炎と銃声。
咆哮と風切り音。
過熱する戦場を2つの影がもつれ合い、鈍い残響を響かせて弾かれ合う。
ばきりと鳴った指の音。
悠灯の硬質化した五爪がうねり、下から掬い上げるように振るわれた。
アスファルトの地面と乗り捨てられた車体の鋼板を抉り、そのまま標的へと襲いかかる。
薊美の掲げた炎剣が爪の一撃を受ける。
が、あまりの衝撃に大きく後方に弾かれ、敵の腕を燃やすことすら叶わない。
「お――るァッ!」
「っ――野蛮だな」
意図せず稼ぐことになった距離を活かし、薊美は追尾する獣へと、左手の銃口を向けた。
連発するマズルフラッシュの中、それでも狼の疾走は止まらない。
道路上の左右に放置された乗用車を次々と蹴り跳ね撹乱。
銃撃を躱しきり、距離を詰め切った悠灯の爪が再び翻る。
今度は左右の爪を両方使い、計十爪による横薙ぎの連撃。
薊美は炎の剣で迎撃するも、ジリジリと後方へ追い詰められていく。
「おう、さっきまでの威勢はどうしたよ」
戦闘の中で、悠灯は死狼魔術の真髄を掴みつつあった。
死から遠ざかる。其の為の魔術。
狼との親和性は副次的であったはずだ。
しかし、少女は直感的に、獣であることの意味を理解している。
それ即ち活力。太古の生命が備えていたとされる、器から横溢する程の生命力だ。
死狼魔術の魔術的なベースは無論、死霊魔術であるが、本質は魔の混血に近い。
ごく薄まっていたとしても、父型の先祖にはその血が混じっていたのだろう。
よって肉体の変質すら可能とする。目指した神のモデルは、現代において既に絶滅したニホンオオカミ。
これもまた、失われた神秘。彼女がいつか従者と共に見たヴィジョンにも通じる、今に語り継がれぬ神話の一つ。
「あんな啖呵きっといて逃げんのかよ、ダッセえなァ!」
備わったものは膂力と再生力のみならず、鋼鉄よりも鋭き部位。
この国で絶えて久しい、山間を駆ける大狼の爪牙。
「ちったァ反撃してみろよッ」
「では、リクエストに応えようか」
薊美が炎剣を振りかぶる。
「―――!?」
その姿が、唐突に消えた。
いや、ズレたのだ。
「な―――!」
視界外からの横薙ぎ一閃。
刀身こそ辛うじて躱したものの、余波の炎が悠灯の肌を焼く。
「へえ、初見で躱せるのか」
強化された獣の視力によって、悠灯は気づく事ができた。
炎に照らされた道路に変化がある。
薊美の足元から白と黒の線が伸び、道路上にチェス盤のような模様を描き出す。
「やっぱり反応が良い―――けど」
またしても、正面に居たはずの薊美が掻き消える。
たん、と。目の前で踏みつけられた筈の足音が、全く別の方向から聞こえた。
それは背後。一瞬にして移動していた敵の姿。
咄嗟に踵を跳ね上げて迎え撃つも、
「良すぎるのも考えものだ」
そこにすら敵の姿はない。
連続転移。真横から迫る炎剣が、悠灯の腕を深く切り裂いた。
「くっそ……またあの白黒手品かよ。どうなってんだ、それ。何でもありかよ」
「そうでもないらしいよ。色々制限もあってさ。私もまだ使い方を模索してる。例えば、こんな感じに」
再演・色間魔術、その応用。
白と黒を地面に敷き詰め、交互に配置したフィールドを作り出すことで、敵と己の連続転移を可能にする。
初見での対応はまず不可能。
果たして、いつの間に誘い込まれていたのか。
立ち回った挙げ句、最初に戦っていた場所付近に戻ってきたらしい。
そこに設置されていた狩り場。
狼の膂力をもってしても、この場所で薊美の動きに対応するのは至難を極めるだろう。
「どうする―――このままじゃ詰みだよ」
よって、早急に求められる解答、それは―――
「こう、すんだよっ!!」
アンダースローで放つ爪が地を引き裂き、白黒の羅列を乱す。
高速で駆け回りながら、がむしゃらに腕を振り、取り囲む白線と黒線を崩していく。
その間も決して攻めの手は緩めない。
受け手に回らず攻め続ける事が、悠灯の勝機なのだ。
敵の仕掛けに対応できないなら、場ごと崩す。
「正解」
しかし―――それすらも、誘導された解答だったとしたら。
「でも大丈夫かな? 少し疲れてきてるみたいだけど」
再び、剣にぶつけられた拳には、既に薊美を下がらせる力は宿っていない。
炎が悠灯の肌を焼き始めている。
「まだ―――まだァ!!」
それでも、押し切る。
意地でも退かない。悠灯は前進し続ける。
インファイトに持ち込み、相手が捌ききれなくまで打ち込み続ける。
それが勝ち筋だった。ハズなのに、なぜ―――
「はぁ……はぁ……は……あ?」
そこでようやく、悠灯は気づく。
おかしい、なぜ。
己の方が、敵より息が上がっている。
近接戦闘はこちらの優位だった筈だ。
事実として、一撃まともに食らっただけで敵の防御は吹き飛び、以降は攻める一方だったのに。
「気持ちは分かるよ。私も同じミスをしたことがあるからね。
再生力に馬鹿力、身体変異。
加えて、さっきから私を追いかけるだけじゃなくて、地面まで叩かなきゃいけなくなった。
目覚めたばかりの力をそんなに景気良く使っていたら、そりゃガス欠にもなる」
徐々に、身体が重くなっている。
―――魔力切れが近づいている。
馬鹿な、と。突きつけられた事実を否定する。
だとしても、スタミナはこっちの方が多かった筈だ。
燃料切れが訪れるなら、それは敵のほうが早くなければならない。
「納得いかないか。君の表情はわかりやすいな」
なぜ、そんなに涼しい顔をしていられる。
痩せ我慢しているのか。疲れていない演技も、この女優なら可能だろう。
いや、だとしても、それだけではない。
「ちょっとした小細工さ」
悠灯の顔から疑問を読み取り、薊美はタネを明かしてみせた。
「知り合いに節約上手がいてね」
とある喫茶店で巻き起こったサーヴァント戦。
同じ戦場で隣に立っていた一人の女。
薊美が疲労を隠せなかった魔術消費量にも関わらず、終わった後に涼しい顔で話しかけてきた人物がいた。
《節制魔術回路》。
高天小都音に備わっていたそれは先天的な体質であり、薊美の目でもってしても仕組みの完全理解は不可能だった。
しかし、薊美の魔術の真髄とは、仕組みを再現することではない。
「あの人達とは結構長く一緒に居る時間があったから、ずっと観察していたんだ」
目的はあくまで結果の再現。
どうすれば、役にあった演技が出来るのだろう。
どうすれば、あんなにも効率よく身体に魔力を流せるのだろう。
どうすれば、同じ以上の結果が得られるのだろう。
声の出し方、腕の振り方、アプローチが全く別であったとしても、同じ演技にたどり着けるならそれで良い。
むしろ体質や体型が違う以上、アプローチが異なるのは当然のことだ。
さらに言えば、より良い演技。つまり模倣した結果が、オリジナルを越えられるならより重畳。
「扱う魔術の種類、流す身体の部位によって、"魔術回路の幅を瞬時に調節"する。これが私なりの、節制回路の"解釈"だ」
力を見取り、見極め、自分なりの解釈で到達する。
実際、薊美の組み立てた技法は、高天小都音の身体に備わった仕組みとは乖離した物であったが。
そんなことは、どうでも良かった。
得られる結果は近しいものであり、事実として薊美はこれをもって、本来はピーキーすぎて専用の魔術刻印が無ければ応用不可能な筈の色間魔術を行使している。
「なんだそりゃ……天才かよ」
あまりにも隔絶した力量差。
喧嘩勝負では悠灯に分があっただろう。
しかし、魔術師としては、やはり薊美が圧倒的に優れていた。
「ああ、ありがとう。よく言われるんだ。飽きるほどに」
先程語られたことが、口でいうほど簡単なわけが無い。
やっていることは、まさしく神業だ。
天才。その表現が、これほどふさわしい逸材はない。
だが、当の本人は不服そうに言った。
「でもね、才能があるだけじゃ、星にはなれないんだ」
彼女をして、どれだけ時間をかけて観察しても、未だ解釈の成らない者がいる。
神寂祓葉、天枷仁杜、煌星満天。
以上、三名。理由は明確。
薊美は未だ、彼女らと同じ高度にいないのだ。
太陽が如き少女が振るう、白き剣。
どれだけ思い描いても、それを再現することは出来なかった。
「もう一度言うよ。前座にかける時間はない」
薊美の足元から白線が伸びる。
爪による迎撃がそれを払うも、連続する炎の斬撃が地に伏せる獣の身体を斬り刻む。
均衡が崩れてしまえば、後は呆気ないものだった。
路上に転がった悠灯に、薊美の剣が突きつけられる。
「どうやら、あちらも決着が近いらしい」
少し離れた場所で、2騎の従者による戦いもまた佳境に入っていた。
宝具発動準備に突入したのだろう、魔力の流れが苛烈になっている。
よって、互いに援護は期待できない。狩人は、遂に獣を追い詰める。
「こっちも、そろそろ終わらせよう」
「おお、てめぇをな」
そのとき、突如として鮮やかな翼が薊美の視界を覆った。
巨大な鷹の鉤爪、それが上空から割り込んできた霊獣であると分かるまで、一瞬のラグがあった。
「―――!」
「悪いけどさ。こっちに誘ってたのは、テメエだけじゃねぇんだわ」
まさに不意打ちだった。
今ならば、キャスターの援護はあり得ない。
そう周囲への警戒を緩めた瞬間を突かれたのだ。
「ずっと、こいつを探してたんだ」
狩人は、狩り場へと獣を誘導していた。
一方で獣もまた、同じ場所を目指していた。
そう、ここは最初に戦った場所付近。
「ついてるぜ。まあ、ずっとツイてなかったんだ。
こんくらいじゃ、ぜんぜん採算取れてねえけど」
薊美はたたらを踏みながらも思考する。
なぜ今、ここに霊獣が現れる。
答えは翼のベールが剥がれた先、追い詰めたはずの獣の手中にあった。
焼け焦げ、切断された腕が握られている。
その腕の先には掠れた紅い紋様と、千切れかけた指に嵌められたままの、銀の指輪。
戦闘の序盤で薊美に斬り飛ばされた筈の、右腕の残骸だった。
「お前には……ふきあってほらうぜ、らいごあでな」
指輪を付け替える時間も惜しい。
爪を武器にする以上、両手は空手でなければならぬ。
よって悠灯は、拾い上げた腕の側面を口に咥えていた。
鋭く発達した犬歯を焦げた肉に突き刺し、そこから魔力を通して、指輪の力を呼び起こす。
シッティング・ブルの作成した呪術器具によって、呼び出されたタタンカ(アメリカバイソン)が背後に出現し。
悠灯ごと、弾丸の如くに射出された。
その突貫は直線上にいた薊美をも巻き込み、二人はもつれ合いながら戦場の中心へと舞い戻っていく。
つまり―――今まさに、彼女らのサーヴァントが最期の激突を始めんとする、その場所へ。
◆
《Garry Owen, Garry Owen, Garry Owen――!!!》
空に堕ちていく。
《Garry Owen, Garry Owen, Garry Owen――!!!》
真っ暗な空へと、虚無の彼方へと、果てのない無間へと。
《Garry Owen, Garry Owen, Garry――――――》
突撃する青き軍服達は、瞬く間に天の重力に巻き上げられていく。
力強く響いていた軍歌はやがて、恐怖に染まった悲鳴に飲み込まれていく。
かつて、大いなる神秘が見せた夢は、彼らは大地の供物であると語っていた。
血で染まる丘の中心で、呪術師は祈りを捧げている。
この瞬間、シッティング・ブルの第二宝具、『墜ちよ、蒼き荒鷲(ウィワンヤンク・ワチピ)』は凄まじい特攻力を発揮していた。
天には真紅の太陽が輝き、その陽光の元に、巻き上げられた青き騎兵隊が空へと堕ちていく。
首無しのインディアンは皆消えた。
ここはシッティング・ブル心象風景の投射である。
彼の夢の中で、彼は常に一人だったから。
故に、誰か一人でもたどり着けば、対敵にも勝機は残されていたのかも知れない。
突撃する兵たちは無防備なキャスターに一撃を加えんと馬を駆り、ライフルを構え、サーベルを掲げる。
しかし、誰も辿り着く事はできなかった。
発射された弾丸も、駆ける騎馬の蹄も、掲げられたサーベルも、キャスターに届く前に一つ残らず墜落する。
幹線道路を埋め尽くすほどの総軍が、瞬く間に屠られ、血の染みとなって大地の供物と化していく。
呆気ないほど簡単に、総崩れとなる軍勢。しかしそれは当然のことだった。
目の前に在るものは彼らの死、そのもの。リトルビッグホーンの戦い。
サン・ダンスの見せた予知(ヴィジョン)にして、既に通過された歴史の事実だ。
よって如何なる神秘よりも覿面に、第七騎兵隊(ソルジャー・ブルー)を壊滅させる。
―――勝てぬ。
―――恐ろしい。
―――死にたくない。
―――どうして、俺達はこんな場所にいる。
意思なき筈の兵たちが恐怖の声を発している。
紅い太陽に大義を剥がされ、星を見失い、恐慌する。
瞬間、兵士は人に堕とされるのだ。
たとえ軍勢を束ねる将であっても、それは例外ではない。
「―――そうだ、これだ、この光景だ―――!」
古き神秘によって、再び第七騎兵隊(ソルジャー・ブルー)は全滅した。
将軍(ジェネラル)、ジョージ・アームストロング・カスター、その一騎を残して。
「―――兵たちが堕ちていく、私の―――私の―――兵たちが―――嗚呼、なんということだ!」
これこそが、己の死。
これこそが、超えるべき運命。
これこそが、ずっと待っていたリベンジの機会、だった筈。
なのに今、胸の底から湧き上がる恐怖の瑞々しさといったら。
再戦の高揚は呆気なく吹き飛び、宿敵に叩きつけてやろうと高尚に掲げていた誇りすら、遥か遠くにぼやけて見えぬ。
兵を失った将は脆い。もはや恐慌のままに突撃を命じる部下もいない。
今に重力に負けて、己の身体も浮き上がり、堕落しようとしているのが分かる。
己の死、そのものを象った宝具突きつけられるのは、それほどに致命的な事態だった。
勝てると思っていた。勝算はあると。しかし事実として、呆気なく戦線は瓦解した。
ならばまたしても、歴史は繰り返すと、油断と慢心が産んだ帰結なのだろうか。
それでも体面だけは取り繕い。
孤立した将軍は凄まじい重力負荷に血反吐を吐きながら、余裕の笑みを崩さず、胸を張って合衆国の旗を掲げている。
その全て、虚勢で在ることは彼自身が一番分かっていた。
内心はみっともなく狼狽し、焦り、己に対する失望と、ままならぬ状況への怒りに頭が白熱している。
今に、混乱と恐怖に我を忘れ、みっともない最期を迎える。
そこまで考え、彼は自嘲した。
なんだ、それでは結局、ただの再演ではないか。
分からなくなる。
何のために、英霊となった。なぜ今、恐怖の中で己は虚勢を張り続けている。
なぜ世界の影法師になってまで、己はそれにしがみついたのだ。
「ああ――――――」
掲げた星条旗が形を崩していく。
誇りを失う。人に堕とされる。栄光が消えていく。
ああ、それだけは出来ない。だが、なぜ?
分からない、誰も居なくなってしまった今では―――
「星が―――もう―――見えない」
「―――ならば今、」
そのとき、彼の目の前に立っていた少女の姿。
「―――私が星になりましょう」
視界が、晴れる。
鋼の太陽が、道を照らしたかように。
「言ったでしょう、私の騎兵(ライダー)」
茨の女王、伊原薊美が戦場に立っている。
右手に災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)を掲げ、左手のピストルが地を穿ち、反撃の狼煙を上げている。
「輝ける勝利を我が手に。貴方の進む道が、栄光の軌跡となる」
女王が、見ている。まだ、己を見ている者が残っている。
勝利を齎す存在であることを、今も"望まれている"。
ああ、そうだ、そうだった。これだ、これを求めていた。
今、この瞬間こそが、歴史になる、神話となる、その為に。
クリアになった視界の先に、挑むべき敵の姿が在る。
我が令嬢(マスター)に対峙する、獣の如き少女。
四肢を地につけ、口に千切れた腕を咥えた華村悠灯。
その、更に向こう。
丘の上で大地に祈りを捧げる、呪術師のキャスター。
座する雄牛(シッティング・ブル)。
討ち倒し、超えるべき、己の運命。
「二度と忘れないように、刻み込んであげる」
そして、二人の少女(マスター)が、同時に動く。
伊原薊美は己が手の甲を。
華村悠灯は千切れた腕を。
同時に前方へ突き出して。
「"令呪をもって命じる"―――!」
「"令呪をもって命じる"―――!」
拡散する朱い閃光と共に。
祷りにも似た、その指令(コマンド)を謳い上げた。
「"己が宿敵を討ち倒せ"―――ライダー!!」
「"己が宿敵を討ち倒せ"―――キャスター!!」
◆
《Garry Owen, Garry Owen, Garry Owen――!!!》
軍歌が蘇る。鋼の弾丸が、虚空を割り砕いて飛来する。
真紅の太陽に照らされた結界内で、音速の跳弾が無軌道に暴れ狂う。
腹を貫かれたキャスターが体制を崩し、悠灯がその肩を支える。
しかし、間髪入れずに舞い戻った銃弾が彼女の肩口を抉り、片膝をつかせていた。
第七騎兵隊の崩壊をもって、第一宝具『駆けよ、壮烈なる騎兵隊(グロリアス・ギャリーオーウェン)』は破られた。
しかし、未だ第二宝具『朽ちよ、赤き蛮族の大地に(インテンス・ソルジャーブルー)』は健在である。
結界に重ねられた射撃領域は丘にた立つキャスターと悠灯に絶え間なく浴びせられ、削り続ける。
令呪によって息を吹き返したカスターの魔力、戦意が猛り上がり、再び宿敵へと牙を剥いたのだ。
「――んだよ、あれは!?」
だが、今、悠灯とキャスターを真に脅かすのは、飛び交う銃弾の脅威だけではない。
「――光っている……のか?」
此方へと突撃してくる、たった二人だけの敵影。
伊原薊美と、彼女の令を受けた騎兵(ライダー)。
ジョージ・アームストロング・カスターの全身が、眩い光を放っている。
「は――はは――はははははっ―――はァーーーーーーハッハッハッハッハァッ!!!!」
令呪の強化を受けたのはキャスターも同じ。
力の差はプラマイゼロのはず。
彼らには依然として、絶えることなく墜落の重圧がかけられている。
なのになぜ、動ける。
活力を漲らせながらこちらに向かってくる。
そして黄金に光り輝く全身、その意味。
何が起こっている。何をしようとしている。
「まさか―――奴の、霊基を」
「伊原、薊美―――アンタが、やってるのか?」
多重に掛けられた、壮烈なる強化魅了。
天に届かんとする鋼星のカリスマが今、令呪という推進剤を得て結実する。
サーヴァントの構造、エーテルを組み換え補強し、改良する。
女王が望み、将の望まれた姿へと。
それはつまり、霊基の改造―――再臨類似現象。
青の軍服に、黄銅色のウェスタンジャケットが羽織られる。
吹き抜ける西方の風に、朱いスカーフと、房飾り(フリンジ)靡く。
顔貌は初老過ぎから中年ほど迄に若返り、荒々しさと気品を両立させた肉体、引き締まった端正なモノとなる。
南北戦争時代の勇姿。
まるで銀幕のスターのような、出来すぎたカタチ。
国民の期待と希望をによって縁取られた、人の理想が作り出した虚構の英雄。
「教えてやろう!! 今の私はァ――――合衆国の騎士!!
ゴールデン・カスター(Custer The Golden Cavalier)なのだ―――!!」
駆けゆく英雄は叫ぶ。
高らかに名乗ってみせる、その虚像を。
史実とは異なる虚構(メッキ)の黄金を誇ってみせる。
さあ、刮目して見るがいい。
「私は逃げなかった!!」
これが私だ。ジョージ・アームストロング・カスターの"望まれた姿"なのだ。
私は逃げなかった。この虚像から。人々の理想から、期待された英雄像から。
私はここに居る。そうだ忘れるな、私はまだ、ここに居るのだ、愛する国民達よ。
伝説は終わっていない。死後の栄光は、今も輝いている。
「我らはいずれ、神話(ほし)に届く!!」
我が伝説は日が浅く、おまけに今は陰りが差している。
この地に居並ぶ怪物、古代神話の英雄達と比べれば格も劣ろう。
だが、それが何だという。
これからだ。そうさ、伝説はまだ始まったばかりじゃないか。
文明の歴史はこれからも続く。
何百、何千、何万年先、今の神話達が全て駆逐された後にすら、人々の心に輝ける栄光を打ち立てよう。
南北戦争を越え、インディアン戦争を越え―――そして聖杯戦争を越え。
今日の我々の戦いこそが、後の神話となる。
永遠の合衆国が奮い立つ、如何なる恐怖をも拭い去る、連隊歌(ギャリーオーウェン)の調べとなろう。
私は死を越えて輝く栄光となり、人々の心に在り続ける。
天に輝ける不滅の神話(ほし)となり、愛する国民を導き続ける。
壮烈なる第七騎兵隊の名とともに。
どの時代にも、戦わねばならぬ兵がいるならば、彼らの頭上に私の栄光は輝き、こう謳い続けるのだ。
「恐れるな。先へ、先へ、行進せよとな―――!!」
《Garry Owen, Garry Owen, Garry Owen――!!!》
◆
《Garry Owen, Garry Owen, Garry Owen――!!!》
「光が人を導く、ならば―――ッ!!」
突きつけられた英霊の矜持。
突撃してくる黄金の栄光に。
このときシッティング・ブルは、初めて叫び返していた。
「ならば神話(ほし)に成れぬ者達はどうなるッ!?」
栄光(ひかり)に入れなかった者達は。
英雄の威光からあぶれ、方舟に乗れなかった者達は。
大地に残され朽ち果てて、忘れ去られゆく神秘は、蹄に踏み潰された数多の物語は―――
「私は―――忘れることが出来ないッ!」
雄大なる荒野に列をなし、波の如くに横断するタタンカ(バッファロー)。
いつか確かに存在したはずの、大いなる神秘。
彼らを、忘れることが出来なかった。
――どうすればいい?
――タタンカ・イヨタケ、我々は。
――いったいこれから、どこへいけばいい?
「彼らを置き去りにする栄光など、どうして信じられるッ!?」
方舟に乗れぬ彼らを、置き去りにされた彼らを救いたかった。
支え、導いてやりたかった。
もう決して誰にも侵されぬ、安住の大地へと。
そんな場所は、何処にも残っていないと知っていてなお、求めてしまった。
取りこぼすものを許容できない。
それが同胞であっても、敵であっても。
それこそが彼の矛盾、彼を苦しませ続けた迷いと痛み。
――もう、いいんだ。
――君はもう、呪われなくていい。
――壊れながら、歩き続けなくてもいいんだ。
私は確かに、栄光に背を向けた。
英雄になることから逃げた。そうなのかもしれない。
消えぬ光となって、愛すべき人々だけを照らし続ける。"大衆に望まれた星"となること。
勝者が歴史(しんわ)を作るなら、君らの言葉が正しいのかもしれない。
「だが、ゆめゆめ忘れるな。我が運命、我が宿敵よ!」
文明は神秘を駆逐した。今や人が神の座に腰かけている。
君らの語る文明こそが、次の神話となったとして。
「だが、"その次"もまた、いつか必ずやってくるのだ」
神秘を飲み込んだ君等の文明(しんわ)を、"次なる何か"が飲み込んでしまう日が来るだろう。
「忘れるな、我々の立場に、次は君たちが晒されるだろう!」
それはきっと、遠くない未来に、訪れる"幼年期の終わり"。
その時、君の語る栄光が、神話が、物語が。
ただそれだけで、果たして君らを救い得るか?
「私にはどうしても、信じる事が出来なかった」
なぜなら、それらは我々を救えなかったから。
栄光も、神話も、伝説も、開拓の連隊歌にはなろうとも。
滅びゆく旧世界を救うことだけは、出来なかったのだから。
「……すまないな、悠灯」
シッティング・ブルは、傍らの少女を見る。
今度は目を逸らさず、真っ直ぐにその瞳を見つめている。
「私は、英霊として、弱かったのかもしれない」
自らの栄光を誇ることの出来ない者に、英雄は務まらない。
この土壇場で飛躍を成し遂げたカスターに対し、己は果たせなかった。
マスターは羽化を成し遂げていたのに、それがどうにも口惜しい。
「結局、君を支えることも――」
「バカ言ってんじゃねえよ」
肩を組む、その腕に力がこもる。
「今だって、きっちり支え合ってんじゃねえか」
互いの肩で、互いの身体を支え、迫りくる敵に相対する。
「それにまだ、終わってねえ」
土煙の向こから、銃弾と蹄の音が迫りくる。
凄まじい重力に逆らって、敵はゆっくりと近づいてくる。
英雄の行進は止められない。
「どうだい、景気づけに一本」
「頂こう」
悠灯が握っていた腕の残骸は、既にカタチを崩していた。
先程の令呪使用で、限界を迎えてしまったのだろう。
銀の指輪だけを残し、最後の一画は行使を果たすことなく塵に還る。
やっぱツイてねえわとボヤきながら、少女は指輪を嵌め直した。
「アタシは最後まで、諦めねえ」
やりたいことが出来ちまったからな。
なんて呟き。いつものようにタバコに火を点け、にしし、と笑う。
「そうか――そうだな」
だからシッティング・ブルもまた、彼女に習ってタバコを咥え、前をむく。
「悠灯よ」
「ん?」
「私はいつも遅すぎる。だから、こんな時になって、またしても未練が残った」
銃弾が、彼らの身体を裂いていく。
大戦士と少女の身体が、少しずつ赤く染まっていく。
「……名前だ。君に出会ったとき、浮かんだ言葉があった」
最初に出会ったとき、大戦士に浮かんだヴィジョン。
思えばそれは予言じみた。大地から授かる、贈り物、"力ある名"。
それを伝えるかどうか。その資格が在るのか、結局、決めることが出来ぬまま。
今になって、後悔してしまったのだ。
もっと早く、それを伝えておけばと。
「聞かせてくれよ」
「…………」
「遅いなんてことねえよ、そうだろう?」
「……ああ」
そうして今、重力の丘を踏み抜いて到達する、古き神秘を轢き潰す蹄の音と共に。
「――――――」
《Garry Owen, Garry Owen, Garry Owen――!!!》
「へへ、イカすじゃん。気に入ったよ、それ―――」
輝ける栄光が、古き神秘を飲み込んでいく。
宿命の決闘の、それが決着だった。
◆
「―――で、もう元に戻ってしまったのだが……」
廃墟と化した渋谷の街を、一組の主従が歩いていた。
ここ数時間の内に起こった様々な天変地異により、その一帯の住人は誰も残っていない。
僅かに粉雪のちらつく、捨てられた街中を彼らは悠然と進んでいく。
堂々と、肩で風を切るようにして。
「そんなに都合の良いパワーアップは無い。ってことでしょうね」
「ふぅむ、せっかく若返ったのになあ……」
馬に乗った初老の将兵はガッカリした様子で自分の口ひげを引っ張っている。
その少し前を、王子様のように気品溢れる少女が進んでいく。
「ああいうジャケットが着たいなら、古着屋に行けばいくらでも置いてありますよ」
「服装ではない。顔が良かったのだ……今の顔も悪くはないが。いやはや中々どうして、男盛りな頃を思い出してしまってなぁ!」
「……あの顔、実際の貴方じゃないでしょう。ちょっと美化しすぎですよ?」
「はっはっは! バレてたかね!? でも良いじゃあないか、夢があって! 私は夢を大事にするのだ! はっはっは!」
誰もいない街中を、彼らだけが歩いていく。
「ともあれ、一画使って感覚は掴みました。すぐにとは行きませんが、今後も試すチャンスはある筈です。期待してもいいですよ」
「ほう!? 流石は我が麗しのマスター! 君の才能の限界はどこにあるのかね!」
「どこにあると思います?」
「……愚問だったなァ。君に限界など無い。いずれ天を掴む鋼の星。私は今日、それを確信したのだ」
そのとき、風に乗って、空気の抜けるような高い音が通り抜けた。
彼らは振り返らない。その必要を、既に感じていない。
次いで、正面に眩い光が現れる。
夜明け。太陽の光が、路端の粉雪を溶かしていく。
ぴくり、と。少女の表情が動き、一瞬だけ足が止まった。
「気づいたかね、我が令嬢」
「それも愚問」
「だよなあ、ふははは! これは……これは……なんというか、えらいことになってきたなあ!」
突如、南方から放たれた薄黄色の波動が、太陽を拒絶するかのごとく波紋を広げていく。
見知った魔力が、凄まじい変質とともに渋谷を包みこんでいく。
まるで月光の放出の如くに。
超新星爆発。
そんなワードが、少女の頭に浮かび上がる。
やっと進んだと思ったら、どうやら更に先へ行かれてしまったようだ。
なにはともあれ。
「大変な事になったようですね。にーとのお姉さん」
今しがた、ずっと感じていた視線が消えた。
握る激痛の剣に仕込まれていた監視(ロキ)の目が、唐突に消え失せたのだ。
これが、偶然であるわけがない。
さっきの波動はあくまで初期微動。
ここから本格的な波が来るだろう。
足を止めている時間はない。
「……行きましょうか、ライダー」
誰もいない街中を、二人の主従が行進する。
その轍として、真っ赤な足跡を残しながら。
「おうとも! しかしどちらへ?」
「決まっているでしょう」
―――星の輝き、その向こうへ。
茨の君は行進を続ける。
踏み潰した果実を、一度も振り返ることはなく。
【渋谷区・北東部 /二日目・早朝】
【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(大)、頭痛と疲労(大)、魅了(自己核星)
[令呪]:残り二画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
1:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
2:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
3:高天小都音たちと共闘。
4:仁杜さんについては認識を修正する。太陽に迫る、敵視に相応しい月。
5:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
6:同盟からの離脱は当分考えていない。でも、備えだけはしておく。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。
→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。
『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。
『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。
※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化し、夢見ることを忘れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。
※渋谷を襲った異変、上記レーヴァテインに発生した変調から、天枷仁杜の身に何か起こった事を察しています。
【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(大)、心臓にダメージ(中)、複数の裂傷、脳震盪(軽度)、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
2:やはり、“奴ら”も居るなあ。
3:“先住民”か。この国にもいたとはな。
4:やるなあ! 堕落者(ニート)のお嬢さん!!
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
※シッティング・ブルの存在を確信しました。
※エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。
※令呪および、伊原薊美の魅了魔術によって霊基が強化されました。
◆
そこに残されているモノは轍。
血で出来た押し花のような、足跡。
あるいは、残骸と呼ぶべきなにか。
しかし、それはまだ動いていた。
心臓を踏み潰されてなお、生命活動を止めていなかった。
「……キャスター」
捨てられた街の片隅に、一人の少女が仰向けに倒れていた。
彼女の身体を両断するように、蹄の跡が地面に刻まれている。
「キャス……ター……」
呼びかけに返る音はない。
静寂が一帯を包みこんでいた。
「そっか……アンタはもう、逝っちまったのか」
皮肉だった。
サーヴァントを失い、心臓を失ってなお、彼女の魔術は彼女を生かそうとする。
誰が見ても助かりようのない重体でありながら、極限まで往生際を引き伸ばす。
幸運だったのは、痛みを感じる器官すら、今は働いていない事だった。
痛みも感覚もなく、生きている。ただ、生きている時間を延長するだけ。
それが、一分、一秒、刹那の差であったとしても。
何の意味も無かったとしても。
限界まで、死から逃げ続ける。
「アタシも……もうじき……か」
夜明けの光は、傍らのビルの影に遮られて届かない。
南の方角から薄黄色の波動が通り抜けていく。
その光が何を囁いているのかも、よく分からない。
そしてまた静かになった。
渋谷に響き渡る囁き声、それを受け取る器官も麻痺してしまったのだろうか。
視界の外周から、徐々に白んでいく。
遂に迎える、自らの最期に―――
「ゆーうひっ」
それはひょっこりと、逆さまの顔で割り込んできた。
「―――は」
視界いっぱい、あの時公園で見た、呑気な笑顔が埋め尽くしている。
「また会えたね」
つられて、不格好に口の端が釣り上がっていく。
自分は笑っているのだと、華村悠灯は朧気に理解した。
仰向けに倒れた悠灯の顔を、反対側から覗き込むように、神寂祓葉はしゃがみ込んでいた。
「ゲンジは……どうだった……」
「すごいね、わかるんだ」
「色々あってさ、鼻が効くようになったんだよ」
狼の嗅覚によって、彼女から薄っすらと香る、知人の匂い。
あっけらかんと、白き少女は彼を殺したことを認めてみせた。
そのうえで、共通の友達を語るように。
「とってもカッコよくて、とっても頑張りやさんだったよ。今の悠灯と同じくらいに」
事実、それは友情なのだろうと、今なら分かる。
「そっか……あいつは……満足したのか……」
最初に出会った時刻から。
時計の針は一回り。
あの時、見えなかったこと、分からなかったことが、今は分かる気がする。
「ありがとな」
だからもう、十分だった。
「わざわざ……見送りに来てくれて」
嬉しかった。素直に、嬉しいと思った。
己の最後に、彼女が立ち会ってくれることを。
「こんな、アタシなんかをさ……」
たった今、南の方角で覚醒したばかりの月光でもなく。
つい先程、己を踏み潰した鋼の人工核星でもなく。
今ここで、華村悠灯を選んで来てくれたことが、嬉しい。
一人ぼっちで消えずに済む。
それだけで幾分救いになる。
だから―――
「そっか」
「ああ……じゃあな」
「バイバイ―――ゆうひ」
だから、きっと、その言葉の続きは、
「―――あ、じゃあさ。これはもう、要らない?」
本当に不要である筈だった。
「え―――?」
ちゃらりと、少女の手の平からこぼれ落ちた。
鎖のついた懐中時計。
そこには、こう刻まれていた。
『Perpetuial motion Machine-Mark-Ⅲ』
◆
ぷちぷち、と。
小さな黒幕の、脳の血管が切れる音が鳴り響いた。
天空工房。
その最重要施設、自らのLABOの真ん中で、オルフィレウスは大きく息を吸っていた。
まて、落ち着け、感情を顕にするな。
意味のない動作に体力を使うな。
しばらく、それだけを念じている。
机の上に、置かれた円形の装置。
そのくぼみに、青い小さな付箋が張ってある。
『試作品、改良中、絶対に触るな。 PS:お前に言ってるんだぞ祓葉。 オルフィレウス』
そして、その更に下に、もう1枚。
重ねるように張られた白色の付箋に、実にシンプルな一言が添えてあった。
『ちょっと借りてくね。 ふつは』
アンガーマネジメントを実施する。
深呼吸して、息を止めて、込み上げる一言を耐える。
衝動が引くまでじっと待つ。
「あ、無理だ」
無理だった。
青筋を立て、身体を震わせ、押さえきれない渾身の怒りをカタチにする。
「……ん……のォォォォ!」
自らのパートナーへと。
もう一人の黒幕へ。
白いじゃじゃ馬、史上最高の問題児へ。
この世で一番の予想外を届けてくれる存在(あほ)へ。
「―――馬鹿女ーーーーーー!」
◆
―――あなたは、どんな大人になりたいですか?
そんな一文に、苦い記憶が浮かび上がる。
お前に生きてる価値なんて無いと言われた。
居ても居なくても一緒だと。そう言って踏みにじられた。
あんな奴になりたくない。
こんな場所にいたくない。
でも、何処に行けばいいか分からなくて。
何処にも繋がっていない閉じた空を見上げて。
アタシは全部を諦めたかった。
楽になりたかった。
ずっと、生きるに値しない理由を求めて、自分を壊し続けてきた。
だけどこの場所で、アタシは希望に触れてしまった。
今更死ぬのが怖くなって。
出会ってしまったアイツに、手を差し伸べられた。
「私ね、悠灯にコレを渡そうと思って、新宿に行ったんだ」
区切られた空の向こうに、希望を見た日を思い出してしまって。
呆気ない死の先に、生きても良いのだと許された気になって。
そしていま、戦った果ての終点に、再びアイツは現れた。
「そしたら、いろんな子が来てくれて。お祭りみたいで、楽しくて楽しくて、忘れちゃってたや。遅くなってゴメンね」
ちゃらりと、垂れ下がる懐中時計。
アタシには、それが何なのか、よく分からない。
でも直感的に分かることもある。
あれこそが、飛行機のチケット。
どこまでも飛んでいける、区切られた空の向こうに続いている。
神話の世界への招待状。
今は、ここにはアタシと祓葉しかない。
止めるものはもう、誰もいない。
今度は誰も邪魔できない。
キャスターも、バーサーカーも、ゲンジも、カルマさんも、みんなみんな去ってしまった。
アタシだけが残ってしまった。
アタシだけで、決めなきゃいけない、全部。
「悠灯が要らないなら、それでいいよ。でも、もし望むなら、好きに使って。
元気になったらさ、また一緒に遊ぼうよ」
満面の笑みで、きっと心からの善意で、彼女は言った。
「もっとじっくり話したいけど、ヨハンに怒られちゃうから」
すぐに迎えが来るの、と。
アタシの胸の上に時計を置いて、彼女は歩き去っていく。
月光に背を向け、昇る太陽、横溢する光の方へと。
そこで待っているからね、と伝えるように。
「あっ、そうだ。悠灯、今度会えたら―――」
最後に、振り返った彼女の目が、きょとんと丸くなる。
「ごめん」
アタシは、何を謝っているのだろう。
「ごめんな、祓葉」
既に立ち上がっていたアタシは、去りゆく太陽を見つめ返している。
「アタシは、アンタの望みを、叶えてあげられないんだ」
言動と行動はなんだかあべこべだった。
渡された時計を、潰れた心臓の代わりに胸に押し込んでいる。
みっともなく、生にしがみついている。
生きようと藻掻いている。
だけどそれは、祓葉の期待に応えることを意味しなかった。
むしろ、全く真逆の結果を実現すると知っていた。
「アタシはきっと選ばれない」
アタシには資格がない。
祓葉の望む遊び相手には、なってあげられない。
「アタシは、神話(ほし)にはなれない」
渡されたのは飛行機のチケット。
区切られた空を越え、どこまでも飛んでいける。
いいや、そんな枠にすら収まらない代物。
炉心を胸に納めた今なら分かる。
これは宇宙船だ。星に至る為の特急券。
そんな上等な存在、アタシにはちょっと荷が勝ちすぎる。
何よりも、そう結局、これが一番の問題で。
「他ならぬアタシ自身が、それを望んでいないから」
だから、ごめん。
謝らなきゃいけない。
もう決めてしまったから。
「アタシ、さ。あんたになりたかったんだ、祓葉」
あんたに憧れてた。
死を越えて、どこまでも飛んでいける、あんたに。
祓葉と同じになれば、生きたい場所に行けると思った。
見たこともない場所を見て、知らない世界を知って。
いつか自分の夢すら持てる。
「でも、今は、少し違う気がする」
今はその輪郭が昨日までより、ずっとはっきりしてる。
もう一度、それを言葉にする。
「やっぱり、アタシは、大人になりたい」
―――あなたは、どんな大人になりたいですか?
今なら、言える気がするんだ。
あのプリントの空欄を、埋められる気がするんだよ。
そうだアタシの、なりたい大人の姿は―――
「自分の栄光を得られなくても、光からあぶれた人々を、思い続けられるような」
愚直に、不器用に、それでも進み続ける人がいたんだ。
その人は痛みながら、壊れながら、自分すら疑いながらも、足掻いていた。
「生き方に確信が持てなくて、苦しみながら迷って。それでも誰かを、支えたいと願える。そんな大戦士みたいな」
自問自答を繰り返しながら、矛盾する摂理から目を背けず、戦っていた彼のように。
華々しい神話の熱に浮かされた行進よりも。
そっちのほうが、アタシにはずっと、カッコよく思えたから―――
「――"座する雄牛"のような大人に、なりたいと思ったんだ」
それは宣誓だった。
それは決別だった。
この美しい存在に対する。
悲しませてしまうだろうか。
失望させてしまうだろうか。
自分で決めたことなのに、酷く怖かった。
だけど、祓葉は目を、何度かぱちくりと瞬いて。
「……そっか、悠灯はもう、大人なんだね」
すこし寂しげな瞳の色と。
柔らかな微笑みを浮かべ。
空から垂らされた梯子に手をかけた。
「……じゃあ、私も負けてられないね」
朝焼けの中、主人公が去っていく。
地上に、壊れながら立ち続ける、アタシを残して。
「―――ばいばい。またね、悠灯」
そうして、燃えるような生と死が始まる。
炉心の負荷に絶えきれず爆ぜ崩れる肉体と、反して無理やり生かそうとする死狼の魔術回路。
生死のバランスが拮抗する。湧き上がる生命力こそが、アタシを壊していく。
地獄のような、無間の激痛が際限なく襲い来る。
痛い、ああ痛い、狂い死んでしまいそうなほど。
だけど、それはアタシがまだ生きているって証明でもあったから。
燃えるような陽光に向かって牙を剥き、力の限り咆哮する。
大切な相棒を失った朝。
それが、アタシに訪れた、幼年期の終わりだった。
【キャスター(シッティング・ブル) 消滅】
【渋谷区・北東部 交差点/二日目・早朝】
【華村悠灯】
[状態]:人狼化。心臓喪失。永久機関・生死流転(同化中)、生への渇望
[令呪]:喪失
[装備]:精霊の指輪(シッティング・ブルの呪術器具)、『時計じかけの方舟機構(Perpetuial motion Machine-Mark-Ⅲ(ver:3.3333333333333...))』
[道具]:なし
[所持金]:ささやか。現金はあまりない。
[思考・状況]
基本方針:大人になる。
0:永久機関に適応する。
1:……ありがとな、キャスター。
2:狩魔さん、ゲンジ――死んじまったのか。
3:山越風夏への嫌悪と警戒。
4:あの刺青野郎ってば最悪!!
[備考]
神寂縁(高浜総合病院院長 高浜公示)、および蛇杖堂寂句は、それぞれある程度彼女の情報を得ているようです。
華村悠灯の肉体は、普通の意味では既に死亡しています。
ただし土壇場で己の真の魔術の才能に目覚めたことで、自分の魂を死体に留め、死体を動かしている状態です。
いわゆる「生ける屍」となります。
強いて分類するなら死霊魔術の系統の才能であり、彼女の魔術の本質は「死を誤魔化す」「生にしがみつく」ものでした。
自覚できていた痛覚鈍麻や身体強化はその副次的な効果に過ぎません。
この状態の彼女の耐久性や、魔力消費などについては、次以降の書き手にお任せします。
→魔力消費の影響をある程度無視できるようです。ただしあくまで誤魔化しているだけなので、度が過ぎると多分死にます。
→華村家の魔術は『死狼魔術』です。
狼信仰をベースとし、死霊魔術や獣性魔術、死徒の細胞などを取り込んで作り上げた継ぎ接ぎのパッチワーク。
覚醒した華村の魔術師は擬似的に人狼化し、超人的な身体能力と再生能力を得ます。
ただし、あくまでも死を誤魔化し、蓋をして無理やりねじ伏せているだけに過ぎません。華村の魔術は失敗作です。
→神寂祓葉から永久機関を手渡され同化中です。
華村悠灯は適応条件を満たさず体内から自壊していますが、死狼魔術により無理やり適応しようとしています。
彼女の永久機関はオルフィレウスの開発していた新たな試作品であり、神寂祓葉に埋め込まれた物とは仕様が異なる可能性があります。
【神寂祓葉】
[状態]:不死零落
[令呪]:残り二画(再生不可)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:一般的な女子高生の手持ち程度
[思考・状況]
基本方針:みんなで楽しく聖杯戦争!
0:大人になる……かぁ。
1:にーとちゃんは私と似てる。できれば友達になりたかったけど、仕方ない。
2:結局希彦さんのことどうしよう……わー!
3:悠灯はどうするんだろ。できれば力になってあげたいけど。
4:風夏の舞台は楽しみだけど、私なんかにそんな縛られなくてもいいのにね。
5:もうひとりのハリー(ライダー)かわいかったな……ヨハンと並べて抱き枕にしたいな……うへへ……
6:アンジェ先輩! また会おうね~!!
7:レミュリンはいい子だったしまた遊びたい。けど……あのランサー! 勝ち逃げはずるいんじゃないかなあ!?
[備考]
二日目の朝、香篤井希彦と再び会う約束をしました。
ランサー(ギルタブリル/天蠍アンタレス)の宝具『英雄よ天に昇れ』によって、心臓部永久機関が損傷しました。
具体的には以下の影響が出ているようです。
再生速度の遅滞化。機能自体は健在だが、以前ほど瞬間的な再生は不可。
不死性の弱体化。心臓破壊や頭部破壊など即死には永久機関の再生を適用できない。
令呪の回復不可
『界統べたる勝利の剣』は連発可能ですが、間を空けずに放つと威力がある程度落ちるようです。
最低でも数十秒のリチャージがなければ本来の威力は出せません。
【天空工房 / 二日目・早朝】
【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康、激しい怒り、知識欲
[装備]:無限時計巨人〈セラフシリーズ〉→セラフ=ゼノン、セラフ=プシュケー
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
0:あの馬鹿!!!!!!!
1:〈恒星の資格者〉を消す。
2:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
3:〈救済機構〉や〈青銅領域〉を始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
4:蛇杖堂寂句。おまえの好きにはさせない。
5:アレが恒星の完成形だとすれば、祓葉にもこの先があるのか?
[備考]
※セラフ=デメテル、セラフ=アルテミスが破壊されました。
※セラフ=アレスは機能停止。月の法則に鹵獲されました。
前の話(時系列順)
次の話(時系列順)
最終更新:2026年01月31日 02:24