テノリライオン

みんな愛のせいね 中編

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 そもそも、バリスタとは。
 二国の国民がそれぞれチームとなって対戦し、数パターンあるルールに則ってペトラと呼ばれるゴールにボールを打ち込んで、その点数を競い合う競技である。
 が、冒険者の鍛錬を主な目的とした国家間の模擬戦争という側面もあるため、通常はご法度とされている人対人の戦闘が実現する場でもあり、それ自体を目的とした猛者達が集まる事もままあるらしい。

 さて。
 メリファト高原のからからと乾いた風と、ひときわ高い岩壁の頂から覗く朝日と薄い雲が、全く風雲急を告げない中。
 バリスタ競技を司るヘラルドの事務的な声が、ひたすら茶色い大地とそれを点々と彩るコミカルなサボテン達の上に響き渡った。

「それでは、これよりバストゥーク対ウィンダス、バリスタを開催」
「さぁルード、遺書は書いてきた!? ここで白黒つけてやるからね!!」
「レベル制限なしの三本勝負、アイテムの使用は禁止とさせ」
「ふ、後で吠え面かかないでもらいましょうかドリーさん。 ぶっちゃけマジでいきますからね」
「開始の合図から数秒間、選手の皆様にはインビジが」
「いいこと、今回はあの暗黒騎士は敵よ!! ちゃんと頭切り替わってる、フォーレ!?」
「あ、えっと、大丈夫、だと思う……多分」
「あのなぁお前ら、嘘でもいいから説明は聞いておけ」

 ヘラルドの開会宣言と説明を完全に無視して早くも舌戦を開始しているやかましいタルタル二人を見下ろして、イーゴリが嘆息まじりにドリーの襟首を掴んで引き戻した。
 その横ではルカが尻尾をもじもじさせながら、寂しそうに職務を果たすヘラルドに「すいません、すいません」と恥ずかしそうに頭を下げている。

 幸いにもこの回のバリスタには、彼ら以外の参加者は居なかった。 高低差が激しく移動の困難なメリファトという戦いづらい土地柄のせいか、はたまた単なる偶然かは判らないが、ともかく頭を下げて回ったり身内の醜態を晒したりする対象が少ないのは有難い限りだわ、とルカは救われた気分だった。

 もはやすっかりエンジンがかかったタルタル二人の鬼気迫る視線に耐えかねるように、気の毒なヘラルドは早口に説明を終えた。
「では、競技を開始します! インビジが切れた直後から行動可能です!」
「っしゃぁ!!」
 ヘラルドの高らかな宣言の声に、彼ら全員にばしっと電源が入った。 距離を取るべく身を翻すと左右に分かれ、思い切り走る。
 北の巨大なサボテンの影に陣取るのは、ナイトのドリー、戦士のイーゴリ、白魔道士のフォーレ。
 南の岩陰に陣取るのは、暗黒騎士のルード、赤魔道士のヴォルフ、そしてセットで黒魔道士扱いのバルトとルカ。
 与えられたほんの数秒の作戦タイムの終わりを、浮き上がるように現れる仲間の姿が告げた。 北と南で立て続けに上がる守護魔法の詠唱が、乾いた空気の中で弾き合う。

「いくぜぇぇ!!」
「覚悟っ!!」
 それぞれの勇ましい雄叫びとともに、暗黒騎士とナイトが躍り出た。 砂を蹴る小さな二つの影がみるみるその距離を縮めると、鎌と片手剣が砕けんばかりの音を放ってぶつかり合い、他愛もないいさかいの幕を斬って落とした。

 ずしりと重いルードの鎌が引くより早く、ドリーの剣が再度しなる。 するとその軌道上でにやっと嗤ったルードの口から短い呪文が飛び出した。
「っ!!」
 スタン。 びたっと動きを止められたドリーの無防備な肩を、その隙に大きく振りかぶっていたルードの鎌ががつんと弾いた。
「フォーレ!! 黙らせて!!」
 よろけざま大きく後退しながら、ドリーは背後に控える白魔道士に指示を飛ばす。
「は、はいっ……うー」
 いつも一緒のルードが相手とあって、フォーレの呪文は明らかにためらい気味だ。 が、ぎゅっと目をつぶって唱えられたサイレスの呪文は、彼女の意思に係わらず見事に効いた。 ルードはちっと舌打ちをしたが、その音も本人にすら聞こえない。
「小賢しい!!」
 挑戦的な声とともに、ドリーは後ろに踏ん張った足にためていた力でがんと跳ねた。 その勢いも乗せて叩きつける剣がルードの横腹を捕らえる。
 漆黒の鎧がその衝撃をいくらか吸収する。 それでも抜けたダメージに顔をしかめるルードの腕が、ぐんと脇に引かれた。 その鎌の穂先が彼の体の向こうに消える。
 ドリーは素早く左腕の盾をかざして鎌の来襲に備えるとその裏で小さく剣を構え、彼の胴を狙った。

「――きゃ!」
 しかし、予想していなかった鋭い点の衝撃が、正面から彼女の胸元を打った。 振り回すと見せた鎌の石突を棒術のように水平に繰り出したルードの一撃が、ドリーを後ろに突き倒したのだ。
 地面にしたたか背を打った彼女は咄嗟に思い切り足を跳ね上げ、その勢いで斜め後ろに大きく転がる。
 彼女の通り過ぎた地面に、まっすぐ黒い鎌が突き刺さる。
 四つん這いの姿勢からがばと上げた彼女の視線と、茶色く固い大地から鎌を引き抜いたルードの視線が、それぞれの武器の代わりにがきんと衝突した。
「むっかー」あるいは「こんのやろー」と置き換えられる、一瞬の刺々しいガンくれ合い。
 それを合図にするかのように降り注ぎ始めるバルトとフォーレの魔法の中、二つの小さな影が再び跳んだ。


  *  *  *


「手を出したらいけないわけか」
 大きなサボテンの影を転がるように飛び出すドリーの後ろから、口元に薄く笑みを浮かべたイーゴリの巨体がのそりと姿を現した。
 既に抜き担いでいた片手斧の柄で肩をとんとんと叩きながら歩き出し、濃い髪と髭に覆われた顔をタルタル二人が大立ち回りを始めた、その向こうに向ける。
「となると」

 大きな岩陰の近くで様子を伺うバルト。 少し離れて、細身の剣を手に自分にいくつかの魔法を施しているヴォルフ。 二人のエルヴァーンの姿を同時に視界に収める。
 と、イーゴリの目が僅かに細まった。 ヴォルフの持つ一見華奢な剣がつんと輝いて、彼の目を射たのだ。
 そんなガルカの微細な変化を察知したのだろうか。その剣の持ち主の眼球がすっと動き、彼の視線を迎えた。 いや、もしかしたらイーゴリの持つ片手斧が、同じ輝きをヴォルフに投げかけていたのかもしれない。

「――滅多にできない経験では、あるな」
 一陣の風が二人の間の空間を清めて去る。
 それを透かして、ゆっくりと自分の方に向き直る白髪の赤魔道士を眺めながら、含み笑いと共にイーゴリは呟いた。 肩から斧を下ろす。
 ヴォルフの剣を握る手がゆっくりと彼の胸の前まで上がり、細い刀身が垂直に立った。
 その刃の後ろに見え隠れする冷静な表情の中、薄い唇の片端がごくごく僅かに持ち上がっているのを、ガルカの戦士は見逃さない。

 イーゴリは左手の盾を握り直す。 ヴォルフが素早く息を吸う気配。 距離にして約二十歩。 急げ。
「いざ!」
 一言咆えてイーゴリは猛然と駆け出した。
 微動だにしないヴォルフは猛然と呪文を唱え始めた。
 走りながら片手斧を構える。 生まれたファランクスの呪文がヴォルフを抱いて消える。 また息を吸う。
「ぐっ!!」
 あと五歩という所で、イーゴリの進撃ががくんと止まった。 ファランクスに続けて放たれたバインドの呪文が、見事に彼の足を地面に縫いつけたのだ。
「――おのれ!」
 岩のようなガルカの巨躯を目前に、半眼に閉じた目で赤魔道士は呪文を紡ぎ続ける。 ストンスキン。 ブリンク。 アクアベール。 動けぬイーゴリの前で次々と不可視の武装が進む。
 獣のような唸り声が響いた。 地にはまった靴を脱ぎ捨てるかのように、ガルカが大地から力任せに両足を引き剥がしているのだ。 彼の足下で魔力の負荷がスパークする。 まだヴォルフは動かない。 息を吸う。
 ついに魔力のくびきを振り切ったイーゴリが一瞬で残りの距離を詰めた。 まさに自分を襲うパライズの呪文もろとも薙ぎ倒そうとするかのように、大きな片手斧がヴォルフにぐんと迫る。
 が、その刃が届いたと思ったその瞬間、ヴォルフの長身がちりっと瞬いた。 すると片手斧はそのまま空を切るように彼の体を通過してしまう。 ブリンクの呪文が、野蛮な片手斧にヴォルフの体を触らせまいとしているのだ。
 赤魔道士によって体に埋め込まれた痺れが不規則に暴れ始めるのに耐えながら、イーゴリは冷静に一回、二回と片手斧を彼に向けて振り抜く。 その度に姿の瞬くヴォルフが、更に追い込むように早口で呪文をまくしたてる。
 スロウがイーゴリの手足を重く縛る。 バイオが筋肉の縮もうとする力をちくちくと遮る。 そして斧が四回目の風を切って、再度唸りを上げて襲いかかった瞬間。
 初めてヴォルフが動いた。 ばっと左腕が跳ね上がり、小振りの盾が片手斧の刃をがきんと受け止める。
 ブリンクの魔力は力尽きていた。 ついに物理的な接触を果たした両者の時が、吹き荒れる風のぱたりと凪ぐが如くに停止する。

「――さて、始めようか」
 交えた斧に力を込めたまま、低い声で囁くイーゴリがにたっと嗤う。
「よろしくお願いします」
 ヴォルフの口元にも、不敵な笑みが浮かんでいた。


  *  *  *


 今にも鼻歌でも歌い出しそうなうきうきとした表情で、バルトはくんずほぐれつするタルタル二人を見ていた。
「嬉しそうねぇ」
 傍らに立つルカの、ちょっと呆れたような冷やかしもなんのその。 ご丁寧に両手の平まですり合わせて、さぁてどう料理するかな、といった雰囲気だ。

 とは言っても、あまり露骨に介入するとドリーがぶうぶう言うだろう。 ルカの手を取りながら彼は考える。
 ふと横を見れば、ヴォルフがイーゴリの挑戦を受けて立った所だった。 いかなオールマイティを誇る赤魔道士とは言え、相手は筋肉の塊のようなガルカだ。 向こうにも多少の援護が必要かもしれない。

 つと視線を戻すと、フォーレの放ったサイレスの呪文が、ルードの周囲の空気を見事に塗り固めていた。
 ふむ、と鼻を鳴らしながらケアルをルカに渡す。 彼女が空気に乗せた回復呪文がルードに届くとほぼ同時に、対するドリーにも同じものが降りかかった。
 それを紡いだのは、大小二つの剣戟の向こう側にぽつんと立つ小さな白い影。 少し心細げに、でもチームメイトの動きをしっかりと見据えている愛らしいタルタルが、どうやら彼の「対戦相手」であるようだ。
 左右にせわしなく動くフォーレの視線が、バルトとルカの上で止まった。 それに気付いたルカが彼の隣で呑気にひらひらと手を振れば、一瞬戸惑ったような、それでも無邪気な微笑と小さく振られる手が遠くから返って来る。

 少々やりづらいな、とばかりにバルトは苦笑いした。
 苦笑いしているその顔で、サイレスなど紡いでいたりするが。
「――え、どっちに」
 その気配を察したルカが、振っていた手を慌てて下ろしながら訊く。 あっち、と遠い方のタルタル、フォーレを空いた手と顎で指しながら、繋いだ掌を通して完成した魔力を寄越すバルト。
「鬼か、あんたは」
 現在ルールにより黒魔道士の付属物に過ぎないルカは、ぼそりと呟きながらも素直にその呪文を唱え、小さな白魔道士へと素早く飛ばした。
 だまし討ち的に飛来した沈黙の呪文に驚いたようにフォーレは一瞬首をすくめたが、その力場は彼女を遠巻きにひゅっと掻き消えた。 あっさりと抵抗されたようだ。

 それを見たルカが、さすが、と感嘆の口笛を一つ吹いた時。
 バルトが繋ぐ彼女の手をくっと体の後ろに引くと、自らはさりげなく半歩斜め前に出た。 ルカの姿が彼の影に半分隠れる形になる。
 顔に疑問符を浮かべたルカが彼を見上げると、肩越しにちらりと振り返ったバルトの(なるべく動かないで、声は抑えて)という小さなジェスチャーが返ってきた。
 何のつもりか、とルカが訝しげにしていると。

「フォーレ! 気ぃ抜いてんじゃねぇぞ!!」
 敵に塩を送る形になっている事に、気付いているのかいないのか。 丁々発止と切り結ぶタルタルの黒い方が、バルトの呪文に軽くひるんでいたフォーレに向かって荒い声を上げた。
「は、はいっ!!」
 彼の言葉に、電流が走ったかのようにびくんと背筋を伸ばすフォーレ。 バルトがにやっと笑う。
 可愛い白魔道士の眉がきりっと上がり、小さな杖を持った手がばっとローブを後ろにはねのける。 するとそれが、三つ目のキックオフの笛となった。
 次の瞬間、黒い暗黒騎士を援護する黒魔道士と白いナイトを援護する白魔道士は、呼吸で吐く息の全てを魔力の輪唱に投じ始める。
 いや、正確には黒魔道士の側は、詠唱担当のルカがそれを余儀なくされたのだが。

 ルードを包む硬直した空気を、バルトのサイレナが打ち払う。 イーゴリを援護するフォーレが対するヴォルフにサイレスを放つ。 抵抗される。
 バルトがヘイストの呪文でルードの大鎌を加速した。 するとそれをぴったりマークするかのように、加速効果を差し引きゼロにするフォーレのパライズがルードに叩き込まれる。
 ガルカの剣に押され気味のヴォルフに横からバルトの回復呪文が飛ぶや、負けじとフォーレが対するイーゴリの傷を癒す。
 しぶとく喰らいつくフォーレを、バルトのサイレスが再度押さえ込みにかかった。 やはり効かない。
 自分の回復に手間取るドリーに気付いて、フォーレが強力なケアルを唱え出す。 その長い詠唱の胴をバルトのスタンが襲った。 フォーレの声がぱたりと消える。
 じわじわと削られるルードの体力をバルトのケアルが引き上げれば、その隙にとドリーにはフォーレのヘイストが与えられる。

 戦場全体を覆うようにして飛び交う、もはや戦士達を苗床とした人体実験の如き魔法の干渉合戦。 それは一見互角に渡り合っているように見えた。
 が、練成と詠唱のプロセスが二人の人間に分離されていることと、その詠唱が本職のスピードではないことが、微妙にバルト側の不利に働いている。
 絶え間ないやりとりの末にそれを感じ取ったフォーレが、ほんの少しのアドバンテージに僅かに息をついた――その瞬間。
 針の穴ほどの緩みを通すような、バルトの渾身のパライズがついに小さな白魔道士を捕らえた。

「う……!」
 はっと焦るフォーレ。 即座にパラナを唱えようとするが、立て続けに襲う痺れが腕を舌を縛り、思うように詠唱が進まない。
 ここぞとばかりにバルトが呪文を並べ立て始める。 ドリーにパライズ、スロウ、ルードにケアル。 黒いローブが印を切る腕に翻る。
「……っ!!」
 その光景に急かされるフォーレが、小さな痺れの隙間を見つけた。 すかさず放ったのはサイレス。
 それまで無意識に遠慮していたのだろうか。 彼女からは初めて現れた沈黙の妖精が、戦場を端から端へと矢のように突っ切る。 が。
「――あっ!!」
 フォーレの目が、しまったという表情に大きく見開かれた。

 彼女が見たのは、自分の唱えたサイレスが真っ直ぐにバルトへと吸い込まれていく光景。
 そしてその呪文の来襲を満面の笑みで迎えながら片腕を振り上げ、精霊の加護を己が内に降ろす黒魔道士の姿と、その影に忍ぶルカが彼に向ける、悪戯が成功して喜ぶ子供を見るかのような乾いた苦笑いだった。
 バルトの魔力が彼の体を離れ、ルカに渡された。 少し強いエネルギーに彼女の眉根が寄る。
 次の瞬間、ルカの唱え上げたサイレスが空を走った。 まるでフォーレが打ってきたそれに精霊の印という熨斗をつけて打ち返すかのように元来た道をきれいに遡ると、彼女の呪文は小さな白魔道士をぐるんと包んで弾けた。

「――大人気ないなぁ」
 呪文の飛沫がすうっと消えた向こうでフォーレが一瞬口をぱくぱくさせ、悔しそうに膝を折る姿がバルトとルカの目に映った。
 小さく拳を握ったバルトのガッツポーズに、傍らのルカが呆れたような声を上げる。 彼女の姿をフォーレの視界から隠したのは、この引っ掛けを狙ってのことだったのか。

 フィーバーターイム。
 そんな単語を顔いっぱいに張り付かせたバルトが、意気揚々と魔力を紡ぎ始めた、その時。

 メリファトのからからと乾いた大地に絶え間なく響いていた、剣戟と呪文の声。
 その音の群れを割って、鋼が鋼を弾く鋭い音が一つくっきりと躍り出ると、落雷のように全員の鼓膜を貫いた。


to be continued
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