テノリライオン

The Way Home 第22話 朝がまた来る

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―――あんたも、神様に作られたの?―――


斜めに振り下ろされた大きな鎌が、ルカが蹴った地面に鈍い響きを立てて突き刺さる。
穏やかな眼差しでそれを見下ろしながら、小柄なミスラは宙で軽く足を丸めた。


* * *


「回避行動が終わった瞬間が危ない! ドリーさん、離れないでよく見てて!」
灼熱の炎を浴びせた憎らしい相手を叩きのめしたいのに、そいつは捕まるどころかその手にかすりもしない。
そんな強烈な苛立ちに荒れ狂う妖魔の背へじわじわと攻撃を加えながら、ルードが注意を促した。

小さなナイトは彼の言葉に返事を返す余裕もなく、剣と盾を構え全神経をその目に集中し、必死で追っていた。
彼女の親友が、強大な敵と戯れるのを。


* * *


横から、妖魔の鉤爪が迫ってきた。
ルカは空中で僅かに体を捻って向きを変えると、その妖魔の爪に足を伸ばす。


―――私達もね、神様に造られたらしいのよ。
多分あんたんとことは違う、もうちょっとソフトな神様に、かな。


足の裏にその爪が届くと同時に、ふっと膝を曲げてその衝撃を吸収する。
背を丸め、そのまま足の下を進む妖魔の腕が体の真下に来た所で、たんっとそれを蹴った。


―――造られたなりに色々考えて、頑張って生きてるだけなんだけどね。
そっちの神様が、それが気に食わないって? それで造られて、私らを掃除してこいって派遣されて来たんでしょう、あんたたち。


高く宙に舞うルカの目の前に、思いがけず大きく開ける空間。
至る所で、異なる神よりその存在を与えられた二つの者達が、互いの数を削り合っている。
その物悲しい光景に一時目を奪われ、揚力を失い下降を始める彼女の視界に、妖魔の大きな顔が割り込んだ。

手が付けられない程に怒り狂っている。 凄まじい形相で小賢しいシーフを睨み据え、かっと開いた口から剥き出される牙で彼女を捕らえようとしている。 その乱食いの牙に僅かにこびりつく汚れを見つけて、彼女はちょっと顔をしかめた。
が、それも束の間、ふと哀しげな笑みを浮かべると、至近距離まで近付いた妖魔の顔を両手でとんと押して、自分の体を後ろに弾く。


―――たまんないわよね―――お互い、さ。


切なげに、少しいたずらっぽく同意を求めて微笑みかけるルカの心の内が、その相手に通じる事は無く。
ただその節くれ立った黒い足が片方、思い切り後ろに引かれる気配だけが伝わってきた。

一つ溜息をついて、そちらに視線を送った、その瞬間。
巨大な重力の掌が彼女を鷲掴みにした。


* * *


「!!」
バルトの喉を、鋭く空気が擦る。

唸りを上げて繰り出される妖魔の足を前に、それまで羽毛のように軽々とひらめいていたルカの体に、突如として「体重」が戻った。
空中からぐんと地に引き戻され始めるミスラ。 その膝を、ついに敵の強烈な蹴りが横殴りに捕らえた。 不意の衝撃に足を弾かれたルカの体が大きくぐるんと体勢を崩し、大地に戻れない彼女の無防備な腹が敵の目の前に供される。
そこに間髪を置かず放たれた妖魔の渾身の拳が炸裂した。
「がっ―――」
ずどんという地響きを立てて、ルカの体が一直線に地に叩き付けられる。

「ドリー! 行け!!」
盛大に繭の残骸を巻き上げながら、勢い余ってざざーっと地面を滑る彼女の体をなおも追おうとする妖魔。
イーゴリの叫び声と共に、ドリーが二者の間に猛然と踊り出た。
「そこまでっ!!」
地に這う彼女をかばう凛々しい声が、その手の聖なる白い盾を輝かせた。
眩い光の力が、それに目を貫かれる妖魔の怒りを、意識を、小さなナイトへと一気に引き寄せる。

ついに捕らえたシーフに向け思い切り振りかぶられていた大きな鎌の行く先が、当然のようにドリーへと変更されていた。
新たな怒りの声をあげて振り下ろされる刃を、護りの象徴たる白い盾ががきんと受け止める。
しかしその打撃は僅かに盾の芯から逸れた。 がりりと音を立てて滑る鎌が、その先にあるドリーのサークレットと彼女の尖った耳を鋭く薙いだ。
が、そこに散ったのは、赤茶色の髪がひと房のみ。
よく見ればいつのまにか、ダイヤのように透明で清冽な輝きが彼女の全身を包み、敵の打撃を全て阻んでいたのだった。

「―――存分に当ててきなさい」

盾の影から、熱く冷たく不敵な笑みを覗かせて、ナイトは低く挑発した。


「―――!!」
イーゴリが、声にならない咆哮を上げる。
途端に彼の全身の筋肉が限界を超えて賦活した。
膨れ上がるエネルギーを表すかのような気迫の唸り声と共に、彼の斧が妖魔に食い込む。
その肉が、大きく弾けた。 明らかに先程までとは威力の桁が違う。
次の一打も。 その次の、次の一打も。
まるで何かに約束されているかのように、戦士の巨躯が繰り出す全ての打撃が、最大の威力をもって確実に敵へと刻まれていく。


「闇よ!!」
ルードが、深淵の暗黒と結んだ契約を高く掲げる。
深い艶に踊る彼の鎌が、周囲の大気から黒の粒子だけを選り分けその身に吸い込んだ。
闇夜に溶ける三日月を振りかざし、思い切り跳躍する。
ずぶり、と敵の肩にそれが埋まる。 するとその傷口から紅い血のような輝きが溢れたかと思うと、瞬く間に暗黒騎士の体へと吸い込まれ、彼の血となっていく。
そして同時にその同じ鎌が、今度は彼から生気を奪い取り、それを糧に妖魔の肝に牙を突き立てる。
敵を削り己をも削る、綱渡りのような、しかし嵐のような斬撃が始まった。


「グァ・・・ウ!!」
時にルードやイーゴリの攻撃を忌々しげに打ち払いながらも、手負いの妖魔はひたすらに目の前の小さなナイトを叩きのめそうと躍起になっていた。
しかしどんなに打ち据えても、切り払っても、彼女は一向に弱らない。 純白の鎧に血も流れない。
妖魔の苛立ちが頂点に達した、その時。
「・・・ぐっ!!」
盾が打撃を受け止める音から、澄んだ輝きが消えた。
重たい衝撃がもろに体に乗り、一瞬よろめくドリー。

「終わった!!」
その音とルードの声に、彼らの背後でじっと潜んでいた3人の魔道士が一斉に立ち上がる。
駆け出すバルトの後ろでヴォルフとフォーレが同じ呪文を唱え始めた。
走る彼を追い抜く2つの回復魔法が、その先で仰向けに倒れるルカを真白く包む。

盛り上がった繭の残骸を乱暴に掻き分け、ルカに駆け寄り屈み込むバルト。
地に擦られ無残に煤けたミスラの顔と体に、彼の目の前で白い光が染み込んでいった。
その癒しと彼の掴む手に、彼女の意識が戻る。 一つ唸ると顔をしかめて半身を起こした。
「い、ってて・・・っとにもう、人の話を、聞かない奴だな・・・」
何を言ってるんだ、という顔でその背を支える黒魔道士。


まだ少しかすむルカの目に、今やすっかり様変わりした、先刻までの自分の舞台が映った。
入り乱れる3人の戦士達。 絶え間無く閃く刃。 それぞれに持てる力の全てを振り絞り、猛り止まぬ手負いの妖魔をじわじわと追い詰めている。
ヴォルフの放つ火球が轟音を上げて虚空を突き抜けていく。
盾と鎧、そして剣で、降り注ぐ打撃を死に物狂いで受け止め続けるドリーに、フォーレの癒しの光が舞い降りる。

「―――来るよ!!」
その戦いを、眉根を寄せ目を凝らして追っていたルカ。 何かに気付くと、鋭い声を上げた。
3人の戦士が電光石火で視線を交わし呼吸を計るのを、その目が捕らえたのだ。
複数の刃が生み出す、力のハウリング。 きっと炎の魔法がそれに乗る。 数秒後に来る、間違いない。
「炎! 頂戴、早く!!」
戦場から目を離さず後ろに手を伸ばし、背のバルトを切羽詰った声で急かしながら立ち上がろうともがくルカ。
が、その覚束ない足はもつれ、繭の切れ端を踏んでずるっと滑ってしまう。
崩れる彼女の背を受け止めながら、膝をついたままの状態で黒魔道士が魔力の集中を始めた。

その時、戦場の中心に。
巨大な敵の切り裂くような雄叫びが轟いた。
完膚なきまでに傷ついた体から放たれる、それは威嚇の咆哮だ。
ドリーも、ルードも、イーゴリも、ヴォルフもフォーレもバルトも。
心臓を引っ掻かれるようなおぞましい声に総毛立ち、本能的に、己が腕に声に、更に力を込めた。

が、ルカだけは。 その顔を泣きそうに、辛そうにぐしゃりと歪める。

邪悪なはずの悪魔の咆哮が、幼子の悲鳴のように聞こえたのだ―――


バルトの魔力が流れ込む。

3本の刃が、順に輝き始める。

大きく空気を吸い込む。

それは、魔力でも何でもない、この場では棒切れほどの役にも立たない、ただの感傷。
それでもルカは、自分の体を通り抜ける灼熱の炎の中に、それを一滴、混ぜていた。


(今、終わらせるから―――)




* * *




大きな祭壇。
小さな、背中。

星の神子が、「神」に、祈りを捧げていた。

祭壇の前に跪き、もう半日もそうしているだろうか。

遠くからその姿に心を痛める侍女達の視線の中。
神子は張っていた肩の力をゆっくりと抜き、静かに、細く長い息を吐く。

そして更に頭を垂れると、万感の思いを込めて、小さく感謝の言葉を囁いた。


to be continued
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