
安堵した表情と、闇と炎のような色の着物がまるで正反対のように思えました。
「よくぞ御無事で……。濃は心配しておりました」
帰蝶は信長公に深々と頭を下げましたが、信長公はフンと鼻を鳴らして
「余が蠅の一匹も潰せんと思うてか」
と、帰蝶を睨みました。
帰蝶はまた頭を下げて謝りましたが、声が震えていました。
それが信長公に対しての恐怖からなのか、
それとも甲冑についた返り血に対しての恐怖なのかは分かりませんでした。
けれど私は彼女に、その恐怖に慣れてほしくないと思ったのです。
「光秀」
信長公が私の名前を呼びます。
「苦労であった。休んで良いぞ」
私が返事をする前に、信長公は真紅の外套を翻して自室へと向かっていきました。
帰蝶はそれを小走りで追います。なんとも不均衡な夫婦に見えました。
宛がわれた部屋で一人、私は戦装束を脱いで眠る準備をしていました。
重い甲冑を脱いでくすんだ藍青色の着物を着ると、解放感とともに、
すぐにでも布団に倒れこんで眠ってしまいたい衝動に駆られましたが、
私は甲冑に付いていた血を指で触って我慢しました。
なぜなら、こちらに近付いて来る足音が小さく聞こえたからです。
「………光秀、今いいかしら」
部屋の前で足音は止まり、ややあって声がしました。
姿を見なくても分かります。この艶やかな声は、
「帰蝶。ええ、大丈夫ですよ」
返事をすると、襖が開きました。
最初に目に飛び込んで来たのは、襖を開けた人物が着用している着物の美しい赤と黒でした。
蝋燭の灯りに照らされて浮かび上がった帰蝶の顔を見て、
その時やっと戦から帰ってきたという実感が溢れ出してきて気が休まった心地になりました。
「お疲れ様。どうだったかしら、初陣は」
「信長様がいれば勝ち戦と決まっていますよ、最初からね」
「そうでしょうね」
くすくすと笑う帰蝶の顔には、どこか満足げな色がありました。
「信長様は?」
「もうお休みになられているわ。そうじゃないと、私も光秀の所まで来られないわよ」
彼女はもう、魔王の妻。
その事実を突き付けられたようで、私は小さな焦燥と絶望を与えられた気分でした。
幼い頃から一緒にいるからといって、相手の事を全て分かっている訳はありません。
現に帰蝶は私の内に秘めた思いを知りませんし、これから先知る機会も無いと思います。
「けど、もう戻るわね。もし上総介様が目覚めたらいけないもの。
光秀の平気そうな顔を見たら、安心したわ」
私は声を出して返事をせずに、ただ笑ってみせました。
実は帰蝶の言葉が嬉しくて声が上手く出そうに無かっただけなのですが、幸い気付かれていませんでし
信長公の下で、彼に忠義を尽くしていたのです。
戦の内容はよく覚えていません。どのように戦ったのかも、どこをどう走ったのかも。
ただ、人を切ったときの感触と血のにおいだけは、今でも簡単に思い出すことができます。
初陣の興奮もさめやらぬまま安土城へ戻ったときも、
凱歌をあげる周りの兵の声も聞こえないほど、感触とにおいを思い出しては浸っていました。
「上総介様」
戦から戻ってきた夫の姿を見つけた帰蝶が、信長公に声をかけました。
安堵した表情と、闇と炎のような色の着物がまるで正反対のように思えました。
「よくぞ御無事で……。濃は心配しておりました」
帰蝶は信長公に深々と頭を下げましたが、信長公はフンと鼻を鳴らして
「余が蠅の一匹も潰せんと思うてか」
と、帰蝶を睨みました。
帰蝶はまた頭を下げて謝りましたが、声が震えていました。
それが信長公に対しての恐怖からなのか、
それとも甲冑についた返り血に対しての恐怖なのかは分かりませんでした。
けれど私は彼女に、その恐怖に慣れてほしくないと思ったのです。
「光秀」
信長公が私の名前を呼びます。
「苦労であった。休んで良いぞ」
私が返事をする前に、信長公は真紅の外套を翻して自室へと向かっていきました。
帰蝶はそれを小走りで追います。なんとも不均衡な夫婦に見えました。
宛がわれた部屋で一人、私は戦装束を脱いで眠る準備をしていました。
重い甲冑を脱いでくすんだ藍青色の着物を着ると、解放感とともに、
すぐにでも布団に倒れこんで眠ってしまいたい衝動に駆られましたが、
私は甲冑に付いていた血を指で触って我慢しました。
なぜなら、こちらに近付いて来る足音が小さく聞こえたからです。
「………光秀、今いいかしら」
部屋の前で足音は止まり、ややあって声がしました。
姿を見なくても分かります。この艶やかな声は、
「帰蝶。ええ、大丈夫ですよ」
返事をすると、襖が開きました。
最初に目に飛び込んで来たのは、襖を開けた人物が着用している着物の美しい赤と黒でした。
蝋燭の灯りに照らされて浮かび上がった帰蝶の顔を見て、
その時やっと戦から帰ってきたという実感が溢れ出してきて気が休まった心地になりました。
「お疲れ様。どうだったかしら、初陣は」
「信長様がいれば勝ち戦と決まっていますよ、最初からね」
「そうでしょうね」
くすくすと笑う帰蝶の顔には、どこか満足げな色がありました。
「信長様は?」
「もうお休みになられているわ。そうじゃないと、私も光秀の所まで来られないわよ」
彼女はもう、魔王の妻。
その事実を突き付けられたようで、私は小さな焦燥と絶望を与えられた気分でした。
幼い頃から一緒にいるからといって、相手の事を全て分かっている訳はありません。
現に帰蝶は私の内に秘めた思いを知りませんし、これから先知る機会も無いと思います。
「けど、もう戻るわね。もし上総介様が目覚めたらいけないもの。
光秀の平気そうな顔を見たら、安心したわ」
私は声を出して返事をせずに、ただ笑ってみせました。
実は帰蝶の言葉が嬉しくて声が上手く出そうに無かっただけなのですが、幸い気付かれていませんでし
た。
一端の兵である私にわざわざ会いに来てくれたという事だけでも十分に嬉しいのですが、
お互いの立場を考えるとそんな感情を表に出す事も出来ません。
「光秀…」
部屋から出て襖を閉める直前、帰蝶はやはりあの艶やかな声で私の名を呼びました。
「お願い、これからも上総介様のために頑張ってね」
私は声も出せず、表情も作れませんでした。
普段のように声を出す自信も、当たり障りの無い表情を作る自信も無かったのです。
「それじゃ……お休みなさい」
音も無く閉まる襖を見ながら、私は無表情のままでいる事しか出来ませんでした。
こういう時、どのような表情が一番相応しかったのでしょうか。今でも私には分かりません。
一端の兵である私にわざわざ会いに来てくれたという事だけでも十分に嬉しいのですが、
お互いの立場を考えるとそんな感情を表に出す事も出来ません。
「光秀…」
部屋から出て襖を閉める直前、帰蝶はやはりあの艶やかな声で私の名を呼びました。
「お願い、これからも上総介様のために頑張ってね」
私は声も出せず、表情も作れませんでした。
普段のように声を出す自信も、当たり障りの無い表情を作る自信も無かったのです。
「それじゃ……お休みなさい」
音も無く閉まる襖を見ながら、私は無表情のままでいる事しか出来ませんでした。
こういう時、どのような表情が一番相応しかったのでしょうか。今でも私には分かりません。
おしまい