テノリライオン

The Way Home 第4話 繭

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大衆食堂での円卓会議から、明けて翌日。

デルクフで彼らが一斉に観た、謎の白昼夢。
その内容について何らかの手がかりを探るべく三国へ散る事になったバルト、ヴォルフ、フォーレの三人の姿が、徐々に昼の熱を帯び始めた朝日が照らすジュノ港に現れた。

「―――それじゃ、目安として最長で2日ぐらいは粘ってみましょうか。 収穫がないと思ったら、その時点で各自ジュノへ戻るということで」
「はい」
「判った」
冒険者の寄宿舎から伸びる階段を降りながら、バルトの言葉にフォーレとヴォルフが答える。
「魔物関連ならウィンダスかな、歴史ならサンドリア・・・、ん」

左手に伸びる、クフィム島へと下る長い階段がある。
その先で、複数の人間が騒ぐ声が細い階段の空間を反響してかすかに上がってくるのが、彼らの耳に届いた。
足を止め、三人は顔を見合わせる。
「何でしょう・・・行ってみますか」
バルトを先頭に、彼らは小走りに緩い螺旋階段を降りていく。


* * *


「ほ、本当なんだって! トンネルの途中にある、あの骨みたいなやつ! あれに寄りかかったジルが、き、消えちまったんだよ!」

クフィム島入り口にいたのは、完全に取り乱した様子の一人の冒険者だった。
階段を降りてきた三人の姿を認めるや彼らを捕まえてへたり込み、要領を得ない言葉を喚き散らし始めた。

「落ち着いて、落ち着いて下さい。 人が消えたんですか?」
「ああ、すーっと、吸い込まれるみたいにいなくなっちまった」
「吸い込まれる・・・あの白いのに、ですか」
「そうなんだ、もう訳がわかんねぇよぉ」

遅れて騒ぎを聞き付けた冒険者らしきタルタルが、男の話す内容に興味を引かれたのか、クフィム島への入り口へと姿を消していった。
それを見た男が更に怯えた声を上げる。
「ああ、やめた方がいい、またあの糸が出てきたら・・・」
「糸?」
バルトが問う。
「よく判らんが、ジルがあの白いのにもたれたら、そっから糸みてぇのがわいて出てきたのが見えたんだ。 なんか白くて光って・・・それに絡めとられるようにあの中へ消えて・・・あいつ、あの骨みたいのに食われちまったのかなぁ」

「・・・ヴォルフさん?」
錯乱する男と向かい合い懸命にその話を咀嚼しているバルトの横で、フォーレが訝しげな声を上げた。
見るとヴォルフが、虚空を睨んで眉間に皺を寄せている。
そしてその視線をつと上げると、彼は低い声で男に聞いた。
「その糸はどんな感じでしたか。 絹糸に似た、柔らかい細いような、とか」
「・・・そう、そうだな、そんな感じだ。 クロウラーが出すみたいな・・・おいあんた、知ってんのか!?」
「ヴォルフ?」
ヴォルフはすっと立ち上がると、
「いや、何となく思っただけです。 バルト、ちょっと行ってみよう。 フォーレさん、この人が落ちついたら寄宿舎まで送ってあげて下さい」
と言い、出口に向かって歩き出した。
察したバルトは不安げな表情のフォーレに頷いて見せ、「すぐ戻ります」と言い残して立ち上がると、
ローブを翻してヴォルフを追った。


* * *


「―――何か、心当たりが?」

黒檀のような岩に囲まれ所々に雪が吹き溜まる、凍てつくクフィムの地下通路。
そこを歩くヴォルフに追い付き並んだバルトが、彼に言葉を促した。

洞窟を巡る篭った風鳴りが、二人のエルヴァーンの会話を周囲から隠すかのように低く響いている。

「その糸、恐らくデルクフの地下で見た。 ―――あの時は無用な恐慌を煽りかねないと思って、敢えて口に出さずにおいたんだが」
わずかに緊張を纏った声と表情で歩きながら、長身の赤魔道士は語り出した。
「あの夢から醒めた時、全員の頭や背中に白い糸がまとわりついていた。 さっきの男が言ったように、細くて光る絹糸のような質感だったのを覚えている」
「それは―――気付きませんでした」
バルトが正面を見据えて歩きながら呟く。 その視線の先に、あの白い物体が姿を現し始めた。

「俺も見たのはほんの少しの間だ、気付くとすぐに溶けるように消えてしまったから。 伏せていただけのつもりが、今の今まで失念していた・・・失態だな」
また忌々しげに眉根を寄せる。
「その糸が、あの骨のような物体から・・・?」
「判らん。 が、連想したのは確かだ。 ・・・それよりも重要なのは、絹糸という表現」
隣を歩く彼の謎かけのような言葉に、不得要領な表情で視線をさまよわせる黒魔道士。
しかし一呼吸の後、はっとして呟いた。

「・・・繭・・・」
「うむ」

彼らの進む狭いトンネルの一部の空間が、一気に四方に膨らんだ。
そこを斜めに貫く、巨大な白い背骨のような物体。 いつもと変わらず、ただ静かにそこに横たわっている。
その空間の入り口でゆっくりと足を止める二人。
彼らより先にクフィムに入った物見高いタルタルが、奥でその石膏色の壁をためつすがめつしているのが見えた。

「・・・確かに、あの幻の最後に見た白い塊の、色と形・・・繭、と言われるとしっくり来ます。 ということは・・・」

顔から数十センチ前の空間を凝視し、ぶつぶつと呟くバルトの頭の中で。
蓄えはしたものの、意味を成さずに好き勝手に転がっていた様々な事柄が、音を立てて次々とリンクしていった。
その音が完成するのを黙って待つヴォルフ。

そうして出来上がった陰鬱な「予想図」に、バルトは思わず目を閉じ、重い溜息をついた。
「・・・筋が、通ったら、通ったで・・・」
「まだ想像の段階だ」

無表情に言い放ったヴォルフが、すらりと腰の片手剣を抜く。
すっとその切っ先を白い物体に突き付けるようにかざすと、じわりと足を踏み出した。
「―――気をつけて」
バルトもその後ろでスタッフを抜き、不測の事態に備える。

白い壁を見据え、摺り足で一歩一歩様子を伺うように近付いていくヴォルフ。
8歩ほど歩いた所で、その足がぴたっと止まった。 沈黙を守る壁まではまだ距離がある。
「・・・バルト。 ゆっくり、ここまで来てみてくれ」
言われて歩を進める黒魔道士。
彼は、4歩だった。 顔をしかめる。
「う・・・」

ごくわずかだが、平衡感覚に違和感を覚えるのだ。
何かに背を押されるような、または体が引き付けられるような不安な感覚に襲われる。
その、白い壁に向かって。

「・・・そこで、もうか」
肩越しに振り返ってヴォルフが言った。 その顔も不快感に満ちている。
「ええ・・・離れ、ましょう」
得物を収めながら息をつき、二人は通路まで引き返した。

「―――差は、魔力かもしれませんね」
「考えられるな」
「魔法剣士」である赤魔道士よりも、純然たる「魔道士」であるバルトの方がより“魔”に近い。
そこに先程のタルタルが引き返してきた。 面白いものは何もなかった、という顔をしている。

「大丈夫でしたか?」
バルトが声をかけると、彼は頷いて言った。
「うん、さすがに触ってはいないけど。 別にいつもと変わんないね」
二人の魔道士が、ちらと視線を交わす。
「すみません、つかぬ事をお伺いしますが、ご職業は?」
「・・・? 召喚士だけど?」
「そうですか。 いや、失礼しました」

彼が遠ざかるのを待って、二人は来た道を足早に引き返し始めた。
「文献に手を出す前に、もう一度集まる必要がありそうですね」
「そうだな」

バルトが微笑んで手を振る。
ジュノ港の入り口で心配そうに地下通路を覗き込んでいたフォーレの顔に、安堵の笑顔が広がった。


* * *


「・・・じゃ、その見えない糸が、まだ俺らに張っついてるかもしれないって事ですか」
ル・ルデの庭の片隅、人通りから外れ植木に囲まれた憩い場で、エルヴァーン二人の話を聞く彼ら。
ルードが苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「流星の形を取って飛来した妖魔の繭が、デルクフの地下深くに巣食った。 我々はその軌道上で繭の直撃を受けたことにより、何がしかの影響を受けた。 あの幻もその一つ。 白い物体が人を呑み込んだというのも、恐らく繭・・・つまり、白いデルクフにいる妖魔に関係がある―――。 全て想像の域を出ません。 しかし、実際に我々だけに違和感がある以上、これを見過ごしたまま進む訳には行かないような気がします」

ひとわたり説明を終えたバルトが、全員に向かいそう締め括った。
皆が一様に考え込む。

「人が消えたとなると、それなりの機関にも報告しておいた方がいいと思うが・・・」
「あ、その男性の方が、その足で領事館に行かれました。 お話はして下さっていると思います」
イーゴリの疑問にフォーレが答えた。 そうか、と頷くイーゴリ。

「―――行ってみよう、よ」
しばしの沈黙の後。 意を決したように顔を上げて、ルカが強い口調で言った。
茶色い短毛に覆われた尻尾が、ぴんと張っている。
「全員で、揃ってさ。 そこの骨とか・・・デルクフの地下も。 何かあるかもしれない。 あるならはっきりさせよう、見てこようよ。 危なそうなら戻ってくればいいんだよ」

「そもそもが危険稼業ですしね、俺らは」
ルードがにやりと嗤う。
「ま、どっちにしても」
座っていたベンチからぴょん、と飛び降りたドリーが、宣言するように言った。
「この間みたいに部屋に篭ってる気はさらさらない、ってことね?」

全員が勢いよく頷いた。
否応なくその瞳に翳る不安を、挑む色が塗り潰している。 それは「冒険者」の証だった。


* * *


装備を完全に整えた7人が、クフィムの地に降り立つ。
白い物体の横を通り過ぎる時に一番反応を見せたのは、やはりフォーレだった。
可憐なタルタルの白魔道士は何とも言えない表情になり、ルードの影に隠れるように歩いている。
ナイトのドリーと暗黒騎士のルードも、心なしか腰がひけていた。
逆に反応が薄いのは、シーフのルカと戦士のイーゴリ。

「うーん、なーんか嫌な感じはするけど、言うほどでも・・・」
壁に平行して歩きながら好奇心で少しずつ寄っていくルカの腕をバルトが取り、反対の壁際に引き戻す。
「駄目だって。 何があるか判らないんだから、こっち寄ってなさい」
「んー・・・そんなに変な感じがするの?」
「今もちょっと気持ち悪いね」
「ふぅん・・・」

それぞれに寄り添いながら歩く彼らを見下ろす、石膏色の壁。
ルードから、体力云々のからかいの言葉は飛んでこなかった。


あの日とはうって変わって、昼なお重く暗雲の垂れ込めるクフィム。
そして切り立った谷間の向こうから姿を現す、デルクフの塔。
その姿は数日前と何も変わらないのに、数日前とは桁違いの威圧感で彼らを迎える。
麓では冒険者達がいつものように狩りをしているが、もはやルカ達の目にその光景は映らなかった。

「―――あれ、塔からは変な感じがしないね・・・?」
ドリーが拍子抜けした声を上げた。
ゆっくりと塔の入り口に近付くが、何故か先程のような違和感は微塵もない。

警戒心の抜けない彼らを代表して、イーゴリが用心深く手近な壁に近寄り、そっと指を触れる。
―――何も起こらない。
見れば数人の冒険者が、その白い壁によりかかって何事も無く休んでいる。

「・・・それじゃ、入ろう」
「ん」

背後には狩りをする冒険者達の剣戟、怒号、詠唱、そして炸裂する技の波動。

その平和な喧騒から遠ざけるかのように。
塔は、彼ら7人を、自身の空虚に開く闇の中へと迎え入れた。


to be continued
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