――都内某所、深夜。

廃棄された町工場の一角で、怪しげな儀式を行う三人組の姿があった。
床には丸い魔法陣が描かれ、揺れる蝋燭の光だけがあたりを照らす。
魔法陣の真正面には、何に使うものやら、一抱えほどもある巨大なガラス瓶。
瓶の中には肌色の肉の塊が浮かぶ。
魔法陣を取り囲むように立つ、フード付きのローブを来た人影は、一心不乱に何かを口の中で唱えている。

やがて――魔法陣の中央から、静かに光があふれだす。
一本、二本と細い光の筋が伸びたかと思えば、またたく間に光の筋が増え、あたりを照らし尽くして……
光が晴れた時には、魔法陣の中央に、何やら黒い人影が立っていた。

「……あー、こいつは何だ、要するに儀式で『召喚』されたってことか」

こきり、こきりと肩を鳴らしながら、黒い人影はぼやくようにひとりごちる。
全身タイツのような黒一色の服に身を包む、引き締まった体躯の中年男性である。
顔には髑髏を模した仮面。仮面の下半分からは、無精髭の生えた口元が覗いている。

仮面の男は周囲を見渡して、三人の魔術師を順番に見て、そして首を捻った。

「こういう時は『お約束』を言わなきゃならねんだろうなあ。
 問おう、お前が俺様のマスターか? ……………………って、あれ??」

再び三人の魔術師の姿を、何かを確認するように順番に見る。
そして仮面の男の視線は、三人ではない所で止まる。

魔法陣のすぐ隣に置かれていた、巨大な瓶。
正しくは……その中に浮かぶ、胎児のような小さな人影。

「偉大なる英霊よ、まずは落ち着いて話を聞いて欲しい」
「貴殿の契約上のマスターは、確かに我々ではない」
「だが、事実上、我々がお前の主でもある。お前の主の、その主であるがゆえに」

三人の魔術師は、抑揚のない声で、順番に発言した。
英霊と呼ばれた仮面の男は、頭痛を押さえるかのようにこめかみに手を当てる。

「……つまり、そこの赤ん坊にしか見えない奴が、この俺様の『マスター』だっていうのか?!」
「理解が早くて助かる、偉大なる英霊よ」
「その瓶の中にいるのは、我らが創造した『ホムンクルス』。知恵と魔力を有した人造生命体である」
「そして我らは、そこのホムンクルスの生殺与奪の権を握っている」
「貴殿も聖杯戦争の召喚に応じたのであれば、抱く願いがあるのであろう」
「早々にマスターを失っての敗退は、望んでいないであろう」
「そうであれば、貴殿にとっても我らの指示に従うのが賢明というもの」
「我らが主人の大願のためにも、貴殿の協力を要請する」

魔術師たちがホムンクルスを造り、あえてホムンクルスがマスターとなる形で英霊召喚をする。
ホムンクルスの生死を握ることで、英霊の指揮権を実質的に魔術師たちが握る。

いささか迂遠なこの状況を前に、髑髏の仮面の英霊は、大きくため息をついた。

「……すまんが、ちょっと混乱している。
 少しでいい、考えを整理する時間をくれ」
「よかろう」
「我々としても不本意な契約を強引に結ぶ気はない」
「偉大なる英霊よ、賢明な決断を期待する」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……おい、いくら考える時間が欲しいと言っても、流石に、」
「あーーーっ、まだ気になることはあるにせよ、だ」

そして唐突に。
いい加減に焦れた魔術師の一人が口を開いたその瞬間に。
英霊はパッと顔を上げた。
やや芝居がかかった仕草で、大きく腕を広げて、そして。

「まずはとりあえず――――お前ら、死んでくれ」
「 」
「 」
「 」

次の瞬間。
魔術師三人の首が宙を舞って。
少しの時間差を置いて、首なし死体が三体、どさり、と床に崩れ落ちた。
いつの間にどこから取り出したものやら、英霊の手には小さなナイフ。
彼はそのまま、大きな瓶の方に数歩、歩み寄った。

「これでいいのかい? 大将よ」
『……感謝する。今のは貴殿の神秘の技か、あるいは宝具か』
「別にそんな大層なもんじゃねェな。単なる力任せ、速度任せの早業だ」

ガラス越しにくぐもった声を響かせたのは、瓶の中に浮かぶ胎児。
上下逆さま、頭を地面の方に向けた姿で、液体の中で揺れている。
ゆっくりと開いた目も、水中にゆらゆらと揺れる細い髪の毛も、どちらも淡く青く輝いている。

先ほど、英霊が長考をする素振りを見せた、その間に。
手短な念話が、両者の間を駆け抜けていた。

――いきなりで悪いが、そこの魔術師三人を、一声も発する間もなく殺すことは可能だろうか?
――本当にいきなりだな。まあ、余裕っちゃあ余裕だが。
――では頼む。今すぐやってくれ。理由は後から説明する。
――もしつまらない理由だったら、お前もすぐに殺すからな?
――構わない。少なくとも退屈させないことだけは保証しよう。

種を明かせば簡単な話。
彼らは堂々と、魔術師たちの眼前で相談をし、そして、意気投合を済ませていたのだ。

「さてそれで、さっきの話の続きだ。なんでまた大将は自分の主人どもの死を望んだんだ」
『主人ではないからだ』
「うん?」
『確かに私を創造したのはそこの三人を含む、『ガーンドレッド』家に属する魔術師たちだ。
 だが私は、彼らとは別に、真に仕えるべき主人と遭遇している。
 その主人の願いを叶えるためにも、彼ら偽りの主人たちは邪魔だった。だから始末した』
「真の主人、ねぇ……。
 瓶からも出られない人造物が、交友関係の広いことだな」

仮面の英霊はいぶかしむ。
短いやり取りの中だけでも、目の前のホムンクルスが自力で出歩くことも難しいことは分かる。
あの魔術師三人が極めて慎重な性格で、例えば飼っているホムンクルスの裏切りを恐れていたのも分かる。
そんな箱入りホムンクルスが、あの三人の目を盗んで、過去にどこかで「真の主人」と遭遇した?
英霊の疑問に、しかし当のホムンクルスは、端的に、しかしとても信じられないような答えを返した。

『二回目だからだ』
「……は?」
『この私、ホムンクルス36号、あるいは個体名『ミロク』にとって、この聖杯戦争は二回目だからだ」
「…………は??」



 ◇



欧州に古くから根を張る魔術師の一族、ガーンドレッド家。
その性格は、「慎重」の一言に尽きる。

有力な一族のひとつとして、時計塔にも関与している。
しかし派遣されるのは常に分家の末席の人間であって、本家の主人が人前に姿を現すことはない。
時計塔のロードの地位などにも興味を示さず、派閥争いともほぼ無縁。
ガーンドレッド家のことを、野心も貪欲さもない一族だと見る者も多い。

しかしその実、彼らは、その長い手をあちこちに伸ばしている。
特に聖杯戦争のような、ハイリスク・ハイリターンな催しには、可能な限り積極的に参戦している。

そういった時には、さらにワンクッションを置いて、自分たちで創造したホムンクルスを代表に立てるのが常だった。
それも、自分で歩いて動ける、最新の、現代では標準的なホムンクルスではない。
あえて旧式の、旧時代の、瓶から出たら死ぬような、胎児型のホムンクルス。これを多用した。
怨みを買ったり、呪いを受けたりしても、それが本家の主人にまで及ばないようにするための、深慮遠謀である。

そしてそこに監督役となる末席の魔術師たちを数名、同行させる。
ホムンクルスの瓶には魔術的な細工がされており、必要とあらば監督役が即座に破壊し始末することも可能だった。
全ては裏切りや離反を恐れてのことである。

慎重を通り越して、偏執的なまでの護身のやり方。
こんな現場に派遣される末端の魔術師程度では、本家の主人が欧州のどこに居るのかすらも把握していない。
ホムンクルスを扱っている以上、錬金術を修めてはいるのだろうが、それが本家の本当の得意分野なのかどうかも分からない。
さらには、末端の構成員は、本家が根源接続に賭ける願いすらも知らされていない。

ただ、そういった危険に身をさらす、末端の魔術師たちにとっては。
首尾よく成果を挙げれば一族の中での立場が良くなり、本家に近づくことが出来る。
立場が良くなれば、より多くのことが知れるようになる。
そういった応報についてだけは、誠実であった。

「とんでもねぇ一族だな」
『私のようなホムンクルスに対しては、その誠実さすらも無かったがね。
 ともかくそうして、彼らは東京で聖杯戦争が行われると聞いて、参加した。私をマスターの立場に置いて』

ホムンクルス36号にとって、前回の聖杯戦争は、途中までは何が起きているのかも分からぬものであった。
英霊を召喚して以降は、ほとんど三人の監督役だけが取り仕切ったのである。
何やら陰湿で迂遠な策を張り巡らせていたらしい。
厄介な他の参加者と、巧みに争っていたらしい。
慎重なガーンドレッド家の常として、守りを重視した方針ではあったようだが、それでも途中までは上手く行っていたらしい。

その日、ホムンクルス36号は、珍しく拠点から搬出され、前線近くの仮拠点へと移送されていた。
36号には鋭敏な魔力感知能力がある。
自身ではほとんど魔術の行使もできない彼だったが、対魔術師のセンサーとしては超一級。
三人の魔術師の策の一環として、何やら彼のその能力が必要となったものらしい。

そして――いったい、どういう偶然か。
慎重にも慎重を重ねた魔術師たちの思惑を超えて。

ホムンクルス36号は、彼の運命と出会った。

『その時、『彼女』は、別に我々の策を看破した訳でも、狙って私を討とうとした訳でもなかったらしい。
 何やら大きな争いの中、逃げる必要に駆られて、そして偶然、私が置かれていた仮拠点に侵入を果たした』
「お目付け役の三人は、その争いの方に気を取られてたって訳か」

白い髪。
輝くような笑顔。
自由に無邪気に感情のままに振り回される、その伸びやかな手足。

――ホムンクルス36号? それがあなたの名前? うーん、呼びづらいなあ。
――そうだ、『ミロク』! うん、それがいい! 今日からあなたは、ミロク!

肌に浮かぶ令呪を見れば、こちらが聖杯戦争のマスターだってことは分かっただろうに。
彼女はとうとう、36号に殺意を向けることはなかった。
ホムンクルス36号には、とうとう最後まで、彼女が考えていたことは分からずじまいだった。

――囲まれちゃったね。
――他の助けは、来れないみたい。どうしよう?

そうして何度か会いに来た彼女は、ある時、36号と共に窮地に陥った。
36号、いや、『ミロク』は、迷うことなく、とある策を提案し、そして。

――ごめんね、ありがとう、ミロク!
――君のことは、忘れないから!

望んで囮となった彼を残して、彼の望みのままに、絶体絶命の窮地から脱出した。
身動きの出来ないホムンクルスは、当たり前のように、そのまま殺された。
言ってみれば、彼女のために殺されたようなものだった。

「わかんねぇな。そんなにいい女だったのか」
『私の肉体は男性ではあるが、性的な機能も欲望も備えていない。
 我が主人へのこの〈忠誠〉は、純粋に彼女の精神に対して向けられたものだ』
「……分かんねぇな」
『貴殿も彼女と会えば分かるだろう。この世には上に立つために生まれた存在があるということを』

死んで、蘇って、この二度目の機会。
ミロクは今や正しく理解していた。
自分が脱落した後の聖杯戦争のことは何も分からなかったけれども、直感的に理解していた。

彼女は聖杯を勝ち取ったのだ。
そしてその聖杯で、この二度目の聖杯戦争を望んだのだ。
ミロクたちを蘇らせ、新たな世界を創造してまで、続きを望んだのだ。

現時点では彼女からミロクたち「前回の参加者」に向けた特別なメッセージなどは来ていない。
ミロクはそれを、「伝える必要がないからだ」と理解した。
彼女は闘争を望んでいる。
再び聖杯戦争をやれと言っている。
ならばやる。
それだけのことだった。

おそらく、ガーンドレッド家の慎重さは、そんな彼女の望みとは合致しないだろう。
知識と経験のある魔術師三人を失うデメリットを理解した上で、ミロクは速攻での始末を決断した。

「……大将は誰に仕えるべきなのか、何をするべきなのか、分かっているって言うんだな」
『貴殿は分からないとでも言うのか? ハサン・サッバーハともあろう者が』
「おお、俺様の真名が分かるのか。それも大将の魔力感知とやらかい?」
『ただの知識だ。アサシンのクラスでその仮面となれば、他に候補はなかろうよ。
 もっとも、何代目の何というハサンなのかは分からないのだが』

瓶の中のホムンクルスの言葉を受けて、仮面の英霊の口元に笑みが浮かぶ。
どこか自嘲めいた、皮肉げな、複雑な笑み。
彼は仰々しく瓶の前に膝をつくと、舞台役者の如く名乗りを上げた。

「そういえば名乗りが遅くなっちまったな、敬愛すべき我が主人よ。
 俺様は、『三代目』の『ハサン・サッバーハ』。
 またの名を、『継代』のハサン。
 しがない暗殺教団のまとめ役をやっていた男だ。
 以後、お見知りおきを……!」



 ◇



「二代目」が「粛清」された時の混乱を、彼は覚えている。

あまりにも偉大な「初代」の後を継いだ、二代目の「ハサン・サッバーハ」。
初代より劣る能力を、ある種の異能によって代替した二代目の下で、暗殺教団は成長の途上にあった。

彼は、初代と二代目の間でどういう引継ぎがあったのかを知らない。
何かの雑談の折に、二代目すらも初代の姿を見たことがないと聞いたことがある。
ではいったいどういう形で継承が行われたのか。
あまりにも不可解な二代目の始まりは、その日、永遠に尋ねることのできないものとなった。

誰も目撃者のいない空間で、首を切られて死んでいた二代目。
遺された痕跡と書置きから、それが初代による粛清であったことは分かった。
具体的には分からないものの、二代目の行いが初代の意に添わぬものであったことは分かった。
では残された教団はいったいどうすればいいというのか。
初期の暗殺教団は、一瞬にして崩壊の危機に瀕した。

そんな中、二代目に次ぐ実行部隊の実力者として、混乱をまとめ上げたのが彼だった。
彼は三代目ハサン・サッバーハを名乗り、初代と二代目のイメージに己の姿を重ねさせた。
それまであまり整っていなかった組織の改革も行った。
教団の運営をする長老たち。
暗殺術の研究開発を進める研究班。
日々技を磨く暗殺者たち。
これらを整理整頓し、その上に「山の翁ハサン・サッバーハ」が君臨する体制とする。
山の翁は、初代の粛清によって代替わりとする。
先代の山の翁が粛清されたら、原則としてその時点で最強の暗殺者が次の山の翁となる。

こういった、後の時代に当たり前となったシステムを整えたのが、彼だった。
いわば暗殺教団の中興の祖。
彼が居なければ、暗殺教団はもっと早い段階で空中分解していたであろう。
ゆえに贈られた二つ名が『継代』。
代を継ぐ体制を整えた、偉大なるハサンである。


そうして組織をまとめ、なんとか混乱を乗り切り、次代の育成も順調に進みつつあった頃……。
彼は、己の順番が来たことを悟った。
遥か遠くから叩きつけられるように向けられる、あまりにも純粋な殺気。
彼は部下たちに人払いを命じ、全てが終わってから発見されるよう段取りをつけてから、己の運命を待った。
果たして、だだっ広い部屋に、彼の死そのものが、音もなく現れた。

「逃げも隠れも致しませぬ。抵抗も歯向かいも致しませぬ。
 ただひとつ、もし聞いていただけるのなら、愚かな自分に賜りたいものが御座います」

自ら首を差し出す姿勢をとりつつ、相手の方も見ず、彼は尋ねた。

「理由を。お聞かせ願いたく」

返事は期待していなかった。
だが、意に反して、地の底から響くような声が、彼に応えた。


《 汝は、仕えるべき相手を間違えた 》


刃鳴りの音すら響かせず、彼の視界が回転した。
首を斬られたことを知った。
最後の刹那に、継代のハサンと呼ばれた男は思った。


(……どれのことだろう?)


あまりにも心当たりが多すぎた。とても絞り切れるものではなかった。

信仰のあり方を間違えていたとでも言うのだろうか?
数多の分派が生まれるように、突き詰めていくと難解なのがイスラム教というものである。
必要悪としての暗殺を生業とするのであれば、その解釈違いというものはいくらでも発生しうる。

世俗の権力に媚び過ぎたとでも言うのだろうか?
組織の改革に伴って、暗殺の依頼主である権力と接近を進めた自覚はあった。
口先だけのつもりではあったが、深い忠誠の言葉を吐いてみせたことだってある。

権力に溺れていたとでも言うのだろうか?
組織再編の過程で、意見を異にするものたちをねじ伏せもした。血も流した。
己自身が山の翁である、皆に仕えられる者である、という増長が無かったと言えば嘘になる。

ヒトとしての欲望に溺れていたとでも言うのだろうか?
妻や子も持ったし、カネや貢物も受け取った。
償いとしての喜捨は十分に行ったつもりではあったが、教団トップとして得たものがあったのは疑いない。

制度を整えることに腐心するあまり、制度の奴隷になっていたとでも言うのだろうか?
こうして抵抗することなく首を斬られたことすらも、彼が明文化した山の翁の定めだった。
あるいは初代すらも顎で使って自己満足に付き合わせたのだと、糾弾されても返す言葉もない。

あるいはまた――その全てか。

継代のハサンには分からなかった。
分からないまま、彼は死んだ。

英霊となってなお、彼は、己が真に仕えるべきものを、分からないままでいる。






女魔術師は長い金髪をなびかせて、校舎の中を必死に逃げていた。
もはや神秘の隠匿も、戦力の出し惜しみも、考えている余裕はない。
中世の物語から出てきたような騎士が、彼女の隣を並走しながら護衛する。

「なんで、こんな、ことに……」
「危ないマスターッ!」

廊下の曲がり角から、坊主頭でユニフォーム姿の野球部員が三人、飛び出してくる。
振りかぶるのは金属バット。
殺意に満ちたその攻撃を、甲冑姿のセイバーが止める。
一本は右手の剣で。一本は左手の盾で。残る一本は避けようもなく、脳天から直撃を食らう。

「セイバーッ!?」
「むうんッ!」

気合一閃、セイバーと呼ばれた騎士が剣を一薙ぎする。
それだけで三人の野球部員は大きく吹っ飛び、壁に激突して動かなくなる。
つうっ、と、兜の下から血が一筋、セイバーの整った顔につたう。

「刃ではなく剣の腹で打った、死んではいないはず……」
「貴方、怪我を……」
「大した事はない。しかし、微弱とはいえ、『神秘を帯びて』いた……どういう術だ!?」

女魔術師たちにとって、この学校は使い勝手のいい隠れ蓑であるはずだった。
東洋人の都に西洋人が居ればそれだけで悪目立ちしてしまう。
しかし、英語教師という肩書きがあれば、一気に自然に馴染んでも見える。

魔術師の一族の縁を使って潜入した、この学校。
沢山いる生徒たちは、万が一の時には肉の盾にも、人質にも、魂喰いのリソースにもなるはずだった。
清廉潔白なセイバーはいずれの手段も嫌がってはいたが、それでも最悪、令呪で押し切れるはずだった。

そんな多彩な用途があったはずの、罪なき学校の生徒たちが。
定時のチャイムが鳴った途端に、唐突に、彼女に対して牙を剥いた。
出会う生徒や教師が、手に手にあり合わせの武器を持って、彼女の命を狙って襲い掛かってきた。
説得の言葉は、一切通じなかった。

「魔術師やキャスターの、広範囲の洗脳術?
 いいえ、でもそれなら魔力の気配くらいは察知できているはず……」
「ひとりひとり術をかけていったにしては、あまりに早すぎる……
 何より、たとえアサシンだったとしても、そんなことをすれば気づかない訳がない!」

巨大な三角定規を構えて突進してきた数学教師を蹴り飛ばし、弓道部の放つ矢を空中で叩き折る。
どうやら生徒たちは正気を失ってはいるものの、素早さや筋力、耐久力は強化されていない。
ただ、いつの間にか間合いにまで入ってきている。
そして、微小ではあるけれど、英霊すらも傷つける能力を得ている。

「まさか、この物量だけでこの私を倒そうというのか?!」
「いくらなんでも、そんなことは……!」

あまりにも気が遠くなるような、岩に雨だれで穴をあけるが如き企み。
しかしセイバーにとっては雨の一粒でも、マスターである女魔術師が一回でも受ければ命に関わる。
どこか単調にもなりつつあった攻撃を、セイバーが受け止め、凌ぎ、殺さないように反撃して……

少し背の高い、文学少女といった風の女生徒が、分厚い本を振り上げて襲ってくる。
女魔術師には見覚えのある生徒だった。何度か質問に来ていた、真面目な優等生だった。
咄嗟にセイバーに、殺さないよう声をかけようとして、

スパッ。

「……え?」

兜に包まれた頭部が、宙に舞っていた。
セイバーの頭だ。
伝説に彩られた、神話と歴史の狭間に生きた、騎士の頭だ。
少しの時間差を置いて、首を失った甲冑姿の騎士の身体が、その場に崩れ落ちる。

「……悪いな。
 真面目にやると面倒な相手だったんで、チンケなペテンにかけさせて貰ったぜ」

文学少女の口から、中年男の声が漏れる。
片方の手には、分厚い本。
もう片方の手には……小さなナイフ。そんなものはさっきまで持っていなかった。

声も出ない女魔術師の眼前で、文学少女の姿がぐにゃりと歪んで……
そこに立っていたのは、全身タイツのような服に身を包んだ、髑髏の仮面の暗殺者。

「ウチの大将は訳あって引き篭りでね……伝言で失礼するぜ。
 『貴殿には悪いが、我が主人の望みのために、死んで頂きます』、だってよ」

次の瞬間、女魔術師の視界が回転する。
一回転して初めて、己の首も斬られたことを知る。
彼女たちの聖杯戦争はここで終わりで。
最後の刹那に、彼女は心底どうでもいい疑問を抱く。


こいつらの言う『主人』って、いったい、誰のことを言っているのだろう?



 洗脳装置。
 統べるは、無垢。
 〈はじまりの六人〉。
 抱く狂気は〈忠誠〉。

 ホムンクルス36号、あるいは『ミロク』。統べるサーヴァントは、暗殺者の伝説。


【クラス】
 アサシン

【真名】
 ハサン・サッバーハ
 もしくは継代(けいだい)のハサン

【属性】
 秩序・悪

【ステータス】
 筋力:C 耐久:D 敏捷:A 魔力:D 幸運:C 宝具:D


【クラススキル】
気配遮断:A+
 アサシンのクラススキル。自身の気配を消す能力。
 完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がってしまう。

諜報:A+
 気配を遮断するのではなく、気配そのものを敵対者だと感じさせない。
 親しい隣人、無害な石ころ、最愛の人間などと勘違いさせる。
 直接的な攻撃に出た瞬間、効果を失う。

 通常このスキルは気配遮断の入れ替えとするか、さもなければ、これを持つことで気配遮断のランクが著しく落ちることになる。

 他に例を見ない、双方高レベルな気配遮断と諜報のコンボによって何が起きるかというと……
 彼は、他の英霊や、ステータスを見る権限を持つマスターの前であっても、己が英霊ではないかの如く装うことができる。
 ごく普通の、背景の一般人の一人であるかのように誤認させることができる。
 そしてそう誤認させた上で、自然体でどんな場所にでも潜り込むことができる。

【保有スキル】
仕切り直し:B
 戦闘から離脱、あるいは状況をリセットする能力。
 後述する宝具とのコンボによっては、あまりにも厄介な展開を引き起こしうるスキル。

プランニング:A
 対象を暗殺するまでの戦術思考。
 僅かな手がかりから、守備側の思惑や行動のクセなどを高いレベルで推測することが出来る。

変化(潜入特化):B
 文字通りに「変身」する能力。自在に姿を変え、暗殺すべき対象に接近することが可能。
 ある程度の背格好の変更すら可能であり、極端な体格差でなければ(およそ身長155cm~185cmの間なら)自在に姿を変えられる。
 特定の人物に成りすますことも、異性に姿を転じることも可能。
 ただし外見を変えられるだけであり、能力は変わらない。


【宝具】
『奇想誘惑(ザバーニーヤ)』
 ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:10000人

 「我が意を受けて走れ、無垢なる傀儡ども――『奇想誘惑(ザバーニーヤ)』」

 無関係な一般人に催眠をかけ、暗殺者に仕立て上げる宝具。
 継代のハサンが至近距離で相手と目と目を合わせることにより、一瞬でこの宝具の影響下に置くことができる。
 令呪を有するマスター、および英霊は直接この催眠の対象に取ることは出来ない。

 対象は、催眠時に与えられた命令に忠実に従う。
 この命令は基本的に誰かを攻撃することと、そのための準備に必要なことしか命令できない。
 大抵の場合、包丁や金属バットなど、身近にある凶器を手にして対象を襲うことになる。
 いきなり襲い掛かるばかりではなく、タイミングを揃えるなど多少の小細工を弄することもできる。

 影響下の者は、「ランクD」相当の「気配遮断」スキルと、英霊換算で「筋力E-」相当の「神秘を帯びた」攻撃力を得る。

 何らかの事情でそれ以上の能力を有しているのならば、それはそれで維持される。
 このランクの気配遮断でも、通常は攻撃の間合いに入ることくらいは出来る。
 なお耐久力や敏捷性には補正がかからないため、大抵は一回攻撃を繰り出せればよい方であり、大抵は反撃で無力化される。
 洗脳されている、と看破さえできれば、魔術的にそれを解除するのもそう難しくはない。

 他の英霊を倒そうとするにはあまりにも貧相な攻撃であり、ゆえに宝具の評価もD相当。
 だが、この宝具の真価は最大捕捉数にある。
 発動に必要な魔力量も極小であり、魔力のパラメータの低い継代のハサンでも気兼ねなく乱発することが可能。

 周囲に一般人がいる限り、いつどこから誰が襲ってくるかも分からない、ほぼ無尽蔵の人海戦術。
 一撃ごとの威力は極小でも、無視できない蓄積によって神話の英雄すら倒しうる攻撃。
 そしてそれを振るうのは罪なき一般人であり、英霊の性格によっては火の粉を払うのも躊躇われることになる。
 ましてやこれが、アサシン運用の定石である、マスター狙いで振るわれた場合の脅威は計り知れない。

 さらにここに、無力な一般人を装った、継代のハサン自身が混じって攻撃に参加することすらありえる。
 筋力E-相当の攻撃を想定している所に不意打ちで筋力C敏捷A相当の攻撃が来れば、これは十分に英霊の命も奪いうる。
 あるいはそれを看破し防いだとしても、彼は「仕切り直し」て再び一般人の群れの中に潜伏してしまう。


【weapon】
 小ぶりなナイフ。投げてよし、刺してよしの使いやすい凶器。これを彼はどんな所にでも隠し持って入ることができる。

 ただし彼はその基本装備に拘ることはなく、現地調達できるものは何でも頓着なく使い、何であっても使いこなす。


【人物背景】
 謎に満ちた暗殺教団を統べる山の翁、その歴代ハサン・サッバーハの三代目。
 暗殺教団の中興の祖にして、教団の組織を整えた者。

 あまりにも偉大過ぎる伝説を残しつつ去った初代、異能をもってそれに代わる力とした二代目。
 しかしその二代目が初代によって処刑され斬首された際、初期の暗殺教団は崩壊の危機に瀕した。
 二代目の行いが初代の意に添わなかったのは分かる。
 では、残された者たちはどうすればいいというのか。
 混乱の中、それでも当時一番の実力者であった彼が皆をまとめ、三代目の山の翁を名乗り、組織を再編した。

 組織運営、暗殺術開発、実行部隊である暗殺者たちを、それぞれ整理して。
 そしてその頂点に、山の翁ハサン・サッバーハが君臨する。
 山の翁は、初代の手による処刑によって代替わりする。
 先代が処刑された時点で最も優れた暗殺者が、年齢や性別を問わず、次代の山の翁を襲名する。

 こういったシステム面を改めて整えたのが、三代目ハサン・サッバーハ、またの名を「継代」のハサンであった。
 彼が居なければ暗殺教団はもっと早い時期に崩壊していたことだろう。
 彼の二つ名は、まさに「代を継ぐ体制を整えた」その功績から贈られたものである。

 彼はまた一方では、暗殺教団についての俗説の元となった能力の使い手でもあった。

 「暗殺教団は一般の若者を大麻を使って惑わし、快楽を教え、その快楽欲しさに暗殺に従事するように仕向ける」

 この伝説そのものは虚偽であるものの。
 継代のハサンが使う技は、教団とは無関係な者を暗殺者に仕立て上げるという、ある種の催眠能力であった。
 正体を隠して暗殺対象の身近にいる一般人に接触し、自由意志を奪い、暗殺を実行させる。
 麻薬伝説は、不可解な下手人が捨て身で暗殺を行い、捕縛されれば訳の分からない供述をする姿から生まれたのだ。

 最終的に継代のハサンは、一通り教団の態勢を整え、次代の才能を育てた上で、初代「山の翁」の刃によって処刑された。
 彼が最後に聞いた言葉は「汝は仕える相手を間違えた」。
 しかしそれは英霊の座に上がった後も、彼を縛り続ける言葉ともなった。

 初代はいったい、自分が何に仕えていたと断じたのだろう。

 おそらくそれは尋ね返すのも野暮なことであるし。
 もし再び初代と会うことがあったとしても、回答もなくまた斬られるだけだろう。
 それでも彼はその言葉の真意を知りたいと思ってしまった。
 人生の答え合わせを、継代のハサンは望んだ。


【外見・性格】
 髑髏の仮面を被った中年男。仮面の下半分からは無精髭の生えた口元が覗く。引き締まった体躯で、やや猫背。
 仮面を取る必要がある場合、野生的な印象で眉の太い男の顔が出てくる。

 ただし変装の達人でもあるため、それが彼の「真の姿」であるかどうかは誰にも分からない。
 あくまでその姿は、暗殺教団の長として、身内の関係者に分かりやすいように見せていた「普段の姿」でしかない。
 一人称は俺様、自信満々でどこか芝居かかった言葉や身振りを好むが、これも意識的に作る「普段の姿」である。


【身長・体重】
 171cm/72kg (普段の姿)


【聖杯への願い】
 自身が初代「山の翁」に殺されたときに言われた、「汝は仕える相手を間違えた」。
 その言葉の真意を知りたい。
 可能性はいくつか思い浮かんでいるし、その全てを含有しているのかもしれないが、それでも確かめたい。

 聖杯で初代様を呼び出して聞く? やだよ、また同じこと言われてそのまま殺されるに決まってるじゃん。
 答えだけ直接知りたいの。
 野暮だってことは自覚がある。


【マスターへの態度】
 危うい主人。
 能力面においてはクセが強いが、かなりのアタリ。
 決断力や判断力、知識の広さなどを好意的に評価している。
 ただし最後まで勝ち残る気がどうにも希薄で、聖杯戦争のパートナーとしてはやや困った相手。
 「前回」のように、彼の「主人」とやらのために自己犠牲をやられたらたまったものではない。
 このまま変わらないようであれば、どこかでコンビ解消と相棒の乗り換えも考えねばならないかもしれない。



【名前】
 ホムンクルス36号/ミロク

【性別】
 男

【年齢】
 0歳6ヵ月(知的活動のできるホムンクルスとして完成してから)

【属性】
 混沌・悪

【外見・性格】
 大きな瓶の中に入った胎児の姿をした旧式のホムンクルス。
 人間で言えば妊娠9ヵ月ほどの胎児に相当し、見た目としてはもうほとんど赤ん坊に近い。
 唯一ヒトと異なるのは髪の色と瞳の色で、どちらも淡く青く発光している。
 瓶の中で器用に回転することもできるが、主に頭を下にして浮かんでいる。
 令呪は右の尻肉に刻まれている。

 彼が入っている瓶は、ちょっとした強化ガラス並みの強度はあるが、脆いものであることは間違いない。
 瓶の中は魔術的に調合された人工羊水で満たされている。
 瓶の口近くは細く狭まっており、コルクの栓を開けたところで彼の身体は外に出ることは出来ない。悪意あるボトルシップ。
 瓶の外に出られるのは瓶が割れた時――すなわち、彼の死が確定した時だけである。


【身長・体重】
 45cm/2.5kg (本体のみ、瓶や人工羊水抜きの数値)(推定値)
 80cm/12kg (瓶や人工羊水込み)


【魔術回路・特性】
 質:A+ 量:E-
 造物主の手により、あまりにも異様なパラメータになるように狙って造られている。
 この結果、彼は誰よりも魔術に精通し、高い魔力感知能力を持っていながら、自ら魔術を行使することはできない。

【魔術・異能】
 超高性能な魔力感知。
 彼は瓶の中に坐したまま、半径数キロ圏内の、魔力を有するものの動きを手に取るように理解することができる。
 つまり彼の周囲では、魔術師や英霊の類は、基本的に隠れることが出来ない。
 もし魔術や神秘の力を行使する者があれば、大まかな魔術の系統や、行った術の大雑把な目的を把握することもできる。

 これらの分析は近づけば近づくほど精度が上がり、より正確な情報を確保することができる。
 至近距離であれば、結界の類などの分析も出来てしまう。

 その一方で、彼自身が持つ魔力量の極端な少なさから、ほとんど積極的な魔術の行使はすることが出来ない。
 魔術の知識は豊富で多岐に渡るが、それらはすべて敵の分析に費やされることになる。


【備考・設定】
 欧州の魔術師の一族である、ガーンドレッド家に造られた旧式のホムンクルス。
 他の家では既に瓶から出て人間のように過ごせるホムンクルスを実用化しているのだが。
 このガーンドレッド家ではあえて古典的な、瓶の中でしか生命を維持できないホムンクルスを多用している。

 時計塔ではあまり目立たないようにしている一族ではあるが、家の規模は大きく、歴史も古く。
 極めて慎重に、本家の当主は表に出ることなく、何かあれば広く抱えた分家の者を派遣するのが常だった。
 その偏執的な慎重さは、臆病と評しても間違いではない。

 さらに、聖杯戦争のようなリスクのある催し事にも積極的に首を突っ込んでいくのだが……
 それらの際には、さらに慎重に、使い捨てのホムンクルスを代理で矢面に立たせる。
 あえて旧式のホムンクルスを多用するのも、彼らには造物主を裏切ることが出来ないからに他ならない。

 一回目の聖杯戦争でも、二回目の聖杯戦争でも、彼らは分家の人間を三人と、ホムンクルス一体を派遣した。
 英霊と契約を結びマスターとなる役目はホムンクルスに任せ、間違っても災いが本家に及ばないよう配慮した。

 一回目の序盤では、三人の魔術師が主導権を握って深慮遠謀を巡らしていた。
 しかしある時、魔力探知のために前線近くに出てきていた36号と、神寂祓葉が偶然にも遭遇。
 『ミロク』の名を貰い、一瞬にて祓葉の虜となった36号は、すぐさま魔術師三名を謀殺し、祓葉に忠誠を誓った。
 その後すぐに彼は祓葉を守るために自ら志願して囮となり、他の参加者の手によって殺された。
 実質、神寂祓葉のせいで死んだようなものである。

 今回の第二次聖杯戦争においては、彼はサーヴァントが召喚された途端に三人の魔術師を裏切り、抹殺した。
 自由を得た彼は、神寂祓葉が望んでいるであろうことを推測し、聖杯戦争に積極的に参加する道を選んだ。


 洗脳装置。
 統べるは、無垢。
 〈はじまりの六人〉。
 抱く狂気は〈忠誠〉。

 ホムンクルス36号、あるいは『ミロク』。統べるサーヴァントは、暗殺者の伝説。


【聖杯への願い】
 なし。
 仮に何かの間違いで手中に入った場合、そのまま神寂祓葉に捧げる。
 万が一にも神寂祓葉が途中で死亡した場合、迷わず聖杯の獲得に向けて動き、その奇跡を用いて神寂祓葉を蘇らせるだろう。


【サーヴァントへの態度】
 使える能力を持っているサーヴァント。
 ただし、ミロクが神寂祓葉に捧げる忠誠に、不信感を抱いているのは勘づいている。
 彼も実際に神寂祓葉に会えば考えを変えるだろうと思っているが……。



【備考】
 ハサン・サッバーハの初代~三代目までの流れ、および継代のハサンの設定は当企画のために造られたオリジナル設定です。
 今後の公式の展開によっては、矛盾する点が出てくる可能性があります(投下時は2024年6月末)。
 その場合、「こういう経緯を取った並行世界もあった」程度にお考えいただけると幸いです。

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最終更新:2024年07月01日 12:30