テノリライオン
灯り草 2
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corelli
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その日一日の道連れを求める声が飛び交い、常に冒険者達の発する活気に溢れるジュノ下層。
首尾良く仲間を集め終えたのだろう、一つの集団が雑談に花を咲かせていた。
首尾良く仲間を集め終えたのだろう、一つの集団が雑談に花を咲かせていた。
「……さて、今日の獲物は何にしましょう? 安全を考えるならクフィム島の大ミミズといった所だと思いますが――」
顔合わせからの他愛ないやりとりも一段落し、いざこれから向かう狩りの内容に触れたのは、傍らに竪琴を携えたエルヴァーンの男性。容姿に似合った涼やかな彼の声に、舗装された街道にどっかりと座り込んだヒュームの、同じく男性が応えた。
「いやぁ、俺はここしばらくあのミミズばかり相手にしていたから、たまには違う化け物を狩りたいな。地べたからうねうね生えるだけの軟体動物ばっかりじゃ暴れ甲斐がねぇって、俺のソウライも機嫌が悪いんだ」
自分が従える子竜の名前を口にしながら口元を緩める男。その言葉に、女性でありながらこの中では最も堅固に見える鎧を纏っているヒュームが答えた。その出で立ちから、すぐにナイトと知れる。
「ええと、いくつかパターンは考えてあるんですけど――」
彼女は少し遠慮がちな口調で、自ら声をかけて集めた面々に告げた。
「そうですね、ちょっと趣向を変えてということでしたら……もしよろしければ、同じクフィムでも少し頑張って、ダンシングウェポンあたりを狙ってみるのはどうでしょうか? 周囲によく気を配って戦えば、不可能ではないと思いますけれど……」
顔合わせからの他愛ないやりとりも一段落し、いざこれから向かう狩りの内容に触れたのは、傍らに竪琴を携えたエルヴァーンの男性。容姿に似合った涼やかな彼の声に、舗装された街道にどっかりと座り込んだヒュームの、同じく男性が応えた。
「いやぁ、俺はここしばらくあのミミズばかり相手にしていたから、たまには違う化け物を狩りたいな。地べたからうねうね生えるだけの軟体動物ばっかりじゃ暴れ甲斐がねぇって、俺のソウライも機嫌が悪いんだ」
自分が従える子竜の名前を口にしながら口元を緩める男。その言葉に、女性でありながらこの中では最も堅固に見える鎧を纏っているヒュームが答えた。その出で立ちから、すぐにナイトと知れる。
「ええと、いくつかパターンは考えてあるんですけど――」
彼女は少し遠慮がちな口調で、自ら声をかけて集めた面々に告げた。
「そうですね、ちょっと趣向を変えてということでしたら……もしよろしければ、同じクフィムでも少し頑張って、ダンシングウェポンあたりを狙ってみるのはどうでしょうか? 周囲によく気を配って戦えば、不可能ではないと思いますけれど……」
彼女が名を口にしたそれは、巨大ミミズよりもいくらか格上のモンスターだった。この日のリーダーである彼女の提案に、いいじゃん、と即答したのは竜騎士のヒュームだったが、「ミミズよりは金になるお宝を持ってそうだしな」という皮算用は、残る仲間達のかすかな不安を拭うものではなかった。
ふむ、と軽く考えるような空気が場に流れる。それを吹き払うように流れる風には、かすかに潮の香りが混じって冷たい。
ふむ、と軽く考えるような空気が場に流れる。それを吹き払うように流れる風には、かすかに潮の香りが混じって冷たい。
ナイトの隣に立つミスラが、大丈夫なんじゃない? と口を開いた。背に長いスタッフを斜めに帯びる彼女の声は、楽天的にからりと明るい。皆の問うような視線の中、ミスラはぴんと指を立てて歌うように言葉を続けた。
「実は私もここんとこクフィム続きでねぇ。まぁついこないだ、その場の勢いでウェポンに手を出した事があったんだけど。意外に何とかなったよ。勿論、その時のメンバーがそれなりに慣れていたって事もあるんだけど――」
そんなお気楽とも思える赤魔道士のセリフを聞いて、詩人が静かに口を挟む。
「ウェポン族の渾身の一撃はおそろしく重いです。下手をすれば一瞬で深手を負わされ、パーティー全体が窮地に陥る可能性もあります。そうそう侮れないと思いますが……」
思案げな彼の言葉を、今度は地べたに座る竜騎士がいなした。
「いや、その点は心配ないだろ。何しろ今日は、専属の白魔道士さんがいてくれるんだもんな」
そう言う彼の視線の先には、小さなタルタルの少女が一人佇んでいた。鮮やかなオレンジ色の髪を頭の左右でポンポンのように結った彼女は、雑踏を背にして泰然自若、沈着そのものの笑みを見せている。
その雰囲気とは裏腹に、お役に立てるかどうか――と謙虚な言葉を返す白魔道士。それを聞いたミスラは、白い歯を見せて言った。
「とんでもない。お役に立つどころか、頼りにしてるよ? やっぱり生死の瀬戸際で仲間の命を預かる事に関しては、白魔道士さんが一番の適任だからねぇ」
「しかも、それがタルタルと来れば尚更さ。ここぞという時の魔法の粘りなら、どう考えてもタルタル族がピカイチだ。いい人を拾ってくれたぜ、リーダーさん」
上機嫌でナイトに目配せし、よいしょと立ち上がった竜騎士が重ねて言う。
「タルタルの白魔道士と一緒のパーティーは『当たり』ってな。ま、何にせよ今日は、安心して狩りができそうだ」
「実は私もここんとこクフィム続きでねぇ。まぁついこないだ、その場の勢いでウェポンに手を出した事があったんだけど。意外に何とかなったよ。勿論、その時のメンバーがそれなりに慣れていたって事もあるんだけど――」
そんなお気楽とも思える赤魔道士のセリフを聞いて、詩人が静かに口を挟む。
「ウェポン族の渾身の一撃はおそろしく重いです。下手をすれば一瞬で深手を負わされ、パーティー全体が窮地に陥る可能性もあります。そうそう侮れないと思いますが……」
思案げな彼の言葉を、今度は地べたに座る竜騎士がいなした。
「いや、その点は心配ないだろ。何しろ今日は、専属の白魔道士さんがいてくれるんだもんな」
そう言う彼の視線の先には、小さなタルタルの少女が一人佇んでいた。鮮やかなオレンジ色の髪を頭の左右でポンポンのように結った彼女は、雑踏を背にして泰然自若、沈着そのものの笑みを見せている。
その雰囲気とは裏腹に、お役に立てるかどうか――と謙虚な言葉を返す白魔道士。それを聞いたミスラは、白い歯を見せて言った。
「とんでもない。お役に立つどころか、頼りにしてるよ? やっぱり生死の瀬戸際で仲間の命を預かる事に関しては、白魔道士さんが一番の適任だからねぇ」
「しかも、それがタルタルと来れば尚更さ。ここぞという時の魔法の粘りなら、どう考えてもタルタル族がピカイチだ。いい人を拾ってくれたぜ、リーダーさん」
上機嫌でナイトに目配せし、よいしょと立ち上がった竜騎士が重ねて言う。
「タルタルの白魔道士と一緒のパーティーは『当たり』ってな。ま、何にせよ今日は、安心して狩りができそうだ」
話題の中心に立つ小さな白魔道士は無言で微笑む。その沈黙の中には岩のような自信が漂っていた。背筋はすっと伸び、細めた目の奥の瞳は揺らぐことなく前を向いている。
その姿を見た詩人は笑みを浮かべると、「そうですね、彼女のバックアップがしっかりしていれば――」と穏やかに折れた。
正当な評価を受ける施政者のように誇らしげに、タルタルの彼女は皆の暖かい視線と言葉を余すところなく受け止めている。その背には細いスタッフ。頂に据えられている宝玉は吸い込まれそうに白い光をたたえ――間違いなく高価な、そして強力な宝具だ。
そうしてきれいに話はまとまり、これから命を賭けた戦いに赴くとは思えない和んだ空気が場を満たす中、詩人はのんびりとナイトに尋ねた。
「さて、6人で出立するにはもうお一方足りないようですが? 今の顔ぶれからしますと、更に必要なのは前線に立って下さる方、とお見受けしますけれど――」
その姿を見た詩人は笑みを浮かべると、「そうですね、彼女のバックアップがしっかりしていれば――」と穏やかに折れた。
正当な評価を受ける施政者のように誇らしげに、タルタルの彼女は皆の暖かい視線と言葉を余すところなく受け止めている。その背には細いスタッフ。頂に据えられている宝玉は吸い込まれそうに白い光をたたえ――間違いなく高価な、そして強力な宝具だ。
そうしてきれいに話はまとまり、これから命を賭けた戦いに赴くとは思えない和んだ空気が場を満たす中、詩人はのんびりとナイトに尋ねた。
「さて、6人で出立するにはもうお一方足りないようですが? 今の顔ぶれからしますと、更に必要なのは前線に立って下さる方、とお見受けしますけれど――」
彼の言うとおり、敵と刃を交える用意があるのはリーダーのナイトと、そして竜騎士のヒュームだけだった。
常にメロディを含んだような彼の問う声に、ナイトの彼女はたおやかな声で答える。
「あ、ええ。先程戦士の方に一人連絡がつきまして、了承を頂きました。もうそろそろ来られると思うんですけど――」
言いながらきょろきょろと辺りを見回す彼女。戦士さんか、と竜騎士が上機嫌で呟いた。
「なら益々安泰だな、とりあえずは打撃力に不足なしだ。いくら頼もしいって言ったって、まさか小さいソウライを前衛の一人に数える訳にはいかないからなぁ」
言って男はにやりと笑う。と、そんな竜騎士の軽口に、皆が笑いを返そうとするより早く――
常にメロディを含んだような彼の問う声に、ナイトの彼女はたおやかな声で答える。
「あ、ええ。先程戦士の方に一人連絡がつきまして、了承を頂きました。もうそろそろ来られると思うんですけど――」
言いながらきょろきょろと辺りを見回す彼女。戦士さんか、と竜騎士が上機嫌で呟いた。
「なら益々安泰だな、とりあえずは打撃力に不足なしだ。いくら頼もしいって言ったって、まさか小さいソウライを前衛の一人に数える訳にはいかないからなぁ」
言って男はにやりと笑う。と、そんな竜騎士の軽口に、皆が笑いを返そうとするより早く――
「とりあえず、とはご挨拶だな」
不敵な声が、彼らの動きを止めた。
「え――あ?」
慌てたナイトが声の主を探す。やけに下の方から――
「連絡をくれたのはあんただろ。待たせたな、戦士のルードだ」
全員の視線が落ちるように集まる中。
よろしく――と、背に大剣を帯びて現れたタルタルは眉一つ動かさずそう言って、軽く会釈をした。
口の端だけをかすかに吊り上げ、傲然と彼らを見上げる――いや、見回す重装備のタルタルに、一同は意表を突かれ、一瞬言葉を失う。
慌てたナイトが声の主を探す。やけに下の方から――
「連絡をくれたのはあんただろ。待たせたな、戦士のルードだ」
全員の視線が落ちるように集まる中。
よろしく――と、背に大剣を帯びて現れたタルタルは眉一つ動かさずそう言って、軽く会釈をした。
口の端だけをかすかに吊り上げ、傲然と彼らを見上げる――いや、見回す重装備のタルタルに、一同は意表を突かれ、一瞬言葉を失う。
――さあ、戦いは始まった。
ルードは、ふ、と鼻から息を吐く。
他者と組んで戦場に出る場合、彼の「戦い」は常に人より一足早く始まる。その合図は、仲間達が――これから共に戦うはずの仲間達が、彼を目にした瞬間ごく微か、しかし明らかに発する戸惑いの気配である。
前衛とは即ち「壁」だ。誰だって戦場で肩を並べる「壁」は大きい方がいいに決まっているし、自分と敵との間に立ち塞がってくれる「壁」は厚い方がいいに決まっている。
そこに現れる、彼という小柄なタルタル。彼らの心中は想像するに難くない。
ルードは、ふ、と鼻から息を吐く。
他者と組んで戦場に出る場合、彼の「戦い」は常に人より一足早く始まる。その合図は、仲間達が――これから共に戦うはずの仲間達が、彼を目にした瞬間ごく微か、しかし明らかに発する戸惑いの気配である。
前衛とは即ち「壁」だ。誰だって戦場で肩を並べる「壁」は大きい方がいいに決まっているし、自分と敵との間に立ち塞がってくれる「壁」は厚い方がいいに決まっている。
そこに現れる、彼という小柄なタルタル。彼らの心中は想像するに難くない。
背の高い連中から、よろしく、とか、こんにちは、とか、紋切り型の挨拶が返ってくる。
明るい声の裏には不安が。
礼儀正しい声の向こうには失望が。
素っ気ない声の背後には蔑みが。
どう思われようが構いやしない。もうそんなものには慣れっこだ、大した痛痒も感じない。しかし。
明るい声の裏には不安が。
礼儀正しい声の向こうには失望が。
素っ気ない声の背後には蔑みが。
どう思われようが構いやしない。もうそんなものには慣れっこだ、大した痛痒も感じない。しかし。
「……よろしくお願いします」
そう言って慇懃に頭を下げた白魔道士のタルタルの表情だけは、彼の神経を強烈に逆撫でた。
――何を好き好んで――。
まるで絵画に描く寓意のように。
笑顔の形に歪められた彼女の瞳が、そう語っていた。
様々な種族が集うこの場に於いて、唯一同じ高さの視線を持つにも関わらず――いや、だからこそ。
そのミクロ単位の棘には遠慮というものがなかった。
タルタルとして生まれながらに持てる精神力、そのアドバンテージをまるごと無視し、魔力を乗せるスタッフではなく腕力を乗せるソードを手にした同族に対して、彼女は侮蔑にも似た空気をちらつかせる。
一体何を好き好んで、選ばれた座から降りているのか――と。
笑顔の形に歪められた彼女の瞳が、そう語っていた。
様々な種族が集うこの場に於いて、唯一同じ高さの視線を持つにも関わらず――いや、だからこそ。
そのミクロ単位の棘には遠慮というものがなかった。
タルタルとして生まれながらに持てる精神力、そのアドバンテージをまるごと無視し、魔力を乗せるスタッフではなく腕力を乗せるソードを手にした同族に対して、彼女は侮蔑にも似た空気をちらつかせる。
一体何を好き好んで、選ばれた座から降りているのか――と。
……余計なお世話だ。
無表情に塗り込めた顔の下で、彼は吐き捨てる。
が、薄い微笑みを絶やさない白魔道士から目をそらし、ついでに意識からも追い出しても、なお細かい紙やすりのように己を薄く取り巻く「空気」からは逃れられない。
だからいつものように、ルードはそれを黙殺する。取ってつけたような明るさを振りまく彼らに混じり、戦いの舞台へと踏み出す。
無表情に塗り込めた顔の下で、彼は吐き捨てる。
が、薄い微笑みを絶やさない白魔道士から目をそらし、ついでに意識からも追い出しても、なお細かい紙やすりのように己を薄く取り巻く「空気」からは逃れられない。
だからいつものように、ルードはそれを黙殺する。取ってつけたような明るさを振りまく彼らに混じり、戦いの舞台へと踏み出す。
かくして。
戦場に出るたびに彼は、その身体と剣を以て、目の前に立ち塞がる敵と同時に背後の味方をも制圧しなくてはならないのだった。
戦場に出るたびに彼は、その身体と剣を以て、目の前に立ち塞がる敵と同時に背後の味方をも制圧しなくてはならないのだった。
* * *
「次! 来るぞっ!」
「魔力の残りは! まだ――」
「あ――あります! 大丈夫です!」
「いける! 回せ!」
「魔力の残りは! まだ――」
「あ――あります! 大丈夫です!」
「いける! 回せ!」
そして程なくルードは証明するのだ。
怒濤の絶海と淡雪に囲まれた不毛の地クフィム。周囲の戸惑いを押し切って彼がおびき寄せる怪物の影は途切れるということを知らず、恐ろしいスピードで彼らの背後に屍と経験の山を築かせた。
休息の一つも入れぬまま、しかし戦いは確実に続く。まるで延々続く導火線を走る火花のように。
仲間達の息遣い、魔力の残滓を的確に読み切る彼のセンスがそれを可能にするのか。誰もが疲れ切っているようで、しかし揃って膝を折った回数は片手で数えるほどだ。
喉と肺と注意力の限界に挑戦させられている詩人の脳裏に、「生かさず殺さず」という言葉がよぎった。
怒濤の絶海と淡雪に囲まれた不毛の地クフィム。周囲の戸惑いを押し切って彼がおびき寄せる怪物の影は途切れるということを知らず、恐ろしいスピードで彼らの背後に屍と経験の山を築かせた。
休息の一つも入れぬまま、しかし戦いは確実に続く。まるで延々続く導火線を走る火花のように。
仲間達の息遣い、魔力の残滓を的確に読み切る彼のセンスがそれを可能にするのか。誰もが疲れ切っているようで、しかし揃って膝を折った回数は片手で数えるほどだ。
喉と肺と注意力の限界に挑戦させられている詩人の脳裏に、「生かさず殺さず」という言葉がよぎった。
「――、また――!」
ナイトが呻き声を上げる。
もう何匹目か判らない。ダンシングウエポン――細い手足と複数の目、子供の悪夢に登場するような風貌の敵が、それまで牙を向けていた彼女にくるりと背を見せたのだ。
その先に居るのはルード。彼が浴びせた痛打が、化け物の怒りの矛先を奪っていた。
咄嗟に二者の間に割り込もうと動くナイトを尻目に、頭上に怪しくゆらめく剣を浮かべた怪物は――諸説によれば、その剣こそがこの生命体の「本体」らしい――生意気なタルタルを串刺しにすべく、両手を剣へと大きく振り上げる。
その瞬間、ルードが爆ぜた。
鋭く踵を返し、脱兎の如くという言葉のまま駆け出したかと思うと、自分に向けて威嚇のようなポーズをとる怪物から一気に距離を取る。
ロスト。振り上げられた枯れ枝のような手が、目標を失って忌々しげにだらりと垂れた。剣を突き立てるべき相手が見えなくなっては為す術がない。
「こっちを――向きな、さい!」
その隙を突いたナイトが盾を振りかざし声を張り上げ、再度敵の注意を引きつける。子竜の嘶きと共に竜騎士が空へ飛び、落下の勢いを槍に乗せて敵に襲いかかる。それを見計らったルードが、遠くから矢のように駆け戻る。
そして、まるで何事もなかったかのように――元の陣形が蘇った。
ナイトが呻き声を上げる。
もう何匹目か判らない。ダンシングウエポン――細い手足と複数の目、子供の悪夢に登場するような風貌の敵が、それまで牙を向けていた彼女にくるりと背を見せたのだ。
その先に居るのはルード。彼が浴びせた痛打が、化け物の怒りの矛先を奪っていた。
咄嗟に二者の間に割り込もうと動くナイトを尻目に、頭上に怪しくゆらめく剣を浮かべた怪物は――諸説によれば、その剣こそがこの生命体の「本体」らしい――生意気なタルタルを串刺しにすべく、両手を剣へと大きく振り上げる。
その瞬間、ルードが爆ぜた。
鋭く踵を返し、脱兎の如くという言葉のまま駆け出したかと思うと、自分に向けて威嚇のようなポーズをとる怪物から一気に距離を取る。
ロスト。振り上げられた枯れ枝のような手が、目標を失って忌々しげにだらりと垂れた。剣を突き立てるべき相手が見えなくなっては為す術がない。
「こっちを――向きな、さい!」
その隙を突いたナイトが盾を振りかざし声を張り上げ、再度敵の注意を引きつける。子竜の嘶きと共に竜騎士が空へ飛び、落下の勢いを槍に乗せて敵に襲いかかる。それを見計らったルードが、遠くから矢のように駆け戻る。
そして、まるで何事もなかったかのように――元の陣形が蘇った。
戦況を俯瞰する赤魔道士のミスラが、今日何度目かの息を呑む。
――信じられない。あのタルタルが敵の矢面に立つ瞬間は、決まってあの剣の一撃が来る時じゃないか――
――信じられない。あのタルタルが敵の矢面に立つ瞬間は、決まってあの剣の一撃が来る時じゃないか――
「く――」
竜騎士は知らず唸っていた。
タルタルの戦士が舞い戻って来る。味方なのに――その光景に、ぞくりと寒気が背筋を這う。
地表を丁寧に蹂躙する台風が――無慈悲に荒れ狂う台風の「目」が、迫って来るような――そんなあらぬ錯覚を――
「んだよ……こいつは!」
竜騎士は知らず唸っていた。
タルタルの戦士が舞い戻って来る。味方なのに――その光景に、ぞくりと寒気が背筋を這う。
地表を丁寧に蹂躙する台風が――無慈悲に荒れ狂う台風の「目」が、迫って来るような――そんなあらぬ錯覚を――
「んだよ……こいつは!」
前線に戻るなり、白魔道士から癒しの魔法が飛んで来た。
ルードは小さく舌打ちをする。まだ助けは必要ない。むしろナイトや竜騎士よりも、若干体力は余っているくらいだ。多少打撃を食らったとて、即座に沈んだりしない自信がある。
ルードは小さく舌打ちをする。まだ助けは必要ない。むしろナイトや竜騎士よりも、若干体力は余っているくらいだ。多少打撃を食らったとて、即座に沈んだりしない自信がある。
――そんなに信用ならねぇかよ。
振り抜いた剣を構え直し、化け物の背中越しにちらりと目をやると、遠く白魔道士の張り詰めた表情と目が合った。淡い雪原に映える髪のオレンジ色が、苛立ちの表れに見える。
いや、あれは――怒り――焦りか。
振り抜いた剣を構え直し、化け物の背中越しにちらりと目をやると、遠く白魔道士の張り詰めた表情と目が合った。淡い雪原に映える髪のオレンジ色が、苛立ちの表れに見える。
いや、あれは――怒り――焦りか。
――そうだな。信用どころか、出来の悪いガキを背負い込んだ委員長さんみてぇな顔をしてたもんな。
清水のように満ち溢れて身体を癒す「不信の証」。それを即座に使い尽くさんとばかりに、ルードは大剣を握る筋肉を引き絞った。
今や場の流れを司っているのは、予想に反して白ではなく鉄のタルタルだ。
引きずるように、巻き込むように。
一撃、また一撃と、ルードは敵もろとも、味方の固定観念を打ち砕いていく――
引きずるように、巻き込むように。
一撃、また一撃と、ルードは敵もろとも、味方の固定観念を打ち砕いていく――
to be continued