テノリライオン

The Way Home 第17話 ヴォルフ

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昼下がりのロランベリー耕地。
ジュノを出てすぐのキャンプで、ドリーが一人の召喚士と話をしている。

「ええと、エルヴァーンの赤魔道士の方が取りまとめてらっしゃると伺ったのですが・・・」
「あ、はい、そうなんですけどー、ちょっと今本人が出かけてまして。 参戦希望でしたら、代わりにお受けしますー」
「そうですか、それではお願いします」


『ちょっと出てくるんで、代理をお願いできますか。 夕方には戻ります』

ドリーに一言そう頼むと、昼前にヴォルフはふいと姿を消した。
滅多に見られないヴォルフの私的かつ積極的な行動にドリーは少しの驚きと興味を持ったが、その物問いたげな眼差しをさらりとかわし、赤魔道士はジュノを発ったのだった。

「どこへ行ったのかしらねー・・・」
ドリーは半分楽しそうに半分心配そうに呟くと、ぼんやりとあさっての方向を眺めた。


* * *


丘の上を、まっすぐな風が吹き抜ける。
柔かな太陽の光が真上から照らす、広いひろい一面の草の海に、細い波が走っては消える。

緩い緑の斜面。 その遥か遠くから、一つの人影が登ってくる。
後ろで一つに束ねた長い白髪、赤と黒の魔装、すらりとした長身。
ヴォルフだ。

踊る下草を踏み締め、いつもと変わらぬ無表情でゆっくりと歩いて来る。
彼に付き従う背中の白い髪が、風見鶏のようになびいている。
左手はぶらりと下に垂らし、右手―――右肩には。
紅い花のみで構成された、花束が担がれていた。


時折吹く強い風に一枚二枚の花びらをさらわれながら、背の高い赤魔道士は進む。
遮るものひとつない緑と青の空間を気だるげに横切る、さながら一滴の血のようだ。

そこが頂なのだろうか。
彼の歩みが、ふと止まった。 すると、彼が視線を下ろす、その足下にあるのは。
遠くからでは決して判らない、ともすれば下草に隠れてしまいそうな。
一枚の、石の、墓標。

その前に、無言で立つヴォルフ。

目を閉じない黙祷―――そんなものがあるならば。
花を担いだままじっと、ただその石に落とされる眼差しは、きっとそれだ。
しかしそこに哀しみの色は無い。 痛みも無い。
ただ、既に止まった時間、その遠い光景らしきものだけが、草に埋もれる足下の墓標よりも更に危うい存在感で、彼の細い目のずっと奥にかすかに見え隠れする。

が、瞬き一つで、彼はそれすらも収めてしまう。 そしてゆっくりと、担いでいた花束を墓標の上に置いた。

Rosa・P・Flammel。
かろうじて読める、墓標に刻まれた名。

丘の上を、まっすぐな風が吹き抜ける。
柔かな太陽の光が真上から照らす、広いひろい一面の草の海に、細い波が走っては消える。


「・・・まだ、そちらには逝けません」

幾十もの波が、気まぐれに時を刻むように、草原に立つ彼と墓石をなぶっては去っていく。
その長いながい静寂を経て、赤魔道士はようやく言葉を発した。

ゆらり。

その言葉より、前だろうか、後だろうか。
いつのまにか、彼を包む空気の皮膜が、ごく薄く歪んでいた。
注視しなければ判らない程に、しかし濃厚に。

「あなたの孤独には、届いていない」

見ればそれと同じものを、その上に花束を載せた無機質な灰色の墓石も纏っていた。
周囲の大気との隔たりを示す、薄く、濃い、ゆらめき。

すると、数秒の溜めるような空白の後。
前触れもなしに、墓の上に置かれた紅い花束がごうっと炎に包まれた。 微動だにしないヴォルフ。
一瞬で開く花のように激しく燃え上がると、くすぶる間も与えられず茎の先まで灰と化してしまう、弔いの形。
絶え間なく行き交う風に遮られるまでもなく、その熱もまた、彼に及ぶ事無く四散する。

が、その炎に瞳を灼かれたかの如く。 それまで何の変化も見せなかった赤魔道士の、表情が動いた。
鋭い痛みに耐えるように、わずかに目と眉が絞られる。
そのまま重く瞼を閉じるエルヴァーン。 その空気は―――愁い、だろうか。

ぼろりと崩れた灰が、風に流れてさらさらと草原に舞った。
その灰の行方を追うようになびく、彼の白い髪。
彼と石碑を包んでいた薄い膜はいつしか消えていた。

「・・・頼ってくれる、仲間もいます」

そう呟きながら開かれる細い瞳には、彼がここに来た時と同じように、最早読み取れる表情は何も浮かんではいなかった。
ただ一つ、ほんの少しだけ遠くなった、焦点を除いて―――


* * *


少し傾いた陽の光。

下草が踊る広く小高い丘を、背の高い、紅い影が去っていく。

振り返らずに向かうその先にあるのは、白い島。

後にはただ、小さな墓標と、風―――


to be continued
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