テノリライオン
ep2 白き盾
最終更新:
匿名ユーザー
-
view
6頭のチョコボが、その仕事を終えて走り去って行く。
それを見送る同じ数の冒険者達。
背後には獣人の印、木と岩で作られた邪悪な門。
「行きますか」「おう」
それぞれに身を翻し、門へと吸い込まれて行く彼らの影。
* * *
話は数日前に遡る。
南サンドリアの外れの食堂で、 私は一人のタルタルと買い物帰りの食事をとっていた。
その種族にしてはやや大柄。 赤茶色の髪を高く二つに束ねた、勝ち気そうな顔立ちの女の子。
二人とも今は普段着なので分からないが、彼女は立派な戦士である。
そしてシーフの私。 仲良しの二人というか、まぁ、腐れ縁というやつだ。
冒険者のざわめきと吟遊詩人の歌で満たされた午後の店内でとりとめのないお喋りに花が咲いていたが、先に食べ終わった彼女がこう切り出した。
「実はさ、ナイトやろうかと思って」
「ほう」
「ほら私、タルタルじゃない?」
「そうだねぇ」
「やっぱり魔法を使ってみるとさ、しっくりくるのよね」
「ふーん」
「でもやっぱ戦士の仕事も好きだし、そうするとナイトっていいと思ったわけよ」
「なるほど」
ちなみに私の対応がおざなりなのは別に興味が無いのではなく、現在の行動の重点を食事に置いているからだ。
彼女はそんな私に気を悪くするでもなく、話を続ける。
「それでね、お願いしたいのは・・・」
「お願い!?」
彼女の話を要約すると、こういうことらしい。
ここサンドリアで騎士登用試験を受けようと思い立ち、早速係官の所へ行った。
言い渡されたのは、「竜王ランペールの墓へ行って反魂樹の根を持ち帰ってこい」。
お安いご用と持って行ったら、今度は「オルデール鍾乳洞の、鍾乳石のしずくを持ち帰れ」。
これもどうにか達成すると、次は何も言わずに課題書を渡されたらしい。
それを解読したところ、どうやらダボイの深部へ赴き「騎士の証」なるものを持ち帰らなければならない、と。
それに一緒に行ってくれないかということだった。
「はー、そういうことですかー」
食事が一段落した私は、ジュースをすすりながら彼女の話を頭の中で反芻した。
「それで最近サンドから出てこなかったのね」
「そういうこと」
「ランペールなんて久しぶりだったでしょうに。 どうだった?」
「ああ反魂樹の根? 競売所で売ってたからそれをね、ひとつ」
「・・・・。 えーと、オルデールは行って来たのよね? あそこのモンスターはまだ襲ってくるような気がするけど、大丈夫だった?」
「うん、近くまで行ったら立派な装備の一団がいてね、お願いしてちょっとつきあってもらいました」
「・・・それはそれは。 で、課題の書・・・これはえーと、 星座の見据える先・・・? そこがダボイって事? 」
「と、お宅のご主人が申しておりました」
ずるっと椅子から滑り落ちそうになる。 この子もちゃっかりしてるけど、あのエルヴァーンも人が良すぎやしないか。 ぶつぶつと呟く私。
「・・・大体、騎士って言うからにはこう高潔とか怜悧とか正々堂々とか、そういう行動様式も含めてだね・・・」
「ん?」タルタルの少女がくりっとした目で私を見る。 悪気があるのやらないのやら。
鼻で溜息ひとつ。
「・・・まぁいいや。 それじゃまぁ、今度行きましょうか。 みんなにもお願いしといてね」
「そう言ってくれると思いました」
「てことは、当然ここはおごりになるのかな?」
「・・・デザートで勘弁してください」
小さなタルタルはメニューを差し出した。
* * *
「・・・さて、と」
ダボイに入って右手の細道。 釣り橋の残骸の手前で私達は立ち止まった。
かつての釣り橋の向こうに見えるのは、眼下を流れる川にぐるりを囲まれた孤島。
その中央には無残に崩れ去った、不気味なたたずまいの修道院。
勿論目的地はそこではない。 とりあえずは町で得た情報を元に、まず孤島に沿って川を東に
辿った先に向かうことになっている。
「孤島のオークに見つかったら、確実に全滅です。 隠密呪文だけは念入りに行きますよ」
小さな少年が言う。 灰色の髪をしたタルタルの白魔道士。
そう、あの孤島は、今の私達では束になっても敵わない上級オークの巣窟になっている。
これから通る川はそこからやや下になっているとはいえ、万一奴らの視界に入ってしまえば、凶暴なオーク達は雪崩をうって襲って来るだろう。
つまり定食屋でいとも気軽に頼まれたこの「おつきあい」は、一瞬の油断が全員の死に直結する決死行なのだ。
「赤魔道士と白魔道士の視界からなるべく外れないように。 呪文が薄れてきたらすぐに知らせるようにしましょう」
黒魔道士の言葉に全員が頷いた。 私は念の為、タルタルとガルカの二人の戦士と黒魔道士に、隠密呪文の代わりになる薬品類を手渡す。
「じゃ、お願いします」戦士の鎧に身を包んだタルタルの少女が、ぺこりと頭を下げた。
全員の目がすっと真面目になる。
それを受けて白魔道士と、エルヴァーンの赤魔道士が隠密呪文の詠唱を始めた。
始めに私から音が消え、姿が消える。 敵地に最初に乗り込むのはシーフである私の仕事だ。
私は呪文を受けながら数歩進み、釣り橋の縁に足をかけつつ肩越しに仲間を見渡した。
全員の音と姿が消えて気配だけになったのを確認する。
「行きます」私は釣り橋を蹴ると、遥か下の川に向かって身を躍らせた。
私、黒魔道士、タル戦士、白魔道士、少し遅れて赤魔道士、しんがりをガルカの戦士。
川を泳ぐ巨大魚にも脅かされながら、全員東に向けてひた走る。
仲間の姿も足音も聞こえない孤独感が、呪文のせいと分かっていても不安を掻き立てる。
先頭の私の目に、日の光に照らされた川の分岐が飛び込んできた。 ここを左に曲がれば真東に向かうはずだ。
「左へ・・・」皆に知らせようと、つい習慣で振り帰る。
何が見えた訳でもなかった。 強いて言うなら砂埃が。
ただ、小さな白魔道士の気配がする上あたりに、何か違和感を感じた。
視線を上に向ける。
「!!」
息を呑む。 視線の先、何か大きな黒い塊が、白魔道士めがけて落ちてくる!!
「・・・っ!!」
駆け寄ろうとした。 あんな大容量が軽装備の彼の上に落下したらただでは済まない。
が、彼との間に黒魔道士の長身があった。 避け損ねて思い切りぶつかってしまい、二人とも隠密呪文の集中が解けて姿が現れる。 間に合わない!
恐ろしい爆音と水柱を上げて、塊が水面に叩きつけられた。
絶望で一瞬目をつぶる。
硬直した空気の中、巨大な水柱が吸い込まれるように水面に帰った。
するとその向こうに見えたのは、もんどりうって倒れ、ずぶ濡れのタルタル二人。
小さな戦士の彼女が黒魔道士の足元をすり抜けて飛び出し、すんでの所で巨大な落下物から彼を救い出したのだ。
それを見て安心すると同時に、我に返った。 落ちてきた物をはっと見据える。
「オーク!!」
これまで相手にしてきたものとは桁が違った。 見た事もない巨体だ。
孤島に棲む数ランク上の種族に間違いない。 どう足掻いても万に一つの勝ち目もないだろう。
それでも反射的に私が黒魔道士を、姿消しを振り切って追いついてきたガルカの戦士が赤魔道士を庇い前に踊り出て、それぞれの武器に手をかけた。
戦士の彼女もがばっと跳ね起きる。
しかし、オークは襲ってはこなかった。
その代わりに、幾度となく見た光景。 冒険者に打ち負かされ、さらさらと虚空に溶けるが如くその存在をもときた闇へと還して行く、この世界のモンスターの終わりの光景。
「・・・・倒されてる?」
はっと気付き、改めて崖を見上げ耳をすませる。
かすかな剣戟と詠唱、そしてオークの荒々しい雄叫びが、風に乗って聞こえてきた。
私達よりはるかに熟練した冒険者が、孤島に乗り込んで上級オークと剣を交えているのだ。
彼らに倒されたオークが勢い余って落ちてきたのだろう。
「そうか、上の・・・」
「音を」
逸早く平静を取り戻した赤魔道士が白魔道士に鋭く声をかけ、自らも消音の呪文を唱え始めた。
白魔道士も瞬時に我に帰り、ぴょんと立ち上がって彼の詠唱に続く。
周囲に数匹いた巨大魚は、幸いにして落下の衝撃に驚き雨散霧消していた。
崩れた体勢を立て直すなら今しかない。
次々と呪文が進む。 姿を消される直前、私は果敢に仲間を救ったタルタルの少女に親指を立て、賞賛の目配せを送った。
彼女はちょっと照れたようだったが、赤茶色の髪から水をしたたらせながら「当然でしょ」と言わんばかりににやっと嗤い、消えた。
再度姿と音を消した私達は急いで分岐を左に抜け、無言でひたすら下流へと進む。
まっすぐに続く、長い長い川。
本当にこっちでいいのか・・・そんな気配すら漂い始めた頃、ようやく行き止まりが見えた。
川は地底に潜り、左に乾いた通路が伸びている。
近辺をリザードが数匹うろついていたが、幸い襲ってくる気配はなかった。
足元が水でなくなった事に安心したのだろう、誰からともなく軽く緊張を解く。
「ちょっと休みましょうか」と黒魔道士が言った。
リザードからぎりぎり離れた水辺でいつものように魔法使いは精神力を回復すべく腰を下ろし、剣を持つ者は見張りに立つ。
水浸しになったタルタルの二人は鞄からタオルを取り出し、並んで頭から体からゴシゴシと拭き始めた。 敵陣の真っ只中だというのに、かわいらしい光景につい心が和んでしまう。
太陽は天頂に達しようとしていた。
「えーと」人心地ついたらしく、タオルを頭にひっかけたままタル戦士の少女が地図と指令の
羊皮紙を広げた。 「ここから先がわからないのよねぇ・・・」
私は横から、そこに書かれた文章を覗き込む。
『水の中の島より南へと続く大いなる流れ
その行き着くところ、澱んだ者たちが集う』
「ふーん・・・ここも川が行き着いてるけど、特に何もなさそうかなぁ」私は周囲を見回して言った。
「奥の方を見て来よう。 何かあるかもしれない」先に魔力の回復した赤魔道士が立ち上がり、偵察を買って出てくれた。
そもそも隠密行動は、その呪文を扱える者が単体で行うのが最も危険が少ない。
全員が「頼みます」と言い終える頃には彼は2種の呪文をかけ終え、動き出していた。
地図とにらめっこしながら、皆静かに赤魔道士の報告を待つ。
数分もしただろうか。 「ここだ」という声が脳裏に響いた。
「その通路からほぼまっすぐ進んだ正面。 行き止まりに井戸がある」
「何かありますか、その井戸に?」白魔道士のタルタルが問い返す。
「井戸の中は分からない。 けど、ここにだけ張り付くようにスライムがいる」
「・・・澱んだ者、か」黒魔道士がつぶやいた。
「とすると、私が行ってその井戸を調べてみないとね・・・隠密呪文をかけてもらったら大丈夫かしら」
「いや、恐らく集中を保ちながらの調査は難しいでしょう。 どちらにしろスライムは無視できないかと。 戦闘に持ち込んで奴の気を引いて、その間に調べてもらうのが確実と思います。 そのまま倒せればよし、危険なら魔法で脱出しましょう。 判断は後衛がします」
おおまかな作戦を立てる白魔道士。 いつのまにか戻った赤魔道士がその長身を現しながら歩み寄り、付け加える。
「途中の広場にはオークがいた。 井戸のある所は奥まっているから大丈夫とは思うが、気づかれる前に手早く進めた方がいいだろう」
「了解」
気合を入れなおすように、全員が頷いた。
姿を消してオークのいる広場をやりすごし、井戸の近くに到着する。
赤魔道士の言う通り、そこにはどう努力しても友好関係を築きかねる姿の、黒い塊が蠢いていた。
「俺達であいつを井戸から引き離すから、その間に」
ガルカの戦士がタルタルの戦士に低く囁く。
「ん、終わったら参戦する」と彼女が応じた。
ひと呼吸の後。
私とガルカの戦士がほぼ同時にゆらりと歩き出し、敵との距離を半分まで縮めた。
その姿が見えなくとも、相手が自分と同時に武器を抜いていることを知る。
刀身にも気配というものがあると感じる瞬間。
「だっ!!」
ガルカの戦士が、怒号と共に正面からスライムに切りかかった。 現れる巨体。
スライムがびちゃり、と向き直った。
私はその横を飛び、明らかになった敵の後ろに回り込んだ。 相手の中核を狙い定め、短剣を構える。 姿隠しの集中が切れた。 タルタルの戦士が急いで井戸に駆け寄る。
視界の向こうで3色の魔道士が順に登場する。 その順に従いスライムに炸裂する、それぞれの呪文。
白い力が防御力を削り取る。 赤い力が炎で敵を包む。 黒い力が敵の内に炎の精霊を滑り込ませる。
「おらぁ!」私とガルカ戦士は交互にスライムに気を叩き付け、その攻撃と注意をもぎ取り、受け止める。
手応えはあった。 冒険者達の打撃と魔法を受け、ゆっくりとではあるが敵の動きは鈍くなっていく。
「あった!!」タル戦士の高い声が響いた。 横目で見ると、井戸の淵から転げ落ちた彼女がその手に何か小さな光る物を掲げていた。
「よし、なくすなよ!」半分茶化して半分本気で声をかける。
「なくさないわよ!!」大急ぎで懐にその物をおさめ、彼女も剣を抜いた。
その時。
「ぐっ」黒魔道士の呻き声が聞こえた。
騒ぎを聞きつけたオークが一匹、通路に侵入してきて彼に一撃を浴びせたのだ。
衝撃によろめく黒魔道士。 咄嗟に白魔道士が女神に祈り、その加護で彼を癒す。
その詠唱を聞いたオークがぎょろりと白魔道士の方を向いた。 同時にぎりぎりの所で保っていたスライムに対する魔法攻撃と物理打撃のバランスがわずかに傾き、その禍々しい青黒い塊がガルカの戦士から魔道士へとその怒りの矛先を変えてずるりと移動しようとする。
場の体勢が崩れたのを、全員が悟った。
それに杭を打ったのは。
「ふざけんじゃないわよーっ!!」タル戦士の彼女が魔道士達とオークとの間に踊り出ると、その剣と怒気を同時に新たな襲撃者へと叩き付けた。
それに怒ったオークが、臓腑をえぐるような唸りをあげて猛然と彼女に襲いかかる。
振り回される腕を、盾で受け止める。 果敢に斬りつけて牽制する。
小さな体で私達全員を背に庇い、一歩も引かない構えだ。
しかし屈強なオークと一対一では、一人前の戦士たる彼女とて長くは持ちこたえられないだろう。
私とガルカの戦士は魔道士に向かおうとするスライムを足止めするので手一杯だ。
魔道士達も、すでに対スライムにほとんどの魔力を費やしてしまっていた。
私は危機感をこめて黒魔道士を見る。 「脱出します!」と、立ち上がった彼が宣言した。
黒魔道士の長い詠唱が始まる。 今や脱出行の要となった彼女を癒すべく、今度は赤魔道士が呪文を行使する。
そのどちらへだろうか、再度獣人の濁った目線が彼女から逸れた。
すると間髪を入れず「あんたの相手は私よ!!」と、勇敢に蛮族を挑発するタルタルの少女。
ダボイの渓谷に朗々と流れる呪文。 その中で、彼女はひたすら耐えていた。
真夏の夕立のような荒々しい打撃が彼女の盾と体に容赦なく降り注ぐ。
盾が悲鳴を上げ始めていた。 彼女の腕の鎧われていない部分が血に染まっている。
踏ん張る足が後ろに滑り、めり込む。
私はようやくとどめを刺したスライムから短剣を引き抜き、彼女の名を叫んだ。
反応はない。 オークももはや、彼女しか眼中にないだろう。
ただ彼女の鮮やかに燃える瞳と、その灼熱に反して冷静に結ばれた口元だけが見て取れた。
その表情からは、この状況に不釣合いとも思える誇りのようなものすら感じられ。
この地に来るきっかけとなった彼女の始めの一言が、私の脳裏に蘇る・・・。
その主の小さな影がゆらいだ。
だめか、と血の気が引く。 しかしそれは長い移動呪文の完成の印だった。
一瞬の後、私達はジャグナーのしじまの中にいた。
* * *
数日後。
定食屋で、私達は遅い昼食をとっていた。 いつもの喧騒と、吟遊詩人の奏でるBGM。
人数は5人。 一人足りないのはタルタルの女の子だ。
「ちゃんとやれたんですかねぇ」
「また何か無理難題をふっかけられてたりして」
話題は自然と彼女のことになる。 あの後サンドリアに戻ったっきり、まだ誰も彼女の姿を見ていないのだ。
「実はあのどさくさで騎士の魂とやらを落としてて、気まずくて顔を出せないとかじゃないだろうなー」無責任な想像が飛び交い、ナイフやフォークの音とともに笑いが起こる。
「いたいたー! おーい!」そんな中、勢いよく定食屋のドアが開く。
聞き間違えようもない甲高い声が飛び込んできた。
「資格もらってきたよー!!」意気揚々と5人のテーブルに駆け寄ってくる、何やら頼りないいでたちのタルタルの少女。 盾は小さく、剣もお世辞にも立派とは言えない。
「それはそれは、おめでとうございます」赤魔道士が軽く冷やかすように言ったが、どうやら頬を紅潮させた彼女には正しく伝わっていないようだ。
「うん! もうこれからは任せて! 私があなたたちを守りますよ!」
「ほー、そりゃ頼もしいなぁ」ガルカの戦士がにこやかに言う。
「いやいや、そのブロンズハーネスの後ろに隠れるのはまだ気が引けますねぇ」タルタルの男の子が彼女の装備を上から下まで眺めて、にやにやと笑いながら茶化す。
「失礼ね! これからナイトとしての修練を積みに行くのよ! 盾の扱いから剣の捌き方まで戦士のやり方とはずいぶん違うんだから、一からみっちり叩き込まないとね! じゃ行ってくるっ!」
そう言いながら来た時と同じ勢いで、あっという間に定食屋から姿を消してしまった。
「やーれやれ、ずいぶんと落ち着きのない騎士様だこと」私は苦笑いしながら食事を再開する。
これからは彼女のマントに守られるわけか。
「サンドリアの騎士登用試験ももうちょっと、面接とか筆記とかに重点を置くべきじゃないんですかねぇ」タルタルの男の子がクスクスと楽しそうに笑いながら言った。
「まぁ多少の頭脳的労働はあったみたいだけど、それもなぁ・・・」
ちらりと隣の黒魔道士を見やる。 彼は「ん?」と私を見返したが、すぐに意味ありげに『わかってないねぇ』という笑顔をよこして料理を口に運びだした。
それを見た私の脳裏に、ダボイでの彼女の姿が浮かんだ。
白魔道士と二人でずぶ濡れの姿。 オークの猛攻を一身に受け止める姿・・・。
騎士とは即ち「守る者」だ。
襲い来る敵を打ち倒すよりも、背後の仲間を、友を、身を挺して庇う為に重い鎧を纏う者。
それは教義や教本の言葉などの理屈に支えられるものではなく。
その者の胸にある慈愛と自己犠牲の精神、それこそが何よりの資格であり、
彼をして騎士たらしめる。
翻せば、その精神と行動を持つ者を指して「騎士」と呼ぶのだ。
「・・・何よ、試験官気取りでさ」「ふふん?」
私達の小声のやりとりを他所に、仲間達は遠くない未来に自分達にもたらされるであろう小さな純白の盾について、にぎやかに思いを馳せていた。
end
想定レベル:30前後
それを見送る同じ数の冒険者達。
背後には獣人の印、木と岩で作られた邪悪な門。
「行きますか」「おう」
それぞれに身を翻し、門へと吸い込まれて行く彼らの影。
* * *
話は数日前に遡る。
南サンドリアの外れの食堂で、 私は一人のタルタルと買い物帰りの食事をとっていた。
その種族にしてはやや大柄。 赤茶色の髪を高く二つに束ねた、勝ち気そうな顔立ちの女の子。
二人とも今は普段着なので分からないが、彼女は立派な戦士である。
そしてシーフの私。 仲良しの二人というか、まぁ、腐れ縁というやつだ。
冒険者のざわめきと吟遊詩人の歌で満たされた午後の店内でとりとめのないお喋りに花が咲いていたが、先に食べ終わった彼女がこう切り出した。
「実はさ、ナイトやろうかと思って」
「ほう」
「ほら私、タルタルじゃない?」
「そうだねぇ」
「やっぱり魔法を使ってみるとさ、しっくりくるのよね」
「ふーん」
「でもやっぱ戦士の仕事も好きだし、そうするとナイトっていいと思ったわけよ」
「なるほど」
ちなみに私の対応がおざなりなのは別に興味が無いのではなく、現在の行動の重点を食事に置いているからだ。
彼女はそんな私に気を悪くするでもなく、話を続ける。
「それでね、お願いしたいのは・・・」
「お願い!?」
彼女の話を要約すると、こういうことらしい。
ここサンドリアで騎士登用試験を受けようと思い立ち、早速係官の所へ行った。
言い渡されたのは、「竜王ランペールの墓へ行って反魂樹の根を持ち帰ってこい」。
お安いご用と持って行ったら、今度は「オルデール鍾乳洞の、鍾乳石のしずくを持ち帰れ」。
これもどうにか達成すると、次は何も言わずに課題書を渡されたらしい。
それを解読したところ、どうやらダボイの深部へ赴き「騎士の証」なるものを持ち帰らなければならない、と。
それに一緒に行ってくれないかということだった。
「はー、そういうことですかー」
食事が一段落した私は、ジュースをすすりながら彼女の話を頭の中で反芻した。
「それで最近サンドから出てこなかったのね」
「そういうこと」
「ランペールなんて久しぶりだったでしょうに。 どうだった?」
「ああ反魂樹の根? 競売所で売ってたからそれをね、ひとつ」
「・・・・。 えーと、オルデールは行って来たのよね? あそこのモンスターはまだ襲ってくるような気がするけど、大丈夫だった?」
「うん、近くまで行ったら立派な装備の一団がいてね、お願いしてちょっとつきあってもらいました」
「・・・それはそれは。 で、課題の書・・・これはえーと、 星座の見据える先・・・? そこがダボイって事? 」
「と、お宅のご主人が申しておりました」
ずるっと椅子から滑り落ちそうになる。 この子もちゃっかりしてるけど、あのエルヴァーンも人が良すぎやしないか。 ぶつぶつと呟く私。
「・・・大体、騎士って言うからにはこう高潔とか怜悧とか正々堂々とか、そういう行動様式も含めてだね・・・」
「ん?」タルタルの少女がくりっとした目で私を見る。 悪気があるのやらないのやら。
鼻で溜息ひとつ。
「・・・まぁいいや。 それじゃまぁ、今度行きましょうか。 みんなにもお願いしといてね」
「そう言ってくれると思いました」
「てことは、当然ここはおごりになるのかな?」
「・・・デザートで勘弁してください」
小さなタルタルはメニューを差し出した。
* * *
「・・・さて、と」
ダボイに入って右手の細道。 釣り橋の残骸の手前で私達は立ち止まった。
かつての釣り橋の向こうに見えるのは、眼下を流れる川にぐるりを囲まれた孤島。
その中央には無残に崩れ去った、不気味なたたずまいの修道院。
勿論目的地はそこではない。 とりあえずは町で得た情報を元に、まず孤島に沿って川を東に
辿った先に向かうことになっている。
「孤島のオークに見つかったら、確実に全滅です。 隠密呪文だけは念入りに行きますよ」
小さな少年が言う。 灰色の髪をしたタルタルの白魔道士。
そう、あの孤島は、今の私達では束になっても敵わない上級オークの巣窟になっている。
これから通る川はそこからやや下になっているとはいえ、万一奴らの視界に入ってしまえば、凶暴なオーク達は雪崩をうって襲って来るだろう。
つまり定食屋でいとも気軽に頼まれたこの「おつきあい」は、一瞬の油断が全員の死に直結する決死行なのだ。
「赤魔道士と白魔道士の視界からなるべく外れないように。 呪文が薄れてきたらすぐに知らせるようにしましょう」
黒魔道士の言葉に全員が頷いた。 私は念の為、タルタルとガルカの二人の戦士と黒魔道士に、隠密呪文の代わりになる薬品類を手渡す。
「じゃ、お願いします」戦士の鎧に身を包んだタルタルの少女が、ぺこりと頭を下げた。
全員の目がすっと真面目になる。
それを受けて白魔道士と、エルヴァーンの赤魔道士が隠密呪文の詠唱を始めた。
始めに私から音が消え、姿が消える。 敵地に最初に乗り込むのはシーフである私の仕事だ。
私は呪文を受けながら数歩進み、釣り橋の縁に足をかけつつ肩越しに仲間を見渡した。
全員の音と姿が消えて気配だけになったのを確認する。
「行きます」私は釣り橋を蹴ると、遥か下の川に向かって身を躍らせた。
私、黒魔道士、タル戦士、白魔道士、少し遅れて赤魔道士、しんがりをガルカの戦士。
川を泳ぐ巨大魚にも脅かされながら、全員東に向けてひた走る。
仲間の姿も足音も聞こえない孤独感が、呪文のせいと分かっていても不安を掻き立てる。
先頭の私の目に、日の光に照らされた川の分岐が飛び込んできた。 ここを左に曲がれば真東に向かうはずだ。
「左へ・・・」皆に知らせようと、つい習慣で振り帰る。
何が見えた訳でもなかった。 強いて言うなら砂埃が。
ただ、小さな白魔道士の気配がする上あたりに、何か違和感を感じた。
視線を上に向ける。
「!!」
息を呑む。 視線の先、何か大きな黒い塊が、白魔道士めがけて落ちてくる!!
「・・・っ!!」
駆け寄ろうとした。 あんな大容量が軽装備の彼の上に落下したらただでは済まない。
が、彼との間に黒魔道士の長身があった。 避け損ねて思い切りぶつかってしまい、二人とも隠密呪文の集中が解けて姿が現れる。 間に合わない!
恐ろしい爆音と水柱を上げて、塊が水面に叩きつけられた。
絶望で一瞬目をつぶる。
硬直した空気の中、巨大な水柱が吸い込まれるように水面に帰った。
するとその向こうに見えたのは、もんどりうって倒れ、ずぶ濡れのタルタル二人。
小さな戦士の彼女が黒魔道士の足元をすり抜けて飛び出し、すんでの所で巨大な落下物から彼を救い出したのだ。
それを見て安心すると同時に、我に返った。 落ちてきた物をはっと見据える。
「オーク!!」
これまで相手にしてきたものとは桁が違った。 見た事もない巨体だ。
孤島に棲む数ランク上の種族に間違いない。 どう足掻いても万に一つの勝ち目もないだろう。
それでも反射的に私が黒魔道士を、姿消しを振り切って追いついてきたガルカの戦士が赤魔道士を庇い前に踊り出て、それぞれの武器に手をかけた。
戦士の彼女もがばっと跳ね起きる。
しかし、オークは襲ってはこなかった。
その代わりに、幾度となく見た光景。 冒険者に打ち負かされ、さらさらと虚空に溶けるが如くその存在をもときた闇へと還して行く、この世界のモンスターの終わりの光景。
「・・・・倒されてる?」
はっと気付き、改めて崖を見上げ耳をすませる。
かすかな剣戟と詠唱、そしてオークの荒々しい雄叫びが、風に乗って聞こえてきた。
私達よりはるかに熟練した冒険者が、孤島に乗り込んで上級オークと剣を交えているのだ。
彼らに倒されたオークが勢い余って落ちてきたのだろう。
「そうか、上の・・・」
「音を」
逸早く平静を取り戻した赤魔道士が白魔道士に鋭く声をかけ、自らも消音の呪文を唱え始めた。
白魔道士も瞬時に我に帰り、ぴょんと立ち上がって彼の詠唱に続く。
周囲に数匹いた巨大魚は、幸いにして落下の衝撃に驚き雨散霧消していた。
崩れた体勢を立て直すなら今しかない。
次々と呪文が進む。 姿を消される直前、私は果敢に仲間を救ったタルタルの少女に親指を立て、賞賛の目配せを送った。
彼女はちょっと照れたようだったが、赤茶色の髪から水をしたたらせながら「当然でしょ」と言わんばかりににやっと嗤い、消えた。
再度姿と音を消した私達は急いで分岐を左に抜け、無言でひたすら下流へと進む。
まっすぐに続く、長い長い川。
本当にこっちでいいのか・・・そんな気配すら漂い始めた頃、ようやく行き止まりが見えた。
川は地底に潜り、左に乾いた通路が伸びている。
近辺をリザードが数匹うろついていたが、幸い襲ってくる気配はなかった。
足元が水でなくなった事に安心したのだろう、誰からともなく軽く緊張を解く。
「ちょっと休みましょうか」と黒魔道士が言った。
リザードからぎりぎり離れた水辺でいつものように魔法使いは精神力を回復すべく腰を下ろし、剣を持つ者は見張りに立つ。
水浸しになったタルタルの二人は鞄からタオルを取り出し、並んで頭から体からゴシゴシと拭き始めた。 敵陣の真っ只中だというのに、かわいらしい光景につい心が和んでしまう。
太陽は天頂に達しようとしていた。
「えーと」人心地ついたらしく、タオルを頭にひっかけたままタル戦士の少女が地図と指令の
羊皮紙を広げた。 「ここから先がわからないのよねぇ・・・」
私は横から、そこに書かれた文章を覗き込む。
『水の中の島より南へと続く大いなる流れ
その行き着くところ、澱んだ者たちが集う』
「ふーん・・・ここも川が行き着いてるけど、特に何もなさそうかなぁ」私は周囲を見回して言った。
「奥の方を見て来よう。 何かあるかもしれない」先に魔力の回復した赤魔道士が立ち上がり、偵察を買って出てくれた。
そもそも隠密行動は、その呪文を扱える者が単体で行うのが最も危険が少ない。
全員が「頼みます」と言い終える頃には彼は2種の呪文をかけ終え、動き出していた。
地図とにらめっこしながら、皆静かに赤魔道士の報告を待つ。
数分もしただろうか。 「ここだ」という声が脳裏に響いた。
「その通路からほぼまっすぐ進んだ正面。 行き止まりに井戸がある」
「何かありますか、その井戸に?」白魔道士のタルタルが問い返す。
「井戸の中は分からない。 けど、ここにだけ張り付くようにスライムがいる」
「・・・澱んだ者、か」黒魔道士がつぶやいた。
「とすると、私が行ってその井戸を調べてみないとね・・・隠密呪文をかけてもらったら大丈夫かしら」
「いや、恐らく集中を保ちながらの調査は難しいでしょう。 どちらにしろスライムは無視できないかと。 戦闘に持ち込んで奴の気を引いて、その間に調べてもらうのが確実と思います。 そのまま倒せればよし、危険なら魔法で脱出しましょう。 判断は後衛がします」
おおまかな作戦を立てる白魔道士。 いつのまにか戻った赤魔道士がその長身を現しながら歩み寄り、付け加える。
「途中の広場にはオークがいた。 井戸のある所は奥まっているから大丈夫とは思うが、気づかれる前に手早く進めた方がいいだろう」
「了解」
気合を入れなおすように、全員が頷いた。
姿を消してオークのいる広場をやりすごし、井戸の近くに到着する。
赤魔道士の言う通り、そこにはどう努力しても友好関係を築きかねる姿の、黒い塊が蠢いていた。
「俺達であいつを井戸から引き離すから、その間に」
ガルカの戦士がタルタルの戦士に低く囁く。
「ん、終わったら参戦する」と彼女が応じた。
ひと呼吸の後。
私とガルカの戦士がほぼ同時にゆらりと歩き出し、敵との距離を半分まで縮めた。
その姿が見えなくとも、相手が自分と同時に武器を抜いていることを知る。
刀身にも気配というものがあると感じる瞬間。
「だっ!!」
ガルカの戦士が、怒号と共に正面からスライムに切りかかった。 現れる巨体。
スライムがびちゃり、と向き直った。
私はその横を飛び、明らかになった敵の後ろに回り込んだ。 相手の中核を狙い定め、短剣を構える。 姿隠しの集中が切れた。 タルタルの戦士が急いで井戸に駆け寄る。
視界の向こうで3色の魔道士が順に登場する。 その順に従いスライムに炸裂する、それぞれの呪文。
白い力が防御力を削り取る。 赤い力が炎で敵を包む。 黒い力が敵の内に炎の精霊を滑り込ませる。
「おらぁ!」私とガルカ戦士は交互にスライムに気を叩き付け、その攻撃と注意をもぎ取り、受け止める。
手応えはあった。 冒険者達の打撃と魔法を受け、ゆっくりとではあるが敵の動きは鈍くなっていく。
「あった!!」タル戦士の高い声が響いた。 横目で見ると、井戸の淵から転げ落ちた彼女がその手に何か小さな光る物を掲げていた。
「よし、なくすなよ!」半分茶化して半分本気で声をかける。
「なくさないわよ!!」大急ぎで懐にその物をおさめ、彼女も剣を抜いた。
その時。
「ぐっ」黒魔道士の呻き声が聞こえた。
騒ぎを聞きつけたオークが一匹、通路に侵入してきて彼に一撃を浴びせたのだ。
衝撃によろめく黒魔道士。 咄嗟に白魔道士が女神に祈り、その加護で彼を癒す。
その詠唱を聞いたオークがぎょろりと白魔道士の方を向いた。 同時にぎりぎりの所で保っていたスライムに対する魔法攻撃と物理打撃のバランスがわずかに傾き、その禍々しい青黒い塊がガルカの戦士から魔道士へとその怒りの矛先を変えてずるりと移動しようとする。
場の体勢が崩れたのを、全員が悟った。
それに杭を打ったのは。
「ふざけんじゃないわよーっ!!」タル戦士の彼女が魔道士達とオークとの間に踊り出ると、その剣と怒気を同時に新たな襲撃者へと叩き付けた。
それに怒ったオークが、臓腑をえぐるような唸りをあげて猛然と彼女に襲いかかる。
振り回される腕を、盾で受け止める。 果敢に斬りつけて牽制する。
小さな体で私達全員を背に庇い、一歩も引かない構えだ。
しかし屈強なオークと一対一では、一人前の戦士たる彼女とて長くは持ちこたえられないだろう。
私とガルカの戦士は魔道士に向かおうとするスライムを足止めするので手一杯だ。
魔道士達も、すでに対スライムにほとんどの魔力を費やしてしまっていた。
私は危機感をこめて黒魔道士を見る。 「脱出します!」と、立ち上がった彼が宣言した。
黒魔道士の長い詠唱が始まる。 今や脱出行の要となった彼女を癒すべく、今度は赤魔道士が呪文を行使する。
そのどちらへだろうか、再度獣人の濁った目線が彼女から逸れた。
すると間髪を入れず「あんたの相手は私よ!!」と、勇敢に蛮族を挑発するタルタルの少女。
ダボイの渓谷に朗々と流れる呪文。 その中で、彼女はひたすら耐えていた。
真夏の夕立のような荒々しい打撃が彼女の盾と体に容赦なく降り注ぐ。
盾が悲鳴を上げ始めていた。 彼女の腕の鎧われていない部分が血に染まっている。
踏ん張る足が後ろに滑り、めり込む。
私はようやくとどめを刺したスライムから短剣を引き抜き、彼女の名を叫んだ。
反応はない。 オークももはや、彼女しか眼中にないだろう。
ただ彼女の鮮やかに燃える瞳と、その灼熱に反して冷静に結ばれた口元だけが見て取れた。
その表情からは、この状況に不釣合いとも思える誇りのようなものすら感じられ。
この地に来るきっかけとなった彼女の始めの一言が、私の脳裏に蘇る・・・。
その主の小さな影がゆらいだ。
だめか、と血の気が引く。 しかしそれは長い移動呪文の完成の印だった。
一瞬の後、私達はジャグナーのしじまの中にいた。
* * *
数日後。
定食屋で、私達は遅い昼食をとっていた。 いつもの喧騒と、吟遊詩人の奏でるBGM。
人数は5人。 一人足りないのはタルタルの女の子だ。
「ちゃんとやれたんですかねぇ」
「また何か無理難題をふっかけられてたりして」
話題は自然と彼女のことになる。 あの後サンドリアに戻ったっきり、まだ誰も彼女の姿を見ていないのだ。
「実はあのどさくさで騎士の魂とやらを落としてて、気まずくて顔を出せないとかじゃないだろうなー」無責任な想像が飛び交い、ナイフやフォークの音とともに笑いが起こる。
「いたいたー! おーい!」そんな中、勢いよく定食屋のドアが開く。
聞き間違えようもない甲高い声が飛び込んできた。
「資格もらってきたよー!!」意気揚々と5人のテーブルに駆け寄ってくる、何やら頼りないいでたちのタルタルの少女。 盾は小さく、剣もお世辞にも立派とは言えない。
「それはそれは、おめでとうございます」赤魔道士が軽く冷やかすように言ったが、どうやら頬を紅潮させた彼女には正しく伝わっていないようだ。
「うん! もうこれからは任せて! 私があなたたちを守りますよ!」
「ほー、そりゃ頼もしいなぁ」ガルカの戦士がにこやかに言う。
「いやいや、そのブロンズハーネスの後ろに隠れるのはまだ気が引けますねぇ」タルタルの男の子が彼女の装備を上から下まで眺めて、にやにやと笑いながら茶化す。
「失礼ね! これからナイトとしての修練を積みに行くのよ! 盾の扱いから剣の捌き方まで戦士のやり方とはずいぶん違うんだから、一からみっちり叩き込まないとね! じゃ行ってくるっ!」
そう言いながら来た時と同じ勢いで、あっという間に定食屋から姿を消してしまった。
「やーれやれ、ずいぶんと落ち着きのない騎士様だこと」私は苦笑いしながら食事を再開する。
これからは彼女のマントに守られるわけか。
「サンドリアの騎士登用試験ももうちょっと、面接とか筆記とかに重点を置くべきじゃないんですかねぇ」タルタルの男の子がクスクスと楽しそうに笑いながら言った。
「まぁ多少の頭脳的労働はあったみたいだけど、それもなぁ・・・」
ちらりと隣の黒魔道士を見やる。 彼は「ん?」と私を見返したが、すぐに意味ありげに『わかってないねぇ』という笑顔をよこして料理を口に運びだした。
それを見た私の脳裏に、ダボイでの彼女の姿が浮かんだ。
白魔道士と二人でずぶ濡れの姿。 オークの猛攻を一身に受け止める姿・・・。
騎士とは即ち「守る者」だ。
襲い来る敵を打ち倒すよりも、背後の仲間を、友を、身を挺して庇う為に重い鎧を纏う者。
それは教義や教本の言葉などの理屈に支えられるものではなく。
その者の胸にある慈愛と自己犠牲の精神、それこそが何よりの資格であり、
彼をして騎士たらしめる。
翻せば、その精神と行動を持つ者を指して「騎士」と呼ぶのだ。
「・・・何よ、試験官気取りでさ」「ふふん?」
私達の小声のやりとりを他所に、仲間達は遠くない未来に自分達にもたらされるであろう小さな純白の盾について、にぎやかに思いを馳せていた。
end
想定レベル:30前後