人間同士の戦いとは到底思えない、文字通り息つく暇の存在しない攻防戦だった。
狩魔の魔弾は勢いを落とすことなく吹き荒れて征蹂郎を牽制し、征蹂郎は臆するでもなく弾幕の渦中に身を躍らせていく。
当たればよくて致命傷。どんな鍛錬を積んだって、生身の肉体で銃弾を弾き返すなんて出来やしない。
なのに征蹂郎は止まらない。しかしこれは、必ずしも彼だけの力というわけではなかった。
「てめえ、"あてられて"やがるな」
狩魔の指摘に征蹂郎は無言だったが、凶漢の推測は当たっている。
今、暗殺者は真の意味で一体の殺人者と化していた。
彼はレッドライダーと契約を通じて繋がっている。征蹂郎と赤騎士を繋ぐレイライン、そこにもかの騎士の【赤】は混ざっているのだ。
つまり、〈喚戦〉。
ヒトを闘争に駆り立て、本能のままに敵を駆逐する狂徒へ変える終末の熱病。
征蹂郎は狩魔と戦うにあたり、流れてくる汚染物質を拒むことをやめた。
それどころかむしろ意識的にその色彩を取り込み、ドーピング剤として用いている。
「――手段を選ぶつもりは、ない」
無論、その代償は軽くない。
わずかでも気を抜けば理性が持っていかれそうだし、身体はもう半ば自分の制御を離れて駆動していた。
狩魔の弾幕を神がかった動きでやり過ごせているのもそれが理由だ。
選択して行動するのではなく、条件反射として目の前の状況に対処する――戦闘のオートメーション化。
魔弾の射手が神業ならば、こちらも人間を逸脱することで対抗する他ない。
戦鬼の凶腕(かたな)が抜かれる。
素手の居合という離れ技が、百では利かない数の魔弾を両断した。
そのまま電瞬で踏み込み、砲弾もかくやの正拳突きで狩魔を狙う。
「バケモンが。
不良なら色々見てきたが、徒手空拳で弾丸落とす奴は初めてだよ」
しかし狩魔も、明らかに理解を超えた挙動を見せ始めていた。
当たれば必殺の魔拳を、その目で見てから回避する。
更には後続で放たれた足による"抜刀"も、身を反らすことで衣服一枚の裂断に押さえた。
征蹂郎は驚きもせず、目の前の男に対する認識を粛々と引き上げる。
何もおかしなことではない。
レッドライダーが振り撒く戦意に敵味方の区別がないのは、守るべき聯合の同志達が嬉々として殺し合いに狂っている時点で明らか。
〈喚戦〉は万人に対して平等だ。そして受け入れると決めたなら、湧き立つ闘志はきわめて効率よく吸収される。
「貴様の方こそ……随分と、機嫌が良さそうだな……」
「否定はしねえよ。ガンジャ吸ったみてえな気分だ」
狩魔もまた、征蹂郎に追いつくために自ら〈喚戦〉を受け入れたのだ。
彼は元より狂気の男。
新たな狂気を取り入れることに二の足を踏むほど、その心胆は柔くない。
笑みさえ浮かべながら、狩魔が引き金を引いた。
征蹂郎は躊躇わず蹴り落としたが、すぐに失策を悟る。
足で砕いた瞬間、全身を撹拌するような衝撃と熱が彼を包んだからだ。
「デア・フライシュッツ。意味はわかるか? 〈魔弾の射手〉だ」
咄嗟に腕で防御して致命的な事態は免れたが、走る衝撃までは防げなかった。
咳と共に血反吐を零しながら、征蹂郎は手を握って開き、神経が無事なことを確かめる。
「俺の弾丸にはこうしてハズレが混ざってる。
さっきみたく力技で防がれたら堪んねえんでな。今、そういうことに決めたよ」
狩魔は征蹂郎以上に戦士ではない。
暗殺者も顔を顰める悪辣無体こそ彼の正道。
次いで放たれた弾幕掃射は、それを象徴するような詭道だった。
「つくづく……性格が悪いな。
あらかじめオレに爆弾入りの弾を見せて、プレッシャーをかける腹積もりか……」
「正解だ。察しのいい奴は好きだぜ? シバき合うなら歯応えがねえとな」
実際、征蹂郎はこれでもう無策では応じられない。
〈喚戦〉による強化があったとしても、あの威力の爆発を何度も受ければ確実に肉体が限界を迎える。
ここで狩魔と刺し違えるのは臨むところだが、その覚悟を決めるのは殺せるのが確定してからだ。
「愉快に躍ってくれや、ゴミ山の王様よ。
俺を前線まで引きずり出した野郎は久しぶりだ」
「ッ――!」
弾ける魔弾のダンスパーティーに、征蹂郎は歯噛みしながら食らいつく。
脳内に無数に浮かんだ選択肢を取捨選択して生きる活路を探す必要があった。
脳は過剰駆動で悲鳴をあげているし、知恵熱通り越して鼻から脳味噌が零れそうだ。
掠り傷を山程作りながら、強化された動体視力で安全地帯を割り出して、飛び込んでは少しずつ距離を詰める。
どうしても不可避と判断した弾は起爆のリスク承知で受け止める。
そうしながら進んでくる彼の全身は、既に余すところなく赤色に染まっていた。
致命こそ避けているが、小傷も積もれば相応の出血量になる。
王と呼ぶには悍ましすぎる姿を前に、狩魔は猛禽のように眦を細めた。
「ターミネーターと戦ってる気分だな」
軽口ひとつ、瞬間に大爆発。
宣言通り弾幕に混ぜ込んでいた魔弾をこのタイミングで起爆させた。
征蹂郎の意識が、一瞬空白に染め上げられる。
「何驚いてやがる。着弾しなくても起爆できるとは思わなかったか?」
身を焼く爆風。
熱はさしたる問題にならないが、やはり衝撃は問題だった。
踏み止まろうと踏ん張る必要があって、そのためには一時とはいえ前進を捨てねばならない。
動きを止めようものなら、この悪魔の如き魔弾の射手は必ず良からぬ手を打ってくる。
再びの接近。
衝撃による硬直から復帰する前に、征蹂郎の顎に銃把を叩き込む。
「が、ぐ……!」
敵ながら、巧い、と認めざるを得なかった。
手管そのものもだが、急所を的確に狙うセンスがずば抜けている。
顎を打たれればどんな強者でも必ず止まる。
急所とは、相手の鍛錬の有無や程度を無視して有効だからこそ尊ばれ、警戒されるのだ。
肉体強化と〈喚戦〉の二段がけで、平時の征蹂郎以上の格闘能力を得た狩魔の打撃が、それこそ弾幕のような密度で彼を打ちのめす。
脳裏に火花が何十と散って、骨が砕け、折れた奥歯が頬を突き破って飛び出した。
堪らずよろめいたところで、征蹂郎の視界が捉えたのは銃口。
「この俺にあそこまで大口叩いたんだ。避けれるよな? このくらい」
距離にして三十センチ弱。
その至近距離から放たれる、眉間を狙ったヘッドショットだ。
間合いも狙いも最悪中の最悪。
避けるなどまず不可能だし、かと言ってできなければ誰であろうと即死は間違いない。
破裂音が響いて、征蹂郎の命を確実に奪う魔弾が吐き出される。
拳銃の弾速は平均で秒速三百から四百メートル。
亜音速の凶弾は放たれ、赤く染まった暗殺者の脳漿を散らさんとした。
が――
「ッ……おい、ふざけんなよテメェ」
結論から言うと、征蹂郎は迫る死を回避した。
頭部を反らし、額の右からこめかみまでの頭皮を抉るだけに留めた。
無論、見てから避けたわけではない。さしもの彼でもそんな芸当は不可能だ。
征蹂郎はただ予測しただけ。狩魔の拳雨に晒されながら、この乱打の後に彼が取るだろう行動を予め想定していた。
だから一か八か、考えるよりも早く身体を動かしたのである。
〈喚戦〉に身を委ねた自動戦闘から着想を得た瞬間回避。
それが功を奏した。敵の抜け目なさを信頼した先読みが、征蹂郎の命を繋ぎ。
「――――『抜刀』」
「……! クソが……!」
幾多の魔弾を斬り伏せてきた"剣"が、刹那を裂いて閃く。
狙うのは首、ただその一点。
本音を言うなら嬲り殺しにしてやりたかったが、矛を交えてそれが不可能だと確信した。
右手を起点に炸裂する大衝撃。
シャコのパンチ宜しく、征蹂郎の抜刀術は生物の道理を超越する。
仮に魔術の加護を得た肉体だろうと、確実に割断できる自信があった。
ましてや今は必殺を崩し、虚を突いたこれ以上ない絶好の好機。
脳裏を過ぎる、死んでいった仲間達の顔。
今も自分のために戦ってくれている、変わり果てた彼らの顔。
すべてに感謝と謝罪を述べながら、王は戦いを終わらせる一撃を放った。
「――――なんてな」
「!?」
しかし征蹂郎を出迎えたのは憎き敵将の血肉の温さではなく、身が引き千切れるような衝撃と爆熱だった。
「お前はバケモンだが、とことん腹芸が苦手らしいな。
相手が見せ札を切ってきたら裏の裏まで警戒しろよ。一応お前も半グレなんだろ?」
悪国征蹂郎の虎の子にしてお家芸たる殺人拳、『抜刀』。
それが放たれた瞬間に、まったく予測外の方向から飛来した弾丸が前腕へ着弾。
これまで二度征蹂郎を焼いたあの爆発が巻き起こったのである。
完璧な不意打ち。完全な意識外からの奇襲。
その手刀は役目を果たすことなく損傷してあらぬ形に歪み、身体はたたらを踏む。
「来世があったら覚えとけ。弾丸(ギョク)ってのはな、跳ねるんだよ」
弾幕の一斉起爆からあえて逃れさせ、戦場の端で跳弾を繰り返させていた一発を此処で使った。
周鳳狩魔は弾丸に特定の属性を込められる。
そして、既に着弾した弾丸の跳弾軌道さえ自在に操れる。
「死ね」
悔恨と失意の中、それでも躍動する征蹂郎。
そんな彼に、魔弾の射手は無情に引き金を引き。
――今度こそ、血の花が咲いた。
◇◇
青銅のスパルトイと呪術師シッティング・ブルの交戦は、分かりきったことだが圧倒的なものと化していた。
スパルトイ達は確かにサーヴァントに匹敵するスペックを持つが、純粋に英霊と比べ合えばやはりどうしても劣る。
個々では心許ない性能を集団戦による数の優位と陣形で補うことで強さを発揮する。彼らはそういう存在だ。
その上、シッティング・ブルはキャスタークラスの中では数少ない"戦える"サーヴァント。
三騎士クラスと比べれば見劣りすれど、身体能力も戦いを有利に進める才覚も決して低いレベルではない。
現に彼は多少手を拱きはしつつも、一体きりのスパルトイを一方的に蹂躙しながら、並行してアルマナ追撃用の霊獣達の指揮すらやってのけている。
一瞬見えた光明はすぐに閉ざされた。
合図となったのは、最後のスパルトイの崩壊である。
「……、……」
沈黙を湛えながら、シッティング・ブルは砕け散った青銅の残骸を踏み越える。
これで状況の不確定要素はリセットされ、力関係は元に戻った。
呪術師、あるいは大いなる戦士。
その憂い湛えた眼光が、逃げ惑う小鳥に再び向かう。
(――あのキャスターは、優しい英霊(ひと)だ)
アルマナは息を切らし、魔力残量を気にかけながらも、冷静に思考を回していた。
焦ってはならない。為すべきことを為すのだと、自分に言い聞かせ駆けている。
(哀れまれたことを恥じるのは強者の特権。アルマナは、それが許されるほど強くない)
シッティング・ブルは確実に、あるいは彼自身も自覚していないところで手を鈍らせていると結論づける。
だってそうでないと、自分がこうして逃げ続けられていることに説明がつかない。
英霊と魔術師を隔てる壁とは、本来それほどまでに大きなものなのだ。
先住民風の装い。特徴的な武装の数々を使い、呪術にも秀でる特性。
アルマナは既に、相手の真名を類推していた。
であれば納得できる。彼が自分を相手に、抱くべきでない情(バグ)を出してしまうことにも。
愚かな英霊だ。
惰弱な英霊だ。
優しさなんて、心の贅肉でしかない。
そんなものを残していたら、叶うものも叶えられないのに――自分の体たらくを棚上げしながら、しかしアルマナは確実に前進していた。
華村悠灯の居所が見えてきたのだ。
シッティング・ブルがあからさまに戦いの影響を及ばせるのを避けている方角がある。
それは南西だった。つまりそこに、彼の急所――華村悠灯がいる可能性が高いと判断。アルマナは、希望のすべてを賭ける。
「――――爆ぜろ!!」
涸れた喉から、なけなしの声量を張り上げる。
そうして放った光弾は、答え合わせとなった。
アルマナの渾身を阻むように、シッティング・ブルが回り込んだのだ。
「……」
「はぁ、はぁ……。やはり、"そちら"、なのですね……」
光弾を受け止めて、大戦士がトマホークを振るった。
もう避けるどころか反応するのも厳しくなっていたが、死力を尽くして何とかする。
変わらず怖ろしい敵として立ち塞がるシッティング・ブルの額からは、一筋の血が垂れていた。
どうやら正真正銘、後先考えず放つ全力の攻撃ならギリギリ通るようだが、やはり火力で押し勝つのは現実的ではない。
頭がふらつく。
膝が笑っている。
垂れた涎を拭う力も惜しい。
「なら、アルマナにも――考えが、あります」
魔術回路を廻す。
次の瞬間、シッティング・ブルの眉が小さく動いた。
少女の背後に浮かぶのは、まさに無数と呼ぶべき光弾の群れだったからだ。
その数たるや、ゴドフロワ・ド・ブイヨンからの撤退戦で見せた流星群よりも更に多い。
百、二百、三百――五百――更にそれ以上。
これまで、生涯の中で一度も見せる機会のなかった極致。
「……君は――」
シッティング・ブルの口からさえ、焦燥と感嘆の綯い交ぜになったような音が漏れる。
この次元の魔術行使ができる者など、彼が生きた南北戦争の時代にさえほとんどいなかった筈だ。
ましてやこんな幼い少女が可能とした例など、噂ですら聞いたことがない。
アルマナが声にならない何かを吠えた。
全弾解放、それは光の嵐そのもの。
呑まれればシッティング・ブルでさえただでは済まないと悟らせる最高火力。
ここで初めて、彼の顔に虚無以外の感情が宿る。
「――悠灯ッ!」
そう叫ぶ声が響いた直後に、爆音と閃光が決戦場を真昼のように照らし出した。
殺せたと夢想するほど、アルマナは楽観的ではない。
重要なのは引きずり出すこと。敵の一方的な優位を奪うこと。
これで駄目なら――最悪の未来さえ見据えながら、少女の見つめるその先で。
晴れた煙の中から現れたのは、シッティング・ブルの姿と、彼に抱かれた金髪の少女だった。
「……、――――」
力が抜けそうになるのをすんでで堪える。
満足するな。話は、すべては、ここからなのだ。
取引。圧力。あるいはもっと直接的に、マスター殺し。
どの択も難易度は依然変わらず極悪無比。
もう光弾は残り数発しか放てず、肉体強化も数分と持続するか怪しい有様だったが、それでも諦めるわけにはいかない。
――戦わなければ。
――勝たなければ。
――でなければ、奪われる。
――負けた人間は、何もかもを踏み躙られる。
「っ……」
引きずり出された側である筈の華村悠灯が、アルマナを見て信じられないものを見たような顔をした。
そのくらいひどい姿をしているのだろうか。もしくは、ひどい顔だろうか。
分からないが、分からなくていいと思った。
かくして、少女は正念場に挑むべく再び回路を廻さんとして――、そこで、銃声を聞いた。
ぱん。
その音に、反射的に振り返る。
そこで少女は、それを見た。
「あ……」
血を噴き出し、崩れ落ちる青年の姿。
ただでさえ全身を赤く濡らした男が、どくどくと追加の【赤】を垂れ流しながら倒れ臥すのを見た。
悪国征蹂郎が、周鳳狩魔に敗北した。
その事実を認識した時、アルマナ・ラフィーは今まで目を背けてきたすべての矛盾を自覚する。
実際に終わりを突きつけられ、忘却の処世術で鈍麻させていた感情と遂に直面させられた。
――悪国征蹂郎のサーヴァントには利用価値があるが、彼自身はただの要石だ。
そうでなくとも、打算のために何より大事な我が身を滅ぼしては意味がない。
退くか、もっと賢く利権を狙えるやり方を選ぶべきだった。
普段の自分なら、選べていた筈だ。なのにそれをしなかった結果、目の前には破滅だけが残っている。
――握られた手の感触を、覚えていた。
大丈夫だぞ、と。
ひとりじゃない、と。
そう伝えるような、あのごつごつした感触が暖かく蘇ってくる。
「アグニ、さん……」
呟くと同時に、"彼"の言葉が蘇る。
『別に……一緒に来たっていい……』
『大丈夫だ、アルマナ。ひとりじゃないぞ、みんながいる』
悪国征蹂郎のものと。
そうでないものが、記憶の中で重なった。
それが答えだ。現実の痛みから逃れるために合理の世界を選んだ少女が、なおも彼に懸想することを止められない理由。
ああ。
思い出して、しまった。
振り返らないようにしていた過去のこと。
思い出さないようにしていた大切な人のこと。
ずっとこの手を握ってくれた人。
アルマナが、守れなかった人。
『逃げて、アルマナ』
母が言う。
『逃げろ。生き延びるんだ』
父が言う。そして。
『――ごめんな、アルマナ。兄ちゃん、こんなことしかしてやれなくてよ』
自分を庇って蜂の巣になりながら、それでもぎこちなく微笑んだひと。
眠れない夜に、怖くて震えていた時に、ずっと手を握ってくれたひと。
思い出した。大好きだった彼が血を吐いて崩折れる姿を思い出してしまったから、溢れる感情はもう止められなくて。
「やだ、だめ、起きて――――兄さま!!!」
叫んで、あまりの醜態に絶句した。
涸れた喉を振り絞り、目からは捨てた筈の液体が流れ落ちている。
アルマナはいま、何を言った? 何を言ったのだろう。
もういない人の姿を、出会って一日も経っていない赤の他人と重ねて。
少し居場所を貰えただけで。少し、あの頃みたいに手を握られただけで。
私は、いったい。何を――と、思ったところで。
アルマナは、戦士の刃が目の前に迫ってくるのを見た。
それは終わりの合図。嘆きも悲しみも、侵略する者の前では等しく無力だ。
惨禍の大釜から生き延びた小鳥に、いつかの運命が追いついてきた。
銀の頭髪が汗で貼り付くちいさな頭に、トマホークが振り下ろされて――
◇◇
「――――馬鹿な……!」
ゴドフロワは、己が挑戦者(チャレンジャー)であることを自覚している。
敵はヨハネが記した預言の終末装置。黙示録の到来を告げる人界粛清者。
何でもありは当然で、故に一介の英霊と同じ物差しで測るべきでない相手と深く心得ていた。
その気構えも達観も吹き飛ばす焔の輝きが、彼の見上げる先にはあった。
煌々と燃え上がる魔力、融解し竜の吐息に溶け込んだ異教の神の剛弓。
ゴドフロワの驚愕は当然だ。
宇宙の力すべてを含有すると謳われたかの弓は、赤騎士の属する神話には存在しない兵器である。
ブラフマーストラ。
それはブラフマー神が鍛え、名うての英雄達が凄絶に振るい合った武装の名。
赤騎士の宗教圏に存在しない筈のこれに、赤騎士は伝承の柵を超えて辿り着いたというのか。
否。彼が記録し司る闘争の歴史の中には、かの英雄神話(マハーバーラタ)さえも含まれているというのか!
(あり得ない……! 現に此処までこの厄災は、あくまで人類が創り上げた兵装のみを使い戦っていた筈……、……いや――)
動揺と、狼狽。
しかしゴドフロワは、恐慌の中で死ぬことが赦されるほど愚鈍ではなかった。
彼は聡明故に辿り着けてしまう。目の前の状況と、己が抱く疑問を同時に解決する"回答"へと。
「英霊の限界を、突破したのか……」
そう。
レッドライダーは確かに異なる神話の闘争さえも記録として貯蔵していたが、境界記録帯の身に零落した霊基では納めたそれを引き出せなかった。
だが不可能ではない。環境さえ完全に整えば、赤騎士は魔力が許す限り、この地球上で起こったあらゆる戦争を再現することができる。
本来それを可能とするには、非現実的なほどの備えとお膳立てが必要であったが……赤騎士はその前提をあまりに無体な手段で破壊してしまった。
――自己覚醒による、限界突破である。
天昇の強毒に霊基を撹拌され、今のレッドライダーは非常に不安定な状態だ。
だからこそ既存の道理を破却し、ぶち壊すには都合がよかった。
自身を追い詰める『英雄よ天に昇れ』の薬効を逆用し、己を英霊でも生物でもない曖昧な現象として再定義。
その上で極大量の戦歴(リソース)をつぎ込んで、定められた限界の弁を強引に粉砕したのだ。
幸いにして参考資料も存在した。港区で、赤騎士は息を吸って吐くようにそれをやってのける極星を視ている。
「――――感謝シヨウ、偽リノ白色」
神寂祓葉という現人神の事例を参照し、倣うことによっての事象破壊。
力ずくでリミッターを解除した現在のレッドライダーはいよいよ本格的にサーヴァントの域を出ていた。
「滅亡ノ最適化ヲ完了。黙示遂行効率57%上昇」
ヨハネが垣間見た未来、そこに現れる災禍以上の脅威として赤騎士は君臨する。
七頭の内六つを失った巨竜という見窄らしくさえある風体で、しかしこれまでのどの瞬間より怖ろしく己が存在を体現する。
「以ッテ次弾ノ装填ヘ移行開始。
『梵天よ、地を覆え』着弾後、対象英霊ノ生存ヲ確認次第『軍神五兵(ゴッド・フォース)』ノ発動ヲ――」
身も凍るような死刑宣告を、しかし最後まで聞くことはできなかった。
遂に放たれた炎の一矢が、ゴドフロワの姿をこれまでのとは比にならない威力の業火の中へ呑み込んだからだ。
人類が生み出した技術とは、やはり根本から明確に正體を異にする。
これは、ただ敵を圧するものだ。一切の打算も希望も、悪意さえも盛り込まれていないからある意味ではひどく純真無垢。
されど神の純真に、そうでないモノは大抵耐えられない。
爆音が鳴り響く中、ゴドフロワは視界もおぼつかない状態でひたすら十字剣を振り続けるしかなかった。
だがその九割以上を本能に頼った対抗ですら、神器の矢がもたらす惨禍を可能な限り打ち払っているのは驚異的すぎる。
聖地占領のために振るった辣腕など、この男の総力のほんの一・二割でしかなかったのだと思い知らせる獅子奮迅。
炎を押し退け、吹き荒れる爆風を払い、結果として五体のひとつさえ赤騎士の暴威に譲り渡さない。
全身の四割を焼き焦がされた程度の損耗でブラフマーストラを踏破した事実は、ゴドフロワ・ド・ブイヨンという男の英雄性を神々しい/悍ましいまでに示していた。
しかし、レッドライダーはそんな怪物的な奮戦にも怯みなどしない。
戦争の騎士はもう、そういう生き物の存在を知っているから。
「――『軍神五兵』」
梟雄呂布奉先が振るった、軍神蚩尤を原典とする方天画戟。
その全機能開放、赤き破壊光線がゴドフロワを消し飛ばさんと迸った。
局所の火力でなら先の『梵天よ、地を覆え』をすら超えている。
「私は……ッ、滅びぬ! 悪魔なぞを模倣するしかなかった愚者の足掻きなどに、誉れ高き十字軍は決して屈さない!!」
持ち前の慇懃ささえかなぐり捨てて吠えるゴドフロワの声は、とうに理屈ではなくなっていた。
彼は祓葉に及べない。あくまでもひとりの一般的な人間として始まり、その生涯の結果として人理に名を遺した"ただの"英霊でしかない。
されど。彼と新たに補填された十字軍の軍勢は、一瞬置きに姿を変えていく新宿という地獄(ゲヘナ)の中で朽ちることなく健在だった。
降り注ぐ破壊の光を避けるのはもちろん、力任せに剣で撃滅さえする。
代償に腕の骨や筋肉が凄まじく損壊したが、痛みも可動性の悪化もすべて無視した。
痛覚の無視は前提として、後先を考えなければたとえ骨が粉々になっていようと手も足も動かせる。
そんな稚拙極まりない精神論だけを味方として、ゴドフロワは蚩尤の戦域を突破する。
そうして再び空へ。残りひとつの首を落とすべく、人類史そのものを射出して戦う赤竜に挑んでいく。
――迫る軍勢を前に、レッドライダーは再び鼓動の音を聞いていた。
やはり死なない、潰れない、屈さない。
上限を突破した時点で、〈喚戦〉の効果もまた規格外の域に突入している筈なのだ。
幸いにして今はまだこの戦域を突破してはいない。
だがそれも時間の問題で、境界線が壊れれば東京の半分は理性を喪失した戦徒の地獄に堕ちるだろう。
そんな地獄絵図の序曲とも呼ぶべき重篤な精神汚染を、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは最前列で浴びている。
ここまで来ると英霊であることさえ何の防衛線にもならない段階だ。高ランクの対魔力を持つサーヴァントでも危ういレベルだというのに、では何故この狂戦士は自我を保ちながら、未だにこの【戦争(われ)】に楯突けているのか。
――重なる。
六本木で見たあの極星と、目の前の取るに足らない小虫の姿が被る。
「『吼エ立テヨ、我ガ憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』」
参照、フランス百年戦争。
信仰の果てに殉教したある乙女の末路を攻撃に転用した、怨念の大火災。
これを、レッドライダーは演算過程をすっ飛ばして行使していた。
そういう理屈なき行動を"条件反射"と呼ぶことを、果たしてこの騎士は知っているのだろうか。
極星に狂わされ、壊されたガイアの終末装置。
根本から生物ではなく機械のそれに近いが故に、赤騎士は己の抱く狂気/感情の名を定義することすらできない。
そのオモイは、既に別な人間が抱いていたものと同じであるということも。
気付かぬままに、黙示録の竜騎士は次から次へと破滅を用立てていく。
「『王ノ号砲(メラム・ディンギル)』」
バビロニア神話参照。
纏わり付いて逃さない怨念の大火葬。
それに灼かれる異端者を穿つべく、竜の皮膜を起点に放たれる神代の大弾幕。
「『最終攻撃・天槍光輪(フュルギア・ワルキューレ)』」
ラグナロク参照。
灼かれながら千の弾幕と尚も拮抗する十字軍の頭上に生まれる、巨大な光の輪は莫大な魔力の光帯を喚んだ。
集中射撃と銃剣突撃の二工程を省きながら、それでも最終工程の火力だけで生半な対軍宝具を凌駕する。
大神に仕える戦乙女達の集団奥義を引き出すことで回避の余地を奪い、そして――
「『集イシ藁、月ノヨウニ燃エ尽キヨ(カトプトロン・カトプレゴン)』」
シュラクサイ包囲戦参照。
今や足元に逃げ場なく冠水した赤い洪水が凝固して、六角形の鏡となり隆起する。
赤き竜の眼光が擬似的な太陽光となり、その輝きを並び立つ鏡が反射、収束、更には増幅。
空中で逃げ場もない十字軍のおよそ全軍を、灼熱の光で沸騰させた。
光が弾ける。
水泡を針で潰すが如くに、誉れ高き信仰者達の偶像が爆散していく。
唯一カタチを持ってここに存在する白騎士は、幸運どころかむしろ不運だったろう。
鎧を溶かされ、美男子の黄金率のように整っていた全身を生きながら炙り焼きにされていくのだ。
肉が焦げる音と、皮膚が爆ぜる音。血液が蒸発することで白煙がくゆり、出来上がるのは生きた焼死体。
戦闘は既に虐殺、いいや虐待とも呼ぶべき絵面に変わっていた。
子どもがあらゆる残酷を尽くして小動物を殺すように、黙示録の竜騎士はその歴史を以って預言に抗う弱者を踏み躙る。
そんな残酷劇の結びに、竜はあぎとを開いた。
そこに集約されていく魔力(エネルギー)は、誇張でなくこれまでの全攻撃を凌駕する。
六本木で神寂祓葉らに解き放った放射核熱線(ツァーリ)の出力よりも更に上。
レッドライダーという終末装置が繰り出した全災禍の最大値を凌駕する、最後にして最大の兵器が今まさに開帳されようとしていた。
人類叡智の極み・核兵器など取るに足らない。
ブラフマーの神弓でさえこれに比べればただの玩具。
ここまでに見せた多種の模倣宝具も、この一撃が相手では引き立て役にもなりはしない。
――それは、赤い雷であった。
曰く。
遠い古の時代、宇宙(ソラ)の彼方から外宇宙の船団がやってきた。
訪れた彼らは星の民に神と崇められ、やがて彼らに合わせるよう変化を遂げていったという。
そうして紡がれた神話大系にて、絶対の主神とされる一体の戦艦(カミ)があった。
かの神話の最高神は雷を司る。彼の振るう雷は、この宇宙そのものをも焼き尽くす。
今の地球があるのは、かの神にヒトと大地を慈しむ理性があったから。
知性体を保護し。惑星を慈しみ。異なる星を赦し。時の彼方を認め、まつろわぬ概念に目を瞑る寛大が存在していたから。
空を砕き、星を砕くも自由自在。
何故なら天に有りしは全て彼。星を統べしも全て彼。
強大なる全能神の権能が、ヨハネの属する宗教には存在しない稲妻が、掟を破って最終裁定を下す。
その雷の名は。
その稲妻の名は。
その雄々しくも畏ろしき、彼の裁きを意味する名は――!
「『我、星ヲ裂ク雷霆(ワールドディシプリン・ケラウノス)』」
ギリシャの全能神、オリュンポス十二神の筆頭――大神ゼウスの絶対宝具!
規模は対城を超えて余りあり、事実この後彼らの戦場の周囲一帯は草木一本残らない文字通りの焦土と成り果てる。
英霊を超絶したレッドライダーでさえ、引き出せる威力はオリジナルの足元にも及ばない程度のものでしかない。
だがそれでも現世、この針音都市で英霊一騎を屠るためならば十二分。
祓葉の箱庭に集った英霊を欠片も残さず消滅させるには充分すぎる火力を秘めている。
無数にて不滅を成す蝗害や、幻にて不滅を成す奇術王が相手ならいざ知らず。
狂気という不確かな強さで駆ける聖騎士を抹消する手段としては、過剰と呼んでもいいほどの破壊兵器であった。
赤い空が爆ぜる。
それを背景に羽ばたく竜が破壊を奏でる。
飛び散る稲光のひとつに触れただけでも霊基が爆散する。
既に光の軍勢はアルキメデスの殺戮技巧を前に壊滅しており、ゴドフロワ・ド・ブイヨンを守る盾(みかた)はいない。
「堕チ、ソシテ消エヨ。惰弱ナル子羊ノ筆頭」
嘲笑にも似た無機質が、不変の末路を飾り立てる。
もはやどんな奮戦も間に合わない。
雷霆の着弾ですべては終わり、世界は避けられぬ滅びに導かれるだろう。
――だが。
「――――――――いいや、消えぬ」
声が、する。
「消えてなど、やるものか。
悪魔(サタン)に矜持を売り渡した恥知らずなどに、我が信仰(おもい)が敗北するなど断じて認めぬとも」
赤竜の鱗という鱗が、意味のない震撼に戦慄いた。
その生理現象を"鳥肌"と呼ぶことを、この機械はやはり知らない。
「あなたは畏れたのだ、レッドライダー。
ヨハネの想定を超えて顕れた極星を畏れる余りに歪んだ。
その時点であなたこそ、ただ一介の"子羊"に堕していたのだ」
ゴドフロワ・ド・ブイヨンの右半身は、もう完全に失われていた。
ゼウスの雷霆、劣化再現なれども対城を超えて余りある火力を秘める稲妻が脇腹を掠めた時に彼の詰みは確定した。
そうでなくともアルキメデスの灼熱でその全身が黒く焼け焦げ、今や面影を残しているのは半面だけと来ている。
無残。
そう呼ぶしかない有様で、内臓はおろか霊核すら既に砕け散っているだろうに。
それでも狂信の聖騎士は、未だ稲光吹き荒ぶ空に存在し続けていた。
「人理の影となっても依然この身は未熟な信仰者。
惰弱の謗りを受けるのは当然だし、否定のしようもありません。
格好つけてはみたものの、神の偉業をなぞるには到底役者不足でしょう」
焼け焦げた口元が、もう筋肉さえ機能していない筈のそこが、それでも弧を描く。
「けれどね。
私は――――冒涜者を殺すことは、抜群に上手いのですよ」
彼は大義の奴隷。
命の灯火が消えようと、かつて"それ"に殉じた魂は今も煌々と赤く燃え上がりながらそこにある。
預言の使徒という在り方を自らかなぐり捨て、悪魔となるコトを選んだ冒涜の赤騎士。
その存在を、思想を、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは認めない。
黙示の機構たるレッドライダーには敵わずとも。
〈畏怖〉を知り、冒涜に堕し、異教の神にまで助け舟を求めた不信心者にならば彼の剣は届く。
「聖槍――――抜錨ッ!」
ヴォーティガーン戦役参照、最高神の雷霆渦巻く空に創造されていくのは星の柱。
世界を繋ぎ止めるという神造兵装を再現し、今度こそゴドフロワを消し去るダメ押しの一撃に用いようとしている。
ケラウノス同様に原典には遠く及ばない劣化コピーだが、それでも目先の火力としては過剰なほどの魔力が横溢する。
「『最果てにて(ロンゴ)』――――」
敵は瀕死の英霊一騎。
吹けば飛ぶような消えかけの霊基に、貴重なリソースを削ってまで最上位兵装を投げつける不合理。
赤騎士は壊れている。その破綻が、無謬を確約された騎士にあり得ざる破滅を運ぶ。
稲妻の繭に抱かれて編み上げられた赤き聖槍。
点の火力でならばケラウノスさえ凌駕するだろう粛清の一撃。
今度こそ、このバーサーカーを跡形も残さず抹消せんとした瞬間。
ゴドフロワが、空を蹴った。此度の進撃は、もはや"速い"だとかそういう次元にさえなかった。
「素晴らしい。やはりあなたは私にとって、生涯最高の友人だった」
令呪による霊基の瞬間強化。
死に瀕して尚昂り続ける狂戦士の足は、相棒との絆を燃料にして空間を超えた。
縮地という技術がある。
歩法の極みにして、一朝一夕では決して体得し得ない神速の移動法だ。
ゴドフロワが今見せたのはまさしくそれだった。
次元跳躍にも等しい絶速の躍動。詰めた距離はわずかだったが、その"わずか"が今の彼には何より必要だった。
「願わくば、あなたの覇道が行き着く果てを見てみたかったが……これ以上は高望みでしょう。
それに、長く付き合えばいずれ相容れず決裂していたかもしれない。
であれば此処で別れるのが、我々にとっては最善の結末なのやもしれませんね」
末期の遺言のように呟きながら、ゴドフロワは風になる。
十字架の剣は、突きの構えを取っていた。
縮地による神速接敵から繰り出される、音を置き去りにする刹那の刺突。
「――――『輝ける(ミニア)』、グ――!?」
戦争の歴史を司るレッドライダーは、当然この戦法を得手とした剣士の記録も収めていた。
マハーバーラタやティタノマキアとは比べるべくもない、極東の島国で起こったちいさな戦争。
その道半ばで夭折した桜花爛漫の天才剣士。
三段突きとは行かずとも、白い閃光と化したゴドフロワの十字架は過たず赤夜を切り裂く。
「ゴドフロワ・ド・ブイヨン――!」
遂に無機を捨て、劈く轟声で吠えた竜の首に。
「在るべき未来へ還るがいい、堕落した騎士よ。
そうも不格好に真似られたのでは、あの負け犬も気の毒というものだ」
「ガ…………!」
神罰の聖剣が食い込み、遂に切り飛ばしていた。
これにて七頭、その一切を斬滅完了。
黙示録の竜(レッドライダー)の巨大な体躯が、まったく同時に溶解と崩壊を開始する。
レッドライダーはいくつものミスを冒してきた。
されど騎士は最後まで、己が壊れていることにさえ気付けなかった。
最善は、ゼウスの天霆を浴びせてゴドフロワの霊核を砕いた時点で撤退することだった。
にも関わらず赤騎士は、あの極星のように不屈で立ち上がり続ける狂戦士の姿から目を離せなかった。
存在を維持するために使うべき戦歴(リソース)を、足元の虫螻を確実に踏み潰すため湯水のように使い続けた。
気付けば武器庫はもう枯渇寸前。仮に聖槍の開帳が間に合い、ゴドフロワに勝っていたとしても、騎士は遅かれ早かれ同じ状態に陥っていただろう。
つまり、レッドライダーはどうあがいても詰んでいた。
ゴドフロワ・ド・ブイヨンという、人の延長線で極星の如き奮迅を体現する聖者(虐殺者)の出現が、黙示録の暴走を終わらせたのだ。
さながらそれは、本来彼が属する陣営――抑止力の介入を受けたかのように。
「ォ……ォ、オオォ、ォ……」
力なく漏れる声はもう何の災いも生み出さない。
どろどろに溶け落ちる身体は、不滅の終わりを示している。
戦争の根絶なくして、第二の騎士は討伐された。
預言は否定されたのだ。他でもない、騎士自身の過ちによって。
かくて幕引き、第三の訪れを待たずして黙示録は幕を閉じる。
真っ赤なチョコレートファウンテンのように流れ落ちていく【赤】色。
ゴドフロワは一秒後には消滅しても可笑しくない有様で、神敵の滅亡を見届けんとして――
「 はれ る や 」
幼子のようなその声を、聞いた。
赤い噴水の中から、ひとつの人影が立ち上がる。
それは、赤い肌をしていた。
それは、生まれたままの姿だった。
それは、茨の冠を戴いていた。
「 ぐ ろぉ り あ い ん えく せるし す で ぉ 」
すべての武装を吐き切り、丸裸になった赤騎士はもはや死を待つのみ。
だとしても、かの赤色の中に芽生えた狂気の灯火が諦める選択肢を許さない。
機械に本能という言葉を用いるのは不正確かもしれないが、滅びゆくレッドライダーを突き動かしたのは間違いなくそういう概念だった。
現代まで連綿と続く巨大な戦争のまごうことなき大源であり、同時に最もそれを否定する原初の一。
これは、救世主であった。これは、最も偉大な聖人の似姿だった。
天昇に向かう騎士が最後に象る姿としては、この上なく適した偶像であり。
殺し滅ぼすという原罪の一端を担う悪が騙る姿としては、間違いなく最低最悪の皮肉。
その名は。
ああ、栄光に満ちたその名は。
イ――――
「黙れ」
否、紡がれることはない。
この冒涜だけは、狂戦士が絶対に許さないから。
伸びた茨の鏃が全身を一瞬で槍衾に変えたが、ゴドフロワはそれごと卑猥な偶像を斬り伏せた。
「誰であろうと、その御姿を騙ることだけは許さない」
悪あがきと呼ぶ他ない、赤の剣山が潰れた救世主の偶像から溢れ出す。
小繭蜂の体外脱出を思わせる光景。まろび出た針や槍はすべてゴドフロワを貫いている。
だが、それでも狂戦士の腕(かいな)は止まらない。
「臨むところですよ。命尽きるまで付き合いましょう」
もう何の機能も成せない筈の、死に体の腕が十字架を握り締め烈風と化す。
至近距離で繰り出される剣戟と殺意の乱舞は、英霊同士の戦いというにはあまりに破滅的だった。
「はははははははは――!!」
「ゴ、ォ、ォ――!!」
ゴドフロワの哄笑とレッドライダーの呪怨。
ふたつの演奏をBGMに、絶え間なく互いの【赤】が撒き散らされる。
臓物が飛び散った。骨が皮膚を突き破って外に脱出した。
偽りの救世主はもう原型すらない。ただの不定形の水塊が、ともすれば石器時代以上に原始的に目の前の敵と殺し合っている。
神の慈悲など微塵も感じさせない残虐なスプラッタショー。
狂戦士の剣は、もはや目視不能の速度にまで至っていた。
地の極星、神の資質なくしてそのきざはしに手をかけた信仰者。
レッドライダーは今際の際で、再び彼の地雷を踏んだのだ。
しかも今度のは、これまでで最大の大爆発。
狂信者の前で尊きモノの姿を騙るなど――火に油を注ぐようなものである。
「消え失せろ厄災。
確かにヒトは愚かだが、今のあなたはそれ以上に度し難い」
「ギ――――」
「最後にひとつ教えてあげましょう」
乱舞の最後に、ゴドフロワはその聖剣を手放した。
赤騎士の体内に腕ごとねじ込んで、空いた左手で十字を切る。
「聖句とはね、こう述べるのですよ」
槍のように伸びた赤の触腕が彼の心臓を貫くが。
狂戦士は不動のまま、焦げ付いた顔で優しく微笑んでみせる。
それはまるで――迷える人を啓蒙する、聖者のように。
「――――ハレルヤ!」
その聖句を起爆宣言(コマンドワード)として、赤騎士は体内から光で串刺しにされた。
壊れた幻想。宝具の自壊により引き起こす、瞬間的大火力。
聳え立つ巨大な光の十字架が、戦争の厄災を呑み込み、今度こそ完全に焼き払う。
「……――――、…………ァ――――嗚、呼――――――」
最後に、断末魔とも嘆きともつかない、そんな音だけを残して。
第二の騎士が、光の中に消え去っていく。
この瞬間、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは、神敵討伐を完遂したのだ。
【ライダー(レッドライダー(戦争)) 消滅】
.
……赤騎士の消滅を見届けて、ゴドフロワは地への墜落を開始した。
「はあ。流石に、疲れましたね」
もうずいぶん前に限界は超えていたのだ。
目的を遂げて糸が切れれば、もう指の一本も動きはしない。
恐らくこのまま、自分は消えるだろう。
聖杯の真贋を検められなかったことも、都市を司る冒涜者達を処断できなかったことも率直に言うと無念だが、致し方のないことだった。
むしろヒトの延長線でしかないこのか弱い霊基で、黙示録の騎士などという大物を粛清できただけで上々と思うことにする。
どれほどの栄光を積み重ねようとも、自分という男もまた一匹の惰弱な子羊でしかない。
英霊になってもそう感じ入らされるのだから、かくもこの世はままならなかった。
同時に神と名だたる聖人達への畏敬の念は尽きるどころかますます膨らんでやまない。
これだから、信仰を抱いて生きるのは面白い。
「……そうだ。最後くらいは、"締めて"おきましょうか」
頭の中のバルブを締める。
狂気という燃料が遮断され、思考回路の熱が冷めていく。
「――――ふふ、実に楽しかった」
久方ぶりの現世は不徳に溢れていたが、楽しかったのは本当だ。
思えば旅情なんてものを抱いたのもいつ以来のことだろう。
大義云々を抜きにしても、この街で過ごした時間は有意義だった。
「鮨を食い損ねたのだけは惜しいですがね。ギンザのあの店、本当に美味しかったのに」
落ちていきながら述懐して、苦笑をこぼす。
デュラハンの戦勝会は、自分への献杯の席の席になってしまった。
狩魔は合理的な男だが、その実案外センチメンタルな奴だ。
振り返って、しんみり酒の一献を捧げるくらいはしてくれるだろう。
であればまあ、奮戦した甲斐はある。
時代を超えて巡り合った、同じ宿痾を抱えた友の記憶に、自分のような男の姿が少しでも残るのなら。
それは、なかなかどうして、悪くない。
「狩魔、我が友よ――」
赤騎士のバンカーバスターによって空いた奈落の大穴。
そこに、役目を終えた狂戦士は吸い込まれていく。
その姿が地上から消える最後の一瞬。
苛烈無道の青年は、気の抜けたような声色で。
「――負けては、なりませんよ」
わずかな間とはいえ道を同じくした友にエールを送って。
そうして、信仰の光は底のない大穴の中へ消えていった。
第一次十字軍、二度目の聖地占領、成功ならず。
【バーサーカー(ゴドフロワ・ド・ブイヨン) 消滅】
◇◇
――――終わりの筈の一撃が、白い影の前に阻まれていた。
地に座り込んで、えぐ、ぐす、と泣く幼子の前に。
ひとつの、屈強なシルエットが立っている。
その男は老いていた。だが、衰えることのない強さを湛えていた。
大戦士の一撃を受け止めて小揺るぎもしていないのがその証明だ。
白髪と髭を、戦火の風に靡かせて。
此処にいる筈のない男は、そこに立つ。
「呆れた娘だ。簡単な言いつけも守れぬとは」
トマホークを握った呪術師が、焦燥を浮かべて飛び退く。
それを追いはせず、老人はただ泰然と君臨する。
「迷うは良い。惑うも良い。だが決して立ち止まるなと、儂は命じた筈だがな」
その背中を、少女は泣き濡れた顔で見上げている。
彼女の腕に刻まれた刻印は、一画ぶんが欠けていた。
死の間際、身体以上に心が限界に瀕した刹那の一瞬。
小鳥の願いは、脳で判断する過程を飛ばして謳い上げられた。
決して頼らぬと、迷惑をかけぬと云った誓いを、恥知らずにも反故にして。
そうして実現させた奇跡――それが今、城塞の如く堅牢な君臨で以って、泣く鳥を護っている。
「挙句、授けてやった走狗までも悉く無駄にしおってからに。まさに無能の極みだ。叱責を覚悟しておくのだな」
それは、かつて"彼ら"に降り注がなかった奇跡。
すべて焼き払われ奪われていく悲惨な運命の中、ついぞ現れなかったヒカリ。
心を殺し、壊れながらに理想を追うことを選んだ男は。
心を殺し、それでも情動を捨てられなかった少女に、ご都合主義が舞い降りる瞬間(あくむ)を見る。
「王、さま……」
老いさらばえ、枯れ果て、全盛の頃に比べれば見る影もない。
されど。
然様なこと、彼にとって何の問題にもなりはせぬ。
「それで、貴様ら」
何故なら彼は神話の住人。
神秘が剥がれる前の世界を知る者にして、神が実在する理不尽の中でさえ偉業を刻み付けた男。
彼自身は、その呼称にいい顔はしないだろうが。
それでもヒトは、英霊は、神は、彼をこう呼ぶ。
「――――儂の臣下に手をあげて、次の朝日が拝めるとは思っておるまいな?」
英雄。
王者。
青銅王カドモス。
「望み通り踏み躙ってくれよう。総力で足掻けよ、下郎」
栄光だけでは満足できなかった、優しい王さま。
◇◇
――腹を撃ち抜かれた。
わずかに軌道を反らせたのは幸い、だが重傷なことには変わりない。
溢れ出す鮮血は、すなわちタイムリミットへ向けて時を刻む秒針と同義だ。
この針が定められた"その時"に辿り着いた時、この身体は命を失う。
いや、本来ならばそれ以前の問題だった。
崩れ落ちた肉体は当たり前だが無防備で、周鳳狩魔の追撃を避けられないから。
敗北。終焉。刀凶聯合と悪国征蹂郎の物語が今まさに結末を迎えんとしている。
そんな絶対的な詰みの中で、征蹂郎に限界を超えた反応を実現させたのは、耳に届いた誰かの声だった。
兄さま、と、そう叫ばれた。
征蹂郎に妹はいない。
いたかもしれないが、覚えていない。
よってその慟哭はまったくの人違いで見当違いだ。
それなのに、気付けば自然と身体が動いていた。
「周、鳳……」
此処まで来ると、もう何ひとつ理屈ではない。
執念とか、気合とか、そういう言葉でしか語れない何かが征蹂郎を突き動かした。
「――狩魔ァァァァッ!」
「っ……!!」
身体にバネを内蔵したように、倒れていた筈の肉体が跳ねる。
ほぼノーモーションで放つ足による『抜刀』に、さしもの狩魔も反応が遅れた。
その代償は、彼の端正な顔面の右側に入った縦一直線の亀裂。
右目を押し潰す形で、一筋の"斬傷"が走り抜けていた。
「ッ、ち……。やってられねえな。今更だが、とんでもねえ奴に喧嘩売られたもんだ……!」
腹に銃創を空けた征蹂郎と、片目を潰された狩魔。
互いに夥しい量の血を垂れ流し、ふたりの王は改めて相対する。
「気付いてるか、悪国」
「……無論」
「"あっち"は、どうやら決着したようだぜ。
俺らのどっちにとっても、望んだ結末じゃあなかったようだが」
狩魔は戦いの中で、相棒を勝たせるために一画の令呪を切っていた。
用途はブースト。本来なら埋まり得ぬ戦力差を埋めようとしているのだから、出費は惜しむべきでないと踏んだ結果だ。
それが幸いしたのか、もしくは一画だけという判断が災いしたのか、答えが示されることは永劫ないだろう。
問うべき相方の気配は、もうこの都市から遺失していたから。
「……逝ったか、ゴドー」
手向けの言葉は無用。
狩魔は、少なからずこうなることを想定してあの狂戦士を赤騎士へ差し向けた。
レッドライダーは、まさしく怪物と呼ぶ他ない存在だった。
どれだけ綿密に整えた盤面も軍勢も一手で破壊できる究極最悪のジョーカー。
故に、これだけは何としても討ち取る必要があったのだ。
シッティング・ブルでは足りない。山越風夏でも不足だろうし、そもそもあの女は自分の指示通りになど動かないだろう。
そこで選んだのが、ゴドフロワ・ド・ブイヨンという最高戦力を用いての特攻策だ。
勝率は数パーセントあるかどうか。だが敗北しても、時間を稼ぐことはできる。他の何物にも代え難い、未来へ繋ぐための時間を。
だから狩魔は、彼が勝とうが負けようが、相棒と此処で離別する確率が高いことを端から理解していた。
現にその通りになったわけだが、ゴドフロワは狩魔の予測を遥かに超える働きをしてみせた。
赤騎士の完全撃破だ。これにより、刀凶とデュラハンの雌雄は事実上決した。
――思えば、なかなかに濃い付き合いだった。
あれほど胸襟を開いて話せた相棒は初めてだ。
流血を厭わず、狂気を愛し、すべてにおいて妥協しない清らかなる暴力装置。
海千山千の英霊達を知った現在でも、自分に相応しい英霊はあの狂戦士以外には無いと断言できる。
心のなかに澄ました微笑を再生しながら、それでもその追憶に背を向ける。
献杯は勝利を完全なものにしてからだ。
刀凶聯合は組織として崩壊したが、まだ王将が残っている。
「さあ――赤騎士はもう居ねえぞ」
片目が潰れ、半面を赤く染めて。
魔弾の射手が再び銃を構える。
「剣を失ったのは……貴様も同じだろう」
「いいや? 生憎と、こっちにはまだ代えがいる」
発砲と共に、狩魔が跳ねた。
追う征蹂郎だが、前者の方が速い。
追撃を牽制する射撃を繰り返しつつ、着地したのは一体の原人の傍だった。
「――おい猿ども。テメェらまだ"願い"はあるな?」
原人――ホモ・ネアンデルターレンシス。
覚明ゲンジを失った彼らは現在いわゆる"はぐれ"の身の上だ。
そして狩魔も、今まさに相棒を失った。
差し出す右手は、まるでかつてゲンジを懐柔した時の再現。
周鳳狩魔は、はぐれ者達の英雄である。
「俺と来い。聖杯を獲りに行くぞ」
「■■■■■■■……」
その手へ、皺くちゃの太い腕が伸ばされ、触れ合った。
刹那繋がれるレイライン。契約は交わされ、此処に新たな主従が誕生する。
【周鳳狩魔&バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス) 再契約】
「数を殖やせ。死体(ロク)ならごまんとある、どれを使ってもいいぞ」
此処までの戦いで、原人は大きく数を減らした。
それでも盾兼デコイとして恐ろしく有能だったが、彼らの真髄は数にこそある。
よって狩魔が下した最初の命令は、宝具『いちかけるご は いち(One over Five)』による軍勢の再興。
百を優に超える遺体が散らばるこの決戦場を舞台にネアンデルタール人の大部隊を生み出し、決戦後の戦いに備える算段だ。
デュラハンは原人勢力を擁することで、針音都市最強の暴力組織となる。
刀凶を下した次は原人部隊による徹底的な侵略戦争だ。
そうして版図と勢力を拡大し、〈はじまりの六人〉のような強豪達を引きずり落としにかかる。
狩魔は目の前の戦いだけに腐心せず、常にその先を見据えて行動している。
稀なる王の資質。血の通わない政治をやらせたら、周鳳狩魔の右に出る者はそういない。
「見たか? 悪国征蹂郎。
これが俺だ。テメェとは将としての年季が違う」
レッドライダーは落ちた。
家族同然に愛した仲間は殺し合いの中で続々と潰れていき、唯一敵将と共通していた英霊の欠落という点さえ瞬時に埋められてしまった。
腹の傷は致命こそ避けているものの、今も少なくない量の血が流れ出続けている。
狩魔に撃ち殺されなくとも、このまま戦い続ければ征蹂郎を待つ結末は失血死だ。
ゴミ山の王たらんとした男は、今や死と敗北に囲まれていた。
「随分と……上機嫌だな、周鳳」
「あ?」
「オレも、あまり人のことは言えないが……お前は、愚策を犯した。
オレに追いつくために、ライダーの"呪い"に手を出したことだ。
奴の呪いは戦意を呼び起こし、人間を凶暴なケダモノに変える……」
しかしそんな苦境にあって尚、征蹂郎は恐れず目の前の敵に失策を指摘する。
「オレにとって最も脅威だったのは、お前の狡猾な頭脳だった」
「見当違いも甚だしいな。俺が冷静さを欠いてるって言いてえのか?」
「オレとの直接対決(タイマン)に馬鹿正直に付き合い続けている。それが……何よりの証拠だろう」
征蹂郎の指摘は確かだった。
〈喚戦〉を利用し始めてからの狩魔は、明らかにハイになっている。
戦いを楽しむような物言いをし、加虐性すら滲ませて征蹂郎を蹂躙し。
もはや精神攻撃など通じる局面でもなかろうに、煽り立てるのにも余念がない。
そして何より、レッドライダーの脱落を確認しても征蹂郎との対決を続けようとしていること。
赤騎士を失った彼などただの超人、戦況を大きく変えるような価値は持たない。
おまけに聯合自体、この通り壊滅状態なのだ。
普段の狩魔なら早々に場を切り上げ、英霊を失った征蹂郎を放置して次の段階に移り出すところだろう。
なのに、それをしていない。狩魔はこの期に及んでまだ、悪国征蹂郎をその手で討ち取らんとしている。
まるで――この決闘そのものに対して、何か価値でも見出しているみたいに。
「それとも、今のが本当の貴様なのか……?
だとすれば似合わないことこの上ないがな……」
「……、……」
指摘を受けた狩魔は、珍しく押し黙った。
意表を突かれたような、理外の視点で切り込まれたような顔。
「――――そうかもな」
ふ、と漏れた苦笑もまた、この凶漢らしくないもので。
「テメェも俺と揉めてよく分かっただろ。
裏で成り上がるために一番大切なのは腕っぷしじゃあねえ。
頭だ。頭を使い、人を使える人間じゃなきゃ食い物にされる」
狩魔は騎士の死によりまた変わり出す空の色を見上げて言う。
原色ほどまで濃くなった赤色が元ある夜色に食われ、空は先程までとは別な意味でこの世の終わりめいた風体になっていた。
「最後だから言うけどな、俺は正直、お前らが羨ましいよ」
「……羨ましい?」
「しがらみに囚われず寄り合って、仲間ひとりが受けた理不尽に全員で報復する。
腕っぷしと根拠のない自信以外はからっきしだが、だからこそ勢いのある、頭の悪い幼稚な餓鬼共。
刀凶聯合(おまえら)は昔のデュラハン(おれたち)だ。まだ頭が俺じゃなく、出羅攀と名乗ってた頃の」
デュラハンの始まりは、ちっぽけなどこにでもいる暴走族だった。
規模は小さいが固い結束と、何より向こう見ずに突っ走れる熱が武器。
敵がヤクザだろうが危険な異常者だろうが、出羅攀は誰にも遜らない。
ただつるみ、ただ走り、喧嘩しているだけで自然と名前は上がっていった。総長が解散を宣言したのもそれが理由だ。
これ以上でかくなると、今までのままじゃいられなくなるからな――。
狩魔が言葉の意味を理解したのは、出羅攀の名を次いだチームを興してすぐ。
創設時点で既に前身の規模を凌駕していた出羅攀改め〈デュラハン〉は、あらゆる大人に目をつけられた。
ヤクザ者。不良刑事。悪名高い先輩に、そもそも話も通じないような異常者。
生き抜くためには、己の立てた旗に集まった仲間を守るためには、新たな力を得ることが不可欠だった。
金。人脈。そして敵を蹴落とす頭脳。
狩魔の辣腕のもと、チームはみるみる巨大になった。
いつしか暴走族ではなく、半グレと呼ばれ始めた。
皆で単車を走らせることも、喧嘩で血を流すことも、気付けば無くなっていた。
「お前らは目障りなんだよ。デュラハンにとっても、俺にとってもな」
熱に浮かされているな、と自覚の上で、狩魔はメッキの下の地金を晒す。
それは後にも先にも一度きりの、凶漢の本音であり、彼が持つ唯一の弱さ。
「俺がこの手で捨てたモンを、今更見せびらかすんじゃねえよ」
デュラハンは烏合の衆だ。
それもその筈、首のない騎士団の物語はとうに終わっている。
結末を受け入れられなかったのは、当時最年少だった狩魔だけ。
首無しの騎士など、端から彼以外残ってなどいなかったのだ。
「だから死ね、悪国征蹂郎。お前の首を獲り、それで以って俺は"イマ"を肯定する」
最後の宣戦布告。
決して認められない宿敵に対する殺害宣言。
その言葉を受けた征蹂郎の反応は端的だった。
「不愉快、極まりないな」
そう言って、聯合の王は構えを取る。
「オレ達の絆は……オレ達だけのものだ。貴様が未練に酔うための肴ではない」
――やはりオレは、お前が許せない。
「貴様が死ね、周鳳狩魔。聯合はお前のような軟弱者に負けはしない」
「いい啖呵だ。テメェの居場所がもうどこにもねえことを除けばな」
「本当に……そう思うのか?」
「何?」
「オレの仲間は今も、オレの中で生きている」
征蹂郎は狩魔を見据えて問いかけた。
訝しげに眉を顰める宿敵に、これまで散々煽られた意趣返しとばかりに言葉のクロスカウンターを放つ。
「それともお前の中には……もういないのか? お前が愛した、出羅攀とやらの連中は」
「……は」
その一撃が此処までに叩き込んだどの攻撃よりも突き刺さったろうことは、最後の首無し騎士が漏らした失笑が物語る。
目の前の男に、そして自分自身に呆れたように喉を鳴らしてくつくつと笑い、狩魔は引き金に指を載せた。
「いねえよ」
「そうか。なら……勝つのは、やはりオレだな」
会話が終わり、雌雄を決する時が来る。
片や己が肉体。片や魔弾吐く拳銃。
武器も選んだ道も、信じるものも何もかも正反対の二人。
彼らの決闘/喧嘩は、相対する敵が斃れるまで終わらない。
――いざ。この時だけは、尋常に。
剣人の死合にも、ガンマンの決闘にも似た緊張が張り詰める中。
双方の手が、今まさに殺意を以って振るわれようとして。
けたたましいサイレンの音が響き渡ったのは、まさにそんな瞬間のことだった。
「……警察(サツ)だと?」
狩魔の声に混ざる怪訝は、これが彼の手引きによるものではないと暗に告げている。
無論、征蹂郎が呼んだわけでもない。彼はそうした奸計とは無縁の男だ。
では、誰が。疑問ではあったが、しかし魂胆だけは明白だ。
〈喚戦〉は、一時とはいえ新宿の全域を覆った。
であればこれから此処に来る警察達も、正義とは名ばかりの戦鬼と化しているに違いない。
対話など間違いなく無理筋。聯合もデュラハンも区別なく、その両方を鏖殺するまで止まらない狂気の軍勢だ。
それをよりによってこの決戦の舞台に差し向けることで、すべてを台無しにしようと目論んだ誰かがいる。
「こういう真似をやりそうな奴には心当たりがないでもねえが……お前はどうだよ?」
「……オレも同じだ。心当たり自体はあるが……腑に落ちない。オレ達の戦いに茶々を入れてくる理由が思い付かない」
「となると第三者か。テメェのライダーが無茶苦茶やるもんだからブチ切れさせたんじゃねえのか?」
「そんなことは……、……ないとは、言い切れないな……」
これを仕組んだのが何某か知らないが、相当に"切れる"輩だ。
警察が〈喚戦〉にあてられているのはいいとして、その向かう先をこうも上手く誘導するとは。
決戦という構図自体を破壊し、今夜の争いに噛んだ全員に損害を被らせようとしている。
そして実際、このまま行けばそうなる可能性は非常に高かった。
何しろデュラハン側も聯合側も、双方が大将以外まともに意思疎通もできない状況なのだ。
たかが警察とはいえ、数の暴力で押し潰される恐れは無視できない。
「しゃあねえ。水を差された気分だが、背に腹は代えられねえな」
「……まったく以って不服ではあるが、な」
「俺とタメのデカブツがふて腐れんなよ」
狩魔、辟易。
征蹂郎、嘆息。
まったくやっていられないとばかりの反応を見せてから、ふたりの王は言った。
「先にあいつら全殺(ゼンゴロ)キメんぞ。誰が描いた絵か知らんが、踊らされてやるつもりはねえ」
「……同感だ。誰であろうと、新顔に台無しにされてなどやらん……」
◇◇
【新宿区・歌舞伎町 決戦場/二日目・未明】
【悪国征蹂郎】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(中)、出血(大)、全身に軽度の火傷、頭部と両腕にダメージ(応急処置済み)、腹部に銃創、覚悟と殺意、〈喚戦〉
[令呪]:残り二画
[装備]:レッドライダー製の極薄ガントレット
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度。カード派。
[思考・状況]
基本方針:刀凶聯合という自分の居場所を守る。
0:周鳳を殺す。だがその前に、邪魔者を排除する。
1:周鳳の話をノクトへ伝えるか、否か。
2:アルマナ、ノクトと協力してデュラハン側の4主従と戦う。
3:可能であればノクトからさらに情報を得たい。
4:ライダーの戦力確認は完了。……難儀だな、これは……。
5:ライダー(レッドライダー(戦争))の容態を危惧。
6:王としてのオレは落伍者だ。けれど、それでも、戦わない理由にはならない。
7:オレの居場所は、いつだってココにある。
[備考]
異国で行った暗殺者としての最終試験の際に、アルマナ・ラフィーと遭遇しています。
聯合がアジトにしているビルは複数あり、今いるのはそのひとつに過ぎません。
養成所時代に、傭兵としてのノクト・サムスタンプの評判の一端を聞いています。
六本木でのレッドライダーVS祓葉・アンジェ組について記録した映像を所持しています。
アルマナから偵察の結果と、現在の覚明ゲンジについて聞きました。
千代田区内の聯合構成員に撤退命令を出しています。
【周鳳狩魔】
[状態]:右目失明、疲労(大)、魔力消費(大)、バーサーカー(ネアンデルタール人)と再契約、〈喚戦〉
[令呪]:残り1画
[装備]:拳銃
[道具]:なし
[所持金]:20万程度。現金派。
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争を勝ち残る。
0:悪国を殺す。だがその前に、邪魔者を排除する。
1:魔術の傭兵の再度の襲撃に警戒。深刻な脅威だと認めざるを得ない
2:ゲンジへ対祓葉のカードとして期待。
3:特に脅威となる主従に対抗するべく組織を形成する。
4:山越に関しては良くも悪くも期待せず信用しない。アレに対してはそれが一番だからな。
5:死にたくはない。俺は俺のためなら、誰でも殺せる。
6:――俺はお前が目障りだよ、悪国征蹂郎。
[備考]
【バーサーカー(ネアンデルタール人/ホモ・ネアンデルターレンシス)】
[状態]:残り25体/増殖作業中、〈喚戦〉、周鳳狩魔と再契約
[装備]:石器武器
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:今のところは、ゲンジに従い聖杯を求める。
0:弔いを。
[備考]
※老人ホームと数軒の住宅を襲撃しました。老人を中心に数を増やしています。
※戦死者を素材に増殖を図っています。
【アルマナ・ラフィー】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(大)、激しい動揺
[令呪]:残り2画
[装備]:
[道具]:なし
[所持金]:7千円程度(日本における両親からのお小遣い)。
[思考・状況]
基本方針:王さまの命令に従って戦う。
0:王、さま――。
1:もう、足は止めない。王さまの言う通りに。
2:当面は悪国とともに共闘する。
3:悪国をコントロールし、実質的にライダー(レッドライダー(戦争))を掌握したい。
4:アグニさんは利用できる存在。多少の労苦は許容できる。それだけです。…………それだけ。………………ほんとうに?
5:傭兵(ノクト)に対して不信感。
[備考]
覚明ゲンジを目視、マスターとして認識しています。
故郷を襲った内戦のさなかに、悪国征蹂郎と遭遇しています。
新宿区を偵察、情報収集を行いました。
デュラハン側の陣形配置など、最新の情報を持ち帰っています。
カドモスに渡されたスパルトイは全滅しました。
【ランサー(カドモス)】
[状態]:健康、憤怒
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:いつかの悲劇に終焉を。
0:目の前の主従を殺す
1:当面は悪国の主従と共闘する。
2:悪国征蹂郎のサーヴァント(ライダー(戦争))に対する最大限の警戒と嫌悪。
3:傭兵(ノクト)に対して警戒。
4:事が済めば雪村鉄志とアルターエゴ(デウス・エクス・マキナ)を処刑。
[備考]
本体は拠点である杉並区・地下青銅洞窟に存在しています。
→青銅空間は発生地点の杉並区地下から仮想都市東京を徐々に侵略し、現在は杉並区全域を支配下に置いています。
放っておけば他の区にまで広がっていくでしょう。
カドモスの宝具『我が撒かれし肇国、青銅の七門(スパルトイ・ブロンズ・テーベ)』の影響下に置かれた地域は、世界の修正力を相殺することで、運営側(オルフィレウス)からの状況の把握を免れています。
【華村悠灯】
[状態]:生命活動停止。固有の魔術が発動中。頸椎骨折(修復済み)、離人感
[令呪]:残り三画
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:今度こそ、ちゃんと生きたかった……はずなんだけど。
0:???
1:祓葉と、また会いたい。
2:暫くは周鳳狩魔と組む。
3:ゲンジに対するちょっぴりの親近感。とりあえず、警戒心は解いた。
4:山越風夏への嫌悪と警戒。
5:あの刺青野郎ってば最悪!!
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。
華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。
この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
【キャスター(シッティング・ブル)】
[状態]:疲労(中)、額と右耳に軽傷、迷い、悠灯への憂い、アルマナへの憐憫と共感、焦り
[装備]:トマホーク
[道具]:弓矢、ライフル
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:救われなかった同胞達を救済する。
0:目の前の英霊に対処する。
1:悠灯よ……君は。
2:神寂祓葉への最大級の警戒と畏れ。アレは、我々の地上に在っていいモノではない。
3:――他でもないこの私が、そう思考するのか。堕ちたものだ。
4:復讐者(シャクシャイン)への共感と、深い哀しみ。
5:いずれ、宿縁と対峙する時が来る。
6:"哀れな人形"どもへの極めて強い警戒。
7:覚明ゲンジ。君は、何を想っているのだ?
8:この少女(アルマナ)のことは、あまり見たくない。
[備考]
※ジョージ・アームストロング・カスターの存在を認識しました。
※各所に“霊獣”を飛ばし、戦局を偵察させています。
[全体備考]
※ライダー(レッドライダー(戦争))が消滅したことにより、〈喚戦〉の拡大が止まりました。
既に感染者となった人間からの連鎖感染も今後は起こらないでしょう。
ただし、既に感染した人間から影響が取り除かれることは恐らくありません。
新宿区内のNPCの大半が感染者と化しています。
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最終更新:2025年09月02日 01:00