テノリライオン

ep4 宿す者、舫う者

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ぱしゃり。
エメラルドグリーンの海に魚が跳ねた。

カザムの波止場。
底抜けに陽気な太陽の光を浴びて、穏やかな南の海が輝いている。
怖いくらいに澄んだ水。 海面と浅い海底の間の空間を、黄色や青の鮮やかな魚が群れをなして泳ぐ。
そこに張り出す桟橋の先に、小さなタルタルが二人座っていた。
黒と、赤。

黒いタルタルは暗黒騎士。
灰色の髪をごく普通に短く刈ったくりくりとした髪型だが、何故か天辺にぴんと一房毛が立っている。
いたずらっ子のような快活な目とあいまって、実に愛くるしい印象だ。
が、そんな彼を包む鎧は余す所なく黒一色。
闇の力を帯び、容赦無い命の遣り取りをする暗黒騎士の証。

赤いタルタルは赤魔道士。
茶色い髪を後ろで高く結っている。
静かな瞳には利発そうな光が宿り、やわらかくおっとりとした印象を与えていた。
彼女を包むのは赤魔道士の衣装。 理知的なきりっとした白い襟と胸元の赤いスカーフ、同時にフェンサーを思わせる肩当てと膝当て、すらりとした細身の剣。
片手に魔法を、片手に剣を携える文武両道の一派。

「きれいねぇ」
足元を通り過ぎる色とりどりの魚をうっとりと眺め、赤魔道士の彼女が呟いた。 サイドの髪がするりと垂れて揺れる。
「のどかだねぇ」暗黒騎士が応じたが、その視線は今まさに手入れをしている、彼の鎧同様漆黒に染まった大きな鎌から離れない。

二人はここカザムから遥かユタンガとヨアトルの森を抜けた先にある火山、イフリートの釜の頂に出向いて何やら捧げ物を献上してきた帰りだった。
普段であればそれぞれ帰還の魔法で本土に戻る所だが、たまにはのんびり飛空挺に乗るかとその到着を待っている所である。
この町のそこかしこを自由に闊歩している沢山のオポオポの一匹がてくてくと寄って来て、赤魔道士の帽子に飾られた白い鳥の尾羽に興味を示しひょいと手を伸ばす。
「わ、だめだめ」それに気づいた彼女が笑いながらあわてて帽子を抱えた。
暖かい風に極彩色の大柄な花々がゆったりとそよぎ、南国特有の騒々しい鳥の声が遠くで響く。
バカンスと呼ぶに相応しい、平和な光景だ。

ふと、背後でその平和な空気が乱れた。
二人の尖った耳がぴくりと動き、そのざわめきを捉える。
「・・・い、またかよ」「みんないる!?」「回復を・・・」
どうやら多数の敵に追われた冒険者が逃げ込んできたようだ。 門の程近くで狩りをしていた集団も一緒に避難してきている気配がある。
「お?」黒いタルタルがにやりとして立ち上がり、傍らに置いていた黒い兜をひっつかんで走り出した。
色とりどりの花々に囲まれた緩いスロープの階段を、転がるように駆け上がっていく。
「あ、ちょっと・・・もう」赤いタルタルも立ち上がり、服の裾の埃を払って彼を追いかけた。

二人は十数名の冒険者が右往左往する足元を駆け抜けながら、彼らの会話を拾い聞く。
ゴブリン、数匹、誰かが戦っていた・・・これだけの断片が聞き取れた。
「よっしゃ」小さな暗黒騎士は速度を緩めず、そのままカザムの門をくぐる。
少し遅れて赤魔道士が続いた。


* * *


飾り付けられた門を抜けた先には、4匹のゴブリンがいた。
うち1匹はうずくまり今まさにすうっと虚空に消える瞬間だったが、それを倒した冒険者の姿は見当たらない。 恐らく入れ違いで町に入ったか、または上手く森の方に抜けたのだろう。
それを見た暗黒騎士はがぽりと兜をかぶって嬉しそうに舌なめずりし、手入れしたばかりの鎌を振りかざすと「よぉしお前ら覚悟しろ、試し切りさせてもらうぜ!」と呼ばわり、自分よりも一回り大きなゴブリン達に意気揚揚と斬りかかっていった。
(火山では姿を隠して敵を全部やりすごしちゃったから、きっと暴れ足りないのねぇ)
タルタルの少女はやれやれという風に肩をすくめると、念の為自分達に防御の魔法をかけ始める。

彼の黒く輝く鎌は、ざくりざくりと確実にゴブリンに深手を負わせていく。 立ち回りはそう素早いとは言えないが、その容姿とはかけ離れた実に力強い戦いっぷりを見せるタルタル。
だがその好戦的な瞳と楽しくて仕方がないという表情とは裏腹に、頭ではその手応えを冷静に測っているのだ。
それでも3匹を相手にすればある程度の反撃は受けてしまう。赤魔道士はひとわたり守護と敵を弱らせる呪文を施し終えると、自らも剣を抜いて1匹を相手取った。 横目で暗黒騎士の消耗具合を見定めながら、相手の攻撃の隙を縫って彼に回復魔法を唱えてよこす。

まず1匹。
黒いタルタルはその鎌に存分に敵の血を吸わせ終えると、あたかもその精気で目覚めたかのような鎌の大技「ギロティン」を、振り向きざま赤魔道士と剣を交えるゴブリンの背後へと叩き付けた。
刃の軌跡が黒い残像となって空中に残る。 獣人の半身が軽々と宙に舞い、どさりと落ちた。
その血飛沫が暗黒騎士と、赤魔道士にも飛ぶ。
「次!!」
その余韻に浸る様子も見せない。 片手で鎌を大きくびっと振って血糊を払うと、そのまま最後の一匹に猛然と斬りかかっていく。
一体どちらが魔物だろうか。 そんな戦い方だ。

モンスターであるゴブリンも、見ようによってはタルタルとはまた違った愛嬌が垣間見られ、可愛くもある存在だ。
その小柄で可愛い者同士が明るい太陽の元で繰り広げる、凄惨な光景。
そして、最後の一匹の首をその黒い三日月が捕らえた時だった。

「ごめんなさーーーいーー・・・・・」
森の方から細い声が近付いてきた。 同時に、ズズズズ・・・という不気味な音。
「・・・はぁぁっ!?」「ええええええ!?」
二人のタルタルはそちらを見るや、素っ頓狂な声を上げた。

必死の形相で走ってくるのはヒュームの女性。
その後ろに見えるのは、カザムの海とも森の木々とも違った、毒々しい緑色の巨大な塊。
足は6本。 無数の突き出した目。 「育ち過ぎの薔薇」と呼ばれる、モルボルだ。
「おいおいおいおい!!」とりあえずは轢き殺されないように横によけながら、彼はあんぐりと口を開けた。
「むしろここまで引きずって来られた事に感心するわ・・・」彼女もその隣で呆然と呟く。
そのモルボルは通常ユタンガの森の中程に生息する。 この狭く入り組んだ亜熱帯の森の一体どこをどう通ってきたのやら、天晴としか言い様がなかった。
「すいませーん! ごめんなさーい!!」ひたすら叫びながら、その女性は町へと消えていった。
後に、おぞましくうねるモンスターと不気味な静寂を残して。

「『加速』を」
「へっ」暗黒騎士の言葉で我に返った彼女は、その内容に間の抜けた声を上げてしまう。
「やるぞ」
驚いて彼を見ると、既に不敵な笑みを浮かべて鎌を握り直し、敵に向かって踏み出していた。
相手はモルボルだ。 先程までのゴブリンとは訳が違う。
「ちょっ・・・」言いかけて止める。 代わりに彼女は加速の魔法を唱え始めた。

その容姿で甘く見てしまいがちだが、彼は百戦錬磨の戦士だ。
冒険者歴も長く、貪欲に戦場を渡って様々な経験を積んでいる。
例えば絶望的な状況で、己を犠牲にすることで仲間を助けようとしている場合などを除き。
彼が「やれる」と言えば、やれるのだ。
彼女はその事を知っていた。
が、「言い出したら聞かない」という理由も、実はあった。

加速の魔法が発動する。 地響きを立てて向かってくる小山の如きモルボルに動じず、鎌を横にかざしたままゆっくりと進む彼。
(速攻で終わらせるつもりだ)彼女は思った。 急いでモルボルに麻痺と弱体の魔法をかけ、回復魔法の準備をする。

「来れ」敵に向かって歩を進めながら、小さな暗黒騎士が低く何者かに告げた。
彼の周囲に突如として闇が現れ、その中に蠢く不気味な亡者の姿と共に彼に吸い込まれて行く。
彼の纏う鎧、その黒の底が深くなる。
「目覚めよ」続けて告げる。
彼の手なる漆黒の鎌から、ぶくぶくと泡立つ血を連想させる禍々しい赤い光が溢れ出る。
加えて2度、その体から黒と赤の波動を放つ。 その鎧う力を捨て、以て撃つ力に代えた印だ。

もはや彼から「愛らしい」という形容詞は吹き飛んでいた。
そこにあるのは、明るい南国の大地に不似合いなブラックホール。

モルボルの触手が凄まじい勢いで、彼に向かって横殴りに飛んできた。
「!」赤魔道士のタルタルが眉をしかめ、息を詰める。
ばしっと重い音がして、黒いタルタルが吹き飛んだ。
しかし同時にその触手からも敵の体液が噴き出す。
一回転して着地した彼が、気合の声とともにそのバネでモルボルに向けて飛んだ。

再度振り翳された敵の触手の一つを捉え、ざくりと鎌を突き立てる。
次の一瞬で、彼の纏った闇が彼自身のエネルギーを糧としてその傷口に流れ込み、敵を蝕む。
と同時に鎌が妖しく輝き、モルボルから更なる体力を搾り取ってそのまま暗黒騎士へと流し込んだ。

これが暗黒騎士の戦い方の真髄であり、背負う業だ。
己を削った破片の切っ先で相手を傷つけ、それ以上に相手の生命力をもぎ取り食らう。
「命の遣り取り」と呼ぶに相応しい、死の淵ぎりぎりの禍々しい戦い方。

しかし彼の業はそれに留まらない。
戦いの中心とは外れた所で、ひっそりと命を削られている者がいた。
赤魔道士の彼女である。

暗黒騎士はその鬼神もかくやという攻撃力を、己の身の安全を投げ打つ事により得ている。
通常ならば耐え得る打撃でもたやすく致命傷になりかねない状態にあえて身を置くのだ。
運悪く強力な打撃を立て続けに受ければ、相手の生命力を奪い取って回復する間もなくあっという間に命を落としてしまう。
彼があの闇を呼ぶ度に彼女の心と神経は張り詰め、「万が一」の恐怖に心を鷲掴みにされる。

だから彼女は強くなった。 それは誰にも見えず、計れない強さ。
彼が闇を己に取り込んで敵と戦うその間。
彼女は彼の背後で、彼自身を賭けてその闇と戦ってきたのだ。
(もう慣れたわ)気丈にそう思う。 が、全神経を集中して彼と敵の動きを目と耳で追いながら、アルタナに祈る形に備えた手はいつまでも小さく震える。


* * *


小柄な暗黒騎士の打ち込んだ刃が、そのまま丸太程もある敵の触手をばさりと切り落とした。
過剰に肉感的なモルボルの口から発された悲鳴がユタンガの森に響き渡る。
「あと5本!」叫びながらもう飛んでいる。 小さな影が暗闇と血の赤の残像を残して次々と巨大な敵の触手に襲い掛かり、一撃で打ち落とす。
最大限に増幅した攻撃力が生み出す信じ難い光景だ。

自由を奪われながらも必死で足掻くモルボルが、幾度か彼に打撃を浴びせる。
その度に背後の彼女が素早く癒す。 運良く致命傷に至るものはなかった。
切り落とされてなおのたうつ不気味な触手に囲まれ、彼はついに胴体だけになった敵を正面から鎌で力いっぱい薙いだ。 同時にその刃にひときわ危険な気配が宿る。
ぐえぇ、という断末魔とともに、モルボルが殊更大きく口を開いた。 何かを吐き出す前兆だ。
「させるかよ!」暗黒騎士は一歩後ろに飛び退き、大きく鎌を振り翳した。
2度目のギロティンが緑色の塊に大きく炸裂する。
それをもって、塊はついに動かなくなった。
赤魔道士のタルタルが、ふぅっと大きく安堵の息を吐く。

緊張から解放された彼女が何気なく傍らに目をやると、いつのまにか現れた新手のゴブリンがうろうろしていた。
ふといやな予感がして暗黒騎士を見やる。 その体にまだ闇の余波をまとわりつかせている彼の目もまた、ゴブリンを見ていた。 わずかにその方向に体重移動している。

「はい、そこまで!!」彼女はつかつかと彼に歩み寄ると、彼の鎧の襟首をむんずと掴んだ。
そのまま門の方にずるずると引きずっていく。
「え、いや、おい、あれもいけるって。やれるって」先程までの身の毛のよだつような迫力はどこへやら。 彼は短い手足を振り回してじたじたと抵抗する。
「やんなくていいの! もう十分遊んだでしょ! おしまいです!!」
「ええええーーーー」
ずるずるずるずるずる。
二人の姿がカザムの町へと消えていく。 突然の幕引きに、呆れたような静寂がユタンガの森を包んだ。

「まったくもう・・・」暗黒騎士をひきずったまま、ぶつぶつと呟きながら彼女が門をくぐる。
と、沢山の人の足が視界に飛び込んできた。 はっと面を上げると、彼女は様子を伺っていたであろう冒険者たちの視線の的になっている自分たちに気付いた。
「・・・・あ」見る間に耳まで真っ赤になるタルタルの少女。
あたふたと周りを見回す。 ぱくぱくと口を開け閉めする。
が、ついに何かの限界が来たのだろう、そのまま顔を伏せてだーーっと港の方へ走り出してしまった。
襟首を掴んだままの暗黒騎士と、彼の「わああああ・・・」という悲鳴を引きずって。

「あーもう、恥ずかしいったら!」桟橋の先で座り込み帽子を目深に引き下げながら、その衣装よりも真っ赤になっている赤魔道士。
「いや、それは俺のせいじゃないと思うな・・・」黒い兜を脱いで息をつき、仏頂面でぽりぽりと頭をかく暗黒騎士。

明るい日差しの中、南西の空から飛空挺が滑るように舞い降りてきた。


end


想定レベル:暗/戦60 赤/白60
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