テノリライオン
ep5 その手に武器を
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ずしんと地響きを立てて、グゥーブーの巨体がうつ伏せに倒れた。
戦斧を腰に戻しながら駆け寄り、その頭から背中にかけてまばらに生える植物を急いで検分するガルカ。
「よし!」その中に探していた苗を見つけると、武骨な手で素早く丁寧に引き抜いた。
「ごめんな、ありがとうよ」そのまま黙祷。すぅっとグーブゥーの姿が薄れ、闇に還る。
それを見送った彼はほっと一息つくと、鞄から苗の詰まった麻袋を取り出しながら手近な木の根元に腰を下ろした。
まっすぐに天をも貫きそうな高い高い針葉樹の森、厚く積もる腐葉土。
ひやりとした水の粒子が濃く漂う、静謐な空気が彼を包んでいる。
冒険者という人種の生計の立て方は様々だ。
鍛冶や木工などのギルドで技術を身につけ、その生産物で利益を出す者。
モンスターを倒してその戦利品を売る者。
移動魔法で客を運び、その運賃で儲ける者。などなど。
「・・・10、11、12と。うん、ダースになったな」
ここは聖地ジ・タの森。
この奥地に棲むグゥーブー族の背中に稀に生えている苗が、昨今高値で取引されているのだ。
ガルカの戦士はここ数ヶ月、その苗を採取し売る事で日銭を稼いでいる。
また彼は運よく苗を持ったグゥーブーに遭遇する事が多く、いつになくいい収入となっていた。
「そろそろ新しい槍に手が届くかな・・・。よっし、今日は町に戻るとするかぁ」
収穫に満足した彼が、よっこらせと立ち上がる。
ガルカ特有の大きな体躯。逞しく着込んだ重厚な鎧と、鍛錬をしていない者には持ち上げる
事すら難しそうな大斧と盾がその動きに合わせてがしゃりと鳴る。
まさに職業戦士の権化のような姿だ。
兜と髭の奥の容貌もガルカらしく厳めしいものだが、その中で唯一彼の性格を反映した目だけが
見る人に柔和な印象を与えている。
麻袋を大事そうに鞄にしまいつつ、彼は鼻歌混じりにメリファトに通じる森の出口へと歩き出した。
* * *
ざくざくと落ち葉を踏み締めながら、擦り硝子のフィルターを通したような光の帯の中を西へと進んで行く。グゥーブーの生息地を離れてしまうと、静かなこの森にはほとんど人影が見られない。はずだった。
ふと彼は足の裏にかすかな地響きを感じた。何かいるのかと思い辺りを見回す。 と。
「わぁーーん・・・」彼の行く手、ひときわ太い樹の影から、小さな男の子が走り出てきた。
「な・・・こんな所に、子供!?」あまりに意外な光景に彼が驚いていると、その子に続いて地響きの主がぬっと現れた。
ゴーレムだ。 鈍い紫色の、枯れ木から生まれたような姿。明らかにその子を狙っている。
戦士は咄嗟にクロスボウを抜き、素早く引き絞るとそのモンスターに向けて放った。
肩口に命中する矢。その虚ろな目がゆっくりと彼に向いた。
「こっちだ!」戦斧を抜き払い盾を構え、身の丈2倍はあろうかという敵に向かって腹の底から声を出す。
そしてより挑戦的な敵に標的を移したゴーレムを誘導するように後退し、男の子から十分距離を取った。
ぐおん、という、風を切る音とも魔法で構築されるその腕の動作音とも判らない唸りをあげてゴーレムが襲い来る。
余程のヘマをしなければ負ける相手ではない。彼は冷静に確実に、重厚な斧の一撃一打をその巨大な体へと刻んでいく。
小細工は一切ない。ひたすら正面から己の力を相手に叩き付け、相手の打撃にはただ耐えるのみ。
煉瓦を一つ一つ積み上げて城壁を築いていくような、地に足の着いた戦士の戦い方だ。
重く低い打撃音をバックに続く、無言の打ち合い。
徐々にゴーレムの動きが鈍り、その体から紫色の破片がばらばらと散り始める。
そんなモンスターに最後の足掻きを許すことなく、その刃に気を満たした戦士の大斧から
放たれた技は「ランページ」。
その轟音を最後に、ゆっくりと森に静寂が戻った。
「ぼうや、大丈夫だったかい?」ガルカの戦士が息を整え武器を納めて歩み寄ると、男の子は元気よく彼の方に走ってきた。
「うん!ありがとうおじちゃん、強いんだね!」興奮で目をキラキラと輝かせながら彼を見上げている。
どうやらエルヴァーンの子供らしい。細い体に尖った耳と白い肌、薄茶色の短い髪。
が、妙な子だった。
そもそもがこんな人里離れた森にいるのがおかしいという以前に。
うすら涼しい森の中だというのに、袖なしのシャツに短いズボンと極めて軽装。
右手に木の剣。そして左手には、観念した風情の紫色のリーチをぶら下げていた。
細かい木の葉のような触角を掴んで、おもちゃのようにぶんぶんと振り回している。
雰囲気だけで言うなら「自宅の庭で遊んでいる子供」といった所だ。
ガルカの戦士は膝をついて視線を近づけると、とりあえず不審な点には目をつぶってその男の子と話し始めた。
「一人かい?お父さんかお母さんと一緒に来たのかな?」
「ううん、お母さんはうちにいるよ。ぼく一人で遊んでたんだ」
「そうかー。 おうちはどっちだい、遠いの?」
「すぐそこだよ、あっち!」男の子は北の方角を指した。
(この北と言うと・・・アウトポストか。そこに家族で駐留でもしているんだろうか。聞いた事がないが・・・)考えながらも微笑んで男の子の頭をなでる。よくは分からないが、このまま放っておくのは危ないだろう。
「よし、じゃぁおじちゃんと一緒におうちまで行こうか。案内してくれるかい?」
「うん、いいよ!」男の子は嬉しそうに飛び跳ねた。彼に捕まったままのリーチがぽよぽよと揺れる。というよりは振り回される。キーという抗議の声が聞こえた。
「そうら」ガルカは男の子を抱え上げると、肩に座らせて立ち上がった。
「わぁ、高い高い!!」大はしゃぎだ。とりあえずアウトポストに向かって歩き出す。
* * *
「そのリーチは持ってて大丈夫なの?噛みついたりしないかい?」肩の上で上機嫌の男の子にガルカが聞いた。
饅頭のような外見のリーチ族だが、立派なモンスターだ。場所によっては冒険者の狩りの対象だし、第一人の手に捕らえられてこんなに大人しくしているのを彼は見た事がない。
「うん!だって僕が勝ったもん!」男の子はそう言うと、木でできたおもちゃの剣を誇らしげに掲げて見せる。
「そうかー、すごいなぁ」無邪気な彼の様子に、自然と調子を合わせてしまうガルカ。
「ぼくね、大きくなったら強い戦士になるんだ!だから今からシュギョウシュギョウのマイニチなんだよ!おじちゃんもそうだったでしょ?」
「そうだな、おじちゃんもいっぱい修行したよー」言いながら周りに目を配る。
少し離れた所をゴブリンが歩いていた。やや迂回する。
「ゴブリンには見つからなかったかい?あいつらも追いかけてくるだろう?」
「え、ゴブリンの人達は別にいじめっこじゃないもん。大丈夫だよ」
「ふぅん・・・?」
「おかーさんがね、ゴーレムだけは危ないから近寄っちゃだめって言ってたんだけど、こいつを」左手のリーチを持ち上げる。「おっかけてたら、すごい近くまで行っちゃって。見つかっちゃったんだ」
「そりゃ危なかったなー。ちゃんとよく見ないとだめだぞ」
「うん、でも僕もいつかおじちゃんみたいに、あいつに負けないぐらい強くなるんだ!」
彼は足をぱたつかせて、何かの歌を元気に歌い出した。静かな森に可愛い声が響く。
どう見ても、どこにでもいるやんちゃ坊主、という感じだ。
しかしモンスターに襲われないのはどういう訳か。
ガルカの戦士は、以前ダンジョンで相対した事のあるKaというモンスターを思い出していた。
エルヴァーンの外見をした、実に戦いづらい相手だ。
もしやこの子も・・・と思ったが、敵対心あるモンスター特有の危険な気配が微塵もない。
彼の戦士としての嗅覚も、いつもの危険を告げてはいなかった。
「おじちゃん、ここ!」男の子は言うと、降ろしてくれという風に身を乗り出した。
「うん?もうちょっと先だろう?」言いながらも男の子を降ろし、地面に立たせる。
アウトポストまではもう少し、目の前の光る池を越えた先だ。
「ううん、ここでいいよ!おかーさーん、ガルカのおじちゃんがねー、た・・・」
「うわっ!!」
戦士は仰天した。男の子は池に駆け寄ると躊躇なくその湖面にひょいと身を躍らせ、すうっと吸い込まれていったのだ。あたかも家の扉の向こうにいる母に呼びかけるような声も、水面を抜けて見えなくなった時点で聞こえなくなった。
「ええ?お、おい!」慌てて池に駆け寄り、身を乗り出してその中を覗き込む。
ここジ・タに数箇所存在する、藤色に光る幻想的な池。
擂り鉢状の底を波紋のように不安定に突き出た岩が丸く囲み、その中で息づくように柔らかい光が踊る。よく見れば完璧な透明度を誇る薄紫の水も、その内部に温度差を含むかの如く霞みゆらいでいるように見える。夢のような光景だ。
その中のどこにも、男の子の姿は見えない。呆然とするガルカ。
「戦士様、息子がご迷惑をおかけしてしまいまして。申し訳ございません」
正面から声がした。はっと顔を上げると、そこにはゆったりとした薄緑の服をまとった優しい面影のエルヴァーンの女性が立っていた。いや、湖面に浮いていた。
「このおじちゃんがね、ゴーレムやっつけてくれたの!強いんだよ、ね、おじちゃん!」
その女性の足元にまとわりついているのは、さっきの男の子だ。
「え、いや、あの・・・」しどろもどろなガルカ。その女性はにっこりと笑って言った。
「私どもは、この大地の脈を巡っている、あなた方の仰る所の精霊です。地に生えるものやそれに関わって生きている者の間を流れてそれを整えたりしております。普段は皆様の目に止まらない所で生活しているのですが・・・」足元の子供に目をやる。
「もう、この子だけはなかなか言う事をきいてくれなくて。ちょっと目を離すとこうして外に出てしまうんですの」めっ、という感じで男の子を見る。彼はといえば悪びれもせず、母親の服の裾にぶら下がっている。
「な、なるほど・・・」ガルカの戦士は表情を緩めた。彼女の優しい立ち居振る舞いと、親子の不思議ながらもほのぼのとした佇まいを見ているうちに、どうにか余裕が戻ってきたらしい。
少なくとも危険なものではなさそうだ。
「ゴーレムに追われていたのを助けて下さったそうで。本当に、ありがとうございました」
精霊が深々と頭を下げる。
「いえいえ、とんでもない。少々驚きましたが・・・ゴーレムだけは危ないから、と坊やから聞きましたが?」
「ええ、私達は大地の者なので、それと関わりのある生き物とは友好関係にあるのですけど・・。ゴーレムは魔力で作り出された生命体なので、どうにも話が通じないのです」
「ははあ、そういうことですかぁ」ガルカは頷いて納得すると、先程と同じようにしゃがんで目線を低くした。そしてそのゴーレムに近寄ってしまった男の子に、ゆっくりと語りかける。
「いいかい、戦士っていうのは、ただ強い人のことじゃないぞ。修行して強くなるのは、大事な人を危険から守ってあげるのが戦士の仕事だからだ。
でもそれは、まず自分が無事じゃないとできないよな?だから、本当に強い戦士の条件は、生き残れる事、なんだ。自分の力をちゃんと知って、勝てない敵がいたらそこには自分も仲間も近づけない。そうやって自分とみんなを守って生き抜くのが戦士の仕事なんだ。その為の修行だ。
今君は、自分を守れていなかった。 それじゃいけない。自分一人も守れない者は、 戦士じゃない。おじちゃんの言っている事、わかるね?」
「うん、わかる」優しい戦士の打って変わった真面目な口調に、彼は神妙な顔で頷く。
彼なりに何かに気がついたのだろう。嬉しそうにそれを見守る母親。
「ありがとうございます。よく言って聞かせますけれども、もしまた悪さをしているのを見かけましたら、どうぞ怒ってやって頂けますでしょうか?」
「ええ、そりゃもう」大きく笑いながら、男の子の頭をがしがしと撫でる。
彼女はふふと笑うと、「それで、もしよろしければ・・・」と言い、すっと彼の横に視線を移した。
がしゃがしゃがしゃ・・・・
突然の大きな音に驚いた彼が横を見ると、そこには様々な種類の武器が出現していた。
クレイモアにバスタードソードにカッツバルゲル、ハルバードにトマホーク。
ランスからサイズ、またメイスの類からソードブレイカーやクリス、ナックルまで
ほぼあらゆる種類が揃っている。
ガルカの目が見開かれた。
「お礼と申しては何なのですが、大地の精が作ったものの一部です。もしあなた様に使えるものがありましたら、遠慮なくお持ち頂きたいのですが・・・ありますでしょうか?」
町で見かけるものとはデザインも仕上がりもまるで違う。魅力的な武器の山に見入る彼が、ぽつりと言った。「・・・全部」
「えっ?」
「全部、使えます」
そう、戦士とは、「戦闘という技術」のスペシャリストだ。
限られた職業の為に特化した刀を除き、戦闘をよりよく運ぶ為、状況に合わせてあらゆる武器を使いこなす訓練をしている。
一人の魔法使いは全ての魔法を使えないが、一人の戦士は全ての武器を使えるのだ。
「あ、いや、全部だなんて厚かましいことを。お恥ずかしい」咄嗟に正直に答えてしまった彼が我に返り、赤くなって慌てて訂正する。
「いいえ、お使い頂けるなら何よりですわ。お好きなだけお持ちくださいな」
彼女が楽しそうにくつくつと笑って言うと、ガルカの瞳が、今度は子供のように輝いた。
「本当ですか! 素晴らしい!ありがとうございます!」言うと彼は鞄からロープを取り出し、嬉しそうに武器を二つに束ね始めた。
「ああ、大丈夫ですか?ちょっと沢山出しすぎてしまって・・・」
「問題ありません!」勢いよく言うと、がしゃん、と大量の武器の束を全て背負ってしまった。
相当な重量になるだろうに、辛そうな様子も見せない。もはや動く針山のようだ。
少年が感服したような視線を彼に送っている。
「それじゃ坊や、また来るからな!いい子にしてるんだぞ!」
そう言ってにこやかに手を振ると母親に一礼し、大きなガルカの戦士は幸せそうにがっしゃがっしゃと盛大な音を響かせながら、森の出口へと去っていった。
あの分では、今夜は武器のチェックで嬉しい悲鳴をあげていることだろう。
「すごいなぁ、おじちゃん。ねぇ僕も大きくなったら、あのおじちゃんみたいになれる?」
精霊の少年が母に尋ねた。
「え? ああ、それはちょっと無理ねぇ・・・」
戦士を見送る母親が、苦笑いしながら答えた。
end
想定レベル:戦/侍 63
戦斧を腰に戻しながら駆け寄り、その頭から背中にかけてまばらに生える植物を急いで検分するガルカ。
「よし!」その中に探していた苗を見つけると、武骨な手で素早く丁寧に引き抜いた。
「ごめんな、ありがとうよ」そのまま黙祷。すぅっとグーブゥーの姿が薄れ、闇に還る。
それを見送った彼はほっと一息つくと、鞄から苗の詰まった麻袋を取り出しながら手近な木の根元に腰を下ろした。
まっすぐに天をも貫きそうな高い高い針葉樹の森、厚く積もる腐葉土。
ひやりとした水の粒子が濃く漂う、静謐な空気が彼を包んでいる。
冒険者という人種の生計の立て方は様々だ。
鍛冶や木工などのギルドで技術を身につけ、その生産物で利益を出す者。
モンスターを倒してその戦利品を売る者。
移動魔法で客を運び、その運賃で儲ける者。などなど。
「・・・10、11、12と。うん、ダースになったな」
ここは聖地ジ・タの森。
この奥地に棲むグゥーブー族の背中に稀に生えている苗が、昨今高値で取引されているのだ。
ガルカの戦士はここ数ヶ月、その苗を採取し売る事で日銭を稼いでいる。
また彼は運よく苗を持ったグゥーブーに遭遇する事が多く、いつになくいい収入となっていた。
「そろそろ新しい槍に手が届くかな・・・。よっし、今日は町に戻るとするかぁ」
収穫に満足した彼が、よっこらせと立ち上がる。
ガルカ特有の大きな体躯。逞しく着込んだ重厚な鎧と、鍛錬をしていない者には持ち上げる
事すら難しそうな大斧と盾がその動きに合わせてがしゃりと鳴る。
まさに職業戦士の権化のような姿だ。
兜と髭の奥の容貌もガルカらしく厳めしいものだが、その中で唯一彼の性格を反映した目だけが
見る人に柔和な印象を与えている。
麻袋を大事そうに鞄にしまいつつ、彼は鼻歌混じりにメリファトに通じる森の出口へと歩き出した。
* * *
ざくざくと落ち葉を踏み締めながら、擦り硝子のフィルターを通したような光の帯の中を西へと進んで行く。グゥーブーの生息地を離れてしまうと、静かなこの森にはほとんど人影が見られない。はずだった。
ふと彼は足の裏にかすかな地響きを感じた。何かいるのかと思い辺りを見回す。 と。
「わぁーーん・・・」彼の行く手、ひときわ太い樹の影から、小さな男の子が走り出てきた。
「な・・・こんな所に、子供!?」あまりに意外な光景に彼が驚いていると、その子に続いて地響きの主がぬっと現れた。
ゴーレムだ。 鈍い紫色の、枯れ木から生まれたような姿。明らかにその子を狙っている。
戦士は咄嗟にクロスボウを抜き、素早く引き絞るとそのモンスターに向けて放った。
肩口に命中する矢。その虚ろな目がゆっくりと彼に向いた。
「こっちだ!」戦斧を抜き払い盾を構え、身の丈2倍はあろうかという敵に向かって腹の底から声を出す。
そしてより挑戦的な敵に標的を移したゴーレムを誘導するように後退し、男の子から十分距離を取った。
ぐおん、という、風を切る音とも魔法で構築されるその腕の動作音とも判らない唸りをあげてゴーレムが襲い来る。
余程のヘマをしなければ負ける相手ではない。彼は冷静に確実に、重厚な斧の一撃一打をその巨大な体へと刻んでいく。
小細工は一切ない。ひたすら正面から己の力を相手に叩き付け、相手の打撃にはただ耐えるのみ。
煉瓦を一つ一つ積み上げて城壁を築いていくような、地に足の着いた戦士の戦い方だ。
重く低い打撃音をバックに続く、無言の打ち合い。
徐々にゴーレムの動きが鈍り、その体から紫色の破片がばらばらと散り始める。
そんなモンスターに最後の足掻きを許すことなく、その刃に気を満たした戦士の大斧から
放たれた技は「ランページ」。
その轟音を最後に、ゆっくりと森に静寂が戻った。
「ぼうや、大丈夫だったかい?」ガルカの戦士が息を整え武器を納めて歩み寄ると、男の子は元気よく彼の方に走ってきた。
「うん!ありがとうおじちゃん、強いんだね!」興奮で目をキラキラと輝かせながら彼を見上げている。
どうやらエルヴァーンの子供らしい。細い体に尖った耳と白い肌、薄茶色の短い髪。
が、妙な子だった。
そもそもがこんな人里離れた森にいるのがおかしいという以前に。
うすら涼しい森の中だというのに、袖なしのシャツに短いズボンと極めて軽装。
右手に木の剣。そして左手には、観念した風情の紫色のリーチをぶら下げていた。
細かい木の葉のような触角を掴んで、おもちゃのようにぶんぶんと振り回している。
雰囲気だけで言うなら「自宅の庭で遊んでいる子供」といった所だ。
ガルカの戦士は膝をついて視線を近づけると、とりあえず不審な点には目をつぶってその男の子と話し始めた。
「一人かい?お父さんかお母さんと一緒に来たのかな?」
「ううん、お母さんはうちにいるよ。ぼく一人で遊んでたんだ」
「そうかー。 おうちはどっちだい、遠いの?」
「すぐそこだよ、あっち!」男の子は北の方角を指した。
(この北と言うと・・・アウトポストか。そこに家族で駐留でもしているんだろうか。聞いた事がないが・・・)考えながらも微笑んで男の子の頭をなでる。よくは分からないが、このまま放っておくのは危ないだろう。
「よし、じゃぁおじちゃんと一緒におうちまで行こうか。案内してくれるかい?」
「うん、いいよ!」男の子は嬉しそうに飛び跳ねた。彼に捕まったままのリーチがぽよぽよと揺れる。というよりは振り回される。キーという抗議の声が聞こえた。
「そうら」ガルカは男の子を抱え上げると、肩に座らせて立ち上がった。
「わぁ、高い高い!!」大はしゃぎだ。とりあえずアウトポストに向かって歩き出す。
* * *
「そのリーチは持ってて大丈夫なの?噛みついたりしないかい?」肩の上で上機嫌の男の子にガルカが聞いた。
饅頭のような外見のリーチ族だが、立派なモンスターだ。場所によっては冒険者の狩りの対象だし、第一人の手に捕らえられてこんなに大人しくしているのを彼は見た事がない。
「うん!だって僕が勝ったもん!」男の子はそう言うと、木でできたおもちゃの剣を誇らしげに掲げて見せる。
「そうかー、すごいなぁ」無邪気な彼の様子に、自然と調子を合わせてしまうガルカ。
「ぼくね、大きくなったら強い戦士になるんだ!だから今からシュギョウシュギョウのマイニチなんだよ!おじちゃんもそうだったでしょ?」
「そうだな、おじちゃんもいっぱい修行したよー」言いながら周りに目を配る。
少し離れた所をゴブリンが歩いていた。やや迂回する。
「ゴブリンには見つからなかったかい?あいつらも追いかけてくるだろう?」
「え、ゴブリンの人達は別にいじめっこじゃないもん。大丈夫だよ」
「ふぅん・・・?」
「おかーさんがね、ゴーレムだけは危ないから近寄っちゃだめって言ってたんだけど、こいつを」左手のリーチを持ち上げる。「おっかけてたら、すごい近くまで行っちゃって。見つかっちゃったんだ」
「そりゃ危なかったなー。ちゃんとよく見ないとだめだぞ」
「うん、でも僕もいつかおじちゃんみたいに、あいつに負けないぐらい強くなるんだ!」
彼は足をぱたつかせて、何かの歌を元気に歌い出した。静かな森に可愛い声が響く。
どう見ても、どこにでもいるやんちゃ坊主、という感じだ。
しかしモンスターに襲われないのはどういう訳か。
ガルカの戦士は、以前ダンジョンで相対した事のあるKaというモンスターを思い出していた。
エルヴァーンの外見をした、実に戦いづらい相手だ。
もしやこの子も・・・と思ったが、敵対心あるモンスター特有の危険な気配が微塵もない。
彼の戦士としての嗅覚も、いつもの危険を告げてはいなかった。
「おじちゃん、ここ!」男の子は言うと、降ろしてくれという風に身を乗り出した。
「うん?もうちょっと先だろう?」言いながらも男の子を降ろし、地面に立たせる。
アウトポストまではもう少し、目の前の光る池を越えた先だ。
「ううん、ここでいいよ!おかーさーん、ガルカのおじちゃんがねー、た・・・」
「うわっ!!」
戦士は仰天した。男の子は池に駆け寄ると躊躇なくその湖面にひょいと身を躍らせ、すうっと吸い込まれていったのだ。あたかも家の扉の向こうにいる母に呼びかけるような声も、水面を抜けて見えなくなった時点で聞こえなくなった。
「ええ?お、おい!」慌てて池に駆け寄り、身を乗り出してその中を覗き込む。
ここジ・タに数箇所存在する、藤色に光る幻想的な池。
擂り鉢状の底を波紋のように不安定に突き出た岩が丸く囲み、その中で息づくように柔らかい光が踊る。よく見れば完璧な透明度を誇る薄紫の水も、その内部に温度差を含むかの如く霞みゆらいでいるように見える。夢のような光景だ。
その中のどこにも、男の子の姿は見えない。呆然とするガルカ。
「戦士様、息子がご迷惑をおかけしてしまいまして。申し訳ございません」
正面から声がした。はっと顔を上げると、そこにはゆったりとした薄緑の服をまとった優しい面影のエルヴァーンの女性が立っていた。いや、湖面に浮いていた。
「このおじちゃんがね、ゴーレムやっつけてくれたの!強いんだよ、ね、おじちゃん!」
その女性の足元にまとわりついているのは、さっきの男の子だ。
「え、いや、あの・・・」しどろもどろなガルカ。その女性はにっこりと笑って言った。
「私どもは、この大地の脈を巡っている、あなた方の仰る所の精霊です。地に生えるものやそれに関わって生きている者の間を流れてそれを整えたりしております。普段は皆様の目に止まらない所で生活しているのですが・・・」足元の子供に目をやる。
「もう、この子だけはなかなか言う事をきいてくれなくて。ちょっと目を離すとこうして外に出てしまうんですの」めっ、という感じで男の子を見る。彼はといえば悪びれもせず、母親の服の裾にぶら下がっている。
「な、なるほど・・・」ガルカの戦士は表情を緩めた。彼女の優しい立ち居振る舞いと、親子の不思議ながらもほのぼのとした佇まいを見ているうちに、どうにか余裕が戻ってきたらしい。
少なくとも危険なものではなさそうだ。
「ゴーレムに追われていたのを助けて下さったそうで。本当に、ありがとうございました」
精霊が深々と頭を下げる。
「いえいえ、とんでもない。少々驚きましたが・・・ゴーレムだけは危ないから、と坊やから聞きましたが?」
「ええ、私達は大地の者なので、それと関わりのある生き物とは友好関係にあるのですけど・・。ゴーレムは魔力で作り出された生命体なので、どうにも話が通じないのです」
「ははあ、そういうことですかぁ」ガルカは頷いて納得すると、先程と同じようにしゃがんで目線を低くした。そしてそのゴーレムに近寄ってしまった男の子に、ゆっくりと語りかける。
「いいかい、戦士っていうのは、ただ強い人のことじゃないぞ。修行して強くなるのは、大事な人を危険から守ってあげるのが戦士の仕事だからだ。
でもそれは、まず自分が無事じゃないとできないよな?だから、本当に強い戦士の条件は、生き残れる事、なんだ。自分の力をちゃんと知って、勝てない敵がいたらそこには自分も仲間も近づけない。そうやって自分とみんなを守って生き抜くのが戦士の仕事なんだ。その為の修行だ。
今君は、自分を守れていなかった。 それじゃいけない。自分一人も守れない者は、 戦士じゃない。おじちゃんの言っている事、わかるね?」
「うん、わかる」優しい戦士の打って変わった真面目な口調に、彼は神妙な顔で頷く。
彼なりに何かに気がついたのだろう。嬉しそうにそれを見守る母親。
「ありがとうございます。よく言って聞かせますけれども、もしまた悪さをしているのを見かけましたら、どうぞ怒ってやって頂けますでしょうか?」
「ええ、そりゃもう」大きく笑いながら、男の子の頭をがしがしと撫でる。
彼女はふふと笑うと、「それで、もしよろしければ・・・」と言い、すっと彼の横に視線を移した。
がしゃがしゃがしゃ・・・・
突然の大きな音に驚いた彼が横を見ると、そこには様々な種類の武器が出現していた。
クレイモアにバスタードソードにカッツバルゲル、ハルバードにトマホーク。
ランスからサイズ、またメイスの類からソードブレイカーやクリス、ナックルまで
ほぼあらゆる種類が揃っている。
ガルカの目が見開かれた。
「お礼と申しては何なのですが、大地の精が作ったものの一部です。もしあなた様に使えるものがありましたら、遠慮なくお持ち頂きたいのですが・・・ありますでしょうか?」
町で見かけるものとはデザインも仕上がりもまるで違う。魅力的な武器の山に見入る彼が、ぽつりと言った。「・・・全部」
「えっ?」
「全部、使えます」
そう、戦士とは、「戦闘という技術」のスペシャリストだ。
限られた職業の為に特化した刀を除き、戦闘をよりよく運ぶ為、状況に合わせてあらゆる武器を使いこなす訓練をしている。
一人の魔法使いは全ての魔法を使えないが、一人の戦士は全ての武器を使えるのだ。
「あ、いや、全部だなんて厚かましいことを。お恥ずかしい」咄嗟に正直に答えてしまった彼が我に返り、赤くなって慌てて訂正する。
「いいえ、お使い頂けるなら何よりですわ。お好きなだけお持ちくださいな」
彼女が楽しそうにくつくつと笑って言うと、ガルカの瞳が、今度は子供のように輝いた。
「本当ですか! 素晴らしい!ありがとうございます!」言うと彼は鞄からロープを取り出し、嬉しそうに武器を二つに束ね始めた。
「ああ、大丈夫ですか?ちょっと沢山出しすぎてしまって・・・」
「問題ありません!」勢いよく言うと、がしゃん、と大量の武器の束を全て背負ってしまった。
相当な重量になるだろうに、辛そうな様子も見せない。もはや動く針山のようだ。
少年が感服したような視線を彼に送っている。
「それじゃ坊や、また来るからな!いい子にしてるんだぞ!」
そう言ってにこやかに手を振ると母親に一礼し、大きなガルカの戦士は幸せそうにがっしゃがっしゃと盛大な音を響かせながら、森の出口へと去っていった。
あの分では、今夜は武器のチェックで嬉しい悲鳴をあげていることだろう。
「すごいなぁ、おじちゃん。ねぇ僕も大きくなったら、あのおじちゃんみたいになれる?」
精霊の少年が母に尋ねた。
「え? ああ、それはちょっと無理ねぇ・・・」
戦士を見送る母親が、苦笑いしながら答えた。
end
想定レベル:戦/侍 63