オープニング ◆YYVYMNVZTk
壇上にいた女は、一言こう発した。
「今から貴方たちには殺し合いをしてもらうわ」
隣にいる人間の顔も判別できない暗闇の中、殺し合いを宣言した女だけがライトに照らされている。
ざわ……ざわ……と、暗いフロアの中に、数十人分の困惑と喧騒が広がり始めた。
自分たちは何故こんな場所にいるのか。いつの間に連れてこられたのか。
説明出来る者は誰一人いなかった。気付けばこの場所で意識を取り戻し、女の声を聞くこととなっていた。
「……どういうつもりだ、プレシア・テスタロッサ!」
集団の中から一人、黒髪の少年が立ち上がり壇上の女――プレシア・テスタロッサに対し問い掛ける。
「どうしたもこうしたも、最初に言ったはずよ。『今から貴方たちには殺し合いをしてもらう』と。
勿論、貴方――時空管理局所属、クロノ・ハラオウン執務官殿が例外だなんてこともない」
ククク――と、プレシアの乾いた笑いが響く。
いつの間にかざわめきは消え、代わりに重苦しい沈黙が集められた数十人を包んでいる。
「さあ、説明を続けましょう。
まずはこのゲームの終了条件について話しましょうか。
……と、その前に。今から少しだけ、貴方たちにも明かりをあげる。少しの時間だけれどその間に周りの人間の顔を確認なさい」
プレシアの言葉が途切れるのとほぼ同時に、暗かった室内に光が差した。
ようやく周りの人間の顔が分かると、彼らは互いの顔を突き合わせた。
男女比でいうのならば、だいぶ女のほうが多い。おおよそ七割ほどが女性である。
年齢でいうならば、その殆どは十代から二十代の若者で占められていた。
その他の年齢層にあたるのは全体の一割にも満たないのではないだろうか。
そして、
「なのは……! 君もいるのか!?」
「み、宮永さん!? ……だけじゃなくて、ゆーきに、部長まで……」
「めだかさんに人吉クンも……とはね」
彼ら同士には、少なからず面識があった。いや、面識があるなどという軽いものではない。
学友として、戦友として、共に困難を乗り越えた仲間同士が、ここに集められていた。
ざわめきと混乱は、覚醒した当初よりも更に大きく、強いものとなっている。
と――ここで再び、照明が落とされる。こうなれば、集められた者たちに出来ることはプレシアという女の言葉に耳を傾けることくらいだ。
話し声が段々と低くなり、やがて完全に静まり返ったことを確認し、プレシアは説明の続きを口にする。
「このゲームの終了条件は――ええ、とても簡単よ――『生存者がただ一人となる』ことが、たった一つのエンディング。
自分が死ぬか、他者を殺し尽くすか。生き残ることが出来るのは、たった一人だけ。とてもシンプルで、簡単でしょう?」
今、周りにいる人間と――仲間たちと、最期の一人になるまで殺し合いをする?
ざわりと、声にならない驚愕が参加者たちの間を走る。
殆どは信じられないといった唖然とした表情を浮かべていたが、中には冷静さを崩さぬまま、より真剣にプレシアの声に耳を傾け始める者もいる。
この程度の反応は承知の上だったのか、プレシアは参加者たちの困惑など意にも介さず更に言葉を連ねていった。
「ただここは、これだけの人数で殺し合いをするには狭すぎる。ゲームの盤面は別に用意したわ。
今から貴方たちには一人ずつその会場へと移動してもらうことになる――とはいっても、連れてきた時と同様に、知覚する間もなく飛ばされることになるでしょうけど。
そのとき、貴方たちには一人一個ずつ『これ』が与えられる」
プレシアが手に持っていたのは黒いデイパックである。
その中に手を入れ、中身を次々と取り出して行く。
「殺し合いを円滑に進めるために最低限必要なものはこの中に入っているわ。
食料、地図、コンパス、灯り――それから」
プレシアの手に握られていたのは、黒く光る拳銃だった。
銃の使用目的など、一つしかない。誰かを傷つけ、殺すためのものだ。
言葉もなく銃口を虚空に向け、引き金を引く。銃声は響いたが、撃ち抜く対象のない銃弾は内壁に当たると尖った音を立てそのまま地に落ちた。
「武器を含んだ道具が、幾つか。
こんなふうに直接人を殺せる武器が入っているかもしれないし、生き残るために有用な道具が入っているかもしれない。
もしかしたら何の役にも立たないガラクタだけ持たされるかもしれない。
元々の戦闘能力の差を埋めるための、ランダムアイテムだと解釈してもらって構わないわ」
「人数が減ってきてもスムーズに進行が出来るように、立ち入り禁止エリアを設けさせてもらうわ。
六時間ごとに行われる定時放送中で、立ち入り禁止エリアと、その時間までの死亡者の発表。
また、この放送において三回連続で死者の名が呼ばれない場合は全員に死のペナルティが課せられる。
勿論その場合の優勝者はなし。誰一人生き残れず、ゲームは終了する。
以上の
ルールを守るのならば、参加者間での取引に禁止行為はない。
思う存分自らの力を奮うも良し、知謀策略を張り巡らすも良し、同盟だって、裏切りだって、何でもありのノールール」
「ただ忘れないで。最期に生き残れるのは、たった一人だけだってことを」
プレシアの説明が終わり、それでもなお広間は沈黙が支配していた。
こんな突拍子もない説明を受け、はいそうですかと納得出来る者はそういない。
何をすればいいのか、何をするべきなのか、皆が皆、各々に機を伺っていた。
「――話はそれで終わりか、プレシア・テスタロッサ」
「ええ……なにか質問でも? クロノ・ハラオウン」
「お前はこの馬鹿げた催しのエンディングは一つだけだと言ったな。
だけどそんな殺し合いなんか、オープニングだって始めさせてたまるものか!
ジュエルシード関連の諸罪状に、大人数拉致監禁容疑――捕縛・拘束するには十分すぎる罪状だ」
クロノは右手に持つ杖を構えると、プレシアに視線を向けたまま、精神を集中させる。
大気中に漂う魔力素がクロノを中心に渦巻き、彼の持つ魔力行使デバイス『S2U』がほのかに光り始める。
「いけるな、S2U……! 『拘束(バインド)』!」
クロノが魔導のトリガーを引いた瞬間、S2Uに集まった魔力素が純粋エネルギーから形を変え、『魔法』という形で現出する。
魔力で練られた拘束具が、プレシアの身体を捉えた。
「フッ、クククククク……」
「……っ! 何がおかしい、プレシア!」
(バインドは完璧に決まっている。プレシアは身動きひとつ取れない……
だけど、なにかがおかしい。彼女は魔導師としてもSランク以上の力を持っていたはず……あまりにも、上手くいきすぎている!)
「管理局も質が落ちたものね……こんなもので、私を止められると思って? この程度、子供の遊びみたいなものよ」
プレシアは、まるで最初から縛るものなどなかったかのようにクロノの拘束を霧散させた。
そのまま、『拘束(バインド)』と彼女は唱え。次の瞬間には、プレシアとクロノの立場はまるで逆転していた。
「……何のために、貴方にデバイスを持たせたままにしていたか分かるかしら?
貴方なら、きっと私に歯向かってくれるだろうと思っていたから……貴方が相手ならば、私の力を存分に見せつけられるからよ!
惜しかったわね。私に牙を向けなければ、そのデバイスを使ってゲームでも有利に立ち回れたでしょうに。
でも、もう遅いわ。貴方には見せしめとなってもらう。『拘束(バインド)』」
二度目の詠唱とともに、クロノの首に金属が巻かれる。鉄の首輪だ。
と、同時――成り行きを見守ることしか出来なかった他の参加者たちからも、悲鳴が上がる。
彼らにもクロノと同様の首輪が巻かれている。きっかり人数分だ。
「貴方たちに拒否権はない――それでもなお、私を拒むのであれば」
響いたのは、爆発音。遅れてゴトリと、何かが床に転がる音。
いつの間にか照明は、クロノを――クロノ・ハラオウン『だった』ものを照らしている。
まるでペンキをぶちまけたように赤が飛び散っていた。
「きゃ……、きゃああああああああああああああ!!?」
集団の各所から悲鳴が聞こえ始める。混乱が最高潮に達する。
恐怖と焦燥が多くの者たちの心に芽生え――興奮と歓喜が、僅かな者の心に湧く。
バトルロワイアルが、始まる。
【クロノ・ハラオウン@魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st 死亡】
【プログラム 開始】
◇
一人また一人と参加者たちは転送され――最後に残ったのは金髪の少女だった。
長い髪を黒いリボンで纏めている、俗に言うツインテールの彼女は、何故かいつまで経っても転送される気配がない。
プレシアと一対一で向かい合う形だ。
「フェイト。あなたには、このゲームの扇動役になってもらうわ。
出来る限り多くの混乱と恐怖を、そして死者を――出来るわね?」
「……はい。母さんが、それを望むのなら」
唇を強く噛み締めたまま、少女――フェイト・テスタロッサは首肯する。
「良い子ね、フェイト……大丈夫、あなたは強いわ。きっと母さんの願いを叶えてくれる……」
「はい、母さん……」
「私からのささやかなプレゼント――受け取ってちょうだい」
プレシアがパチンと指を鳴らすと、フェイトの手に一本の杖が握られた。
『Master』
「バルディッシュ……」
少女は、ぎゅっと強くバルディッシュを握りしめた。強く、強く――
やがて、少女もいなくなり――数十人が存在したフロアは、プレシア一人だけになっていた。
「私にはもう、時間がない……この儀式を終わらせなければ、アルハザードには――アリシアには――」
誰に向けてでもなく、そう呟き――プレシアもまた、いなくなった。
誰もいなくなった――
最終更新:2011年06月16日 05:57