父はよく、兄と自分をキャンプに連れていってくれた。
……キャンプ、と言っても実際のところは修行の一環である。
天地万物との合一を標榜する高乃の魔術師にとって、自然の中で生活するというのは効率的な修行方法のひとつだった。
東洋魔術師である高乃の修行は、例えるなら修行僧のそれに近しいものだ。
禅僧だとか、密教徒だとか、武僧だとか、そういうもの。
瞑想し、木火土金水に触れ、呼気を整え、体に気を巡らせて、宇宙と一体化する。
あるいはその補助としての、武術の鍛錬だってした。
普段は温厚な父も、流石に魔術の修行となれば息子たちにも厳しく接した。激しい叱咤もされたし、ぶたれたことだってある。
けれど――――けれど、それはやっぱり、“キャンプ”だった。
父は、そのつもりだったと思う。
自分も、そのように捉えていた。
魔術の修行をする時に父が厳しくなるのは、家でもそうであったし……修行がひと段落したタイミングではいつも、キャンプとしての楽しみを提供してくれていたからだ。
一緒にテントを張った。
一緒に火を起こした。
一緒にカレーを作った。
一緒に星を数えた。
寝る前には面白い話をしてくれたし、朝起きればいつもの穏やかな笑顔で「おはよう」と言ってくれた。
だから多分あれはちゃんと、キャンプだったのだ。
確かに修行のためではあったけれど、同時に息子たちに対して提供されたレジャーでもあったのだろう。
楽しかった、と思う。
それ以上に“嬉しかった”のだということを、強く覚えている。
息子たちが、過酷な修行で潰れてしまわないように。
息子たちに、楽しい思い出を残せるように。
あれが、魔術師としての冷徹さを侵さない範囲で父として与えられる愛のカタチであったのだということがわかったから。
父が兄と自分を愛してくれているのだということが、染み入るようにわかったから。
キャンプにいる間、例え厳しい修行の最中であっても、幸せな気持ちに包まれていたことをよく覚えている。
「――――河二には、武術の才能があるよ」
寝る前に、父がそんなことを話してくれたことを覚えている。
兄の青一はもうすっかり寝入っていて、自分はなんだか眠れなくて、見かねた父が暖かいココアを、兄には内緒だと言って淹れてくれたことを覚えている。
武術の才能がある、と言ってくれた言葉の裏には――――魔術の才能はあまり無い、という言葉が隠れていることは、幼い自分にもわかっていた。
優秀な兄に比べ、自分はあまり魔術の才能には恵まれなかった。
そもそも、あまり期待もされていなかったのだろう。
次男である自分は所詮、後継者たる兄のスペアに過ぎなかったのだ。
父は兄と自分を平等に愛してくれていたが、魔術師としてかける期待そのものは、明らかに兄に比重が傾いていた。
それを自分も理解していたし……それでいい、とも思っていた。
不満は無かった。
ほんの少しだけ、寂しいという気持ちが無いでもなかったが……けれど自分は十分に、愛されていたのだから。
これ以上を貰ってしまえばバチがあたってしまう、と思っていた。
今でも、そう思っている。
「多分、武術については、青一よりも河二のほうが上なんじゃないかなぁ」
「……兄さんは、僕よりも魔術の勉強をがんばってるから。それだけだよ」
そう返すと、父が困ったように苦笑したことを、覚えている。
……皮肉を言ったつもりはなかったし、やっかんだつもりもなかったし、謙遜したつもりもなかった。
ただ純然たる事実として――――兄よりも武術に割く時間が多かったから習熟しているだけだろうと、自分では思っていた。
今にして思えば、まぁ、扱いづらい子供であったと思う。
せっかく褒めてくれた父には悪いことをした。ここは素直に喜ぶべき場面だっただろう。
それでも父は、慈しむようにこちらの頭を撫でながら、穏やかに微笑んだ。
「じゃあ……青一が魔術の勉強で忙しい分、河二がうんと強くなって、青一を助けてあげてね」
「……うん。でも、ちゃんと魔術も勉強するよ、僕」
「はは、頼もしいなぁ……えらいぞ、河二」
……覚えている。
ちゃんと、覚えている。
優しい父を、覚えている。
愛してくれたことを、覚えている。
思い出す度に、胸の奥がじんわりと暖かいもので満たされていく。
だから――――――――許すべきではないと、誓ったのだ。
数ヵ月前に、父が死んだ……殺された、あの時に。
◆ ◆ ◆
「――――――――それで、復讐ってか」
東京。
多摩川。
橋の下。
ひとけの無い暗がり。
遠くには文明の光。
ろくに人も通らないその場所で、二人の男が段差に腰かけている。
半袖のジャケットを着た高校生程度の少年と、真紅の外套を纏った、古代地中海の将校を思わせる大男である。
その奇妙な取り合わせの二人組は並んで座り、それぞれの手には二つ折りの棒アイスが握られていた。
……大男が少年にねだって買わせて、その癖に二つに折って片方を少年に差し出したものだ。
俺達は財産を私有しないのだと、大男は得意げに笑っていた。買わせたアイスに私有も何もあるまいに。
「……そうだ。兄さんや母さんには、止められたがな」
少年――――
高乃河二はぼんやりと対岸の建物から漏れる光を眺めながら、そう答えた。
長い黒の前髪を、右に流した少年である。
表情に乏しい顔は見る者に怜悧な印象を与え、抑揚の少ない声色は聞く者に突き放すような印象を与える。
そういう、どこか冷たく浮世離れした雰囲気の少年だった。
「…………止めるか、ランサー?」
視線を隣に向ける。
ランサー、と呼ばれた大男は――――嗚呼、当然、サーヴァントである。
英霊である。
過去に偉業を果たし、人類史に名を残した、偉大なる戦士である。
「いんやァ? 止めねぇ止めねぇ。おっまえ、古代の兵士がそういうの止めると思うかね?」
その偉大な戦士は、からからと問いを笑い飛ばし、アイスを吸った。
古代地中海の将校がコンビニで買ったアイスをうまそうに食べているというのは、なんとも奇妙な光景である。
けれどそれが、親しみやすさになっている。
表情のひとつひとつに自信が満ち、爽やかさを纏い、それらが自然体で、不思議と人を惹き寄せる、そんな男だった。
「お前も知ってるだろ。俺達は、“そーいう感情”を武器にして戦ってたんだぜ」
「……そうか……そうだったな」
復讐に意味など無い――――兄はそう言った。
正しい言葉だと思う。
魔術師らしい、合理的な判断だと思う。
わざわざ危険を冒してまで、死んだ者のために戦う必要などどこにもない。
父を愛していたとか、父に愛されていたとか、そんなことはどうでもいいことなのだ。
それはそれで、これはこれ。
魔術師にとって必要なのは合理的な判断であり、血統の保存なのだから。
兄はそう言って、母も同意した。
……ただ河二だけが、それを良しとしなかった。
父は多分、青一と河二の成長を喜んでいた。
青一が当主を継ぐに相応しい実力と知識を身に着け、嫁を取り、孫を産む……そんな未来をきっと、楽しみにしていた。
その父が、死んだ。
殺されたのだ。
何者かに。
唐突に。
これまでずっと、二人の息子を愛してくれていた父が死んで――――復讐を志さないのなら、父の愛はどこに行くのだろう?
今でも父のことを思い出せば、幸せな気持ちが満ちていく。
それは間違いなく、父が河二のことを愛してくれていた証。
だというのに、父を殺したナニカを見過ごして……それは父から受けた愛を、無かったことにするようなものではないのか?
あの人は息子を愛してくれたのに、息子はどうしたら愛を返せるのだろうか?
河二は納得ができなくて、だから復讐を決めた。
それが無意味で、父もそれを望むまいとわかっていても、そうあるべきだと思ったから、そう決めた。
父に愛に報いる方法を、河二は他に思いつかなかったのだ。
愚かなことだと、自分でも思いながら。
「ただまぁ、そうだな……年長らしくちょっとアドバイスっぽいこと言うなら……」
その愚かな決意を、ランサーは感じ取っているのだろうか?
短い付き合いだが、この男が世話焼きであることは、なんとなく理解できていた。
年長の者が年少の者を導く――――今でも存在する規範であり、ランサーが生きていた時代にはもっと強固に存在した規範であろう。
少し言葉を選ぶような間を置いてから、ランサーは涼しげに笑って、続けた。
「ちゃんと復讐が終わったら笑えよ、マスター」
「……笑う?」
「そ。じゃなきゃ意味がねぇ……いいかマスター、人生ってのはなぁ……」
説教臭い老人のような言い回し。
……事実として彼は遥か古代を生きた年長の“老人”であり――見た目は戦士として十分に若々しいが――若人に教訓を残したがるのは、老人の宿命か。
「人生ってのは、最後に『ああ、いい人生だった』っつって終われなきゃ、つまんねぇぜ。好きなことして、最後はちゃんと笑って死ね。悔いとか作るもんじゃねぇんだ」
「………………歴史書を読む限り、本当に貴方の人生に悔いが無かったとは僕にはあまり思えないのだが」
「んー……確かに悔いがねぇっつったら嘘っちゃ嘘かもな。下手こいたことも何度もあるし、親友は先に死んじまうし、俺の後継いねぇから国が衰退するのも見えてたし……」
彼の人生は、確かに成功と栄光に満ちていて。
けれど決して、全てがうまくいった訳ではない。
国内の政敵に後れを取ったこともあったし、親友に先立たれもしたし、そして彼の死後ほどなくして、彼の故郷は滅びてしまったし。
「……でも、“それはそれ”で、“これはこれ”だしな。欲しいものはたくさんあって、手に入ったものもたくさんあった」
それでも――――それでもランサーは、ひとつの憂いも無いような顔で、少年のように純粋な笑みを見せた。
「――――――――――――だから、いい人生だったっ! 胸張って言えるぜ、俺は!! わははっ!!」
……自信満々にそう言われてしまえば、返せる言葉は何も無い。
「胸を張れることを増やしてけよ、マスター。それで、胸を張れることを振り返って、胸を張って生きて死ぬのさ」
それは力強く、自由な笑みだった。
世界的に見て、決して有名ではない。
けれど古代ギリシャの歴史を語る上では、外せない。
都市国家テーバイの将軍。
ギリシャ最強と呼ばれたスパルタの軍勢を打ち破り、スパルタとアテナイの同盟軍を打ち破り、テーバイという都市をギリシャの覇権国家へと押し上げた男。
150組300名からなる同性カップルによる常備軍『神聖隊』を率いて戦った、勇猛なる稀代の名将。
その人生において敗北を知らずに死んだ、テーバイ最後の英雄である。
◆ ◆ ◆
――――――――故郷が好きだ。
ギリシャという地域が好きだ。
ボイオティアという地方が好きだ。
テーバイという国が大好きだ。
アテナイ人は理性と哲学、即ち叡智を貴ぶ。
嗚呼――――すごいことだと思う。
彼らは常に哲人たるを良しとし、その優れた知性によってギリシャの覇権を握るに至った。
スパルタ人は屈強と果敢、即ち武勇を貴ぶ。
嗚呼――――すごいことだと思う。
彼らは常に精強たるを良しとし、その優れた武力によってギリシャの覇権を握るに至った。
そしてテーバイ人は友誼と信頼、即ち愛情を貴んだ。
嗚呼――――本当に、すごいことだと思う。
本当に、愛おしいことだと思う。素晴らしいことだと思う。
これはもちろん、アテナイ人が薄情であるとか、スパルタ人が阿呆であるとか、テーバイ人が軟弱であるとかいうことを意味しない。
ギリシアの民は誰もがそれらを重んじ、けれどその中で、都市によって特に重んじるものが違う、という話だ。
そしてだからこそ、愛を重んじたテーバイ人のことが、エパメイノンダスは好きだった。
そういう風土を育てた、テーバイという国が好きだった。
だって、ほら、知ってるか?
テーバイを建国した
カドモスは、愛する妹を探すために旅に出たんだ。
そして、愛する部下を殺した蛇竜に、部下の仇を取るために挑みかかったんだ。
カドモスが娶った女神ハルモニアーは、愛の女神アフロディーテの愛娘なんだ。
二人の結婚式には神々が参列して、たくさんの贈り物をくれたんだ。
老いたカドモスはアレスの怒りによって愛する子供たちや、テーバイの民がこれ以上傷付かないように、テーバイを去ったんだ。
見ろよ――――この国を作った英雄からして、こんなにも愛で溢れている。
俺達は愛の女神の遠い子らで、愛深き英雄の遠い子らだ。
英雄というのなら、テーバイで生まれたヘラクレスを見よ。
豪勇無双、最強無敵……そんなヘラクレスは数多の冒険の果て、数多の友を愛し、数多の女を愛し、数多の美少年を愛した。
こんなにも多くの人を愛した英雄は、他にはいない。
こんなにも多くの人に愛された英雄だって、いないだろう。
俺達のテーバイは、あんなにも愛深き英雄を生み出したのだ。
オイディプスの悲しき愛も、語らねばなるまいか?
あるいは、テーバイ攻めの七将の悲劇を語るべきだろうか。
けれどそれら、身内殺しの悲劇が語られるのは――――俺たちテーバイ人が、身内の者を深く愛するが故の裏返しだろう。
身内の者を深く愛するからこそ、身内の争いを悲劇として語り継いでいるのだろう。
父母を愛するが故に国を離れ、知らずに父を殺し母を娶ったオイディプスの悲劇を。
その子らが兄弟の間で骨肉の争いを繰り広げる、テーバイ攻めの七将の悲劇を。
そうだ。
俺達テーバイ人は、他のどの都市の者よりも深く、愛することを愛した。
ゴルギダスの考えた神聖隊は、まさしくテーバイ人のための軍隊だったと思う。
150組300人の恋人たちを集め、互いを守るため、互いにいいところを見せるために奮戦させる。
愛深きテーバイ人だからこそ成立した、実にテーバイらしい軍隊だった。
もしも他の国があれを真似したとしても、テーバイの神聖隊ほどに強力な軍隊にはならなかっただろう。
そういうテーバイが、俺は大好きだった。
そういうテーバイで、親友のペロピダスと共に戦えたことを嬉しく思う。
そういうテーバイを、ギリシャで一番の都市にできたことを、本当に誇りに思っている。
……俺が死んだ後に、フィリッポスとそのガキが滅ぼしちまったらしいけどな、テーバイ。
あのガキ、覚えが良かったからな。
楽しくって、ちょっと教えすぎちまったかな。
でもまぁ、しょうがねぇさ。
俺はあのガキが結構好きで、そのために滅びてしまったというのなら、それはあまりにテーバイらしい。
テーバイは、幸せな国だった……なんて、後継者を育てられなかった俺が言うのはあまりになんだけれど。
人生に悔いが無いと言えばそれなりに嘘になるし、確かに嫌なことや悲しいことだって、たくさんあったけれど。
それでもやはり、テーバイ最後の英雄エパメイノンダスは、胸を張って言える。
あまりにいい人生を生きて――――故郷テーバイは、愛に満ちた幸せな国だった。
◆ ◆ ◆
「……来たぞ、ランサー」
「お、ようやくかい」
ニィと笑って、中身を吸いきった棒アイスの残骸を投げ捨て……ようとしたのを、河二が止めた。真面目である。
コンビニで貰ったビニール袋にゴミを入れてから……改めて、二人は立つ。発つ。
河二が強く地面を踏み締めれば、りん――――という澄んだ音と共に、周辺に微弱な魔力が滑り出した。
人払いの結界。
これよりこの場所に、魔力持たぬ部外者は立ち入れない。
二人の視線の先には、同じく二人組。
聖杯戦争の参加者。
英霊を連れた魔術師。
河二たちはなにも雑談のために川辺にいたのではなく、他の参加者を待ち伏せていたのだ。
「んじゃ手筈通りに俺がサーヴァント、お前がマスターな。護衛つけとくか?」
「いや、必要ない。僕の手に余ると判断した時、改めて要請する」
「あいよ」
相手の方はやや驚いたような反応を見せたが……すぐに、臨戦態勢を取った。
当然だ。
これは聖杯戦争で、魔術師とサーヴァントが互いに殺し合う儀式なのだ。
仮想された偽りの東京で、二組四人の死合が始まる。
河二はジャケットを脱ぎ捨て、深く呼吸――――両碗の“義手”を含む三つの“呼吸口”から気を取り込み、世界へと潜って行く。
ゆっくりと腰を落とし、大股を開いて重心を後ろに寄せ、軽く開いた両手で空を撫でるように構えを取る。
それは流れる水のように流麗で、淀みのない所作である。
父から受け継ぎ、鍛え上げた、太極を描く高乃の武術である。
父が河二を愛した、その証のひとつである。
視線は鋭く。
真っ直ぐと前へ。
向ける言葉は、決めていた。
そうであるという確率が、酷く低いものであるとわかっていても。
隣のランサーは槍と盾を構え、マスターの宣戦を待っている。
……では、往こう。
「問おう、魔術師――――――――――――この技に、覚えはあるか」
求むるは父の仇。
道しるべは受け継ぎし技。
いざやいざ――――――――我、汝の悪果なりや。
【クラス】
ランサー
【真名】
エパメイノンダス@古代ギリシャ
【属性】
中立・中庸
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷D 魔力D 幸運A 宝具C
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
【保有スキル】
軍略:B
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
ランサーの類まれなる戦術は、テーバイという都市をギリシャ最強の覇権国家へと押し上げた。
彼の戦術は奇縁にてマケドニアの征服王へと受け継がれ、テーバイは皮肉にもそれによって敗れることとなる。
カリスマ:C
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
ランサーは勇敢に前線で戦う将軍であり、常に兵たちと共にあった。
戦闘続行:B
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
たとえ胸に槍が突き刺さろうと、己の役目を果たすまでランサーが死ぬことは無い。
奮戦の誉れ:C
集中攻撃に対する防御的直感。
ランサーにターゲット指定を行っている敵の数に比例して防御に有利な補正がかかる。
時に窮地の親友を守るため、時に指揮官を先んじて叩くという相手の戦略のため、幾度となく敵からの集中砲火を受けながらもそれを凌いだ。
【宝具】
『神聖なる愛の献身(テーバイ・ヒエロス・ロコス)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:2~40 最大捕捉:300
浮遊する150対の槍と盾。
ランサーはこれをある程度自由に指示・操作ができるが、その本懐は150対300個からなる武装群の自立戦闘にある。
槍と盾はそれぞれ“組”が決まっており、槍は組んだ盾の、盾は組んだ槍のフォローを自動的に行う。
これにより大まかな指揮のみで複雑な戦闘行為が可能になる他、隊を分けて視界外に配置するなどして問題なく交戦を可能とする。
槍や盾が破壊されてしまった場合、“組”となるもう片割れは一時的に限界を超えた駆動を行い、後を追うように消滅する。
真名解放を行わずとも数組程度なら召喚可能。
テーバイには“神聖隊”と呼ばれる常備軍が存在した。
それは定員300名からなる歩兵部隊であり、そして“150組の同性カップル”という特色を持っていた。
曰く、男たちは隣で戦う恋人を守るため、恋人に英雄的な姿を見せるため、恋人に惨めな姿を見せぬため、常よりも勇猛に奮戦したという。
神聖なりし“愛”というエネルギーをシステマティックに力へと変換する、ギリシャ最強の軍隊のひとつである。
【weapon】
『無銘・槍/盾』
重装歩兵の装備である槍と盾。
デザインは『神聖なる愛の献身』で呼び出すものと同じ。
盾にテーバイの英雄ヘラクレスを示す棍棒が描かれているのが特徴的。
【人物背景】
紀元前5~4世紀頃に活躍した、ギリシャの都市国家テーバイの将軍。
貧困貴族の家庭に生まれるも、高度な教育を受け、ピュタゴラス教団の哲学を愛した男。
テーバイという国家をほんの一時だけ、ギリシャ最強の覇権国家に仕立て上げた稀代の軍略家。
当時のテーバイはスパルタとアテナイの間で揺れ動く三番手・四番手の立場に過ぎなかったが、エパメイノンダスは精強なる神聖隊を率いて頭角を現す。
やがて親友ペロピダスと共にスパルタの支配を跳ね除けると、テーバイという国家の短い黄金期が始まった。
エパメイノンダスはボイオティア同盟軍の司令官となり、スパルタ率いるペロポネソス同盟との決戦に挑む。
決戦の名は、レウクトラの戦い――――ボイオティア同盟軍7000人前後に対し、ペロポネソス同盟軍11000人前後。
ボイオティア同盟軍は数で大幅に劣りながらも、エパメイノンダスの優れた戦術眼と的確な陣形指揮によって見事に勝利を収める。
ギリシャ最強と呼ばれるスパルタの軍勢を正面から打ち破ったテーバイは、瞬く間にギリシャ世界の覇権国家として名乗りをあげた。
続くペロポネソス遠征の中で、国内の政敵からの政治的攻撃によって将軍の座を追われるなどの瑕疵もあった。
それでも彼は一兵卒として従軍し、敵の奇襲によって全滅の危機に陥れば指揮権を移譲されて危機を切り抜けるなどの活躍を果たした。
連戦連勝、常勝不敗。
攻めあぐねて兵を退かせることはあっても、決してテーバイに敗北をもたらすことはない。
常に兵士たちと共に前線に立ち、テーバイの栄華を約束する無敵の将軍。
そんなテーバイの英雄エパメイノンダスの最期は、四度目のペロポネソス遠征。
スパルタとアテナイ、常ならば反目し合う二つの大都市が手を組み、アルカディア地方の都市マンティネイアと共にテーバイと対立していた。
そして始まる、マンティネイアの戦い。
エパメイノンダスはいつも通り前線に立ち、スパルタの指揮官を討ち取り、勢い乗って押しに押した。
しかしそれ故に敵からの集中攻撃を受け、大いに奮戦してその猛攻を防ぐも――――やがて一本の槍が、とうとう常勝将軍の胸に突き刺さった。
けれど同時に、ボイオティア同盟軍は敵軍を打ち破って敗走させた。
エパメイノンダスはしばらくの間生きていたが、指揮権を移譲するべき上級将校がことごとく戦死したことを確認すると、敵と講和するように部下に命じた。
そして「満足のいく人生だった。敗北を知らずに死ねるのだから」と言って、死んだ。
親友ペロピダスの戦死から二年後のことであった。
結局、マンティネイアの戦いは事実上テーバイの勝利ということになった。
しかし、ペロピダスとエパメイノンダス、二人の偉大な指導者を失ったテーバイに、もはやギリシャの覇権を維持する力は無かった。
テーバイは見る見る内に衰退し、最後はフィリッポス二世及びアレクサンドロスが率いるマケドニアの軍勢に敗れ、滅びた。
僅か10年程度の黄金期を味わい、跡形もなく滅び往く。
そんなテーバイの最期を彩ったエパメイノンダスは、現代でもテーバイ改めティーヴァ市の英雄として銅像が建てられている。
余談だが、対ファランクス用ファランクス運用戦術『斜線陣』に代表される彼の軍略は、その高度さ故にかテーバイ国内の将校に継承させることはついぞできなかった。
彼の教えを受け、その軍略を継承できたのは当時テーバイに人質として滞在していたマケドニアの王子フィリッポス二世。
そのフィリッポス二世こそ、かの“征服王”イスカンダルの父親であり、征服王は父よりエパメイノンダス仕込みの軍略を授かったのである。
やがてそれを昇華させた『マケドニア式ファランクス』がテーバイを滅ぼしたというのは、なんとも運命の皮肉と言う他はあるまい。
【外見・性格】
栗色の癖毛、自信に満ちた表情、屈強な肉体と精悍な顔立ち。
いっそ不敵と評するのが相応しいような、人を率いる気風をごく自然に纏う男。
真紅の外套の下には、年季の入った重装歩兵の装備を身に着けている。
見た目の通りに自信家で、楽天家で、野心的で、強欲。
名誉を好み、勝利を好み、栄華を好み、友情を好み、愛情を好み、哲学を好み、故郷を好む。
そのどれもを積極的に求めながらも、そのどれもを心から好んでいるためにどれかひとつへの執着を見せないという矛盾を孕んでいる。
欲しいものは多いのに、それはそれとして手に入らずともあっけからんと納得できる。
今あるもので満足することもできるのに、それはそれとして貪欲にそれらを求め続ける。
言ってしまえば「自分の欲望に正直で」「精神的な切り替えが早く」「良かった探しがとてもうまい」という人物。
それは他人から見れば酷く適当な態度にも見えるだろうが、何があってもくよくよしない前向きさと捉えれば美徳とも言える。
【身長・体重】
188cm/96kg
【聖杯への願い】
特になし。
己の人生に悔いはなく、奇跡に縋ってまで叶えたい願いはない。
とはいえ使える奇跡を手放すほどの無欲でもなく、受肉して故郷を見に行くのも悪くないと考えている。
【マスターへの態度】
思い詰めたガキ。
復讐に思い詰めている、というよりは「復讐をするべき」という彼の中の尺度に思い詰めているという認識。
もっと楽しく生きればいいのに。まぁ偉大な先達として、ちょっとぐらい助けてやるか!
【名前】
高乃河二 / Takano kouji
【性別】
男
【年齢】
17歳
【属性】
中立・善
【外見・性格】
長い前髪を右に流した、黒髪の少年。
やや表情に乏しく、無感情な印象を周囲に与えがち。
陰気というよりは怜悧な雰囲気で、クラスの女子からは密かに人気らしい。
制服にせよ私服にせよ、後述する礼装のために半袖を好む。
そして、見た目の通りに冷静沈着。
他人との積極的な交流を好まないが、他人に対して礼を失するようなこともあまりしない。
遊びに誘われればやんわりと断り、恩を受ければ相応の礼を返す。生真面目な堅物。
善因善果・悪因悪果―――――善行であれ悪行であれ、相応の報いがあるべきだ。
けれど、世の中がそう都合のいいものではないということもわかる。
だからこそ、せめて自分だけでも向けられた善意に善意で返し、悪意には悪意で返すように心がけている。
その思想はある種の義理堅さとして、あるいは厳格さとして表れるだろう。
【身長・体重】
173cm/67kg
【魔術回路・特性】
質:D- 量:D+
特性:『融合』
高乃家はいわゆる東洋魔術を研鑽する魔術師であり、西洋魔術とはアプローチが異なる。
【魔術・異能】
◇生体義肢『胎息木腕』
高乃家が製法を伝える“修行器具”。
河二の両肘から先は霊木で作られた木製の義肢となっている。
この霊木は義肢となってなお生きており、霊的な“呼吸”を行って河二に還元する。
即ち、内丹術の基礎である胎息――――呼吸法によって“気”を取り込み養う修行を、通常より遥かに高効率で行うことができるのである。
もちろん、相応の神秘を宿した礼装であるために武器としての使用も可能。
大気中のマナを極めて効率的に吸収して魔力に変換し、高いレベルでの自己強化を行える。
義肢は河二と共生関係にあるため、肉体の成長に応じて義肢も大きさを変えるし、破損すれば魔力によって自動的に再生する。
簡単な魔術的偽装も施されており、“本格的な胎息”を行わない限りは生身の腕と変わらないように見える。
◇中国武術
太極拳の流れを汲む武術を修めている。
現代では健康体操として親しまれている太極拳、その本質は陰陽思想を取り込んだ流麗なる武術である。
修行の一環として高乃家に代々伝えられる技術だが、護身戦闘用の意味合いも大きい。
河二は魔術の才能に関しては二流だったが、武術の才能には恵まれていた。
【備考・設定】
大陸系東洋魔術師、高乃家の次男。
高乃家は200年ほど前に日本に移り住んできた家であり、帰化前は『高(カオ)』の姓であった。
彼ら道士は宇宙との合一によって根源を目指すわけだが、肉体そのものを宇宙に寄せるべく特殊な義肢に置換するというやや外法寄りのアプローチをとっていることが特徴。
そんな高乃家に生まれた河二は、魔術師の次男の例に漏れず兄のスペアとして教育を受ける。
けれど、そこに不平や不満は無かった。
父は魔術師らしい合理を持ちながらも父として十分に河二を愛していたし、優秀な兄に対しても尊敬こそすれ恨む気持ちは無かった。
兄のスペアという己の立場に、河二は十分に満足していた。
いずれはどこかに婿に出されるか、あるいは別の使い道を用意されるか……それでいい、と思っていた。
優しい両親が好きだったし、優秀な兄が好きだったからだ。
彼らに愛して貰ったから、その役に立てるならこれ以上に嬉しいことは無いと思っていたからだ。
――――しかしある日、父が何者かに殺害される。
犯人は不明。
魔術の世界に関わるなんらかではあろうが、誰がどんな目的で父を殺したのかはわからない。
母は泣き、兄は悲しみながら当主の座を継いだ。
そして河二は、憎んだ。
河二のことを愛してくれた優しい父を――あるいはどこかで恨みを買っていたのかも知れないが、関係は無い――殺した者を、憎んだ。
それ故に兄や母の反対を押し切って、父の仇を探し始め…………古びた懐中時計を、彼は手に掴む。
父の名は高乃辰巳/Takano Tatsumi
兄の名は高乃青一/Takano Seiichi
母の名は高乃静江/Takano Shizue
【聖杯への願い】
父の仇を突き止める。
復讐そのものに奇跡は必要ない。あくまで己の力で復讐を果たすのみ。
【サーヴァントへの態度】
同盟者。
あまりに物事に執着しない在り方に多少の嫌悪を覚えないこともないが、それとなくこちらを気遣ってくれていることも理解している。
手を貸してくれるのなら、自分も彼の戦いに手を貸さねばなるまい。
【備考】
河二の父、高乃辰巳を殺害した犯人は意図的な設定の空白ですが、“この聖杯戦争の中に因縁があります”。
参加者の誰かが仇なのかもしれませんし、あるいは誰かが仇の関係者なのかもしれません。
その動機や詳細などは後続の書き手にお任せします。
最終更新:2024年07月10日 15:58