テノリライオン

チョコボレースの正しい負け方 後編

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「……バリスタっ!?」

 メリファトを疾走する二人の進路が南下へと移り変わった瞬間、彼らの口から同じ叫びが漏れた。

 ソロムグ原野から進入してすぐ東。 正面にそびえる岩山をかすめて、その南に大きく広がる大地に飛び込む。
 すると程なく、禍々しい無色の虹のように横たわる巨大な「背骨」が見えてくる――はずだった。
 が、その光景よりも早く、大きく両手を広げて突然二人を迎えたのは、まるで戦場のような――いや、戦場そのものの、大地を飛び回る幾多の怒号と人影と剣戟だった。

(こんな時に……っ!)

 バリスタだ。
 定期的に開催される、冒険者による国対国の模擬試合。 それがいつにない大規模で、二人の前にまるで殺意に満ちた麦畑のように広がり立ち塞がっている。
 プリシラはぐっと息を詰めて姿勢を低くすると、手綱を短く持ち直した。 南下直進がここの最短距離なのだ。 迂回などできない。 このまま突っ切るしか――!!

「うおおっ!」
 響いた怒号は銀色の鎧を着込んだガルカのものだった。 誰に向けてか振り上げられたその巨大な斧に分かたれるように、ジャンとプリシラは左と右にばっと飛びすさる。

「――ぇっ!!」
 抑えた雄叫びを上げながら、プリシラは刃と魔法の渦巻く中に飛び込んだ。
 戦場を駆け抜ける、という言葉が比喩ではない。 流れ飛ぶ炎や雷をかいくぐり、閃く刃を紙一重でかわし、ルークと呼ばれる浮遊塔の後ろを滑り抜け、大きく切り結ぶ戦士達の合間を縫うようにしてひた走る。 剣戟が耳をつんざく。 魔力が空気を歪ませる。
 チョコボは速度を落とす事をしない。 狂ったように手綱を繰る隙を縫って、プリシラはコンパスに視線を走らせた。 南。 真南。 どうにかキープしている。
「危ないっ!」
 高い女性の声に弾かれて視線を上げる。 すると彼女の目の前、もう少しで開ける視界を切り裂くように、ギロチンさながらの巨大な鎌が――
「!!」
 プリシラはチョコボの首に抱きつくようにして、がばと身を伏せた。 同時に手綱も思い切り下に引く。
 頭上の空間を、恐ろしい唸りを上げて銀色の刃が薙いでいった。

「はぁっ!」
 勢いよく水面から顔を出すように、プリシラは大きく息をついて身を起こした。
 ぱぁん、と音がしそうにまっさらに開けた視界。 無事バリスタの戦場を抜けたのだ。
 幸運にも進路はそう逸れていなかった。 次に辿るべき山麓のすそがはっきり見える。 陽炎のように浮き上がるその山影は、プリシラのほぼ正面で彼女を待っていてくれた。
 熱い風に髪をそよがせ、プリシラは素早く周囲を見回す。

 もう一羽、彼女と共に南を目指す黄色いチョコボの姿は、彼女よりもいくらか西寄りで群集を抜けていた。
 ロスだ。 南へ向けて走る為にはもう少し東の、つまりはプリシラのいるあたりまで進路を寄せてからでないと、段差に阻まれて進むことができない。
 不測のアクシデントによるものなのは少々不本意だけれど、リードはリードだ――そう思ってふっとほくそ笑もうとしたプリシラの口元が、不意に凍りつく。
 背後に着けようと寄って来る黄色いチョコボの背で風を切るジャンの頬に、べっとりと赤い色が見えたのだ。
「……!」
 思わず息を呑んで、プリシラは大きく体を捻って振り返る。 それは冒険者である以上見慣れた光景ではあったし、彼の顔にも苦悶の色は見えない。 けれど――

 と。
 プリシラの表情が驚きに曇ったのに気付いたらしい彼は、にっと笑って見せると、手の甲で無造作にその頬をぐいと拭った。
 赤い色が刷いたように消える。 その跡に新しい血が流れる気配はなかった。
 どうやら怪我を負ったのではなく、偶然浴びた誰かの返り血か何かだったようだ。

 ほ、と安堵の息を漏らす彼女に向け、戦場で肩越しに見せるような不敵な笑顔を返すジャン。 それにつられたプリシラの顔に、挑み返すような笑みが戻る。
 彼の鋭い視線が彼女を追い越し、行くべき南にまっすぐ向けられると同時に、彼女もその面をきりっと引き締めて正面に向けた。
 そして舞い戻りまた二人を包み込むのは、チョコボの奏でる重厚な足音と流れる風の音――

 薄紫の花が群生する坂を、順位を変えた二人が勇敢な蜂のようにすり抜けていく。 肉厚の花たちからぐんぐん遠ざかり小さくなる黄色い影は、見る間に山あいの道へと吸い込まれ消えていった。
 その向こうはタロンギ大渓谷。 ウィンダスが近い。 ゴールが近い――


  *  *  *


 手綱を握る手のひらが、じっとりと汗ばんで不快に滑る。
 前屈みの背中が辛い。 踏ん張る膝が笑い始めている。 途切れる事を許されない緊張が、目の奥の脳をじりじりと焼いているようだ。
 行く手にあるもの全部が敵に見えてくる。 鳥の足をつまずかせる僅かな段差も、視界を阻む大きなサボテンも、そこから無遠慮に飛び出してくる小さなモンスターも。
 普段はゲームのようにひらりひらりとかわして進むそれらを、今日という今日は全部全部、雄叫びと共に巨大なブルドーザーで根こそぎ削って剥がして平らげてしまいたかった。

 いつもの何倍もの消耗は、いつもの何倍もの集中のせいだ。
 ぴったりと後ろに着ける彼のチョコボの足音が、彼女の背中を絶え間なくどやしつける。
 大した運動などしていないのに息が切れる。 疲労の色の濃い両目を一瞬ぎゅっと瞑って開くと、プリシラは大きく深呼吸をした。 最初の目的であったはずのタイムの事など、もはや意識のどこにも残っていなかった。

 タロンギ大渓谷のやや西寄りを軽くうねりながら南下する道は、まるで水のない川のように刻々とその深さを変えて進む。
 ひとたびその溝に落ち込もうものなら、道とその周辺の土地が同じ高さになるまでそこから抜け出ることはできなくなってしまう鋭い崖道だ。
 そんな強引な道筋に身を委ねる者など、このレースを極める猛者の中には一人も居はしない。

 人影の代わりに土煙の舞う渓谷の大地を、怒涛の如く二人は南下する。
 そしてその中盤、西から張り出す山すそをかすめた時に、それは起こった。

 二人の左手を流れる街道が、緩く右にカーブを描き出す。 最終的に渓谷の出口へと向かうこの道の、いつも右側をなぞるようにしてプリシラは走っていた。
 自然に右へとチョコボの鼻先を振る彼女。 しかしその脳裏をふとした予感が襲った。 考えるよりも先にちらりと背後を振り返る。
 と――その目に映ったのは、ジャンの乗るチョコボが白い道をひらりと跨いで、彼女とは逆の左手へと消えていく光景だった。

「……!」
 またコースが違う。 反射的にジャグナーでの苦渋を思い出すプリシラの背筋を、ぞわりとした悪寒が襲った。

 あえてこの道を跨いで左側へと進む場合、後でもう一度これを跨ぎなおさなければならない。
 プリシラはそれを嫌った。 段差のつまずきが怖いのだ。
 決められた時間内でチョコボを運搬する、それだけが目的なら右側を走ることは何の問題もない。 が――ほぼ拮抗するレースのルートとして、この2つのコースを比べると……

 プリシラはチョコボを細かく操りながら、タロンギの地図を思い浮かべる。 自分とジャンの辿るルートを白い線で描く。
 うっすらと汗をにじませる彼女の眉根が寄った。

 僅かに、左側の方が距離が短いか――!

 緑をほとんどまとわない、どこか荒涼とした表情の茶色い山並みがプリシラの目の前に姿を現す。 まるで巨大な壁――あの向こうがサルタバルタだ。
 その壁の中を縫う、針のように細い山道をこれから駆け抜けなければならない。
 祈るような気持ちで山道の入り口を目指すプリシラ。 どう来る。 どう走った。 あの男はどこから現れる――!

 次の瞬間。 左手の坂を、まるで油の道を走る炎のように猛然と駆け上がってきた黄色い影が、瞬く間にプリシラと山道の入り口の間に割り込んだ。
 思わず小さく呻く彼女を、騎手は振り返る事すらしない。 もはや抜かせないつもりなのだ。 黒髪のエルヴァーンの広い背中が、先程までのどこか軽薄な雰囲気から一転、勝負に賭ける気迫を放っている。

 二頭のチョコボは狭い山道になだれ込む。 完全に道筋を記憶している二人は、擦る壁に火花を散らさんばかりの正確さで最も無駄のない壁沿いを走る。
 ここで抜こうと試みることは自殺行為だ。 段差を含んで左右にうねる狭い道では、過剰な寄せも勝負のまくりも無駄な動きは全てロスに繋がってしまう。
 しかしここを抜けてしまえば、後は――

 広い広い、障害物などないに等しい、ゴールまでただ一直線にひた走るだけの終わりの草原、

 プリシラにとって、いつもは安らぎの、今日は絶望の、サルタバルタ――


  *  *  *


 鈴のようにさえずる小鳥の明るい声が、遠く近くプリシラに囁きかける。

 ――駄目だよ。

 ――抜けないよ。

 傾き始める太陽に抱かれた暖かい風が、言葉のようにプリシラの耳を撫でる。

 ――もう無理さ。

 ――負けだね。

 プリシラは、目の前をまっすぐ走るジャンの背中を凝視していた。
 周囲を流れるうららかな景色など、全く目に入っていない。

 無理だ。 もう抜けない。

 ジャンは、つまずいたりしないだろう。
 サルタバルタの入り口からウィンダスまでの道のりは、まるで光線のようにストレートでフラットなのだ。 呪わしいぐらい見晴らしのいいこの草原において、何かを見落としてくれという希望を抱く事はむしろ滑稽だった。
 悪魔の蔦が湧き上がって彼をからめ取りでもしない限り、神のいたずらが彼の時を止めでもしない限り、今この土地で彼の前を走ることは、もうできない。

 ジャンのチョコボが高い崖を蹴り、ひらりと宙に舞う。
 重い放物線を描いて、最後の草原に着地する彼の黄色い鳥。 自分の背で呆けているプリシラの指示など待たず、彼女の乗るチョコボは仲間の後に続けて跳んだ。

 浅い川を突っ切る。 荒々しい水音と大きな波紋を川面に残して、大地に戻ったチョコボ達は駆ける。 宝珠のように黒いつぶらな瞳に故郷のサルタバルタを映し、彼らのねぐら、ウィンダスの厩舎に向けて、ひたすらに、まっすぐに。


 ――どうしよう。 どうしよう――

 プリシラは頭の中で、子供のようにそればかりを繰り返していた。
 今やゴールに向けて、敗北に向けてただ引きずられているだけの自分。 その現実を、彼女は否が応でも痛感させられる。

 ――ああ、このままゴールを迎えてしまったら。
 これを降りたら。 降ろされたら――

 チョコボが地を蹴る音と自分の鼓動との区別がつかない。 いつのまにか手が震え出していた。
 上ってくる血に熱くなる、紅も引いていない唇を噛み締める。 これが彼の求める賞品だというのだ。
 レースの前までは何かの抑制剤のように顔を見せていた不満や苛立ちは、もはや影も形もなかった。 かと言って絶望も屈辱も覚える事無く、ただただうろたえ芯から恥ずかしがっているばかりの自分に、彼女は屈服しそうになる。

 ――頬だって何だって、そんなの、そんなの無理よ。
 大体、大体がよ、そういう大事な――意思表示みたいな事は……!!

 ウィンダスの門を抱く岩肌が、二人の行く手に見えてきた。
 プリシラの呼吸が止まる。 と、不意に目の前の黒髪が、ひょいと振り向いた。
 少し情けない顔でひくっと息を呑む彼女に、弾けるような満面の笑顔を贈るジャン。 そして彼は両の手綱を手放すとチョコボの上で勢いよく両腕を広げ天を仰ぎ、神も照覧あれとばかりの誇らしげな鬨の声を響かせた。

「可愛いプリシラよ! さあ、俺にキスしてくれ!!」

 その勝利の言葉を聞いた瞬間。
 プリシラの中で、何かがぷちんと切れた。


 ―― 負けたから仕方なくなんて、そんなのは、嫌 ――!!


 ……こんな暴挙に出た者が、かつてこの歴史上に居ただろうか。

 何を思ったかプリシラは、チョコボの背の上でまるで曲芸のようにばっと立ち上がったのだ。
 そしてそのまま勢いをつけ、思い切り鞍を蹴って――

「うわっ!!」

 ジャンは、突然背後から襲った衝撃に驚きの悲鳴を上げた。
 が、次の瞬間、自分の首っ玉に巻き付くように飛びついたのがプリシラの腕だと気付く。
 その腕に体重ごとバランスをかっさらわれて地に落ちる寸前、彼は運動神経の全てを使って思い切り身を捻った。

 落馬ならぬ、落鳥。
 かろうじて自分の体を彼女の下に持って来ることに成功したジャンと、捨て身の大技で彼を鞍の上から叩き落したプリシラの体は、チョコボの走る勢いのまま放り出されるようにもんどりうって、傍らの草むらに突っ込んだ。
 突如として主を失った二羽のチョコボは、クェッ、と不思議そうに一声啼くと、そのまま連れ立ってウィンダスの方向へと軽やかに走り去っていった。
 懐かしい厩舎で待っているはずの、暖かく柔らかい寝藁と大好きな干草と水で、長い距離を走り終わった彼らの心はいっぱいに違いないのだった。


  *  *  *


「……い、ったた……」

 むせ返るような草の匂いが鼻を突く。 小さく呻いて、うつ伏せに倒れていたプリシラは両腕に力を込めた。
 そして気付く。 自分の体が、地面でなく、何かの上に乗っている。
 はっと瞼を開き、顔を上げた。 と、目と鼻の先――少し土をつけ、うっすらと瞳を開いた、ジャンの浅黒い顔が目に飛び込んできた。
 声にならない声を上げ、大慌てで体を起こそうとする……が。 いつのまにかプリシラの頭の後ろに回っていた大きな手のひらが、離れようとする彼女の動きを阻んで――

「――――――っ!!」

 2秒の後。 プリシラは両手で口元を覆い、がばと身を撥ね起こした。
「ぃ――よっしゃぁーっ!」
 そんな彼女の下で仰向けに寝転んだまま、ジャンは会心の笑顔で空へ拳を突き出し最高に幸せそうなガッツポーズを取っている。
「――っ、ちょ――ちょっと! ちょっとぉ!!」
 もはや茹でダコも驚くほどに真っ赤な顔をしたプリシラは、甲高い抗議の声を上げた。
「ほ……っぺって、言わなかったっ!? は、反則! 契約違反よぉっ!」
「はっはっは、何を言うのかお嬢さんよ」
 しれっと余裕の笑いを浮かべるジャンは、そのまま両腕を伸ばすとぐいとプリシラを抱き寄せた。
「や――こらぁっ! は、はな――」
 プリシラは彼の腕の中でもがくが、何故か決定的な力が入らない。 彼女の心臓ではまだ大きなチョコボが全力疾走をしていた。 そこにこの上なく楽しそうなジャンの声。
「いやー、まっさか体当たりでチョコボから引きずり落とされるとは思ってなかったぜぇ? 危険騎乗、走行妨害、試合放棄だな。 つーことでお前さんの反則が先。 んで、あのまま行けば俺が勝ちだったから、違反分を褒賞に上乗せでアップグレードってわけだ。 OK?」
「お――OKじゃ、なぁぁいっ!!」

 ごろんと寝転がったままで嬉しそうなジャンはプリシラを離さない。 彼女は叫びながら手当たり次第に彼の体をばたばたと叩いてみせるが、続く耳元の低い囁き声にぴたりとその手と声が止まった。
「意地張るなって。 俺が要求した賞品に、お前さんはついに一回も嫌だとかダメだとか、だったらやめようとか言わなかったぞ。 ちゃーんと一言一句チェックしてんだから、今更慌てて見せたって、ダーメ」
「……く、う、ぅー……」
 サルタバルタの空に向けてからからと笑うジャンの暖かい腕の中で、プリシラは虚しく弱々しく、彼をぺちぺちと叩き続ける――

「……か、勝つつもりだったもの! だって先週のあんたのタイム、私より4秒も遅かったじゃない、だから大丈夫だろうって……」
 ようやく贅沢すぎる賞品のお役目から解放されたプリシラ。 くしゃくしゃに乱れた髪をなでつけながら、火照りの収まらない顔でぼそぼそと言う。
「んー? ああ、あれなー」
 ぺたんと地べたに座る彼女の横で身を起こしながら、ジャンは思い出したような含み笑いを漏らす。
「俺は、4秒差、としか言ってませんよ、お嬢さん」
「――え?」
 きょとんと顔を上げるプリシラ。 彼女の栗色の髪についていた草の切れ端を払ってやりながら、ジャンは思い切りいたずらっぽい口調で言う。
「例のレコードが、27分30秒。 お前が36秒。 で、俺は32秒だ。 まあつまりは、お前より4秒、速かった訳だな、うん」

 ぽかん、と口を開けて彼を見るプリシラの顔が、みるみるうちにさっきまでとは違う赤色に染まっていった。
「なっ――ず、ずるーいっ! なにようっ、私より速かったって言うの? な、何で黙ってたのよぉっ!?」
「だって聞かれなかったもーん」
 今にも噛みつかんばかりのプリシラの抗議に、ジャグナーとタロンギの見事な走りでその4秒の差を見せ付けたジャンは、愉快そうにあさっての方向を向きながらそんなことを言うのだった。

「も、もう、もう――」
 まなじりを吊り上げながら叫んで、プリシラは勢いよく草むらから立ち上がる。
「もう一回っ! 来週もう一回勝負よ、今度こそ勝ってやるんだから! ルートも引きなおす!」
「お、やるか? いいぜいいぜ、何ならさっきのルートも教えてやろうか」
「いいっ!!」
 叩きつけるように言ってくるりと踵を返し、ウィンダスの門へと向かうプリシラを悠々と追いながらジャンは歌うように呟く。
「ふふーん、それじゃ次の賞品は……」
「次にあんたが賭けるのは土下座よっ!」
 くるりと振り向いて叫ぶプリシラ。
「わざと黙っててすみませんでした、って謝ってもらうんだから! それと、私のファースト……っ」
 勢いで言ってしまってからぼっと頬を染める彼女は、それを聞いて実に嬉しそうな笑みを浮かべるエルヴァーンから慌てて目を逸らすと、ずんずんと逃げるように歩き出す。
「いやー、そうかそうか、そうだったか。 そりゃー責任を取らなきゃいけないなー」
 走りもせずにあっさり彼女に追いついて、その肩をぽんと抱くとジャンは朗らかに言った。
「よし、次回は必ずお前さんが勝つと言うなら、俺は破格の賞品をもってそれに応えよう」
 思い切り拗ねたように、何よ、という視線で彼を見上げるプリシラ。 その先で、もう何度見たか知れない性悪のいたずらっ子のような笑顔が言った。

「俺の貞操」
「ばかー!!」

 肩に置かれた彼の手をべちーんと叩いて、頭から湯気を上げながらウィンダスの門へと小走りに駆け込むプリシラの背中に、微笑むジャンは口の中で呟いた。


 ――ほらな、やっぱりダメとは言わないだろ――


 何処からか、クエッ、という黄色い鳴き声が、風に流れて聞こえてきた。



End
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