テノリライオン

みんな愛のせいね 前編

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――Bloodtear Baldulfも、自分がよもやこんな騒動の元になるとは思いも寄らなかったろう――



「ねーソース取って、ソース」
「あいよ」
「ジュース来ましたよ、誰ですかー」
「あ、俺です俺」

 夕暮れも過ぎ、そろそろ夜にさしかかろうかという、お食事処が最も賑わう時間帯。
 ジュノ下層の食堂は、大勢の客の話し声と様々な料理の匂いの混じった、濃い雲のような喧騒で満たされていた。
 繰り返される日常の一シーン。 平和な光景である。

 その一角。 いつもの七人が顔を突き合わせて、賑々しく夕食のテーブルを囲んでいる姿があった。

「あ、ラム肉で思い出した」
 くりくりと刈った灰色の髪にやんちゃな瞳が光るタルタルの少年、暗黒騎士のルードが口を開いた。 彼の目の前には、今まさにじゅうじゅうと美味そうな音と匂いを立てるラムステーキが置かれた所だ。
「こないだ倒しましたよ、Bloodtear Baldulf」
「ほえ」
 つるんとパスタを吸い込んで間の抜けた声を上げたのは、赤毛を高い位置でお下げにしたタルタルの少女、ナイトのドリー。
「ほう、あの大物をか。よくやれたなぁ」
 感心したような野太い声は、顔じゅうを覆う黒く強い髪と髭の間にジョッキの酒を流し込むガルカの戦士、イーゴリのものだ。
「なんだっけそれ」
 口をもごもごさせるドリーに関心のあるようなないような声で質問されたのは、茶色い髪を後ろだけちょっと結んだおかっぱのミスラ、シーフのアルカンジェロ、略してルカ。
 彼女は目の前の皿にいくつか乗ったポテトを一気にフォークに刺しながら、隣に座る親友のタルタルの問いかけに、やれやれといった顔でぼそりと答える。
「やったっしょ、でっかい羊。ラテーヌの」
「……あー。 あー、はいはいはい」
 何かを思い出してみるみる声が大きくなるドリーを、ルカの反対隣に座るバルトルディ、略してバルトが、何事かという目で見やる。 いかにも魔道士然とした、短い白髪のエルヴァーンの男性。 はたして黒魔道士である。
 先程から一言も喋らず料理をつつく彼は、かつての冒険で遭遇した事故により声を失っており。 現在戦いの際にはパートナーであるルカの呪文詠唱を中継して、その魔力を行使している。
 そんな黒魔道士の訝しげな視線には一切気付かず、ドリーは身を乗り出すと小さな暗黒騎士に向かって元気よく自己主張を始めた。
「ルード、私もやった! それ倒したよ、えーっとでっかい羊、なんだっけえーとえーと」
「Bloodtear Baldulf」
「そうそうそれそれ」
 勢いの割に単語が出てこない彼女に冷静かつ無表情に羊の名前を投げてよこしたのは、口いっぱいにもぎゅもぎゅとステーキを頬張る暗黒騎士の少年ではなく。
 その隣で新しいパンに手を伸ばした背の高いエルヴァーンの男性。 長い白髪を後ろで束ねる赤魔道士、ヴォルフ。
「っていうか、一人じゃ無理でしょ、あれ? ……あ、さてはフォーレがいたわね」
「え、あ、うん」
 ルードの隣でいそいそとサラダを取り分けていた所に、急にドリーに名を呼ばれた茶色いポニーテールが驚いたようにぴょこんと頷く。 フォーレ、タルタルで白魔道士の少女。


  *  *  *


 回復を受け持ってくれる協力者がいたことをあっさり看破されたルードはしかし悪びれもせず、ふふんといった余裕の表情で言葉を返した。
「それはそれ、これはこれですよ……いや、それを言うなら、ドリーさんの方こそ魔力が尽きる前に一人で倒せるとは思えないっすけどねぇ」
 そう言って彼がちらりとドリーの隣に目をやれば、そこではルカがテーブルの下から小さく手を上げ、その指をひらひらさせていた。
 防御力と回復魔法に長けてはいるが一撃の重さに欠けるナイトを、シーフが後押しする。 結局はいつもの図式だったらしい。

 何のことはない。 ルードもドリーも、ラテーヌ平原最大にして最強と謳われる、その巨体は小山ほどもあろうかという伝説の大羊を一人で相手取るのはさすがに無理だったようだ。
 またそれを素知らぬ顔で自分の手柄のように言ってしまうのが、この二人のタルタルのちゃっかりした所である。

「ま。 倒すって事であれば、俺なら一人で十分でしたね。 所詮は羊毛のもと、ちゃっちゃと刈り取って鎌のサビにしてやりましたよ」
 打撃力が自慢の暗黒騎士はまだ余裕しゃくしゃくの口調だ。 その実力を暗に証明してみせるかのように、喋りながらも彼の前のラムステーキはもう半分かたなくなっていた。
「あらあら威勢のいいこと。あいつの蹴り、結構重かったわよ? フォーレも回復が大変だったでしょうに。 ねぇ?」
 負けん気の強いはねっかえりナイトは簡単に引き下がらない。 突然ついでのように同意を求められた気の優しい白魔道士は咄嗟にはいともいいえとも言えず、戸惑うように曖昧な笑顔を浮かべる。
「まぁね、私はどっちかと言えば鎧が命だし、自分で回復魔法も使ってるからー? 幸い白魔道士さんのお世話にはならずに一人で持ち堪えられたけどねぇ」
 スープをすすりながらそんなドリーの自慢げなセリフを聞いたルカが、ごく小声で不本意そうにバルトに呟く。
「……なんか、いつの間にか私の存在が抹消されてるんですけど」
 ご愁傷様、という顔をしてバルトが鼻で笑った。

「まぁそいつも、まさかこんなチビどもにしてやられるとは、驚いたろうなあ」
 テーブルを挟んでちくちくと陰険につつき合うタルタル二人の会話をまとめるように、イーゴリが明るく言った。
 が、白黒対照をなす二人の不毛な舌戦は、そんなことでは止まらない。
「そうっすねー、俺ならナイトなんぞ回復がおいつかないぐらいガンガンに叩きまくって、とっとと潰すところですけどね」
 自信過剰が珠に傷。 腕っ節の話になると、彼は誰が相手でも譲るということを知らない。
「ふんだ、私なら粘って粘って痛がり屋の暗黒騎士なんか確実に沈めるっつの」
 巨大羊の話は何処へやら。 小さなナイトと暗黒騎士の間にばちっと火花が飛ぶ。
「いやー、そんな爪楊枝でつつかれた所でねぇ、こそばゆいだけっすよー」
「なぁんですってぇ!? だったらあんたのその耳かきなんか私の盾の汚れ落としにしてくれるわよ!!」

 いつのまにやら「どっちが強いか」という、肩を並べて戦う者同士言っても詮無い論争にごろごろともつれ込んだタルタル二人。 あらんかぎりの知識と経験と言いがかりを総動員して、己の職業を称え相手の職業をこき下ろし始めた。
 と、それを見たバルトが、何やらふっと面白そうな表情になった。 食事の手を止めて、隣に座る同じエルヴァーンであり魔道士であるヴォルフをひょいとつつく。
 ん、と横目を送る彼に、ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる(いや、主に騒いでいるのはドリーの方だが)二人をぴぴっと視線で示し、バルトはいたずらっぽく尋ねるような顔をヴォルフに向けた。
 どうやら(どっちに付きます?)の意らしい。
「……フォーレさんが援護するなら、ルードに付くのは不公平だろうな」
 きれいに食べ終わった皿を脇に押しやりながら、長髪の赤魔道士は至極冷静な意見を述べた。
 するとそのセリフと趣旨に興味を引かれたイーゴリが、冷たいまま空になった三杯目のジョッキをどんとテーブルに下ろして横から口を出す。
「そのコンビを離したら判らんぞ。 単純に剣を向けられるなら怖いのはドリーよりもルードの方だろうが……まぁチビどもはともかく、俺はお前さん達が敵に回るのも恐ろしいかもしれんな」
 そう言うと、屈強なガルカの戦士はエルヴァーン二人ににやりと笑って見せた。
「……私はドリーに武器を向ける方が、なんかあらぬ恨みを買いそうで嫌だなぁ……」
 空いた皿を適当に重ねながら、色々と想像してぶつぶつ呟いているのはルカ。 友達をトンベリ扱いだ。
 その間も延々言い合う血の気の多いタルタル二人に挟まれた温和なフォーレはと言えば、スプーンをぎゅっと握り締めたままおろおろと事の成り行きを見守るばかり。


「もーあったまきた! ルカちょっと付き合いなさい! あのチビを叩き潰すわよ!」
 ついにばんっとテーブルを叩いて、ドリーが立ち上がった。
 どうやら大人気ないいがみ合いが行き着く所まで行ったらしい。 タルタルの身でタルタルをチビ呼ばわりする彼女の悪い癖が炸裂している。
「……なんか、私の存在が都合よく復活してるんですけど……?」
 更に更に不満げに訴えるルカの背を、頑張れとばかりに叩くバルト。
「フォーレ、それとっとと食っちまえ、表に出ようぜ」
 終始余裕の構えを見せていたルードも、何だかんだ言ってすっかりその気だ。 とは言え、その割にきっちり回復役のフォーレをキープしているのは如何なものか。

「おら、熱くなるなってーの。 いいから落ち着け」
 穏やかでないやりとりに周囲の客からの訝しげな視線が集まる中、保護者代わりのイーゴリが大きな手でドリーの頭をぐいと押さえ、席を立ちかける彼女をぼふっと椅子に座らせた。
「ちょっとししょー、邪魔しないでよ! あれだけ言われて悔しくないの!?」
 すっかりヒートアップしてじたじたと手足をばたつかせる彼女の怒りの矛先が、今度はガルカに向けられる。
「いや、俺は特に言われちゃいないんだが……」
「弟子の屈辱は師匠の屈辱よ!! 俺も相手になるぞぐらい言ったらどうなの!!」
「うーん、その前後が逆なら話は判るがなぁ」
 駄々をこねる子供を見下ろすような苦笑いを浮かべるイーゴリ。

「……バリスタ?」
 行き交う言葉の温度差がいよいよ激しくなったテーブルの上、その一瞬の隙間に、ルカがぽろっとこぼした単語が響いた。
 何か面白いおもちゃを見つけたようににたっと笑ったバルトが、こっそりルカにそう口を動かして見せたのを、反射的に彼女が問い返した声だった。

 はた、と二人のタルタルの視線がルカに集まる。 一瞬の沈黙。
 そして同時に、
「それだ!!」
 と叫んだ。

「そうよ、バリスタならおおっぴらにやれるじゃない! ようしルード、そこできっちり決着つけようじゃないのさ!」
「望む所っすよ、いやぁ面白そうだなぁ……そうだ、せっかくだからチーム分けして対戦してみるってのはどうすか? なんか発見があるかもしれないですよ」
「ほほう、対戦か。 そりゃ確かに面白そうだな」
 短いあごひげに手を当てて、ルードの提案にイーゴリが乗ってきた。 ドリーを諌めながらも、思わず戦士の血が騒いでしまったようだ。
 狙い通りに事が運んだバルトはしたり顔、ヴォルフはいつものように「どっちでも構いませんが」の無表情でグラスを口に運んでいる。 ルカとフォーレはその後戻りしそうもない展開にもはや諦めの境地だ。

 そんな中、チーム分け、と聞いてドリーがぴんときたらしい。 何やら勝ち誇ったような声でルードに宣言する。
「そういう事なら、当然フォーレはもらうわよ! 彼女に頼らず自力でかかってくるがいいわ!」
「……っ!! ほほう、そう来るならルカさんは取らせてもらいますよ、当然バルトさんもセットで一人のカウント!」
「ああっずるい!! だったら師匠はこっちだからね!!」
「ふっ、どこに目ぇつけてんすか、ヴォルフさんのサポート力を手放すなんざ自殺行為っすよ」

「…………あれかね。 実は常日頃から私達を手駒とみなしているという驚きの事実を、奴らは今興奮のあまりだだ漏れにしてしまっているということなのかね」
 あれよあれよという間に、バリスタでの対決決定から対戦カードまでが組まれるのを目の当たりにしながら、呆れ顔のルカが誰にともなく呟いた。
 当たらずとも遠からずでしょう、とヴォルフが身も蓋もなく答える。
「……で、組み合わせはあれでいいのかしら」
 皿を下げに来たウェイターの腕を軽くよけながら、溜息とともにルカはバルトに訊いてみる。
 少し首を傾けながら考えていた黒魔道士は、まぁいいでしょう、といった風に小さく何度か頷いた。
「本気でバランスを考えるならもうちょっと違ってくるだろうが――ま、今回はこれでやってみるか。 フォーレもまぁ、訓練と思って、な」
 相変わらず不安そうな面持ちの小さな白魔道士に、そう言ってイーゴリが笑いかける。 それでようやく戻ったフォーレの笑顔に、改めてチーム分けの内容を吟味していたらしいドリーの言葉がかぶった。
「あ、そっちの方が一人多い分は、ルカが行動禁止で調整よ。 ずっとバルトにひっついてて頂戴、黒魔道士一人の扱いにさせてもらうわ」
「はあ。 ――いや、楽でいいけどね、うん」
「ちょっとちょっと、何よその腑抜けた返事は! やる気あるの!?」
「……何であると思えるのか、そこが心底不思議なわけよ」


  *  *  *


 そんなこんなの、『討議』の結果。

 チーム毎に所属国を統一しておくこと。
 アイテムは使用しないこと。
 それぞれのジョブの奥義は封印。
 埒があかないのと趣旨が異なるので催眠呪文は禁止。
 魔道士の精神力回復中は攻撃しないこと。
 十分間一本勝負、全滅あるいは最終的に倒れていた者の多い方が負け。
 言い出しっぺのタルタル二人には「手」は出さず、好きにやらせておく。

 などなどのローカルルールが制定され。
 そして舞台はつつがなく、数日後のメリファトへと移るのであった――


to be continued
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