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 ――――夢を見ている。

 夢だ。
 芝居を見る夢。
 芝居を演る夢。

 自分は壇上に立っている。
 スポットライトが壇上を照らしている。
 真っ暗な観客席はがらんどう。
 遠くに立派なお屋敷の大道具。
 近くに鬱蒼と生い茂る木々の大道具。

 これが夢だとわかるのは――――自分に芝居を演じた経験なんて、一度も無いから。
 そして、この夢を見るのが初めてではないから。

 嗚呼、そうだ。
 知っている。
 この夢の事を知っている。
 この夢の主を知っている。
 魔力のパスを通じて、あの従僕の記憶と夢で繋がって混ざっている。
 そういうからくり。
 サーヴァントの生前、あるいは魂の奥底にあるもの、そういうものの追体験。
 そもそもにして、あのサーヴァントに本当に“生前”などというものがあるのか、疑わしいが。
 それでもこれは確かに、サーヴァントの記録と己の記憶が混ざり合ってできた、つまらない悪夢に違いない。

 スポットライトの熱が、肌をちりちりと焼いている。
 熱い。
 不快だ。
 けれどその感覚は手足や顔よりも、胸の奥から湧き出ている。
 焼けるように胸が熱い。
 いや、あるいは本当に焼けているのか。
 薪をくべ過ぎた暖炉のように、煌々と、ごうごうと、心の臓が燃えているのか。
 そう思わせるほどに熱い胸を抑えながら、自分は歩を進めて行く。

 ごうごう。
 ごうごう。

 風景が変わる。
 炎に包まれていく。
 閉じた幕を焼くように、がらんどうの観客席が炎に消えていく。
 大道具が焼け落ち、暗い、暗い夜の中に飲み込まれていく。

 嗚呼――――舌打ちする。
 この夢は、混ざっている。
 サーヴァントの記録と、己の記憶とが。

 戦争の記憶。
 いくつも越えてきた戦場の記憶――――ではない。違う。

 ……そう、戦争の記憶。
 これは、戦争の記憶なのだ。

 自分は歩を進めて行く。
 数多の景色が後方へと流れていく。
 心臓が熱い。
 風景が焼けていく。

 ――――――――少女がいる。

 キャンパスのように白い髪。
 ありふれた学生服を着た、どこにでもいるような少女。

 その姿が浮かんで、消える。
 後方へと流れていく。
 また浮かんで、消える。
 いくつも、いくつも、その少女の姿が浮かんで、消えていく。

 その少女は――――笑っていた。

 泣いていた。
 怒っていた。
 笑っていた。
 踊っていた。
 笑っていた。

 いくつもの表情。
 その多くは無垢な笑顔。
 世間を知らず、邪悪を知らず、けれどとびっきりに邪悪な、無垢の笑顔。

 そのいくつもが浮かんで消える度に――――嗚呼、胸が、熱を帯びていく。
 燃えるように。
 焼けるように。
 ごうごう、ごうごう、と胸が熱くなる。
 その苦しみから逃れるように、歩を進めて行く。
 歯を食い縛る。
 脂汗が滲む。

 時に敵であった少女。
 時に利用していた少女。
 そして最後には殺そうとして――――自分を殺した、あの少女。

 その全てで、踊るように笑みを浮かべていた、あの少女。

 残影が後方へ消えていく。
 違う。
 ふと気づく。
 その全てが、消えぬまま光を放っていることに。
 暗い夜の世界が、少女の残影が放つ光に食い破られていることに。

 前を見る。
 自分は動揺している――――怯えている?
 そこにはまた、最初にあったような立派な屋敷があり、そびえるようにバルコニーが見える。
 バルコニーには、輝きがある。
 白く、あらゆる色が混ざっていて、けれど白い、眩い輝きがある。
 咄嗟に目を覆う。
 熱い。
 焼けるように。
 あの光だ。
 あの光が、自分を焼いているのだ。
 けれど自分は、歩を進めてしまう。
 己を焼く光を目指し、その肉体が焼け落ちながら、それでもなお、前へ、前へ――――あの光の下へ。

 なんだ。
 なんなんだ、あの光は。
 まるで太陽のように眩く輝く、あの美しい光は――――――――――――



◆   ◆   ◆



「――――――――――――喰らいなさいッ!!!」

 つららにも似た氷の刃が、次々と飛んでいく。
 ロケットにも似て夜を切り裂き、目の前の男に飛んでいく。

 刃の主は、女である。
 古びた懐中時計を手にし、仮想の東京に呼ばれた女である。
 魔術というものを知らず、しかしこの地に呼び出された際に才能を開花させた、女である。

 幸いなことに、彼女には才能があった。
 少なくとも、この聖杯戦争という殺し合いの舞台に必要なだけの才能が。
 氷を“召喚”し、射出する魔術――――あまりに単純だが、しかし殺傷には十分な能力。
 まだ扱いに習熟しているとは言えないが、けれど彼女には頼れる相棒もいた。

 セイバー。
 遠く古代ギリシャ、トロイア戦争に名を連ねる偉大な英雄。
 不勉強な彼女はその名前を知らなかったが、神話の時代の英雄というものはただそれだけで上位の格を有する――――らしい。セイバー本人の弁だ。

 ともあれ、“彼”との二人三脚。
 始まった聖杯戦争。
 主従の仲は良好で……実を言うとちょっとだけ、彼女はセイバーに惹かれていて。

 そんな日々の、とある夜に――――――――――――


「――――あまり暴れないでくれよな、お嬢ちゃん」


 …………“彼ら”は、来た。

 屈強で、大柄な、厚手のトレンチコートを着た男性。
 日本人ではあるまい。
 その予想の根拠となる、褐色の肌と闇色の短髪。
 袖から覗く手と、外気に触れる顔には、複雑な紋様が刺青として刻まれているのが見える。
 恐らく、コートの下にもそれは及んでいるのだろう。もしかすると、全身に。
 年のころは、せいぜいが四十台といったところだろうか。
 どこか虎を思わせるような、獰猛で威圧的な印象の男。
 宝石のような紫色の瞳をして、つまらなそうな視線を向けている。

 その男が軽く手で空を払うと――――氷の刃が、“何か”に阻まれてあらぬ方向へ逸れていく。

「あんたのセイバーは、中々有望な“選択肢”だったが……あんた方はどうにも仲が良さそうだし、バーサーカーがあれじゃあな……」
「くっ、この……!!」

 続いて第二波、第三波。
 次々と氷の刃を飛ばす。
 その全てが、やはり“何か”に阻まれて逸れていく。
 違う。
 徐々に見えてくる。
 見えてきている。
 “何か”ではない。

「風……!?」
「おお、正解だ。よく分かったな」

 風だ。
 男の周囲に渦巻く風が、障壁となって氷を阻んでいる。
 指揮者のように振るう手が、風の防壁を生み出している。
 風を操る魔術。そういうもの。
 ならば――――――――

「なら、これで……ッ!!」
「ふむ。まぁ解答としてはそう間違ったものじゃあないが――」

 頭上に作り出すのは、巨大な氷塊。
 単純にして明快な回答。
 風の防壁で逸らせないほどの、大質量を叩き付ける。
 直径1mにはなろうかという大氷塊が夜闇を冷却し、十分な魔力を充填させて。

「……無駄だ。やめておけ」
「――――――――うるさいっ!!!!」

 大砲のように、真っ直ぐに射出。
 着弾。
 轟音。
 砕けた氷が大気を冷やし、冷えた空気がスモークを焚いて――――

「――――――――――――もっと冷静に考えろ」

 ………………。
 いる。
 立っている。
 悠然と。
 傷ひとつなく。
 砕けた氷塊のすぐ傍で、男は当然のようにそこにいる。

「俺がそれをかわさない道理が今、どこにあった? そんな見え見えで大ぶりな大砲を、わざわざ喰らってやる趣味はないぜ」

 歯噛みする。
 子供を諭すような、叱りつけるような、そんな言葉。
 その紫の瞳が無感情に、女を見竦めている。
 女の顔がカッと熱くなる。
 怒りか、羞恥か。あるいは戦闘の興奮か。
 焦りはある。
 心臓の鼓動を加速させるような、焦燥が。

「アンタなんかに、構ってる暇は……!!」
「…………心配か、あんたの王子様が」
「っ、うるさいッ!!!!」

 めちゃくちゃに、乱暴に撃ちだす氷刃の嵐は……やはり、ひとっつも当たることは無く。

「なぁ……やめようぜ、お嬢ちゃん。わかってるだろ? 俺はあんたを傷付けるつもりはないし、あんたに俺を傷付けることはできない……意味が無いんだよ、こんなことには」

 呆れたような声色。
 腹立たしい。
 悔しい。泣きたくなる。
 子供を諭すような……ということは、子ども扱いをされているのだ、
 事実として、それだけの年齢差があった。
 恐らく戦闘者としての経験は、それ以上に隔絶している。

「俺たちは、サーヴァントの戦いが終わるのを待っていればいい。……あんたとしても、その方がまだ目があるんじゃないか?」
「それでも……私は、約束したから……!!」

 それでも。
 それでも、だ。
 だからこそ、なのだ。

 歯を食い縛る。
 今こうしている間にも、セイバーは敵――――バーサーカーだというあの美青年と戦っているはずなのだ。
 狂戦士という名にそぐわない美しさの、しかし確かに様子のおかしい、あのサーヴァントと。
 助けに行かなくてはいけない。
 あるいは、助けに来てくれるかもしれない。
 いずれにせよ、ここで自分が戦わない理由はない。
 約束したのだ。
 一緒に戦う、と約束をかわしたのだ。
 だから、退けない。
 ここで退くわけにはいかない。
 女はキッと力強く男を睨み、もう随分消耗してしまった魔力を必死に練り上げて、夢中で氷の刃を飛ばした。

「……約束、ね。“意気込み”の間違いだろうに……よくやるもんだ。皮肉だぜ、これは」

 当然のように、それら全ては通用しない。
 連打を狙おうと一撃を狙おうと、足を使ってかき回そうと軌道に工夫を凝らそうと――――その全てが無造作に、意味を成さずに拒絶されていく。


 次はどうする。
 次は、次は、次は――――――――そうして必死に頭を巡らせて、だから気付かなかった。

 ……気付かなかったのだ。

 それだけは絶対に、気付いているべきだったのに。


「おっと――――――――悪いなお嬢ちゃん。“時間切れ”だ」


 言葉と同時に、男の姿が消える。
 夜の密林に消える虎のように。
 紫の眼光を残して、闇に溶け込むように男が消えていく。
 灯火のように残った紫の光が、やはり灯火のようにかき消えて。

「なっ、に、逃げるな……っ!!」

 慌てて追いかけようとする。
 手当たり次第に氷の刃を飛ばす。
 当たるわけがない。
 わかっている。
 どうする。
 どうする。
 時間切れ?
 敵を逃してしまった。
 追いかける――――否、否、否。
 違う。
 追いかけてどうする。
 そうじゃない。
 セイバーと合流。これが正解。
 バーサーカーと戦っているであろうセイバーに加勢して――――




「嗚呼――――――――――――待たせたね、『ジュリエット』」




 その言葉は、歌うように。

「夜の闇の中にあって、都市の光よりもなお眩く僕を導く光。僕の心に行き先を示してくれる灯台の君」

 そして、踊るように。
 軽やかに、歓喜と共に、その青年は躍り出る。
 月下に広がる暗い夜の中で、その暗闇をかき消すかの如き美貌と、熱量を胸にしながら。
 頬を返り血で汚し、腰に細剣を佩いた、美青年が。
 現れる。
 近付いてくる。
 歩み寄る。
 激戦の痕跡をその身に写し、しかしそんなことはおくびにも出さないような、喜びと感謝に満ちた笑顔で。

 ……セイバー、ではない。

 違う。
 彼は。
 この男は。


「『あちらは東、ならばジュリエットは太陽だ! 昇れ太陽よ、妬み深い月の光を消せ!』……やはりキミは、僕のジュリエットだ」


「バーサーカー……ッ!!」

 バーサーカー。
 狂戦士。
 あの男のサーヴァント。
 彼女のことをジュリエットと呼び、熱病に浮かされたように甘い言葉を囁く気狂い。

「会いたかった……会いたかったよジュリエット。僕たちを結ぶ運命の糸を手繰り寄せ、今ようやく僕たちはまた愛を囁くことができる!」

 青年は歌う。
 さながらギリシャ彫刻のように美しい、金髪の青年である。
 仕立てのいいシャツ、バラの刺繍をあしらったコート。
 長いまつ毛がかかった瞳には爛々とした輝きが宿り、そのアンニュイな吐息にはえも知れぬ色気が混ざる。
 上気した頬はルビーの煌めき、伸ばす指先は真珠の枝、歌い上げる声は天使の囁き。
 それそのものが、その振る舞いの全てが、天上の芸術品であるかのような美青年。

「さぁ! 再び僕らは夫婦になろう! 僕は向日葵、キミという太陽の光を浴びる向日葵だっ!!」

 歓喜の歌を奏でながら、青年は“彼女”に向かって手を伸ばす。
 血に濡れた指先。
 女は身じろぎして、たたらを踏むように距離を取る。
 その血の主は、つまり。

「そんな……せ、セイバー……? セイバーはどうしたの……!?」

 彼と戦っていたあの人は、今。
 その名を出せばバーサーカーはその瞳を僅かに伏せ、目じりに涙すら浮かべた。

「セイバー……彼には悪いことをしてしまった」

 嘆いている。
 悲しんでいる。
 悪いこと?
 なにを、という疑問はハリボテの伽藍洞。
 知っている。
 わかっている。
 けれど自分が、認めたくないだけ。

「立場と行き違いが、僕らに刃を握らせた……パリスの時と同じだ。彼もまた、キミを守ろうとしただけであろうに」

 パリス。
 その名前はきっと、トロイア戦争の引き金になった英雄ではない。
 彼が忌々しげに語った、牛飼いの王子のことではない。
 この美青年の真名には見当がついている。
 当たり前だ。
 熱っぽい瞳で惚れた女を“ジュリエット”と呼ぶ美青年の名など、見当をつけるなという方が無理がある。
 でも、違う、そんなことより。

「じゃ、じゃあ、セイバーは……」
「――――死んでしまったよ。僕の刃が彼の心臓を貫き、彼は塵のように消えてしまった……」 

 カッ、と。
 怒りとか悲しみとか、色々な感情がない交ぜになって、一気に爆発する。
 セイバー。
 セイバー。
 優しくて、強くて、かっこよかったあの人が。
 死んだのか。
 負けたのか。
 せいぜいが中世の、創作物の、それもロマンスの主人公に過ぎない、この男に。
 神話の時代、生粋の戦士として戦場を駆け抜けたあの男が、負けたというのか。

「嘘……嘘よ……!!」
「ジュリエット……優しい君よ。どうか許して欲しい。僕はまた、罪を犯したのだ。ティボルトを殺したように。パリスを殺したように……」

 歌うように懺悔するバーサーカー。
 どうする。
 どうするも、こうするも――――セイバーはもう、いないのだ。
 勝てるのか。
 勝てるわけはない。
 けれど、けれど……戦わなかったら、どうなるのだ?
 この男はきっと、自分のことを“運命の恋人”だと誤認している。
 誤認している間は、まだいい。
 けれどそれが誤認だと気付いた時――――この気狂いは、果たしてどんな行動を取るのだ?

 恐怖。
 それがゆっくりと、かまくびを持ち上げる。
 もう、自分を守ってくれるセイバーはいないのだ。
 急に裸で外に放り出されたような、焦燥と絶望と孤独。

 どうする。
 どうする。

 一体どうすれば――――――――

『――――――――助けてやろう、お嬢ちゃん』
「っ、!?」

 ……女の耳を打つ、男の声。
 先ほどまで戦っていた、獰猛な虎を思わせる紫の瞳の男。その声。
 見渡せど、姿はない。

「……ジュリエット? どうしたんだい?」

 どうもバーサーカーにも、聞こえていない。

「だ、だって、今……」
『あんたにしか聞こえてない。……風に声を運ばせてるんだよ。声ってのは空気の振動だからな。わかるか?』

 風に、声を。
 …………男は風を自在に操れるようだった。
 他にも手札はありそうでもあったが……その能力の応用として、遠話を仕掛けてきているのか。
 わざわざ、自らの従僕にも聞こえないようにする意味はなんだ?
 その疑問は予測済みと言わんばかりに、補足が入る。

『まぁお察しの通りだが……バーサーカーは少し不安定でな。俺はあまり刺激したくないし、恩もある程度売っておきたい。そしてあんたも、こいつに殺されたくはないだろ?』

 殺される――――――――――――

 ……当然だが、そうだ。
 その可能性は、あるのだ。
 彼は敵対するサーヴァントであり、気の狂った狂戦士なのだから。
 マスターであるこの男がそう言うからには、そうなのだろう。
 恐怖。恐怖。恐怖。


『――――――――そこで、提案だ』


 その囁きは、果たして悪魔のそれか。
 気さくに、淡々と、無感動に。
 男の声は、闇の中から耳を打つ。

『俺はあんたの安全……バーサーカーや俺があんたを傷付けないように保証する。その代わり、あんたは俺に従う。……なに、こいつの茶番にちょっと付き合ってくれればいいんだよ』
「心配なのかい? ジュリエット……嗚呼、無理もない! 優しい君が、こんな恐ろしい戦いに巻き込まれてしまったのだから……」

 二つの声が、同時に迫ってくる。
 マスターの声が聞こえていないバーサーカーは、お構いなしに声をかけてくる。
 頭が混乱してくる。
 だというのに虎の男の声は、いやに胸に響いた。
 バーサーカーは、何を言っているのかわからない。

『いつまでもって訳じゃない。まぁ一日ってとこか……それだけ付き合ってくれたら、俺はあんたを解放するし、その間のあんたの無事は約束する。悪い話じゃないだろ?』
「そ、そんなの……」
『断るなら……まぁ残念だが、しょうがねぇ。俺はバーサーカーの好きにさせるよ』
「嗚呼……そんなことは無い、と? ジュリエット……確かにそうだ! 僕もキミと共にいられるのなら、何も恐ろしくはない……!」

 バーサーカーが勝手に盛り上がっている。
 興奮気味に、女の手を握り締める。
 力強く。
 もう二度と離さない、と言わんばかりに。
 ひ、と声が漏れた。
 怖い。
 怖い。
 恐ろしい。
 この狂人の手の中にあるのは、とてつもなく恐ろしい。

「誓おう……ジュリエット。今再び、僕はキミの中で生きよう。だからキミの魂も、僕の中に寄越してくれるだろうか。夫婦の契りを結ぼうじゃないか!」
『どうする? その気ならあんたは自分の名に誓って、魔術師として宣言すればいい。“私は貴方の提案した契約に同意します”、ってな』

 至近距離で、バーサーカーの宝石のような瞳がこちらを覗き込んでくる。
 それはどこまでも吸い込まれるような、深淵にも似ていて。
 セイバー。
 セイバー。
 呼べば笑いかけて、守ってくれた貴方は、もういないと言うのなら。
 せめて――――死にたくはない。
 貴方が守ろうとしてくれたこの命を、捨てたくはない。
 がちがちと震える歯を必死に宥めながら、今すぐ叫んで気絶してしまいたい衝動を抑えながら、女はゆっくりと、しかし力強く答える。


「わ、私は――――■■■■は、こ、ここ、この名前に誓って、貴方の提案した契約に、どう、同意、します……っ!!」


 なんて無様な命乞い。
 けれど助かるにはもう、これしかないのだ。
 その宣誓をプロポーズへの答えだと認識したバーサーカーが、喜びに顔をほころばせる。

「嗚呼、ジュリエット……!! もう離さない、決して離すもんか!!」

 力強く、けれど恭しく、そして情熱的な抱擁。



『――――――――ノクト・サムスタンプの名において、宣誓を受理する。ここに契約は成立した』



 熱い。
 胸が。
 違う。
 何か、体の奥底にあるなにかが、あつい。

『……魔術師が持ち掛けた契約に乗っかるってのはな、お嬢ちゃん』

 あたまが。
 ちがう。
 意識が、なんだか、急に、ふわふわと、どこか遠のいて。

『“終わり”だぜ――――――――ありがとうよ、ド素人』

 ひ、と。
 声を、出そうとして。
 出ない。
 ちがう。
 これは。
 両腕が。
 勝手にバーサーカーに抱擁を返して。

「『嗚呼――――ありがとう。私たちはまたこうして、夫婦になれるのね――――』」

 知らない言葉を、口から出している。
 なんだ。
 自由が利かない。
 言葉と体が、勝手に。

『――――――――契約条項、“あんたは俺に従う”。……じゃ、しばらく色男と遊んでやってくれや』

 ――――嗚呼。
 これが狡猾とすら呼べない、見え透いた罠だったのだと今更気付いて――――――――女の体は自動的に微笑み、狂戦士に愛を囁いた。



◆   ◆   ◆



 夜明けと共に、“三人”は拠点として宿泊しているビジネスホテルに帰還して。
 夫婦の仲に水を差すつもりはない、とノクト・サムスタンプはさっさと眠ってしまって。
 それから――――太陽が頭上に差し掛かった頃にノクトが起床すると。


「――――――――――――恋と太陽は、いっそおぞましいほどによく似ている」


 美青年……バーサーカーはアンニュイな嘆息と共に、窓から外を眺めていた。
 陽の光を浴びながら窓の桟に腰掛けるその姿は、写真に撮ればひとつの芸術として美術館に飾ることも許されよう。
 そんな、まさしく絵に描いたような美青年の呟きに――――ノクトは「ああ」とか、そういう気のない返事をする。
 その相槌に視線をやり、物憂げに眼を伏せてから、美青年はやや芝居がかって大袈裟にかぶりを振った。

「愛する彼女の輝きは朝日のように眩く我が身を焼き、けれどその炎はやがて……地平線の向こうへと消え、闇が訪れる」
「……ああ……つまりその……」
「…………おはよう、マスター。彼女は……『ジュリエット』は、いなくなってしまったよ」

 嗚呼ッ!
 なんたる悲劇であろう!
 時を超え世界を越え、奇跡のように再開した恋人たちは、けれど運命の悪戯によってまたしても引き裂かれてしまう……
 そのような残酷すぎる神の気まぐれに、美青年はこの世の絶望の全てを湛えたかのような瞳で部屋の中を見渡す。
 そこにはもはや、“彼女”はいない。
 もう、いないのだ。

「どうしてだ、ジュリエット……どうしてキミはまた、僕を置いて行ってしまうんだ……!!」

 嘆きと共に、涙が流れる。
 マスター……ノクト・サムスタンプというその魔術師は、あまり興味が無さそうに身支度をしている。
 『ジュリエット』が消えた理由は明白だ。
 サーヴァントを失ったマスターは、数時間後にこの仮想世界から消滅する。
 その単純明快なルールがあの女を消滅させただけ。
 契約通り、ノクトもバーサーカーも彼女を傷付けてはいない。
 ただそれを、バーサーカーがさも悲劇のように認識しているだけのこと。


「――――――――かれこれ、“三度目”か」


 そう。
 このような出来事は……つまり、バーサーカーが『ジュリエット』と見染めた女性と出会い、しかし悲劇的に別れるのは、これで三度目であった。

「僕の胸はもう張り裂けてしまいそうだ……鉄のハインリヒの悲しみを抑え込んだタガでさえ、僕のこの悲しみの前では紙切れのように千切れてしまうだろうね……」

 …………さて。
 そろそろ、説明せねばなるまい。
 バーサーカーの――――――――――――英霊『ロミオ』の、狂える性質について。

 といっても、複雑な話にはならない。
 英霊ロミオ
 誰もが知る悲恋劇『ロミオとジュリエット』の主人公その人。
 禁じられた恋に狂い、身を焦がし、悲劇的に果てた美青年。
 その――――狂気と呼ぶに相応しい恋心により、彼は狂戦士のクラスを以て現界するに至った。

 そして彼は、“惚れっぽい”のだ。
 酷く。
 あまりに酷く。
 可憐な女子を見かけたが最後、彼の狂気はこう囁くのだ。

 ――――嗚呼、あれこそはまさしく、我が恋人ジュリエットの生まれ変わりに違いないぞ。

 彼はそのように誤認して、なんとしてでも再び彼女と結ばれようとする。
 もしもその道行きを阻むものがあるのなら、彼は容赦なくそれを切り捨てるだろう。

 ……『ロミオとジュリエット』は恋愛悲劇。
 主題では無いからこそ、と見るべきか……怒れるロミオは、恐ろしく強い。
 原作中で二度の決闘を難なく制したその実力は、サーヴァントとして現界するにあたって宝具として昇華された。
 愛する者のためならば、際限なく強くなる――――そんな馬鹿げた宝具の力は、神代の英雄を正面から下した昨夜の戦いで証明済み。

 強い。
 けれど、扱いづらい。
 狂える恋に身を焦がすバーサーカーは、誰のために戦うかも予測不可能な暴走特急。
 手駒としては、最悪の部類と言っていいだろう。
 ほどほどに機嫌を取っておき、頃合いを見て他のサーヴァントに乗り換えるべきだ――――というのが、ノクトの所感である。
 それが簡単なことではないと理解はしているが、かといって彼と共に聖杯戦争を生き抜くのはいささか無理がある。

 ――――――――“前回”の相棒は、さて。
 果たしてどんな手合いだったか……掠れた記憶は、答えを返さない。



 ノクト・サムスタンプは、聖杯戦争の参加者だった。

 だった、というからには過去形で――――つまり、この聖杯戦争の話ではない。

 今となっては“第一次”の枕詞が付く前日譚。
 七人の魔術師と七騎の英霊が集う、最小最大の神秘の戦争。

 ノクトは魔術師であり、魔術使いであり、傭兵だった。
 金で雇われ、聖杯を持ち帰って依頼主に献上する猟犬。
 研究に先が無いとして家を畳んだ魔術師が、隠居を目論んで大きい仕事に手を出して――――下手を打って死んだ、というくだらない話。

 けれどその命は無理やりに繋ぎ直され、今またこうして、聖杯戦争の参加者として戦うことを余儀なくされている。
 前の聖杯戦争のことは、何も覚えていない。
 自分がどんなサーヴァントを召喚していたのかすら、覚えていない。
 ……まぁ多分、このバーサーカーよりはまともな英雄ではあっただろう。

 そして――――多分キャスターでも、なかっただろう。

 その英霊は、“彼女”が従えるものだったから。

 …………嗚呼。
 己の相棒は覚えていないというのに、けれど。
 覚えている。
 彼女のことだけは、記憶に焼き付いている。

 白い髪の少女。
 信じられないほどに無垢で、未熟で、完璧で、完全で、不安定で、輝いていた、少女。
 神寂祓葉
 ……その名を思い浮かべるだけで、他の記憶の全てが急速に色褪せていく。

 出来損ないのキャスターを呼んだ、巻き込まれただけの一般人。
 精々利用してやろう、と思った。
 舞台の上で踊らせて、うまく使ってやろうと思っていた。

 時に手を貸した。
 呆気なく敗退させてしまうよりは、生かして恩を売れば使い道もあるだろうと思ったから。

 時に罠にかけた。
 否応無く他の陣営と戦わせて、より強い陣営の手札を引き出す当て馬にしようと算段を立てたから。

 時に命を狙った。
 いつでも殺せる弱小陣営だと思っていた彼女たちが、いつしか無視できないほどに強いことに気付いてしまったから。


 そして――――――――あの少女は踊るように、ノクトを殺した。


 なんて、下らない最期だろう。
 合理を気取り、賢者を気取り、策士を気取って、無様に死んだ。
 あまりに下らなくって、思わず笑ってしまうほどだった。
 舞台の上で可憐に踊るあの少女は、ライトも喝采も独り占めするプリマドンナだったわけだ。
 理不尽に不合理に、全ての障害を踏み越えて踊る麗しの乙女。
 その演目を最後まで見ることができないのが、僅かばかりに心残りだなと思った。
 どこかの別の誰かが、彼女の舞台の終幕を見届けるのだろう。
 そのことを酷く、口惜しいと思いながら死んだ。

 常に合理的な思考を尊ぶノクトには似合わない、気の迷いのような思考だと今では思う。
 けれどあの時、あの瞬間――――ノクトは確かに、そんなことを思いながら死んだ。
 あの少女を独り占めにしてしまいたいと、下らないことを思いながら。


「…………………マスターは、平気かい?」


 ――――――――意識が現在に戻る。
 気付けばバーサーカーは心配そうに、ノクトの顔を覗き込んでいた。

「ああ? ……何の話だよ」
「キミの話さ。わかるよ、マスター」

 イカれた狂戦士に、何が分かるというのか。
 内心でそう見下すノクトを気遣うように、しかし同時にどこか誇らしげに、バーサーカーは儚げに微笑んだ。



「恋を、しているんだろう?」



 ――――それがあまりにも、当然のように話すものだから。



「……ハッ。そうかね」

 不思議と否定する気も湧き起らず、ノクトはシニカルな苦笑を浮かべた。

「嗚呼! 恋は盲目と人は言うが、それならばどうして僕たちの胸は彼の矢で貫かれるのだろう? せめてその矢が、僕とジュリエットの心臓から滴る血で十分に満足してくれればいいものを……」
「自分で答え、言ってるじゃねぇか。……意地悪なんだろ、恋のカミサマって奴はよ」

 下らない。
 吹き出しそうになる。
 恋。
 恋?
 恋と言ったのか、この男は!
 このノクト・サムスタンプが恋をしていると、そう言ったのか!
 誰に?
 決まってる。
 神寂祓葉に恋焦がれているのだと――――そう言いたいのだ、この狂戦士は!!
 あの無垢にして邪悪なる少女に、恋焦がれていると!!

「……俺は大丈夫だよ。イカれっちまうほどのもんじゃあないさ」

 馬鹿馬鹿しい。
 魔術師とはいえ、ノクトも人の子だ。
 44年に及ぶ人生の中で、恋のようなものを経験したこともあるし、女を抱いたことだっていくらでもあるし、一時は結婚したことだってある――――まぁ、妻は必要に駈られて始末してしまったが。
 そんな自分が……30歳近くも年下の少女に、恋をしていると言うのか?
 嗚呼、なんて馬鹿馬鹿しい、狂戦士らしい勘違いであろうか。

 確かに――――確かに自分は、“あの少女を独占して自分の物にしてしまいたい”と思っているが!

 合理的に考えて、ノクトがあの少女に恋をする道理がどこにあると言うのだろう。
 魔術的素養のカケラもなく、母体としての性能も疑わしく、ただその眩い輝きを永遠に見たいと思わせるだけの、ただの小娘に!

「しかしキミは、太陽の光を浴びずにいるままじゃあないか!」
「生憎と夜型でね。それに月の光ってのは、太陽の光を照り返してるんだぜ」
「嗚呼……離れている時にこそ、恋の炎には薪が投げ込まれ天を焦がす……それは確かに、そうかもしれないな」

 まったく、何を言い出すのかと思えば。
 “適当に話を合わせてやっている”が、狂人と会話をするのは中々に骨が折れる。
 狂化のランクが低いおかげで意思の疎通はスムーズとはいえ、所詮は彼はバーサーカーなのだとしみじみ思い知ってしまう。

「ま、あんたもそうなんだろ? 何度離れ離れになっても、また出会えると信じている。だから四度の別離を経ても、まだ太陽を探してる」
「うん――――うん、うん、そうだともっ!」

 ご機嫌取りのために適当な言葉を与えてやれば、バーサーカーは力強く胸を張った。
 その内に乗り換えようという判断に変更は無いが、それまでは駒として働いてもらう必要がある。
 こうやってほどほどに機嫌を取って、うまいこと戦ってもらう他はあるまい。

「さぁ、また探しに行こう! 僕の太陽を! そして僕たちの太陽をっ!!」
「ああ……とりあえず、情報収集からだな。まだ昼間だぜ……」


 …………ノクト・サムスタンプは気付いていない。
 自分の思考が、歪んでいることに気付いていない。
 狂人と意思の疎通ができていることに気付いていない。

 彼は、気付いていない。
 少女の輝きに魂を焼かれ、自分の中で育ってしまった狂気の存在に気付いていない。
 合理的な判断を尊ぶが故に、あまりに合理的でないそれを自覚できない。


「……やれやれ、恋は太陽、太陽か――――――――」



 ――――――――――――――――――――確かに神寂祓葉は、太陽みたいな女だったな。



 恋は盲目。
 太陽の光が、その瞳を焼き焦がす。


【クラス】
バーサーカー

【真名】
ロミオ@『ロミオとジュリエット』

【属性】
中立・恋

【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運D 宝具E

【クラススキル】
狂化:E
 バーサーカーは狂化の影響をほとんど受けていない。
 ただ、いささか“惚れっぽく”なっているのみである。

【保有スキル】
精神汚染(恋):B
 焦がれるような恋によって正常な判断力を失っている。
 そのため外部からの精神干渉をレジストできるが、色恋が絡むと暴走状態に陥る。
 同ランクの精神汚染スキルを持つか、同じく恋に焦がれるものとしかまともな意思疎通ができない。

気配遮断:C-
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 愛する人のためなら、どんなところにでも入り込む。
 ただしこのスキルはあくまで「忍び込む」ためのものであり、とても奇襲などに使えるものではない。

単独行動:D
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクDならば、マスターを失っても半日間は現界可能。

【宝具】
『恋は盲目(ブラインド・アローレイン)』
ランク:E 種別:対恋宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
 愛する者のために戦う時、バーサーカーは強くなる。
 言ってしまえばただそれだけ。ごく当たり前のことが宝具にまで昇華されたもの。
 この条件を満たしている間、バーサーカーの狂化のランクは加速度的に上昇し、際限なくステータスが向上する。
 強化効率は愛の深さと熱量に比例する。それが恋愛であれ、友愛であれ。

 ……問題はバーサーカーが生来の性格として惚れっぽく、思い込みが激しく、そしてそれが狂化によって悪化していることである。

【weapon】
『無銘・レイピア』
 さしたる変哲もない、優雅な装飾の細剣。
 特に謂れのある名剣というわけではないが、見た目の割に頑丈。

【人物背景】
 最も有名な悲恋演劇のひとつ、『ロミオとジュリエット』の主役。
 イタリアはヴェローナの貴族モンダギュー家の子息であり、敵対するキュピレット家の令嬢ジュリエットと恋に落ちた。
 その壮絶な運命の出会いはしかし、両家の確執によって阻まれる。
 「おお、ロミオ。貴方はどうしてロミオなの?」――――生まれを呪うこのセリフは、あまりにも有名であろう。

 そのあらすじは誰もが知るところであるが、今回の現界にあたって一点を特筆する。

 ……それは、ロミオは極めて惚れっぽい人間だということである。
 登場時点で恋に悩んでいるロミオだが、その恋の相手はロザラインという別の女性。
 片思いに苦しんでいるところを親友に誘われ、気晴らしに忍び込んだキュピレット家のパーティでジュリエットに出会うのである。
 この時点でロミオの心は完全にジュリエットに移り、それ以降ロザラインへの愛はすっかり失われて「そんな名前はもう忘れました」とすらのたまう。
 確かにロミオとジュリエットの出会いは運命のそれであったが、その心変わりはいささか勢いが良すぎると言わざるをえまい。


 ――――ロミオという人物はあまりに、恋に狂える青年なのである。


【外見・性格】
 まつ毛の長い金髪の美青年。
 幼さの残るチャーミングな顔立ちに、しかしどこか憂いを宿す。
 上品な仕立てのシャツの上にバラの刺繍をあしらったコートを羽織り、その腰にはレイピアを佩いている。

 ナイーブに思い悩んだかと思えば、炎のように勢いよく怒り出す、精神的に不安定な人物。
 本来の性格は気さくで温厚な好青年であり、平時であれば――――つまり色恋が絡まない場面であれば、そのように振舞う。
 もちろん狂化状態にあるバーサーカーはほとんど常に恋に悩んでおり、正気である時間は極めて短いのだが。

 狂化の影響もあって極めて惚れっぽく、美しい女性を見かけると高確率で「ジュリエットの生まれ変わりに違いない」と思い込んでアプローチを仕掛けるだろう。
 そしてその傍にいる者のことを、恋の障害だと認識して襲い掛かるだろう。
 恋の矢は盲目のままに放たれ、手当たり次第に彼を狂わせるのである。

【身長・体重】
 183cm/74kg

【聖杯への願い】
 ジュリエットと再会し、添い遂げる。
 ただしロミオが“ジュリエット”と認識する相手は聖杯戦争中に目まぐるしく移り変わる可能性が高く、最終的にどう着地するかは誰にもわからない。
 もしかすると英霊の座に刻まれたジュリエットを呼び出して共に受肉しようとするのかもしれないし、そうでないかもしれない。

【マスターへの態度】
 自分と同じく、恋という呪いに焦がれ狂う同志。
 同じ苦しみを持つ者としてマスターの恋を応援している……が、所詮はバーサーカーなので自分の都合優先。
 自分が彼の恋を応援するのと同じように彼も自分の恋を応援してくれるものと思っており、平気でマスターを振り回す。


【名前】
 ノクト・サムスタンプ / Nocto Thumbstamp

【性別】
 男

【年齢】
 44歳

【属性】
 秩序・中庸

【外見・性格】
 褐色の肉体に複雑な紋様の刺青を彫り込んだ、虎を思わせる容貌の屈強な男性。
 闇色の短髪、紫の瞳、短く刈り込んだ髭、刺青を隠すような厚手のトレンチコート(実際には刺青は顔や手にも及んでいるため、全てを隠せてはいない)。

 獰猛な外見や気さくな口調とは裏腹に、極めて合理的な判断基準を有する人物。
 合理と理性を尊び、あらゆる物事を俯瞰的な損得で勘定し、判断には決して私情を挟まない。
 冷徹を基本とする世の魔術師と比してなお、根源にすら執着しないという点で一線を画した徹底的合理主義。
 ただし人情を理解しないわけではなく、あくまで「自分では用いない判断基準のひとつ」として他者の感情は十分に考慮する。
 何事も気負わず、執着せず、常に実現可能な範疇で目標を設定する諦念的楽観主義者。
 その魔術特性上、「契約」というものだけは強く重んじる。

【身長・体重】
 192cm/112kg

【魔術回路・特性】
 質:C 量:C
 特性:『契約による霊的取引の締結』

【魔術・異能】
 ◇契約魔術
 他者との契約を霊的・呪的に締結する技術体系。
 「使い魔」や「ギアス」などの基礎的な契約も高度に取り扱えるものの、その真骨頂は「幻想種との契約」による能力の授受。
 原理としてはシャーマニズムと呼ばれるような精霊魔術に近しいものではあるが、サムスタンプの契約はより合理的かつ長期的に交わされる。
 個人がその場で交わす契約ではなく、一族単位で長期的に結ばれた契約により、彼らはもはや生来備わった特性として契約の恩恵を受けられるのである。
 あくまで借り受けた能力であるために行使する神秘の規模に比して極めて燃費が良く、詠唱も短く、次代への継承も容易。
 代償として、幾重にも重なった契約事項を常に遵守して生活しなければならない。
 全身に刻まれた刺青は魔術刻印と癒着した契約の証であり、言わば肉体そのものが契約書となっている。

 サムスタンプ家は現在、『大気の精』及び『夜の女王』と呼ばれる二種類の幻想種と契約を結んでいる。
 契約内容については各代の当主が生涯に一度だけ交渉を行うことができるが、ノクトはまだどちらの契約についても交渉を行っていない(そもそもする気も無いようだ)。

 なお、理論上は契約内容次第で幻想種の直接使役も可能ではあるが、制御の困難さ等から一族はこれを禁忌としている。
 「相手の方が強いからお願いして力を借りてるってのに、そいつに首輪をはめようなんてゾッとする」とはノクトの弁。

 ◇妖精眼
 グラムサイト。
 後述する『夜の女王』との契約によって獲得した魔眼。
 現実の視覚とは焦点が「ずれて」おり、「世界を切り替える」ことで魔術の気配・魔力・実体を持つ前の幻想種などを把握できる視界。
 妖精眼としての格は低く、あくまで実体を持たない幻想種との交渉をスムーズに行い、また交渉のテーブルに乗せる眼の価値を引き上げるためのもの。

 ◇『大気の精』との契約
 大気の化身である幻想種との契約。
 ノクトはこの契約によって備わった風を操る魔術を戦闘に用いる。
 細々とした条項は多数あるものの、『大気の精』(以下、甲)とサムスタンプ家当主(以下、乙)の間で交わされた重要な契約は大まかに以下の通り。

  ・甲は乙に「大気を操る力」を与える。
  ・乙は七日に一度狩猟の儀を執り行い、成果物を甲に捧げること。
   ・乙が当項目に違反した場合、乙の眼球ひとつを甲に捧げた上で七日間の契約停止処分を執行する。乙が眼球を有さない場合、乙の心臓で代用するものとする。
  ・乙の遺体は樹齢120年以上の樫の木の根元に埋葬すること。
   ・乙の死後三日以内に埋葬が契約通りに行われなかった場合、甲は乙の遺体を眷属として変質させ、日中自由に使役する権利を有するものとする。
  ・所定の手順で乙が殺害された場合、殺害者は新たな乙と認められ、遺体の埋葬後に魔術刻印ごと契約が移譲される。
   ・甲はこの魔術刻印の移植に全面的に協力すること。

 ◇『夜の女王』との契約
 夜を支配する幻想種との契約。
 ノクトはこの契約によって夜間の行動に有利な補正がかかっている。
 細々とした条項は多数あるものの、『夜の女王』(以下、甲)とサムスタンプ家当主(以下、乙)の間で交わされた重要な契約は大まかに以下の通り。

  ・甲は乙に妖精眼を与える。
  ・甲は乙に「夜に親しむ力」を与える。
   ・夜に親しむ力とは、「夜を見通す力」、「夜に溶け込む力」、「夜に鋭く動く力」の三種を統合した呼称であるとする。
  ・乙は三十年に一度、一族の者を夜に捧げること。
   ・乙が当項目に違反した場合、甲は乙の魂を収奪する権利を有するものとする。
  ・乙は夜間に就寝を行わないこと。
   ・気絶などによる意図しない意識の喪失は該当しないものとする。
   ・乙が当項目に違反した場合、乙は三日間起床できず、起床後三日間の契約停止処分を執行する。
  ・乙の遺体は夜間、月の光を浴びた状態で埋葬すること。
   ・乙の死後三日以内に埋葬が契約通りに行われなかった場合、甲は乙の遺体を眷属として変質させ、夜間自由に使役する権利を有するものとする。
  ・所定の手順で乙が殺害された場合、殺害者は新たな乙と認められ、遺体の埋葬後に魔術刻印ごと契約が移譲される。
   ・甲はこの魔術刻印の移植に全面的に協力すること。

【備考・設定】
 魔術組織などに金で雇われて依頼を果たす、いわゆる「魔術使い」の傭兵。

 サムスタンプ家は古い歴史を持つ魔術師の家であり、長い歴史の中で幻想種を捜索し、交渉し、契約を結び、さらにそれを更新してきた一族である。
 己より格上の存在から契約によって力を手に入れることで位階を高めることを目的としてきた一族なわけだが、当代当主であるノクトはこの手法に先が無いと判断。
 世界から多くの神秘が失われ、幻想種の多くが「世界の裏側」へと去ってしまっている以上、もはや幻想種を頼っての根源到達は不可能であるというわけだ。

 この「合理的判断」により、ノクトは魔術師としてのサムスタンプ家を畳み、魔術使いの傭兵として活動するに至る。
 当時ノクト・サムスタンプ18歳。魔術刻印継承のため、父を殺害し埋葬した一週間後の声明であった。
 一族の者からは激しい反発を受けたが、幻想種との契約を行った当主とそれ以外の者とでは天と地ほどの実力差があり、この全てを制圧して黙らせたという。

 その後は名うての傭兵として活動してきたが、齢40を超えたあたりでそろそろ引退を考慮。
 ある魔術の名門に雇われて聖杯戦争に挑み、その莫大な報酬でもって隠居生活を送ることを画策していた。

 ……そして〈はじまりの聖杯戦争〉の中で、彼は運命に出会う。

 客観的に見て、最後まで生き残れるはずもない弱者。
 俯瞰的に見て、数合わせに巻き込まれただけの書割。
 合理的に見て、あまりに取るに足らないただの少女。

 損得を鑑みて時に手を貸した。
 利益を鑑みて時に罠に掛けた。
 危険を鑑みて時に命を狙った。

 その全てを、理不尽に不条理に非合理に踏み越える少女に――――その輝きに魅せられたことに、ノクトは最期まで気付かなかった。

 蘇ってなお、気付かない。
 彼の合理的判断は、恋に狂うなどというロジックエラーを否定する。
 己に潜む狂気から目を背けながら、彼は冷徹に聖杯を求めようとする。


 〈はじまりの六人〉、そのひとり。
 抱く狂気は〈渇望〉。
 ノクト・サムスタンプ。サーヴァントは、恋の虜囚。


【聖杯への願い】
 特に無し。
 契約通りに聖杯を持ち帰り、莫大な報酬を受け取り、悠々自適に隠居することが参戦の理由である。
 既に死んだ身、二度目の聖杯戦争――――このイレギュラーな状態で問題なく目標を達成できるかは怪しいところだが、合理的な判断として神寂祓葉を自分のものにしたい。


【サーヴァントへの態度】
 扱いづらい上に格も低い、あからさまな“はずれ”サーヴァントであるとみなしている。
 幸いにして正面戦闘であればかなりの馬力を発揮するとはいえ、それすらも不安定で信用に値しない。
 よって合理的な判断として、適当なところで他のサーヴァントに“乗り換える”ことを考慮している。
 相手は話の通じない狂人であり、ほどほどに話を合わせてやり過ごしているが、いつその刃がこちらに向くともわからないのだから。

 ……神寂祓葉に植え付けられた狂気によって、本来不可能なはずの意思疎通がある程度成立していることにノクト本人は気付いていない。

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最終更新:2024年06月16日 23:30