テノリライオン

The Way Home 第X話 白魔道士の一日

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「すいませーん、芽キャベツくださーい」
「はい、まいどー」

陽気なおかみさんがにこにこと渡してくれる、芽キャベツがいっぱいに詰められた紙袋を抱えると、フォーレはサイフをしまいメモを開いた。
「えーっと、あとはコーン、と」
一人つぶやいて水の区の雑貨屋を後にすると、南の一角へ向かう長い橋へと歩き出した。
うららかなウィンダスの昼下がり。 ちょっと気の早い、夕飯の食材の買い出しだ。

「ふんふんふん・・・」
とて、とて、とて。
かわいい足音に合わせて鼻歌を歌いながら、水蓮の浮かぶ池の上をくねくねと渡る、木の橋を進む。
抱える紙袋も、それに合わせて小さくかさかさと囁いている。

長い橋を渡り終えると、特産品売り場。
「はい、いらっしゃい!」
「すいません、コーン入ってますか?」
「ありますよー、おいくつ? はい二つね!」
威勢のいい売り子に代金を支払うと、紙袋の中の芽キャベツを横に寄せ、開いたスペースにコーンを詰める。

「で、終わり、かな」
もう一度メモを見て買い残しがないことを確認すると、うんせと紙袋を抱えなおす。
そうしてメモからひょいと上げた彼女の目に、魔法屋の看板が飛び込んできた。
「―――そだ、何か新しい本、入ってないかな」
ちょっと寄り道。 小さなタルタルは茶色いポニーテールをぴょこぴょこ揺らして、店が軒を連ねる横道へと逸れて行った。


* * *


「・・・あっ、トロンポロンの続き!」
魔道書にまぎれて並べられている雑誌や文庫本の中に心待ちにしていた恋愛小説の新刊を見つけて、彼女は小さく歓声をあげた。
うんしょと背伸びをしてその本を棚から抜くと、抑えきれない笑顔で小走りにカウンターに駆け寄る。
くださーい、という声に、店番のタルタルが帳簿を置いて振り返った。

「ああよかったー、もう出ないのかと・・・」
どうやら前巻から相当待たされたらしい。 代金を払うと出口の扉を開けるのももどかしく、食材の袋を左手で抱えて嬉しそうに右手で本を開き、歩きながら読み始める。

そんなフォーレ、魔法屋を出るとついと右に曲がった。
本に目を落とし早くも夢中になりながら、鮮やかな模様の布張りのトンネルを抜け、突き当りを今度は左に曲がる。
どこか違う道筋と間違えているのだろうか。 寄宿舎は反対ですよ、お嬢さん。

「―――あっと、いっけない」
新聞社と民家が立ち並ぶやや鬱蒼とした広場まで入り込んだ所で、はっと呟き立ち止まる。 ようやく気付いたようだ。
慌ててくるりと反転し、紙袋をよいしょと持ち直すと、改めて本に没頭する。

ころん。
と、彼女の脇の辺りから、何かが落ちた。
よく見れば黄緑色の、小さな芽キャベツだ。
どうやら紙袋を持ち直した拍子に、袋の底が小さく破れてしまったらしい。
ころん。

歩きながらひたすら待ちこがれた物語の続きに熱中するフォーレが通り過ぎた、草むらの影で。
いっけない、という呟きにきょろっと向けられたその真っ黒な目は、続けてその呟きの主から転がり落ちたおいしそうな黄緑色に釘付けになった。
草むらからぴょんと飛び出る、大きな耳の茶色い小さなララブ。 キャベツに近寄るとふんふんとその匂いをかぎ、好物と見るや両手で抱え、しゃくしゃくと食べ始めてしまった。
すると、また別の草むらから、建物の影から。
その音を聞きつけた数匹のララブたちが、わらわらわらと姿を現した。


ころん。 ころん。

とて、とて、とて。

もと来た橋を戻り、今度は間違わずにフォーレは寄宿舎への道を辿っていた。
さすがに橋からは落ちないように、時折りちらちらと本から目を上げ前を見ている。
が、その視線はせいぜい足元を確認するよりも上には上がらないので、たまにすれ違う人の奇異の視線には気付かない。
ついでに、少しずつ軽くなる紙袋の重量にも、それに反比例して物語に引き込まれていく彼女は気付かずに歩いていた。

ころん。 ころん。

「でねー、その時の彼の顔といったら・・・」
明るい木漏れ日の中、楽しげにお喋りをしながらミスラ達が寄宿舎からの橋を歩いてくる。
その行く手から、荷物を抱え本を読みながら角を曲がりその橋に入ってきたタルタルの少女を、彼女らはひょいと避けた。
と同時に、そのタルタルの後ろに続く光景にぎょっとする。

ぴょん。 ぴょんぴょん。 ぴょん。

黙々と歩く彼女の後ろを、十匹近いララブ達が大名行列よろしくついてくる。
思わず大きく道を譲り、更にぽかーんと口を開けて、目の前を通り過ぎるポップで茶色い行進を見送るミスラ達。
片方のミスラは、引越し中の親ガモと子ガモを。
片方のミスラはハーメルンの笛吹きなる童話を、それぞれ連想してその顔を見合わせた。

「はー・・・」
寄宿舎前の広場に着いて、ようやくフォーレは本から顔を上げた。
やっと手にした小説の予想外の展開に、目がきらきらと輝いている。
が。 その目が、その場にいる通行人の好奇の視線と出合った。
何だろう? と思うと同時に、背後に何やらざわめくような気配を感じて、彼女はひょいと振り返る。
「・・・ぅきゃあぁっ!?」


* * *


「んでさー、使えるかなーと思って買ったわけよ、その両手斧を」
「いやー今だったらその大剣で十分じゃないすか? 多分もうちょっとしたら斧も必要になって来ると思いますけども」
「まぁ、訓練しておくに越したことはないからな。 あって損はないだろう」

セリフの順に、ドリー、ルード、イーゴリ。
いつもの前衛陣三人が、互いの武器を吟味しその話題に花を咲かせながら、鍛錬に向かうべく寄宿舎を出てきた。
そんな彼らの眼前に、見慣れた小さな白魔道士のあわてふためく姿が見えた。

「やだ、え、何でぇ? えっと、えっと・・・」
おたおたするフォーレを、いくつもの真っ黒いつぶらな瞳がぴすぴすと鼻を鳴らしつつ、何かをせがむように見上げている。
それはそれで凶悪に可愛い光景なのだが、突然現れたその光景と無言のオーラにそれどころではなく、軽いパニックに陥っている彼女。

「・・・何、してんの?」
やはりその光景に少なからず驚いて、ドリーが彼女の背後から声をかけた。
「えっ、あっ、えーとあの、っ・・・」
今度は背後に三人の仲間の姿。
何をしているかと問われても、彼女自身も何が起こっているのかさっぱりなわけで。
仲間とララブの板ばさみにされ、口ごもりながらせわしなく前後をきょろきょろする。
「どっから連れて来たんだ・・・?」
やはり呆然と呟きながら、何の気なしにルードは手にしていた身の丈ほどもある黒い鎌を地に下ろした。
ドリーも一緒に、自分の大剣を背にしまう。
ざんっ、という重い音を立てて、その重量で鎌の切っ先が地面に食い込んだ。
ドリーの剣も空を切って、低い唸りを上げる。

「ぴっ!!」
それを見たララブ達。
狩られる! と思ったのか、一様に毛を逆立てて飛び上がると、蜘蛛の子を散らすようにぱぁっと逃げていってしまった。

「あっ、あー・・・」
ララブ達の視線に困り果てていたものの、怖がらせてはやはり可哀相と思ってしまうフォーレ。
つい彼らの逃げていった方に一歩二歩足を踏み出して、残念そうな声を上げるのだった。
するとそんな彼女を見たドリーが、はばかるような表情で彼女に言った。
「フォーレ、もしかしてあれ? 白魔道士はやめて、獣使いをやりたくなったとか・・・?」
「えっ! ううんううん、そんなことっ」
「どうするルード、何か待遇に不満があるのかもしれないよ? コキ使ったりとかしてない?」
「やだっ、そんなんじゃないの!! 何だか判らないけど、今の子達はいつのまにか・・・っ」

ルードにからかうような言葉をかけるドリーと、それを聞いて眉根を寄せ考えるような表情になる彼を見て、フォーレは大慌てで否定を始める。
横で見ていたイーゴリが、その彼女の手元を見てのほほんと口を開いた。
「というか、夕飯の買い物帰りかい?」
「あ、ええ・・・あれっ? あーっ!!」
紙袋に注意を向けられたフォーレが、再度大声をあげる。
何となれば、買ったはずの芽キャベツが、きれいさっぱりなくなっていたのだから。

彼女の横から袋を覗き込んだドリーが、またいたずらに暗澹とした声を出す。
「コーンが二本・・・ルード、駄目よあんまり不自由させちゃ。 ああ、もしかしてそれで獣使いに転職して稼ぎ出そうと・・・?」
「え、ち、違うのー! もう、ドリーっ!!」

友人のからかいに必死で抗議するフォーレの後ろで、ルードは腕を組み渋い顔で考え込んでいた。


end
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