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Boomerang Boogie


往々にして人生というものはままならないもので――噛み合わず、すれ違い、そのまま離れていく人間関係は少なくない。
幸運にも修復される関係というものもありはするが、喧嘩別れをしたままさようならとなってしまう関係も、確実に存在する。
時にはそのまま死に別れ――もう二度と、謝ることも仲直りすることも出来ないことだって。
そして私は今、そういう状況に陥ってしまったのだ。

 ◆

「ああ、もう……なんだってこんなことに……!」

言葉の端々から苛々の棘を纏わせ、無道綾那は呟いた。
彼女は天地学園中等部に所属する剣待生だ。
天地学園において、剣待生はその力量に応じたランク分けを『星獲り』と呼ばれる模擬戦によって行われる。
そしてこの星獲りは、必ず二人一組で参加しなければならない。
当然ながら、綾那にもパートナーである刃友がいる。
黒鉄はやて――それが綾那の刃友だ。そしてその名前は、名簿にも記載されている。
つまり、綾那は己のパートナーと殺し合わなくてはならないと――そういうことになってしまったのだ。
名簿に載っていたのは刃友の名前だけではない。
綾那のルームメイトで無二の親友でもある久我順、順の刃友であり綾那とも親交の深い静馬夕歩。
同じ天地の剣待生として競い合いこそすれども、相手を蹴落とすような争い――
ましてや殺し合いをすることになるとは想像だにしていなかった両名もまた、名を連ねていた。

「……探さないとな。どうにかして、みんなで帰る方法を」

最後の一人になれば生きて帰れると言われても、それに至るまでの犠牲を考えればその選択肢など無いも同然だった。
親友たちの命を踏み台にして生きながらえる?
そんな胸糞悪いエンディングはこっちからお断りだ。
だが――ハッピーエンドをいくら夢想したところで、それに向かって動かなければ夢は夢のまま現実に駆逐される。
殺し合いという現実に対して、綾耶は無力だ。出来るのは「殺さない」の一つだけ。
無論目の前でむざむざと人殺しを許容するつもりはないが、いくら剣待生といえど綾耶は一介の女子学生に過ぎない。
もしも殺人者が自分などでは到底歯もたたない手練れだったならば、「殺させない」を徹底することは出来ないだろう。

そして同様に、「死なない」も――決して約束出来ないことだ。
綾耶は天地での日々を思い出す。
勝って、負けてを繰り返していたあの試合が――模擬刀ではなく真剣で行われていたならば。
負けても次がある模擬試合と死ねば終わりの真剣勝負を同じように扱うことは出来ない。
しかし、それを踏まえた上で考えたとしても、綾耶が受けた手傷は少なくない。
あの傷が真剣によるものだったならば、今頃命を幾つ落としていたことか。
綾耶は己のことを弱者だとは思っていない。しかし必勝を掲げられるほどの強さもまた、自分には備わっていないと自覚している。

「まずはクロたちと合流しないことには話は始まらんか……
 出来ることなら、あいつらの他にも協力者が見つけられればいいんだが」

背中を預けられる戦友がいるならば、互いの力は数倍にもなるのだということを綾耶は知っている。
独りでは戦い続けることは出来ないと、天地で学んだのだ。
綾耶独りで出来ることなどたかが知れている。
多少の危険は承知の上で、他者と接触していく必要があった。

 ◆

「そして出会ったのが、わたし――ということかね」

綾耶と話すのは、長髪を乱雑に結んだアラブ系の美丈夫。
乱雑といっても、不潔感漂う風貌だというわけではない。
彫りの深い精悍な顔立ちと相まって、神秘的なワイルドさを演出するのに一役買っている。
年齢は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。もっとも脂の乗った、男盛りの年頃である。

「おっと、あまり緊張しなくてもいい。さっきも言ったように、わたしは君のことを害しようなどとは考えていない。
 そうそう、自己紹介がまだだったな。わたしの名前はデイモン・ギャレット――君と同じように、この趣味の悪い催しに招待されたゲストの一人だ」

ささやくようなハスキーボイスでデイモンと名乗る男は言葉を重ねていく。
もしここが洒落たムードのカクテルバーだったならば、この声とデイモンの纏うフェロモンで多くの女性がイチコロになってしまうところだ。
だがここは殺し合いの場で――そして綾耶は、デイモンに後ろ手を掴まれ、身動きできない状況にある。

綾耶が目指したのは、多くの人間が集まるだろう市街地だった。
周囲の警戒を怠っていたつもりはない。だが、それでもなお先手を打たれ、抵抗する間もなく拘束された。
そのまま人気のない暗がりの路地へと連れ込まれ、現状に至るというわけだ。
当初こそ剣呑な雰囲気だったものの、いざ話してみれば相手は思っていた以上に穏健で知的な人物だった。
少なくとも、今すぐ綾耶を殺そうとするような人間ではないように見える。

「それで、だ。君は仲間と合流し、この枷から逃れ、殺し合いから脱出しようと――そう考えている」
「ああ。それでだいたい合ってる。
 こんな首輪だけで、はいそうですかと殺し合いが始まるかどうかについては疑問が残るけど――
 どうやらただのドッキリなんかじゃ済みそうにないしな」
「ああ、確かに君の疑問は当然のものだろう。たったこれだけで殺し合いを完遂させようなど、あまりに穴が大きすぎる。
 あの広間で起こった騒ぎに関しても、もっともらしいトリックならばいくらでもでっちあげられる。
 問題があるとするならば――あれが本当にトリックだったなど、誰にも実証できないことだ」

デイモンは滑らかに言葉を続けていく。
一旦殺し合いが始まってしまえば、負の連鎖は続いてしまうだろう。
見たところ、周囲にはスタッフも誰もいない。
殺し合いを止められる人間は、殺し合いを強制されているプレイヤーしかいない――

「今君に突きつけているこの銃が、わたしに支給された武器だ。
 先ほど試し撃ちを行ってみたが、実銃だったよ。殺傷能力は十分。
 もしわたしがここでトリガーを引けば、簡単に君の命を奪える」
「……撃つのか、私を」
「まさか。レディはエスコートしてこそ、だ。
 だが、わたしのような紳士でなければ、このように自制し続けることは難しいだろう。
 単刀直入に申し上げよう。わたしと共に、脱出を目指すつもりはないかね?
 わたしにも、失うわけにはいかない友たちがこの場にいる――君と同様にね」
「……その提案は、正直ありがたいよ」
「おお、そうか! なら早速――」
「でも、はいそうですか、とあんたを信用するつもりもない」
「なら――言葉だけでなく、態度でも表すしかないな」

と、ここでデイモンは綾耶の拘束をほどいた。
自然、二人は向かい合う形になる。

「これで信用してもらえるかな?」

デイモンはその手に握る拳銃を静かに地面へ下ろし、そのまま綾耶の方へと蹴りつける。
デイモンが怪しい動きを取らないか警戒しながら、綾耶は銃を拾い上げた。
そして、そのまま銃口をデイモンへと向ける。
しかし美丈夫は慌てた様子もなく、微かな笑みを口元に浮かべたままだ。

「わたしに支給された武器はその拳銃だけだ。
 これで完全な丸腰――まだ信用できないかね?」

はぁ、とため息をつき、綾那は頷く。

「……分かった。あんたを信用するかどうかはさておき、同行することには賛成しよう」
「――よし、交渉成立というわけだな。まずは、手荒な真似をしてしまった非礼を詫びねばなるまいね。
 わたしも好き好んでこんなことをしたわけではないと――分かってくれるかね?」

その気になれば、デイモンはすぐにでも綾那を殺せた。だが、結果として綾那は無傷のまま。
傷つけるつもりはないというデイモンの言も、これでは信用するしかないだろう。
無論、この一連のやり取りさえも綾那を油断させるための駆け引きである可能性は残っている。
だが、この男ならそんなまだるっこしいやり方を選ぶ必要はないはずだ。
音もなく綾那に忍び寄り、一瞬で無力化させたあの術は、見事というほかない。
あのやり慣れた様子からして、デイモンはこのような荒事を幾度となく経験しているようだ。
それならば、尋問や拷問で手早く情報を吐かせる手管も習得していておかしくない。
そのような手段を選ばなかったということは、綾那と良好な関係を築きたかったからだ――というのは、さすがに甘すぎる考えだろうか?
何はともあれ、今はこの美形と一緒に行動するしかなさそうだ、と綾那は観念する。
そんな綾那の心中を察してか否か、デイモンは友好の証とばかりに握手を求めてくる。

「改めてよろしくお願いしたい。デイモン・ギャレットだ。気軽にモンたんと呼んでくれてかまわないぞ」
「ああ、こっちこそよろしく、モンたん――ッて、何だそりゃ!? ふざけてんのか!」
「ふふ、いきなり愛称で呼び合うのは恥ずかしいかな、アーたん」
「そういう問題じゃ――おい、アーたんってのは私のことか!? そーなんだな!?」
「そうとも。さぁ、それでは向かおうか――わたしたちの、輝かしい未来へ!」

何はともあれ――今はこのバカと一緒に行動するしかなさそうだ、と綾那は観念した。


【D-1 市街地】

【無道綾那 生存確認】
【デイモン・ギャレット 生存確認】



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綾那 009:シリアス・プラン
デイモン 009:シリアス・プラン


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最終更新:2011年04月20日 12:17