テノリライオン

ep10 きざはしの日々

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晴天のロランベリー耕地を、一頭の大柄なチョコボが駆けていた。
その背で無表情に風を切るのは、全身を鮮やかな赤と黒から成る衣装で包んだ男性。
後ろで一つに束ねた長い白髪を赤魔道士独特のつば広の帽子からなびかせた、目立って背の高いエルヴァーン。
柔らかい陽の光が差すのどかな街道を軽やかに北上していく。

耕地の中程まで進んだあたりで、彼は片手で手綱を操りながら地図を取り出し一瞥した。
そして無造作に手綱を左に捌くと街道を逸れ、東の斜面へとチョコボを向かわせる。
段々畑のような緩い坂。 不規則に並ぶ柵を避けながらつづら折りに上がって行く、赤と黄色の影。

「どう、どう―――」
斜面を上がり切ると、ロランベリーの木が程良く茂る台地に出た。
しばし奥まで進んだ所でチョコボの手綱を絞る。 再度地図を取り出し、ばさりと開いた。
地図の上で細かい木漏れ日が光る魚の群れのように踊る。
惰性でてくてくと歩くチョコボに揺られて、彼の帽子の白い尾羽がリズミカルに揺れる。


「―――おやおや」

と。
地図に目を落とす彼の頭上から、不意に声が降ってきた。

体を捻り、声がした方を仰ぎ見る。
そこにいたのは、くりくりと短い灰色の髪をしたタルタルの男の子。
ロランベリーの木、その太い梢にまたがって腰を下ろし、半分寝転がるように幹に寄りかかって軽く驚いたような表情でエルヴァーンを見下ろしている。
小さな体を包むのは漆黒の鎧。 同じ色の兜と鎌は手近な枝にひっかけ、小振りのロランベリーを齧っている。
小振りとは言ってもその果実はタルタルの中でも小柄な部類に入る彼には半抱えほどもあり、それは何やら幸せそうな光景だ。

「張ってましたか?」
小さなタルタルがよいしょと体を起こしながら言う。
「いや、依頼主から」
彼の出現でその必要のなくなった地図を仕舞うエルヴァーン。
「成程」
「そっちは」
「まぁ、頼まれ事です」
「ふむ」
エルヴァーンは低く鼻を鳴らすとひらりとチョコボから降り、黄色い羽に覆われる首を軽く撫でてからぱんとその尻をはたいた。 自分の仕事が終わった事を知り、一声啼いて町の方角に走り去っていくチョコボ。

そして数秒の後。
それぞれ無言で空気に乗せた結論が当然のように一致し、互いの懐に滑り込んだ。

「―――ディア勝負といきますか」
「そうだな」

タルタルは愉快そうな苦笑いを浮かべながら梢に立ち上がると、頭上のロランベリーを一つもいだ。
その向かいの木の根元にゆっくりと腰を下ろして帽子を脱ぐ赤魔道士に、それを投げてよこす。
彼は濃い桃色に熟した木の実を片手で器用に受け取ると、服の袖で拭きながら言った。
「最近ここらにいたのは、そういう訳か」
「へへへ」


* * *


二人が全く説明しようとしない事の次第はこうだ。

彼らのいる場所には、数日に一度、一匹のクロウラーが現れる。
それはロランベリー耕地一帯に生息するクロウラー達の亜種で、ある特殊な絹糸を持っている。
その絹糸の入手を、赤魔道士の彼はクロウラーの現れる時間を調べた依頼人から請け負った。
暗黒騎士の彼は相方であるタルタルの娘に頼まれてここに張り込み、数日前にそのクロウラーが倒されたのを確認した。 どちらにとってもそう強い相手ではないので、助太刀もいらない。
そしてそれが再度現れる日時である今、久しぶりに会う冒険家業仲間である彼ら二人が鉢合わせた。

―――という、経緯やら事情やらを踏まえて。
二人が取ったのは、ごくごく単純な「取ったもん勝ち」の原理だった、という訳である―――


* * *


うららかな陽気とさえずる小鳥、甘いロランベリー。
いつのまにやら男だらけのピクニックという微妙に弛緩した雰囲気が漂う中、二人は他愛もない雑談で時間を潰していた。
「・・・そうそう、ウガレピ寺院の地図、ようやく入手しましたよ」
「ほう」
「バルドニアも踏破したし、クゾッツ方面も狩り場についてはほぼ問題ないし。 後は新しい航路が開くまで、大きな用事はなさそうですね」
「空中庭園の情報もそこそこ入ってきてるが・・・あれはまだ先の話だな」
「そうっすねー」

そうしてだらだらと数刻が過ぎた頃。 二人の会話が不意にすぅっと尻すぼんだ。
同時に、思い切りマイナス値まで下がっていた場の空気の硬度がゆっくりと上昇を開始する。

「・・・さーて、と」
タルタルが兜と鎌を手に取り、高い梢からころんと飛び降りた。 鎌を一度二度ぶんぶんと振り回してから背に収める。
エルヴァーンも黙って立ち上がり帽子を被る。
下草から小さな鳥が数羽、ちちちと鳴いて飛び立った。

およそこのヴァナ・ディールで最も長身の者と最も小柄な者が、それぞれ同じ得物を迎え撃つべく並んで歩き出す。
数歩ですっと左右に別れる。 赤魔道士は北を。 暗黒騎士は東を向いた。 どこにクロウラーが現れるかは運次第。
目の前に広がる空間に顔を向け、ただ立つ。 もはや言葉はない。 二つの口は来るべき敵の出現の瞬間を待ち、それを捉える呪文を相手よりも早く放つ、その為だけに構えられている。
小さな雲の薄灰色の影がゆっくりと二人の前の草むらを撫でて去る。
あと数分―――

それはまるで、砂時計の底に立つような感覚。
さらさらと降り積もるのは透明なテンションの粒子。
肺から空気を出し切らないよう意識的に浅く速くなる複式呼吸、双方ともに動くのは瞼のみ。
時の経過が空間の濃度を加速度的に上げ、一瞬たりとも途切れる事のない緊張感を奇妙な閉塞感へと書き換えていく。


予定の時刻を、過ぎる。


―――――・・・・・・


始めに反応したのは赤魔道士だった。
だが動いたのは口ではなく、首。 まさかという顔で振り向き南西の方向を見据える。
その気配で暗黒騎士も同じものに気付き、身を翻す。

「あっ! た、助けてくださーい!!」
「・・・・げ」
絶望の呻き声を上げたのは小さな暗黒騎士だった。


そう、先程からうろちょろしているのには気付いていたのだ。
しかし見るだに頼りない装備、明らかに彼らと同じ目的ではありえない。
確かにその判断は正しかった。 が。

今や必死の形相で冒険者の救援信号を発しながら走るその若いヒュームの男を追いかけているのは。
まさに彼ら二人が反射神経の全てをかけて奪い合う筈の、クロウラーだった。

こうなってしまってはモンスターは戦利品を落としはしない。 それが決まりだ。

「はぁーーー・・・」
大きく溜息をついて肩を落とし、大儀そうに背の大鎌を抜き払うタルタル。
エルヴァーンもまた軽く天を仰ぐと、右手で腰の片手剣を抜きつつ左手の掌を上に向け、人差し指でその男をちょいちょいと招く。
気が抜けたせいか、まるで犬か猫でも呼ぶような仕草だ。

ヒュームの男が這々の体で二人の間を駆け抜ける。
それを待って、二人の刃が同時にそれぞれの弧を描いた―――


* * *


「あ、ありがとうございました! 助かりました、本当に。 何かお礼を・・・」
「いやいや、いいっすよ」
「まぁ、お気を付けて」

繰り返し頭を下げながら去っていく男。
終始穏やかな受け答えの二人は、恐ろしい目に遭った直後の彼の目にはさぞ優しく頼もしい先輩に映った、かもしれない。

実際はあまりと言えばあまりの結果に果てしなく虚脱していただけなのだが。


* * *


「・・・いや、まぁ」
男が見えなくなると。
タルタルは手にした鎌の切っ先でクロウラーが消え去った辺りの地面を未練がましくひっかきながら、ぼそぼそと言った。
「俺らにも、確かにありましたよね。 ああいう時代が」
「・・・は」
薄く苦笑いするエルヴァーン。 男を見送っていた目が、一瞬だけ何かそこに無い物を見ていた。
「懐かしい・・・羨ましいと、言えなくもないか」
「ええ」


遥かな地で強靭な魔物と渡り合う為の、真紅の魔装、漆黒の鎧。
翼たる飛空挺、俊足のチョコボ。 虚空を跳ぶテレポにデジョン、そして熟練の仲間達。
全て自ら望み、当然のように手に入れ親しんだものたち。

しかし、そうしてもはや隈なく晴れ渡る、自分達の『世界』よりも。
かつて自分達もそこから始まった、霧に包まれその一歩すらままならぬあの彼の『世界』の方が。
遥かに広く、輝いているのかもしれない―――


「・・・いやいやいや! 物分かりよく老け込んでる場合じゃなかった、俺らは俺らで大変じゃないですか! あーまた仕切りなおしかよ、あんにゃろう今度町で会ったら指差してやる」

脱力感も手伝って何やらノスタルジックになってしまった空気を、タルタルが思い出したように勢い良く打ち消し毒づいた。 鼻息も荒く地団駄を踏んでみせる。
口元の苦笑いだけはそのままに。

「まぁ、また来るしかあるまい・・・何してるんだ」
見ればタルタルの男の子は兜も脱がず、わっしわっしと木登りを始めている。
「もう一個ロランベリー食って帰ります。 ヤケ食いですが、どうすか一緒に」
「・・・じゃ、付き合おうか」

来た時と同じように木の根に腰を下ろす赤魔道士。
ごくごく小さく呟いた「カブト虫か」という言葉は、タルタルには聞こえずに済んだようだ。


果て無ききざはしの踊り場で憩う彼らを、無限の青空が包んでいた―――


end
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