テノリライオン
Blanc-Bullet shot4
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匿名ユーザー
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「ターゲットは?」
「メリファト山地のラプトル、Daggerclaw Dracos。 格闘武器を持っているらしいね」
「競争率は?」
「同業者のいる可能性はあると思う。 モンクの間でそれなりに取引のある武器だそうだから」
「強さはどのくらいかしら」
「力は大したことはないし、ライフルが二発も入れば確実だと思う。 毒性や病気、麻痺を持った攻撃をするようだけど、それは僕が処理できるから問題ない」
「了解」
* * *
高低差の激しいメリファトの大地が、僕らの目の前に広がっていた。
天気は薄曇り。 その皮膜を通した日の光はごつごつとした大地の陰影をあまり際立たせず、今はどことなくのっぺりとした一枚の絵のような風景を見せている。
その大地の向こう、砂埃を透かして遥か遠く北、巨大と言うのも追いつかないほどに大きい白い背骨のような物体――ドロガロガ(天竜)の背骨、と呼ばれるらしい――が、もはや地形の一部となり果てて西から東へと低い低い虹のように掛け渡されている。
あれがもし、本当の背骨だったら――
僕は少し高くなった絶壁の淵に立って、白地に赤い三角の模様があしらわれた衣装の裾を風にはためくに任せながら、ぼんやりとそんな思考を泳がせる。
あれが天竜とやらの背骨だったら。 この乾いた大地の皮一枚下には、巨大な竜がうずくまっていると言うのだろうか。
だとしたら、そいつにはどう聞こえているのだろう。 僕らの足音や話し声、繰り返し剣を交える音、そして地に崩れ落ちる絶え間ない音が。
――聞こえていたからどうなんだ、とでも言わんばかりに、からからとつやのないモノトーンの虹はただ宙に横たわって、砂塵にその身を擦られるに任せている。
そう、僕らにとってその一つ一つはいちいちドラマでも、そいつにはきっと木から落ちる枯葉の一枚、風に滑る砂の一粒ぐらいの重さしかなくて――――
「どう、居そう?」
不意に背後から声がかけられた。 僕は遠くなっていた瞳の焦点をふっと近くに引き戻し、具にもつかない物思いをすっぱり中断する。
「いや。 今の所、何も」
高台からざっと見回しても白と青の縞模様のラプトルの姿は今は見えず、ごく稀にチョコボでさっさと通り過ぎる人影があるだけだった。 僕は軽く答えながら振り返り、すぐそこで立膝に座って銃器の準備をしているグレーティアに歩み寄った。
ブレイクオープン――銃身と銃把の間で蝶番のように開きそこから一発ずつ弾丸を込めるタイプの、作りは簡素ながら高い精度を保つ中型のライフル。
軽く構えてスコープを覗いている。 すっと目を離し、細い手が滑るように動いたかと思うと銃身を折るようにしてがちんと弾倉を開き、慣れた手付きでグレーティアは最初の一発を込める。
少し弾みをつけて、じゃきんとライフルが元の姿に戻った。
いつ見ても、何度見ても、不自然でないことが不自然なような――むずむずする光景だ。
細身の二つの生き物が寄り添って、一つの目標に向けて互いを研ぎ澄ましているような、不思議な親密さに僕はある種の感慨を覚える。
ごつい男が取り回すガンはまごうかたなき凶器でありツールであり、馴染むに従ってその者の腕の一部であるような印象を周囲に与え始めるものだけれど。 グレーティアの場合はどこか――そう、長年の友人のような――従える、と言うよりは、性格の違う二人が手を取り合っているような、微笑ましい暖かさすら感じさせるのだ。
準備の整ったライフルを一旦脇に置き、続けて取り出したリボルバーを同じようにチェックしながら、グレーティアが言った。
「じゃ、いつも通りね」
「ん」
『いつも通り』。
僕が最初に仕掛けて敵の気を引いた後、隙を見て遠距離からグレーティアが高威力の弾丸を叩き込む。 敵が彼女に刃を向けたら、僕が防御壁になる。
人並みに激しい運動も可能になり、女性の手にはやはり大きい銃器をも立派に扱えるようになったとは言え。 やはり接近戦闘を常にはできないグレーティアの参戦に、僕らの中で自然と確立した戦法だった。
とは言え。
戦法云々以前に、何しろまず目指す敵に遭わなければいけないのだが――メリファトは、広い。 だだっ広い。
ラプトルの生息範囲はやや東寄りに固まってはいるものの、それでも段差の激しいこの場所では、まずそいつに出会うのからして一苦労だ。
はてさて、どのあたりから攻めようか――と、溜息とともに空を仰いだ、その時。
「あ――れ?」
グレーティアが、素っ頓狂な声を上げた。
「え?」
何事かと僕はグレーティアを見る。 そしてぽかんと口を開けた彼女のその視線が示す先に、反射的に目を転じた。
僕達がいる、崖の下段。
遠い――が、かろうじて見える――青と白の体色が少し濃く、そして普通のラプトルよりもどっしりと大きく感じられる、二本足の――あれは。
「ティア! 頼む!」
いきなり来やがった!
魔法が届かない。 僕は長く伸びる段差を回り込むべく弾かれたように駆け出しながら、背中でグレーティアに叫んだ。
彼女はその時に手にしていたリボルバーをばっと構えた。 敵の狙いが一時彼女に行ってしまうが、その前に体で食い止めればいい。 片手棍を抜いて一目散に坂を下る。 彼女のリボルバーがじりっとラプトルに照準を合わせ――たと、思っていた。 が。
「きゃっ!」
僕の背後で聞こえるはずだった火薬の咆哮の代わりに、ばきんという鋼の弾かれる音が僕の耳を打った。 同時に響く悲鳴。
そのあまりに唐突で予想外の二つの音に氷のような息を呑んで、僕は痙攣するように立ち止まり慌てて振り返る。
僕が駆け下りてきた斜面の上で、グレーティアの右手とそこに握られる銃口が何かに強く払われたようにあらぬ方向を向いている光景が目に飛び込んできた。 彼女の顔は悲鳴の名残で歪んでいるが、痛みというよりは驚きと狼狽の色に染まっていて、僕は一瞬最低限の安堵をする。
グレーティアは右に跳ね上がった己の右手首を素早く引き戻して左手でぎゅっと握ると、咄嗟に身を低くして左の方向をぎりっと睨んだ。 僕もつられてその方向に目を凝らす。
ラプトルのいる低地を挟んで、向かい側の崖の上で。
一つの背の高い人影が、こちらに向けた銃口をすっと空に向けて解いた所だった。
グレーティアと同じ、狩人の衣装。 挑発的に赤く逆立つ髪。 鋭く尖った耳と――にやりと笑う口元。
「なっ――」
一体、いつの間に現れたのか。 一瞬唖然とする僕達二人の視線の中、そのエルヴァーンの男性は掲げたままの右手の中で銃をくるりと一回り躍らせる。
そしてそのまますいっと、どこまでも皮肉なくせに気障極まりない一礼をしたかと思うと、身を翻し猛然と崖下へ向けて走り出した。
「――――っ!」
その動作で僕ははっと我に返る。 手遅れ覚悟の危機感に駆られて再度ラプトルの方へと駆け出し――そしてまた、目を見開く羽目になる。
「せぇっ!」
グレーティアの銃撃を免れたラプトルは、代わりにこの世で一番美しいとされる鉄塊の餌食になっていた。
触れる分子の全てを右と左に分かつ為だけに業火の中で厳しく鍛え上げられた、なのに繊細でゆるやかな長い曲線。 それが唸りを上げてメリファトの空気を斬り、ラプトルの厚い皮膚を深く裂いていく。
「侍……なの、か?」
もはや惰性で崖を駆け下りながら、僕はその絶え間なく動く姿を注視していた。
武士、と言うからには、ストイックで直線的、あるいは鋼の如き頑健さと重厚さを思わせる人種――の、はずなのだが。
その身の丈ほどもある、機能美の極みたる両手刀を軽々と振りかざす人影には、細く長い尻尾がついている。 ぴんと立った愛嬌のある耳が見え隠れする。 しなやかな身体が、ひらりひらりと大地を舞う。
大きなラプトルをあっという間に切り伏せたその人影は――ミスラの、侍だった。
* * *
僕がその手前でゆっくりと足を止め、エルヴァーンの狩人がそこに駆け付ける頃には、哀れなラプトルの姿は溶けるようにメリファトの大気に還り始めていた。
長い刀を流れるように収めたミスラの傍らに並んで自分の腰に手をあて、すぅっと薄くなる影の中を興味深げに覗き込んでいた男が、不満そうな声を上げる。
「なんだよおい、収穫ゼロってのはねぇんじゃねぇのー?」
「やっぱり、そう美味い話はないってぇことだね……あ」
と、距離を置いて佇む僕の視線を感じたのか。 ふとこちらを見たミスラの侍が、決まり悪そうな苦笑いを浮かべてぽりぽりと頭をかきながら言った。
「ああ……いや、悪かったね。 あんた達がいるのに、気付かなくてさ……」
「まーったくだ。 ルゥと来た日にゃ、NMと見るなり一目散に抜刀だからな。 お陰で俺は愛する女を影ながら守る為に、可愛いお嬢ちゃんの銃口にそっぽを向いて頂くなんつー無粋をしちまったって訳さ」
「……え、何だって?」
どうやら彼女の方は、エルヴァーンの彼がグレーティアのリボルバーを射抜いた事には気付いていないようだ。 のらくらとファンキーな朱色の如くにおどけた口調の狩人へ、虚を突かれたような顔を向けるミスラ。
――そうだ、あの距離から小さな拳銃の銃身を弾くだなんて、一体どんな狂った腕前なんだ。
いや、グレーティアでも、体勢を整えてきっちり狙えば可能は可能だろう。 ライフルならより確実だ。 しかしそれを、恐らくあの状況下ならば、抜き打ちに等しいスピードで……
「そら、あのお嬢ちゃんだよ」
軽薄とも取れるいかにも楽しそうな表情で、赤い髪のエルヴァーンはひょいと顎をしゃくった。 ミスラがそれを見て、僕の背後に視線を送る。
坂を下る軽い足音が足早に近付いてきていた。 僕も首だけで振り向いて――軽く、眉をひそめる。
斜面をこちらに下ってくるグレーティアは手ぶらだった。 リボルバーもライフルも、もといた所に置いてきたようだ。
その両手がぐっと握り締められている。 束ねる間もなかった紅茶色の長い髪を乾いた風にたなびかせ、背筋を伸ばして口を真一文字に結び、瞳がひたっと一点を見つめ――
怒っている……いや、違う。
「ティア」
押し殺した声で彼女の方へ一歩踏み出す僕の前を、グレーティアは有無を言わさず無言で通り過ぎた。
そのままつかつかと、まだ薄ら笑いを浮かべるエルヴァーンの前へ進み出て――――――
――――じゃきん!!
次の瞬間、二つの銃口がびたりと正面に向き合った。
線対称の光景が時を止める。 無音で衝突する見えない力と力、大重量を載せて一瞬で拮抗する天秤、神速の反応速度。
跳ね上がった二人の右腕が、二丁の銃を中心に一本の凶暴な直線を描いて止まっていた。
傍から見たら、二人が打ち合わせたように同時に銃口を突き付け合ったと思うだろう。 が、違う。
グレーティアが閃くように腰から抜き放ったデリンジャーに、エルヴァーンの彼が精密機械のような恐るべき反射を見せたのだ。
グレーティアの流れる髪が、その動きの余波に躍る。 エルヴァーンの逆立つ髪が、「朱」という色の持つイメージを百八十度転換させて僕の目の中で燃え上がる。
限りなく同時に近い動きと速度で互いに引き合うかのように、十センチと離れずまっすぐ対峙した銃口と銃口は、一見対等に見えても片方が攻めで片方が守りだった。
息を吐くのも、指先一つ動かすのもためらわれるような、ショート寸前の空気が流れ――――
「……見事ね」
長い――長い一瞬の、沈黙の後。
成す術なく息を呑んで見守る僕とミスラの間で、射るような瞳はそのままながら、グレーティアがふっと口元と殺気を緩めて言った。
そのどこか気が済んだような幾分柔らかい声に、僕もどうにか、そしてこっそりと肩の力を抜くに至った。
全く、ひやひやさせる。 いくら完全に自分を出し抜いたスナイパーの腕前を偶然でないと確かめるにしたって、出し抜けにも程があるってもんだ。
いやはや困った度胸、そしてプライドだ――
* * *
高い所で、風が吹いたのだろう。
ぼんやりと空を覆っていた薄い雲が一切れ拭われ、僕達の立つ谷間にくっきりとした陽の光が降り立った。
その明るさが、それぞれの体をそれぞれに縛っていた、見えない鎖を明るく追い払っていく。
二丁の銃が抜き放たれた瞬間それまでの軽薄な雰囲気を吹き飛ばし、まさにスナイパーと呼ぶに相応しい鋭利な冷徹さを呼び起こしていたエルヴァーン。 その瞳の隙のない警戒を、グレーティアの穏やかな言葉に彼はあっさりと解いた。
そして改めておちゃらけたような笑みを浮かべて軽く首を傾げたのを機に、極限まで張り詰めていた空気がどうにか緩んだのを見て取った傍らのミスラもほっと緊張を解く。
――が。
互いに銃を引きながら、恐らくは何か軽口を叩こうとしたのであろうエルヴァーンのへらっと緩んだ口と表情が――いつもグレーティアを一番近くで守っている、その銀色のデリンジャーにちらと視線を落とした瞬間、もう一度固まった。 今度は、驚きの色に。 そして目を剥くと、爆ぜるように叫んだ。
「Dの、刻印――ヴィンスロットメイド! セッティングD、だとぉ!?」
「あら――よくご存知ね」
彼の反応に、グレーティアが軽く驚いたような鼻白んだような声を上げた。
「……何だいガゼル、ヴィン――?」
突如色めき立った彼の言葉とその内容に、不得要領といった風情でミスラが訊く。 が、明らかにその声が耳に入っていないエルヴァーンの狩人は、興奮しきった声で一気にまくし立て始めた。
「ご存知も何も、その筋で知らない奴なんかいやしねぇ! ヴィンスロット! 滅多に市場に出回らない事で有名な、抜群の精度と安定性を誇る拳銃のブランドだ!」
男の声が熱を帯びて裏返りかけている。 これは、本当に知っているな。
僕は静かに溜息をついた。
「俺も何とか手に入れたいと躍起になった事があったが、駄目だった。 数が少ない上に、うまく立ち回って一度手にした奴はまず手放さねぇんだ――それを! こんな嬢ちゃんが、何だって持ってるんだ!?」
掴みかからんばかりの剣幕の彼に、グレーティアは軽くいなすような表情で肩をすくめて見せる。 彼の言葉は止まらない。
「極めつけは、その蔦模様のDマークだ! そいつは、ディナルドのD――ヴィンスロットモデルの製造者、ディナルド=ヴィンスロットのイニシャル、つまりオーダーメイドの印! てことは――盗品でなけりゃその銃は、あんたの為だけに作られた一丁ってことじゃねぇか!」
「盗品な訳ないでしょう、失礼ね」
グレーティアがぎろっと彼を睨んだ。 しかし一向に興奮のおさまらない彼は、自分の失言にも彼女の視線にも気が回らないようだ。 なおも上ずった声で言葉を続ける。
「しかも、彼がデリンジャーを作ってたなんて聞いたことがねぇ――なんてこった、こんな所で幻みてぇな銃にめぐり逢えるとは思わなかったぜ! なぁ、いつからヴィンスロットはデリンジャーを作り始めたんだ? 噂すら聞いたことがねぇ、一体――」
何かに憑かれたような彼ににじり寄られるグレーティアが少し困ったように、いいかしら? と問うような視線を僕に投げかけた。
僕はふっと肩を落とす。 ここまで知っているなら仕方ないか。
噂すら聞いたことがないって? そりゃそうだろう、そのデリンジャーは――
「……それは親父が、一丁だけ作ったものです」
出し抜けに横合いから挟まれたセリフに、エルヴァーンの彼の動きがぴたりと止まった。 そしてゆっくりと――本当にゆっくりと、首を巡らせ、僕に視線を向ける。
「親父――あんた、名匠ヴィンスロットの……息子、か?」
「はい」
* * *
僕の名は、エリクス=ヴィンスロット。
「バストゥークの銃神」と謳われたガンスミス、ディナルド=ヴィンスロットを父に持つ。
物心ついた頃から、僕の生活環境は鉄と鋼の匂い、そして機械の音で満たされていた。
早くに他界した母。 幼い頃から祖父に叩き込まれていたという、確かな銃工の腕を持つ――しかし受注を受ける職人としてはまだまだ駆け出しだった――父は、一日も早く足元を固める為、そして幼い僕を養う為にハードな仕事に明け暮れながらも、少ない時間を割いて一人息子の僕に心を砕いてくれた。
……と、気付けたのは最近の事。
小さく狭い自分の世界しか持たないガキだった僕の目に映る父は、いつでも工房に篭もりっきりでろくに遊んでもくれない背中が遠い、そして僕ではなく時折訪れるいかつい男達とばかり話し込んでいる、たった一人の肉親にも関わらず距離の取り方というものがついに判らずじまいの――もどかしく近寄り難い存在だった。
そんな、いつしか日常と成り果てた僕ら親子のすれ違いを他所に、父の仕事に賭けた日々は見事に「報われた」。
真面目で誠実な性格が功を奏し、採算度外視ぎりぎりの工夫と改良を重ねた末に完成した自作の銃が、世間で高い評価を得たのだ。
我が家の暮らし向きは目に見えてよくなり、実直な父の表情が遠慮がちながらも静かな誇らしさをたたえていくのが、当時十歳だった僕の目にも見て取れた。
が。 その事自体が、金銭面以外で僕と父の関係に変化をもたらす事はなく。
仕事を認められたという事は、すなわち仕事が増えるという事で。 全ての製造工程を自分一人で行う事を常としていた父は、相も変わらず工房に篭もりがちな生活に明け暮れ――その環境についに慣れてしまった僕の預かり知らぬ世界で、着々と確実な成果を刻んでいった。
そしてその輝かしい名声は、目の前で唖然としか言いようのない表情を晒しているこのエルヴァーンにも及んでいる、という訳だ。
* * *
「――おいおい、何てぇ日だよ、今日は……」
ようやく驚愕の呪縛から逃れたらしい彼が、吐き出す呟きとともに額に手を当てて天を仰いだ。
「セッティングDのデリンジャーにヴィンスロットのご子息たぁ……ガンマニアの心臓にゃあ、ちっと刺激が強過ぎんじゃねぇの……?」
だから、僕は溜息をついたのだ。 あのDの蔦模様に正しい反応をする人種に――特にその事を自慢するつもりのない僕は、いつでも反応に困ってきたのだから。
「――え、てことは嬢ちゃんも? 娘さんなのか?」
「違うわ」
いつまでも一人で盛り上がっている様子が不愉快なのか、はたまたいつまでも「嬢ちゃん」呼ばわりなのが気に入らないのか。 続けてはたと気付いたように問いかける朱色のエルヴァーンの言葉を、刺々しいままの口調でグレーティアははねつけたが、言われてふと右手のデリンジャーに落とした視線はとても柔らかいものだった。
「おじさまは――ディナルドおじさまは、私の恩人よ。 力のない私に、道を作ってくれた……」
おじさま、という言葉によって、グレーティアの声はゆっくりと穏やかになる。
それは、僕だけに判る変化。
細められる、彼女の瞳が見ている。
遠い遠い、バストゥークでの日々を。
そこで彼女が手にした、ひとつの革命を――
to be continued
「メリファト山地のラプトル、Daggerclaw Dracos。 格闘武器を持っているらしいね」
「競争率は?」
「同業者のいる可能性はあると思う。 モンクの間でそれなりに取引のある武器だそうだから」
「強さはどのくらいかしら」
「力は大したことはないし、ライフルが二発も入れば確実だと思う。 毒性や病気、麻痺を持った攻撃をするようだけど、それは僕が処理できるから問題ない」
「了解」
* * *
高低差の激しいメリファトの大地が、僕らの目の前に広がっていた。
天気は薄曇り。 その皮膜を通した日の光はごつごつとした大地の陰影をあまり際立たせず、今はどことなくのっぺりとした一枚の絵のような風景を見せている。
その大地の向こう、砂埃を透かして遥か遠く北、巨大と言うのも追いつかないほどに大きい白い背骨のような物体――ドロガロガ(天竜)の背骨、と呼ばれるらしい――が、もはや地形の一部となり果てて西から東へと低い低い虹のように掛け渡されている。
あれがもし、本当の背骨だったら――
僕は少し高くなった絶壁の淵に立って、白地に赤い三角の模様があしらわれた衣装の裾を風にはためくに任せながら、ぼんやりとそんな思考を泳がせる。
あれが天竜とやらの背骨だったら。 この乾いた大地の皮一枚下には、巨大な竜がうずくまっていると言うのだろうか。
だとしたら、そいつにはどう聞こえているのだろう。 僕らの足音や話し声、繰り返し剣を交える音、そして地に崩れ落ちる絶え間ない音が。
――聞こえていたからどうなんだ、とでも言わんばかりに、からからとつやのないモノトーンの虹はただ宙に横たわって、砂塵にその身を擦られるに任せている。
そう、僕らにとってその一つ一つはいちいちドラマでも、そいつにはきっと木から落ちる枯葉の一枚、風に滑る砂の一粒ぐらいの重さしかなくて――――
「どう、居そう?」
不意に背後から声がかけられた。 僕は遠くなっていた瞳の焦点をふっと近くに引き戻し、具にもつかない物思いをすっぱり中断する。
「いや。 今の所、何も」
高台からざっと見回しても白と青の縞模様のラプトルの姿は今は見えず、ごく稀にチョコボでさっさと通り過ぎる人影があるだけだった。 僕は軽く答えながら振り返り、すぐそこで立膝に座って銃器の準備をしているグレーティアに歩み寄った。
ブレイクオープン――銃身と銃把の間で蝶番のように開きそこから一発ずつ弾丸を込めるタイプの、作りは簡素ながら高い精度を保つ中型のライフル。
軽く構えてスコープを覗いている。 すっと目を離し、細い手が滑るように動いたかと思うと銃身を折るようにしてがちんと弾倉を開き、慣れた手付きでグレーティアは最初の一発を込める。
少し弾みをつけて、じゃきんとライフルが元の姿に戻った。
いつ見ても、何度見ても、不自然でないことが不自然なような――むずむずする光景だ。
細身の二つの生き物が寄り添って、一つの目標に向けて互いを研ぎ澄ましているような、不思議な親密さに僕はある種の感慨を覚える。
ごつい男が取り回すガンはまごうかたなき凶器でありツールであり、馴染むに従ってその者の腕の一部であるような印象を周囲に与え始めるものだけれど。 グレーティアの場合はどこか――そう、長年の友人のような――従える、と言うよりは、性格の違う二人が手を取り合っているような、微笑ましい暖かさすら感じさせるのだ。
準備の整ったライフルを一旦脇に置き、続けて取り出したリボルバーを同じようにチェックしながら、グレーティアが言った。
「じゃ、いつも通りね」
「ん」
『いつも通り』。
僕が最初に仕掛けて敵の気を引いた後、隙を見て遠距離からグレーティアが高威力の弾丸を叩き込む。 敵が彼女に刃を向けたら、僕が防御壁になる。
人並みに激しい運動も可能になり、女性の手にはやはり大きい銃器をも立派に扱えるようになったとは言え。 やはり接近戦闘を常にはできないグレーティアの参戦に、僕らの中で自然と確立した戦法だった。
とは言え。
戦法云々以前に、何しろまず目指す敵に遭わなければいけないのだが――メリファトは、広い。 だだっ広い。
ラプトルの生息範囲はやや東寄りに固まってはいるものの、それでも段差の激しいこの場所では、まずそいつに出会うのからして一苦労だ。
はてさて、どのあたりから攻めようか――と、溜息とともに空を仰いだ、その時。
「あ――れ?」
グレーティアが、素っ頓狂な声を上げた。
「え?」
何事かと僕はグレーティアを見る。 そしてぽかんと口を開けた彼女のその視線が示す先に、反射的に目を転じた。
僕達がいる、崖の下段。
遠い――が、かろうじて見える――青と白の体色が少し濃く、そして普通のラプトルよりもどっしりと大きく感じられる、二本足の――あれは。
「ティア! 頼む!」
いきなり来やがった!
魔法が届かない。 僕は長く伸びる段差を回り込むべく弾かれたように駆け出しながら、背中でグレーティアに叫んだ。
彼女はその時に手にしていたリボルバーをばっと構えた。 敵の狙いが一時彼女に行ってしまうが、その前に体で食い止めればいい。 片手棍を抜いて一目散に坂を下る。 彼女のリボルバーがじりっとラプトルに照準を合わせ――たと、思っていた。 が。
「きゃっ!」
僕の背後で聞こえるはずだった火薬の咆哮の代わりに、ばきんという鋼の弾かれる音が僕の耳を打った。 同時に響く悲鳴。
そのあまりに唐突で予想外の二つの音に氷のような息を呑んで、僕は痙攣するように立ち止まり慌てて振り返る。
僕が駆け下りてきた斜面の上で、グレーティアの右手とそこに握られる銃口が何かに強く払われたようにあらぬ方向を向いている光景が目に飛び込んできた。 彼女の顔は悲鳴の名残で歪んでいるが、痛みというよりは驚きと狼狽の色に染まっていて、僕は一瞬最低限の安堵をする。
グレーティアは右に跳ね上がった己の右手首を素早く引き戻して左手でぎゅっと握ると、咄嗟に身を低くして左の方向をぎりっと睨んだ。 僕もつられてその方向に目を凝らす。
ラプトルのいる低地を挟んで、向かい側の崖の上で。
一つの背の高い人影が、こちらに向けた銃口をすっと空に向けて解いた所だった。
グレーティアと同じ、狩人の衣装。 挑発的に赤く逆立つ髪。 鋭く尖った耳と――にやりと笑う口元。
「なっ――」
一体、いつの間に現れたのか。 一瞬唖然とする僕達二人の視線の中、そのエルヴァーンの男性は掲げたままの右手の中で銃をくるりと一回り躍らせる。
そしてそのまますいっと、どこまでも皮肉なくせに気障極まりない一礼をしたかと思うと、身を翻し猛然と崖下へ向けて走り出した。
「――――っ!」
その動作で僕ははっと我に返る。 手遅れ覚悟の危機感に駆られて再度ラプトルの方へと駆け出し――そしてまた、目を見開く羽目になる。
「せぇっ!」
グレーティアの銃撃を免れたラプトルは、代わりにこの世で一番美しいとされる鉄塊の餌食になっていた。
触れる分子の全てを右と左に分かつ為だけに業火の中で厳しく鍛え上げられた、なのに繊細でゆるやかな長い曲線。 それが唸りを上げてメリファトの空気を斬り、ラプトルの厚い皮膚を深く裂いていく。
「侍……なの、か?」
もはや惰性で崖を駆け下りながら、僕はその絶え間なく動く姿を注視していた。
武士、と言うからには、ストイックで直線的、あるいは鋼の如き頑健さと重厚さを思わせる人種――の、はずなのだが。
その身の丈ほどもある、機能美の極みたる両手刀を軽々と振りかざす人影には、細く長い尻尾がついている。 ぴんと立った愛嬌のある耳が見え隠れする。 しなやかな身体が、ひらりひらりと大地を舞う。
大きなラプトルをあっという間に切り伏せたその人影は――ミスラの、侍だった。
* * *
僕がその手前でゆっくりと足を止め、エルヴァーンの狩人がそこに駆け付ける頃には、哀れなラプトルの姿は溶けるようにメリファトの大気に還り始めていた。
長い刀を流れるように収めたミスラの傍らに並んで自分の腰に手をあて、すぅっと薄くなる影の中を興味深げに覗き込んでいた男が、不満そうな声を上げる。
「なんだよおい、収穫ゼロってのはねぇんじゃねぇのー?」
「やっぱり、そう美味い話はないってぇことだね……あ」
と、距離を置いて佇む僕の視線を感じたのか。 ふとこちらを見たミスラの侍が、決まり悪そうな苦笑いを浮かべてぽりぽりと頭をかきながら言った。
「ああ……いや、悪かったね。 あんた達がいるのに、気付かなくてさ……」
「まーったくだ。 ルゥと来た日にゃ、NMと見るなり一目散に抜刀だからな。 お陰で俺は愛する女を影ながら守る為に、可愛いお嬢ちゃんの銃口にそっぽを向いて頂くなんつー無粋をしちまったって訳さ」
「……え、何だって?」
どうやら彼女の方は、エルヴァーンの彼がグレーティアのリボルバーを射抜いた事には気付いていないようだ。 のらくらとファンキーな朱色の如くにおどけた口調の狩人へ、虚を突かれたような顔を向けるミスラ。
――そうだ、あの距離から小さな拳銃の銃身を弾くだなんて、一体どんな狂った腕前なんだ。
いや、グレーティアでも、体勢を整えてきっちり狙えば可能は可能だろう。 ライフルならより確実だ。 しかしそれを、恐らくあの状況下ならば、抜き打ちに等しいスピードで……
「そら、あのお嬢ちゃんだよ」
軽薄とも取れるいかにも楽しそうな表情で、赤い髪のエルヴァーンはひょいと顎をしゃくった。 ミスラがそれを見て、僕の背後に視線を送る。
坂を下る軽い足音が足早に近付いてきていた。 僕も首だけで振り向いて――軽く、眉をひそめる。
斜面をこちらに下ってくるグレーティアは手ぶらだった。 リボルバーもライフルも、もといた所に置いてきたようだ。
その両手がぐっと握り締められている。 束ねる間もなかった紅茶色の長い髪を乾いた風にたなびかせ、背筋を伸ばして口を真一文字に結び、瞳がひたっと一点を見つめ――
怒っている……いや、違う。
「ティア」
押し殺した声で彼女の方へ一歩踏み出す僕の前を、グレーティアは有無を言わさず無言で通り過ぎた。
そのままつかつかと、まだ薄ら笑いを浮かべるエルヴァーンの前へ進み出て――――――
――――じゃきん!!
次の瞬間、二つの銃口がびたりと正面に向き合った。
線対称の光景が時を止める。 無音で衝突する見えない力と力、大重量を載せて一瞬で拮抗する天秤、神速の反応速度。
跳ね上がった二人の右腕が、二丁の銃を中心に一本の凶暴な直線を描いて止まっていた。
傍から見たら、二人が打ち合わせたように同時に銃口を突き付け合ったと思うだろう。 が、違う。
グレーティアが閃くように腰から抜き放ったデリンジャーに、エルヴァーンの彼が精密機械のような恐るべき反射を見せたのだ。
グレーティアの流れる髪が、その動きの余波に躍る。 エルヴァーンの逆立つ髪が、「朱」という色の持つイメージを百八十度転換させて僕の目の中で燃え上がる。
限りなく同時に近い動きと速度で互いに引き合うかのように、十センチと離れずまっすぐ対峙した銃口と銃口は、一見対等に見えても片方が攻めで片方が守りだった。
息を吐くのも、指先一つ動かすのもためらわれるような、ショート寸前の空気が流れ――――
「……見事ね」
長い――長い一瞬の、沈黙の後。
成す術なく息を呑んで見守る僕とミスラの間で、射るような瞳はそのままながら、グレーティアがふっと口元と殺気を緩めて言った。
そのどこか気が済んだような幾分柔らかい声に、僕もどうにか、そしてこっそりと肩の力を抜くに至った。
全く、ひやひやさせる。 いくら完全に自分を出し抜いたスナイパーの腕前を偶然でないと確かめるにしたって、出し抜けにも程があるってもんだ。
いやはや困った度胸、そしてプライドだ――
* * *
高い所で、風が吹いたのだろう。
ぼんやりと空を覆っていた薄い雲が一切れ拭われ、僕達の立つ谷間にくっきりとした陽の光が降り立った。
その明るさが、それぞれの体をそれぞれに縛っていた、見えない鎖を明るく追い払っていく。
二丁の銃が抜き放たれた瞬間それまでの軽薄な雰囲気を吹き飛ばし、まさにスナイパーと呼ぶに相応しい鋭利な冷徹さを呼び起こしていたエルヴァーン。 その瞳の隙のない警戒を、グレーティアの穏やかな言葉に彼はあっさりと解いた。
そして改めておちゃらけたような笑みを浮かべて軽く首を傾げたのを機に、極限まで張り詰めていた空気がどうにか緩んだのを見て取った傍らのミスラもほっと緊張を解く。
――が。
互いに銃を引きながら、恐らくは何か軽口を叩こうとしたのであろうエルヴァーンのへらっと緩んだ口と表情が――いつもグレーティアを一番近くで守っている、その銀色のデリンジャーにちらと視線を落とした瞬間、もう一度固まった。 今度は、驚きの色に。 そして目を剥くと、爆ぜるように叫んだ。
「Dの、刻印――ヴィンスロットメイド! セッティングD、だとぉ!?」
「あら――よくご存知ね」
彼の反応に、グレーティアが軽く驚いたような鼻白んだような声を上げた。
「……何だいガゼル、ヴィン――?」
突如色めき立った彼の言葉とその内容に、不得要領といった風情でミスラが訊く。 が、明らかにその声が耳に入っていないエルヴァーンの狩人は、興奮しきった声で一気にまくし立て始めた。
「ご存知も何も、その筋で知らない奴なんかいやしねぇ! ヴィンスロット! 滅多に市場に出回らない事で有名な、抜群の精度と安定性を誇る拳銃のブランドだ!」
男の声が熱を帯びて裏返りかけている。 これは、本当に知っているな。
僕は静かに溜息をついた。
「俺も何とか手に入れたいと躍起になった事があったが、駄目だった。 数が少ない上に、うまく立ち回って一度手にした奴はまず手放さねぇんだ――それを! こんな嬢ちゃんが、何だって持ってるんだ!?」
掴みかからんばかりの剣幕の彼に、グレーティアは軽くいなすような表情で肩をすくめて見せる。 彼の言葉は止まらない。
「極めつけは、その蔦模様のDマークだ! そいつは、ディナルドのD――ヴィンスロットモデルの製造者、ディナルド=ヴィンスロットのイニシャル、つまりオーダーメイドの印! てことは――盗品でなけりゃその銃は、あんたの為だけに作られた一丁ってことじゃねぇか!」
「盗品な訳ないでしょう、失礼ね」
グレーティアがぎろっと彼を睨んだ。 しかし一向に興奮のおさまらない彼は、自分の失言にも彼女の視線にも気が回らないようだ。 なおも上ずった声で言葉を続ける。
「しかも、彼がデリンジャーを作ってたなんて聞いたことがねぇ――なんてこった、こんな所で幻みてぇな銃にめぐり逢えるとは思わなかったぜ! なぁ、いつからヴィンスロットはデリンジャーを作り始めたんだ? 噂すら聞いたことがねぇ、一体――」
何かに憑かれたような彼ににじり寄られるグレーティアが少し困ったように、いいかしら? と問うような視線を僕に投げかけた。
僕はふっと肩を落とす。 ここまで知っているなら仕方ないか。
噂すら聞いたことがないって? そりゃそうだろう、そのデリンジャーは――
「……それは親父が、一丁だけ作ったものです」
出し抜けに横合いから挟まれたセリフに、エルヴァーンの彼の動きがぴたりと止まった。 そしてゆっくりと――本当にゆっくりと、首を巡らせ、僕に視線を向ける。
「親父――あんた、名匠ヴィンスロットの……息子、か?」
「はい」
* * *
僕の名は、エリクス=ヴィンスロット。
「バストゥークの銃神」と謳われたガンスミス、ディナルド=ヴィンスロットを父に持つ。
物心ついた頃から、僕の生活環境は鉄と鋼の匂い、そして機械の音で満たされていた。
早くに他界した母。 幼い頃から祖父に叩き込まれていたという、確かな銃工の腕を持つ――しかし受注を受ける職人としてはまだまだ駆け出しだった――父は、一日も早く足元を固める為、そして幼い僕を養う為にハードな仕事に明け暮れながらも、少ない時間を割いて一人息子の僕に心を砕いてくれた。
……と、気付けたのは最近の事。
小さく狭い自分の世界しか持たないガキだった僕の目に映る父は、いつでも工房に篭もりっきりでろくに遊んでもくれない背中が遠い、そして僕ではなく時折訪れるいかつい男達とばかり話し込んでいる、たった一人の肉親にも関わらず距離の取り方というものがついに判らずじまいの――もどかしく近寄り難い存在だった。
そんな、いつしか日常と成り果てた僕ら親子のすれ違いを他所に、父の仕事に賭けた日々は見事に「報われた」。
真面目で誠実な性格が功を奏し、採算度外視ぎりぎりの工夫と改良を重ねた末に完成した自作の銃が、世間で高い評価を得たのだ。
我が家の暮らし向きは目に見えてよくなり、実直な父の表情が遠慮がちながらも静かな誇らしさをたたえていくのが、当時十歳だった僕の目にも見て取れた。
が。 その事自体が、金銭面以外で僕と父の関係に変化をもたらす事はなく。
仕事を認められたという事は、すなわち仕事が増えるという事で。 全ての製造工程を自分一人で行う事を常としていた父は、相も変わらず工房に篭もりがちな生活に明け暮れ――その環境についに慣れてしまった僕の預かり知らぬ世界で、着々と確実な成果を刻んでいった。
そしてその輝かしい名声は、目の前で唖然としか言いようのない表情を晒しているこのエルヴァーンにも及んでいる、という訳だ。
* * *
「――おいおい、何てぇ日だよ、今日は……」
ようやく驚愕の呪縛から逃れたらしい彼が、吐き出す呟きとともに額に手を当てて天を仰いだ。
「セッティングDのデリンジャーにヴィンスロットのご子息たぁ……ガンマニアの心臓にゃあ、ちっと刺激が強過ぎんじゃねぇの……?」
だから、僕は溜息をついたのだ。 あのDの蔦模様に正しい反応をする人種に――特にその事を自慢するつもりのない僕は、いつでも反応に困ってきたのだから。
「――え、てことは嬢ちゃんも? 娘さんなのか?」
「違うわ」
いつまでも一人で盛り上がっている様子が不愉快なのか、はたまたいつまでも「嬢ちゃん」呼ばわりなのが気に入らないのか。 続けてはたと気付いたように問いかける朱色のエルヴァーンの言葉を、刺々しいままの口調でグレーティアははねつけたが、言われてふと右手のデリンジャーに落とした視線はとても柔らかいものだった。
「おじさまは――ディナルドおじさまは、私の恩人よ。 力のない私に、道を作ってくれた……」
おじさま、という言葉によって、グレーティアの声はゆっくりと穏やかになる。
それは、僕だけに判る変化。
細められる、彼女の瞳が見ている。
遠い遠い、バストゥークでの日々を。
そこで彼女が手にした、ひとつの革命を――
to be continued