テノリライオン

守護者は踊る 1

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corelli

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ひっきりなしに仕事はやって来る。

 曰く、異空間から脱出できなくなった。
 曰く、冒険者間で深刻な抗争が勃発した。
 曰く、悪質ないやがらせを受けた。
 曰く、持っていたはずの荷物が消えた。
 曰く、部屋の電球が切れた――

 日輪の加護を受けたが如き紅いゆらめきをその鎧に従える、誇り高き『我々』には不似合いな――何やら生活臭漂う用件が散見される事を否定はしまい。
 だがそれは裏を返せば、大であれ小であれ、およそこの世界に起こるあまねく事象は『我々』の手によって解決され得ると云う事の証左に他ならない。

 云うまでもない。『我々』の下に、世界は「無条件」なのだ。

 あらゆる扉を触れずに開く。あらゆる空間をひと跳びに駆け抜ける。強大な魔物から下草を這う小虫に至るまであらゆる存在をこの手の下に調伏し、必要とあらば――時すらも操る。

 乞われて降臨する『我々』の輝く姿に、民は畏怖の眼差しを向ける。
 彼らの話を静かに聴き、正当なる裁定により奇跡を働く『我々』に捧げられるのは感謝の言葉。稀には小賢しい罵言を吐く不届き者もあるが、それによって彼に下される裁定が揺らぐ事は無い。
 種族も職業も性質も問わず。全ての民は、『我々』の前に等しいのだから。

 そうして世界を捌く。 世間を裁く。そう、孤高の権化たる『我々』に、不可能は無いのだ。

 この世 界(ヴァナ=ディール)の高みに於いて、「マスター」と呼び称される、我々には――


 ああ、また一つ声が届く。
 ならば行こう。
 万能なる『我々』がただ一つ持たぬもの。それは、窮地から伸ばされるか弱い手を拒む権利だ――


  *  *  *


「ちょっと! 聞いてるんざますかっ!?」

 窮地の声は嫌に甲高かった。

「偉そうに突っ立ってないで兜ぐらい脱いでちょうだい、商店の着ぐるみを相手にしてるみたいじゃないの!いいですことっ、うちのケインちゃんが!悪質な妨害行為に遭ったんざますよ!?」

 ハリネズミのように刺々しいその音は、何物にも貫かれないはずの我が至高の鎧を易々と通り抜け、その中できんきんと共鳴するようだった。

 遙か高みより地上に降り立った私の目の前には、二人の人間が待っていた。
 一人は新米冒険者風の若者。それなりに整った武具を携えてはいるが、少年と云ってもいいほどのあどけない面立ちと頼りなくおどおどと揺らぐ視線が、まるで新品の鎧に貼られたまま剥がれない若葉マークのような役割を果たしている。
 そしてもう一人、一言も発せず俯き立ち尽くすその若者の横で、大通り全てに響き渡らんばかりの声でまくしたてる壮齢の女性。私を召還したのは、誰あろう彼女であった。
 しかし、用件の内容は、どうやら彼女の息子であるこの若者が遭遇した何事かについてのようだ。
 基本的に『我々』を喚ぶのはその用件の該当者であるべき――なのだが、そんな不文律は彼女にとって全く用を成していないらしい。実に堂々と、己が信じる正当性をオーラと語気に換えて全身から発している。
 通りを行く民が何事かと投げかける好奇と驚きの視線にも動じないその様は、ともすれば私よりも堂に入っているのではなかろうか――

「全く、最近の世の中はどうなっているんざましょう!こんないたいけな子をよってたかって――そう、相手は一人じゃないんざますのよ!集団! しかも陰湿な尾け回し!ああっ、ケインちゃんがどれだけ怖かったか知れませんわ!善良で可愛いこの子をそんな目に遭わせた非道な連中を、あなたたちは放っておくって言うんざますか!!」

 ―― 定めにより、私は兜を脱ぐ事は出来ない。
 私がそう応えるのを待つことなく、女性は雨あられと振り絞るように甲高い主張を続けている。
 その様子に、好奇の視線の数は益々増える。俗世に降りれば注目を浴びるのは常の事だが、これは――何かが違う。
 ―― とにかく落ち着いて欲しい。先程から話が全く進んでいないではないか。詳しい内容を――

「これが落ち着いていられますかっ!言ってるでしょう、妨害行為ざます!あなたたちマスターは、この世の事なら何でもお見通しって言うじゃないざますか、だったらさっさと――」
「……お、お母、さん」

 両手を握り締め振りかざし、口角泡を飛ばしてまくしたてる女性の袖をおずおずと引いたのは、ようやく口を開いた当の若者だ。

「そんな、妨害行為って程の事じゃあ……それにぼく、集団だなんて」
「ケインちゃん! それはお人好しと言うものざますよ!きっとあなたは知らない間に、何かの陰謀に巻き込まれたんざます!それであなたが邪魔になって、脅迫の為に……そうよ、そうに違いないわっ!ああ何て恐ろしい――」

 恐ろしいかどうかはともかく、どうやら彼が何かを経験したのは確かなようだ。私は今にも泣き出しそうな、儚げな表情の若者へと向き直る。
 ―― 説明するがいい、一体何があったのか――

「あ、はい、あの――ええと――」
「大丈夫、ケインちゃん、お母さんがついてるから怖くないざますよ。落ち着いて、お母さんに話したのと同じようにお話しなさい?」

 打って変わった猫撫で声の母に肩を抱かれつつ、ケイン青年はおどおどと語り始めた。

「う、うん……えっと、一昨日のこと、なんですけど――」


  *  *  *


 日々多大な時間を費やし、どうにか冒険者としてある程度のステップを踏んだ彼は――そのステップよりもむしろ、一体何故この青年が冒険者なぞを志したのか、そしてこの女性の下で如何にしてそれを実現にまで持ち込んだのか、そちらの方により興味を覚えるものであるが、それは暫時置いておく――先日、いくつかの目的を持ってサルタバルタの地に立ったのだと云う。

「あの、ホルトトにある宝箱を探しに――あと、ギデアスのある場所にいるヤグードを倒して、そいつの持っている宝具を持って帰ってきてほしいって頼まれたんです……」

 ――成る程、町によくある、冒険者としての小さな仕事を請け負ったと。

「そうです、それで……いつものように準備をして、それから最初に、ホルトトに向かいました。あの、それは、そっちの方が町から近かったからで――でもでも、結局その、どの塔から入るのがいいか迷っちゃったから……朝一番に出たのに、時間が――」

 緊張からか、彼の言葉は事情説明という目標を失って右往左往する。すかさず彼の保護者がフォローに入った。

「いいのよケインちゃん、焦って失敗するよりも慎重な方がずっと賢いざます。あなたはそれでいいんざますよ」

 どうやらフォローの方向性が違ったようだ。
 母の甘い言葉にあやふやに頷いて、青年は続ける。

「で、あの、塔の一つから地下に入って――えっと、ちょっと進んだ所で――タルタルの人と、すれ違ったんです」

 青白い魔法の光に照らされる通路の角を曲がって、白魔道士の装束を身に纏った小さなタルタルの少女が小走りに駆けてきたのだと云う。
 その彼女はちらりとケインを見ただけで、僅かに顔を伏せるようにしていそいそと彼を通り越して行ったらしい。

「ただ通りすがっただけなんだと、その時は思いました。でも、その角を曲がったら――いきなり、カーディアンの大群が、押し寄せて来たんです」

 カーディアンの大群――?
 ひそめる眉を覆い隠す深紅の兜に、甲高い声が叩き付けられる。

「聞いた事があるざますよ!強い冒険者が、いたずらに沢山の魔物を怒らせて連れてきて――そういう狼藉行為があるって言うじゃないざますか!そのタルタルが、きっとそれだったに違いないざますっ!」
「で、ぼく、慌てて走って入り口の方へ引き返して――その途中で、脇道にその、白いタルタルの人がいたのがちらっと見えました。ただ、その時は一人じゃなくて、二人になっていて――もう一人は、確か真っ黒な鎧を着た……やっぱりタルタルの人でした。で、二人してこっちを見て、何か言ってたような気もしたんですけど――ぼく、逃げるのに精一杯で何だか判らなくて……で、えっと、その時は何とか無事に外に出られて」

 ふむ――ざっと聞く限りでは、加害行為でないという即断は出来ないようだ。
 その時の恐怖を映すように顔を曇らせる彼に、私は先を続けるよう促した。青年は顔を上げる。

「はい――あの、それでぼく、少し時間を置いて、もう一度入ってみたんです。怖かったけど、でも宝箱は取りに行かなくちゃって――」
「ああ、ケインちゃん!勇敢なのはいいけれど、危ないと思ったらすぐに帰ってらっしゃいって、お母さんいつも――」

 言っているのだろうか。 冒険者に。

「えっと、それで――入ったらもう、その時にはカーディアンは一匹もいませんでした。とても静かだったので、そのままずっと奥の方まで進んで……で、宝箱が、あったんですけど――」

 そこで彼は心なしか口ごもる。母親は励ますように彼の背をさすっていた。放っておけば今にも頬ずりなど始めそうだ。

「その箱のある部屋に入ろうとしたら、別の入り口から――また人が来て。ぱっと、その箱に取り付いちゃったんです――」

 しょんぼりとうなだれる青年のつむじに向かい、私は静かに云う。
 ―― 知っているかとは思うが。原則的に、宝箱の類の取得については「早い者勝ち」である――

「あ、はい、それは――」
「何を言ってるんざますか!早い者というのは見つけた者の事ざましょう!ケインちゃんがおっとりして気が優しいのをいい事に、まあ何ていけ図々しい!」

 ―― …………。宝箱を取ったというその者は、先程の?

「いえ、今度はミスラの……えっと、多分、シーフの人と……エルヴァーンの男の人で。男の人は黒い服を着てたから、黒魔道士の人かなと思いました。それで、あの、その人達……すごく、その――手とか繋いで、仲が良さそうで。それでぼく、何だか余計に出て行きづらかったんです――」
「全く破廉恥ですわっ!デート感覚で宝箱漁りなんて、真面目に冒険しているケインちゃんみたいな子にとっては不愉快以外の何物でもないざます!いいえ、きっとその人達もさっきのタルタル達とグルで、立て続けにこの子に精神的ダメージを与えようとして――ああ可愛そうに、ケインちゃんは何も悪くないのにっ」

 確かに、彼は何も悪くない。
 更に云うなら、その二人の態度も大して悪くはないだろう。
 胸の内でそう思うに止め、私は一人黙した。街角を吹き抜けるそよ風が何故か心に涼しい。

「それで、ケインちゃん?そこからギデアスに向かったんざますよね?」
「うん――もう出来ることがなくなっちゃったから、そのまま地上に戻って、ギデアスに行ったの――行ったんです。で、その途中で……あ、あの、これはよく判らないんですけど……」
「いいんざますよ、気が付いた事は何でもおっしゃい。この鎧は、その為にいるんざますからね」

 それは間違いなく事実なのであるが――この女性に云われるとどうにも釈然としない心持ちになるのは何故だろうか。
 少年じみた青年は、か細い声で続ける。

「えっと、その……僕の、少し離れた後ろをずっと、歩いて来る人がいたんです。恐る恐る振り向いてみても何の反応もなくて無表情で、ただ僕と同じ方向にひたひた歩いて――何だか少し雰囲気が怖くて。それがずっと続いたもんですから……僕、我慢できなくなって、走ってギデアスに飛び込んだんです」

 ―― その者の風体は。

「えと、背が高いエルヴァーンの男の人で――白い髪の毛を、後ろにひっつめてる感じでした。服が赤かったから、赤魔道士の人じゃないかと思います――あの、上手く言えないけど……冷たいって言うか、すごく鋭い感じのする人で――」
「まるで刺客ざます!物的証拠を残さずに威圧感たっぷりにケインちゃんを追い詰める、何て非情なやり口ざましょ!」

 青年の供述にもれなくついてくる金切り声――これはイメージ操作の一種なのか。私は軽い戦慄を覚えた。そして、その事実にまた慄然とする。
 ヴァナ=ディールのマスターとしてこの地に生を享けてから幾歳月。日々あまたの冒険者達の訴えを聞き、時には理や義に反する誹謗中傷の的となりながらもそれを収めてきた私に、かつてこのような異質なる圧力をかけてきた者があっただろうか――?
 かすかにこわばる表情を深紅の兜で隠し、私は件の主である青年の言葉に集中すべく努める。

「それから――ギデアスに入って、依頼にあったヤグードがいるっていう方へ向かったんです。地図がちょっとややこしくて困ったんですけど、でもどうにか、これが近道だって所を見つけて――そしたら」

 聞けばその細い通路を、大きなガルカの背が塞いでいたのだと彼は云う。
 青年が声を掛け、通してくれと頼んでも、何故だかそのガルカは頑として聞き入れなかったらしい。

「その人は、重そうな斧を持って……頬に大きな、黒い傷跡がありました――」
「明らかにカタギじゃないざますねっ。そんな物騒な代紋(エンブレム)を振りかざすような輩が、いずれまっとうな人生を送っている訳がないざます。ここで厳しく取り締まってもらって、金輪際ケインちゃんとは関わらないで頂きましょう」

 堅気の冒険者という言葉を、私は寡聞にして知らない。

「で、あの――」

 まだあるのだろうか。

「その……結局そこが通れなかったので、別の道をずっと回り込んで奥に進みました。あちこち迷って、行き先があやふやになったりもしたんですけど――とにかく、ようやくそれらしい場所に辿り着いたんです。ヤグードはいました。人からの頼まれ事なんだから、今度こそちゃんと頑張らなきゃと思って、僕……」
「あああ、ケインちゃんは何て責任感が強いんざましょう!本当にどこに出しても恥ずかしくない、立派な自慢の息子ざますわ!」

 両の手を組み合わせ、まるでオペラでも歌い上げるような母親の声に、道行く者が引きつるような好奇の眼差しで振り返る。「わぁ、マスターだマスターだ」と無邪気に駆け寄ろうとしていた子供達が、その音色にびくりと立ちすくむ。母の傍らに立つ青年の肩が、こころなし小さく縮んだように見えた。
 出す方が全く恥ずかしくなくとも、出される方はそうも行かないらしい。

「で、その……戦いを挑もうと思って剣を抜いたんですけど――そしたら」

 言葉を続ければ続けるだけ、いよいよ頼りなく小さくなる青年の声。
 戦いを挑む、という勇ましい言葉が、何かの冗談のように聞こえた。

「そしたら、いきなり後ろから突き飛ばされて――僕、倒れちゃって。驚いて起き上がったら、その時にはもう……白いナイトの鎧を着たタルタルの女の子が、僕の狙っていたヤグードに斬りかかってたんです――」
「本当にまったくもう――最近の子は一体どういう教育をされてるんざましょう!どう見てもあからさまな妨害行為!これはもう釈明の余地はないざます、ええそうですとも!」
「戦いながらその子が、こっちに向かって何か言っているようにも聞こえました。でもその時は――あの、あんまり何もかもがうまくいかないもんだから、僕――哀しいって言うか、情けないって言うか……とにかく……いたたまれなくなって。後ろも見ずに、そこから逃げ出しちゃったんです……」

 今にも泣き出しそうな彼の肩をさすり、おおよしよし、と母親は息子を労る。
 そして、きっ、と私に鋭い視線を投げかけると、彼女は最後通牒のようにぴしゃりと言い放った。

「さ、事情は判ったざますね!?判ったら、私のケインちゃんをこんな目に遭わせた犯罪者集団をとっととしょっぴいて来るざます!いいえできないとは言わせないざますよ、こういう時の為にあなた達マスターがいるんざますからね!」

 ――諸君の主張はよく理解した。
 が、『我々』が法の番人であり万能にも等しい存在であるからと云って、それにより何の証拠もなしに一方的に個人を拘束する事は許されはしないのだ。
 まずはこれから『我々』のフィールドへと帰還し、その大いなる存在より与えられし全てを見通す力を以て、関係者の身元と実際の行動を採取する。
 その上でなければ公正な裁定を下す事は愚か、それ以前のいかな強制力も行使する事は出来な――
 
「何をごちゃごちゃと要らない能書きを垂れているざますかっ!あなたまさか、ケインちゃんが嘘をついているとでも!?――ああもう、何て事ざましょう!被害者の言う事を信じずに、一体何を信じるって言うざますか?大体ね、加害者の人権を振りかざすのなんか被害者の人権を十分守ってからの話ざますよ!そういうお為ごかしの八方美人的なやり方でどれだけ被害者の気持ちが踏みにじられるか!本末転倒もいい所ざます! 何という悪習!私には我慢がならないざますよっ!」

 ……今、不覚にも謝ってしまう所であった。

 私に向けて機関銃のように掃射される彼女の難詰糾弾。終始一貫して己が息子の正義たるを微塵も疑っていない。故にその舌鋒はすさまじい強度を誇り、矛となってはグングニルの如くに全ての対面者を貫き、盾となってはイージスの如くに凡百の言葉を退ける。ああ、愛とはかくも人を狂わせるものか。
 勿論私とて、この気弱な青年の言い分を頭から疑っている訳では決してない。ただ裁く者として、まずは個人の主観に依らぬ事実を把握せねばならないというだけである。
 ひたすらきいきいとまくし立てる彼女と、その傍らで怯えたように立ち尽くす青年に向け、これより調査をし、追って然るべき処置を検討、連絡する――という言葉をどうにか残して、私は急ぎ天上への帰路に就いた。
 大至急ざますよっ――という容赦のない声が、空間に溶けゆく私の背を追撃する。
 誇り高い深紅の鎧を包み、私を高次の次元へと導く熱いゆらめきが、心なしか萎れているように見えた。


  *  *  *


 日が昇る。 日が沈む。
 命が生まれる。 命が消える。
 その命が旅する。 話す。売る買うもらう捨てる、創る――壊す。
 およそこのヴァナ=ディールの有史以来。そこに「在った」ありとあらゆるものの動向を、『我々』という存在は記録として覧ることが許されている。
 刻々と――文字通り日々刻々と増え積み重ねられてゆくそれは、『我々』の懐刀として、この世界の発展、秩序の維持の為に活かされるのだ。

 そして今、その星雲の如き質量を持つ情報が、深紅の鎧を解いて身を休める私の目の前に大きく展開されていた。
 それを操り更に絞り込まれ、浮かび上がってきた十数件の記録をつぶさに見て、私は軽い唸り声を漏らす。

 確かに――。
 ケイン青年の証言した特性を持つ七人の者が、彼と同時に彼と同じ地域に居た事実がそこからは確認することができた。
 それぞれの名と、更には彼らがそこで取った言動も同時に私の手の内になる。

 が、それらの記録ははあまりに膨大なものだ。全てを照らし合わせつつくまなく追うとなれば、それ相応の時間がかかってしまう。
 よしんばそれを追い尽くしたとしても、果たしてその言動に「悪意」があったかどうかを知るには、本人に質す意外に方法がない。そう、人の心だけは――媒体に記録されないのだ。

 しかし私の視線はそんな不自由な理由付けを待つ事なく、その膨大な記録から剥がれるように離れていた。
 そして明らかになった一つの事実に急速に吸い寄せられ、ぴたりと止まる。

 ――この七人全員――同じ連絡装置(パール)を所持している。

 ふむ――と私はまた唸る。
 これは何を意味するのか――あるいは、しないのか。

 グルざます!――というあの母親の金切り声が耳に蘇り、無意識に聞き流していた彼女のその主張がここに来て急速に現実味を帯び始めるのを私は感じた。
 私はかすかに溜息をつき、手で顎をさする。
 ……どうやら私は、依頼者のめくるめく奇態に当てられ、事件そのものを計る目というものを曇らせていたようだ。
 どこか軽んじるように投げ遣りに、いつしか斜に構えて調査に当たっていた己を見出して、私は激しい自省の念に襲われる。全く、私もまだまだ未熟者だ――
 私は探り当てた七人のそれぞれの所在を次々と引き出し、一瞥のもとにそれらを全て記憶すると、すくと立ち上がった。

 万が一これが組織立った行動だとすれば、マスターとしてゆめゆめ見逃す訳には行かない。多勢を以て力弱き者を一方的にいたぶり怯えさせるなど、いかな理由があれ見過ごされてはならぬ行いだ。
 悪の芽は早期に暴き、摘まなければ。『我々』はその為に存在するのだから――

 私はゆっくりと振り返り、引き締めた視線をすっと己が鎧に走らせる。すると背後に控えていた誇り高き深紅のそれは、私の思いに呼応するかのように神秘的な霧となって宙を走り、ぐるりとこの身を包んで瞬く間に形を取り戻す。
 私は颯爽と身を翻し、再度民のひしめく地上へと向かった。


 ヴァナ=ディールに秩序を。


to be continued





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