テノリライオン
The Way Home 第X話 戦士の一日
最終更新:
匿名ユーザー
-
view
寄宿舎に戻りポストを開けると、ギルの入った封筒が2つ届いていた。
「お」
ごつい手でそれを取り出し、ばさばさと開けるイーゴリ。
締めて2万5千ギル。 遠い森から採取してきた苗が、競売で売れたらしい。
満足げにそれを財布にしまうと、彼はふっと思いついたように呟いた。
「そうだ、一応薬品類を買っておくかな」
彼と彼の仲間達は、明日コルシュシュ方面への遠征軍に参加することになっていた。
人数は多いのでそう深刻な危機に陥ったりはしないだろうが、まぁ念の為というやつである。
彼は背負っていた武器や荷物をがしゃがしゃと部屋の隅に置き街着に着替えると、巨体を揺すり日もとっぷりと暮れたジュノ上層へ向かった。
* * *
爽やかな夜風に身を委ね、人通りもまばらな街道をぶらぶらと歩く。
半分散歩のような気分になって、月夜の時計塔でも眺めるかとチョコボ厩舎の方まで足を伸ばした。
つまりはそれがそもそもの間違いであり、あるいは正解でもあった。
「アルテパだって言ってんでしょー!!」
イーゴリの足が、ぴたりと止まる。
かすかではあったが、きっと近くで聞いたら相当な音量だろう・・・と思える声が、彼の耳に飛び込んできたのだ。 しかも、聞き覚えのある声。
いやな予感と共にその方向を見る。 そこには小さな酒場があった。
眉根を寄せてしばし考えると、イーゴリは溜息をついて渋々とその扉へ歩き出した。
* * *
「なによールカ、アルテバでいいじゃんよー」
「アルテPA!! じゃあそこはどうよ、沼の向こうの亀いっぱいいるサビサビの所! 言ってみ!」
「ペドー」
「BEドーです!! ドリーあんた一体何年生きてんの!」
「むー、レディーに年の話をするとはー」
「レディー同士何の問題もなし!! つーかゲルスバも間違えてなかった?」
「ゲルスパでしょー」
「ゲルスBA!! はいご一緒に!!」
「ゲルスパ」
「ゲルスバ!」
「ゲルスバ」
「ゲルスパ!」
「最後のお願いにでも上がってるのか・・・」
呆れるのを通り越してもはや気の毒な会話に早くもズキズキするこめかみを押さえながら、イーゴリは酒場の入り口で呻いた。
店内の中ほどにあるテーブルの一つに、ルカ、ドリー、そしてフォーレが陣取っている。
その上に転がる複数の酒瓶、ちらちらと彼女らを見やる周囲の客、微妙に困り顔のマスター。
この騒ぎによくぞ気付いた自分を褒めながら呪いながら、彼はそのテーブルに歩み寄った。
「・・・はいお嬢さん方、こんばんは」
「あっイーゴリさん、こんばんはです!!」
片手をびっと上げ、威勢良く返事をしたのはルカだ。 ドリーはグラスを抱えて何やらぶつぶつと呟いている。
驚くべきはフォーレで、この大音声の中テーブルに突っ伏してすやすやと眠っている、らしい。
「あー君達、明日は遠征軍の予定なわけだが、それについては覚えているかね」
「勿論です!! 景気付けのつもりがこの有様であります!!」
「ほう、相当呑んでいるようだが、大丈夫なのかな」
「間違いなくダメだと思われます! 一言で言うならへべれけです!!」
「うむ、実に良い割舌だ」
まずはルカのさわやかな泥酔っぷりがしかと確認出来た。
満面の笑顔と共にかすかに抱いていた希望をかなぐり捨てるイーゴリの服の裾を、何かがぎゅうと引っ張る。 涙目で思い切り口を尖らせたドリーだ。
「ねーししょー、アルテパ? アルテバ?」
「お前それ、酔ってない時に書き取り100回でもしとけ」
ぺしっと赤毛の頭をはたく。 頭を抱えてむーむーと不満げに体を揺すりながら、ひっくとしゃっくりをするドリー。
もはや論争ですらない不毛なやりとりからどうにか離れた二人をとりあえず放置し、テーブルを回り込むと残る一人のタルタルの肩を軽く叩く。
「フォーレ、起きてるか」
「んー」
小さな白魔道士がむくりと体を起こす。 赤い頬で、案の定寝惚け眼だ。
「ルードはね、全部言えるんですよ」
「うん?」
「地名とかねー、敵の強さとか武器の性能とかもー、全部覚えてるんです。 すごいでしょー。 だからねー、たまーに突っ走っていっちゃうけどー、でも元気だからいいかなーって思うんですー」
「・・・なるほど、ノロケ酒か・・・」
「いいっ! いいぞそこ、ナイスコンビ!! びっくりするほど微笑ましい!!」
空にしたグラスをたんっとテーブルに叩き付け、またも大声を上げるルカ。
しかしその目はもう半分閉じかかっている。 ドリーも今にもテーブルにヘッドバッドをしそうな頭の振り幅だ。
「―――即時回収だな、こりゃ」
大きな溜息と共に腰に手を当て、野放図を絵に描いたようなテーブルを見下ろしながらイーゴリは呟いた。 しかし荷物は3つ、問題はどう連れ帰るかだ。
もういっそこのまま大きな風呂敷で包んで、寄宿舎に放り込んでしまいたい。
腰のポーチをごそごそと探るイーゴリを見て、マスターが遠慮がちに近付いて来た。
「申し訳ありません、失礼ですが、こちらのお連れの方でいらっしゃいますか?」
「ああ、どうもご迷惑をお掛けしました。 今連れて帰りますので」
「そうですか、ありがとうございます。 それで、お代の方なのですが、よろしいでしょうか・・・?」
「あ・・・ええと、お幾らに?」
「はい、2万2千と5百ギルになります」
「・・・・・」
切ない気持ちでイーゴリは財布を取り出した。 苗木の儲けが見事にパァである。
メンツ的に、後から請求するのも無粋なところだ。 払っていないことに誰か一人でも気付いてくれればラッキーとしよう、と哀れなガルカは小さく嘆息した。
マスターからお釣りを受け取り、テーブルの周囲に荷物がないか確認する。
そしてポーチからベルトを一本取り出すと、自分の腰のベルトに通した。
「ほい、帰るぞ」
言いながらイーゴリはドリーの襟首を掴み、軽々と椅子から持ち上げる。
そしてそのまま腰に通したベルトで彼女の腰回りをくくると、ぎゅっと結んでぶら下げた。
「んあー、なにすんのーぅ」
もそもそと手足を動かすが、もう半分以上夢心地らしく、すっかり無抵抗だ。
「そら、こっちも立って」
その様子を見てうひゃうひゃと手を叩くミスラ。 その腕を取って立たせると背を向けてしゃがみ、千鳥足の彼女をひょいと片手でおぶる。
「それじゃどうも、失礼しました」
最後の一人、今度こそすっかり寝入っているフォーレを残った腕で抱えると、マスターと客達にぺこりと一礼してイーゴリは出口へと歩き出した。
マスターが気を利かせて扉を開けてくれる。
* * *
ダルマのような人の塊が、のしのしとジュノ上層を歩いていく。
走ることも出来ず通行人の好奇の視線を受け止め続けるのは、もはや精神的修行と言えよう。
その歩調に合わせて腰のあたりでぶーらぶーらと揺れるタルタルに、きゃっきゃと笑いながら手を伸ばそうとするミスラをよいしょと背負い直しつつ、イーゴリは暗澹とした声を吐き出した。
「明日の遠征、延期できないもんだろうか・・・」
end
「お」
ごつい手でそれを取り出し、ばさばさと開けるイーゴリ。
締めて2万5千ギル。 遠い森から採取してきた苗が、競売で売れたらしい。
満足げにそれを財布にしまうと、彼はふっと思いついたように呟いた。
「そうだ、一応薬品類を買っておくかな」
彼と彼の仲間達は、明日コルシュシュ方面への遠征軍に参加することになっていた。
人数は多いのでそう深刻な危機に陥ったりはしないだろうが、まぁ念の為というやつである。
彼は背負っていた武器や荷物をがしゃがしゃと部屋の隅に置き街着に着替えると、巨体を揺すり日もとっぷりと暮れたジュノ上層へ向かった。
* * *
爽やかな夜風に身を委ね、人通りもまばらな街道をぶらぶらと歩く。
半分散歩のような気分になって、月夜の時計塔でも眺めるかとチョコボ厩舎の方まで足を伸ばした。
つまりはそれがそもそもの間違いであり、あるいは正解でもあった。
「アルテパだって言ってんでしょー!!」
イーゴリの足が、ぴたりと止まる。
かすかではあったが、きっと近くで聞いたら相当な音量だろう・・・と思える声が、彼の耳に飛び込んできたのだ。 しかも、聞き覚えのある声。
いやな予感と共にその方向を見る。 そこには小さな酒場があった。
眉根を寄せてしばし考えると、イーゴリは溜息をついて渋々とその扉へ歩き出した。
* * *
「なによールカ、アルテバでいいじゃんよー」
「アルテPA!! じゃあそこはどうよ、沼の向こうの亀いっぱいいるサビサビの所! 言ってみ!」
「ペドー」
「BEドーです!! ドリーあんた一体何年生きてんの!」
「むー、レディーに年の話をするとはー」
「レディー同士何の問題もなし!! つーかゲルスバも間違えてなかった?」
「ゲルスパでしょー」
「ゲルスBA!! はいご一緒に!!」
「ゲルスパ」
「ゲルスバ!」
「ゲルスバ」
「ゲルスパ!」
「最後のお願いにでも上がってるのか・・・」
呆れるのを通り越してもはや気の毒な会話に早くもズキズキするこめかみを押さえながら、イーゴリは酒場の入り口で呻いた。
店内の中ほどにあるテーブルの一つに、ルカ、ドリー、そしてフォーレが陣取っている。
その上に転がる複数の酒瓶、ちらちらと彼女らを見やる周囲の客、微妙に困り顔のマスター。
この騒ぎによくぞ気付いた自分を褒めながら呪いながら、彼はそのテーブルに歩み寄った。
「・・・はいお嬢さん方、こんばんは」
「あっイーゴリさん、こんばんはです!!」
片手をびっと上げ、威勢良く返事をしたのはルカだ。 ドリーはグラスを抱えて何やらぶつぶつと呟いている。
驚くべきはフォーレで、この大音声の中テーブルに突っ伏してすやすやと眠っている、らしい。
「あー君達、明日は遠征軍の予定なわけだが、それについては覚えているかね」
「勿論です!! 景気付けのつもりがこの有様であります!!」
「ほう、相当呑んでいるようだが、大丈夫なのかな」
「間違いなくダメだと思われます! 一言で言うならへべれけです!!」
「うむ、実に良い割舌だ」
まずはルカのさわやかな泥酔っぷりがしかと確認出来た。
満面の笑顔と共にかすかに抱いていた希望をかなぐり捨てるイーゴリの服の裾を、何かがぎゅうと引っ張る。 涙目で思い切り口を尖らせたドリーだ。
「ねーししょー、アルテパ? アルテバ?」
「お前それ、酔ってない時に書き取り100回でもしとけ」
ぺしっと赤毛の頭をはたく。 頭を抱えてむーむーと不満げに体を揺すりながら、ひっくとしゃっくりをするドリー。
もはや論争ですらない不毛なやりとりからどうにか離れた二人をとりあえず放置し、テーブルを回り込むと残る一人のタルタルの肩を軽く叩く。
「フォーレ、起きてるか」
「んー」
小さな白魔道士がむくりと体を起こす。 赤い頬で、案の定寝惚け眼だ。
「ルードはね、全部言えるんですよ」
「うん?」
「地名とかねー、敵の強さとか武器の性能とかもー、全部覚えてるんです。 すごいでしょー。 だからねー、たまーに突っ走っていっちゃうけどー、でも元気だからいいかなーって思うんですー」
「・・・なるほど、ノロケ酒か・・・」
「いいっ! いいぞそこ、ナイスコンビ!! びっくりするほど微笑ましい!!」
空にしたグラスをたんっとテーブルに叩き付け、またも大声を上げるルカ。
しかしその目はもう半分閉じかかっている。 ドリーも今にもテーブルにヘッドバッドをしそうな頭の振り幅だ。
「―――即時回収だな、こりゃ」
大きな溜息と共に腰に手を当て、野放図を絵に描いたようなテーブルを見下ろしながらイーゴリは呟いた。 しかし荷物は3つ、問題はどう連れ帰るかだ。
もういっそこのまま大きな風呂敷で包んで、寄宿舎に放り込んでしまいたい。
腰のポーチをごそごそと探るイーゴリを見て、マスターが遠慮がちに近付いて来た。
「申し訳ありません、失礼ですが、こちらのお連れの方でいらっしゃいますか?」
「ああ、どうもご迷惑をお掛けしました。 今連れて帰りますので」
「そうですか、ありがとうございます。 それで、お代の方なのですが、よろしいでしょうか・・・?」
「あ・・・ええと、お幾らに?」
「はい、2万2千と5百ギルになります」
「・・・・・」
切ない気持ちでイーゴリは財布を取り出した。 苗木の儲けが見事にパァである。
メンツ的に、後から請求するのも無粋なところだ。 払っていないことに誰か一人でも気付いてくれればラッキーとしよう、と哀れなガルカは小さく嘆息した。
マスターからお釣りを受け取り、テーブルの周囲に荷物がないか確認する。
そしてポーチからベルトを一本取り出すと、自分の腰のベルトに通した。
「ほい、帰るぞ」
言いながらイーゴリはドリーの襟首を掴み、軽々と椅子から持ち上げる。
そしてそのまま腰に通したベルトで彼女の腰回りをくくると、ぎゅっと結んでぶら下げた。
「んあー、なにすんのーぅ」
もそもそと手足を動かすが、もう半分以上夢心地らしく、すっかり無抵抗だ。
「そら、こっちも立って」
その様子を見てうひゃうひゃと手を叩くミスラ。 その腕を取って立たせると背を向けてしゃがみ、千鳥足の彼女をひょいと片手でおぶる。
「それじゃどうも、失礼しました」
最後の一人、今度こそすっかり寝入っているフォーレを残った腕で抱えると、マスターと客達にぺこりと一礼してイーゴリは出口へと歩き出した。
マスターが気を利かせて扉を開けてくれる。
* * *
ダルマのような人の塊が、のしのしとジュノ上層を歩いていく。
走ることも出来ず通行人の好奇の視線を受け止め続けるのは、もはや精神的修行と言えよう。
その歩調に合わせて腰のあたりでぶーらぶーらと揺れるタルタルに、きゃっきゃと笑いながら手を伸ばそうとするミスラをよいしょと背負い直しつつ、イーゴリは暗澹とした声を吐き出した。
「明日の遠征、延期できないもんだろうか・・・」
end