テノリライオン

The Way Home 第8話 波紋

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フォーレは、上の空でジュノ下層を歩いていた。
急ぎ足の冒険者にぶつかりそうになったり、人だかりに足を止められて右往左往したりしながら。
彼女がおっとりしているのは今に始まった事ではないが、いつにもまして頼りない足取りだ。


* * *


朝な夕なにアルタナに祈りを捧げる彼女と皆のもとに、昨夜ルカから連絡があった。
何とか安定した喉の傷以外に体に問題はないので長期入院には至らず、バルトは宿舎に戻ったこと。
そして、やはり声を、喪ってしまったこと。

皆がバルトの部屋に押しかけた。
包帯も取れぬまま、それでも仲間を迎え元気そうに笑う彼の姿に、かえって胸が痛んだ。

そのままこれからの話になり、まずは予定していた文献の類の調査などを再開しようと決まったが、話の節目節目につい彼の発言を待ってしまうふとした瞬間が生まれる。
その度、それがもう叶わぬ事に気付いては慌てるのだ。
筆談を交えて話は進んだが、 そんな小さなつまずきがどうしようもなく切なくて、フォーレはついに終始一言も話せなかった。

バルトの代わりとしてルードがバストゥークに向かう事になり、各自が動き始める。
もはや彼らの行動に逡巡はなかった。 以前のように怖気づいたり、塞ぎ込む空気も微塵もない。
それは、そう心がけたからではなく。
もう、動かずにはいられないのだ。
殊にルードとイーゴリの気迫は尋常ではなかった。

バルトの魔道士生命を断ったその忌まわしき鎌を撥ねたのは、二人の刃だ。
しかしそれは敵の武器を落として攻撃力を殺ぐという当然の戦術であり、二人が同時にそれを狙ったというのもその証拠。
ましてや、その鎌の軌道がバルトを直撃してしまったのは、完全なる「事故」以外の何物でもない。

だから、ルードもイーゴリも、謝ったりはしない。 バルトもそんなことは望んでいない。
戦士が勝つ為に全力で正しい判断をし戦った結果ならば、後悔も謝罪もそれを汚す行為に他ならない。

それでも。
自分達の一刀が友の不遇の起動に手を貸してしまったという運命に、憤らずにいられる訳がなかった。
だから、悔いる代わりに、そして自分自身の為に。
彼らはがむしゃらに前に進んでいた―――


* * *


「やっぱり、果物とかがいいかしら・・・お花はどうしようかな・・・」
酒場を目の前にし、フォーレはまだ悩んでいる。

ヴォルフとルードは朝一でとっくに飛空挺に乗り込み、イーゴリとドリーもそれぞれに動いている。
フォーレもウィンダスに飛ぶ予定だったが、彼女はその前にもう一度バルトを見舞いたいと思ったのだ。

昨日の自分はただ悲しい顔をするだけで、何もしなかったから。
辛いだろうに、にこやかに元気そうに迎えてくれた彼に、逆に気を遣わせてしまったかもしれない。
だからもう一度、今度は心をしっかり持って、笑顔で話をしておきたかった。

「でも寝込んでる訳でもないし、あんまり病人扱いも・・・うーん・・・」
と、そこまで決断したはいいが、今度は手土産に何を持っていくかに頭を悩ませていたのだった。
酒場の前をうろうろと行ったり来たり。 すると。


「失礼します! フォーレさん! フォーレさんという方はどちらでしょうか!!」

ジュノ下層に、突然大きな声が響き渡った。

「はっ、はいっ!?」
不意に名前を呼ばれて飛び上がり、反射的にその場で返事をしてしまう。
周囲の人々の注目を浴びて、フォーレは耳まで真っ赤になった。
「な、何、何・・・?」
大慌てで声の主を探して走り出す。

彼女を呼んだのは、ウィンダス領事館の制服を着た一人のタルタルだった。
長細い通路のようなジュノ下層の中程でその姿を発見したフォーレは、急いで彼に駆け寄る。
「あ、あの、私ですけど」
「ああ、すみません、大声で大変失礼致しました」
彼は丁寧に頭を下げる。
「始めまして。 私、星の神子の使いで参りました、マルル=タファルルと申します」
「!! ほ、星の神子様の!?」
人に名指しで呼ばれることにさえ覚えがないというのに、そこに一国の元首の名前。
次から次へと襲う驚きに、彼女の目と口が大きく開かれた。
「はい。 お話すると長くなりますので、まずは用件から入らせて頂いてよろしいでしょうか?」
驚愕の表情のままこくこくと頷くしかないフォーレ。

「ガーランドさんという方から、あなたとヴォルフさんのお名前を伺って参りました。 ヴォルフさんは今はご一緒ですか?」
フォーレは軽く眉をひそめる。 記憶にない名前だ。
「え、ええっと、ちょっと今サンドリアの方に出掛けているんですが・・・あと、すみません、そのお名前に覚えがなくて・・・」
「先日クフィムの入り口で皆様とお会いした方です。 彼のお仲間が消えて慌ててらした所で・・・」
「あ! ああ・・・」
白い壁に仲間が吸い込まれた、と騒いでいたあの男だ。
思い出したらしいフォーレを見て一つ頷くと、マルルは続けた。
「その件について、神子様の指示で調査が始まっております。 その中で、彼からあなたがたが何かご存知の様子だったとのお話がありました。 そこで、何かお心当たりの事がおありでしたら、
ぜひお話を伺いたいと思いまして・・・」

お心当たり、どころの騒ぎではない。
「あ、あのっ、大変だったんです!! ガーランドさんにお会いした後、私達デルクフに行きまして、あ、いえ、その前に・・・」
フォーレはパニックに陥りかける頭を必死で鎮めながら、マルルにおおまかな事の顛末を話し始めた。


「ウィンダスが動いて来たのか・・・」
寄宿舎前。 マルルとの会話を終えたフォーレが全員に連絡をし、バルトとルカ、そしてジュノに残っていたドリーとイーゴリが集まった。 既に地方都市に飛んだルードとヴォルフは遠隔で会話に参加している。

「ええ、それで動ける人達だけでもウィンダスに来てくれないかって・・・星の神子さまの所へ」
声だけ聞こえるルードに、フォーレが答えた。
「何だか話が大きくなってきたわねぇ・・・」
ドリーが嘆息する。
だが、渡りに船と言えた。 一気に拡大する不可解な事態と情報不足に迷走しかけていた彼らにとって、これほど頼りになる情報源もない。

「とりあえず行くしかあるまい。 バルトも、大丈夫なら」
イーゴリの視線に、当然という顔で頷くバルト。
「今、マルルさんが港で待ってくれてますから・・・」
「よし、じゃ行こう。 ヴォルフとルードはおっつけ来てくれ。 ウィンダスで落ち合おう」
「はい」
「あ、俺はちょっと遅くなります。 ・・・寄る所があるので」
「判った」
ルードの言葉を了承すると、5人は急ぎジュノ港へと向かった。


* * *


白き島を離れ、遥か緑なすウィンダスの上空へ向かう飛空挺。
ごうごうと、その吹きさらしの甲板を強い風が絶え間なく薙いでいく。
そこをてくてくと横切り、機関部へ続く階段の中程にちょこんと腰を下ろす小さい影があった。
ドリーだ。
吹き付ける風に赤茶色の大きなお下げをなぶられながら、愛用の白い盾を抱えてぼんやりと空を見上げている。
かなりの高度を飛ぶ飛空挺の更に上を、大きな翼を広げ優雅に滑っていく鳥。
それが視界に入ってきて、彼女は何とはなしにその十字架を目で追っていた。

(・・・ふむ)
ちょっと涼もうと甲板に上がってきたイーゴリ。
ぐるりと周囲を見回すと、ぽつねんと座る弟子の姿が目に入った。
見慣れたガルカの巨躯に気付かない訳がないのに、いつものようにあれやこれやと騒ぐでもなく、遠くを見て素知らぬ振りを決め込んでいる。

こういう時は、何かを悶々と考えている時だ。 イーゴリはぶらぶらとした足取りでドリーの座る階段に歩み寄った。

「何か見えるのか?」
「んー・・・? 別に・・・」
「ぼけーとしてんなぁ」
言いながら、彼女のいる1つ下の段に並んでよっこいせと腰を下ろす。
「おっさんくさいよ、師匠」
「うるせ」

ぽんぽんと軽いやりとりが交わされる。
師弟とは言っても、彼らの実際の関係は親子のようなものなのだった。
修行や戦闘の間を除けば、二人の間には付き合いの長い者同士に特有の気の置けない会話が流れる。
そんな相手の柔らかい沈黙に見つめられ、ドリーがゆっくりと重たい口を開いた。

「・・・何か、いい方法、ないかしらねぇ」
「ん?」
「バルト、さ。 声、出なかったら・・・不便、じゃない」
「・・・そうだなぁ」

パーティーの「盾」が選び選びに呟く言葉に、イーゴリも軽く空を仰いだ。
バルトの件以来、その手の斧に暗い視線を落としていた彼と同じように、彼女もその盾に仕事をさせられなかった事に強烈な不甲斐なさを感じていた。
「そのへんも、神子様から何か手掛かりでももらえればいいな」
「だね・・・」
遠くを見るような目をして盾を抱え、小さなタルタルはゆらゆらと体を揺らしている。
大きな背中と、小さな背中。 二つの戦士の影がそれぞれの苦い思いに沈んでいく。

「・・・まぁ、お前はあの時反対側にいただろう。 何にしても止めるのは無理だったさ。
お前が―――そこまで気に病むことはない」
「ん・・・判ってはいるのよね・・・ねぇ」
「うん?」
「ウィンダスで時間ができたらさ、久し振りに手合わせを頼みたいな。ちょっと気合い入れなきゃ。
もしまた・・・」

『もし、また』。
その言葉に、二人の耳を叩く風とプロペラの音が、急に大きくなった気がした。

彼らを包み青く透き通る空、頭上で力強く回る巨大なプロペラ、甲板が描く硬い曲線。
そんな光景を映す彼らの目の中で一瞬、あの暗く横たわる、おびただしい数の繭の画像が鮮やかに上書かれていた。

やはり、あるのだろうか。
「また」が―――

ぷつりと言葉を途切らせたきり時が止まったようなドリーを、イーゴリが気遣わしげに横目でこっそり覗き込む。
しかし、意外にもそこで見つけたのは、正面を向いてがっちりと焦点の合った彼女の瞳だった。

「―――そうよ。 また、あいつらと戦う事になったら、もうヘマはしないんだから。 師匠もよっ」
言いながらその視線を勢い良くイーゴリに向ける彼女。 その表情は、雄々しい決意と気迫に満ちていた。
すると、そんな彼女に意表を突かれて軽く背を反らしたイーゴリの顔にも、一拍置いてみるみると力強い笑顔が戻ってくるのだった。

「ああそうだ、俺らがしっかりしなけりゃな。 他の奴らじゃ、あの鎌をまともに食らったら痛くて泣き出しちまう」
「あー、言っちゃおうかな。 ルードあたりが聞いたらぷりぷり怒るよ、泣かねー! って」
「はっはっは」


彼らの思いを乗せて飛空挺は進む。
やがて、かすむ地平線の向こうから、草原に刺さる道標のような影が浮き上がり始めた。

ウィンダス連邦の象徴、星の大樹の梢が。


to be continued
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