テノリライオン
灯り草 3
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暁日。
遙かバストア海の水平線から、白く灼ける太陽がゆっくりと顔を覗かせる。
遙かバストア海の水平線から、白く灼ける太陽がゆっくりと顔を覗かせる。
空へと昇る熱源は水平線を離れ、まるで舞台の緞帳のように左右に伸びる断崖絶壁を照らし出す。目もくらむばかりの崖の裾で、寄せる白波がかすかに砕けては散っている。
やがて光は岸壁の上へと這い上がる。そこに広がる無色の荒野を、天頂を目指し始めた太陽は静かに暖め始めた。
一面くすんだ色合いで統一された大地と、低いながらも人の足を拒むような岩山がそこかしこに隆起する。所々に点在する緑は、まるで沼沢に浮かぶ藻の塊ようだ。
そこにひときわ長く伸びる岩壁の、海に程近い場所にひとつ、人工的な穴が穿たれている。人の背丈の数倍ほどもする巨大なそれは、門だ。
岩に彫り抜かれた彫刻――と言うよりも、いっそ機材の搬入口のように無骨な門構えの上には、何かの記号にも似た青い紋章が頂かれている。そびえ立つがごとき、三本の煙突の形。
それら全てが、朝日の力でゆっくりと色彩を取り戻す中。
一羽のチョコボが門から勢いよく走り出た。
やがて光は岸壁の上へと這い上がる。そこに広がる無色の荒野を、天頂を目指し始めた太陽は静かに暖め始めた。
一面くすんだ色合いで統一された大地と、低いながらも人の足を拒むような岩山がそこかしこに隆起する。所々に点在する緑は、まるで沼沢に浮かぶ藻の塊ようだ。
そこにひときわ長く伸びる岩壁の、海に程近い場所にひとつ、人工的な穴が穿たれている。人の背丈の数倍ほどもする巨大なそれは、門だ。
岩に彫り抜かれた彫刻――と言うよりも、いっそ機材の搬入口のように無骨な門構えの上には、何かの記号にも似た青い紋章が頂かれている。そびえ立つがごとき、三本の煙突の形。
それら全てが、朝日の力でゆっくりと色彩を取り戻す中。
一羽のチョコボが門から勢いよく走り出た。
バストゥーク鉱山区とまばゆい朝日を背にして、まだ覚めきらぬ荒野を鮮やかな黄色い点が駆けていく。
ぐんぐんとスピードを上げて疾走する小柄なチョコボ。それを乗りこなすのは、やはり小柄なタルタル――ルードだ。
短く刈った灰色の髪が風に暴れている。細めた目はまっすぐ前を見て、弾むようなチョコボのリズムに短い手足で巧みに合わせている。動きやすそうな鎧をまとい、背には身の丈に迫る大剣。
戦支度の彼が一人目指すのは、遙かコンシュタット高地である。
ぐんぐんとスピードを上げて疾走する小柄なチョコボ。それを乗りこなすのは、やはり小柄なタルタル――ルードだ。
短く刈った灰色の髪が風に暴れている。細めた目はまっすぐ前を見て、弾むようなチョコボのリズムに短い手足で巧みに合わせている。動きやすそうな鎧をまとい、背には身の丈に迫る大剣。
戦支度の彼が一人目指すのは、遙かコンシュタット高地である。
* * *
「やっぱり、その剣はまだそこにあるらしいですよ――」
その日の前日。
不良少年が集まる港のたまり場で仲間に急かされ、息せき切って家へと戻ったジョーイ少年は、父親からその剣とやらの「噂」の詳細を聞き出して来た。
退屈している仲間達の期待に満ちた視線の中、少し緊張した面持ちの彼がルードに報告した所によると――
不良少年が集まる港のたまり場で仲間に急かされ、息せき切って家へと戻ったジョーイ少年は、父親からその剣とやらの「噂」の詳細を聞き出して来た。
退屈している仲間達の期待に満ちた視線の中、少し緊張した面持ちの彼がルードに報告した所によると――
つい先日のこと。衣料品などの雑貨を扱う交易商である彼の父親が月に一度の行商を終え、キャラバンを組んで隣国サンドリアから帰国した。
一口に隣国と言っても、サンドリアとバストゥークの間には複数の大地が横たわる。城塞都市サンドリアを囲む豊かな森ロンフォールに始まり、強い太陽が白磁の砂を照りつけるバルクルム砂丘、緑の風渡るコンシュタット高原、そして茶色い岩肌に囲まれた南北グスタベルグ。
飛空挺のパスを持たない一般商人は、地道にそれらの土地を移動して国と国の間を行き来する。彼らがその都度大仰とも思える大隊のキャラバンを組むのは、前述の土地全てに、獣人を始めとした人に害を為すモンスターが徘徊している為だ。
戦う術を持たない商人は、数と規模でその危機を回避するのである。
その日、彼の父が身を寄せたキャラバンは、コンシュタット高原にぽつんと佇む一件の屋敷の程近くを通りがかったのだそうだ。
こんな人里離れた所に――と、長引いた仕事の疲れに半ばまどろんでいた彼の父が、揺られる荷馬車から遠目にその景色を眺めていた、その時。
建物の扉がばたんと勢いよく開くや、数人の人影が這々の体でまろび出てくる姿を目にしたのだという。風に乗ってかすかに聞こえたのはどうやら口汚い罵声で、蹴散らされるように逃げ出す彼らの風体は遠目にも決して節度ある職業のそれには見えなかった。
穏やかでないその様子に一体何があったのかと訝しみながらも、その時は眠気に負けてしまった彼の父。かの屋敷にまつわる「噂」を彼が知ったのは、帰郷後に久しく会った同胞達と酒を酌み交わす席であった。
息子のジョーイが聞いた所によると、その噂とは――
一口に隣国と言っても、サンドリアとバストゥークの間には複数の大地が横たわる。城塞都市サンドリアを囲む豊かな森ロンフォールに始まり、強い太陽が白磁の砂を照りつけるバルクルム砂丘、緑の風渡るコンシュタット高原、そして茶色い岩肌に囲まれた南北グスタベルグ。
飛空挺のパスを持たない一般商人は、地道にそれらの土地を移動して国と国の間を行き来する。彼らがその都度大仰とも思える大隊のキャラバンを組むのは、前述の土地全てに、獣人を始めとした人に害を為すモンスターが徘徊している為だ。
戦う術を持たない商人は、数と規模でその危機を回避するのである。
その日、彼の父が身を寄せたキャラバンは、コンシュタット高原にぽつんと佇む一件の屋敷の程近くを通りがかったのだそうだ。
こんな人里離れた所に――と、長引いた仕事の疲れに半ばまどろんでいた彼の父が、揺られる荷馬車から遠目にその景色を眺めていた、その時。
建物の扉がばたんと勢いよく開くや、数人の人影が這々の体でまろび出てくる姿を目にしたのだという。風に乗ってかすかに聞こえたのはどうやら口汚い罵声で、蹴散らされるように逃げ出す彼らの風体は遠目にも決して節度ある職業のそれには見えなかった。
穏やかでないその様子に一体何があったのかと訝しみながらも、その時は眠気に負けてしまった彼の父。かの屋敷にまつわる「噂」を彼が知ったのは、帰郷後に久しく会った同胞達と酒を酌み交わす席であった。
息子のジョーイが聞いた所によると、その噂とは――
「手練れの冒険者の手を渡っていたらしいすげー武器が、あの屋敷に眠ってるんだって。この世に二つとないっていう、それなりに名のあるもので、だから誰かが護っているのは本当……みたいなんだけど……」
それまで勢いのあった少年の言葉が、そこまで言うと急に力を失う。
「……ただ、どうしてその武器が屋敷から出なくなっちゃったのかは誰にも判らないんだって。実はもう壊れてるからだとか、扱える奴がいなくなったからだとか色々言われてるみたいなんだけど――実際商人の聞きかじりじゃあ、本当の所はわかんないよなって親父は言ってた。だからその、兄貴がそこへ行っても」
それまで勢いのあった少年の言葉が、そこまで言うと急に力を失う。
「……ただ、どうしてその武器が屋敷から出なくなっちゃったのかは誰にも判らないんだって。実はもう壊れてるからだとか、扱える奴がいなくなったからだとか色々言われてるみたいなんだけど――実際商人の聞きかじりじゃあ、本当の所はわかんないよなって親父は言ってた。だからその、兄貴がそこへ行っても」
もしかしたら無駄骨に――と、ジョーイ少年はまるでそれが自分の責任であるかのように、もごもごと口ごもって言葉を終えた。あまり血湧き肉躍るものとは言えない彼の報告に、それを聞く不良少年達の間に軽く白けたような空気が流れる。
が、一人ルードだけは違っていた。尻すぼみな少年の話を聞き終わっても、退屈げに寝そべる体勢に戻るでもなく、何かを計算するような眼差しでじっと宙の一点を眺めている。
その硬質な反応に、もしや兄貴分の怒りを買ったのかとジョーイ少年はますます縮こまったが、もはやルードの瞳にそんな彼の姿は映っていなかった。
が、一人ルードだけは違っていた。尻すぼみな少年の話を聞き終わっても、退屈げに寝そべる体勢に戻るでもなく、何かを計算するような眼差しでじっと宙の一点を眺めている。
その硬質な反応に、もしや兄貴分の怒りを買ったのかとジョーイ少年はますます縮こまったが、もはやルードの瞳にそんな彼の姿は映っていなかった。
価値のないものに群がるハイエナはいない。
狙われるものには、狙われるだけの理由があるはずだ。
狙われるものには、狙われるだけの理由があるはずだ。
憧れの冒険者だ何だとさんざん仲間達に持ち上げられてみたところで、まだジュノに――世界の冒険者の“メッカ”にようやく慣れてきた頃という、冒険者としてはせいぜい駆け出しに毛が生えた程度の立ち位置にいる。それが自分だと、不敵な面構えの下でこのタルタルの戦士は涼やかに自覚していた。臆病な謙虚さとは違う、それは単なる「正しい認識」だ。
だから仲間達の憧れ交じりの賞賛にも、彼はせいぜい皮肉か苦笑いしか返さない。が、それがまた彼ら少年たちの想像力を刺激し、巡り巡って注ぐ更なる羨望の眼差しに閉口する――という罪のない悪循環にも、最近はいいかげん慣れてきた。
だから仲間達の憧れ交じりの賞賛にも、彼はせいぜい皮肉か苦笑いしか返さない。が、それがまた彼ら少年たちの想像力を刺激し、巡り巡って注ぐ更なる羨望の眼差しに閉口する――という罪のない悪循環にも、最近はいいかげん慣れてきた。
が。所詮は井の中の蛙である少年達から贈られるものとは言え、その賛辞そのものはあながち的外れとも言えなかった。
何故ならば、タルタルらしい旺盛な好奇心と、タルタルらしからぬ天与の戦闘センスに突き動かされるようにして活動するルードは、決まった冒険者とつるもうとしない一匹狼のようなスタンスを貫いているにも関わらず、この段階の冒険者にしてはかなりの数の「仕事」をこなしていたからだ。
勿論危険も多い。必要以上に手間のかかる事もある。それでも誰かとつるむ面倒よりはマシだった。
自分の苦労は、その過程も結果も含めて自分だけのものだ。人に委ねたり分散したりするのは、自分の成長の上での「損失」以外の何物でもない。彼はそう考える。
そんな過酷な生活の中でそれなりに磨かれ、養われてきた「勘」のようなものが今、彼に告げているのだ。
狙われるものには、狙われるだけの理由があるはずだと――。
何故ならば、タルタルらしい旺盛な好奇心と、タルタルらしからぬ天与の戦闘センスに突き動かされるようにして活動するルードは、決まった冒険者とつるもうとしない一匹狼のようなスタンスを貫いているにも関わらず、この段階の冒険者にしてはかなりの数の「仕事」をこなしていたからだ。
勿論危険も多い。必要以上に手間のかかる事もある。それでも誰かとつるむ面倒よりはマシだった。
自分の苦労は、その過程も結果も含めて自分だけのものだ。人に委ねたり分散したりするのは、自分の成長の上での「損失」以外の何物でもない。彼はそう考える。
そんな過酷な生活の中でそれなりに磨かれ、養われてきた「勘」のようなものが今、彼に告げているのだ。
狙われるものには、狙われるだけの理由があるはずだと――。
* * *
「――、……!」
朝焼けを迎える南グスタベルグの大地を、ルードは東から西へ駆け抜ける。そうしてぼちぼち北グスタベルクの入り口にさしかかろうかという頃、チョコボが切る風に乗って、何処からかかすかな叫び声がルードの耳に届いた。
物思いを打ち切り、彼は軽く首を巡らして音源を探した。戦いの匂いがする音には、ほとんど脊髄反射的に反応してしまう。
果たして彼の目に飛び込んできたのは、少し離れた場所で剣を振るう小さな人影だった。彼と同じ、しかしいかにも新米といった風情の、タルタルの戦士だ。 頑丈な甲羅を背負った二体のクゥダフを相手に、明らかな苦闘を強いられているのが判る。それを見て、ルードはふんと鼻を鳴らした。
朝焼けを迎える南グスタベルグの大地を、ルードは東から西へ駆け抜ける。そうしてぼちぼち北グスタベルクの入り口にさしかかろうかという頃、チョコボが切る風に乗って、何処からかかすかな叫び声がルードの耳に届いた。
物思いを打ち切り、彼は軽く首を巡らして音源を探した。戦いの匂いがする音には、ほとんど脊髄反射的に反応してしまう。
果たして彼の目に飛び込んできたのは、少し離れた場所で剣を振るう小さな人影だった。彼と同じ、しかしいかにも新米といった風情の、タルタルの戦士だ。 頑丈な甲羅を背負った二体のクゥダフを相手に、明らかな苦闘を強いられているのが判る。それを見て、ルードはふんと鼻を鳴らした。
このヴァナ=ディールで、人は冒険者になるとまず、町の外を徘徊する弱いモンスターを倒すことから“修行”を始める。祖国がバストゥークであれば、町の門を出てまず目につく野生の羊や二本足のトカゲ、地面からにょっきり生えるミミズなどが相手だ。そいつらを捕まえて新調したての剣を振るったり、覚えたての呪文を試したりして、彼らは己を鍛え始める。
腕が慣れてきたら、少しずつ町を離れて遠くへと足を伸ばす。すると大きな甲羅を背負って直立歩行をする亀、クゥダフに遭遇する。バストゥーク興国当初から炭坑夫をおびやかし悩ませてきた、地下にも棲む気性の荒い亜人だ。
それも倒せるようになれば、更に西へ。一際高い山あいの向こうに北グスタベルグを臨むあたりまで来た冒険者は、今度は世界中どこにでも見られる亜人、ゴブリンに挑むのだ。
勿論他ならぬルードも、多くの新米冒険者と全く同じその行程を経てきた。
ただ一つ違う所があったとすれば、その通過速度がまるで何かの早回し映像を見るが如きだったという事だろうか。
腕が慣れてきたら、少しずつ町を離れて遠くへと足を伸ばす。すると大きな甲羅を背負って直立歩行をする亀、クゥダフに遭遇する。バストゥーク興国当初から炭坑夫をおびやかし悩ませてきた、地下にも棲む気性の荒い亜人だ。
それも倒せるようになれば、更に西へ。一際高い山あいの向こうに北グスタベルグを臨むあたりまで来た冒険者は、今度は世界中どこにでも見られる亜人、ゴブリンに挑むのだ。
勿論他ならぬルードも、多くの新米冒険者と全く同じその行程を経てきた。
ただ一つ違う所があったとすれば、その通過速度がまるで何かの早回し映像を見るが如きだったという事だろうか。
送った視線の先で、飾り気のない剣と盾とを小さな身体で駆使し、しとどに汗を流しながら必死に大きなクゥダフと切り結ぶそんなタルタルと、ルードはちらり、と目が合った。
尋ねるまでもなく、そこには切羽詰まった限界の色が見て取れる。必死に助けを求める視線だった――が。
何を思ったか――または思わなかったか。ルードはふいとその目を逸らす。チョコボを駆る手綱を緩めることなく、彼はあたかも何も目撃しなかったかのようにあっさりとその場を後にする。
尋ねるまでもなく、そこには切羽詰まった限界の色が見て取れる。必死に助けを求める視線だった――が。
何を思ったか――または思わなかったか。ルードはふいとその目を逸らす。チョコボを駆る手綱を緩めることなく、彼はあたかも何も目撃しなかったかのようにあっさりとその場を後にする。
「体で覚えな」
その戦士に届きもしない、まるで放り捨てるような低い呟きだけを残し。
彼は無表情に前を見据えたまま、北グスタベルグへと去っていく。背後の剣戟が消えた。
彼は無表情に前を見据えたまま、北グスタベルグへと去っていく。背後の剣戟が消えた。
どどう、どどう――と、近づくにつれ腹の底に響いて来るのは、北グスタベルグの大瀑布の咆哮だ。
くりくり頭の短い髪を少し湿った風に躍らせ、色の濃い鼻頭にはかすかな水煙の匂いを感じながら、その高い高い瀑布を臨む大きな木の橋を、ルードは飛ぶように渡る。
遙か眼下で、岩をもえぐる程の膨大な落下エネルギーが、誰に利用される事もなく野放図に白い噴煙を上げている。彼はちらりと横目で、吸い込まれるようなその滝壺を見下ろした。
大地を貫かんばかりの怒濤、重力の全てを圧力に換えて叩き付ける水塊。
もしあの下に投げ込まれたならば、人間だろうがモンスターだろうが、その存在はひとたまりもなく磨り潰されてしまうのだろう。
ただ水が落下しているだけなのに、それは圧倒的な、力だ。
遙か眼下で、岩をもえぐる程の膨大な落下エネルギーが、誰に利用される事もなく野放図に白い噴煙を上げている。彼はちらりと横目で、吸い込まれるようなその滝壺を見下ろした。
大地を貫かんばかりの怒濤、重力の全てを圧力に換えて叩き付ける水塊。
もしあの下に投げ込まれたならば、人間だろうがモンスターだろうが、その存在はひとたまりもなく磨り潰されてしまうのだろう。
ただ水が落下しているだけなのに、それは圧倒的な、力だ。
ルードにとって、「戦士」という職業は単なる通過点に過ぎない。
己が最終目標を掴むに必要な技術、それを会得する為に踏むべき、単なるワンステップ。銀色の鎧に身を包み力の象徴たる剣を携え、立派に戦士としての体裁を整えながら、しかし彼の冒険者としての最終到達目標は、それとは違う所にあった。
そう、それらのステップを全てクリアする、いつか訪れるその日に。
彼は、闇に身を売り渡すのだ。
己が最終目標を掴むに必要な技術、それを会得する為に踏むべき、単なるワンステップ。銀色の鎧に身を包み力の象徴たる剣を携え、立派に戦士としての体裁を整えながら、しかし彼の冒険者としての最終到達目標は、それとは違う所にあった。
そう、それらのステップを全てクリアする、いつか訪れるその日に。
彼は、闇に身を売り渡すのだ。
忌むべき暗い淵へと赴く騎士だけが手に入れるのは、この世にあるまじき最強の打撃。
吸血鬼のように相手の力を奪い取り、病い人のように己をも蝕む事で辿り着く、最凶の破壊力。
戦士の技量もモンクの膂力も越え、小賢しい全てを黙らせねじ伏せ凌駕する、誰にもケチなど付けさせない、付けさせる前に叩き潰す、明確で圧倒的な勝利――。
吸血鬼のように相手の力を奪い取り、病い人のように己をも蝕む事で辿り着く、最凶の破壊力。
戦士の技量もモンクの膂力も越え、小賢しい全てを黙らせねじ伏せ凌駕する、誰にもケチなど付けさせない、付けさせる前に叩き潰す、明確で圧倒的な勝利――。
『暗黒騎士』。それが、タルタルとして生まれたルードが渇望する、己の姿であった。
彼の小柄で愛らしい体躯にそぐわない傲岸な瞳はまるで、喪われゆく旧い誇りに固執するエルヴァーン族を思わせる。が、その憤りは外にあらず、内――自分の望みの速度に追いつかない、自分自身に向けられているようでもあった。
――何もかもが遠い。それは人の何倍も。判っている。文字通り、身に染みて判っている。
だが、いつまでも叶わぬ望みではない。道がなければ拓けばいい。必ず実現するのだ。
昨日バストゥーク港で少年達に漏らした『魂刈りのヴロクダ』とは、そんな彼の目指す――陳腐な言い方をすれば、憧れの――暗黒騎士の名だった。
ヴロクダ。クリスタル戦争の影で、死神の如くに血塗られた武勲を立てたというその騎士を知る者は少なかったし、見も知らぬ他者に己の規範を求めるようなルードではなかった。 が、あちこち冒険をするうち耳にした様々な逸話の中で最も気に入ったそれを、まるで持たなかった師の面影のように、あるいは苛立ちに寝付けぬ夜に思い出すお伽噺のように、彼はいつしか胸に抱いていた。
勿論、自分にそんな青臭い心の動きがあることにもまた、彼はかすかな憤りを感じていたが。
ただその思いを昇華させるように、ルードはひたすら念じる。
力が欲しい。手段は問わない。闇との取り引きに与えるならば、それは高価ければ高価いほどいいはずだ。得るものの大きさに見合うような――
――何もかもが遠い。それは人の何倍も。判っている。文字通り、身に染みて判っている。
だが、いつまでも叶わぬ望みではない。道がなければ拓けばいい。必ず実現するのだ。
昨日バストゥーク港で少年達に漏らした『魂刈りのヴロクダ』とは、そんな彼の目指す――陳腐な言い方をすれば、憧れの――暗黒騎士の名だった。
ヴロクダ。クリスタル戦争の影で、死神の如くに血塗られた武勲を立てたというその騎士を知る者は少なかったし、見も知らぬ他者に己の規範を求めるようなルードではなかった。 が、あちこち冒険をするうち耳にした様々な逸話の中で最も気に入ったそれを、まるで持たなかった師の面影のように、あるいは苛立ちに寝付けぬ夜に思い出すお伽噺のように、彼はいつしか胸に抱いていた。
勿論、自分にそんな青臭い心の動きがあることにもまた、彼はかすかな憤りを感じていたが。
ただその思いを昇華させるように、ルードはひたすら念じる。
力が欲しい。手段は問わない。闇との取り引きに与えるならば、それは高価ければ高価いほどいいはずだ。得るものの大きさに見合うような――
「……っと」
大きな橋を渡り切ったチョコボが左へと身を翻し、ルードの視線を大瀑布から引き剥がした。すぐ左に続く段差を勢いよく駆け上がる。滝壺の威容に軽く気を取られ、遠心力に振られた彼は一つ舌打ちをする。鞍に座り直して体勢を整えると、彼は握っていた手綱からやおら右手を放し、背に斜めに負った大剣の位置をぐいと直した。
――馴染まない。
大きな橋を渡り切ったチョコボが左へと身を翻し、ルードの視線を大瀑布から引き剥がした。すぐ左に続く段差を勢いよく駆け上がる。滝壺の威容に軽く気を取られ、遠心力に振られた彼は一つ舌打ちをする。鞍に座り直して体勢を整えると、彼は握っていた手綱からやおら右手を放し、背に斜めに負った大剣の位置をぐいと直した。
――馴染まない。
一撃の大きさという点を重視し、彼は好んで大きな剣を帯びている。戦いのたび、その飢えにも似た期待を裏切らないだけの重厚な手応えを、この鉄塊は返してくれているのだが――
戦いの道具ならばそのほとんどを使いこなす優れた戦闘センスを有しているはずのルードの手に、この両手持ちの武器はどうにもしっくりこないのである。彼は心中で呟く。
(お行儀が良すぎるんだよ――お前は)
戦いの道具ならばそのほとんどを使いこなす優れた戦闘センスを有しているはずのルードの手に、この両手持ちの武器はどうにもしっくりこないのである。彼は心中で呟く。
(お行儀が良すぎるんだよ――お前は)
職種と同様に、彼には目指す戦闘スタイルがある。行く行くはそれを実現する為に、体が取ろうとしている動き――それに、大剣という武器は意外に馴染んでくれなかった。
言うまでもないが、剣とは刀身と鍔、そして柄により構成される武器である。柄は通常その剣の全長の五分の一前後の長さとなり、剣士はその僅かな部分を利き手で握って、その先にある鍛えられた刃を己が手とするのが常だ。
が、その剣が「大剣」となれば話は違う。使用者の身長にも及ぶ丈とその重量を前提とするため、片手で軽く握るようには造られていないのだ。故に基本的に両の手を添え、その力で柄を握らなくてはならなくなる。当然、両腕の筋力と桁外れの質量により繰り出される威力は倍増し以上となるが、反面取れる構えや動きが制限されてくるのも事実だ。いわゆる上段もしくは正眼の構えが基本となり、剣全体の重さを叩き付けるようにする分、両手で振り回す動作がどうしても鈍くなる。
刃の体積と重心の位置。力を得る為に柔軟さを犠牲にし、その柄に両手を「縛り付けられている」ような気持ちに、彼はなるのだ。
しかし、いかなルードとは言え――否、どれだけ鍛えられた剛の者であっても、自分の身の丈に迫る鉄塊を常時片手で扱うことなどまず不可能だ。そんな存在は間違いなく規格外である。
言うまでもないが、剣とは刀身と鍔、そして柄により構成される武器である。柄は通常その剣の全長の五分の一前後の長さとなり、剣士はその僅かな部分を利き手で握って、その先にある鍛えられた刃を己が手とするのが常だ。
が、その剣が「大剣」となれば話は違う。使用者の身長にも及ぶ丈とその重量を前提とするため、片手で軽く握るようには造られていないのだ。故に基本的に両の手を添え、その力で柄を握らなくてはならなくなる。当然、両腕の筋力と桁外れの質量により繰り出される威力は倍増し以上となるが、反面取れる構えや動きが制限されてくるのも事実だ。いわゆる上段もしくは正眼の構えが基本となり、剣全体の重さを叩き付けるようにする分、両手で振り回す動作がどうしても鈍くなる。
刃の体積と重心の位置。力を得る為に柔軟さを犠牲にし、その柄に両手を「縛り付けられている」ような気持ちに、彼はなるのだ。
しかし、いかなルードとは言え――否、どれだけ鍛えられた剛の者であっても、自分の身の丈に迫る鉄塊を常時片手で扱うことなどまず不可能だ。そんな存在は間違いなく規格外である。
両手剣、始めに打撃力ありき。が、それに付随してくるスタイルは、このタルタルにとっては不自由さでしかありえなかった。
どっしり地に構えるのもありだ。が、もっとアクロバティックでもいい。この小さな体を活かして、どうせ武器に振り回されるのならそれをも衝撃に変えていく。
その為には、多少トリッキーでも、扱い方をもっと自在に変化させられる武器の方がだんぜん有利だ。そして、それを可能にするだけのポテンシャルが自分にはある――。
どっしり地に構えるのもありだ。が、もっとアクロバティックでもいい。この小さな体を活かして、どうせ武器に振り回されるのならそれをも衝撃に変えていく。
その為には、多少トリッキーでも、扱い方をもっと自在に変化させられる武器の方がだんぜん有利だ。そして、それを可能にするだけのポテンシャルが自分にはある――。
『剣なら、兄貴がいただいちゃって問題ナシだよな』
チョコボが地を蹴る振動に揺られながら、悪友達の明るい言葉がちらりと脳裏に蘇った。無邪気に言ってくれやがって――と彼は口元を歪ませる。
チョコボが地を蹴る振動に揺られながら、悪友達の明るい言葉がちらりと脳裏に蘇った。無邪気に言ってくれやがって――と彼は口元を歪ませる。
まあ、不平ばかり並べていても仕方がない。まだしばらくの間、自分は大剣という武器を使い続けるのだ。
ならば、少しでも優れたものを求めるのは悪くないだろう。まぁ実際どれだけの逸物かは手にしてみなければ判らないが、なぁに、使えないものなら、あいつらに見せてやった後にとっとと売り払うだけだ。
ご丁寧に、その剣にべったり貼り付いて護っている奴がいると言ったな。 守護者だか何だか知らねぇが、そのくらいの張り合いはむしろ歓迎だ。港区の隅っこでくすぶっているあいつらに、目の覚めるような土産話を持ち帰ってやる――
ならば、少しでも優れたものを求めるのは悪くないだろう。まぁ実際どれだけの逸物かは手にしてみなければ判らないが、なぁに、使えないものなら、あいつらに見せてやった後にとっとと売り払うだけだ。
ご丁寧に、その剣にべったり貼り付いて護っている奴がいると言ったな。 守護者だか何だか知らねぇが、そのくらいの張り合いはむしろ歓迎だ。港区の隅っこでくすぶっているあいつらに、目の覚めるような土産話を持ち帰ってやる――
吹き付ける風を切り裂き、一人と一羽は土埃の北グスタベルグを後にする。
続く岩山の間隙を抜け、南から北へと蛇のように続く隘路へ。広く地面を彩り始める緑色が、行く手に待つ大草原を予感させた。
続く岩山の間隙を抜け、南から北へと蛇のように続く隘路へ。広く地面を彩り始める緑色が、行く手に待つ大草原を予感させた。
* * *
「……もう逝っちまっただろ」
薄暗い口を開けるグスゲン鉱山のとばくちに、ねっとりとした人の声が響く。
外に広がる草原の光は、声のする所にはぼんやりとしか届かない。坑道へと続く洞窟の中、中途半端な闇を心地よさそうに纏って思い思いに座り込むその数名の男達は、暗く勝ち誇ったような含み笑いを上げた。
外に広がる草原の光は、声のする所にはぼんやりとしか届かない。坑道へと続く洞窟の中、中途半端な闇を心地よさそうに纏って思い思いに座り込むその数名の男達は、暗く勝ち誇ったような含み笑いを上げた。
「最低の労力で最大の効果、ってやつだな。 種をまいたら、後は鼻歌でも歌いながら収穫を待ちゃあいいのさ」
ゆっくりとたなびく煙草の煙の向こうから、頷く気配と共にまた声。
「それが賢い。 バカみたいに転がってくる大岩は砕くもんじゃねぇ、避けるもんだ。頭より先に体が動いちまう元気な奴らが、真っ向ぶつかって無様なガマガエルみてぇに薄っぺらくなっちまう」
いかにも余裕綽々といった声に、また違う声が野次を飛ばす。
「へっ、見てきたような事を言いやがって。お前だってその大岩に足を踏んづけられて、半ベソかいてたくせによ」
複数の歪んだ笑い声が漏れる。魔法によって今はとっくに治癒した足首で岩壁を蹴りつけながら、笑われた影は苛立たしげに唸った。
「うるせえ。そのクソ岩も今じゃ、地面に鼻っ面つっこんで身動き取れなくなってるだろうさ――おら、とっとと行くぞ。今度は悠々フリーパスだ。目指すお宝の前まで、ついでにふかふかの赤絨毯でも敷いといてもらいたい所だぜ」
「判った判った、そうイキんなって」
冷やかすような薄ら笑いと共に、影たちが大儀そうに腰を上げる気配。薄い鉄が擦れ合うような響きは、坑道の奥に棲むワイトの足音に似ていた。
ゆっくりとたなびく煙草の煙の向こうから、頷く気配と共にまた声。
「それが賢い。 バカみたいに転がってくる大岩は砕くもんじゃねぇ、避けるもんだ。頭より先に体が動いちまう元気な奴らが、真っ向ぶつかって無様なガマガエルみてぇに薄っぺらくなっちまう」
いかにも余裕綽々といった声に、また違う声が野次を飛ばす。
「へっ、見てきたような事を言いやがって。お前だってその大岩に足を踏んづけられて、半ベソかいてたくせによ」
複数の歪んだ笑い声が漏れる。魔法によって今はとっくに治癒した足首で岩壁を蹴りつけながら、笑われた影は苛立たしげに唸った。
「うるせえ。そのクソ岩も今じゃ、地面に鼻っ面つっこんで身動き取れなくなってるだろうさ――おら、とっとと行くぞ。今度は悠々フリーパスだ。目指すお宝の前まで、ついでにふかふかの赤絨毯でも敷いといてもらいたい所だぜ」
「判った判った、そうイキんなって」
冷やかすような薄ら笑いと共に、影たちが大儀そうに腰を上げる気配。薄い鉄が擦れ合うような響きは、坑道の奥に棲むワイトの足音に似ていた。
to be continued