テノリライオン

The Way Home 第19話 Dive

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雲ひとつない、朝だった。

「こちらがその道具です。 パールの形を取りましたので、通信機も兼ねます。 全員にお配り下さい」

星の神子の用意した、彼ら七人と冒険者達を繋ぐ道具を携えた遣いが、ジュノで待機する彼らのもとにやってきた。
参戦する者達全てに召集がかけられ、それぞれのキャンプに集まる彼らにパールと緊張感の波が広がっていく。
清々しい青空が、その波の立てる低いざわめきに薄く覆われていた。


バルトが手の中でパールを操作し、幾つか複製する。
それを数個、魔道士のキャンプを代表して彼の前に立つヒュームの黒魔道士に手渡した。 二人の視線が合う。
思い詰めたような彼の固く張り詰めた眼差しを受けたバルトが、頼もしい友を見るような微笑をふっとまなじりに浮かべて彼の二の腕を力強く叩くと、その微笑が伝染した。
ヒュームの彼は目を細めて一つ頷く。 そしてきりっと踵を返し、背後に控える魔道士たちの元へと足早に戻っていった。


これで、ここにいる人達を、あの繭の部屋に引きずり込む―――
ルカは掌に乗せた、小さな球を見つめる。 そしてその球が小刻みに動いているのに気がついた。
思い切り球をぎゅっと握り、大きく息を吸って、止める。
重たい―――


「ルードさん」
ソロムグでパールが配り終えられるのをじっと待つルードに、神子の遣いのタルタルが声をかけた。
無言で降り返る漆黒の鎧。
「あなたから託された鎌の解析が、大筋で終わりました。 恐らく弱点は炎です。 確証はありませんが、耐性を持たないことは確実と思われます。 お役立て下さい」
「判った。 ありがとうと、神子様にも伝えてくれ」
ウィンダスの制帽を脱いで、遣いの彼が手を差し出す。 握手を交わす二人。
「ご武運を―――」
そう告げるタルタルの眼差しは、表敬と祈念の色に染まっていた。


ドリーは、目の前に溢れる多種多様な鎧の海を眺めていた。
自分と同じナイトも大勢居る。 ふと目の合った凛々しい女性のナイトが、にっこりと彼女に笑いかけた。

この人達は、これから何を護りに行くのだろうか。
家族。 恋人。 友。 それらの、そして自分の、居場所。 それはとりもなおさず、未来と同義だ。
恐らくそれら全てを指して、ヴァナ・ディールと呼ぶのだろう。

(なら私も―――)
ドリーは頭の中で呟く。
なら私も、護るのは私のヴァナ・ディール。
今日まで背に帯びてきた6人と、そして自分の居場所―――

「大した人数は護れないのね」
冒険者達のざわめきの中、幾分自虐的に、小声でひとりごちる彼女の頭上から。
「それでいいんじゃないか」
いつのまにか側に立っていたイーゴリの、やはり小さな声が降ってきた。
「今回は相手がでかいからな。 欲張らないで、手分けしようや」
少し口を尖らせて見上げるドリーに、イーゴリは精悍な笑顔を返してみせるのだった。


待機中に決めておいたパーティーがそれぞれ組み終わったことが、パールで報告された。
全ての伝達が終わり、一瞬の空白に静まる青い空と通信機。

「行こう」

たった一言、しかしきっぱりとしたイーゴリの声で。
冒険者達は、動き出した。


* * *


冷たい雪に覆われた島に、突如として一つの河が流れた。
意思を持った河。 それがまっすぐに、白い塔を目指す。

最終的に組み上がったパーティーの数は100に満たなかった。
開いている繭の数と、妖魔の強さのバランス。 それが戦局を決めるだろう。
前もって状況が読めない以上、逐一の指示を出す事は不可能だ。 個々の冒険者の判断に任せるしかない。

針のような名残雪が時折彼らの頬に当たっては溶けて消える。 薄曇の空に、ぼんやりと懸かる太陽。
その下で吹く冷たい風、枯れた木々、凍る泉。
まるで何かの悪意に遮られ神の恵みから見捨てられたようなその光景を決然と横切り、熱い河の流れの先端がついに塔へと届いた。

仄暗い入り口を前に、先頭を行く7人が立ち止まる。 そして、それに伴い順に歩みを止める数百の冒険者達を振り返った。
そんな彼らの視界をたちまち埋め尽くすのは、静かな、しかし火を点ければ爆発しそうな、気迫と眼差しの壁。

「奴らの弱点は炎だ」
声そのものはパールを通して伝えられるが、ルードは冒険者達の壁を見渡して言った。
「開いていない繭があれば潰して回ろう。 妖魔が現れたら勝てそうなものから引き受け、無謀な戦いは極力避けてくれ。 とにかく未知の要素だらけだ、それぞれが臨機応変に対応してほしい。 目標は、殲滅と、生きて還ること。 それでは―――」
大きく息を吸うと、小さな暗黒騎士は腹の底から声を出した。
「健闘を祈る!!」

応ずる冒険者達の津波のようなときの声を背に、7人は塔の門へと鋭く向き直った。


* * *


―――ここだ。 ここから、全てが始まった。

デルクフの地下の奥深く、3体のポットが漂うあの丸い部屋に再度臨むルカの背を、冷たい汗が伝う。
「―――この部屋ですか」
モンクの装束を身に纏ったエルヴァーンの男性が、前を歩く7人の気配が張ったのに気付いてその背後から小さく尋ねた。
彼の言葉に頷くイーゴリ。 パールに向かい低い声で「今から入る。 心の準備を」と告げた。

始めの7人が、互いの顔を見合わせる。 迷っている顔はもう無い。
ゆっくりと全員の視線が正面に戻った。 そして足並みを揃え、その白い部屋へと足を踏み入れる。

「―――!!」
数歩も進まないうちに、約束通りそれは来た。
かつてと全く同じ、いや、それ以上の圧力が、うなる鞭のように一瞬で彼らを縛り上げる。
続けて襲い来る強烈な落下感。 声を上げる間もなくブラックアウトする視界。
自分の目が開いているのか閉じているのかも判らないまま息を詰めて落下感に堪え、ルカは通信機の向こうの気配を探った。
(―――来てる!!)

星の神子の魔力が篭められたパールは見事に機能していた。
落下する背後から、無数の気配がみるみる数を増して彼らに続いているのが感じ取れる。
真夏の夕立の雨粒に追いかけられているようだ。
頭の隅でそんなことを思った瞬間、突如として落下感が消え去った。


―――30匹。 いや、50匹。

足の裏に地面を感じて始めて、自分が目を閉じていた事を知ったルカ。 俯いていた顔を上げてその目を開いた。

半数近い繭が、開いている。
その白い残骸の上で、大小様々の妖魔が、未だ眠る仲間の目覚めを待つかのようにじっとうずくまっていた。
奮い起こした士気を凌駕しそうになる恐怖に顔を歪めるルカの後ろで、異様な光景に揺らぐ冒険者達の熱く低いどよめきが起こった。
その音に、妖魔達がむくりとおぞましい顔を上げる。

その時、ルカの視界の端を、不意に白い筋がよぎった。
はっと見れば、それはバルトが無造作に解いて投げ捨てた包帯。
その首元にまざまざと残る黒い大きな傷を敵に晒して、二つの瞳が音もなく燃えている。

「行くぞ!!」
イーゴリが雄叫びを上げ、高々と抜刀した。
同時にヴォルフが、魔力付与の呪文を唱えながら腰の片手剣をすらりと抜く。
空気に触れる側からその身に鮮やかな紅蓮の炎を纏う細い剣。 その束を一旦目の高さまで上げると、ぶんと大きく斜めに振り下ろす。
「焼き払え!!」
半円に残りたなびく炎のドレープの中心で、赤魔道士は率いる魔道士達に高らかに命じた。

場に澱んでいた痛いほどの静寂が、冒険者達の怒号によって一気に消し飛ぶ。
一斉に抜刀し敵めがけ左右に散開する冒険者達と、かつてルカ達にしたと同じように耳障りな啼き声を撒き散らし襲い掛かる妖魔達が、衝突した。

至る所で激しい剣戟と詠唱の声が響き始める。
妖魔の標的から外れた冒険者はその間をかいくぐり、残る繭を潰しにかかる。


* * *


まさに戦場たるその光景からルカは数歩後退すると、後ろ手にバルトの手を取った。
イーゴリが食い止めた一匹の妖魔に浴びせる呪文を練り出す彼の気配を察したからだ。

彼の担当する最低限の弱体呪文を立て続けに受け取り、それをルカが次々と空気に乗せる。
「ルカっ!」
イーゴリとルードの引き付ける妖魔の背後を取ったドリーが、鋭く彼女を呼んだ。
それより一瞬早く、バルトがぱっと手を離す。
すると解き放たれたルカはいつものように小さなナイトの背後から短剣で騙し打つべく、彼女のもとに駆けて行く。

「おらぁっ!!」
魔道士達の呪文が飛び交う中、空を切り裂くルードの鎌がずぶりと妖魔の足に食い込んだ。
体は小さくとも、深淵の闇にその身を晒す対価として桁外れの打撃力を得る暗黒騎士のそれは、屈強な戦士のイーゴリをも凌ぐ。
するとその強い衝撃に、妖魔の注意がイーゴリからルードへと移動した。
奇声を上げて小さな暗黒騎士に向き直ると、ぶんと振り回した左手でルードを捕らえようとする。
咄嗟に横に飛んで避けるも、その尖った爪が彼の頬先をかすめて触れた。
それに思わず過剰に反応してしまい、ルードは僅かにバランスを崩しよろめく。
間髪を置かず、その方向から敵の鎌が唸りを上げて彼に迫る。
「くっ」
彼は咄嗟に鎌を振り抜くと、よろけたその体重もかけて敵の斬撃をがきりと受け止めた。

「・・・!?」
と。
その体勢のまま、妖魔がぐいとその顔を近づけた。
彼の目の前に、瞳のない白い空虚な目が迫る。 思わず息を呑む暗黒騎士。
「ハァ・・・」
そのまま妖魔は口を歪めると、嬉しそうに笑った。 生暖かい息がルードの顔にかかる。

もぞり。

ルードの体の奥底で、何かが蠢いた。


「―――ふっ」
低い気合いの声と共に、妖魔の背に静かながら強烈な一撃が入った。 ルカの短剣だ。
その衝撃にルードを押し退け振り返ると、その視界にはナイトが一人。
「こっちよ!!」
彼らのいつもの戦法だ。 猛る妖魔の目にはもはやドリーしか映らない。
瞬く間にルカがバルトのもとに舞い戻り、剣と魔法の容赦ない猛攻が始まる。
―――はずだった。

「ルード!! どうした!!」
最初に気付いたのはイーゴリだった。
その声に、全員の視線がルードへと集中する。
「え・・・?」
予想だにしない光景に、ルカは呆気にとられた声を上げた。 バルトも何事かと彼を凝視する。

ルードは―――何もしていなかった。
周囲の状況など何一つ目に入っていないかのように、手に鎌を持ったまま、ただ立っている。

仲間達の驚きの視線の中、彼がふらりと振り向いた。
するとそこにあるのは、紙のようにのっぺりとした表情。 一切の意思も、感情も見当たらない。
その凄まじい違和感にルカの体を戦慄が走る。

「ルード!!」
困惑する余裕など与えられない緊迫した戦場で、皆の戸惑いを割って彼の名を呼び駆け寄ったのは、ヴォルフだった。


to be continued
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