テノリライオン
FFXI 紅白へぼ創作合戦2007 提出作品
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corelli
そのチョコボがいずこへと旅立ったのかは、厩舎の誰も知りませんでした――。
* * *
「いらっしゃいませ。レンブロワ食料品店へようこそ」
南サンドリアの一角にあるレンブロワ食料品店は、店構えこそ小さいけれど、料理好きの人々の間ではとても有名なお店です。
いろいろな料理の基本となる材料がいつでも豊富に揃っていて、サンドリア国内だけでなく、よその国々からあわただしく買い付けにくる人も後を絶ちません。
今日も繁盛している店内のカウンター。その隅にある跳ね板をくぐりぬけて、一人のエルヴァーンの女の子が走り出てきました。
「フォレッタ、お台所は片付けてくれた?」
お客さんに頼まれた品をいそいそと棚から出しながら、振り向いたお母さんが彼女に声を掛けます。
「うん、ちゃんと全部洗ったよ!」
フォレッタと呼ばれた女の子は、振り返りもせず元気にそう答えました。
桃色の髪を揺らしながら階段を駆け下り、よいしょと背伸びしてお店のドアを開ける彼女の手には、小さな紙包みが抱えられています。
フォレッタは料理好きの女の子。
背が伸びて一人で台所を使えるようになってから、おうちの食料庫にある材料でいつも何かを作っています。楽しいからどんどん上達して、忙しく食料品店を切り盛りするお父さんとお母さんに代わって、簡単な夕飯を作ったりもできるようになりました。
そんなフォレッタは、最近お菓子づくりに凝っています。甘いケーキやクッキーを作るのは、普通のお料理を作るのとは違った面白さがあって、一度覚えたらやめられなくなってしまったのです。
「あ、フォレッタ。 どこいくの?」
“レンブロワ食料品店”の看板がかかった玄関を出ると、ちょうど走ってきたラミネールが彼女に声をかけました。いつも配達のお手伝いをしている、働き者の男の子です。
彼はフォレッタが大事そうに抱えている紙包みを見ると、笑って「またお菓子かい?」と尋ねました。フォレッタも笑いながら答えます。
「そうよ。
でも今日はあーげない。だってセンヤクがあるんだもの」
なぁんだ、と残念そうに言うラミネール。フォレッタはまたねと手を振って、競売所の方へ走っていきました。
ゆるい石段を下りると、冒険者で賑わう競売所が見えてきます。
フォレッタは大人達に占領された競売所には目もくれず、その脇にあるトンネルのような通路へと入っていきました。
少し暗い通路の向こうには、一件の家と、柵に囲まれた大きな庭があります。芝生に覆われ木が植えられた庭には、大きな黄色い鳥がのんびりと遊んでいました。
サンドリア王国、チョコボ厩舎です。
「こんにちは!」
柵に駆け寄ったフォレッタが、まるで友達にするように明るく声をかけました。しかしその相手は、庭でチョコボの世話をする職員の女性ではなく、クェッ、と鳴き声をあげて近寄ってくる一羽のチョコボです。
大きなくちばしを嬉しそうに撫でてやってから、フォレッタはごそごそと紙包みを開きました。
「あのね、今日もオレンジクーヘンなの。ウィンダスから来た親戚のおじさんが、サルタオレンジをいっぱい持ってきてくれてね。新鮮なうちにたくさん作っちゃいたいんだ。食べてくれる?」
言ってフォレッタが取り出したのは、とてもおいしそうなオレンジクーヘン。どうやら彼女の料理の腕前は、お菓子作りにも発揮されているようです。
チョコボは甘えたような鳴き声をあげます。フォレッタはあらかじめ切っておいたオレンジクーヘンを手にのせて、はいと大きなくちばしの前に差し出しました。チョコボは器用にそれをくわえたかと思うと、あっというまに食べてしまいました。ぱたぱたと小さく羽ばたいて、もっとくれと催促するように、クェッ、と鳴きます。
フォレッタは楽しそうに笑いました。料理を作るだけでも楽しいけれど、作ったものをおいしそうに食べてくれるのはやっぱり嬉しいものです。
フォレッタが気前よく次々と手に乗せるクーヘンを、チョコボは全部平らげてしまいました。
軽く手をはたき、包み紙をたたみながら、フォレッタはふわふわした羽毛の友達に言いました。
「じゃ、また明日も持って来るからね。よかったら食べてね?」
もちろん、と言うように、チョコボは目を輝かせてクエェと鳴きました。
* * *
「さぁ、仕事だぞー」
庭へと続く木戸を開きながら出てきた厩務員が、威勢のいい声を上げました。主人に呼ばれた黄色い鳥たちは、一斉にその声の方へ顔を向けます。
チョコボの貸し出しを待っている冒険者はタルタルだったので、その体格に合った小さいチョコボを選ばなくてはなりません。厩務員は庭を歩きまわり、小さめのチョコボを探し始めました。
小さいやつ小さいやつ、と思っていたので、体格のいい一羽のチョコボが、まるで彼の視線を避けるように庭の隅へと歩いて行った事に、彼は気づきませんでした。
* * *
ウィンダスの叔父さんが持ってきてくれたサルタオレンジは、大きな木箱いっぱいにありました。
だからフォレッタは飽きもせず、毎日オレンジクーヘンを焼きました。ラミネールや近所の友達にあげることもあったけど、いつでもあのチョコボの分だけは必ずとっておきました。
フォレッタはどんどん腕を上げます。味見をしたお父さんが、「これならお店に出せるんじゃないか?」と驚くくらいに、フォレッタは上手にオレンジクーヘンを焼けるようになりました。
そうして十日以上が過ぎた、ある日のことです。いつも元気なフォレッタが、風邪をひいてしまいました。
ベッドで布団に埋もれるフォレッタの水枕を替えながら、お母さんは優しく言いました。
「ちゃんと寝てるのよ。大丈夫、すぐよくなりますからね」
「……オレンジが、いたんじゃう……」
けほけほと咳をしながら、とろんとした目で心配そうに呟くフォレッタ。苦笑いをしてお母さんは彼女をなだめます。
「大丈夫よ、サルタオレンジはそうすぐに悪くならないわ。冷暗庫に入れておいてあげるから、元気になったらまた作りなさいな。おいしいものね、あなたの作るオレンジクーヘンは」
「うん……」
お母さんにやさしく額を撫でられ、小さくうなずいて、フォレッタはゆっくりと寝息を立てはじめました。
あのチョコボが待ってるかなぁ――と、夢うつつに思いながら。
* * *
「あー、お嬢ちゃんお嬢ちゃん」
さて、数日寝込んですっかり良くなったフォレッタは、早速得意のオレンジクーヘンを焼くと、元気よくチョコボ厩舎へと向かいました。
ところが、温かい紙包みを抱えてトンネルを抜けてきたフォレッタを、一人の厩務員が呼び止めます。
え、とその場で足を止める彼女の前に、優しそうな厩務員はしゃがむと、少しすまなそうに彼女にこう言いました。
「お嬢ちゃん。いつもうちのチョコボをかわいがってくれて、ありがとうな。でも、済まないけど、もうチョコボにお菓子はあげないでもらえるかい?」
「……え? どうして、ですか?」
驚いて聞き返すフォレッタに、厩務員は困り顔で答えます。
「うん、どうしてかって言うとな。お嬢ちゃんがいつもお菓子をあげていたチョコボが――その、何だ。仕事をな、しなくなってしまったんだよ」
「えっ?」
厩務員を見上げるフォレッタが、目を見開きます。厩舎の向こうにある庭へと思わず視線を走らせるフォレッタを止めるように、彼女の肩にそっと手を掛けると、彼は言葉を選び選び続けました。
「ほら、見ての通り、ここはチョコボ厩舎だろう?ここのチョコボはね、人を運ぶのが仕事なわけだ。だから、それをしなくなったチョコボは、ここに居られなく――いや、お引っ越しをしなきゃならなくなっちゃうんだ。わかるかな?」
「おひっこしって――じゃ、あの子、どこかに行っちゃったんですか!?」
悲しげなフォレッタの言葉に、厩務員は一瞬、ん、と声をつまらせたようでしたが、しかしすぐに言いました。
「――ええとね、親切な人に引き取られて、ちょっと遠くへ――他の国へ行ったんだな。だからここには居なくなったけど、心配することはないよ。ちゃんと元気にはしていたからね」
厩務員は励ますようにそう言うけれど、フォレッタは今にも泣き出しそうです。
庭に本当にあのチョコボがいないことを確かめ、紙包みを抱きしめてとぼとぼと帰っていく彼女を見送って、厩務員は立ち上がり大きくため息をつきました。
「……いやぁ、しかし参ったな」
彼は厩舎に戻ると、寝わらを集めている同僚にぼそりと漏らしました。どうしたの、と声が返ってきます。
「ほら、例の女の子だよ。久しぶりにやって来たのを見つけたんで、説明して帰ってもらったんだが――」
「まあ。 やっぱりお菓子を持って?」
手を止める彼女に、彼はうんと頷きます。
「禁止するのは可哀想だし、そもそも因果関係があるとも言い切れないが――どちらにしても、甘いものはな。チョコボには過ぎたおやつだ」
「そうねぇ……」
考え込むように、彼女は呟きました。
「それにしても、一体どこに行っちゃったのかしら、あのチョコボ。私たち厩務員の動きを察知して、巧みに仕事を避ける横着者になったと思ったら――」
「そのくせ餌だけはきっちり食べてたがな。どこらへんに沢山餌がまかれているか、しっかり見ていたようだった。餌以外にも色々と呑み込んでしまってたみたいだが」
「そうそう。
そりゃあ太るわよねぇ。機敏さもなくなってたし。なのにどうやって、この町を出て行ったのかしら」
「並みのチョコボの頭じゃ無理だな。一体いつの間にそんなに賢くなったんだろうか」
遠くを見るように、そしてくすりと笑って、二人は同時に呟いた。
「デブチョコボ、ねぇ――」
[オレンジクーヘン]
材料:サルタオレンジ×2、サンドリア小麦粉、セルビナバター、メープルシュガー、鳥の卵
NQ効果:HP+9 MP+9 AGI-1 INT+3
HQ効果:HP+10 MP+10 INT+4 等
End