テノリライオン

The Way Home 第1話 衝突

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ぼんやりと白い壁。
そう広くない円形の部屋。
両耳を布で塞がれたような、閉じられた静寂。
淀む薄闇の底に、座り込みうずくまる7人の人影があった。

一人はミスラ。
両手で胃の辺りをぎゅっと掴み、前屈みで目を見開き床を凝視している。

一人は短い白髪のエルヴァーンの男。
両手をだらりと垂らし、血の気の失せた顔で正面を見つめている。

一人は赤毛のタルタルの少女。
両腕で己をかき抱き、目を閉じて小さくなりがたがたと震えている。

一人はガルカ。
目を剥いて床に手をつき、しとどに汗を流し肩で息をしている。

一人は長い白髪のエルヴァーンの男。
一見冷静な表情の下で、握り締めた拳が白くなっている。

一人はタルタルの少年。
荒い息の下で、思い切り歯を食い縛っている。。

一人は茶色い髪のタルタルの少女。
声も上げず、俯きただ滂沱の涙を流している。



生きたまま造られた不吉な彫像のように小さく低く佇む彼ら。 その頭、肩、背中には。
幾本もの細く柔らかい糸のようなものが、ふわりと乗ってほの白く輝いていた―――


* * *


天晶暦961年。
女神に造られ、しかし神に触れ得ぬ、日々を獣人達との諍いに埋没させる五つの種族が集う地、ヴァナ・ディール。

その片隅に、かつてのクリスタル大戦により大陸から分断され、滅びた一つの国があった。
長く人の記憶からも追いやられ、もはや記録すら失われかけていたその地に。
永き静寂を払い、再度アルタナの民がその足を踏み入れようとしていた。

これは、そんな時代の、或る冒険者達の物語―――


* * *


「珍しいね、星が見えるなんて」
「大体が曇りとか雪だもんねぇ」

世界の中心に浮かぶ島クフィムは、一年を通してその空を厚い雲に、大地を白い雪に覆われる。
まばらな枯れ木、断崖絶壁に打ち付ける荒く高い波、巨人族を初めとする徘徊する魔物たち。
そして考古学者が発掘しかけて放り出したように、あるいは長い年月をかけて風が大地をさらった後に現れたように、あちらこちらで不規則にその姿を横たえる、巨大な白い「何か」がある。

雪原の輝くような白と、その「何か」の汚れた石膏のような鈍い白。
そんな二種類の白の中を、賑やかに歩く7人の人影があった。


「晴れてるってことは、光のエレメンタルがいるかもなぁ」
腰に2本の短剣をさした軽装のミスラ、 名をアルカンジェロ。 通称ルカ。
ベレー帽に隠れた猫耳と、顎のあたりで切り揃えた茶色い髪。
シーフにしては臆病にして粗忽者、勝負事にも極めて弱い。

「あ、いたらぜひクリスタルを頂きたいわね」
純白の鎧に身を包んだタルタルの少女、名をドリー。
高く左右で結んだ赤茶色の髪が元気に揺れる、小さくとも立派なナイト。

「うん、上まで上がったらちょっと探してみるか」
腰に使い込まれた戦斧を下げたガルカ、名をイーゴリ。
「気は優しくて力持ち」を絵に描いたような屈強なる戦士、ドリーの師匠。 最年長。

その横を黙々と歩くエルヴァーンの男性、名をヴォルフ。
背中まである白髪を後ろで一つに束ねた長身の赤魔道士。
卑怯なまでに整った顔立ちに加え、寡黙にして飄々とした行動様式の絶滅危惧品種。

「ルカさんは塔の地下のポットも倒したいんじゃないすか? かけら使うでしょう」
漆黒の鎧に身を包むタルタルの少年、名をルード。
灰色の髪の頭脳明晰なやんちゃ坊主、攻撃力と闘争本能の権化たる暗黒騎士。 最年少。

その暗黒騎士の斜め後ろを付き従うように歩くタルタルの少女、名をフォーレ。
茶色いポニーテールの白魔道士。 おっとりして控え目な、ルードのパートナー。仲間内の「良心」。

「地下のずっと奥にもあったね、ポットがいる部屋が」
ローブを纏いスタッフを背負ったエルヴァーンの男性、名をバルトルディ。 通称バルト。
短い白髪の黒魔道士、アルカンジェロのパートナー。


以上7人、ヴァナ・ディールのどこにでもいる自由気ままな冒険者達。
彼らの本日のご予定は、デルクフの塔上層での狩りだ。


「お、よく知ってるね、奥の部屋。 じゃあちょっと寄ってもいい? 最上階に上がる前に」
「いつもすぐ上の階に上がっちゃうから知らなかったわ。 見に行こう見に行こう」
仲間から出る狩場開拓の声にルカがしめたとばかりに飛びつくと、ドリーがそれに楽しげに便乗する。

雪に覆われ切り立った谷間を抜けた彼らの前に、圧倒的な質量で白くそびえ立つデルクフの塔がゆっくりと姿を現す。
鋭く天を突く遥かな頂、今だ未知の物質のままの、その骨のように滑らかな質感の建材。
ただ所々に細かな穴が空きそこから何かが流れたような跡があるのが、この塔そのものが纏う「生命」の影を色濃く感じさせている。
ほどなくその入り口に到着し、周囲を徘徊する巨人やリーチを狩る冒険者達がひしめく間を慣れた足取りですり抜けながら、次々と塔の中に消えていく彼ら。
その冒険者達の中に知り合いでもいたのか、ドリーなどは後ろ向きに手を振りながら姿を消す。

「―――?」
最後尾で、ルカがふと立ち止まった。 背後を振り向き、まだ新しい夜空を仰ぎ見る。
冷たく澄んだ大気を通して、まるで生きているかのように瞬くいくつもの星達がその存在を主張している群青の空。 いつもと変わらぬ、星空。
ただそれだけの光景に、そっと肩を叩かれたような気がした―――


* * *


「ほらほら、急げ急げー」

塔の地下。 長く続く階段を降りた先にぽつんと開ける丸い部屋から、やんやと騒ぐ声がする。
彼らの言う通りその部屋では、ポットと呼ばれる3体の魔法生物がぶぅん・・・ぶぅんと不気味な低い音を発しながらゆっくりと宙を漂っていた。
そこでそれぞれ二人で一つのポットを相手取っている間を、ルカが忙しく飛び回っている。
倒した敵が少しでも多く戦利品を落とすように、シーフの「仕事」をするためだ。

「ルカさん、こっちもうちょっとですよー」
フォーレと一緒にポットを叩いているルードが、からかうように彼女を呼ぶ。
「はいはい只今只今」
「こっちももうすぐ終わります」
「そこは待って! ちょっと待って! あぁっバルトは何唱えてんの!!」
淡々と剣を振るいながら状況を知らせるヴォルフと、その横で楽しげに無駄に強力な精霊魔法を唱えかけるバルトに必死で待ったをかける。

ルードとフォーレ、小さな白黒コンビの所に慌てて飛んでいくミスラを見ながら得物を収め、一番にポットを倒し終えたドリーとイーゴリの師弟コンビがはっはっはと呑気に笑った。


* * *


丁度その頃。
彼らが通り過ぎて来た塔の麓の冒険者達に、一斉にざわめきが広がっていた。

「珍しいな、流れ星か」
「きれい・・・」
「にしても、数が多いような? うわぁ・・・」
「ねぇねぇ何か、全部こっちに向かって流れてない?」
「すご・・・一度にこんなに沢山流れる事なんてあるのか?」

彼らの頭上、その空に突如として現れたのは、常識を遥かに凌ぐ数の流れ星。
それらがあたかも空一杯に広がった目に見えぬ網に引かれるかのように、次々とデルクフの塔上空に押し寄せていた。
そしてある一点に達し、ふっと消える。 時間にしてほんの数秒。

「流星群」の一言で片付けるには余りにも指向性あるいは意思の気配が濃い、しかしそれに対して何の確信も答えも持つことのできない冒険者達は、消しようのない戸惑いを抱えたまま恐る恐るそれぞれの狩りに戻るしかなかった。


* * *


「一個も出ないのもどうかと思うのよねー、ねぇシーフさん」
「ちょっと黙ってもらいましょうか」
「そんな、いつもの事じゃないですか」
「フォーレよ、むしろ君のその言い様の方が私の心を鋭く抉るね」
「ええっ」


ィィィ・・・ン・・・


「さーてと、それじゃ上層へ向かいますかねー」
ルードが鎌を背に収めると、てくてくともと来た階段の方へ歩き出す。 と同時に、ベレーに隠れたルカの耳がぴくりと動いた。
「・・・何の音?」
「え?」
その声に全員が足を止め、耳をすませた。


キィィィィ・・・・・


「何・・・?」
「判らない・・・でも、上から・・・?」
皆が一斉に上を見上げる。 明らかにそちらから近付いてくる何かを切り裂くような甲高い音が、硬い壁に囲まれた円形の室内で徐々に膨れ上がり四方に反響し始めた。
「嫌だ、何!?」
高い音が急激に低くなり、地響きに変わる。 本能的な不安で一所に集まる7人。
尚も高まる音と振動が彼らの頭上へと一直線に―――

「―――来るぞ!!」
「きゃぁぁ!!」


ずどん!! という爆音と共に、彼ら一人一人を白い闇が包んだ。


to be continued
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