テノリライオン

The Way Home 第2話 Shooting Star

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「嫌ぁ! バルト! バルトルディ!! みんな、どこぉ!!」

ルカ。 見覚えのない場所に一人で立ち、一歩も動けず怯えきった声で叫んでいる。

いや、その光景がバストゥーク商業区であることは判っていた。
しかし。

どんよりと赤紫に染まる、時間帯すら判然としない空。
完全に色を失い、思うさま萎れた草木。
見るも無残に崩れたあらゆる建造物。
そして―――

己の足元から広がる、見渡す限りの、原型を留めない、死体。

「バルトぉーーーっ!!」


* * *


「な・・・・・・」

バルト。 デルクフの塔の頂に浮かんでいる。
一匹の、見た事もないモンスターと対峙していた。

餓鬼のように禍々しい、しかし人の形。 くすんだ灰の色の肌、骨の浮き出た体。
右手は鎌になっている。 背には黒く刺々しい翼。 そして、およそ全ての人間が持つ「邪悪」という概念をわざとらしくも忠実に平均化し具現してみせたかのような、歪み切った顔。
そこに乗った二つの目と、彼の目が合う。 大きな口が、にぃっと嗤った。

「・・・!!」
目でその文字を見るよりもはっきりと。
焼きごてで捺されたように、「捕食」の二文字がバルトの脳裏に閃き浮かぶ。
体の芯が凍りついた。


* * *


「――――――」

ドリー。 静まり返るウィンダス港に放り出されていた。
その周囲を、曲がった背と黒い翼の生き物が取り巻いている。 が、彼女には目もくれず、何かを手にゆらゆらと辺りをうろつく彼ら。
何だろう。 小さい、肌色の・・・

彼女の足下に玩具が転がっている。

「・・・妖、魔・・・」
彼女の口からぽろりと言葉が漏れた。
その瞬間、磁石の針が向くが如く。
一斉にぐるりと振り返る餓鬼達。 大量の濁った目球、その全てに彼女の姿が映される。
「ひっ・・・!!」


* * *


「やめろ、やめないかっ!!」

イーゴリ。 彼の目の前で、無辜の民が妖魔に襲われていた。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々を、いとも容易く捕まえ次々とその手にかけていく。
彼は必死で駆け寄ろうとするが、体が全く動かない。 血を吐くような叫びにも誰も反応しない。

いや。
妖魔の一匹が、横目で彼を見た。
そして口元を歪ませると、これ見よがしに次の男性をその節くれ立った手で捕まえる。
「・・・うーーーっ!!」
奥歯を食い縛り、あらんかぎりの力で己が体を動かそうとするイーゴリ。
しかし、腕も足も、ぴくりとも動かない・・・


* * *


「ぐ・・・」

ヴォルフ。 激しく炎上するドラギーユ城の中庭で、呆然と立ち尽くしていた。
その上を飛び回る無数の黒い影。
時折その影から、サンドリア王国様式の鎧や武器、その破片がばらばらと落ちてくる。
美しく咲き誇る花壇に無慈悲な炎の舌が伸び、その端から灰に変えていく。
城が吐き出す熱風がヴォルフの服の裾と長い白髪を乱して暴れる。

背後でどすんと重い音がした。
反射的に振り返ると、花壇の上に乱暴に着地した妖魔が一匹。
舞い散る艶やかな花々の中の、おぞましい黒と灰色。 視神経が、それが一枚の絵である事を認めたがらない。

燃える城よりも、上空の影達よりもずっと非現実的なその光景が、彼に向かって動き出した―――


* * *


「おのれぇぇぇっ!!」

ルード。 一匹の妖魔にいたぶられていた。
両者の鎌が火花を散らす。 が、一方的に弾き飛ばされる彼。
起き上がる瞬間に二匹目の妖魔がもう目の前にいる。 また軽々と弾かれる。

力の彼我の差故ではなく、絶対的、圧倒的な見えない何かに阻まれている。
許せない。 この自分が、力比べにも持ち込めないまま地に這うなど・・・!

顔を上げる度に増える妖魔。 とうとう彼の鎌がその手から飛んだ。
それでも目を剥き歯を食い縛って跳ね起きる彼の両肩を、妖魔が乱暴に掴み地に押し倒す。
もがく暗黒騎士の目の前で、その顔のサイズに不釣合いな大きさの妖魔の口が、かっと開く・・・


* * *


「う・・・ひっく・・・」

フォーレ。 遥かな上空から、ヴァナ・ディールの地を見下ろしていた。
クフィム島を中心に、じわじわと世界が光を失って行くのを目の当たりにしている。
アルタナの温もりが消えて行く。 アルタナの民の気配が消えて行く。
人の手の癒しなど到底及ばないその規模と速度。
「喪う」という負荷の高い現象を、その小さな体に受け止め切れない容量で叩き付けられ続ける。
血の代わりに、とめどなく溢れ出る涙。

その、光の失せた後に満ちて行く「黒い何か」があるが、それが何であるかは彼女には判らない。
彼女の周囲の温度も、眼下の光景に比例して下がり始めていた。
自分で自分をぎゅっと抱き、その内と外の両方から襲う寒さに必死で耐える。

「っく・・・うぇぇ・・・」



そして、それぞれの凄惨な世界に翻弄される彼らの前に、最後に広がるビジョンがあった。

一つの広場のような閉ざされた空間、荒削りな薄灰色の壁。
同じく荒削りなうねる床一面に広がる、子供ほどのサイズの、柔らかく息づく白い塊―――


* * *


「――――――――――――――」

三体のポットを倒してから、どれ程の時が経ったのだろうか。
ぼんやりと白い壁、そう広くない円形の部屋でうずくまる、七つの彫像達。
全員が無事目の前にいる事が分かっても、誰も、一言も発しない。
あたかもそれを口にしたが最後、たった今見たものが現実になってしまうかのように。

その長い長い沈黙を、ついに破ったのはドリーだった。
「・・・ねぇ。・・・今の、何・・・?」
その音に反応し、彼らそれぞれの気配とでも言うべきものがゆっくりと顔を上げた。
小さなタルタルの呟くかすれ声が、とぎれとぎれに続く。
「私・・・何か・・・何か、く、黒い・・・魔物と・・・ひ、人が・・・」

全員の、恐ろしい幻影にまとわりつかれ彷徨っていた目の焦点が、その言葉で結ばれ交錯した。
誰一人「それは何だ?」と言ってくれない。 じわじわと、新たな戦慄が彼らの足下から這い上がってくる。

「どういうことだ・・・」
バルトが低く呟いた。
「・・・同じなの? みんな同じ? ねぇ何、あれ何!? なんで、なんで・・・!!」
堰を切ったように金切り声で喚き出すドリーを、傍らにいたルカがぎゅっと抱き寄せた。
その腕も、しがみつくドリーの体も細かく震えている。
フォーレが顔をくしゃくしゃにして、ルードの鎧の裾を握る。

意味のないただの白昼夢。
その一言で片付けたいという自分の一縷の望みを自分以外の全員が否定し、自分以外の全員の望みを自分が否定しているのだ。

「さ、っきの、音と震動・・・あれの仕業だと、考えられますが・・・」
バルトが言葉を発する。 徐々に持ち直しつつある男性陣が、ゆるゆると理性の視線を交わし始めた。
ちっ、とルードが舌打ちして言う。
「―――ったく、悪趣味な夢まぼろしか、それと」

「それとも」。
言いかけてルードが口をつぐんだ。
それとも・・・?

「ねぇ! あの音が上から来たってことは、この塔が何かしたんでしょ!? 何かあるんでしょ!? 違うの!?」
ドリーが叫ぶ。 全員がはっとなった。
「戻ろう。 一旦戻ろうよ。 訳が判らないし、怖い・・・」
ルカが怯えた声で主張する。
危険に身を投じる事を生業とする冒険者としては情けない限りだが、どうしようもなく街が恋しかった。 とにかく自分の暖かい部屋に戻って、ベッドに潜って丸くなりたかった。
武器を持って立ち向かうそれとはまた違う、冷たい恐怖に心臓をわし掴まれているような感覚がずっと抜けない。

「・・・そうだな、ここにも何か変化があるようには見えないし・・・あったとしても、体勢を立て直すべきだろう。 今日は戻った方がいいと思う」
用心深く周囲を見回していたヴォルフがゆっくりと言った。 それぞれが賛同の意を示す。
肉体的に疲労は全く無くても、この精神状態では適切な行動などできないのは明らかだ。
順に立ち上がるが、フォーレとルカの足許がふらついた。 イーゴリが二人を支える。
「デジョンにしましょうか」
それを見たバルトが帰還の呪文を唱え始めた。 順に一人また一人と、白い部屋からジュノへとその体が送り帰される。
最後にバルトとヴォルフが同時にデジョンを唱え、それぞれの小さなきらめきを残してその忌まわしい空間を後にした。


―――完全なる静寂が、何事もなかったかのようにその場に舞い戻り、再び腰を落ち付ける。

そしてしばらくの後、ひとつ、またひとつとポットが姿を現し、ぼんやりと宙を漂い始めた―――


to be continued

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