テノリライオン
The Way Home 第6話 静寂の淵に沈む者
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匿名ユーザー
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「バルトっ!!」
「畳み掛けろ!!」
宙を飛び襲い来る鎌に喉元を直撃されたバルト。 フォーレが反射的に強力な回復魔法をかけるが、その白い光に包まれても彼の体は地に倒れたままぴくりとも動かなかった。
ローブの胸に、不吉な赤い色が広がるのが見て取れる。
その光景に弾かれたように駆け寄ろうとするルカの横で、苦悶の形相で叫んだのはルードだった。
ルカを引き止めてのセリフではない。
火力たる黒魔道士の彼が倒れた今、一気に潰さねば何かの拍子に体勢が崩れ、新たな犠牲を生む事になりかねない。
ここで力を抜く訳にはいかないのだ。
体を翻し一歩を踏み出したルカにもそれは伝わった。 歯を食い縛り、意志の力でぐっと踏み止まる。
それでもなお倒れ伏す黒魔道士の姿から目を剥がせずにいる彼女の背後で、ドリーの刃とヴォルフの渾身の呪文が炸裂した。
爆風が巻き起こり、後ろからルカの髪を乱暴にかき乱す。 そしてついに響く妖魔の断末魔が、彼女の耳を掻きむしった。
「―――う・・・あぁぁぁっ!!」
意味を成さぬ、喚き声。
振り返りざま狂ったように踊る2本の短剣に理性は無かった。
「ギャ・・・」
敵の動きがゆっくりと止まる。 一瞬の沈黙の後、ずしゃりと地に崩れる灰色の体。
どす黒い体液が見る間に床に広がり、その体とルカのブーツをべとりと濡らした―――
* * *
「バルト! バルトルディ!!」
腰に短剣を戻す動作ももどかしく、ルカが転がるようにバルトに駆け寄った。
彼女と彼女に続く4人を、バルトの傍らに膝をついたフォーレが迎える。
「回復魔法で出血は止まりました、でも傷そのものが治る気配を見せません。 息はありますが意識が戻らないのはおかしいです、早くお医者様に見せないと・・・!」
青ざめながらも、衛生兵の顔のフォーレがてきぱきと状況を報告した。
必死で黒魔道士の名を呼びながら、食らいつくように彼の上に屈み込むルカ。 目を閉じ血の気も失せたその顔にはもはや全く反応がない。
床についた彼女の手が、新たな恐怖でがくがくと震え始める。
息の限りに呼び続ける声が高くかすれ、視界が霞み出す。
「で、出ないと! ここから出ないと! ええっとえっと」
そんなルカに寄り添うドリーが、半分泣きそうになりながらおたおたとした声を上げた。 ルードがきっと顔を上げて口を開く。
「―――これが、現実ならここは地下のはずです。 ならば脱出の魔法で地上のどこかには出られる理屈になる。 ヴォルフさん」
その言葉の途中で立ち上がるヴォルフ。 即座に求められる呪文を唱え始めた。
空を掴むように構えられた腕と彼の周囲から、ごうという音を伴う魔力が湧き上がる。
皆が彼を囲むように寄り添い、その中心でうずくまるルカがバルトの上半身を掻き抱いた。
長い移動魔法が朗々と編まれ始める。
「・・・ート・・・キヴ・エ―――エン、トゥール・・・」
が。
いつもなら滑らかに進む彼の魔術語が、その中盤からとぎれがちになった。
唱えようとしては何かに気を取られている、そんな感じだ。
「え、どうしたの? まさか、出られない!?」
それに気付いたドリーが、不安げな甲高い声を上げた。
発声に集中しているヴォルフは答えない。 仰ぎ見れば、強く閉じられた目と険しく寄る眉根、そしてその額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
彼の代わりにフォーレが答えた。
「地上を、探しているんだと思います。 魔力の腕をずぅっと伸ばすみたいな・・・。 様子が判らない所からの脱出は、イメージが掴み辛いんです」
「どんだけ深いってんだよ・・・」
ルードが忌々しげに吐き捨てる。 その目に、バルトに深手を負わせた黒い鎌が映った。
「この―――!」
腹立ちまぎれに床に転がるそれを砕こうと、片手で己が鎌を振り上げる。
が、その動きをぴたっと止めると、苦虫を噛み潰したような顔で手を下ろし、乱暴にそれを拾い上げた。
そんな中、小さな竜巻のように彼らを取り巻く魔力の渦に、ヒビが入るようなぱしっ、ぱしっという音が混ざり始めた。
「ヴォルフ!!」
思わずイーゴリが困惑の声を上げる。
「大丈夫です! 魔力がやまない間は大丈夫! ほころびを直しながらですけど、呪文そのものは進んでいます!」
再度フォーレが代わって答えた。
荒い息と低い声でとぎれとぎれに複雑な呪文を紡ぎ続ける赤魔道士の汗は玉となり頬を伝い、尖った顎から雫が落ち始めている。
(お願い・・・・!!)
ルカはぎゅっと目をつぶり、祈るようにバルトを抱く手に力を込めた。
と、突然ヴォルフの声が大きくなり、くびきを振り切ったかのように呪文が一気に流れた。
「来ます!!」
フォーレの言葉と共に、7人の姿は遥かな地上へと飛んだ―――
* * *
ジュノ、上層。
教会の隣に併設される病院、その病室の一つ。
医師の処置により何とか意識を取り戻し、今は薬で眠るバルトとその傍らに控える医師、そしてルカと3人のタルタルがいた。
けして広い病室ではないので、イーゴリとヴォルフは外で待っている。
「とりあえず、命に別状はありません。 首の傷は・・・こういった傷の負い方は見たことがない。 何かに焼かれたようにも見えますが、正直に申し上げて、どう治癒するのか現時点では見当もつきません。 幸い食道や気道への大きな損傷はありませんが・・・」
そこで医師は一旦言葉を切った。 長い指が、無為にカルテをめくる。
「・・・声帯が、ダメージを受けているようです―――」
「どうだった」
病院の扉を開けて出てきたタルタル3人。 階段に座っていたイーゴリが立ち上がり尋ねた。
ドリーが沈痛な面持ちで医師の説明を繰り返す。
「声帯・・・」
階段の縁石にもたれ腕を組んでいたヴォルフから、地の底に沈むような声が吐かれた。
声が、出ない。
魔道士にとってそれがどういう事かなど、誰が改めて言う必要があろうか―――
「―――とにかく、命が助かって良かった・・・喉も、治ってくれればいいんだが・・・」
重たいながらも安堵の息をついたイーゴリがやるせない声で呟くと、その大きな手で左の頬をさすった。
「あ・・・その傷もか・・・」
ドリーがそれに気付いて言う。
彼の頬には、あの鎌で刻まれたうっすらと黒い傷跡が生々しく走っていた。
回復魔法もとっくに受けたが、やはりバルト同様、傷そのものが消える様子はないのだった。
「ああ、うん、まぁこんなものは」
バルトに比べれば、と言いかけてイーゴリは口をつぐんだ。
5人の上に訪れた沈黙を、病院近くの競売所に集う人々の賑わいが無遠慮に押し流す。
ドリーはぼんやりとその人だかりを眺めていた。
ジュースを両手いっぱい買い込んで、運ぶのに四苦八苦しているタルタル。
並んで商品を覗き込む、黒髪ポニーテールのヒュームとモンクらしきガルカのカップル。
難しい顔でサイフを取り出すスキンヘッドの男。
笑いさざめきながら買い物に興じるミスラ達。
涙が出るほど愛しい、幸せな冒険者の、日常のひとコマがそこに溢れていた。
ついこの間まで、私達もあの中にいた。
それが今は、まるでモニターを通して再生される遠い世界の光景のように見えるなんて―――
「大丈夫かな・・・バルトと、ルカも・・・」
疲れ切ったような表情でドリーがぽつりと呟く。 フォーレが両手で顔を覆い、深く絞るような
溜息をついた。
「くそっ!」
傍らの縁石を拳で力いっぱい叩くルード。 縁石に一筋、ヒビが入る。
「一旦、宿舎に戻ろう。 少し体を休めて。 色々考えるのはそれからだ」
イーゴリが穏やかに言うと、ドリーとフォーレの背をぽんぽんと叩いて促した。
のろのろと宿舎に足を向ける仲間の後ろで無言で腕を解き、縁石から背を離すヴォルフ。
こぉーーーーー・・ん・・・
遠い時計塔の鐘の澄んだ音が、黄昏の迫る町に響いた。
ゆっくりと歩き出しながら、その音に一度だけ振り返る赤魔道士。
友たる黒魔道士の眠る建物の向こうに広がる、遥かに美しい空と海が彼の瞳に映った。
その果てしなく優しい蜂蜜色と薄水色に、彼は何を願ったか―――
こぉーーーーー・・ん・・・
小さな病室にもその鐘の音は届く。
ベッドで安らかな寝息をたてるバルトと、その傍らに引いた椅子に座るルカの背に。
こぉーーーーー・・ん・・・
こぉーーーーー・・ん・・・
そして黒魔道士は、夢を見た―――
to be continued
「畳み掛けろ!!」
宙を飛び襲い来る鎌に喉元を直撃されたバルト。 フォーレが反射的に強力な回復魔法をかけるが、その白い光に包まれても彼の体は地に倒れたままぴくりとも動かなかった。
ローブの胸に、不吉な赤い色が広がるのが見て取れる。
その光景に弾かれたように駆け寄ろうとするルカの横で、苦悶の形相で叫んだのはルードだった。
ルカを引き止めてのセリフではない。
火力たる黒魔道士の彼が倒れた今、一気に潰さねば何かの拍子に体勢が崩れ、新たな犠牲を生む事になりかねない。
ここで力を抜く訳にはいかないのだ。
体を翻し一歩を踏み出したルカにもそれは伝わった。 歯を食い縛り、意志の力でぐっと踏み止まる。
それでもなお倒れ伏す黒魔道士の姿から目を剥がせずにいる彼女の背後で、ドリーの刃とヴォルフの渾身の呪文が炸裂した。
爆風が巻き起こり、後ろからルカの髪を乱暴にかき乱す。 そしてついに響く妖魔の断末魔が、彼女の耳を掻きむしった。
「―――う・・・あぁぁぁっ!!」
意味を成さぬ、喚き声。
振り返りざま狂ったように踊る2本の短剣に理性は無かった。
「ギャ・・・」
敵の動きがゆっくりと止まる。 一瞬の沈黙の後、ずしゃりと地に崩れる灰色の体。
どす黒い体液が見る間に床に広がり、その体とルカのブーツをべとりと濡らした―――
* * *
「バルト! バルトルディ!!」
腰に短剣を戻す動作ももどかしく、ルカが転がるようにバルトに駆け寄った。
彼女と彼女に続く4人を、バルトの傍らに膝をついたフォーレが迎える。
「回復魔法で出血は止まりました、でも傷そのものが治る気配を見せません。 息はありますが意識が戻らないのはおかしいです、早くお医者様に見せないと・・・!」
青ざめながらも、衛生兵の顔のフォーレがてきぱきと状況を報告した。
必死で黒魔道士の名を呼びながら、食らいつくように彼の上に屈み込むルカ。 目を閉じ血の気も失せたその顔にはもはや全く反応がない。
床についた彼女の手が、新たな恐怖でがくがくと震え始める。
息の限りに呼び続ける声が高くかすれ、視界が霞み出す。
「で、出ないと! ここから出ないと! ええっとえっと」
そんなルカに寄り添うドリーが、半分泣きそうになりながらおたおたとした声を上げた。 ルードがきっと顔を上げて口を開く。
「―――これが、現実ならここは地下のはずです。 ならば脱出の魔法で地上のどこかには出られる理屈になる。 ヴォルフさん」
その言葉の途中で立ち上がるヴォルフ。 即座に求められる呪文を唱え始めた。
空を掴むように構えられた腕と彼の周囲から、ごうという音を伴う魔力が湧き上がる。
皆が彼を囲むように寄り添い、その中心でうずくまるルカがバルトの上半身を掻き抱いた。
長い移動魔法が朗々と編まれ始める。
「・・・ート・・・キヴ・エ―――エン、トゥール・・・」
が。
いつもなら滑らかに進む彼の魔術語が、その中盤からとぎれがちになった。
唱えようとしては何かに気を取られている、そんな感じだ。
「え、どうしたの? まさか、出られない!?」
それに気付いたドリーが、不安げな甲高い声を上げた。
発声に集中しているヴォルフは答えない。 仰ぎ見れば、強く閉じられた目と険しく寄る眉根、そしてその額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
彼の代わりにフォーレが答えた。
「地上を、探しているんだと思います。 魔力の腕をずぅっと伸ばすみたいな・・・。 様子が判らない所からの脱出は、イメージが掴み辛いんです」
「どんだけ深いってんだよ・・・」
ルードが忌々しげに吐き捨てる。 その目に、バルトに深手を負わせた黒い鎌が映った。
「この―――!」
腹立ちまぎれに床に転がるそれを砕こうと、片手で己が鎌を振り上げる。
が、その動きをぴたっと止めると、苦虫を噛み潰したような顔で手を下ろし、乱暴にそれを拾い上げた。
そんな中、小さな竜巻のように彼らを取り巻く魔力の渦に、ヒビが入るようなぱしっ、ぱしっという音が混ざり始めた。
「ヴォルフ!!」
思わずイーゴリが困惑の声を上げる。
「大丈夫です! 魔力がやまない間は大丈夫! ほころびを直しながらですけど、呪文そのものは進んでいます!」
再度フォーレが代わって答えた。
荒い息と低い声でとぎれとぎれに複雑な呪文を紡ぎ続ける赤魔道士の汗は玉となり頬を伝い、尖った顎から雫が落ち始めている。
(お願い・・・・!!)
ルカはぎゅっと目をつぶり、祈るようにバルトを抱く手に力を込めた。
と、突然ヴォルフの声が大きくなり、くびきを振り切ったかのように呪文が一気に流れた。
「来ます!!」
フォーレの言葉と共に、7人の姿は遥かな地上へと飛んだ―――
* * *
ジュノ、上層。
教会の隣に併設される病院、その病室の一つ。
医師の処置により何とか意識を取り戻し、今は薬で眠るバルトとその傍らに控える医師、そしてルカと3人のタルタルがいた。
けして広い病室ではないので、イーゴリとヴォルフは外で待っている。
「とりあえず、命に別状はありません。 首の傷は・・・こういった傷の負い方は見たことがない。 何かに焼かれたようにも見えますが、正直に申し上げて、どう治癒するのか現時点では見当もつきません。 幸い食道や気道への大きな損傷はありませんが・・・」
そこで医師は一旦言葉を切った。 長い指が、無為にカルテをめくる。
「・・・声帯が、ダメージを受けているようです―――」
「どうだった」
病院の扉を開けて出てきたタルタル3人。 階段に座っていたイーゴリが立ち上がり尋ねた。
ドリーが沈痛な面持ちで医師の説明を繰り返す。
「声帯・・・」
階段の縁石にもたれ腕を組んでいたヴォルフから、地の底に沈むような声が吐かれた。
声が、出ない。
魔道士にとってそれがどういう事かなど、誰が改めて言う必要があろうか―――
「―――とにかく、命が助かって良かった・・・喉も、治ってくれればいいんだが・・・」
重たいながらも安堵の息をついたイーゴリがやるせない声で呟くと、その大きな手で左の頬をさすった。
「あ・・・その傷もか・・・」
ドリーがそれに気付いて言う。
彼の頬には、あの鎌で刻まれたうっすらと黒い傷跡が生々しく走っていた。
回復魔法もとっくに受けたが、やはりバルト同様、傷そのものが消える様子はないのだった。
「ああ、うん、まぁこんなものは」
バルトに比べれば、と言いかけてイーゴリは口をつぐんだ。
5人の上に訪れた沈黙を、病院近くの競売所に集う人々の賑わいが無遠慮に押し流す。
ドリーはぼんやりとその人だかりを眺めていた。
ジュースを両手いっぱい買い込んで、運ぶのに四苦八苦しているタルタル。
並んで商品を覗き込む、黒髪ポニーテールのヒュームとモンクらしきガルカのカップル。
難しい顔でサイフを取り出すスキンヘッドの男。
笑いさざめきながら買い物に興じるミスラ達。
涙が出るほど愛しい、幸せな冒険者の、日常のひとコマがそこに溢れていた。
ついこの間まで、私達もあの中にいた。
それが今は、まるでモニターを通して再生される遠い世界の光景のように見えるなんて―――
「大丈夫かな・・・バルトと、ルカも・・・」
疲れ切ったような表情でドリーがぽつりと呟く。 フォーレが両手で顔を覆い、深く絞るような
溜息をついた。
「くそっ!」
傍らの縁石を拳で力いっぱい叩くルード。 縁石に一筋、ヒビが入る。
「一旦、宿舎に戻ろう。 少し体を休めて。 色々考えるのはそれからだ」
イーゴリが穏やかに言うと、ドリーとフォーレの背をぽんぽんと叩いて促した。
のろのろと宿舎に足を向ける仲間の後ろで無言で腕を解き、縁石から背を離すヴォルフ。
こぉーーーーー・・ん・・・
遠い時計塔の鐘の澄んだ音が、黄昏の迫る町に響いた。
ゆっくりと歩き出しながら、その音に一度だけ振り返る赤魔道士。
友たる黒魔道士の眠る建物の向こうに広がる、遥かに美しい空と海が彼の瞳に映った。
その果てしなく優しい蜂蜜色と薄水色に、彼は何を願ったか―――
こぉーーーーー・・ん・・・
小さな病室にもその鐘の音は届く。
ベッドで安らかな寝息をたてるバルトと、その傍らに引いた椅子に座るルカの背に。
こぉーーーーー・・ん・・・
こぉーーーーー・・ん・・・
そして黒魔道士は、夢を見た―――
to be continued