屋上に昇って
惑星を砕く物語があった。
登場人物は、姫と精霊と、騎士と従者と、魔法使いとその手下。
ひどく曖昧でファジーな
ルールの中で、彼らは戦い、傷つき、死んだりしながら物語を進めていく。
星を砕く、砕かせない、いや、砕くのは自分だ――彼らは企て、悩み、そして思い、物語のページをめくっていった。
だけどしばらくの間、その物語に栞を挟まなくてはならない。
物語というものは、二つ同時に読み進めることはできないものだ。
新しい物語を開くのならば、古い物語は閉じなければならない。
そして、これから始まる物語は、すごく残酷で残忍な絶望の物語。
◆
目を覚ます。霞んだ視界に入ってきたのは見知らぬ天井だった。
瞬時に覚醒し、さっきの光景の意味を――自分がここにいる意味を考える。
黒髪の女の言葉は、あまりにも唐突だった。
だが、しっかりと耳に残っている。
自分たちはこれから、殺し合いをしなければならないらしい。
なんともまぁ笑えない話だった。冗談にしてはやりすぎだろう。
しかし、と右手で首筋をなでる。冷たく固い鉄の感触がそこにはあった。
……まったく笑えない話だった。
そして雨宮夕日は、傍らに眠るトカゲをむんずと掴み、
「……おい、起きろノイ」
「ム……あとごふn」
しっぽを握りぶんぶんと振り回す。
「ゆ、夕日! いつもより回っておる! 回っておるぞ!」
「出血大サービスで追加オプションも無料でございます」
「ぬ、ぬおおおおお!?」
そのまま三十秒ほど回し続け、気が済んだのかはたまたいい加減疲れてきたのか、夕日はノイをポイと放り、深くため息をついた。
髪をかき上げ、ううむと眉間に皺を寄せ、ぐったりと寝ているトカゲ――己の従者に視線を合わせる。
日本ではまず見かけないような巨体だが、見てくれはそこらのトカゲと大して変わらない。
だがこのトカゲには、ノイ=クレザントという立派で大層な名前がある。
そして、先ほどのやりとりを見れば分かるように、このトカゲは人語を解し、それのみならず己でも喋る。
どう考えても普通のトカゲではない。
この地球に生物数万数億種いれど、人間と完璧な相互コミュニケーションがとれるトカゲなど前代未聞である。
同様に、何の戸惑いもなくトカゲと意志疎通する青年も尋常のものではない。
青年――雨宮夕日は超能力者である。そして、騎士である。
だが彼が生まれついての異常者で、正道者であった――というわけでもない。
彼はとある日突然に、その力と地位を手に入れたのだ。
惑星を砕く物語の、登場人物となることで。
「目は覚めたか、ノイ」
「う、うむ……」
「どうやら僕らは殺し合いをしないといけないらしい。いや、それだけなら今までとあまり変わらないな。
問題なのは、相手が泥人形でもアニムスでもないってことだ。
……今まで、こんなルール変更はあったのか? これに、アニムスが関与している可能性は?」
惑星を砕く物語、その登場人物の一人にして黒幕である魔法使い。それがアニムスだ。
地球を砕かんとするアニムスと、それを防がんとする夕日たち獣の騎士団の、二つの勢力がぶつかり合うというのが物語の構図である。
そしてこの地球の命運をかけた戦いにはいくつかのルールが設定されていた。
アニムスの下僕である泥人形をすべて倒さない限り、アニムスは戦闘に参加できない。
姫たる少女、朝比奈さみだれが死亡した場合、ゲームはアニムスの勝利に終わる――などだ。
しかし実際のところ、このルールは決して不可変なものではない。
アニムスと騎士団の――正確には、騎士団の最上位に位置する精霊アニマ――双方の合意があるのならばルールの変更は可能であり、夕日自身もルール変更をアニムスから告げられたことがある。
もしかするとこの異変は、なにかしらのルール変更の結果なのではないのだろうか?
そう考えた夕日の問いに対して、ノイは首を振り答える。
「分からぬ。今までも、結果として、あるいは過程の中で、なにも知らぬ部外者を巻き込むことはあった。
だがそれは意図せぬものだ。ここまで意識的に一般人を巻き込んだ例は、少なくとも記憶の中にはない」
「……だろうな。なによりこんなルール変更……アニムスにもアニマにもメリットがあるなんて思えない」
腕を組み、思考し――そして、現段階ではなにも実のある考察は出来まいと、夕日は思索を打ち切る。
そもそも、元となる情報が少なすぎるのである。
何をするべきなのか、指針さえもまともに立てられない。
ひとまず夕日は己がいる場所について検分することにした。
「ここは……どこかのホテルの一室か?
ベッドにユニットバスに……うん、電気も点くし水も流れる」
あまり広いとはいえないが、ただ宿泊するだけなら十分な設備が備えられていた。
真っ白なベッドシーツにはシワ一つなく、宿泊客に快適な時間を提供する準備は万端だ。
ビジネスホテルにしては大きめなガラス窓のそばに立つと、見知らぬ街並みが目に入ってくる。
窓を開けると潮の香りがした。ここからでは見えないが、裏手にでも海が広がっているのだろう。
夕日の眼前に広がる風景を一言で表すなら、『田舎』だった。
このホテルにしたって夕日のいる四階が最上階のようだし、遠くに見えるデパートらしき建物を除けば殆どの家屋がせいぜい二階建て。
高層マンションなんて洒落たものは見当たらないし、それどころかところどころ築数十年は経っているだろう木造平屋建ても複数見える。
もちろん夕日はこの街を知らない。記憶にある風景とどこか一致するものはないかと照合してみるが、見覚えのあるものは何も無いのだ。
そして、何よりも不思議で不自然なのは――動いているものが、何もないということ。
たとえこの街がどんなに田舎だったとしても、人口減少に歯止めの掛からない過疎地だったとしても、人っ子ひとり出歩かない、車の一台も通らないというのは――異常な光景だった。
まるでこの街にいるのは自分一人だけであるような感覚に襲われる。
「ゴーストタウン……? でも、それなら」
このホテルの清潔さが、また不可解だ。
つつ、と窓枠を指で撫ぜる。どんなに目を凝らしても、埃ひとつだって見えやしない。
ぞわりと背中に冷たいものが走る。これは――このシチュエーションは、あのアニムスの超能力でだって用意出来ないような代物ではないのか?
考えれば考えるほどに大きくなっていく不安を、無理矢理に心の奥底へ押し込める。
まだ何も始まってはいない。勝手に敵の影ばかり大きくして自滅するなど、阿呆のすることだ。
続いて夕日は、自身に支給されたらしいデイパックの中身を確認し始めた。
地図――海に面した山間の町が、そこには描かれていた。
どうやら自分は、海のそばに立つホテルの一室に送られてきたらしい。
窓から見える風景と地図に差異はない。
先ほど見えたデパートの名も地図には記載されていた。
他には学校、病院、灯台、港などの施設が確認できる。
食料、コンパスの次に夕日の手に握られたのは、
「拳銃……か」
いとも容易く人の命を奪える、冷たい鉄の感触がそこにはあった。
これが殺し合いのためのランダムアイテムとやらなのだろう。
頭か心臓に狙いを定め引き金を引けば、それで相手は死に至る。
殺し合いの場においては非常に優秀な道具である。
おそらくは、『当たり』に分類される支給品だろうと思われる。
(だけど使い方を知らないなら、こんなものただの鉄の塊と変わらない。
ここが本当に殺し合いを強制される場所なら、これに頼る機会は必ず訪れる。
そのときまでには――覚えておかないとな、使い方)
どうやら夕日に支給されたランダムアイテムは拳銃一つだけらしい。
どうせならホルスターも一緒に入れてくれれば良かったのになどと愚痴りながら、ベルトとズボンの間に強引に入れ込む。
最後に手にしたのは、一枚の紙。
そこには四十ばかりの人名が載せられていた。
この殺し合いに招待された不幸な人間たち――夕日の名前もその中にあるはずである。
目を通せば、そこには夕日が忠誠を誓う姫、朝比奈さみだれの名前があった。
姫もまた、この場にいる。それを認識した瞬間、雨宮夕日の目的はただ一つに絞られた。
朝比奈さみだれの生存。
何者にも優先される、絶対の条件である。
さみだれの名前の直後に、夕日の名前も載っていた。
朝比奈、雨宮――どうやら五十音順に記載されているらしい。
その後は知らない名前が続き、そして――東雲、の二文字が目に入った。
直後に想像したのは、ギザギザ歯で不気味に笑う、気さくで明るい変人、そして戦闘狂で、親友で、戦友で、ライバルである男。
夕日と同じく獣の騎士団に属するカラスの騎士、東雲三日月――彼もまた、ここにいるのかと、そう思って。
直後、ガツンとハンマーで頭を殴られたかのような衝撃が、東雲の後に続く二文字によって。
半月。
東雲半月。
「東雲……さん……?」
嘘だ、と叫び出したい衝動を必死に抑える。
動揺、怒り、困惑、その他諸々の感情が混ざり合い、増大し、夕日の中から外へ飛び出そうと暴れ出す。
あの人は、ここにいてはならない人だ。
あの人がここにいるだなんて、あってはならないことだ。
何故なら、あの人は……東雲半月は、雨宮夕日をかばって死んだのだから。
「……ノイ」
「死者は生き返らない――たとえどんなに強力な超能力者であっても、その大前提は覆せぬ。
……だが、しかし、これは……」
言い淀むノイの姿を見て、この四文字が自分の見間違いや幻覚などではないと自覚させられる。
夕日は荷物もそのままにすっくと立ち上がり、部屋を飛び出し屋上へと続く非常階段を駆け上がる。
力任せに扉を開けた。外気は思っていたよりも暖かく、空は青々と輝いている。
こんな、あまりにも綺麗な空の下にいるというのに、気分は最悪だった。
大きく深呼吸しても、気分は落ち着くどころか、新たな酸素を得てさらに勢いよく黒々と燃え始めたと錯覚するほどだ。
危険防止のために設置された金網から身を乗り出し、自分が今立っている場所から地面までの距離を確認する。
ここが四階建てだからおよそ十五メートルくらいだろうか。
もしここから落ちてしまえば、きっと人は死ぬ。自由落下に身を任せれば頭からぐしゃりだ。
右手の中指に意識を集中する。そこには指輪がはめられていた。
獣の騎士団の証――姫と騎士と従者を繋ぐ、誓いの指輪だ。
獣の騎士となることで得た力を、夕日は想う。信じる。信じることにより、力は形を取り物理法則さえねじ曲げる。
それが超能力――デタラメで、いい加減な力。
掌握領域と名付けられた力の塊が夕日の足下に出現する。
「プレシア……だったか」
誰に聞かせるでもなく、独りごちる。
トントン、とアスファルトを靴先で叩きながら、領域から五メートルほど距離を取った。
息を吸い、吐く。口から肺へと、そして全身へと新鮮な酸素が行き渡る。
トントン、ともう一度地を叩き、強く蹴り出した。
トップスピードに乗るには短すぎる助走距離だ。
だが、そのたった五歩を、夕日は懸命に駆けた。
一歩。始めは小さく。
二歩。少し強く、速く。だが慌ててはいけない。
三歩。確かな流れと勢いに乗り、安定する。
四歩。安定を、更に加速させ次に繋げる。
五歩。生み出した領域に足を掛け、夕日は駆ける力を飛ぶ力へと変換する。
領域内で発生した念動力が、夕日の身体を上へ上へと押し上げる。
手を伸ばせば天にも届きそうなほどに――
更に領域を展開し、空中にて二歩、三歩と足場を踏んでいく。
高度は三十メートル。上へ向かう力が減少し、停止し、降下へと変わるその瞬間に夕日は叫ぶ。
「プレシア! お前は我らが姫と獣の騎士団を敵に回した――この代償、高くつくぞ!
お前が何を企んでいようと関係ない。それが一体なんであろうとも、僕らはそれを粉砕し、完膚なきまでに破壊してやる!」
身体が重力に従い、落ちていく。拳を強く握り、低く呟く。
「東雲さんの死を弄んだ報いは……受けてもらう……!」
プレシアが東雲半月を本当に生き返らせたのか、あるいはただ単に名前だけを名簿に載せたのか。
そんなことは、どちらでも構わなかった。
夕日の中に燃えるのは、プレシアが東雲半月の名を使ったことに対する純粋な怒りだった。
領域を瞬間的に、そして連続的に発動することにより自由落下のエネルギーは相殺される。
多少の衝撃はあったものの、殆ど支障のないレベルだ。夕日はホテル傍の道路上に着地する。
「さて、格好つけてタンカ切ったのはいいけど……これからどうしようか。
とりあえずは、姫と合流して――」
「あの……お願いします、私に力を貸してください!」
夕日の思考は、少女の必死な叫びにより途切れ。
トカゲの騎士雨宮夕日と魔法少女高町なのはの二人は出会い――新しい物語の一ページ目が、ようやく始まる。
【F-4 ホテル近辺】
【雨宮夕日@惑星のさみだれ】
状態:健康
道具:グロック26
【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
状態:健康
道具:支給品一式、不明支給品1~3
※夕日のデイパックはホテル内の一室に置かれたままです。
最終更新:2011年06月16日 05:53