ハイヒールラナウェイ ◆YYVYMNVZTk
その差は、圧倒的だった。
一介の男子高校生と現役の殺し屋という二人のステータスの違いが、とてもささやかなものに思えるほどに――何もかもが、違いすぎていた。
男の名は阿久根高貴。
今でこそ箱庭学園生徒会書記として『善人』にカテゴライズされるようになった阿久根だが、その過去は決してクリーンなものではなかった。
『破壊臣』
それが中学時代の阿久根の二つ名であり、そしてその名は阿久根を指すに必要ではあっても、十分ではなかった。
暴力、暴力、暴力――力と破壊に彩られた、今となっては目を背けたくなる過去。
当時の阿久根を見た100人のうち99人は即座に返答するだろう。
そう、「彼は『悪人』だ」と。
阿久根はその凄惨な過去において、非日常的な荒事を日常的に体験していた。
それらの多くにおいて阿久根は勝利を収め――破壊してきたが、己は決してこいつに勝てないだろう、という相手とも対峙してきた。
そして現在対面する中国系の美女もまた、阿久根をして「勝てない」と評された猛者たちに優ると劣らない力を有している。
女――シベール・ロウは美的化身と称されるほどの美女である。
一線級のモデルとして活躍する抜群のプロポーションと街行く男たちの視線を釘付けにする美貌を持ち、
年の割に幼く可愛らしい無邪気な表情も、時と場所が変われば男女を問わず魅了する妖艶な笑みとなる。
最近では地元香港で経営するフィットネスクラブもたいへんな賑わいを見せており、まさに順風満帆な人生を送っているといえる。
だがしかし、彼女にはもう一つ、『裏の顔』が存在する。
香港系マフィアを牛耳る大組織である香港伍龍会をはじめ、各界の大御所から『口に出せない依頼』を請け負う――フリーランスの暗殺者。
その実力はと問われれば、彼女の依頼者たちのネームバリューがそのまま答えとなるだろう。
幼少の頃から幾たびの戦いを経て――未だ無敗。
最強と最良の冠を我がものとし、シベールは自由気ままに生きていた。
それなのに、だ。突如として首輪をはめられ、殺し合いを強制させられている。
自分が、自分の意志外のものに行動を強制されている。そんなこと、考えただけで吐き気がする。
だから決めた――この殺し合いで優勝し、あの忌々しい魔法使いかぶれと対面し、その場で殺してやるのだと。
プレシアの思惑通りに動くのは癪だが、他の手段が思い浮かばないのだから仕方ない。
それに、とシベールはほくそ笑む。
(単なる殺し合いなら――私が勝っちゃうに決まってるじゃない♪)
転送され、最初に出会ったこの青年にしても、てんで話にならない。
確かに素人よりはマシだが、まさに毛が生えた程度の違いしかない。
プロの足下にも及ばない、アマチュア中のアマチュアだ。
ならばこれ以上時間も体力も割く必要はない。
シベールの蹴り足が阿久根の左脇腹めがけ飛ぶ。
狙いは人体の急所の一つである肝臓である。肝臓に衝撃を食らえば襲いかかる激痛により戦闘はおろか、まともに立つことさえままならない。
しかし、すんでのところで阿久根はシベールの蹴りを受け、衝撃を左腕に流す。
シベールの攻撃が精確に急所を狙っていたからこそ受け切れた――いや、『受けさせられた』というのが正確か。
無論、阿久根の反応速度も対応も、常人の水準と比べれればはるかに上をいくものだ。
だが、シベールは息一つ切らさず、汗一つ流さずに攻撃を続けており――
逆に、得意の組み技に持ち込もうとする阿久根は全力を出していてもシベールに触れることさえ出来ない。
この状況でなお自らの防御が堅強だなどと大口をたたく余裕は、今の阿久根にはない。
「やっぱり駄目ねぇ……もし見所があるようなら、私の手伝いでもしてもらおうかと思ったのに。
がっかりだわ――もう、死んでもらおうかしら」
ぞくり――と阿久根は震える。
今し方シベールから漏れ出た殺気は、彼女自身が内包するそれの総量と比べれればほんの数十分の一、あるいは数百分の一といったところだろう。
だが、たったそれだけで、心臓を鷲掴みにされたような恐怖が、阿久根の心に生じた。
普通(ノーマル)からは程遠く、特別(スペシャル)でもまだ生温い。
異常(アブノーマル)というしかない、次元の違う存在なのだ。
「安心しなさい。一瞬で楽にしてあげるから――ね♪」
笑い、近付いてくる。
大声を上げ、喚き、逃げ出したくなる衝動にかられ。
それでもなお、阿久根はとどまった。
まっすぐに立ち、迎え撃った。
本気になったシベールの右脚が、慣性も人体構造も無視した速度と軌道を以って阿久根に襲いかかる。
先の攻撃でさえキャパシティぎりぎりだった阿久根が捌ききれるはずもなく、右の一撃、続いて放たれた左脚による後ろ回し蹴りと痛恨の2ヒット。
確かな手応えを感じ、シベールは自らの勝利を確信した。
だが、彼女の目に入ってきたのは、到底立っていられないはずのダメージを受けながら、なお敢然と立つ阿久根の姿だった。
アレを受けて尚、意識を手放さずに立っていられた阿久根のことを純粋に賞賛し、沸き立つ好奇心をそのまま質問にする。
「思っていたよりも根性が座ってるじゃない。
でも、今さら頑張っちゃったところで、勝負は完全に見えてるでしょう?
いくら未熟だといっても、相手との実力差くらいは分かるでしょうし――それなら何をしたところで、逃げ出すことも出来ないことだって分かるはずよ。
なのに、あなたは立っている。……どうしてなのかしら?
そうね、立ってられたご褒美としてこの質問に答える時間くらいは長生きさせてあげようかしら。
ただ、ずっと黙りっぱなしなんてのはなしね。
はーい、それじゃカウントダウ――」
「愚問だな」
阿久根は即答する。
全身の筋肉は休息を求めてストライキ寸前。神経はビンビンに痛覚をキャッチ。
がたがたになった身体を奮い立たせ、まっすぐシベールを睨みつけ、言葉を続ける。
「俺には――尊敬している人がいる。
ただ俺は、その人のように生きていようと、自分に正直にあるだけさ。
俺の中のあの人は、このくらいの傷で倒れたりしない。
この程度の苦難で諦めたりはしない。むしろ笑ってはね飛ばしてしまうだろうな。
だから俺も、こんなことで膝を曲げるわけにはいかない――そういうことだ」
「……はぁ。聞いて損したわ。なんてつまらない理由かしら。
それじゃ、さっさと――」
ひゅん、と風が顔面に迫るのを感じた。
反射的に頭を左へ傾ける。チッ、と何かが頬をかすめた感触と、熱い何かが垂れてくる感触。
頬を拭えば、流れ出ていた赤い血が手の甲に付着。
拳を突き出したままの阿久根が、一言呟く。
「それに俺にも――意地ってものがある。男の子の意地ってやつがな!」
「あらら、ちょっと顔がいいからって調子に乗っちゃって……
もう、思い出すこともないだろうけど――覚えておきなさい。
女の顔は、男の安っぽい意地なんかよりよっぽど大事で貴重なものだってね」
◆
「ああ、それと……もう一つ教えてあげる。
人の身体の中で二番目に硬い部位は頭蓋骨――特に額の部分なんだけど、どうしてだと思う?」
「一つ目は――まぁ、誰でも気付くだろうけど、一番大事な部位である脳を守るため」
「もう一つは――一番硬い部位である、かかとの骨に砕かれるためなのよ」
阿久根高貴、ここに散り――シベール・ロウが始動する。
【阿久根高貴@めだかボックス 死亡】
【B-4 市街地】
【シベール・ロウ】
状態:健康、頬に小さな傷
道具:支給品一式×2、不明支給品2~6
【残り39人】
最終更新:2010年06月27日 16:39