テノリライオン

Blanc-Bullet shot5

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匿名ユーザー

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「ほらティア、新しいパジャマよ。 かわいいわねえ」
 うん、かわいい。 でも、別にほしくないわ。

「グレーティア、トロンポロンの新作が出ていたよ。 読みたがってたろう?」
 本当は、それよりもっと見たいものがあるの。

「ほら、ラロッシュのシフォンケーキよ。 好きでしょう?」
 うん、好き。 でも……


  *  *  *


「いやあ、今日はいい天気じゃのう」

 コンコン、とノックの音がして、リカード先生が部屋に入ってきた。 ドアが開いた勢いであったかい外の風がふわっと吹いて、私の両脇の白いレースのカーテンが大きくふくらむ。
 ああ、今日は診療日だったっけ。
 
「こんにちは、先生」
 私は壁につけてあるベッドに膝立ちになって、大きな出窓に顎と腕をのせて外を眺めていたので、先生の声に急いで振り返った。
 大きい体と真っ白いおひげのリカード先生。 先生が入ってくると、明るくて広い私の部屋がちょっと狭くなったような気になる。 先生はいつもどおりにこにこ笑ってうなずいて、近くの椅子を持ってくると枕元に座った。
「お庭を犬か猫でも通っていたかね?」
 先生はそう言いながら、ベッドの隅にいるマークの頭をなでてくれた。 いつも一緒に寝ている、大きな茶色いクマのぬいぐるみ。
「ううん、ただちょっと見てただけです」
「おや、そうか。 いやな、今この家の玄関から入ろうとしたら、門の真ん前ででっかい猫と小さい犬がそりゃあもうハデなケンカをしておったんじゃよ。 わしゃあ噛み付かれたらどうしようと怖くて怖くて、一歩も近付けんかった」

 本当かどうかは判らないけど、先生は来るたんびにいつも面白い話をしてくれる。 うちの門の前でびくびくしている先生を想像したらぷっと笑ってしまって、私はきいた。
「その犬と猫、どうなったんですか?」
「それがな、どっちも血の気が多くて一歩も退かん。 そのうちぎゃーぎゃー取っ組み合いながらどこかへ行ってしまった。 ありゃあどちらが勝ってもおかしくないわい、剣呑剣呑」
「すごい、私も見てみたいなあ。 こっちの庭まで来てくれないかしら」
 私が言うと、黒くて大きな診察カバンを開けて聴診器を出しながら、先生はふぉっふぉっと笑った。
「そうじゃの、あんな血沸き肉躍る戦いを見せられたら、スカっとして病気なんぞどこかへふっとんでしまうかもしれんな……さ、背中を出してくれるかい」


  *  *  *


 いつもの診察が終わると、後から入ってきたお父さんといっしょにリカード先生は帰っていった。
 私は先生を見送るとそのままのそのそと後ろを向いて、開けたままだった出窓にもう一回顎を乗せて庭を眺める。 あったかい風が、ふわっと髪の毛をなぜた。
「いぬさん……ねこさん……どっちが、勝ったのかなー」
 ねこさんだと面白いな。 あ、でもいぬさんの方が小さいんだっけ。 子犬なのかしら。 だったらいぬさんにも頑張ってほしいなー……

 一階の出窓の外、こんもりした植木に囲まれた庭をぼーっと見ながら考える。 いつもいろんな花が咲いていて、きれいなお庭。 でも、動くものがあまりないのはちょっと寂しい。
 思いっきりケンカするって、どんな感じなんだろう。 どきどきするのかな。 すっきりするのかな。 私はすぐ咳込んじゃうし、熱を出してばっかりだから絶対無理――大体、ケンカする相手がいないわ。
 リリンちゃんもフィオちゃんも、女の子の友達はみんな親切で優しいんだもの。 こっちが、気にしちゃうぐらい――ちょっと、つまんない。

「いいなー、私も見たいな……っ!?」
 と、急に横から、がさっと音がした。 びくっとしてそっちを見る。
 すると、窓の横の背の高い植え込みを突き抜けて男の子が一人、ボールみたいに庭に転がり込んできた。
 その勢いでちょっとよろけて、それからはっと私の方を見上げたその子の顔を見て、私はもう一度びっくりする。
 ほっぺたから、血が出ている。 よく見れば服や手足も、あちこち泥だらけだ。

「どっ――どうしたの!? 大丈夫?」
 私は慌ててベッドの上に立ち上がると、出窓から身を乗り出して男の子に声をかけた。
 すると、私と目が合った男の子はぎょっとしたように立ち止まって、すぐにぱっと目をそらしてしまった。 葉っぱが絡まったままの、真っ黒な短い髪がぷいとうつむいて――あ。 私、パジャマのまんまなんだ。 ……ええい、もういいや。
「ね、血が出てるわよ? 転んだの? 待ってて、絆創膏あるから――」
「大丈夫だよ」

 私が部屋の中に引っ込もうとすると、その子が初めて口をきいた。 ぶすっとしたぶっきらぼうな声で、ほっぺたの傷をこすっている。 痛そう――

「――どこかで引っ掻いちゃったの? 消毒した方がいいわよ、木の枝とかだったら――」
「平気だって。 ただのケンカ」
 またぶっきらぼうに男の子は言った。 ケンカ。 ケンカしてきたんだ……
 私は「待ってて」と言ってから、急いで部屋にあるタオルを取った。 水差しの水で湿らせてぎゅっと絞って、窓辺に駆け戻る。
 それを男の子に差し出しながら、どうしても訊きたくなった事をきいてみる。
「ね、どんな相手?」
「――え?」
 目の前に突き出されたタオルをつい受け取ってしまって、渋々という感じで顔や腕を拭いていた男の子は、きょとんとした声を上げた。
「ケンカしてきた相手。 どんな人だったの? 大きい人? 小さい人?」

 ぽかんと不思議そうに見上げていた男の子の目が、私の質問にみるみるうちに曇ったかと思うと、またぷいとそっぽを向いてしまった。
 そして、窓から身を乗り出して長く垂れた私の毛先のあたりをにらみながら、ぼそっと言った。
「いろいろだよ。 五人もいたんだ、背丈なんか関係ないだろ」
「……え」

 ――五人? 一人に五人、って事? ……そんな、それじゃ――

「――ずるいじゃない、そんなの」
「あいつらに言ってくれよ。 僕がやったんじゃない」
 ついむっとして言ってしまった私の言葉に、男の子はもっとむっとした声で言い返してきた。
 いけない、それはそうだわ。 ずるいなんてのは、この子の方が言いたいはずだ――

「――じゃ」
 ごめんなさい、と言おうとした私に、男の子は一言そう言ってぐいとタオルを突き返した。
 私が慌ててそれを受け取ると、その子はもときた植え込みの方へすたすたと歩き出してしまう。
「あ――、ねぇ!」
「何」
 考える前に呼び止めていた。 やっぱりぶすっとした顔で、男の子はこっちを振り返る。
「あの……あの。 また、お話、聞かせて?」
「え?」
「ケンカ――の、事じゃなくても、外でのお話。 聞きたいの。 また――その、ヒマな時にでも、寄ってくれない? だめ?」

 何か私、変な事言ってる。 でも、何だかすらすら言葉が出てくるから――

「――変な奴」

 私のお願いを聞いた男の子が、ぼそっと言った。 そしてそのままがさっと植え込みを抜けて、庭からいなくなってしまう。

 いいよ、とは言ってくれなかった。 けど。
 最後の最後、ちょっと笑ってたように見えた――。 だから、また、来てくれるかもしれない。


 私はすとんと、ベッドの上に座り込んだ。
 気付かずにぎゅっと握っていたタオルを見下ろす。 そこには薄茶色の土と、うっすら血のあとがついていた。

 何だかそれは、私だけが知らないどこか遠い世界の、触った事もない物や見た事もない文字みたいに見えて。 どう扱っていいか、それを見て何を思えばいいのかも、私は判らなかった。
 だから、お母さんがお盆にのせたおやつを持ってくる足音に気付いて、何故かそのタオルを慌てて引き出しの中に隠してしまうまで。
 ずっとそれを手に持って、ただ眺めていた。


  *  *  *


 エリクス、と言ったその子は、それから時々私の庭先に顔を出してくれるようになった。
 私と同じ十歳で、私のいる商業区のお隣の、鉱山区にお家がある事。 お母さんはもう亡くなられた事、お父さんは銃工をしている事。 色々聞いた。
 エリクスはいつも一人だった。 お友達はいないの? と訊いたら、「いるけど、そんなに仲のいい奴はいないから」と言って、出窓の下でまたそっぽを向いた。
 私の事も話した。 生まれつき体が弱くてほとんど家の中にいる事、みんな優しくしてくれるし何でも買ってもらえるけど、やっぱり外に出て思いきり遊びたい事。 色々話した。

「別に、面白い事なんてないよ」
 私が外の事をあれこれ聞くと、エリクスは決まって最後にはつまらなそうにこう言った。
 変なの。 どうしてそんな事言うのかしら。
 鉱山区で働いているガルカさんたちのお話も、エリクスのお友達が坑道に探検に行って大人に怒られたお話も、冒険者さんが道端で大騒ぎしていたってお話も。
 家からあんまり出られない私にはすごく面白くて、聞いても聞いても飽きないのに。

 エリクスは、カギのかかったおもちゃ箱だ。 本当はすてきなおもちゃがいっぱい詰まっているのに、振ったら色んな音がするのに、自分はただの木の塊だと思っているから、ぴったり閉まったフタがどうしても開けられない。 そんな気がした。
「そんなはずないわよ」
 だから、私は必ずこう言い返す。
「じゃあ、私がもっと元気になったら、連れて行って。 エリクスが話してくれた所、全部。 そしたら私、そこにある面白い事をみーんな見つけて、教えてあげるわ。 そしたらもうそんな事言えなくなるのよ、ね?」

 勢い込んで大きな声でそう言う私を、エリクスはいつもちょっとだけバカにしたような目で見るけど。 でも口はなんだか照れたみたいに、小さく笑いながら「いいよ」って言ってくれるから、私は嬉しくなる。

 きっと、エリクスの所には、ある。
 お父さんやお母さんは見せてくれない、女の子の友達は知りもしない、たとえ痛くてもぶつかっていくだけの価値のある、今まで私が見た事もない新しい世界が。
 エリクスにも教えてあげたい。 つまらなくなんかないよって。 こんなに私をわくわくさせてくれたあなたの世界が、つまらないはずなんてないよって。 私がどこにでもついて行けさえすれば、教えてあげられる気がする。

 だから、嬉しくなるたびに焦った。 早く元気になりたい。 大人と一緒でなくても、エリクスと二人でどこにでも行けるように、早くなりたい――――


  *  *  *


 そうして、四年が経った。
 何度か大きな発熱もしたけれど、この四年で私の体は見違えるほど丈夫になってくれた。
 成長と共に体力がついてきたのだろう、とリカード先生は仰ってたけど。 それよりも何よりも、心配だと渋る両親を先生が説得してくれた事で、一人でも自由に外出させてもらえるようになったのが本当に嬉しかった。
 それでもどうしても心配なのか両親は、その頃にはすっかり顔馴染みになっていたエリクスを、しきりに街に出たがる私の「お守り」に任命したりして。
 わざわざ任命なんてしなくても、それが私の目的なのに――とこっそり笑ったのは、私とリカード先生だけ。

 エリクスは私を、どこにでも連れて行ってくれた。
 町中にあるお店をかたっぱしから全部回ったり、人でごったがえす競売所で迷子になりかけたり。
 山のような鉱山口の横の、大人の知らない細い細い抜け道を通って泥だらけになったり。
 港区の奥にかかる、信じられないぐらい大きな跳ね橋がゆっくり開いて、もっと信じられないぐらい大きな飛空挺が空から滑り込んで来るのをすぐ近くで見た時は、隣でエリクスがおかしそうに笑っているのにも気付かずに、しばらくぽかーんと口を開けて見入っていた。

 同じ日は一日もなかった。 楽しい楽しい――本当に、楽しい毎日。

「ね、エリクスのお家に行きたいな」
 ある日私は、エリクスにそう尋ねた。
「え――うちに?」
 私が予想していたよりもエリクスはびっくりした顔をして、そのまま何だか嫌そうに眉を寄せた。
「……散らかってるし、親父がいるからつまんないよ」
「だから行きたいのよ。 エリクスのお父さん、お会いしたいわ」
「え……うーん……」
 エリクスは足元を見ながら、ぼりぼりと頭をかいている。 本当に困ってるみたい――そんなに散らかってるのかしら。 私なら全然気にしないのに。
「……だめ?」
 もしかして悪い事言っちゃったのかな、と思って、こそっとそう訊くと。 エリクスはちらと私を見て、なんだか泣きそうな顔でふーっと息をついて言った。
「――わかったよ」


  *  *  *


「はじめまして、グレーティア=キールです。 エリクス君にはいつもお世話になってます」
「おや――おやおやおや、これはこれは。 ずいぶんと可愛いお客さんだね」

 すごーく優しそうなひとだ。
 エリクスのお父さんを一目見て、私はそう思った。

 通された小さな工場みたいな仕事場は、金属や油のような匂いと、見たこともない道具や機械でぎっしりと埋まっていた。
 その中で驚いたような笑顔で立ち上がって、私に差し出したその力強い右手が、うっすら鉄色に煤けていた。 それに気付いたのか慌ててズボンでこする姿は、なんだかとても――失礼だけど――可愛くて。
 客商売をしている私の父よりも、お医者さんのリカード先生よりも、ずっと腕力や体力のいる危険なお仕事をしているはずなのに。 気難しい拳銃職人という私のイメージからはずっと遠く、そんなに体も大きいとは言えないエリクスのお父さんは、少し気の弱そうな笑顔を絶やさない柔和なひとだった。

「済まないね、散らかっていて」
 煤にまみれたぶ厚く丈夫そうなエプロンを着て、エリクスと同じ黒い髪をエリクスと同じようにぼりぼりとかきながらお父さんは、やっぱりエリクスと同じ事を言った。 私はつい笑ってしまう。
「とんでもないです。 私こそお仕事のお邪魔をしてしまって、すみません」
「いやいや。 エリクスの友達が遊びに来るなんて滅多にないから、大歓迎だよ。 あんまり可愛いお嬢さんなんで、ちょっと驚いたけどもね」

 嬉しそうにそう言ってお父さんが目を向けた当のエリクスは、私からもお父さんからも少し距離をおいた所で、仏頂面でずっとぶらぶらと立ち尽くしている。
 思い当たるような事はないんだけど……何か怒っているのかしら。 後で聞いてみよう。

「銃を、作るお仕事なんですよね?」
 きょろきょろと部屋の中を見回しながら私は言った。 どっしりした大きな土台に鋭い刃物のついた機械があるかと思えば、部屋の隅でライトが照らす広い机の上には細かい部品や繊細な工具が沢山並んでいる。
「ああ……ちょっと物騒な仕事だからね、女の子に喜んでもらえるような物はありそうにないなあ」
「あら、そんなことないです。 全然知らない事だもの、すごく興味があるわ。 見せてもらってもいいですか?」
「危ないからやめといた方がいいよ」

 突然後ろから、それまでずっと黙っていたエリクスのぶっきらぼうな声が飛んできた。
 振り返ると、やっぱりぶすっとしたままの顔でそっぽを向いている。 もう、どうしたのかしら。
「うん、危ないんだよ」
 と。 何だか投げやりな態度のエリクスを怒りもせず、お父さんは静かに言った。
「でもね、危ないものを知らないままにしておくのは、もっと危ないってこともあるんだ。 うっかり興味を持ってしまったんなら尚更ね」
 そう言って、優しい笑顔を私に向ける。
「どう危ないのかをちゃんと知っておけば、近寄るにしろ近寄らないにしろ正しい対処ができるようになる。 知らずに間違った関わり方をするのが一番危ない……そうだろ?」
 きっと彼にもそう教えてきたのだろう。 最後の一言はエリクスに向けられたものだった。 お父さんの言葉にエリクスは何も言わず床を見ていたけれど、それが無言の頷きのように見えて、私はちょっとほっとする。

「――あの、じゃ、これは何ですか? 砂の、詰め物か何かかしら?」
「お……おおっと、それはえーっと、火薬だからね。 あまり動かしちゃいけないよ」
「あ、火薬……はい。 ……それじゃこれは? 何をする機械?」
「ティ、ティアっ、それはグラインダーだから――って駄目、スイッチは駄目! ま、まず髪の毛結ぼうか! 何か動いたら巻き込まれそうだ!」
「え、うん……すみません、この鏡、お借りしていいですか?」
「おおっ、ビスが、シャフトが! ちょ、ちょっと待っておくれ、今机を片付けるからね――」

 雑多に散らかった工場の中で、私が何かしようとするたびに。
 それまでの変に頑なな態度がどこかへ吹っ飛んでしまったエリクスと、私をまるで火のついた爆弾を見るような目と手つきで追うお父さんが、二人して交互におののくような声をあげて飛び回る、そんな中。
 次から次へと止まる事を知らない私の質問攻撃は、数時間も続いたのだった。


  *  *  *


「背筋を伸ばして――肘は、張りすぎない。 そう――しっかり狙って――、よし」

 ぱぁん、と、大きいけれどあっけないくらい軽い音が、私の耳を打った。
 逃がし損ねた反動が、伸ばした腕を通ってぐんと肩を押す。

「お、初めてにしては上出来じゃないか。 センスあるぞ、ティアちゃん」
 ディナルドおじさまの嬉しそうな声を聞きながら、私は十数メートルも離れた場所に立てられた白い円盤にぽつんと空いた小さな穴を見ていた。


 ――危ないものは、どう危ないのか知っておいた方がいい。
 その言葉を土台にして、いつしか私は射撃に興味を持った。
 取っ組み合いをする体力がなくても、屈強な男たちとの力の差を埋めてくれる――もっと広い、もっと遠い世界へのパスポート。 そんな風に、この鉄の塊は私の目に映ったのだ。

「ティアちゃん、よく聞いておくれ」
 射撃を教えて欲しい、という私の意志が固いと知ったおじさまは、すっと膝をついて私と視線を合わせると静かにこう言った。
「正直に言うなら、私は賛成なんだ。 銃というのは本来、護身用であるべきだと思っている。 ティアちゃんのような、自分を守る術が少ない人にこそ、私の銃は持ってもらいたいと思っているんだよ」
 ゆっくりと話すおじさまの瞳には、哀しい祈りにも似た光が宿っていた。
「でもね、やっぱり銃は危険なものなんだ。 特に、これを人に向けるということは――そのまま、銃を向けられても文句の言えない対象にティアちゃんがなる、という事でもある。 だから」
 私の肩に、おじさまの大きな手のひらが乗る。
「それを人目に晒すのは、自分を、誰かを守る時だけだ。 いいね、これだけは誓っておくれ。 命の問題なんだよ。 銃を取り出す時を、見誤らない人間になってほしい。 ティアちゃんなら大丈夫と判っていても、私は言わずにはいられないんだ。 それを約束してくれるなら、教えよう」

 逸らす事など叶わない、強く真摯な眼差しが間近で私を射ていた。 しっかりとそれを見返して、私は頷く。
「判りました。 約束します」
 うん、とひとつ頷いて、それからおじさまはにこっと笑って言った。
「ああ、それから。 ご両親にも了解を取っておいでね」
「あ――それは、もしかしたら練習よりも難しいかもしれないわ……」
 はっと意表を突かれて絶望的な声を上げる私の横で、エリクスが可笑しそうに笑った。


 またもリカード先生の助けを得た私は、それから銃の扱いと射撃の練習に明け暮れた。
 おじさま曰く、少し素質があったらしい私は、純粋な興味と向上心も手伝ってどんどん腕を上げていった。
 威力の高い銃の扱いも少しずつ覚え、ライフルも勉強した。

「趣味じゃないんだ」
 エリクスはそう言って自分では銃を取らなかったけれど、それでもひととおりの知識や技術は持っていて、私が練習をする時は必ず側で見ていてくれた。

 道が、拓けていく感覚。
 もっと遠くへ行く為に、色々な可能性に触れる為に、その後押しをしてくれる技術。 形を取った、自信。
 隣にいるエリクスと、手の中のおじさまの銃が、私を囲んでいた世界の境界線を少しずつ溶かしていってくれるような、幸せな興奮。


 けれど。
 そんな私の日々は、唐突に終わりを告げた――


to be continued

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