テノリライオン

The Way Home 第9話 神の手、悪魔の手

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樹木にも、意思というものがあるのだろうか。

バレリーナのように天を目指し続ける幹は、太陽を求めて。
みどりの葉を無数に茂らせ広げる梢は、鳥たちのために。
その下で梢よりも広く強く伸びる根は、大地と水とを抱いて。
あまたの小さな命の訪れを迎えては見送りながら、自らは芽吹いてより朽ちるまでをついに一点に立ち続ける、木。

樹木にも、意思というものがあるのなら。

この樹は、一体どんな思いを宿しているのだろう。

ウィンダスが、彼を選んだのか。
彼が、ウィンダスを選んだのか。
あるいはその両方か。

この国の中心で、この国の全てを視界に収め、この国の全てを根の上に乗せる、
ヴァナ・ディールに魔法をもたらした少女の永い孤独を易々とその身の内に隠す、
そして今、混迷の渦に翻弄される5人の冒険者に道を示すべく彼らを招き入れる。
人はこの樹を、星の大樹と呼んだ―――


* * *


「よく、いらして下さいました」

その大樹の幹の中、羅星の間の、更に奥。
彼ら5人は、星の神子なる少女の穏やかな笑顔の前にあった。

付き添うマルルに促され、5人がその前にそれぞれの緊張と歩調で進み出る。
「イーゴリと申します」
「ドリーです」
「フォーレと、申します」
「アルカンジェロです・・・と、バルトルディです」
バルトに揃い、皆が一礼する。
それらに涼やかな目で応えると、神子は静かに語り始めた。

「お話は大まかにですが、伺っています。 皆さん・・・特に、バルトルディさん。 大変な目に、お遭いになりましたね」
その言葉に、バルトは薄く微笑んで視線を落とす。

「―――始めに、謝っておかねばなりません」
ほんの一瞬の間の後。 神子が憂いに満ちた表情で彼らに告げたのは、謝罪の言葉だった。
「皆さんが、クフィムの地で遭遇した魔物の気配。 私はここで―――その存在を感じ取っておりました。 あの魔物が生まれる瞬間を。 その前には、デルクフに舞い降りた流星の輝きを」
5人の間に、静かな驚きが広がる。

「流星が流れた直後、私はデルクフの塔に調査の者を派遣しました。 しかし、頂から地下まで隈なく調べても、何の異変も痕跡もないという報告のみでした。 私の感じた流星の気配そのものも、流れた直後に跡形もなく消え去ったきり、何の動きもなかったのです」
口惜しそうに、また哀しそうに神子は目を伏せる。

「もっと、用心するべきだったと思います。 デルクフの地下、深く遠くに魔物の気が現れ、そしてそれが打ち消され・・・一体誰がどのように、と慌てていた時に、ウィンダス領事館に派遣していた者がガーランド氏の件を報告してくれたのです。 それでやっと、皆さんに辿り着くことができました」

初めて自分達以外の口から語られる、妖魔の存在。
バルトの負傷に続き、更にあの悪夢を確固たるものにする、恐ろしい言葉だというのに。
まるで試験の答え合わせで先生から正解を貰ったような、奇妙な安堵を感じてそれに聞き入る彼ら5人に、神子は申し訳なさそうに頭を下げた。
「私の力が足りないばかりに、危険な目に遭った皆さんを助ける事も叶いませんでした。 恥ずかしく、思っています―――」

その様子を見たイーゴリがはっと我に返ったようになり、慌てて言った。
「いえ、そんな事を仰らないでください・・・いや、それよりも。 あれは一体、何なのですか。 神子様はそれもご存知なのでしょうか」

彼の言葉に、その玉座でゆっくりと面を上げる星の神子。
固唾を呑む彼らの前で、歴史という名の星を宿す黒く深く澄んだ瞳が、静かに言葉を紡いだ。

「皆さんは、男神プロマシアを、ご存知でしょうか―――」


* * *


―――男神プロマシア―――

星の神子の口から発された、一柱の神の名。
それに頷いたのはイーゴリ、フォーレ、そしてバルトの3人。

「歴史書の中で見たことはあります。 我等を作りたもうたアルタナの所業を咎め・・・人がその勢力を無闇に伸ばさぬようにと、敵対する獣人達を創造した、という・・・?」
イーゴリの言葉に神子は小さく頷く。
「かの男神がそのように我々を忌む理由は、かつて人が―――神々の末裔たる古代の民が、神の眠る楽園への扉に手をかけてしまった事にあると伝えられています。 楽園の番人の怒りに触れ、海の底へと沈んだ古代の民と同じ轍を、我々が踏まない保証は無い、とお考えなのでしょう」

息を詰め、神子の話に聞き入る5人。
話しながら遠くなった視線と僅かに沈んだ語調を元に戻して、再度神子は訊いた。
「それでは、タブナジア、という地のことは?」
その問いに、今度はフォーレがおずおずと答える。
「ええと・・・クリスタル戦争時に、獣人の攻撃により大陸から分断され壊滅した候国で・・・今ではそこへ至る道も、住む人もいないという・・・」
「そのタブナジアへの道が、今、再度開かれようとしているそうです」
「え・・・!」
フォーレが思わず声を上げる。 バルトが息を呑む気配が、隣で懸命に話を追うルカに伝わってきた。
「・・・詳しい事は不明ですが、一部の者によって、そこへ渡る手段は確立されたようです。 天晶堂も動いています。 かの地に今、再び人の手が入っているのです―――」


かつてこちらの4国と全くと言っていい程交流がなく、従って情報も皆無に等しいタブナジア。
そんな土地へ、その者達は一体何を求めて、あえて今路を開くのか。

神子は彼らに二つの質問をした。 男神プロマシアと楽園の扉。 そしてタブナジア候国。
この二つに、関連がない筈はない。
これから触れなければならない話の核心を忌むかのように、またそれを彼らの推量に委ねてみようとするかのように、小さな神子は重い間を置いた。
その沈黙の中、目まぐるしい話の成り行きを見守るしかないルカの横では、話の渦に飛び込めないバルトがもどかしそうにしている。

そして、イーゴリがゆっくりと呟くように口を開いた。

「・・・タブナジアには・・・楽園への扉が、あるのですか・・・?」


* * *


「はっ・・・はっ・・・は」

しんしんと小雪の降るクフィム島。
デルクフの塔へと続く道筋を、ルードが一人走っていた。
彼の小刻みな足音と規則正しい息遣いを、周囲の雪が受け止めては吸い込む。

彼の手で茶色い塊が揺れている。 畳まれた一枚の大きな麻袋だ。
そして体を包んでいるのはいつもの漆黒の鎧ではなく、防寒着程度のチュニックが一枚きり。
普段よりも周囲を警戒している。 徘徊する巨人の姿を見る度に、大きく迂回する。

彼はデルクフの塔に着くと、狩りをする冒険者の集団をすり抜け、その入り口も素通りした。
小さな体が更に塔の壁沿いを走っていく。 人だかりから十分に離れたあたりに、塔の壁につけるように積まれ雪に埋もれたいくつかの木箱があった。 そこでようやく足を止める。
「っは・・・ふぅ」
一つ深呼吸して、軽く息を整えた。

今の彼は、白魔道士だった。
故にいかなる鎧も着られない。 大きな鎌も盾も持てない。
彼自身は白魔道士としての徹底した修行は積んでおらず、せいぜい各地への移動魔法を使える程度の状態で止まっている。
その上、今の彼はそれ相応の魔道士の身なりもしていなかった。 ほぼ完全な丸腰と言えよう。

ルードはきょろきょろと辺りを見回し、近くに誰もいないことを確認すると、手に持った麻袋をばさっと広げた。
そして硬い表情で木箱に歩み寄ると、その裏に手を突っ込む。 そこからずるりと姿を現したのは。
鈍く黒い湾曲した刃と、それに繋がる不恰好な灰色の腕。 醜く潰れた切り口。
バルトから声を奪った、あの妖魔の鎌だった。

デルクフの遥か地下から脱出する寸前、彼は咄嗟にこの鎌を拾い上げていた。
この事態の、何らかの手がかりに、証拠に、または材料になるのではないかと思ったからだ。
そしてヴォルフの脱出魔法が彼らを運び出したこの地点で、ルードは鎌を木箱の裏に隠した。
全てが未知数の物体だ、うかつに携帯したり、ましてや多くの人がいる街に運び込むなどという危険は冒せない。

ルードは素早くその鎌を麻袋に入れた。 ぎゅっと袋の口を絞る。

彼が地上に鎌を持ち帰ったことは、仲間の誰も気付いていなかった。
それでいい、と思った。 あの修羅場でその事の是非について議論する暇など無かったし、もしこの鎌によって「万が一」の事態が起こった場合には、自分が責任を取るつもりでいた。

そして今、この鎌を託すことのできそうな唯一の人物、星の神子の手が彼らに差し伸べられている。
いつまでも鎌を野に放置しておくのは望ましくない。 急いで、まずはウィンダスの近くまでこれを運ぼうと考えたが、しかし街や飛空挺は経由したくなかった。
となると彼によるメアへの魔法での移動、そして徒歩しか道はない。

だから、彼は皆に黙ってここへ来た。
自分がしようとしている事を話せば皆、特に移動魔法も使えるフォーレはついて来ると言うだろう。

膨らんだ麻袋を背負い、静かにルードはメアへの移動魔法を唱え始めた。
彼の周りから細く白い光が立ち昇り始める。

仲間を―――彼女を、自分の独断でしたことで、未知の危険に晒したくはなかった。
そして例えばもし、あの鎌が「何か」をしたら。
その刃を撃ち合わせた彼には判る、白魔道士の状態の自分では一切の太刀打ちはできないだろう。
だから全て寄宿舎に置いてきた。 装備、道具類、通信パール。
無駄に失わないように、足がつかないように。
「何か」があった場合、それはそれで無責任かもしれない。 危険で迷惑かもしれない。
それでも彼はこの方法を選んだ。

透明な輝きが、徐々に彼を包む。

何故なら、どうしたって、一番に頭に浮かぶのは。

一刻も早く、バルトの喉を治す手掛かりが欲しいという思いと。
何があっても失いたくない、何よりも安らぐ、守るべき小さな白魔道士の暖かい笑顔だから―――


舞い降りる粉雪を軽く乱し、タルタルの少年の姿は音もなく光の中に消え去った。


to be continued
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