テノリライオン

ep8 獅子、覚醒

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匿名ユーザー

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ばたばたんっ!!

彼女が何事かと本棚を回って覗き込むと、そこには机の上で閉じた本を両手で押さえつけている一人の男がいた。
襟足を刈り上げた短い白髪のエルヴァーン。 簡素なローブを着て、魔道士然とした雰囲気を醸している。

「お静かにー・・・」
「すっ、すみません」
男は小さく肩で息をしている。 何をそんなに慌てているのやら。
彼女はその挙動不審な男の様子を数秒だけ観察すると、腕の本を抱えなおしつつ昼なお暗い本棚の森に戻っていった。


・・・思えばこの日に出勤していたのが、彼女の受難の始まりであった ―――


* * *


ウィンダス連邦、目の院付属魔道図書館。
彼女はそこで働くタルタルの一人。 一般のタルタルよりやや大柄で、赤茶色の髪を高い位置でお下げにした髪型。
膨大な魔道関係の書籍の貸し出し業務と管理に追われるという、忙しいながらも平穏で安定した毎日を過ごしていた。

「・・・っと。 ふぅーーぅ」
夕闇がウィンダスを完全に包み、鳥たちがそれぞれの巣に戻る頃。
図書館の正面扉に『本日の業務は終了しました』の札を架けて、彼女は大きく息をついた。
まだ諸々の残務処理はあるが、とりあえずはひと段落。
「いやー今日はさすがにヤバかった・・・百科事典は叡智の皮をかぶった凶器だわ・・・」

どうやら魔道百科事典の整理という熾烈な戦いに身を投じていたらしい。
拳で肩を叩き、首と腰を盛大に鳴らしながら、うっそうと蔦の絡まる建物の中に戻っていく。

カウンターに入り貸し出し図書の最終チェックをしていると、ぶらぶらと彼女に近付いてくるタルタルの姿があった。 この図書館の副館長だ。
「あ、どうもお疲れさまです」
面を上げ、軽く挨拶をする彼女。 副館長は鷹揚に首を揺らすと、ピカピカ光る手首のカフスを弄びながら彼女に言った。
「あーきみね、ちょっとあれだ。 古代関連の棚、あれ一度きっちり整理しといてくれるかねぇ。 何かデコボコで見栄えがよくないよ。 ま、明日でいいからさ」
「・・・・わかりました」

(明日以降に決まっとるわこのチビが)と、兄弟喧嘩における「お前の母ちゃんデベソ」に匹敵する悪態を腹の中でつきながら、張り付いた笑顔で彼女は答えた。

彼女の熾烈な戦いは戦場を変えて明日も続く。
数刻後、競売所でペルシコス・オレを買って帰途に着くタルタルの姿があった。


* * *


翌日。
彼女は古代魔法に関する書物を集めた棚の前で、雑多な本に埋もれ次なる闘いの渦中にいた。

「重量級でドスコイな百科事典の次は~~・・・サイズがバラバラでフリーダムな古書の整理ときたか~~・・・」
うず高い本の山の中からマグマのように溢れてくる恨めしげな低い声。
不運にも近くを通りかかってしまった利用者が、正体と意味が不明なその声にビビクンと怯えては足早に去って行く。

「・・・あれ?」
その声が止まった。 ガサゴソと本を動かす音。 外壁の本が数冊ほど雪崩る。
「ん~~・・・? ない、かな・・・?」
ごそごそ。 ごそごそごそ。



「・・・『古代精霊魔法概要補足』?」

その日の夕方。
どうにか書棚の整理を終わらせた彼女は、蔵書リストを手に疲弊しきった顔で副館長に報告をしていた。
「はい、その本が棚にありませんでした。 貸し出しの履歴も入荷してから一件もなくて・・・。 何か心当たりとかありませんか?」
「いやぁ、ないねぇ。 ちゃんと見たの?」
「そのつもりですけど・・・」
「じゃ貸し出し記録を忘れたとか。 きみ昨日来てたよねぇ?」
「・・・いえ、昨日までの貸し出しの中には、このタイトルの本は見かけなかったです」
否が応でも浮かぶ※印を必死で後頭部に押しやり、努めて冷静に受け答えする赤毛のタルタル。

「ふーん、困ったねぇ。 なくなったというのは困るなぁ」
「黒魔法関連の本ですから、一応黒魔道士ギルドに報告しておくべきだと思うんですけど。 何か分かるかもしれませんし、万が一悪意のある盗難だったら・・・」

本との闘いでグロッキーな所に、のらりくらりとした副館長の受け答えは精神衛生上実に厳しい。
とにかく早く用件を収束させようとする。

「いやぁ、わざわざ不始末を外部に晒すこともなかろう。 表題からして別段危ない本でもなさそうじゃないか」
「・・・それじゃぁ、紛失の扱いで・・・」
「いやいや」
首を振りながら、またも手首のカフスをちまちまといじる副館長。
「サンドリアかバストゥークか、どこかの図書館に写本があるだろう。 きみ、ちょっと行ってちゃっちゃと写してきてくれたまえよ」
「はっ!?」
「きみの勤務時間内の出来事だからねぇ、そのくらいやってもバチは当たるまい、ん?」

咄嗟に言葉の出ない彼女に、副館長のカフスまでもが「ん?」とばかりにピカピカをぶつけてくるのだった。


げに哀しきは宮仕え。
経費は後請求というオマケまでつき、赤毛のタルタルはあるかないかも分からない本を求めて世界各地を放浪するハメとあいなった。


* * *


明けて翌日。
飛空挺パスを持たない彼女はウィンダス港でのややこしい手続きにかなりの時間を割かれ、ジュノ公国に降り立ったのはもう午後を回ってからだった。

「・・・これ、毎回この手続き踏むのかしら・・・」
早くもゲンナリする彼女。
念の為ジュノにもある小さな図書館を巡るべく、 のどかなウィンダスでは経験したことのない雑踏にもまれてよろよろと進む。
雑多な人種が縦横無尽に行き交い、彼女の旺盛な好奇心を引いてやまないが。
「もう、せっかく来たのに観光どころじゃないってのも色気がないわねぇ・・・」
不満げにつぶやきながら、船着場を出た所のタルタルに図書館の場所を聞いてそこに向かった。

まずは自分で探す。 やはり魔法のコーナーは大きくなく、経済など実務的な分野の本が目立った。
「『古代精霊魔(略)』ですか・・・すみませんが、こちらでは置いていないようですねぇ」
ひとわたり回った後に、几帳面そうなヒューム女性の職員に引導を渡される。
前哨戦を終えてジュノの宿屋に一泊。

更に翌日。
再び不毛な手続きを乗り越えてサンドリア王国へ。
仰々しい町並みとそびえる彫像、そしてひょろ長いエルヴァーンとありとあらゆるものに見下ろされながら大股で図書館に乗り込む。

予想どおり、本棚の大方を占めるのは歴史や武術、戦争などの分野だった。
「『古代精(略)』? ふむ、そもそも魔法なんぞの本を置く余裕も必要も大して無い・・・やはりないな。 ご苦労さん」
とどめに職員の高慢なエルヴァーンに見下ろされ、宿屋でフテ寝。

次は翌々日。
サンドリアからジュノを経由してバストゥーク共和国に向かったので、結局2日近くを費やした。
土木工事のような音と威勢のいい売り子の声。 独特の喧騒を抜けて図書館へ。

工業や商業などの技術的な蔵書の隅っこで遠慮がちな、魔法書の書棚。
「『(略)』? うーん、ちょっと聞いた事がないなぁ・・・記録にもないようだ、すまないねお譲ちゃん」
職員のガルカが大きな手でばさばさと目録を繰り、気の毒そうに彼女の最後の希望を断った。


「そりゃそうよねー、あんな需要の低そうな本はウィンダス内でしか・・・はぁ」

収穫のなかった仕事の徒労感というのはまた格別なもので。
夕焼けを背負ったカラスがお家に帰る中、短い足を引きずり大工房屋上のウィンダス領事館へと向かう彼女。
目の院に連絡して指示を仰がねば。

領事館の駐在員に事情を話して、付属図書館へ通信を繋いでもらった。
「通じましたよ、どうぞー」
魔力で会話ができるパールを渡してくれる。 同族である小柄なタルタルの男の子にちょっと安心感を覚えつつ、パールに語りかける。

「もしもし・・・」
「おお、きみか」
副館長だ。
「すみません、各国の図書館を回ってきたんですが、やっぱりどこにも・・・」

「あー、あの本な。 今日黒魔道士ギルドの方から使いが来てな、同じ本を置いていってくれたよ。 よくは分からんが、数日前に緊急で持ち出されたらしい。 いやーきみもなー、ちょーっと気を利かせてギルドに聞いてみてくれれば話は早かったんだよ。 ま、経費はしょうがないから出そう。 とっとと戻ってくれたまえよ、仕事は待っちゃくれないんだからね」

隣の部屋に控えていた駐在員のタルタルの耳に、小さく「ぷちん」という音が聞こえた。


* * *


「・・・領事館なんか行って、大丈夫なの?」
「世間に知られるには危険すぎる呪文だから、これ以上ギルドが具体的に動いてくることはないと思うんですよ。 勿論大人しくしているに越したことはないんですけど、マスターには・・・。 俺を信頼してあの本を託してくれたわけですから、できることなら破棄してしまった事をお詫びしておきたいな、と」
「ふぅん・・・」

バストゥークの技術の粋を集めたエレベータに乗って、二つの影が大工房を上がってきた。
一人は男性、襟足を刈り上げた短い白髪のエルヴァーン。 いかにも魔道士といったいでたちの黒魔道士。
一人は茶色い髪のミスラ。 ベレー帽を被って、動きやすい服装をしている。 職業はシーフ。
揃ってエレベーターを降りると、ウィンダス領事館へ向かう。

「まぁ私の方は、来るとしても正面からじゃな・・・」
領事館の階段に足をかけた所で、ミスラがぴたっと止まった。
「待って」
低く小さく、しかし鋭い声。
一瞬で表情が険しくなり、彼女を抜いて進みかけるエルヴァーンを右手で制止する。
「え?」
いぶかしげに問い返すも、ミスラの表情を見て足を止める彼。
「・・・何かが」
数々の修羅場を抜けてきた盗賊の嗅覚が、扉の向こうで放たれる強大な殺気の存在を告げていた。
(こんな所で・・・一体何が)

片手で黒魔道士を押し止めたまま、ゆっくりと扉に近付く。
息を詰めてノブに手をかけ、そっと開こうとした、その時。

ばたんっ。
「わっ・・・! あ、あのっあのっ。 す、すいません、あの人が・・・」
中から転がるように出てきたのは、駐在員らしき小さなタルタル。
扉の外にいたミスラに驚いたが、すぐにおろおろした様子になって彼女にとりすがって来た。

(こ、これは・・・)
思わず総毛立つミスラ。 後ろの黒魔道士すらも無意識に身震いしている。

その気配の源は、領事館の奥で壁を向いて立つ赤毛のタルタルの女の子。
服装こそ一般的な町着の、ごく平凡なタルタルのようだが―――

(くっ・・・この気迫、堅気のものとは思えない・・・っ!!)

「あ、あの人に通信用のパールをお貸ししたんですけど、なんか話し終わったらあんなふうに、す、すごく恐くなっちゃって・・・どど、どうしましょう・・・」
警戒を解かずにタルタルにゆっくり歩み寄るミスラから離れ、代わりに後から建物に入ってきたエルヴァーンにしがみつく駐在員。

「あんのっ・・・副館長ぉぉ・・・」
俯き何事かをぶつぶつと呟いている。 陽炎のようにゆらめき立ち昇る殺気が熱い。
「あの・・・もしもし・・・?」
タルタルが明らかに武装していないことを確認し、意を決してそっと声をかける。
「何よっ!!」
鬼のような形相で振り返るタルタル。
咄嗟に腰の短剣に手をかけそうになるのを必死で押さえるミスラ。

「っ・・・い、いえあの・・・その、パールをね、よければ、貸してもらえます・・・?」
「あ、ああ・・・ごめんなさい」
パールを差し出すタルタル。 意識が逸れたのか、肩の力が抜けるように怒気がやや薄らいだ。
それを受けとって、ミスラがそっと後ろを振り向く。

未だエルヴァーンのローブの裾に隠れてプルプルと震え、大きな黒い目いっぱいに涙をためて怯えきっている小さな駐在員のタルタル。
(これは、このままにしていくのは酷だな・・・)
ミスラは黒魔道士にちょっと目配せするとタルタルの女の子に向き直り、努めて笑顔で言った。
「あの、ウィンダスの方ですか? 私達も向こうから来たばっかりなんですけど・・・えーとあの。 よければ、夕ご飯でもご一緒しません? 港区の方に、美味しい呑み屋があるらしいんで・・・」

夕ご飯、と聞いて、彼女の殺気が8割方おさまった。
「あ・・・ええ、そうですね・・・お腹もすいてきたかな・・・」
「よし決まり、じゃ行きましょう。 香草焼きとかあるといいですねー」
ミスラがあたかも爆弾を扱うように、ごく軽くタルタルの背を押しながら領事館から引き上げる。
その後ろでエルヴァーンが駐在員に軽く手を上げて挨拶し、小さなタルタルは二人にぺこぺこと頭を下げていた。


* * *


「ははぁ、きっつい上司さんがいるわけですかー・・・」

バストゥークの港とそこを行き来する飛空挺を臨む、「蒸気の羊」亭。
ミスラシーフとエルヴァーンの黒魔道士、そして海風に当たってようやく落ち付いたらしいタルタルの3人がテーブルを囲んでいた。

「そうなんですよー。 自分でギルドには内緒にしろって言っておいて、そっちから連絡が来たらとたんに『お前の気が利かない』ですよ! 本当にもう・・・」
「あらあら」
「まぁ、そういう無茶な人はどこにでもいますからねぇ」
黒魔道士が料理をつつきながら諭す。

その、一見和やかな食卓。
(主に二人の)足下にゆっくりと現れるは、逃れようのないカタストロフィの亀裂―――

「でも私最初に言ったんですよぅ、黒魔道士ギルドに報告した方がいいって。 そうしてればこんな苦労して各国の図書館を回らないで済んだのにー」
「へー・・・それは大変でしたねぇ・・・」
「ほんと口にタコができるぐらい言って回りましたよ、『古代精霊魔法概要補足』! もうタイトルも長」
ぶばーーーーーーーーー


「・・・あ、あの・・・?」
今度はタルタルが驚く番だった。
何しろ向かい合って座っているミスラとエルヴァーンが、それぞれ飲みかけていた酒を同時に噴き出したのだから。

お互いの酒を髪からしたたらせて固まる二人。いや汗かもしれない。
よく見れば双方とも目が泳ぎに泳いでいる。 しかも華麗なバタフライの競演だ。

一瞬の、間。 そして

「お・・・・やじぃぃっっ!!」
二人は同時に椅子を蹴りガターンと立ち上がるとグラスを掲げ競歩もかくやという勢いで並んでつかつかつかとテーブルから遠く離れたカウンターに走り寄りつつ、
「ちょっとこのお酒どこのよ呑めたもんじゃないわ違うのに換えて違うのに!!」
「いやーこりゃ美味い酒ですね実にブラボーですよもう一杯くださいもう一杯!!」
と正反対の意見をサラウンドで喚き散らしながらグラスを叩き付けたカウンターにかじりつき、その向こうで台ふきんを握り締め怯えるガルカのマスターを尻目に猛然と小声で話し出す。

(やばいやばいやばい! どうすんのモロにうちらの被害者じゃないの!!)
(こ、これは現時点でバレたら殺されかねません! いやまてむしろ平謝りした方がいいのかッ)
(バカこくなあの本の件は極秘でしょ!! 大体何で黙って持ち出したのよ普通に借りればまだ)
(今そんな議論をしている場合じゃないです! ここはとりあえず収めねば、人の怒りも75日)
(長いうえに間違ってます!! ・・・仕方ない、酒という名の最終兵器の力を借りて・・・)
(・・・潰すしかないですね)
(・・・速攻で沈めるぞ、いいな)
(了解)

くるっ
つかつかつかつかつか

「やぁやぁおぜうさん、そんなチンケな上司のこトは忘れて今日は呑みまシょう呑ミましょう!」
「そうそウそんな事で怒っテるだけ時間のムダムダ!! はいエールはお好きでスかさぁどうぞ!」
「はぁ、どうも・・・あのぅ何か所々カタカナなのはどういう・・・?」
「えっそんな事ないっすYoー!! ほらベークドポポト来た来た!!」
「あ、これ好きー。・・・ほんとにねー、仕事だからしょうがないけどねー」
「うんうん、ストレス溜まりますよねー! まぁまぁおひとつ!」
可能な限り短時間で、可能な限り大量の兵器を投下しなければならない。
グラスの状態に細心の注意を払う。


* * *


徐々にいい具合に酔いの回ってきたタルタル。 どん、と拳でテーブルを叩く。
「まぁ上司も上司だけどさ、そもそもあれよ、本を持ってった奴! どういうつもりよ一体!!」
「ああっごめんなさぐおぅ」
恐怖心から思わず口走る黒魔道士めがけて、テーブルの下を鋭いネコキックが飛んだ。
スプーンを拾うふりをして涙目の彼に近寄り、凄まじい形相で耳打ちする。
(命がかかってるんだ気を抜くなっ、ただ無心にその長い首を縦に振り続けろ、民芸品になる時それは今だっ)
(く・・・っ、失礼したっ・・・)


* * *


「あーもう冒険者にでも転職しようかなー、あんな所辞めて自由気ままに生きるんだーい」
くてーとテーブルに崩れながらのへのへと喋るタルタル。
「いいんじゃないのー、腕一つで世界を渡り歩く、かっこいいよー向いてると思うよー(あの殺気は只者じゃないよー)」
「腕力ならあるんだもーん、百科辞典2冊片手で持てるんだからぁー」
「そりゃ凄いですね(マジで)、かつては本を武器にして戦っていた先人もいるという話ですよ、もうまさにそういう星の下に生まれたのかもしれませんねっ」
「そっかぁー・・・えへへー、じゃぁなっちゃおうかなー、冒険者ー・・・」
「いいよいいよー」「いいよいいよー」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶん。
ひたすら首を上下に振り続ける二人。


そうして命の綱渡りの夜は更け。
音速の民芸品達が三半規管と懐の限界を迎える前に、どうにか小さな獅子はその牙を剥く事なく安らかな眠りに就いてくれたのだった―――


* * *


「た、助かっ、た・・・」
無事「蒸気の羊」亭を後にした3人。 げっそりしたエルヴァーンの背には寝息を立てるタルタル。
「とりあえず今日の所は乗り切ったわ・・・」
もはや精も根も尽き果てたといった風情のミスラが、ため息とともに呟く。
「まぁ・・・いつかバレるかもしれないけど、それはその時に考えようか・・・」
「そうですねぇ・・・」
「あ、そういえば何でギルドから本が届いたの? ベドーで破棄しちゃったんじゃ?」
「うーん、恐らくギルドが速攻で同タイトルの本を作って、持っていったんでしょう。 マスターが手を回してくれたんだと思いますが・・・妙な方向に働いちゃいましたねぇ」
「ははは・・・」
乾いた笑いを引きずる二人。

日付も変わり、水色に輝く月を眺めながらモグハウスへの道を辿る。
人通りもなくひんやりと静まり返る港区のメインストリート。
並ぶ街頭が、歩く2人と眠る1人をリレーのように順に照らしていく―――

「そういや冒険者になるって言ってたねぇ。 見所はあるんじゃないかな、色んな意味で」
含み笑い。
「あれだけの気迫を出せる人はそういないでしょうからね・・・いい戦士になれるような気がしないでもない」
「ま、改めて聞いてみて、本当に転職するんだったら一緒に修行してもいいかもね」
「ですね・・・こう、責任の半分は俺達にあるようなもんですし」
「えー、本持ち出したの私じゃないのにー」
「まぁまぁ、そう冷たい事を言わずに」

早くも冒険者になった夢でも見ているのだろうか。
黒魔道士の背中で眠る赤毛のタルタルが、にへらと笑った。


end
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