☆



富士好黒乃(ふじよし・くろの)は、東京によくいる、しがない勤め人の一人だった。
その日の朝までは。

「……あ、おはようっす、『先生』」
「ああ、おはよう、『クロノ』」

やぼったいジャージ姿ながらも、きちんと着替えてからリビングに出ると、さわやかな声で挨拶が帰ってきた。
この奇妙な同居が始まった当初には、迂闊にも下着姿で出てきて互いに大いに赤面したこともあったが。
細々とした配慮も含めて、互いにこの生活にも慣れてきた。

一人暮らしのはずの、それもうら若い女性の部屋に、当たり前のように寛いでいるのは西洋人の男性。
美形である。
整った顔立ちに、黒く長い髪を首の後ろで束ねて、シャツの胸元は大胆に開けている。
似たように長い髪を束ねているというのに、枝毛の跳ねまくった黒乃とは纏っているオーラからして違う。

朝から眼福、眼福。
そうほくそ笑む黒乃に、しかし『先生』と呼ばれた男性は僅かに憂いを孕む顔を向けて。

「起きてきて早々に悪いが、クロノ、大事な話がある」
「なんすか?」
「今日は会社を休みなさい。仮病でも何でもいいから」

突飛な言葉に、黒乃は丸い眼鏡の奥の目をぱちくりとさせて。

「えっ……。いや、そういう訳には……」
「休むんだ」
「あー、つまりその、先生の『占星術』っすか?」
「そうだ。
 昨夜、星を観察していて、ちょっとシャレにならないヤバい未来が『見えた』」
「ヤバい未来っすか」
「何が起きるかは知らないが、今日普通通りに会社に行ったら、クロノ、君はマジで死ぬ」
「マジで死ぬんすか」
「僕としても、ちょっとここまで鮮明な未来が見えることは滅多にない。マジでヤバい。なのでサボれ」
「はあ……まあ、先生がそこまで言うなら……」

いまいち承服しかねるといった表情で、しかし、黒乃にはここで拒むという選択はない。
それほどまでに、この『先生』のことを信じている。
ごほっ、ごほっ、とわざとらしい咳の真似をしてみせながら、彼女はあちこちに謝罪の電話をかけ始めた。


それから数時間後。
2人でのんびり朝食を取った、その後のこと。

「マジか……」
「マジっすね……」

同じ部屋、2人が見つめるテレビの中では。
彼女の勤める会社の入ったビルが、盛大に燃え上がっていた。
緊急ニュースとして、本来の番組を押しのけてまでの一報である。
誰も逃げる間もないほどの、一気呵成な大火であったらしい。
死亡者数不明、負傷者不明。消火の目途は立っていない。近隣の建物には避難の勧告まで出ていた。

「これを予測したんすか、先生」
「まさか。いや僕だってここまで派手なことになるとは思ってなかったよ」
「これも『聖杯戦争』っすかね。ウチら狙われたんすかね」
「うーん、どうだろう。
 クロノを狙ったとは思わないけど、どこかの誰かの戦闘に巻き込まれて、ってのはありえるかな」

先生と呼ばれる若者は首を捻る。
彼らにだって誰かから狙われる理由はある、しかし、意識して富士好黒乃を狙ったにしてはツメが甘い。
豊富な知識と経験から、彼はこれを偶発的な事件と判断した。

「やー、思い入れも何もない職場だったっすけど……みんな可哀想だなー」
「ああ……その程度なんだ」
「悪目立ちしないように、人並みの付き合いはしてたっすけどね……。
 突っ込んだ趣味の話とかできる相手は居なかったっすし……こっちが隠してたのもあるんすけど……」

黒乃はチラリとTVの隣の棚に目をやる。
背の高いガラスケースの中には、多彩で雑多な立体モノの数々。
イケメンの二次元キャラクターを印刷したアクリルスタンドがある。
爪を振りかざし牙を剥く、モンスターのフィギュアがある。
派手な翼を広げる、ロボットもののプラモデルまである。

立体モノとその収集は、黒乃の趣味からするとむしろ副次的なものであったが。
富士好黒乃は、筋金入りのオタクでもあった。
消費者であるだけでなく、自身でも絵を描き、ネットでアップし、時に依頼を受けて描いて小銭を稼ぐ。

絵師としての得意分野はふたつ。
見目麗しい美形の男子を、緻密な装飾とともに細かく華麗に描き込む絵と。
荒々しくも神々しい、今にも動き出しそうな、ファンタジー世界のモンスターたちの絵。

がらっと趣向の違う二刀流こそが、デジタル絵描きとしての富士好黒乃――ハンドルネーム『クロノ』だった。

「先生は生前、友達とかいたんすか?」
「いっぱいいたよー。
 僕ぁ、クロノの言葉を借りるなら、いわゆる『リア充』で『コミュ強』の『陽キャ』って奴でね。
 よくコーヒーハウスにみんなで集まっては、楽しくしゃべり倒したもんさ」
「わぁ……」
「ただまあ、クロノみたいな子とのんびりしているのも嫌いじゃない。
 なんというか、『先生』と一緒にいた時のことを思い出すんだよね」
「エド先生の先生、っすか?」

富士好黒乃は首を傾げる。
エドと呼ばれた青年はにこやかに、どこか昔を懐かしむように虚空を見上げる。

「『ニュートン先生』さ。
 ほんとあの人は偏屈で、言葉足らずで、困った人でね……。
 そんな所も可愛くはあったんだけども……」

万有引力の理論で広く知られる知の巨人、アイザック・ニュートン。

無類の人間嫌いでも知られた人物を、「可愛い」なんて評することのできる者など、世界史を見渡してみても他にはいない。

天文学者、エドモンド・ハレー。

それが、その英霊の真名だった。



 ☆☆



イギリスは17世紀から18世紀にかけて活躍した、天文学者にして数学者、物理学者にして統計学者。
それがエドモンド・ハレーである。

一般に最もよく知られた業績を挙げるなら、何よりも彼の名を冠して呼ばれるようになった「ハレー彗星」の存在だろう。

と、いっても、彼自身が天体観測にてその存在を初めて発見した訳ではない。
彗星を観察し、軌道を計算し、75年周期で回帰することを予測し、次に来る時期を正確に言い残し。
次にハレー彗星が再来した時にはハレー自身はもう死んでいたが、その予測はピタリと合致していたという。
ゆえに、通常ならば発見者の名を冠するという通例を無視して、かの彗星は『ハレーの彗星』と呼ばれるようになる。
この一件だけをもってしても、彼は歴史に名を刻まれるに足る天文学者だったと言えるだろう。

だが、彼の功績や研究は、天文学のみに限られるものではなく、あまりにも多岐に渡っている。
そもそも、彗星の軌道計算からして、極めて高い数学と物理学の能力の賜物。
地磁気の研究のために船に乗って外洋に出たかと思えば、水中探索のための潜水鐘を設計し実験する。
死亡統計を元に、現実的な年金についての提言もしてみせる。
ハレーが初めて作った「生命表」は、後の世の生命保険の基本的な考え方の基礎にもなっている。

気が向くまま、興味が向くまま、何でもやる。
およそ理屈と計算で予測できそうなことはジャンルに捕らわれず手を出して。
何物にも囚われぬ発想で、失敗を恐れず突飛な説でも世に問うてみる。
それがエドモンド・ハレーという輝ける才能だった。

今となっては与太話の類にもなってしまうが、地球空洞説を初めて世に提案したのも、このハレーである。
まあ、数多の発表の中には、そんなものも混じっている。

さて、そんな多彩な活躍をしたハレーだが、人間関係においても華やかで派手な男であった。
裕福な家に生を受け、惜しみない援助の下に最高峰の教育を受け。
友人も多く、誰からも愛され、しかし決して傲慢にもならず。
科学者の常として論争はあったのだろうが、決して私怨を買うようなことはなかったという。

そして――やはりハレーという男を語る上で外せないのは、ニュートンとの関係だろう。

アイザック・ニュートンと、エドモンド・ハレー。その年齢差は14歳。
ハレーから見るとニュートンの方が一回り以上も年上の大先輩である。

二人の関係は、先ほど触れたハレー彗星の話にも直結している。
惑星や彗星の軌道の計算に悩んでいたハレーは、ある日、変人の天才として知られるニュートンの所を訪れ、尋ねてみた。
返ってきた答えは、あっけにとられるほどシンプルなものだった。

「そんなものは簡単だ。楕円だ。もうとっくに証明しているよ」

ハレーは仰天した。そんな話は聞いたこともない。
しかし実際に彼が示した方程式を見れば簡潔明瞭にして文句のつけようのない内容。
聞けばニュートンは批判や難癖をつけられるのが面倒で、まだそれを世に発表していなかったのだという。
さらに突っ込んで聞いてみれば、そんな未発表の理論や方程式が他にもたくさんあるという。

ハレーは驚き、怒り、奮起し、あらゆる手管を費やしてニュートンを説得した。
サボろうとする彼を時になだめ、叱り、おだて上げて、科学史に残る偉大なる大作を完成させた。
あまつさえ、出版を約束していた王立協会が資金難に陥ったのを受けて、膨大な私費を投じて出版までさせた。

『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』。

現在、いわゆる「ニュートン力学」と呼ばれる理論体系の根底となる部分を世に初めて示した、科学の分岐点である。

おそらくニュートンがそれを書かずとも、人類の集合知は似たような所に到達していたであろう。
しかし数十年、下手すると百年以上の停滞を強いられていた可能性がある。
アイザック・ニュートンの名も、エドモンド・ハレーの名も、世に残らなかったかもしれない。

歴史を左右するほどの人たらしにして、他者の才能のプロデュースもする、万能の才人。
それが、エドモンド・ハレーという男なのである。



 ☆☆☆



夕日の差し込む、富士好黒乃の暮らすマンションの一室で。
セットしてあったアラームが、派手な電子音を立てた。

夕方5時。世の勤め人にとっては、終業の時間である。……残業がないのであれば。

「よし、じゃあ今日はこの辺にしよう」
「うーーっ、疲れたっす……」

英霊ハレーが指を鳴らすと、広げられていた古い本が空気の中に掻き消えるように消失する。
魔力にて再現された、彼の過去の蔵書である。
キャスターである彼にとって、それは出すも入れるも自由自在だ。
ペンを置き、大学生のようなノートを閉じながら、黒乃は軽く首を傾げる。

「でも、もうちょっと勉強頑張った方がいいんじゃないすか? まだまだやれるっすよ?」
「時間が惜しいのは確かなんだけどもね。
 こういうのは、意識して緩急をつけた方がいいんだ。休むのも鍛錬のうちだよ。
 クロノの才能が本物だからこそ、焦って変なクセはつけたくない」

ハレーは微笑む。黒乃は毎度のことながらその笑顔に心臓を掴まれたような気分になる。
その整った顔でその優しい気遣いは、あまりにもズルい。

会社が焼失し、細々とした後始末も済んで、晴れてヒマな無職になり果てた黒乃は。
仕事に使っていた時間をそのまんま、『魔術師としての』学習の時間に転用していた。
開始は9時。途中に昼休みを1時間挟んで、夕方5時まで。土日は丸ごと自由時間。
通勤通学の時間がないだけ、ほんのちょっとラクが出来る。
キャスターとして座に名を刻んだ英霊が家庭教師の、あまりにも贅沢な個人指導である。

彼女自身は、こうなってみるまで全く自覚はなかったのだが。
どうやら黒乃は、魔術師としての天性の素質を秘めていたらしい。
今でも実感は全くないのだが、他ならぬ「エド」ハレー先生が言うのならそうなのだろう、と納得もしている。

「しかしクロノの才能は何なのだろうね。魔術と全く無縁の家の出とはとても思えない」
「田舎にいる爺ちゃんは、昔、拝み屋みたいなことやってたって聞いたことはあるんすけどねー。
 でも『才能がなかった』とかで、代々続いてたのを爺ちゃんの代で畳んじゃったらしいっす」
「拝み屋……日本の土着のシャーマンの類か……。
 魔術師の一族だったのかもしれないが、これほどの才能があって、根源到達を諦めた? よく分からないな……」

黒乃の側にも、黒乃自身も知らない背景が何かしらあるらしい。
とはいえ、天性の才能があっても、魔術なんてものは簡単に学んで使えるようになるものではない。
数日の詰め込みで魔術師になれるなら、誰だって苦労はしない。

それでもこんな泥縄な個人指導をしている背景には、英霊エドモンド・ハレーの持つ、とある宝具の存在があった。

『プリンキピアの刊行者(ジーニアス・プロデュース)』。

かの大著を世に出した功績に由来する、才能や業績を見つけて、短期間のうちに世に出せるようにする、他者強化宝具である。

本人もまだ気づいていないような、埋もれた才能や業績を感知する所から始まり。
対象の成長の効率を圧倒的なまでに押し上げ、数段跳びで理解を深めさせ、記憶力も強化して一発で定着させる。
指導の方針などについても正しい道筋を発見し、休息の取り方などについてまで細々とサポートする。

今回、英霊ハレーがマスターである黒乃の中に見出した才能は、錬金術師としての天性の適性。
それも並大抵のものではない、天才と言っても差し支えのない程だった。
ハレーはそれを、英霊が相手でも刃を突き立てられるレベルにまで育成する腹積もりである。

無論、簡単な道ではない。
この宝具を使えば、ずぶの素人を一晩でオリンピック選手くらいまでには出来てしまうのだが。
魔術師の道というのはあまりにも長い。
数十年どころか、本来なら膨大な世代をかけて歩む数百年の距離。
それをショートカットしようというのだから、こんなチートな支援があっても、一日や二日では届くものではない。
じっくりと、慌てずに、しかし確実に時間をかけて進める必要があった。

幸いにして錬金術であれば、「とある事情」によって、ハレーはそれなり以上に修めている。達人と言ってもいい。
表の歴史には全く刻まれていない事柄ではあるが、彼ならば指導をすることもできる。

「いま『育てている』能力においては、クロノの血筋だけでなく、クロノの『趣味』の方も大事だからさ。
 そっちの才能や発想も錆び付かせたくはないんだ。
 今まで通り、仕事から帰ってきた後の日課は続けてくれたまえよ」
「あー、絵の依頼は依頼で来てますしね……」
「クロノが絵を描いている間、僕はちょっと外をパトロールしてくるよ。陣地の強化とかやることは多いし」
「あー、ついでにコンビニ寄れるなら、いつもの漫画雑誌買ってきてくれると嬉しいっす~」
「了解~~☆」

ハレーは自分のスマートフォン(黒乃が与えたものである)と財布(こちらも中身も込みで黒乃が与えた)を掴むと、立ち上がる。
今や彼は、現代日本の俗世にすっかりなじみ切っていた。



 ☆☆☆☆



ハレーと親交の深かったアイザック・ニュートンには、知る人ぞ知るもう一つの側面がある。

錬金術師。

近代科学の礎を築いた偉人であるにも関わらず。
それらと同等、あるいは上回る情熱をもって、錬金術の研究をしていたことが知られているのだ。

20世紀に入ってから、ニュートンの未発表の草稿が多数、オークションにかけられたことがある。
これらを大金を惜しまず落札したのが、経済学者として名の知られたジョン・メイナード・ケインズである。
ポーツマス文書として知られるこれらの資料を目にしたケインズは、大いに驚くこととなった。

そのほとんどが、錬金術に関する研究だったのである。
どうやら彼は古典的な、卑金属を貴金属に変える研究、賢者の石の探求を行っていたらしい。
資料は断片的で、まとめきれておらず、また他にもあったはずの文書の多くは過去の火災で焼失している。
ニュートンの研究が実際にどこまで至っていたのかは誰も知らないが、彼が本気で探求していたのも間違いないのだ。
ケインズは論文の中でこう断じている。

「ニュートンは一般に言われるような、『理性の時代』に属する最初の人ではない。ニュートンこそ最後の魔術師である」

ニュートンはまた、聖書の研究、特に聖書に隠された暗号(バイブル・コード)の研究をしていたことも知られている。
オカルトとされる複数の分野を修めていたのは確実なのだ。


そして――
ニュートンがうっかり忘れていった、まとめ切れていないメモが好事家たちの手に流れたのとは別に。

アイザック・ニュートンが秘められた遺産を意識的に遺した相手が、仮に存在するのだとしたら。

それは、エドモンド・ハレーを置いて他には居ない。

実際、ハレーは死期も迫った頃のニュートンの病床を訪ね、そして、何やら言い争いをしていた、という記録が残されている。
論争の中身は明らかになっていない。
おそらく、明らかにすることのできない内容だったのだ。


ハレー自身の身には、オカルトにまつわるエピソードは何一つ遺されていない。
前述した地球空洞説にしても、彼にとっては地磁気の不可解な動きを説明するために本気で考えた科学の仮説のひとつ。
ハレーは表の世界に何一つ怪しいものを残すことなくこの世を去っている。

けれど。
神秘と科学の狭間の時代に生きたという意味では、ニュートンもハレーもほとんど同じである。

天文学を学べば、必然として、占星術も知らずにはいられない時代。
数学を学べば、必然として、カバラの数秘術にも触れることになる時代。

そんな時代に生きた、多才で多芸、多趣味で何でもまずはやってみる、そんな才能の塊なのである。
当然、知られざる知識にも触れている。
間違いなく、実践している。

科学と神秘がまさに異なる道へと分岐していく時代の節目。
それはある意味で、現代に生きる魔術師たちの原点のひとつでもある。

神秘は伏せるもの。神秘は世に残さぬもの。神秘は人々に知られないようにするもの。
エドモンド・ハレーは、まさにそれを実行しきったからこそ、表の歴史にオカルトの痕跡を残さぬままに死んだのだ。

アイザック・ニュートンが、「最後の中世の魔術師」であるのなら。

エドモンド・ハレーは、「最初の現代の魔術師」でもあるのだ。



 ☆☆☆☆☆



暮れ行く空の下、長身の西洋人が一人、電柱とスマートフォンを見比べながら何やらうなずいていた。
より正確に言えば、彼が注目しているのは電柱に目立たない形で張り付けられた、住所を示すプレートである。

「ここの番地が『3』、あっちが『5』だから、この辺に『7』を配置すれば都合のいい魔法陣になるな……」

スマホの地図で位置関係を確認しながら、彼が目を付けたのは街路樹の根本。
口の中で何やら唱えると、彼の手の中に金属のネジのようなものが出現する。
ネジの頭には、『7』という数字の刻印。
周囲に誰も見ていないことを確認すると、それを木の根元、土の中に埋め込んでしまう。
一見すると何か工事関係の目印にしか見えない――いや、普通はそんなものがそこにあることにすら気づかない。
それはあまりにも東京という街に馴染んだ偽装だった。

数秘術。
一般には占いの一種として扱われることが多い、その技術だが。
その本質は、世の中に存在する数字に意味を与え、己の魔法の構成要素のひとつとすることにある。

いまハレーがやったのは、既に街の中に提示されている「数字」を足掛かりに、最低限の要素を追加をすることで。
極めて隠匿性の高い、魔術的な結界を作成する術だった。
一般人が電柱に掲示されている住所をほとんど意識しないように、魔術師だってその気配に気づくことは難しい。
既に何重にも張り巡らせた結界の最外縁、向こうからは察知されないがこちらは察知することのできる、対魔術師の警報装置だった。

「とりあえずこんなもので一通りは完成かな。
 そろそろ、何かあった時の避難先、セカンドハウスの構築に力を入れるべきかなぁ……」

聖杯戦争が始まってから、ハレーは黒乃の家庭教師を続ける一方で、こうして魔術師として陣地の構築に力を入れている。
一人暮らしには贅沢すぎるほどのマンションに暮らす黒乃は、しかし、それだけに移動がままならない。
ゆえに現代魔術師として一通りの知識と技術を持つハレーが、守りを固めていた。

暗示の魔法で一般人を動かし、黒乃の住む404号室の上下左右の住人には穏便に引っ越しをして貰っている。
壁を破って突入を図る魔術師を想定し、空き部屋になったそこには魔術的なトラップも用意した。
マンションの管理人たちも暗示でコントロール下にあるし、種類の異なる結界が多重にマンションを守っている。
強固さよりは隠密性を重視してはいるが、そうであればこそ、並大抵の魔術師ではそこに陣地が築かれていることにすら気づけない。
さらにハレーは、物理的な手段で建物ごと倒壊を図る者が出ることまで想定し、予め手を打っている。

魔術師としてのエドモンド・ハレーの技術は、現代魔術師として非常に高い領域にある。
修めている分野は、主に占星術、数秘術、錬金術。
多芸多才な表の顔はそのままに、裏の世界の魔術師としても、広くそして深く技を磨いている。

一点特化の目立つ才能はないけれど。
現代魔術師のやれることは、ほぼ全てできる。
現代魔術師の考えそうなことは、だいたい想像がつく。
そして現代魔術師が陥りやすい過ちについても、深く広く知り尽くし、対策を用意できる。

神代の時代の魔術師のような、万能性や超絶技巧、圧倒的な魔力はないけれど。
そつなく、隙がなく、策略や思考も含めた、あらゆる方向においてレベルが高い。

それが最初の現代魔術師の一人である、エドモンド・ハレーというキャスターだった。

「僕は英霊としては決め手に欠けるからなぁ……。
 守りを固めるのは僕がやろう。時間を稼ぐのは僕がやろう。魔術師としてやるべきことは全て僕が受け持とう。
 攻撃(オフェンス)は、信じられないほどの才能を秘めた天才。クロノの開花を待つ」

厳密にいえば、ハレーのもう一つの宝具は、世界の理にすら干渉する、破格の性能の宝具であるのだが。
しかし非常に使い勝手が悪く、しかも多くの場合、防御的なものだ。
攻め手は他に用意する他はなく、そして、それを提供しうるのはパートナーであるマスターしかいない。

ハレーは路上からマンションの建物を見上げる。
明かりがついた窓の中では、彼を召喚し、彼が見出した才能が、存分に想像力の翼を羽ばたかせている頃。

会社が急になくなって、ヒマになった黒乃に、今まで通りのスケジュールで暮らすように指導したのはハレーである。
昼間の時間は錬金術のレッスン。
夜間はオタク趣味に基づく色々な作品の鑑賞と、絵師としての創作の時間。
いまハレーが育てようとしている才能にとってはそれがベストの方法だと、彼は理解している。
ハレー自身、夜間には天体観察をしたかったし、陣地構築などやるべきことも多かったので、都合が良かった。

「クロノの才能が育てば、きっと凄いぞ。あれは英霊にさえ勝てる才能のはずなんだ。
 まさかこんな時代に呼ばれてあんな子に会えるなんて。ワクワクするなぁ! 是非とも観察したいんだよなぁ!」

エドモンド・ハレーは気ままに知の可能性を探求する。
子供のように無邪気に、何物にも囚われることなく、ただひたすらに、新たな知見を希求する。

その過程で何が踏みにじられたとしても、彼は一片の罪悪感も抱くことはない。



 ☆☆☆☆☆★



独り身の女性が住むには広すぎる、2LDKのマンションの部屋。
富士好黒乃は、あまりにも贅沢に間取りを使っていた。
一室は寝室に。
一室は、書庫、兼、作業専用の部屋に。

ハレーという思わぬ同居人が増えてからも、この2部屋は黒乃だけが踏み込むことのできる聖域となっていた。
なお同居人は色々な苦労が無視できるサーヴァントであるのをいいことに、LDKのスペースだけで暮らしている。



天井近くまで本が詰め込まれたその部屋で、黒乃はモニタを睨み、ペンを走らせる。
みるみるうちに形を得ていくのは、鱗の一枚まで緻密に描き込まれた、獰猛なドラゴンの横顔。
ほとんど描き直すこともなく、凄まじい速度で描き上げていく。

世に美形男子を描く者は多けれど、迫力のあるファンタジーのモンスターを描ける者はそう居ない。
絵の依頼は明らかにモンスターの方に偏っている。
少しだけ残念に思いつつも、黒乃も別に嫌いという訳ではない。
より迫力のある怪物を描くために、動物園に通ったり、博物館で恐竜の骨格を確認したりもしている。

「ふぅっ、こんなもんっすかね……」

爆速で描き上げたドラゴンの絵を前に、黒乃は大きく息をつく。
あと多少の微調整を残してはいたが、元々黒乃は速筆家でもある。
ちょっと休憩、とその場で伸びをした彼女は、気分転換に近くの文房具入れから小さな金属のクリップを取り出す。

「……命よ(vita)」

指先にほんの少し魔力を込めて、キーワードとしているラテン語を小さく口にする。
途端に金属のクリップは虚空でグネグネと変形し、やがてあまりにも小さな生き物の姿へと変わる。
指の先に乗るほどの、翼ある馬――ペガサスである。

「簡単、だよねぇ……。
 あっごめん、命令してあげないとね。
 えーっと、『部屋から出るな』『部屋の中にあるものを壊すな』『あとは適当に好きにしてて』」

あまりにも雑な命令を黒乃が命じると、翼長10ミリメートルもない極小の金属のペガサスは、ぶるっと身体を振るわせて。
ふわり、と宙に舞うと、軽やかにあたりを駆け回る。
視野共有などをすれば楽しいのも知っているが、今は特にそういった役目を持たせることなく、ぼーっと目で追うに留める。

錬金術の応用で、手元にある金属を材料に、様々なモンスターを作り出す。
それが富士好黒乃の魔術であり、いま必死になって完成を目指している才能である。

その気になれば黒乃の想像力のままに、どんなモンスターだって作ることができる。
それらは翼があれば宙を舞い、牙があれば噛みつき、爪があればそれを振るう。
より技量を上げて行けば、ブレス攻撃のような特性を持たせることもできるらしい。

これは厳密に言えばカバラのゴーレムとは根本的に原理の異なる技術であり。
強いて言うなら、「金属を材料とした疑似ホムンクルス」のようなものであるらしい。
黒乃にはよく分からないが、あのハレー先生が興奮して「そんな才能がありえるのか?!」と叫んでいたほどの異才、であるようだ。

そう。
黒乃には未だにピンと来ていない。
自分の他にはエドモンド・ハレーという、これまたある種の天才しか、魔術師というものを知らないために。
自分のこの能力が、どれほど凄いものなのか、いまいち実感が湧いていない。

「先生は極めれば英霊だって倒せるようになるはず、って言うんだけどなァ……」

黒乃は少しだけ想像する。
自分が作り出した巨大なドラゴンが、神話の英雄と真正面から戦う姿を。
金属の龍が爪を振り下ろす。神話の英雄が剣で受けようとして受けきれず、血を流す。

ちりっ。
黒乃の脳裏に、どす黒い、どこか甘美な痺れが走る。

「ダメっすよぉ、そういうの、『需要がない』んだから……」

富士好黒乃には、秘められた欲望がある。
存在を気づきつつも、絵師としてすらも世に出していない、暗い欲望がある。しっかりと自覚している。

美形の男性の絵と、荒々しいモンスターの二刀流。
しかし黒乃にとっての原初の欲望は、それらは別のものではなかった。
いったい何を契機にそんな妄想を抱くようになったのか、黒乃自身も覚えていないのだけど。

美形の男子が。
あるいは、可愛らしい女の子が。
見るも恐ろしいモンスターと、勇敢に戦って。

そして力及ばず――ぐちゃぐちゃにされる姿が、見たい。

あまりにもニッチな欲望。あまりにも後ろ指刺される欲望。
黒乃には描くことができなかった。
似たようなものを描いている人がいるのは知ってはいたけれど。
それは「いけないもの」なのだと、ずっと無理やりに蓋をしていた。

けれど。
ひょっとして。
この、「聖杯戦争」という非日常の場においては。
我慢しなくて、いいのかもしれない。

己の想像力のままに描き出した、金属製のモンスターで、全てを蹂躙しても構わないのかもしれない――!

「んっ……」

黒乃の口から甘い声が漏れる。もじもじと身じろぎする。
もう少し。
錬金術の勉強を進めたら。
技をさらに磨いていけば。
そうすればいつかは。

いつの間にやら本棚の棚のひとつに着地していた極小のペガサスが、不思議そうに、眼下でもだえる創造主を見下ろしていた。



【クラス】
 キャスター

【真名】
 エドモンド・ハレー@史実(17-18世紀、イギリス)

【属性】
 中立・悪

【ステータス】
 筋力:E 耐久:D 敏捷:D 魔力:B 幸運:A 宝具:EX

【クラススキル】
陣地作成:B
 工房の作成が可能。神殿の域とまではいかないが、十分以上に高性能な陣地を構築できる。
 方向性としては現代の魔術師が構築するものと似た方向で、ただ普通に全方向にレベルが高く隙がない。

道具作成:B
 魔力を帯びた器具を作成可能。
 現代魔術師の作る様々な道具に方向性は近いが、普通に全方向にレベルが高い。
 ただ、万能ではあるが、特筆すべき得意分野というものは持たない。

【保有スキル】
魔術:B
 基本的な魔術を一通り修得していることを表す。
 エドモンド・ハレーの場合、主に占星術、数秘術、錬金術の各系統に精通している。
 おおむね現代の魔術師に出来ることは一通り高いレベルで行うことが出来る。
 また、現代の魔術師がやりそうなこと、発想のクセなどについても理解している。

 特に特筆すべきは占星術で、夜空を観察することで未来に起こりうることを断片的に知ることが出来る。
 知りたい物事を積極的に知ることは出来ず、細切れで、ほとんどランダムな情報だが、その分、的中率は高い。
 そうなって欲しくない未来については、回避を試みることも出来る。
 現代のインターネットの情報である程度代替することも出来るが、夜空を直接目視していない場合、精度が大きく落ちる。
 (逆にスマホが使えるのであれば、昼間でも雨天でも一応使うことはできる)

人心掌握:B
 どんな内気な者でも、気難しい老人でも、真正面から心を開かせる究極の陽キャの交渉術。
 カリスマにも似るが、対集団の指導能力ではなく、1対1の交渉や付き合いに特化している。
 相手の警戒心を弱めて、信用を勝ち取り、彼の望む方向に物事を動かす、人たらしの話術である。

英雄作成(学問):C
 王や英雄を人為的に誕生させ、育てる技術。
 ハレーの場合、学問や研究の分野、あるいは魔術師の育成のみに特化している。
 後述する宝具の内容と被る部分もあるが、こちらのスキルは現実的な指導、教育や環境整備についてのものである。
 多芸多才な彼は、大学で教鞭を執っていた時期もあるのだ。


【宝具】
『彗星は再び巡り来る(コメット・リ・コーラー)』
 ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:無制限 最大捕捉:無制限

 ハレー彗星をはじめとする彗星の再来を予言したことに由来する、『未来を確定させる』理外の宝具。

 彼が占星術にて予見する未来は、しかしそのままでは「そうなる可能性が高い」というだけであり、回避すら可能であるのだが。
 この宝具は、予見した未来を世界に刻み付け、「将来必ずそうなる」と確定させてしまう。

 この宝具の発動には、占星術による未来予測をした上で、日付や時間を含めて明確な一文の文章の形にすることが必要。

 『エドモンド・ハレーの名の下に、ここに予言する。
  ○月○日の○時○分に、○○が起きる/○○は○○という状態になっている/○○が観測される』

 この宝具が発動した状態で、この形式の文章で発言された内容は、運命を捻じ曲げてでも必ず実現される。
 発言内容によっては曲解だったり、詭弁じみたものになる可能性はあるが、決して嘘にはならない。

 むしろメタ視点では、「先の展開を書く書き手を縛る」宝具、と認識して頂いて構わない。

 非常に強力な能力だが、極めて使いづらく、能動的に行えることはほとんどない。
 まず何より占星術で推測した未来が見えないことにはどうしようもない。
 彼の主観からすれば、「運良く都合の良い未来が見えた時に、それを確実に予約することができる」程度のものである。
 占星術で占える未来の射程も短いため、最大でも数日、多くの場合は24時間以内の未来のことしか予見できない。

 また頻繁に使えるものではなく、事実上、聖杯戦争の本編の時間枠の中では『一回』しか使用できない。

 一方で使用制限は強いものの、一度発動すれば、英霊としてのエドモンド・ハレーが死亡し退去しても、効力は残り続ける。

 かのハレー彗星は、彼の死後、彼の予言の通りに出現したのである。


『プリンキピアの刊行者(ジーニアス・プロデュース)』
 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

 隠された才能を見出し、援助し、才能を開花させる、成長速度の急速促進宝具。
 ニュートンの偉大な発見をいち早く見つけ、説き伏せ、出版させたように。
 まだ世に知られていない才能や業績を直感的に見つけ出し、一気に成長させモノにし、世に出せるようにする。

 対象に元から秘めている能力や成果がない限りは、何の役にも立たない宝具。
 既に育ちきり、社会に認められた才能が相手でも意味がない。

 ただ、何らかの才能を秘めているのなら、様々な前提条件をすっ飛ばして、強制的かつ圧倒的な成長を促すことができる。
 スポーツの才能があるのならプロ級の腕前にすることが出来るし、文学の才があるなら処女作で最高傑作を書かせることもできる。
 一度に影響を及ぼせる相手は一人きり。

 今回、マスターである黒乃に錬金術師の才能があったことを看破し、彼女に対してこの宝具を使用している。
 数十年分どころか、本来なら数百年かかる道のりをショートカットしようとしているため、流石に時間がかかっている。

 ちょうどハレー自身もニュートン直伝の錬金術を齧っていたこともあり、教材の代わりは彼自身が務めることもできた。
 彼女の才能はまだ完成に至っていないが、それでも既に一芸に限っては一流の魔術師の域にある。
 ハレーの見立てによれば、彼女の才能が完全に開花し完成した場合、英霊が相手でも十分に戦える域にも達するという。

【weapon】
 分厚い本。
 内容は天文学だったり、物理学だったり、数学だったり、あるいは錬金術だったり。ごく少量の魔力消費で自在に取り出せる。
 けっこう乱暴に扱う。雑に敵を殴るのにも使う。

 スマートフォン。
 マスターの黒乃がハレーのために買い与えた、ごく普通のスマホ。黒乃との兼用ではなくハレー専用に一台。
 器用な彼は完全に現代のテクノロジーを理解し把握し、完全に使いこなしている。
 特に夜空が見えない時の天体観測の代用手段として欠かせない。

【人物背景】
 17世紀から18世紀にかけて活躍した、イギリスの天文学者、物理学者、数学者、気象学者。
 もっともよく知られた功績は、彼の名を冠して呼ばれるようになった「ハレー彗星」の軌道計算と、再来の予言である。

 豊かな家に生まれた彼は、オクスフォード大学にて勉学に励み、数学と天文学、物理学に才能を現した。
 特に天体の観察や軌道の計算に多くの功績を残している。
 一方で彼の研究や興味は多岐に渡っており、ある意味で脈絡がない。手あたり次第と言ってもいい。
 船に乗って地磁気の研究をしたかと思えば、統計学を用いて年金に関する解析と提案をしていたりもする。

 また、他の歴史上の偉人との交流という点では、かのアイザック・ニュートンとの関係を外すことは出来ないだろう。
 惑星の運動について悩んでいたハレーは、ニュートンが楕円運動を証明しているにも関わらず発表していないことを知り。
 面倒臭がるニュートンを説得して、大著である『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』を書かせた。
 あまつさえ、この本を出版する予定だった王立協会が資金難になり出版困難となった際には、自費を投じて出版までした。
 この本のおかげで現在『ニュートン力学』と呼ばれる理論の多くが世に知られるようになり、科学は一気に進歩したのだ。

 アイザック・ニュートンは人嫌いな偏屈者として知られていたにも関わらず、年下のハレーだけはその懐に飛び込むことが出来た。
 彼らの交流は晩年まで続いたと言われている。

 ここまでが一般に世に知られている事実。
 魔術の影も形もない、科学者としての彼の足跡。

 一方で、ハレーと親交深かったニュートンは、晩年には錬金術や聖書の研究をしていたことで知られている。
 ニュートンはこれらの研究を書籍として世に出すことはなく、また研究資料の多くは火事などで失われているが。
 錬金術の研究を重ねていたのも確かで、数多の資料が残されている。
 アイザック・ニュートンは現代科学の祖の一人であると同時に、最後のオカルティストの一人であったとも言われている。

 そして年下とはいえ、彼とほぼ同じ時代。
 科学と神秘がまだ完全には分離されていなかった時代に生きたのが、エドモンド・ハレーである。

 天文学は占星術に、数学はカバラの数秘術に。それぞれ通じていた時代でもあるのだ。
 ましてや、彼が敬愛してやまないアイザック・ニュートンまでもが、錬金術についても研究していたのである。
 公式にはニュートンにその方向の弟子は居ないことになっているが。
 仮に何かを遺す相手が居たとしたら、それはエドモンド・ハレーを除いて他に居ない。

 かくして、エドモンド・ハレーは、歴史の表に残る科学の実績と同時に、魔術師として多岐に渡る経験を積むことになった。
 それはいわば、科学とオカルトが分岐した時代。
 現代に生きる魔術師たちの出発点にも近い位置であり。

 アイザック・ニュートンが最後の中世の魔術師であるなら、エドモンド・ハレーは最初の現代魔術師でもある。


【外見・性格】
 イケメンのリア充。
 話をすれば誰にでも好かれ、どんな偏屈者の懐にでも飛び込んで味方につける。そんな希代の人たらし。
 単に陽キャであるだけでなく、陰キャの傍にあっては真摯な理解者にもなる。静かに寄り添い支えることも出来る。

 外見年齢20代、長身の西洋人だが、髪は黒髪。これを現代風にまっすぐ長く伸ばして背中の中央で大雑把に括っている。
 服装もラフでありながらセンスが良く、胸元を大胆に開けた着こなしを好む。

 無類のコーヒー好き(当時コーヒーハウスは流行であり、社交の場でもあった)。
 なんでも小器用にこなすだけあって、コーヒーを淹れさせてもその腕は絶品。

【身長・体重】
 178cm/81kg

【聖杯への願い】
 あまり考えていない。
 ただあまり簡単に他の英霊に負けてやるつもりもない。

【マスターへの態度】
 有望な才能。
 相性の合う相棒。
 育てがいのある生徒。

 聖杯戦争を勝ち抜くにあたっては、一般的なマスターとサーヴァントの役割を逆転させることを考えている。

 すなわち、普通はマスターがやる魔術師の役目をハレーがやる。
 陣地の構築から他陣営の動向の推測、他陣営との交渉まで、知識と経験のあるハレーが中心となって取り仕切る。
 なにしろ現代魔術師の祖にも近い存在である。一通りの王道は把握しているし、やりがちなミスも知っている。

 一方で戦闘が避けられないとなったら、マスターである黒乃の『金属の怪物』を主戦力として立ち回る算段である。

 元々キャスターのサーヴァントとしては、そつがない一方で決め手に乏しいのがハレーという英霊である。
 神代の魔術師のような圧倒的なパワーや技巧もない。
 彼自身そのことは深く理解しており、それゆえの役割分担の逆転である。

 そのためにも、もう少し黒乃が魔術に習熟する時間が欲しい。
 あえて当面は応用性よりも即戦力を目指して教育をしているが、まだ不十分である。彼女はもっと先まで行ける。



【名前】
 富士好 黒乃/Fujiyoshi Kurono

【性別】
 女

【年齢】
 24

【属性】
 混沌・中庸

【外見・性格】
 垢ぬけない印象の黒髪の女性。猫背で声が小さい。
 肩にかかるほどの髪はぼさぼさで、背中に流す形で2つに束ねていることが多い。髪量が多く枝毛もあちこちに跳ねている。
 丸い眼鏡を愛用している。

 会社では良くも悪くも目立たない影のモブだった。怨みや陰口も受けないが、そもそも存在感が薄い。
 そしてその会社も焼失したため、今や大手を振って無職となっている。
 まあまだ慌てる時間ではない。まだもうしばらくは、予想だにしなかった悲劇に呆然としてしまった一般人、で通せる。

 プライベートではオタク趣味の権化にしてイラストレーター。
 絵師としては、耽美で緻密に描き込まれた美形な男性の絵と、荒々しくも神々しいモンスターの絵の二刀流。
 依頼を受けて描くこれらの絵でも副収入を得ていた。
 もちろん金にならない趣味の絵も山ほど量産していた。

 実は腹の中では、耽美なイケメンがモンスターたちに引き裂かれる凄惨な想像を弄んでいた。
 しかし流石にニッチ過ぎる趣味嗜好であり、絵師としての稼業では表に出していない。
 漫画を描かないのも、これらの悪趣味が暴走しがちで、自分でも需要がないと諦めていたからでもある。


【身長・体重】
 158cm/67kg
 服を着ていると分かりづらい程度の隠れデブ。
 胸もそこそこ大きいが、それでも誤魔化しきれない腹肉がついていて、人様には見せられないと思っている。
 (一般論としては意外と需要のあるあたりだとは思われるが、そう言われても本人には慰めにもなるまい……)

【魔術回路・特性】
 質:B 量:A
 火と地の二重属性。特性は創造。
 自覚もなければ発揮する場もなかった天才の領域。才能の方向性は錬金術に向いている。

【魔術・異能】
『金属製の怪物の作成』
 黒乃の錬金術師としての素養を踏まえて、英霊エドモンド・ハレーが育てている才能。

 金属を材料として、自立して動いて命令に従うモンスターを製作する。
 材料は金属であれば種類を問わない。
 道端にあるガードレールの一部を怪物に転じさせることも出来るし、自動車や鉄骨なども材料にできる。
 発動には術者による接触が必要。

 モンスターは術者である黒乃の創造力のままの形態を取り、それに準じた能力を得る。
 多くは彼女が絵に描くようなファンタジーの既知の怪物の形態をとる。
 ロック鳥の形を作れば空を飛ぶし、ユニコーンを作れば角を向けて突進する。
 色調と硬さだけは素材の痕跡を残す。
 直接戦闘用の大型のモンスターだけでなく、小型のものを使って偵察などに使うことも出来る。

 厳密にはこれはゴーレムというより、技術体系としては「金属を使った疑似ホムンクルス」とでも呼ぶべき存在である。
 現代の魔術を真っ当に修めた者から見るとあまりにも異形の怪物の創造。
 ただしハレーはこれが最も黒乃の才能を活かせる方法だと看破した。

 ホムンクルス系列の物であり、かつ無理をさせているため、寿命が短く、多くは一日も持たず、それどころか数時間で死に至る。
 長持ちしない一方で、材料さえあれば次々と作り出すことが可能。

 現時点では黒乃が全力を出しても「ちょっと強い使い魔」くらいの存在までしか作れず。
 マスター相手なら熟練した魔術師相手でもかなり勝算があるが、サーヴァント相手だとかなり厳しい。
 とはいえハレーの見立てによると、黒乃の才能はまだまだ伸びる余地があり、完成すれば英霊とも十分に渡り合えると言う。

 一方でハレーが早期育成のために方向を絞っているために、錬金術の他の分野については最低限の知識と技術しかない。
 基礎の理論などは学んでいるが、事実上、現時点ではこの一芸の他には使い物にならない。
 (本来錬金術は応用の範囲が広く、道具の作成から治癒術まで多彩な役目を果たすことができる)


【備考・設定】
 田舎のそれなりの名家の出身。
 大学進学を期に東京に出てきて、そのまま就職していた。
 田舎に帰れば見合いが待っているのが目に見えて、それを嫌がった黒乃が先延ばしにしたという側面もある。

 あまり本人も自覚がないし贅沢をする趣味もないが、実は金には全く困っていない。実家から過剰な援助を受けている。
 東京で一人暮らしするなら、と、決して安くもない東京のマンションの一室をあっさりと買い与えられたくらいだ。

 自覚はなく伝承も途絶えているが、二世代前(祖父の世代)に魔術の探求を放棄した、元・魔術師の家系の出身。
 ルーツは不明だが、ドルイド魔術の系譜に連なる技術を日本の山奥で代々継承していた。
 黒乃は魔術刻印の移植などは受けていないが、天性の才能が今になって開花した格好。
 祖父は一族の研究に先がないと判断したが、その実、血筋の持つ才能の方向と、研究していた分野とのミスマッチが原因だった。
 仮に富士好の一族が良き師と錬金術に出会っていたならば、彼らは今頃、魔術師として大成していたことだろう。


【聖杯への願い】
 特になし。
 死ぬのは嫌だから生き残るために全力を尽くすし、何より錬金術の学習と実践は楽しい。モチベーションは高い。

 ただし、彼女は腹の底にどす黒い、絵師として世に出すことすら躊躇っている、邪悪な欲望を秘めている。
 今はまだそこまで考えていないが、これが聖杯の奇跡と結びついた時、彼女はいったい何を願うのか……。


【サーヴァントへの態度】
 先生ってば最高っす、うへへへ……。
 教えを乞うてよし、鑑賞してよしの、最高のイケメンパートナー。
 完全に信頼し、またどこかで依存している。

 また、腐った女オタクの直感として、エド先生とニュートンさんの関係はなんだか美味しい予感がする。
 機会があれば、先生ののろけ話をもっと聞いてみたい。




【備考】
 企画主の投稿作『にーとちゃんは夢を見る』と、この作品とが同時に採用された場合。
 天枷仁杜と、富士好黒乃の務めていた会社は、同一の会社となります。

 富士好黒乃は会社を仮病で休んだことで、会社焼失の危機から逃れた数少ない生存者の一人となっています。
 実際にその場に居なかったこともあり、ウートガルザ・ロキとも遭遇していません。
 また同時にこの騒ぎによって富士好黒乃も職を失っています。

 二人の間に面識があったのか否か、あったとしたらどういう関係だったのかは後続の書き手にお任せします。


【備考その2】
 本編開始時点で、黒乃の才能がどの程度まで開花しているかは、後続の書き手にお任せします。

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最終更新:2024年06月22日 08:29