テノリライオン

Blanc-Bullet shot10

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匿名ユーザー

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「うーん……激針だけじゃなくて、スロットに微妙な歪みが出ちゃってるかなぁ……パーツの交換もそうだけど、その後の調整があたいじゃ無理だと思う……それに」
「――それに?」
「さすがにあたいも、ヴィンスロットの銃に手を入れる勇気はないよ……ごめんね、ティア」


  *  *  *


 ブブリム半島で、高く売れるお宝を持つスケルトンを狙った。 その戦いから明けて翌日。
 乱入してきた鬼火の炎で暴発したデリンジャーの損傷を診てもらうため、僕とグレーティアは森の区にあるノノの工房を訪ねていた。

 まあ、ある程度予想はしていたが――やはりノノには荷が勝ってしまったか。 いつもどうかと思うくらい明るいノノが、作業机に横たわる傷ついたデリンジャーの向こうで、済まなそうにしゅーんと耳をたらしてしまった。
「そう……ありがとうノノ、ごめんなさいね、無茶なお願いを持ち込んじゃって」
 そんな彼女の様子に、グレーティアは慌てて優しい声で詫びた。
「ううん、いいんだよう」
 鍛冶職人のミスラはもどかしげにぶんぶんと首を振る。
「でも――どうしようね、これ。 あたいの知り合いの職人でも……どうかなあ、モノがモノだし……うーん、難しいかもなー……」

 僕は腕を組み、二人の横に立ってじっとその成り行きを見ていた。
 グレーティアがデリンジャーを手に取り、哀しそうに目を落としている。 ノノは思案顔で眉根を寄せ、無意味に視線をあちこちさまよわせながら何か手はないかとぶつぶつと呟いている。 僕はふぅと鼻で一つ溜息をついた。

「ね、エリクス」
 と、やっぱりお手上げ、と言った表情で、不意にノノが傍らに立つ僕をひょいと見上げて言った。
「うん?」
「お父さんに、直してもらうのは無理なのかな?」

 そう、彼女も一応、僕の苗字の意味する所を正しく知っている者の一人である。
 まぁそれなりに銃やその世界に造詣がある人間には、わざわざ教えなくても名乗れば判ってしまう事だけれど。 ノノは見ての通りあっけらかんとした性格だから、そうと聞いてもただその事を承知しただけで、それ以上の事を特にあれこれと聞いてきたりはしなかったのだった。

「うん――ノノの手に負えなかったら、そうしようと思っていた」
「えっ……エリクス、いいの?」
 僕の言葉に、グレーティアが俯いていた顔を上げて驚いたように訊いた。 僕は少し笑って頷く。
「そのデリンジャーを、壊れたっきりにはできないだろう? 行って、直してもらおう」
「ああよかった、本家本元なら安心だねっ! ……ってーか、そう言えばエリクス、ヴィンスロットさんってどこにいるの? やっぱバストゥーク?」

 職人としては一流でも、どうもノノは外界というか世事に疎い所がある。 だからこそ僕の苗字を知っても過剰に驚いたり盛り上がったりせず、それが僕としても気楽で有難かったわけだが。
 親父の居場所、か――まあ、ノノになら言っても問題ないだろう。 無邪気に首を傾げる彼女に、僕はゆっくりと喋り出す。

「いや――今はね、タブナジア地下壕にいるんだ」
「へっ? タブナジア? なんかずいぶん遠いって言うか――変な所にいるんだねぇ?」
「変……まあ、変だな、確かに」

 僕はくすっと笑う。 少なくとも人がわんさかいて栄えているとか、人気の観光スポットがあるという土地柄ではないな。

「ふぅん……タブナジアって、鍛冶とかの製造業って盛んだったんだ。 それで引っ越したってこと?」
「――いや」
 僕はぽりぽりと鼻の下をかく。 グレーティアが気遣わしげな顔で僕を見ていた。
「ま、話せば長いんだけどね……地元のバストゥークに、居られなくなったんだよ」
「ほえ?」
 素っ頓狂なノノの声。 僕は心の片隅に追いやっていた遠い記憶と手近な椅子を引き寄せ、よいしょと腰を据えた。


  *  *  *


「ノノはさ、銃とか――銃じゃなくても、道具とかブランド物とか、集めたりする方?」
「うんにゃ。 使ってるものがよかったらそれでいいかな、みたいな」
「だよね。 僕もそんな感じだ。 でもさ、世の中にはこう――好きになったものとか珍しいものを、とにかく集めたがる人っていうのが、いるじゃない。 それを使うのが目的って言うよりは、手元にできるだけ沢山の種類を揃えたいっていう……」
「んー、そだね、コレクターってやつ?」
「そうそう。 ま、正直僕にはよく判らない心理なんだけどさ……でね、親父の、ヴィンスロットの銃にも、コレクターが出てきたんだ」
「へーっ。 あの銃を? 集めるの? 大変じゃない?」
「ああ、大変だ。 何たって一人の人間が全部手作業で作ってるシリーズだから、圧倒的に数がない。 でも、だからこそ、なんだろうね。 やっぱり数が少なかったり誰も持っていないものほど、自分が持ってると嬉しいもんだろ?」
「うん、それはわかんなくもないなー。 逆にもったいなくて使えなくなりそうだけど」
「全くだね。 だからというか何というか、そういう人達はただ集めるばかりで、まず実際に使ったりはしなかったらしい。 部屋に飾ったりとか、金庫にしまい込んだりとか」
「うにー。 なんかそれじゃ、作った意味ないー。 道具なんだから使ってよう」
「ははは……って言っても、モノは銃だから。 使われまくるのがいいとも言えないだろ……ま、そういう人達が、いた訳」
「うん」
「親父も自分の銃が使われず、そういう風に蒐集されている事を知ってはいたけど――何も言えないよね。 粗末にされてる訳でもないし、むしろ大事にされてる。 何より買われたものに、口出しはできない」
「そうだねえ」
「それがある時ね、バストゥークの熱心な――熱心すぎるコレクター達の間で、トラブルが起こっちゃったんだ」
「……トラブル?」
「ま、要は『その銃は俺が手にするはずだったんだ』って奴だね。 流通のルートか何かで行き違いがあったらしくて、最終的にそれを買い付けたコレクターの所に、肩透かしをくらったというコレクターが怒り心頭で乗り込んだ」
「へー……それ、そんなに必死になるほど手に入りづらい奴だったの?」
「さあ、今となっては判らない」
「?」
「そんな場面になってね、銃が銃の役目を果たしちゃったんだよ。 さんざんモメたあげく頭に血が上ったのか――どちらかが弾の入った銃を取り出し、撃ち合いになった」
「え――」
「ヴィンスロットの銃が、言わば一般人同士に向けて、火を噴いてしまったんだ。 しかも乗り込まれた方のコレクターの家族――奥さんや、子供まで巻き込んで。 生存者はゼロ。 重傷止まりだった乗り込んだ側の男も、病院に運ばれる前に息を引き取った」
「――――」
「親父に責任は全くなかった。 そりゃそうだよね、親父はただこつこつと銃を作ってただけだ。 でも、理屈と真実が確かにそうでも、世間の目ってやつはどうしようもない。 たまたま同時期に政治的に大きな事件があったんで、そう大きなニュースにはならずに済んだけど――それでも、銃ってもんに馴染みとか理解の薄い一般層を主に、『あれは危ない銃だ』っていうイメージが、バストゥーク界隈で一時期広がったんだ」
「そんなあ――」
「勿論冒険者や、正しく銃を必要とする人達はそんな寝言は言わなかったよ。 同情や励ましの声も沢山届いた。 でも――親父には、キツかったんだろうな。 自分の評価がどうとかじゃなくて、ヴィンスロットの銃が、ヴィンスロットの銃であったがために、そんな悲惨でやりきれない事件の――まさに、引き金になったことがさ」
「……うん……」
「で、親父は、銃を作る意欲を失って。 人目を避け、こっそりと僻地とも言えるタブナジアに隠遁したわけだ。 それが、四年前」
「――もう、銃工は完全にやめちゃったの?」
「いや。 そうは言っても、親父にそれ以外の特殊技能なんかないに等しいからね。 あまり目立たないよう細々と、修理とかメンテとかを食うに困らない程度に請け負って――っていう感じかな。 多分今も、そうやってると思う」
「ふぅん……」
「ま、そんな訳でね。 親父はタブナジアさ。 明日にでも出発して、そいつを直してもらいに行って来るとするよ」


  *  *  *


 礼を言って、ノノの工房を後にする。 よく晴れた午後の空と、きらきらと明るい木漏れ日が眩しく僕達を迎えた。
 涼しい緑色の空気を一杯に吸って、うーんと伸びをする。 と、そんな僕に、隣を歩くティアが小さく訊いた。
「エリクス、本当にいいの?」
「ん?」
 僕はひょいと腕を下ろし、さっき工房でしたと同じ問いかけを繰り返すグレーティアを見下ろした。
「私はデリンジャーが直るのも、おじさまに会えるのも嬉しいけど……エリクス、あんまり気乗りがしないんじゃないかしら? 以前からずっと、おじさまの話とか銃の事とか、何となく避けているなと思ってたし――」

 紅茶色の髪をさらさらとなびかせる、やや遠慮がちなグレーティアの言葉を聞きながら、僕は軽く木漏れ日を仰ぐ。


 彼女の言うとおり。
 僕はどちらかと言えば意識的に、親父にまつわる色々な事に背を向け――そう、疎んじていた。 親父と親父の仕事の話題を振られることを嫌い、親父を思わせる銃も、十分に扱えても必要以上に手に取ることはしなかった。
 何故、と言われても……上手く説明できない。
 反発していた子供の頃の気持ちがまだ残っているのか、あの事件に絶望して故郷を去るその姿をどう捉えていいのか判らなかった、しこりのようなものが拭えていないのか。

 小さい頃から、距離の取り方が判らないでいた。
 二人きりの家族だというのに、まるで惑星と衛星のように生活という一定の間を空けて、つかず離れずふらふらと漂う毎日。
 その頃の僕は親父の事を、考えようと思って考えた事はほとんどなかった。 でも、親父の方は――僕を見ていた、と思う。
 勝手に何かを諦めて自己主張をしなくなってしまった僕を、離れられない工房の奥から不器用に見守っていたんじゃないかと、今となってはそう思う。
 ただ、その頃の僕は、その何気ない視線が鬱陶しかった。
 親父の「気持ち」をうっすらと感じ取るたび、今更、とか、どうせ、とか、めんどくさい、とか――そんな短くて使いやすく投げ遣りな単語で思考を停止させ、ふいと背中を向けていた。
 そして、タブナジアを飛び出すときに決定的に背けたその背中は、戻す機会なく今でもそのままだ。

 自分が一体どうしたいのか、またはどうしたくないのか――そこが、一番、判らない。 離れてみて初めて判った色々な理屈を頼りにしてみても、霧の中をかきまわすような頼りない感覚に、思考の手はすぐ億劫になってひっこめられてしまうのだ。


「……まあ、いつまでもガキみたいにうだうだしてるのも進歩がないしね。 いい機会だし、一緒に行こう。 僕はともかく、ティアの顔を見たら親父も喜ぶだろうしさ」
「もう、何言ってるの」

 グレーティアの声が、明るく僕をたしなめる。 そう、自分でもよく判らずもてあましているようなわだかまりなんかより、彼女の銃の方が大事だ。 それはもう、考えるまでもない序列。

「タブナジアかあ――エリクスから少し話を聞いていただけで、行くのは初めてね。 おじさまにお会いするのも四年振りだし、楽しみだわ」
 からりとタブナジア行きを了承した僕の様子に安心したのか、グレーティアの声が一転うきうきと弾む。 密かな物思いからまだ完全に抜け出ていない僕の耳を、その明るい声が横あいからくすぐった。
「ああ、どうしましょう、何かお土産を持って行った方がいいかしら? 向こうになさそうな物で、おじさまの好きそうな何か――」
「おいおい、いいってそんなの。 仕事の依頼に行くんだから――」
「そうかしら……あ! 美容院! 大変、明日出発するのよね? 今から行かないと」
「え? 髪の毛、切るの?」
「ううん、ちょっと揃えるだけだけど。 久し振りにお会いするんですもの、ちゃんとして行かなきゃ」

 …………。
「揃える」前と後を見比べても、恐らく僕には全く差が判らない……というか、今まで「揃えて」いた事すら気付かなかった――などという無粋の極みのような発言を、ここではしてはいけないに決まっている。 それは無駄に僕の無能っぷりを晒すようなものだ。
 同様に、そんなことしてもしなくても親父はグレーティアを可愛い可愛いと誉めそやすに決まっているんだから、わざわざ気にしなくてもいいのに――と、これは言ってもいいのだろうか。
 いやはや、微妙で難しい問題だ。


 とまあ、そんなこんなで少し慌しく浮き足立った空気の中。
 グレーティアは慌てふためいて美容院に行き、その帰りに何やら小さな手土産を買い、僕は特に何もせず。
 翌日一番で、僕達はバルクルム砂丘への空間移動サービスに乗った。


  *  *  *


 目を射るほどに眩しい白浜と、青緑色に澄んだ波がくっきりと美しい海岸が、訪れた僕達の前に悠然と広がる。
 ぐんぐんと登る太陽が汗を誘う前に、砂丘を南東に横断する。 目指すは東端の海岸でひっそりとその床を冷たい海水に浸す洞窟だ。
 追ってくる凶暴な太陽をひらりとかわすようにして、僕達二人はタブナジアに入った。


  *  *  *


 タブナジア地下壕という名の集落へ続くこのルフェーゼ野は、音の草原だ。

 常にどんよりと曇る空を不安げに滑らせる、強く吹きすさぶ風。
 あるいはその雲をぴしりぴしりと絶え間なく切り裂き、時には轟音を響かせ瞳を灼いて大地に突き立つ、紫色の剣のような落雷。
 このどちらかが、ルフェーゼ野の空の常態だ。 四季を通じても、穏やかに晴れた姿というものは僅かにしか見られない。
 そしてその空の下には緑の野原。 雰囲気としてはサンドリア近辺に近い茶色い大地と、まばらな細い木々。 少し段差が多く、起伏に富んだ地形をしている。

 が、しかし。 そんな陰鬱な、常にラムウとシルフが競うように頭上を支配するルフェーゼの様を思い出しながら、約四年ぶりにそこに足を踏み入れた僕を迎えたのは。
 僕の同伴者に媚びるがごとく実にさわやかに晴れ上がり、澄んだ青色と遠い潮騒に彩られた、安らかな緑の大地だった。 今はさらさらと穏やかな風を浴びて、グレーティアが感嘆の声を上げる。

「まあ……きれいな草原ね。 空が、高い――」

 匂いというのは、記憶と非常に強く結びつくと聞いた事がある。
 落ち着きのない風の匂いが、それにすくい上げられる土の匂いが、錆び付いていた僕の記憶の蓋を次々と開いていく中。 グレーティアの歌うような声をBGMに、僕の思考はふらふらと泳ぎだしていた。

 親父とそこに居を移してから一年と経たずに、僕はタブナジア地下壕を飛び出した。
 落雷の轟音と徘徊するモンスターに怯えながら、死に物狂いでこのルフェーゼを抜けた。
 そしてバルクルム砂丘を渡り、ラテーヌ平原を駆け、力を――

 あの時、僕が必要とした力を手に入れる為、がむしゃらに目指したのは――サンドリア王国だった。


to be continued
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