テノリライオン

The Way Home 第5話 呪縛

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ウィンダス領事館で、一人の男が声高に何かを訴えている。

あの白い物体に仲間を呑み込まれた男である。
ウィンダス出身の彼は、フォーレと別れた後そのまま自国の領事館に転がり込んでいた。

バルト達と鉢合わせた頃に比べればやや落ち着きを取り戻しはしたものの。
それでも平素とは程遠い興奮状態で、カウンターの駐在員に訴える。
消えた仲間、自分の見たもの。

言葉を重ねるにつれ身振り手振りも加わり熱っぽくなる彼に反比例し、駐在員は掴み所のない話に戸惑い、徐々に事務的になっていく。
その内容を書類に書き留め、彼の名前を尋ねてそれに加えると「調査します」という無敵の言葉で無情に会話を打ち切った。
そんな展開をある程度予想はしていたものの、満足とは程遠い溜息をついて領事館を後にする男。

雑務に忙殺される駐在員によって、「未決」と書かれた巨大な箱の底に埋葬される運命と思われたその書類は。
その寸前、一人のタルタルによってつまみ上げられた―――


* * *


静かだった。
その静かさも薄暗さも、あの数日前と何も変わらない。
変わらないことが、彼らのその記憶を軽いデジャヴにまで引き上げる。
そんな中でただひとつ違うのは、きつく纏った針鼠のような緊張感―――

足鎧の音、靴の音、高い足音、低い足音。
塔の深部へと続く長い階段を降りる7人の足音だけが、鈍く足元を這って彼らに付き従う。

巨人が徘徊する大広間を無言でやり過ごし、あの部屋への階段をゆっくりと降り始める。
「・・・3つ」
ルカがまだ見えない部屋の中の気配を探り、そこにいるものの数を手短に報告した。
いつも通りのポットの数。 ここにも変化はない―――

先頭を行くルカとドリーの眼前に、どんよりと白く丸い部屋が姿を現した。
部屋の主たる3つのポットが、低く唸り漂いながら彼らを迎えている。
しばし立ち止まる。 列の中程を行く魔道士3人も追い付き、共に部屋の中を食い入るように観察する。

ルカがブーメランを取り出すと、目の前の空間に向かってひゅんと投げた。
それはリンクを滑るスケーターのように優雅な弧を描いてポットの上空を大きく一周すると、いつものように主の手の中にぱしっと戻ってきた。

「前と、別に変わらないね・・・」
「うん・・・」
ドリーに続きルカが、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。 それにバルトも続く。
何がの痕跡がある訳でもなければ、変わった気配もしない。
実にいつもどおりのデルクフの小部屋。

「ここは、とりたてて何もなし、なの、かな?」
用心しながらも、部屋の中央近くまで進むルカとドリー。
バルトがその後ろでぐるりと部屋を見渡す。

彼の目に、しんがりを警戒していたイーゴリとルードが階段を降りて来るのが見えた。
前後を中継するようにその部屋の入り口に留まっていたヴォルフとフォーレが、それを認めて部屋に進み入る。
その瞬間。

「―――っ!?」

前触れも何もなかった。
部屋の中にいる全員が、突如として周囲の空気が自分に向かって凝縮してくるような感覚に襲われた。
見えない糸に縛り上げられる体。 バルトが引き攣るように息を吸う。
続けてルード、そしてイーゴリが部屋に入ってくるのがその目に入り―――

「戻れぇぇっ!!」
食い縛った歯を必死で開き、振り絞るようにバルトは絶叫した。
が、時既に遅く、最後の二人は部屋に足を踏み入れると同時にその表情と体を強張らせていた。

気圧がぐんぐんと上昇するように、一瞬ごとに増していく圧迫感。
そしてその力は彼らを掴んだまま下へと降り始めた。
「ぐ・・・うっ・・・」
ヴォルフが唸る。 恐怖と圧迫感で、誰も言葉が出ない。

(引きずり―――込まれる!?)
ルカの目の前が、ふっと暗くなった。 同時に訪れる強烈な落下感。
いや、落下する速度よりも速く引かれていた。 体全体に下から上への強い風を感じる。
またあの幻か、ならばこの感覚も夢か、夢でなければ一体どこまで・・・!
(や・・・っ!!)

次の瞬間、落下感が消え去り、光が戻った。


* * *


「・・・・・・」
ルカは、恐る恐る顔と目を上げた。
軽い眩暈の後、その眼前に広がるのは―――。

デルクフでは、ない。

あの幻の終わりに見た。

一つの広場のような空間、荒削りな薄灰色の壁。
同じく荒削りなうねる床一面に広がる、子供ほどのサイズの、柔らかく息づく白い塊―――


「きゃぁ!!」
呆然とするルカの背後から、凍てついた静寂を破る細い悲鳴が上がった。
はっと振り返れば、6人の仲間が同じように目の前の光景に見入っている。
そしてその悲鳴を上げたフォーレの視線の、その先には―――

繭という推測は正しかったのだ。
荒く漉いた紙のように凹凸の目立つ外観。 光沢のない白。

繭という推測は正しかったのだ。
おびただしい数の白い塊、その中でもひときわ大きい、一つから。

「・・・ギィ・・・」

白い壁を裂いて現れるはあの妖魔。
繭の中で丸く畳まれていた灰色の肌と黒い翼、それがゆっくりと伸びて震え、急速に乾く。
久しぶりに触れた外気の余韻を楽しむように勿体をつけて起き上がるその体の右側についた、手の代わりの鎌が鈍く輝き彼らの目を射る。
その形を、より絶望的に変えての、悪夢の再現―――


こんな推測・・・当たらなくていい・・・


妖魔がぶるっと首を振った。
その動きで、彼らの間の空気が含む「現実」の濃度が急激に上がり、それに気圧され身じろいだルカの靴がじゃりっと音を立てる。

反応した。
妖魔の頭がぐるんとこちらを向く。
小さな顔、大きな目、大きな口。
そのアンバランスに歪んだパーツが彼らの前でじわっと動くと、ある一つの感情を示す。
それを人で例えるならば、そう、好物を目の前にした時のような―――

妖魔がその顔に続いて体もこちらに向け、繭の残骸から一歩踏み出すと同時に。
「あいつだ!!」
イーゴリが猛々しく吠えた。 その音がすくむ彼らを強く打つ。
「見間違えるものか、あの妖魔だ! 人を襲っていた! 来るぞ、構えろ!!」
その声でびりびりと大気を震わせながら、腰の戦斧を抜き払う。 完全に繭から脱する妖魔。
「ドリー!!」
「は、はいっ!!」
師に名を呼ばれて半ば反射的に剣の柄に手をかけると、ドリーはそれを力いっぱい引き抜いた。

じゃりん! という、抜刀の音が部屋に響く。
戦いの始まりの合図。 聞き慣れた音。 この非現実的な空間にやっと現れてくれた「いつもの」音。
その音がついに、全員の意識を一気にその手元へと引き戻した。
同時に、爆発するように上がるそれぞれの士気。

「下がって! 他の繭に刺激を与えないように!」
背の鎌を抜いたルードが指示を飛ばす。 それを受けて繭から遠ざかり壁に寄る戦士たち。
3人の魔道士は更に距離を取り、戦場全体を視野に収めて印を結ぶ。

「ギャウ!」
獲物がその気になるのを待っていたかのように、妖魔は一声啼くと床を蹴り彼らに飛びかかった。
イーゴリの巨体がその前に踊り出る。 一斉に呪文を唱え出す魔道士達の声をバックに、左手の盾で敵の行く手をがつんと阻んだ。 同時に振りかぶった戦斧をその灰色の体に思い切り叩き込む。

次々と完成する魔法が、イーゴリの背後から戦場めがけて飛来する。
守護の呪文。 麻痺の呪文。 毒の呪文、沈黙の呪文、弱体の呪文。
雨あられと降り注ぐ魔力の中、ドリーとルカが素早く妖魔の背後に回った。
小さなナイトが己が手の剣と盾をかざし、どっしりと構える。
それを合図に、その背後から身を低くして滑り出るルカ。 小さく構えた短剣に渾身の一撃を乗せ、妖魔の背にざくりと突き立てた。
瞬間、その猫科のバネで地を這うほどの低さを力いっぱい横ざまに飛ぶ。
すると、鋭い打撃に怒り振り向く妖魔の目に映るのは、その小さな姿を遥かに上回る存在感で立ちはだかるタルタルのナイトが一人。
「来なさいよ!」
妖魔の熱く濁った視線を受け、彼女は怯む事なく高らかに宣言する。


* * *


無数の物言わぬ繭を観客に、妖魔と人との最初の戦いが始まった。
妖魔は牙を剥き出し、その鎌と爪を振り回して目の前のドリーに襲いかかり、捕らえようとする。
その攻撃を盾と鎧で一手に受けまた跳ね返し、剣で牽制し、耐えるドリー。
消耗する彼女にフォーレの癒しの魔法が飛ぶ。
ルードの漆黒の鎌が、対抗心を露わにするかの如く妖魔の鎌のついた腕に鋭く食い込む。
「ギィッ!」
四方から自分を襲う打撃に苛つくかのように、妖魔が大きく体を回転させるとその鎌でぶんと円を描いた。
「くっ」
その切っ先が、わずかに身を引き損ねたイーゴリの頬を斜めにかすめる。 ぱっと鮮血が迸った。
「―――の野郎!」
叫んだルードの鎌が凄まじい勢いで下から振り上げられる。 それは妖魔の脇腹を掻き、黒い液体がそこからどろりと流れ出た。
同時にバルトの放った魔力の炎が彼らの頭上で巨大な華のように炸裂すると、その轟音と共に敵を強く包んだ。 ねじくれた苦悶の声を上げる妖魔。

「いける!!」
徐々に敵の動きが鈍りつつあるのを見て取ったルードの声で、ただがむしゃらに戦っていた彼らの胸に初めて希望の光が灯った。
背後で魔法詠唱に徹していたヴォルフも、剣を抜いて前線に駆け寄る。
「押し切ってください!」
背後から、呪文と呪文の間に発するバルトの声が響いた。
「おう!!」
気合いの声で応じる戦士達。

己の餌に、逆に狩られるなど断じて認めない―――
そう無言で叫ぶかのように、傷ついた体でなおも縦横無尽に暴れつづける妖魔。
その禍々しい鎌が、鉤爪が、牙が、剣を交えるルカ達を容赦なく薙ぎ襲い続ける。
フォーレとバルトの回復の手は形勢が確定した今も緩める事を許されずにいた。

「観念―――しやがれぇ!!」
ルードが吠えた。 彼の鎌と、同時にイーゴリの戦斧が輝き、二人の刃が同時に炸裂する。
二つの武器は唸りをあげて妖魔の右腕に左右から叩き付けられると、それをばっさり切断してすれ違い火花を散らした。
そして―――

「ギャァ!」
「ぐっ」
「バルトさん!!」

切断された妖魔の鎌は一直線に空を飛んだ。 勢いよく回転しながら、彼を取り囲む戦士達の間を抜け。
その先にいたのは、バルト。 避ける間もなく喉元に鎌の直撃を食らった黒魔道士は短く呻くと、スローモーションのごとくそのまま仰向けにどうと倒れた。
フォーレが切羽詰った悲鳴を上げ、その声で全員が振り返る。

「バル・・・!!」

ルカの視界が、ぐらりと揺れた。


to be continued
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